コンスコンが、“適当な海賊”を拿捕して帰ってきたのは、十日の後のことだった。
それに合わせて“ガルマ”の生還を公表すると、ムンゾ国内は大変な騒ぎになった。
海賊を拿捕し、“ガルマ”を“保護した”コンスコンは英雄になり、連日メディアに大きく取り上げられている。
もちろん、公表される前に“知らせ”を受けていた“父”やキシリアも、カメラの前で喜びの涙を見せていた。
「――巧くいったな」
それを眺めながら、囁きかけてきたのは、サスロである。
“父”やキシリアよりも、この“弟”に“ガルマ”の帰還を伝えると、サスロは張り切って、TVの中継を手配したり、記者会見のスケジュールを組んだりと、四方八方に手を回してくれたのだ。持つべきは、情報操作の得意な“弟”である。
「あぁ、まったくだ」
「お前が話を持ってきた時には、こんな雑なアイデアで、皆が信じるものかと思ったが――意外にいけるものだな」
「“ガルマ”は、昔からいろいろあったからな。何をやってもあり得そうな気がするのだろう」
子どもの頃に、キャスバルとともに誘拐されても戻ってきたし、ごく一部では、“黒い三連星”と会うために場末の酒場に出向いた話も知られているようだったのだし。
多分連邦側も、海賊に捕らわれた経緯はともかくとして、海賊船から救出されたこと自体は疑ってはいないだろう。何しろ、反ムンゾの急先鋒ふたり――その片方は、既に神に召されたのだが――を、見事に籠絡してみせたわけなのだから。
「……それにしても、まさかコンスコン少将が、ガルマ救出の英雄とはな」
サスロが云うが、
「一応、艦隊司令官なのだから、海賊を拿捕したとて不思議はあるまい?」
それ故に、コンスコンを“ガルマ”救出役にしたところはあるのだし。
「いや、絵面の問題だ。もう少し、こう、華やかさが欲しかったんだよ。せめてガルシア・ロメオ少将かマ・クベ中将くらいの見た目だったらなぁ……」
「コンスコン少将は、割合人が良さそうな見た目だからな」
まぁ、その分地味ではあるのだが。
「それはわかるが、こう、ぐっとこないんだよ。白馬の騎士とまではいかなくても、ご婦人方が夢を見るような雰囲気とかがな……」
「云いたいことはわからんでもないが」
しかし、コンスコンとて軍人なのだ。役者やモデルでもないのだから、そのあたりを求めるのはどうかと思う。
第一、サスロが名を上げたマ・クベやガルシア・ロメオにしたところで、年齢と云い見た目と云い、とても“白馬の騎士”などと云う柄ではあるまいに。
「これで、あの子どもたちを前面に出せたのなら、少しは恰好もついたんだが……駄目だと云うんだろう?」
「あぁ」
“あの子どもたち”――つまり、ララァ・スンとパプテマス・シロッコは。
「で、あの二人も引き取ると聞いたが、本当か」
“父”やキシリアにカメラが向けられているのを横目に見つつ、サスロが小声で訊いてくる。
「あぁ。お前やキシリアも家を出ているし、“父上”も、最近はすっかり公邸にばかりお住まいだ。子どものひとりやふたり、増えたところで構うまい?」
「父上の件は、お前のせいだと思うがな……」
と云うサスロの言葉は、聞かなかったことにする。
「ララァ・スンは、キャスバルかアムロと、と思っているのだ。パプテマス・シロッコは、どうやら政界を目指したいようなのでな。まずは学校にやって、その後は、シャア・アズナブルとともに、私の私設秘書にでもするかと思っている」
「あぁ――そう云えばお前、あの秘書官を追い出したそうじゃないか」
にやにや笑いを向けられる。
じろりと睨んでやるが、一向おさめる様子はない。
「あれは、向こうが踏みこんできたのが悪い。こちらにその気がなくてぐいぐいこられたら、逃げたくなるのが人情だろう」
「父上は、お前とあの秘書官が一緒になるもの、と思っていたらしいからな。多分がっかりされているだろうさ」
「いい加減、私が結婚に向かぬ男だと、理解して下さらんものかな……」
家族である以上、難しい気はするが。
「無理だろう」
案の定、サスロも云った。
「お前がまったく女から見向きもされんならまだしも、意外にもてているじゃないか。特に、あの秘書官はかなり本気だった。それは、父上としては期待もするさ」
「どうせ皆、ザビ家の家名や私の地位が目当てではないか」
だから、早々に破綻することになるのだ。
「俺たち兄弟は皆、見た目が宜しくはないからな。地位だの何だのが目当てでも、選ぶ余地があるのはありがたいことだと思うぞ」
「結局破綻するなら、選ぶ余地があっても変わるまい」
「そうでもないさ。探せば、案外いるものだぞ?」
とにやつくこの“弟”は、やはり家を出てから、相手を見つけたのだろう。
「――“父上”に報告は?」
と云うと、あからさまに狼狽えた顔になった。
「お前がそんな云い方をすると云うことは、もう家に住まわせているのだろう? 結婚秒読みではないか。それで父上に何も報告なしか?」
「う、い、いや、もう少し本決まりになってからと……」
今度はこちらがにやにやする番だ。
「家に入れているなら、もう本決まりではないか。向こうももちろんそのつもりだろう。何を躊躇うことがある?」
「しかし、お前より先に……」
「お前が決まってくれた方が、“父上”も諦めて下さり易いだろう。相手を待たせるな、さっさと行け」
サスロはあぁとかうぅとか唸った後、
「……今度報告する」
とだけ云って黙りこんだ。
――なるほど、本気なのだな。
とは思ったが、これ以上突くと本格的に拗ねそうなので――それはそれで、この“弟”としてはレアな光景だ――、この辺で切り上げておく。別段、兄弟仲を拗れさせたいわけではないのだ。
もう一度、カメラの前を注視する。
髪の短い“ガルマ”が、“父”とキシリアに抱擁されている。ララァ・スンやパプテマス・シロッコもともに壇上に上げられたのだが、二人は邪魔にならぬようにか、ひっそりと奥に退き、ザビ家の“感動の再会”に道を開けた恰好だ。
まぁ、確かにあまり前面に出されても困るだろう。かれらを攫ってきたのは“ガルマ”であって、コンスコンが拿捕した海賊ではない。“海賊船での生活”を訊かれたとしても、曖昧なことしか云えないのだから。
その、コンスコンが拿捕した海賊は、裏取引により、船を破棄することになった。公式には全員銃殺刑だが、乗員はそっくりレッド・フォース号に移すことにしている。ドレンたちを正規の任務に戻すためのことだ。
かれらは、ドレンの代わりに、引き続きサイド7への航路を襲撃する。連邦に拿捕された場合のあれこれは、かなり脅しつけた上で吹きこんでやったし、“伝書鳩”が数人を籠絡したので、一応動静はわかるはずだ。まぁそもそもこちらが用意した船なので、識別番号も何も完全に把握している。目一杯改造済なので、これ以上弄るとしても、発信機などを探して外すくらいのことしかできないに違いない。まぁ、高性能な船なので、そのまま使ってほしいとは思う――追跡が楽だと云う部分も含めて。
レッド・フォース号の特務から解放されたドレンたちクルーは、全員一階級ずつ昇進させた。そのため、ドレンは現在中尉である。
驚いたことに、レッド・フォース号には、シーマ・ガラハウが乗っていたようだ。“ガルマ”から聞いたので、昇進の辞令を出す時に、他の士官とともに呼び出したが、確かにビジュアルはあのままだった。まぁ、もっと若いし、何と云うか初々しさも残っている。驚くほどの長身――190あるこちらとほぼ同じ――だが、『0083』における狂的な雰囲気は見られない。さて、この時間軸で、今後シーマ・ガラハウはどのような軍人になっていくのだろうか。
まぁ、このままいくと、ブリティッシュ作戦の汚れ仕事云々はなくなるので、そう云う意味では、後の女傑とは違った道を歩むことになるのだろうが。
とにかく、すべてが原作軸とは大きく変わっているのだ、各キャラクターの先行きも、当然大きく変わってゆくはずだ。
その最たるものが、ララァ・スンとパプテマス・シロッコである。
ララァ・スンは、本来ならジャブローの建設現場近くの歓楽街で、キャスバル――“シャア・アズナブル”と出逢い、やがてはフラナガン機関に入れられることになるわけだが、今回は無論、研究所になど入れるつもりはない。キャスバルとアムロの“運命の女”として、多分どちらか、あるいは三人で、生きていくことになるだろう。
シロッコの方は、原作よりずっと早い段階で、歴史の表舞台に出ることになる。こちらの方も、ララァ・スンや覚醒したキャスバルやアムロと接することで、『Z』で見せていたような過剰な自信と選良思想は弱まらざるを得ないはずだ。
この二人の動向によって、この時間軸は、さらに大きく姿を変えていくだろう。
その先に何があるのか、考えても見透かすことはできなかった。
――何にしても、開戦してみなければ、先などわからんな。
連邦の将官を三人“葬り去った”――結局、ジョン・コーウェンは銃殺刑になり、グリーン・ワイアットは退役することになった――わけだが、その後にどんな人物がくるかはわからない。ブレックス・フォーラの早い昇進は歓迎だが、かれ一人であの三人の穴を埋められるはずもない。ジャミトフ・ハイマンは死んだようだが、連邦軍に、他にどんな将校があるのかもよくわからない。まさか、この騒ぎの後でアースノイド至上主義者を昇進させるとも思われないが、かと云って、穏健派ばかりを上にあげるとも思われぬ。つまりは、ムンゾにとっては、危険が去ったとは云い難いと云うことである。
いよいよデータが頼りにならない状況になってきたわけだ、と苦笑するしかない。
――エルラン中将でも、早目に籠絡しておくか。
とは云え、原作でも内通者であったかの中将のことは、それほど良く思ってはいないのだが。
――他に、連邦の将官は誰があったかな……
『the ORIGIN』枠であれば、ワッケインが少将であったはずだが、あの男は割合堅苦しいタイプであるような描写があった記憶がある。それからティアンム提督――階級は中将――だが、こちらも特筆すべき描写はなかったように思う。一応上官のはずのレビルを呼び捨てにしていたあたりで、レビルを軽んじているらしいとはわかったが、対スペースノイド的な態度までは描写されていなかったような気がする。
まぁ、どちらにしても期待薄だ。ゴップとブレックス准将と云う、割合太いラインがあるのだから、それをしっかりと掴みつつ、連邦の動向にも注視していく今の路線でいくしかない。下手なところに手を出して、馬脚をあらわしたと云われるのも癪である。
まぁ、1stにしても『the ORIGIN』にしても、エルラン中将と接点を持ったのはキシリアだった。それならば、そこはおとなしくキシリアに任せ、こちらはこちらのなすべきをなそうではないか。
たくさんのカメラの前に、“ガルマ”がまろび出る。それを、“父”とキシリアが支えるように抱きとめた。
見れば、“父”が坐っていた椅子が、投げ出されたかのように倒れている。最愛の“息子”の姿に感極まって、椅子を蹴倒して立ち上がったのか。
「ガルマッ!!」
「お父様!」
「ガルマよ……ッ!!」
“父”の声は、泣き噎んでいるかのようだった。
「ええ。僕です。“ガルマ”です」
微笑みすら浮かべる“ガルマ”に、キシリアの方は声もないようだ。
「ただいま帰りました」
その言葉に、一斉にフラッシュが焚かれる。そして、“ガルマ”や家族の言葉を拾おうと、躍起になるレポーターたちの声。
茶番なのは相変わらずだが、これも必要な茶番ではある。
多分、このカメラやレポーターたちの中には、連邦系メディアのものもあるだろうから、このカリカリよれよれの“ガルマ”の姿は、他のコロニーや月都市、もちろん地球でも流れるに違いない。
コロニーや月、地球の市民たちはともかくとして、連邦軍上層部は、一体どんな気分で、この“感動の再会”劇を見るのだろうか。
――まぁ、間違いなくゴップ将軍には何やかやと捩じこまれるな……
“ガルマ”を“巧く使う”などと云っていたが――しかしまぁ、将官三人佐官二人が離脱と云うのは、ゴップにとっても想定外だろう。せいぜいが、バスク・オムを更迭したり、場合によってはジーン・コリニーを降格、あるいは左遷させたりと、その程度しか想定していなかったはずだからだ。
幹部クラスが一気に五人減るのは、いかに人材の多い連邦軍と雖も結構な痛手のはずである。もちろん、こちらとしては願ったりの状況であるのだが。
まぁ、とは云うものの、あまり本気で捩じこんでくるとは考えていなかった。
連邦軍の人間と云えども、やつれ切った“ガルマ”の姿を見、また“ガルマ”が地球に降りたそもそもの発端を思えば、そうそうこちらを批難できるとも思われなかったからだ。
――とりあえず、ゴップ将軍からの苦情だけは覚悟しておこう。
それを回避することだけは、どうあってもできないだろうから。
そう思ってまなざしを戻したその先では、“ガルマ”と家族たちが、未だひしと抱き合っていた。
案の定、ゴップからの連絡があった。かの再会劇が報道された、すぐ翌日のことである。
〈見たぞ、ギレン・ザビ〉
と云ったゴップのまなざしは、睨めつけるかのようだった。
「は、何をでございましょう」
素知らぬ顔で、しかし注意深く問いかける。
〈とぼけるな。ガルマ・ザビのことだ!〉
ゴップは叫んだ。
「“ガルマ”のこと、と申されまして――とりあえず、どのあたりのことでございますか」
〈海賊に捕われていた、と云うところだ!〉
「しかし、私の部下のひとりが、“ガルマ”を海賊船から救出したのは確かなことなのですが」
まぁ、正確には“海賊船で身柄を強奪し、然るのちにこちらに引き渡してきた”わけなのだが。
〈そこはともかく、あの小僧が、おとなしく海賊などに捕らわれたままでいた、とは、とても思えん!〉
なるほど、流石に多少なりとも本性を知るひとは、よくわかっている。
〈あの小僧のことだから、地球を拠点とした海賊連中を誑かして潜りこんで、まんまと脱出してのけたに違いない。そうだろう、そうなのだろう、ギレン・ザビ!?〉
「……確かにありそうな話ではございますが、流石にそれなら、もう少し肌艶よく帰ってきたかと思いますが」
そう云ってやるが、ゴップは、とても納得したようには見えなかった。
まぁ、これで納得されたら、それはそれでアレである。
〈あの小僧は、誰をどう誑かすか知れたものではないからな!〉
憤然としてその言葉は、いくら火種になるかも知れなかったとは云え、将官三人を失ったことに対する憤りもこめてのものだっただろう。
まあ確かに、逆の立場であったなら、こちらも理屈が通らないのは承知の上で、ゴップに憤りをぶつけたはずだから、これは甘んじて受けねばなるまい。
しかし、
「あれを巧く使うとおっしゃったのは、閣下ではございませんか」
ちくりと云いたくなるのは許してほしいものた。
途端に、ゴップは渋い顔になった。
〈確かに云ったが――まさかここまでとは思うまい〉
「まぁ、正直、私も驚きました」
確かに“ガルマ”に掻き回してこいとばかりに枷を外しはしたが、せいぜいがバスク・オム、ジャミトフ・ハイマン、ジーン・コリニーのラインを潰すくらいだと思っていた。他に将官二人を巻きこむとは、流石は悪辣さと悪知恵の権化である。
ゴップは片目を眇めた。
〈正直に云え、ギレン・ザビ。お前、どんな指示をあの弟に与えたのだ〉
「何も」
〈嘘をつくな。何もなしに、あれはなかろう〉
「何も申してはおりません。ただ、手綱を少しばかり緩めただけで」
その“少しばかり”が、これほどの被害を引き起こすことになるとは想定していなかったのだ。
〈“少し”がこれか〉
「然様でございます」
〈それならば、お前が“全力でやれ”と云ったなら、あの小僧は一体どれほどの事件を引き起こすのだ〉
「さて、それは……」
“昔”のあれこれを思い返すなら、連邦政府の転覆とまではゆかぬにせよ、連邦軍の一角を消滅させるくらいのことはやれそうな気がする。一角と云うか、三分の一くらいだろうか。
〈まだ学生の身で、ここまでとは……末恐ろしいな〉
戦慄した口調で、ゴップは云う。まぁ確かに、敵に回せばこれほど恐ろしいものはない。
「私が手綱を締め上げていたわけを、もう閣下もご納得戴けたのではございませんかな」
〈あぁ……とてもよくわかった〉
冷汗を拭う仕種をしながら、ゴップは頷いた。
〈私の危険人物リストの最上位に、ガルマ・ザビの名を上げておくことにする。このようなことが、二度もあっては堪らんからな〉
「それが宜しゅうございましょうな」
まったく、タチではないが、これがムンゾ国内のことでなくて本当に良かった。確かに反対勢力は一掃されようが、余波で軍や議会ががたがたになりかねない。既に、ムンゾ大学立て籠もり事件や、“ガルマ・ザビ”襲撃計画などで、議会の方はがたがただと云うのにだ。
――狙撃事件の後に、きちんと釘を刺しておいて、本当に良かった……
これで何も云っておかなかったなら、議会の穴がさらに大きくなっていただろう。かつてサスロにも云ったが、“ガルマ”に任せると、やり過ぎて一帯が焼け野原になるのだ。多少の“雑草”は、健全な社会の存続のためには必要なのである。
ふと思ったが、“昔”の恐怖政治とやらのあれこれは、あれに引っ張られたところもあったのではないだろうか? “画期的、人道的な処刑方法”が編み出された後とは云え、あの処刑数はいかにも多過ぎた。敵対する一族を滅亡させた時のように、やりまくった結果があれ、と云う可能性は捨て切れない――そう云ってやれば、“ガルマ”は“自分だけじゃない”などと返してくるのだろうが。
――まぁ確かに、“ガルマ”だけの問題でもなかったが……
しかし、一帯を“焼け野原”にする才で、“ガルマ”の右に出るものはない。
今回の件で、ゴップのみならず、連邦軍の少なくとも半数には警戒心を抱かれただろうから、この騒ぎが落ち着いた後暫くは、とにかく表舞台には立たせないようにしなくては。
〈――ともかく、あの小僧は、しっかりと鎖に繋いでおけよ。良いな!〉
「は、心致します」
こちらの言葉に、ゴップは荒く鼻を鳴らし、通信を切った。
とりあえずは、何とか躱した。
深く息をついて椅子に身を沈めると、
「……随分とお怒りでしたな」
控えていたデラーズが云う。
「まぁ、仕方あるまい。あの惨状では、文句のひとつやふたつ、云われて当然だろう」
実際、同じことが起こったらと思うと、ぞっとする。将官三人――例えばコンスコン、ダニンガン、マ・クベを一度に失ったなら? それに加えて、ランバ・ラルとタチが更迭されるようなことにでもなれば、ムンゾ国軍はお終いだ。
軍事は、ただ戦略があれば良いと云うものではない。指揮官によって、部隊は生きも死にもするし、士気も変わってくる。同じ作戦も、良い指揮官と高い士気によって遂行されれば良い結果が残ろうが、そうでなければ惨憺たることにもなりかねないのだ。
戦いは確かに数だが、その差を補うものももちろんある。良い指揮官は、その差を多少なりとも埋めるのに役立つのだ――凡百の将では、そうはゆくまい。
「ムンゾとしては、上々の結果かと思われますが」
「しかし、連邦に、“ガルマ”に対する強い警戒感を植えつけることになったのだから、やはり良し悪しだろうな」
今後は、“ガルマ”の名が出ただけで、連邦側が用心しかねない。“ザビ家の御曹司”として、兄弟で唯一警戒されていなかったが、これからはそうはいかなくなる。
デラーズは苦笑した。
「まぁ、確かに“ザビ家の御曹司”には違いございますまい」
「それは、悪辣だと云う意味でだろう」
少なくとも、本来のガルマ・ザビのような、“謀略まみれの一家の中の、穢れなき薔薇”と云うイメージは、連邦軍内部では消滅した。
これから“ガルマ”は、連邦からのより厳しいまなざしを受け続けることになるだろう。
――さて、それが“暁の蜂起”にどう影響してくるか。
既に大々的な事件が起き、かつ連邦側と約定が交わされているムンゾにおいて、原作のような学生の蜂起、あるいはそこに端を発する細々とした争いと、そこから発展したルウム戦役のような開戦ルートがあり得るのだろうか。
今のラインで行けば、ミノフスキー博士の亡命もなく、そこからの月面の戦いもないだろう。連邦軍がムンゾに対して慎重になっているからには、連邦軍の艦船と、ムンゾの民間船舶の事故もないだろう――ムンゾの世論を鑑み、ムンゾの宙域では慎重な行動を取らざるを得ないはずだからだ――から、そうなれば、火種は他サイドに生まれることになる可能性がある。
となれば、可能性が高いのは、今現在デモ隊と連邦軍の衝突が危惧され、かつムンゾと同じほどに人口の多い、
――サイド5、ルウムか……
その可能性は、十二分にある。
実際、既にルウムの首長からは、デモ隊を抑え、連邦軍との衝突を回避するために、ムンゾから部隊を派遣してほしい、との要請もうけている。
あの時は即答できなかったが、“ガルマ”が戻った今、ムンゾは多少なりとも落ち着きを取り戻しつつある。
それならば、ルウムに部隊を派遣することも可能なのではないか――無論、連邦軍に対抗できるほどの大部隊を送るわけにはいかないか、例えば、シャア・アズナブルと婚約したことによって、ルウム市民が親しみを感じつつあるキシリアに、小部隊を率いて出向かせるなどはどうか。
とりあえず、キシリアに連絡を入れてみる。
〈どうなさったの、ギレン。珍しいこともあるものね〉
と云うのは、いつもは勤務中に連絡することがないからか。
「頼みたいことがあるのだが、スケジュールがあけられるか、確認したくてな」
〈私に?〉
「あぁ」
訝しげに首を傾げられる。
まぁ、あまりそう云う相談を、部下もいるだろう時にしたことはなかった。何かあれば、帰宅後にでも相談すれば良かったからだ。
だが、今回は、キシリアの部下たちにも関わってくる話である。一緒に聞かせた方が良いだろう。
「実は、ルウムの首長から、デモ隊を抑えるために、ムンゾから兵を出してほしいと云われていたのだ。ムンゾも落ち着いてきたことだし、小隊ひとつくらいは派遣したい。それを、お前に率いてもらいたいのだ」
〈何故〉
「お前は、シャア・アズナブルとの婚約のお蔭で、割合にルウムで人気があるからな。連邦軍には反発するルウム市民たちも、お前が率いる部隊になら、友好的な態度になるのではないかと思うのだ」
〈……ふむ〉
「何なら、シャア・アズナブルを連れて行けば良い。そろそろ卒業だっただろう」
二人の睦まじい様子を見せてやれば、暴発も抑えられるのではないか、と云うと、キシリアは顔を赤くした。
キシリアの部下である男――名前は知らぬ――が、苦笑しながら顔を覗かせた。
〈閣下のご采配は目を瞠るものがございますが、あまり私の上官でお遊びにならないで戴けますか〉
とは云うが、遊んでいるつもりは毛頭ない。
「私は、ごく真面目な話をしているのだがな」
〈キシリア様とシャア・アズナブルが、ともにルウムに赴くことが、でございますか〉
「そうとも」
忘れがちだが、キシリアは、アルテイシア・ソム・ダイクンと並んで、ムンゾのプリンセスのような存在だと、他サイドでは考えられているのだ。その“ムンゾのプリンセス”が、自サイドの、テキサスコロニー管理者とは云え“庶民”の若者と恋に落ち、婚約した――それはもう、物語の中のロマンスとして、ルウム市民に歓迎されたようなのだ。
シャア・アズナブル本人の、憎めないところも良かったのだろうが、『ローマの休日』か何かのような物語にされて、どうやら映画化もされたらしい――“家族”としては、そんなものではないとわかっているが。
つまり、大ヒットした物語のモデルである“プリンセス”が、自サイドを救うために軍を率いてやってくる、と云うのは、まぁかなり熱狂的に歓迎される事態であると思われる。そこに、ロマンスの相手である若者も一緒となれば、熱狂は、いやが上にも高まるだろう――デモの怒りを一時忘れるほどに。
まして、キシリアは“ガルマ・ザビ”の姉である。“悲運の貴公子”の姉が軍隊を率い、それでも気丈に振るまえば、多少なりともルウム市民の憤りは沈静化するのではないかと思うのだ。
「まさか、ルウムで連邦と干戈を交えるわけにもゆくまい。あまり大人数ではなく、小隊をひとつふたつ率いるくらいでな。大々的にやって、小競り合いになるのも拙い」
あくまでも、ルウムに部隊を送るのは、ルウムとムンゾの友好の証であって、連邦軍とルウムでやり合おうなどと云うことを考えているわけではない、少なくともまだ。
そろそろ戦いの支度は整いつつあるが、それでも万全とは云い難い。避けられるなら、それに越したことはないのだ。
〈相変わらず、連邦をひどく恐れるのね。総帥としては、まだ軍備が足りないと?〉
「足りることなどあるまいよ。“戦いは数”だ、そうではないか?」
コロニー同盟のお蔭で、原作軸より敵が少ないとは云え、連邦軍には敵うべくもない。それを埋めるためには、用心と、充分な戦略、的確な戦術が必須なのだ。
〈慎重居士だこと。――わかった、折を見てルウムへ行こう。どのあたりを想定すれば良い?〉
「遅くとも一月後、できればすぐにでもだ」
〈すぐは流石に無理ね。……わかった、兵を選抜して備えよう。ムンゾが戦いの火蓋を切ったと云われぬよう、心して行く〉
「頼んだ」
さて、ルウムはキシリア――とシャア――に任せるとして、果たして盛り上がった反連邦のうねりが、簡単に収まってくれるものかどうか。
――まぁ、最悪開戦だな。
半年前よりは、こちらの準備もできている。但し、勝てるなどとはとても云えない。どうにか対抗できるくらいで、開戦となれば、原作以上の泥沼の戦いになるかも知れないのだ。
できれば、“ガルマ”とキャスバルが正式に任官するあたりまで、引っ張るようにしたいのだが。
ないものねだりなのはわかっていた。
まぁ、こう云うものは、なるようにしかならぬものだ。
ともかくも手は打った、あとは、事態がどのように流れてゆくか、それをよく見極めることが肝要だ。
とは云え、そう簡単にものごとが動くわけではない。
“ガルマ”が回復し、士官学校へ戻っていったので、ザビ家の本宅に、ララァ・スンとパプテマス・シロッコを迎え入れることになった。まぁその前に、“身体検査”を経ることにはなるが――このあたりが“名門”の面倒くささである。
ララァ・スンは、確かアルテイシアと同い歳、シロッコは“ガルマ”やキャスバルの三つほど歳下だったように思ったが、どうだっただろうか。
「ララァ・スンは十三歳、シロッコは十五歳、で間違いないのか」
確か、調書――拿捕した海賊に捕われていた、と云う設定上、そのようなものも必要だったのだ――の記載にあった文言を思い出しながら問うと、シロッコは微妙な顔になった。
「本当に、私を引き取るおつもりですか」
「“ガルマ”に無理強いされただけで、そんなつもりはないと云うなら、別の途を用意することも可能だが?」
そう云うと、少年は首を振った。
「いえ、そうではなく――そんなに簡単に、見ず知らずの人間を懐に入れて宜しいのですか、と」
「あまり深く考えない方が良いぞ、少年」
と云って、その肩を叩いたのは、タチ・オハラだった。
「ガルマ様も閣下も、常人にははかり難いところがおありだからな。厭なら厭、良いなら良いで、自分の気持ちだけ把握していれば良い」
「あ、あなたは……」
「そうやって引き抜かれた人間ですよ!」
「だが、引き抜かれて良かっただろう?」
と云ってやれば、酷い渋面が返ってきた。
「そりゃあ確かに出世はしましたがね、閣下もガルマ様も、人遣いが荒過ぎますよ! しかも、いつでも無理難題ばかり!」
「それは“ガルマ”の方だろう」
「いいえ! 最近は、流石ご兄弟と思うことばかりですよ!」
「酷いもの云いだな……」
「あの、あなたは……」
シロッコが、恐る恐る問いかける。まぁ、自分より年長の、しかも軍総帥と丁々発止のやり取りができる人間だ、下手に出るのも当然か――『Z』のシロッコからは想像もできないが。
「私? 私はギレン閣下の“伝書鳩”を束ねる人間ですよ」
軽く云うが、“伝書鳩”の名を知っていたものか、シロッコは目を見開いた。
「“伝書鳩”……」
「おや、ご存知で」
「では、あなたがタチ少佐?」
「有名になったものだな、タチ」
「ええ、お蔭様をもちまして、いつの間にやら」
肩をすくめられる。本当に、六、七年の間に、随分出世させたと思うのだが――少尉だったものが、今や少佐である。原作軸なら、まだ中尉だったはずだ。
が、当人はあまり喜ぶ風ではない。まぁ、こちらの無理難題と、“ガルマ”の傍若無人に振り回されていれば、そうならざるを得ないのは確かだろうが。
「まぁ、良いんだか悪いんだかはかりかねますがね」
「……何と云うか」
シロッコが、やや呆然と呟いた。
「ムンゾはザビ家を中心に、強権的な国家を形成していると思っていましたが――随分と、ざっくばらんにお話しされますね」
「軍の力が大きければ、自然に強権的にならざるを得ないからな。まぁ、側近との間だけでも、風通しは良くせねばなるまい。それが全体に及べば、なお良いのだが」
「なかなかそうは参りますまいよ。まぁ、各部署の長の力は、それなりに大きいですが」
「そうでなければ、大きな組織を効率的には回せんよ。できるものにできることをさせる主義だからな」
適材適所と云うものである。
正直、自分が学習していくのは良いのだが、新人に教えるのに向いていないのは自覚がある。察しの良い人間なら、学んでくれるところはあるのだろうが、そうでもない人間の場合、こちらが、相手がどこに引っかかっているのかがわからないので、意思の疎通と云うか、何をどう教えたら良いのかがわからないのである。
そう云う、自分の不得手なジャンルを、有能な部下に埋めてもらう、と云うのが、自分のこれまでのやり方だった。それに関しては、そう間違ったことではないと思っている。
「できないことをさせるより、できることに集中させた方が、効率も上がる。私が新兵教育をしても、上手くいかない上に互いに苛立つだけだが、“ガルマ”に政治向きのことどもを任せるのも同じことだ。それならば、それぞれを得意なものにさせた方が、よほどスムーズだし、軋轢も減るだろう。無意味な“汎用性”を目指すよりも、特化した能力をさらに磨くことを、私は好む」
「――能力のある人間が、そうでない人間を管理すれば良いと?」
そろりと訊いてくる、それはシロッコ自身のポリシーではなかったか。
だが、もちろんエリート偏重も意図するところではない。
「違う。能力には、偏差があると云うことだ。私の得意な分野と、お前のそれでは違いがある。それぞれの得意な分野で能力を活かせれば、実は思うより能力差などないのだと云うことがわかる。私の云うのは、そう云うことだ」
筆記試験が良くなくとも、例えば運動に特化した人間と云うのはある。得てしてそう云った人間は、テストでは測れない賢さをも併せ持っているものだ。本当に“愚か”な人間と云うのは実は少ないし、賢いはずの人間が、あまりにも“愚か”な意見に賛同することもある。
結局のところ、人間は多面体なのであって、一面だけでその人間を判ずることなどできはしない、そう云うことなのだ。
「自分を賢いと思う人間の愚かさに、足を取られることもある。自分は愚かだと思っておいた方が、陥穽に陥り難くなるだろうしな」
「ザビ家は優秀な方ばかりとお聞きしますが、それでも、自らのみでムンゾを導いてゆこうとは思われない、と?」
「一部のエリートだけで国が動かせると思うのが、そもそも誤りだと思うがな」
「ですが、愚人がトップにいれば、無駄が多いのではありませんか」
「愚かでも、人を取りまとめる才のあるものもある」
新撰組局長の近藤勇がそうであったように。
「自分を賢明と思うなら、そのような人間の下につき、自分がそれを支え、舵取りしてやれば良い。その方が、自分が前面に出るよりも、巧くことが運ぶ場合もある」
つまり、ザビ家よりもダイクン家の方が押し出しが良い、と云うことでもある、と云うと、複雑怪奇な顔をされた。
「あなたの云いようは、まるで、ダイクン家の人間が愚かだと云っているかのようですね」
その言葉に肩をすくめてやる。
「能力値が同じなら、旗標としては、ダイクン家の方が良いと云うことだ。ザビ家は、見てのとおりの悪人面でな。ダイクン家よりもなお一層、まわりから警戒され易い。それくらいならば、ダイクン家の補佐に回る方が賢明だと云うことだ」
「それこそ、ダイクン家を“巧く使う”ことなのでは?」
「その云い方が良いなら、そうでも良い。但し、同時にそれは、ダイクン家がザビ家を“巧く使う”ことでもあるだけだ」
「それが、あなたの考える“適材適所”ですか」
「そうだ」
互いに巧く使い合えるならば、それがもっとも良いに違いない。どちらにも利があれば、原作軸のザビ家とラル家のような関係にはなり辛いであろうし。
「私は……」
「ん?」
「私には、どんな“適所”があると思われますか」
それは、若者らしい切実な、けれど老人から見れば愚かしいような問いだった。
「いろいろな適所があるだろうな。若者は伸びしろがある、まだ、決めるのはこれからだろう」
年齢を重ねていくごとに、やれること、新しく憶えていけることの範囲は狭まってゆく。
まだ少年でしかない、そして原作軸においても人並優れたパプテマス・シロッコが、今ここで、己の先行を決めてしまうのは、早過ぎるように思われる。
シロッコは、唇を噛んだ。
「そんな……何ものでもない状態など、耐えられない。私は、早く何ものかになって、世間で名を挙げたいのです」
「――若いな」
眩しいほどに。
「十五で、何をそう急ぐことがある。何になるか選べるのは幸いだぞ。私など、なれるものがなかったから、こうしているのだしな」
元々の職業にしても、就職氷河期で無職になりかけていたのを、友人の引きで滑りこんだところがあったのだ。しかし、引っ張ってくれた友人の方が、先に辞めていったのだが。
「なれるものがなくて議員など、ごくごく恵まれた話ではありませんか」
シロッコの言葉に、タチが指を立てて云った。
「騙されるな、少年。閣下の“なれるものがない”は嘘だ」
「やっぱり」
「なれるものがなくて、議員と国軍総帥は兼任できん。まったく参考にならないから、話半分に聞いておけ」
「そうします」
酷いもの云いである。
「本当の話なのだがな」
どうせやるなら、創作者の方が良かった。実際、“作家”だった“昔”もある。その方が、よほど建設的だと思うのだが。
しかしまぁ、ガンダム世界にきて作家も何もあるまいし、これはこれで良かった、のかも知れない。
それらのやり取りを、ララァ・スンは黙ったまま、ずっと耳を傾けていた。
「お前は、異存はないのか、ララァ・スン?」
「ないわ」
きっぱりと云い切られる。
「もう、地球には帰れないもの。それに――ここには、あのひと曰くの“お仲間”がたくさんいるみたいだし」
「たくさんと云うほどではないがな」
しかし、アムロ、ゾルタン、キャスバル、フロリアン、マリオン、そして“なんちゃって”の“ガルマ”も加えると、まぁそれなりにはいることになるか。
「お前にとって、ムンゾが心地よい場所であってくれることを望むよ」
「そう願っているわ」
その能力を搾取されていた少女は、多くを期待してはいないようだった。
まぁ、そうであるからこそ、原作においては、“シャア・アズナブル”にフラナガン機関へと導かれても、反発もせずに従ったのだろうが――ここでは、そんなことにするつもりはない。
「うちには子どもが三人いる。もしかすると、子守のようになってしまうかも知れないが、望む道があれば云いなさい。できる限り叶えよう」
「食べられるのなら、子守でも構わないわよ」
「そう云うわけにはいかんよ」
何と云っても、あのララァ・スンである。
キャスバルとアムロ、二人の人生を左右する可能性の高い少女を、ただ子守をさせるなどとんでもない人材の無駄遣いだ。
まして、“ガルマ”からは、この少女を姫君として扱うようにと強く云われているのだし。
――まぁ、確かにキャスバルとアムロの“姫君”にはなるのだろうしな。
「あなたは、何か私にさせたいことがあるのではないの?」
翠の瞳が、まっすぐにこちらを見る。
させたいこと。
「あるにはあるが、多分、お前の考えるようなことではないだろうな」
端的に云えば、あの二人の傍にいてくれれば良いのだし。
「ふぅん?」
少女は首を傾げた。作中では白鳥と重ねられることの多かったララァだが、年齢のせいか、白鳥と云うよりももっと小鳥めいた印象が強い。
「まぁ、仕事などと云わず、まずはムンゾに腰を落ち着けてくれると良いのだが」
軽々と他処へ移るなど考えずに。
そう云うと、
「――わかったわ」
少女は幾度か目を瞬かせ、やがてこくりと頷いた。