「ふぅおわぁッ!???」
爆撃かと思った。
物凄いクラッカーと爆竹と、何か音の鳴る色んなものが。
まだ一回生だった頃に駐屯兵士と乱闘騒ぎを起こして謹慎処分になったことがあったけど、その“復帰祝いクラッカー事件”が可愛く思えるほどの轟音だった。
当時も、暴発事故と間違われて出動騒ぎになってたのにね。
今回は教官まで参戦してんのか。
ビックリし過ぎて表情が抜け落ちたおれを、滂沱の涙を流すドズル兄貴がぎゅうぎゅう抱きしめてる。
キャスバルはニヤニヤしてるし、リノ達は腹を抱えて笑ってる――泣き笑いっぽい顔で。
「ふぅおわぁッ、ってなんだよ! その悲鳴可笑しいだろ!!」
ライトニング、おかえりなさいの前に突っ込みかよ。
「おかえりなさい! ガルマさん、皆、信じて待ってたよ!!」
真っ赤な目を擦りながら、クムランが。
「ただいま、クムラン。信じてくれてありがとう! 皆もありがとう!! 帰ってきたよ!!!」
兄貴の腕の中で、ウグウグしながらも叫ぶ。
割れんばかりの歓呼が有り難し。
戻ってきたぞ、士官学校!!
結局、体重は戻し切れなかったけど、体調なら万全だ。
――いま締め上げられて、ちょっとライフ削られてるけどね?
兄貴、そろそろ放しておくれよ、とタップ。
「……ドズル兄様、そんなに泣かないで下さい。僕、こんなに元気ですよ?」
腕の中で小首を傾げて上目遣い――したら、涙と拘束がますます強まった。なぜだ!?
『……君は馬鹿か』
『助けてキャスバル!!』
落ちる、落ちるから!
「ドズル校長、その辺りで。ガルマが締め落とされます」
「ぬ? うぉ…すまん!」
「……大丈夫、です」
からくも救出されて、フラフラと幼馴染に懐いた。
「『すごい騒ぎだね』」
「『君を迎えるために皆が準備した』」
薄く笑ったキャスバルの横顔はどこか誇らしげだった。
士官学校はお祭り騒ぎで、三回生だけじゃなく、すべての学年が参加してた。
ふと、その動線に目を見張る。
野放図に見えて、彼らの動きはどこまでも統制が取れていた。
組があり班があり、隊がある。
長がまとめ上げ、さらにその上が、またその上が指示し――その総てを指揮してるのは。
『お前は最高だね、キャスバル』
この場の司令はドズル兄貴じゃない――キャスバル・レム・ダイクンだ。
この半年の間に、キャスバルは名実ともにこの士官学校を掌握し、完璧に統括、指揮するに至っていた。
凄いね。怖いくらい。
何ていう求心力。カリスマ。この歳にして、統率者の貫禄かよ。
いつものメンバーのサポートもパーフェクトだ。
何これ脱帽。
キャスバルと仲間たちとの間に、以前より強い信頼関係が見て取れた。
ここで嫉妬するのは、心が狭すぎるって分かってるけど。
半年の不在で、おれの居場所が無くなっちゃってるんじゃないかなんて、不安がチクリと胸を刺した。
『…………もしかして、おれのポジション、シンにあげちゃったりした?』
『どうかな?』
キャスバルの青い目が意地悪そうに瞬いた。
悔しいけど、だとしたらおれより確実にキャスバルを支えられちゃってる気がするよ。
シンだけじゃない、他の面々だって能力値はとても高いんだ。
幼馴染っていうアドバンテージを取り払ったとき、純粋なアビリティスコアは、ヘタをすると彼らの方が上だろう。
――おれが勝るとこなんて悪知恵ぐらいだし。
まぁ、簡単に譲るつもりもないから、獲られてたら死ぬ気で奪い返す所存だけどね。
「『……おのれ、シン・マツナガめ!』」
「どうした? いきなり何故そうなった?」
いつのまにか寄ってきていたシンが、面食らった顔をした。
「……君が僕よりも完璧にキャスバルをサポートしてたからさ」
ぷすりと膨れて見せてから、抱きついて背中を叩く。
「ただいま。本当に悔しいくらいに頼りになるね、シン」
「おかえり、ガルマ。そう言ってもらえるなら、努力も報われるな」
なんて太い笑みが。
良い男だよ。シン、本当にジェラシーストーム起こすくらいにさ。
それからいつものメンバーに、もみくちゃになるまで歓迎された。
クムランとロメオ、それからベンは、ちょっと泣きすぎだろ。溶けるぞ。
忙しいはずのドズル兄貴も、時間が許す限りそばにいてくれたし。
とても幸せでフワフワして、だからこそ、この先に待つだろう戦乱に、胸の奥底がチリチリと焼けるような心地だった。
騒ぎも静まった夜半、寮の部屋に“悪巧み協力隊”を呼び出した。
リノとケイとルーである。
もちろん同室だからキャスバルもいる。
「本当によく帰ってきたなぁ」
リノがしみじみと言って、くしゃりと笑った。
ルーも頷いて、ケイは少し赤くなった目尻を乱暴に擦った。
「ね、君たちは僕が帰ってくること、発表されるより先に知ってたろ?」
聞けば、ケイがニヤリと笑った。
「もち。網ん中に引っかかってたぜ。一瞬見落としそうだったけどなー」
「ケイから聞いて、慌てて分析した」
ルーは苦笑いだ。
「びっくりしたぜ。こいつら俺をひっつかんで、キャスバルに特攻かましたんだぜ。真夜中に」
「昼間じゃ誰かに見つかるかも知れないだろう」
「そーそー。ロメオなんか結構目ざといぜ」
「一番はシンだろうけどね」
と、口々に。
「キムから知らせは?」
キム・ボンジュンにメッセージを送ったことは、ちゃんと通達されてたのかな。
「来た」
答えたのはキャスバルだった。
「すぐにタチに知らせるように指示した。ギレンは、既に君の回収に手を打っているようだったからな」
さすが“ギレン”、用意のいいことで。
あの海賊船は、前々からの準備ってことか――まぁ本命は別にあって、おれの回収はついでだろう。
「ちゃんと知らんぷりできた?」
「ああ。ギレンから知らされるまでな」
頷くキャスバルの横で。
「あ。でもリノが浮かれそーでヤバかったな」
「ニヤニヤを噛み殺そうとして、いっそ憤怒の形相になってたね」
「一回生が怖がって近寄ってこなかった」
「同級もだろう」
「だな」
「仕方ないだろ! ガルマが帰ってくるってんだから!」
ケイ達の暴露にリノが喚く。
キャスバルはくつくつと喉を鳴らして笑ってる。
ん。この空気良いな。
半年ぶり。地球の士官学校とはやっぱり違う。全然気安くて、馴染む。
触れずとも横にキャスバルの気配と、思考波が。
めちゃめちゃ寛ぎそうになってから、目的を思い出して気を引き締める。
「……さて、そしたらムンゾの近況とか詳しく教えてもらおうかな」
コリニーのところじゃコロニー社会の情報は、ほぼシャットアウトされてたし、逃亡中に見てたニュースくらいじゃ全然足りない。
自宅療養中も、真綿に包まれるみたいに大事にされすぎて、不穏な事柄からは遠ざけられていたからね。
三人衆のまとう空気がピリリと緊張して、彼らはそれぞれに口を開いた。
キャスバルの隣で、それらを聞く。
おれが地球に“人質”として降りたことで、コロニー社会の連邦への反発は高まり、ムンゾはもとより、他コロニーでも連日のデモ騒動が勃発してる。
各政府は連邦軍の介入を招かないように必死に抑えようとしてるけど、焼け石に水。
そこへもって、ボロボロになった“ガルマ・ザビ”の帰還ときた。
帰ってきたのは歓迎するが、あの有様は何事かと、民衆は相当ご立腹だとか。
アースノイド至上主義者達への批判はもはや憎しみの域で、奴らが幅を利かす連邦政府などに従いたくないと。
比較的穏やかなところでも連邦政府の改革を求め、過激なところでは独立さえ叫んでる。
いつかの世界線では中立を唱え、最終的には連邦に与したリーアすら、アースノイド至上主義については嫌悪を隠さないって言うんだから相当だ。
特にコロニー同盟でムンゾと結びつきの強いルウムで、いまも凄いことになってるらしい。
キシリア姉様がルウムのシャア・アズナブルと婚約してるから、一層その傾向が強いんだろう。
この辺までは、まぁ予測の範疇だよね。
3人の口調は軽いものの、内容は淡々としてた。共に出身はルウムだけど、報告は客観的で私情はきれいに飲み込んでる。
心穏やかな筈はないのにね。
現状、最も連邦に踏み荒らされる可能性が高いのはムンゾじゃない――ルウムだ。
「……ルウムの駐屯軍の様子は?」
その辺りの通信だって拾ってるだろ、お前は。
真っ直ぐにケイを見れば、その唇が歪んだ――嗤いに。
「近日、治安部隊が動くかもなー」
「本部からの命令じゃないね?」
ルウムは連邦に軍事不介入を申し入れてたはずだ。
「指揮官の独断のようだね。以前からスペースノイドを軽視した発言があったし」
ルーが鼻を鳴らせば、リノも顔を歪めた。
「お前の帰還についても“不適切な発言”があったぜ。ゴシップのネタにされてる」
「ふぅん。『……校内の様子は?』」
『今のところは冷静だ』
なるほど。
キャスバルを頂点に統制が取れている士官候補生達は、憤りさえコントロールして静かに爪を研いでるってとこか。
『でも、早晩、我慢の限界かな』
『だろうな』
目の前の3人の瞳の奥にも火種は見て取れるし。
さて、どうしようかな。
「『キャスバル、君はどうしたい?』」
「『……そうだな。奴らに好き勝手されるのは業腹だ』」
思案する素振りで、僅かに首を傾げて。
「『“刻”を待て』」
青い眼が不敵にきらめいた。
「『ガルマは帰ってきた――我々は揃った、と、皆にも伝えろ』」
息を呑む。
その微笑の美しくも恐ろしいことと言ったら。
こみ上げるのは喜びと誇らしさで。
瞳の青に映ったおれも、そりゃあ愉しそうに笑ってた。
リノたちが姿勢を正して敬礼する。
その顔に浮かぶのは、砥がれた怒りと、若い獣みたいな獰猛さ、それから己の能力に対する自負だった。
ん。よく練れてる。
出会った頃とは雲泥の差だ。
当時の軽妙さはそのままに、あどけなさは削られ、精神はより強靭に、“人でなし”の度合も増して。
――良い兵士だ。
『お前の兵隊だ、キャスバル。彼らも、おれも』
巧く使えよ。この能力と、命を。
“暁”は遠くない――おれたちはお前の為に、鎖から放たれた猟犬のように命懸けで獲物を狩るだろう。
『……せいぜい、こき使ってやるさ』
思考波は吐息じみて意識を掠めた。
解散して、部屋にはふたり。
『……狭い部屋、固いベッド、バスタブの無いシャワーブース』
ほんと、帰ってきたっていう気がするよ。
ぼやけはキャスバルの意識が笑った。
『……上のベッドにお前がいる』
思考波に依らなくても気配が伝わる。
『また君の寝言に煩わされるな』
思考波が揶揄ってくる。
ううぅ。その節は申し訳なく。
なんか、とてつもなく珍妙な寝言を吐くらしく、たまに気になって眠れなくなるとか。
『…………地球では…』
珍しく、思考波でも言い淀む風な幼馴染に首を傾げた。
『ん?』
『……地球では、どう過ごして居たんだい?』
『気になる?』
『それなりにはね――連れてきた二人のことも』
ララァ・スンとパプテマス・シロッコか。
――だよね! 気になるよね!! 特にララァ嬢!!! でしょ!?
食い気味の反応に、ピシャリと。なんで思考波で打つかな。
『そんなに気に入ったのか』
『そりゃね。お前とアムロに匹敵するニュータイプだぞ! 可愛いし、将来は美人間違いなし。お前の横に並んだって見劣りしないだろ』
お前の横で霞まないのなんて、アルテイシアとキシリア姉様の他には、ララァ嬢くらいなもんだろう。あとは、ミルシュカとマリオン。
別に欲目じゃないからね。
『……………君の隣ではなく?』
『なんでおれ?』
おれが霞むじゃないか。
キョトンとしてれば、上からキャスバルが降ってきた。
青い眼が目の前に。
『説明しろ』
『……んんん』
そうだね――色々と説明は難しいし、面倒だ。
『“読んで”よ。その方が早い』
ララァ嬢のおかげでだいぶ慣れた。するりと記憶を開放して、キャスバルが好きに“読む”に任せる。
半月分の膨大なデータを、器用に選り分けながら“読んで”いく幼馴染の意識を、つんつんとつつく。
『おれもお前を“読んで”良い?』
『必要ない――こちらは何の変わりもなかったからな』
『ウソだ。お前、進化してるじゃないか』
めちゃくちゃ練度上がってるじゃないか、お前も、仲間たちも。なんでそんなに成長してんの?
取り残されてるみたいで寂しいだろ!
つんつんつつき続けても無視される。溢れてくる記憶もないし。おのれ。
かと言って、意識を閉じようにもホールドされてて逃げられないし。
――不公平だ!
怒ってます、を、意識の上層に貼り付けると、何故かキャスバルが喉を鳴らして笑った。
『……なんなの?』
『いや。思っていたより悪辣だったが……“誘惑者”の顔の裏側で、こんなに寂しがっていたんだと思うとね』
記憶の大半が“帰りたい”で占められてるって、そんなの。
『あたりまえだろ』
ララァ嬢に、“ひと鼓動ごとに帰りたいと会いたいを繰り返してる”とまで言われたくらいだぞ。
『お前は……寂しくなかったの?』
――おれが居なくても。
って、皆が居たか。家族も、仲間も、子供たちも、“ギレン”も。
ちょっと溜息。寂しがる要素が無いのか――薄情者め。
恨みがましい視線を投げても、キャスバルはどこ吹く風だ。
だけど、次の瞬間、不意にその気配が凍るみたいに冷たいものになった。
『……キャスバル?』
なに、なにが起こったの。
底冷えする青い眼が。奥に揺らめいてるのは、怒りか、哀しみか――なにか名伏し難い感情だった。
『……ギレンに、覚悟を決めるようにと言われた。だれを失っても先に進む覚悟を――君のこともだ。ガルマ』
――……。
ん。そうだね。“ギレン”ならそうだろう。
誰を失くそうと、おれが消えようと、己が斃れようと、その足を止めようとはしない。
理念を、理想を――ひとをひとたらしめる理性を何よりも尊み、真に“ひと”たり得ようとするヒトだからね。
『……お前はそれでも良いよ』
それに倣うってんなら、それでいい。
だけどさ。
『おれは、お前を失くす覚悟なんて決めてないから』
失くさないために、“何でもする覚悟”なら決めてるけど。
“ギレン”が“理念のヒト”なら、おれは“ひとでなし”だからね。巷にある“かくあれかし”なんて知ったこっちゃないんだ。
善も悪も無い。平等もない。
守りたいものをだけを護り、敵なら壊すか殺す。勝てなくても噛みつく。世界とだって敵対する。
『それでも……万一、失ったらどうする?』
『道連れに人類滅ぼそっか?』
結構しぶといから根絶やしまではいかなくても、前文明まで戻すくらいまでなら出来そうだろ?
シンプルに回答すれば目を剥かれた。
慌てたような思考波が意識を浚っていく――嘘なんか無いよ。
盛大なため息のあと、ポカリと叩かれた。
なぜだ?
『……君がラスボスとやらなんじゃ無いのか?』
『お前が無事なら発動しないよ』
『ひどい脅し文句だな』
めちゃくちゃ顔を顰めてるけど、冷たい気配はどっかに行った。
暫しの沈黙。
読むだけ読んで気が済んだのか、上に戻ろうとしたキャスバルの腕を掴んで引き戻した。
グイグイと寝台に引っ張りこむ。
『なんだ狭い』
『ここで寝よう』
『子供か』
『良いじゃないか。今日だけ!』
ふぅ、と、溜息がひとつ落ちて。
『……仕方ないな』
横に転がり込んでくるのに含み笑う。
思い出すのは子供の頃。あのフラットで、いたずらの算段をした。ベッドに二人、夜更かししながら。
お互いこんなに育ったけど、あの頃とあんまり変わってないような気もする。
触れる体温に安心して眠たくなった。
『……本当に子供みたいだな、君は』
呆れたみたいな“声”。仕方ないだろ。だって落ち着くんだ。
うつらうつらする間も、キャスバルの思考波は触れていて、時折零れ落ちる記憶を拾い上げているようだった。
『それにしても、ひどい出会いだ』
おかしげに笑っている気配。
ララァ嬢との出会いか。そうだね。
『……お前との出会いに匹敵するだろ』
吐息みたいな笑いが。
『……………仲良く……しな…よ…』
眠気にはもう勝てそうになかった。
『おやすみ……キャスバル……』
『おやすみ、ガルマ』
それだけ聞いて、意識を落とした。
半年間のブランクは、不思議と感じなかった。
おれというピースはその集団にぴったりはまって、不在だった期間こそが幻のように思えたほどだ。
懸念されていた体力も、おおよそ戻ってきてるし。むしろ以前にも増して求められるのは、もっぱらオツムの方だった。
“ギレン”の言うところの“悪知恵”ってやつね。
半年前と同じように、ラウンジのいつもの席に集まってお喋り――という名の定例会議。
「在校生はルウム出身が多い。やはり、皆、神経を尖らせているな」
シンは顰め面だ。
議題はルウム駐屯軍兵士によるデモ隊鎮圧について。
「事態は深刻だね。『連邦は何やってるのさ』」
苛立って舌打ちしそう。
デモ隊を鎮めるどころか、真っ向から対立しちゃってるし。
大体、市民を抑えようとしてたルウムの治安部隊と衝突してどうすんの。
『暴動を煽る気かよ。開戦待ちか?』
『……そんなことは考えてさえないだろうな』
力で抑えつければ良いと、ただそれだけでここまで関係を悪化させたって、なにその無能。
「ギレンはルウムの要請を受け入れて、小部隊を派遣するようだな。『シャアも行くのかい?』」
「指揮はキシリア姉様だ。『行くってさ。メッセージが来てた』」
この辺りは“ギレン”らしい采配だ。
キシリア姉様の人気はルウムでは特に高い。
ザビ家の姫君がルウムの若者と恋仲になり、諸々あって婚約したあの流れは、市井に広く受け入れられて、物語のモデルにさえなったって言うし。
そんな二人が、連邦と市民の間に割って入るんなら、少なくとも市民側は大きく反発しないだろう。
反対に、駐屯軍の方が荒れそうでアレだけど。
少数とはいえムンゾがルウムの為に部隊を動かす事で、士官候補生たちの心情も、僅かばかりではあれ宥められてはいる。今のところは。
このまま何事もなく行きたいけど、万が一、ルウム駐屯兵が姉様の部隊にまで威圧行動に出やがったら、ルウムのみならず、ムンゾだって黙っちゃいない。
むしろ、どこより先にこのムンゾ自治共和国国防軍士官学校が爆発する。
――無事に卒業したいんだけどなぁ。
目前に控えたそれに暗雲が。
ここは、ルウム出身者がかなりの割合を占めてるんだぞ。皆、故国に対する駐屯軍の暴圧には憤ってる――我慢も表面張力のスレスレまで来てるんだ。
キャスバルの顔にも、そしてシンの顔にも同じ危惧があった。
「『ケイ、ルー、引き続き“連中”の情報収集と分析お願いね。リノは同郷の面々のケアをよろしく』」
「りょーかいしたぜ」
「仰せのとおりに」
「任せとけ!」
ん。良いお返事。
「『今まで以上に統括と管理の強化が必要だ。出来るな、シン?』」
隣でキャスバルも指示を飛ばす。
「無論だ」
不敵な笑みと力強い頷き。頼りになるねぇ、シン。
「『ベンは二回生の統括と管理、クムランは一回生だ』」
「……やる」
「わかったよ」
ん。こっちも頼もしい限り。
「『ロメオとミアはサポートに当たれ』」
「了解した」
「滞りなく」
ビシリと返る敬礼。
いまやキャスバルを頂点に、士官候補生たちは総て纏まっている。
いつぞやの時間軸とは異なり、三回生だけじゃなく、一、二回生含む全てがだ。
末端まで行き届いた統制は、その“刻”には恐るべき脅威になるだろう――連邦にとっては。
――ここまで研ぎ上げた。
笑みが誇らしげなものになるのは仕方ないだろ。
「『じゃあ、ライトニングは、ちょっとした訓練に付き合って貰おうかな』」
「……禄でもなさそうだな」
なんて言いながらも、その顔は笑ってた。
脳裏に大事にしまっておいた情報を引っ張り出して確認する。
少し古くなっているところは修正しつつ、組み上げていくのは、かつてキャスバルと偵察したガーディアンバンチの連邦駐屯軍敷地内の構造だ。
いざとなったら抑えてやる。
ルウムにも、もちろんムンゾにも、奴等の牙を剥かせるもんか。
まぁ、それでも。本音を言えば、もう少し先に伸ばしたいんだけどね。
✜ ✜ ✜
「『何をしているんだ?』」
「『手紙を書いてるのさ。あっちでお世話になった人達に』」
クラシカルな封書で。
アムロたちからプレゼントされた万年筆は、とても滑らかで綺麗な文字が書ける――これは地球には持って降りずに、キャスバルに預けてたの返してもらった。
宛先は、おれを庇って怪我をしたウッディ・マルデン、ブライト・ノアと愉快な仲間たち。それからゴップと、ブレックス・フォーラにも。
フォーラはともかく、ゴップには火に油を注ぐ感じだけど――“ギレン”に、また文句がいくかも――まぁ、お約束として?
これも印象操作の一環だ。
ガルマ・ザビは、アースノイドに対して敵対意識は持ってないし、友愛さえ感じていると、文面からはそう伺えるだろう。
どうせ、検閲されるからね。
だけどアースノイド至上主義者は嫌いだし、祖国に――同盟コロニーを害するならば、一歩も引くつもりはない。
あくまでも憎いのは、襲い来る暴虐であって、アースノイドではないよ。これ本音だからね。
寮の私室。コーヒーを片手にキャスバルが横から文面を覗き込んでくる。
「『……手紙には人柄が出ると言うが、君には当て嵌らないな。文字も文章も、真面目でおおらかで甘ったれに見える――あぁ、大雑把で甘ったれだけは合っているか』」
「『それを言うなら君の文字だって、優しくて誠実そうだからね!』」
「『合っているだろう?』」
いけしゃあしゃあと。
だけど、ここで反論したって言い負かされるって知ってるから、グギギと唸るだけに留めた。
「『………ねえ。贈り物をあのゲームの“プロトタイプ”したらどうかな?』」
話題を変えてみたら、急にキャスバルが噎せこんだ。なに、コーヒー飲みそこねたの?
「『大丈夫?』」
手紙の手を止めて背をさすってやる。
『……君は、せっかく築いたらしき友情とやらを粉砕したいのか?』
ゴホゴホとまだ咳き込みながら、思考波は責める響きを帯びていた。
なんでさ。
「『出会いの思い出だよ。おれたち、会ってすぐに、“The Game of Fun Army Life(素敵なアーミーライフ)”をプレイしたのさ』」
『――……君は、向こうで本当に禄でもない出会いしかしてこなかったんだな……』
そんな憐れむ目を向けないでよね。
「『だめかな?』」
「『駄目に決まっているだろう。無難に万年筆辺りにしておけ』」
「『それじゃアムロたちのプレゼントに被るじゃないか』」
「『とにかく、あのゲーム以外の物にしろ。悪魔のゲームは、絶対に、駄目だ』」
そんなすんごい形相で言われたら、従うしかないよね。
「『……はいよ。りょーかい』」
そんじゃ、無難にキーホルダーとかにしとこうかな。
日々は、表向きは平穏に過ぎていった。
おれたちは、最終学年の士官候補生らしく、勉学に、演習にと励んでいるし、先頃は本物の軍務へ同行なんかもあったりする。
それぞれの配属先も、一部の面々は既に内定していて、おれは、なんとあのガルシア・ロメオの部隊に入れられるんだとか。
知らされたとき、みんながザワっとしてて笑えた。
不良将校の異名は健在らしいね。
ヤツはいま、“ギレン”からの指令でムンゾに居ないらしいけど、そしたら、おれは卒業後、すぐにどっかに飛ばされるってことか?
キャスバルについては、今のところ、まだ保留。
この期に及んで、“ギレン”はまだ軍務か政治端か、キャスバルの進路を悩んでるらしい。
キャスバル自身は、一緒にガルシアのトコに厄介になる気満々らしいけど。
曰く。
『奴に君の手綱が取れるとは思えない』
なんてさ。野放しにするわけには行かないって使命感らしいよ。
――おれをなんだと思ってるの。
暴れ馬じゃないんだよ。
ちなみに、成績優秀なシンとミア嬢はドズル兄貴の配下になるらしい。いつかの時間軸ではシンとは歳の離れた親友だったみたいだし、もともと気は合うと思うので心配してない。そして、ミア嬢とは是非とも仲を深めて頂きたい。頑張れ兄貴!
クムランとベンは、なんと、マ・クベから引き抜かれたとか。
そんな風に、上位成績者は卒業を待たずに引く手数多だ。
そして、進路についての呼び出しから戻ってきたおれの“悪巧み協力隊”は、みんな変な顔をしてた――笑いを噛み殺してるみたいな。
「どしたの?」
「俺たち、タチ少佐のところに行くことになったぜー」
と、ケイが爆弾を。
「えええええええッ!? 3人とも!??」
「うん」
ビックリである。
なんでさ。おれの仲間は引き抜かないんじゃなかったのか。
「なんか、“対ガルマ専用部隊”を作るんだって言われたよ。可笑しくない?」
ルーがとうとう吹き出しながら。
「希望者が居ないから新規で採用するってさ」
「“逃さんからな!” だってよ」
顰めっ面を真似たらしきリノも、途中でゲラゲラ笑い出してるし。
「どれだけやらかしたら、軍総帥直属の情報機関に専用部隊を設けられるんだよ、可笑しすぎるだろ!」
みんな、ひーひー笑ってるけどさ。
「良いの?」
それで――タチにこき使われる未来しか見えないんだが。
「ああ。いい配属先だろ」
「君に、どこより早く欲しい情報を届けてあげられるよ」
「そーそー。なんせムンゾ随一の機関だし!」
なんて。それじゃお前らはおれの“SPY”じゃないか。
今更だ、とかなんとか答えてるけど、ほんとに良いのか。
こいつらが参入することに、“ギレン”は承諾してんだろうな?
「タチ本人が来てたの?」
「いいや。“伝書鳩”の一人だってさ」
「ふぅん?」
なんとなく“クソ鳩”を思い出したけど、ヤツが来てたのかな――よもや、お前の独断じゃあるまいね?
「ところで、ライトニングとロメオが戻ってないんだけど」
「ライトニングなら格納庫にいたぜ?」
「ロメオは例の呼び出しだ」
「そっか」
――みんなバラバラになっちゃうなぁ。
仕方ないけど、叶うなら全員纏めて部下に欲しかったよ――無理なのは分かってるとは言え。
まァ、各部署に居ることで太いパイプができたって考えるべきだね。
それぞれが、未来を見据えて進んでいく。
だけど、その頭上に垂れ込める戦乱という暗雲を思えば、手放しで門出を祝う気持ちにはなれそうもないんだ。