ザビ家成り代わり   作:くずみ@ぼっち字書き。

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【成り代わり】another ORIGIN 謀略の"ギレン" 27【転生】

 

 

 

 ややあって、ブレックス・フォーラから連絡が入った。

 “ガルマ”が士官学校に戻って、ほどなくしてのことである。

〈大変申し訳ないことをした〉

 開口一番に、ブレックス准将はそう云ってきた。

〈お預かりしていたのに、あのような事件に巻きこんで――ガルマ殿にも、私から謝罪があったとお伝え下さい〉

 平身低頭と云った態であるが、そんなに謝られると、こちらとしては申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「いや、本人はもう元気ですので、お気になさらず」

 海千山千のゴップとは異なり、こちらはまだまだ若く、何と云うか性善説を信じているようなところがある。

 こちらも割合に性善説に依っていると云われるが、今のブレックスほどではあるまい。

〈そう云うわけには参りますまい〉

 案の定、生真面目な男からは、そのような言葉が返ってきた。

〈コリニー中将の独断とは云え、預かりものを傷つけるような――あまつさえ葬り去ろうなどと!〉

 握りしめた拳がぶるぶると震えている。

 まぁ正直、“ガルマ”の悪辣さを思えば、排斥しようとした連中の気持ちもわからぬではない――と云うか、わかり過ぎるほどわかる――が、鎖を外して送りこんだこちらとしては、あまりそのような発言はできなかった。

「仕方ありません、スペースノイドとアースノイド至上主義者とでは、いずれぶつかるようにできていたのです。あれも、そのあたりは覚悟して行ったはずです」

 そもそも、その“対立”に乗じて、連邦軍内の不和を煽り立てたところはあるのだろうし。

 あの悪辣さは、最早邪神の域だと思う――旧い神話の頃からいた、対立を煽るもの。

 まぁ、まさか“うちの‘弟’は‘邪神’なので”と云うわけにもいかないので、そっと口は拭っておくが。

 そうして、ふと思い出す。

「そう云えば、“ガルマ”をかばったと云う若者はどうなりました。怪我をしたまま置いてきてしまったと、あれが気にかけておりましたが」

〈あぁ――ウッディ・マルデンのことですね〉

 ブレックスは、少し表情を明るくした。

〈かれならば、ほどなくして救助され、現在は既に士官学校に復帰しております〉

「なるほど」

 では、原作とは逆に、ウッディ・マルデンの方が先に死ぬ――もちろん、マチルダ・アジャンよりもと云うことだ――ことは回避されたと云うことか。

「では、かれにザビ家が感謝している旨をお伝え下さい。それから、かれの他にも、“ガルマ”を守ろうとしてくれた士官候補生たちにも、同じように」

〈! もちろんです!〉

 確か、中にはブライト・ノアもいたと聞いたように思うが――さて、“ガルマ”との邂逅が、かれらの先行にどのような変化をもたらすのか。

 ――まぁ、既に大幅に違ってはいるのだが。

 ガルマ・ザビは連邦に人質に取られたこともなかったし、バスク・オムやジャミトフ・ハイマンはグリプス戦役まで生きていた。

 まぁ、それを云えば、サスロも、アストライア・トア・ダイクンもローゼルシア・ダイクンも、シャア・アズナブル(本人)も生きている。

 この、大幅に変化した世界が、今後どのように進んでいくのかはわからないが――ただひとつ変わらないだろうことは、連邦とムンゾの間に戦いが起こるだろうと云う、そのことのみ。

 だがそれとても、今回の騒動で、かなり流動的になったのではないか――何しろ、将官三人、佐官二人が外れたのだ。連邦軍内は、再編だけでも大変な騒ぎだろうし、アースノイド至上主義者たちを押さえつけるために、綱紀の引き締めもより厳しくなることだろう。

 となれば、暫くは対ムンゾも棚上げになる可能性は、非常に高いのではないか。アースノイド至上主義者たちをどうにかしなくては、他サイドも反旗を翻すことになりかねない。それはすなわち、地球に降ろされる物資が減少することを意味する。

 今や特権階級と、それに仕えるものたちの住処と化しつつある地球において、コロニーからの物資が止まることは、アニメを見ながら考えていたよりも、アースノイドにとって死活問題になるのではないか。

 まぁ、物資の供給停止によって、即アースノイドが飢えに喘ぐことはあるまい――何と云っても、地球には、空気と水と大地はふんだんに――まぁ、場所にも拠るが――あるのだ。最悪、荒野を開拓するなり何なりすれば、多少は食べていくこともできるはずだ。

〈――そう云えば〉

 思い出したように、ブレックス准将が云った。

〈ガルマ殿と一緒に救出されたと云う、少年少女がありましたな〉

「……えぇ」

 もちろん、ララァ・スンとパプテマス・シロッコのことだ。

〈その少年少女は、その後?〉

「何やら事情があるようなので、とりあえずザビ家で預かることに。少女の方は、どうやら地上でギャング同士の抗争か何かに巻きこまれたようで」

 嘘ではない。少なくとも『the ORIGIN』の中では、その能力故に、はじめはギャンブラーの男に飼われ、その後には男の敵対者に狙われることになっていたのだから。

 まぁ、あれより一、二年早いけれど、そこは方便と云うものである。

〈それはそれは〉

「なおかつ、どうも幼いのに出稼ぎに出されているようなのです。それならばいっそ、こちらで保護してやった方が良いかとも思いまして――“ガルマ”も思い入れがあるようですし」

〈おやおや、それでは婚約者殿がやきもきされるのでは?〉

 ブレックス准将は、少しばかり含み笑うようである。

「いやいや、あれは、そう云う意味で伴ってきたのではありませんよ」

 そう、キャスバルとアムロのためだ――原作軸の悲劇を回避して、三人が幸せに暮らせるように。まぁ、実際どんな関係になるのかは、これから積み上げていかなくてはわかるまいが。

〈もうひとりの少年は〉

「あまり云いたがらないのですが、そちらも訳ありのようなのです。まぁ、幸いにと云うべきか、こちらも部屋が余っておりますので――とりあえずはうちで預かろうかと」

〈他にも預かっている子どもがあると、以前お聞きしたように思いますが?〉

「えぇ、ですので、まぁ、託児所のようなことになっているのですよ」

 ブレックス・フォーラは、遂に笑い出した。

〈ザビ家が託児所とは!〉

「いや、本当にそのようなものです」

 だからと云って、邸内が子どもであふれ返っていると云うわけではない――ニュータイプ二人は、同年代の普通の子どもたち相手は食い足りなかろう――が、ダイクン家の子どもたちとも交流があるので、子どもらしさは失われてはいないようだ。

 まぁ、“普通の子ども”はカイ・シデンがいるので、かれに連れ回されている少年たちは、それなりに市井の生活も満喫しているようではあるのだが。

「まぁ、軍も議会も、心荒むことしかございませぬので、子どもたちの存在は、ありがたいことではございますよ」

 これが自分自身の子どもなら、そうも云ってはいられまいが。

 大体、“昔”の自分の子どもたちは、微妙なものが多かった。よくできるがテロリスト気質の娘や、好きなこと以外はまったくできない――本当にまったく、1mmも――その妹、息子は人の心の機微のわからぬ――領有権問題を、自身の感覚で線引してどうなるのか――男。他の男二人は割合まともだったが、それでもその片方は、“外”への憧れを拗らせた挙句に殺されたのだから、つまりまともな子どもは跡取りのただひとりしかなかったわけだ。まぁ、あまりにも構わないので、テロリスト気質の娘がひどいファザコンになったのは措くとして。

 つまり、正直なところ、自分の子どもは面倒なのだった――概ね、妻や傅役などに丸投げだったにも拘らず、である。そんな人間が、人の親になって良いわけがない。いやまぁ、単に面倒なだけではあるが。

 その点、他人の子どもは面倒がなくて良い。出来が良くても、何をやらかすかわからない子ども、と云うのは、ある意味“ガルマ”以上に恐ろしいのだ。

「――まぁ、可愛い子たちですよ」

 そのあたりのあれこれを、総括して一言でまとめると、ブレックス・フォーラは意外そうな顔になった。

〈あまり子どもはお好きでないのかと思っておりました〉

「……自分の子でなければ可愛いですよ」

 子どもと云うのは、良くも悪くも親に似る。自分のあまり好きではない部分を子どもの中に見てしまえば、どうしても塩対応にならざるを得ない。自分の子どもを好きでないのは、概ねそう言う理由からである。

 “ガルマ”の方は、女も好きだが子どもも好きで、自他問わず子どもをよく構っていた。娘や息子も、こちらよりは“ガルマ”に懐いていたのではないか。

〈ギレン殿のお子であれば、さぞかし優秀になられるでしょうに〉

「いえ……」

 自分と妻の駄目なところを煮詰めたような子どもになったのは記憶に新しいので、正直、同じ轍を踏むのは御免被りたいのだ。学校に行っても、やりたい科目以外は点数のつけようがない成績だった、と云う子どももあったので、そんな子どもたちに、この大変なムンゾの舵取りを邪魔されたくないのが本当のところだった。あらゆる意味で、子どもほど悩ましいものはない。

「そうおっしゃるブレックス殿は、いかがなのです」

 と問うと、軽く肩をすくめられた。

〈おりますとも、妻と、娘と息子が一人ずつ。どちらも、そろそろ社会人になる頃合いだったはずです〉

「随分と、曖昧なお言葉ですな」

〈お察し下さい、今さら軍人になどなったのです。今は、仕事のことだけで精一杯で、それこそ妻にすべて任せっきりですよ〉

「お察し致します」

 とは云え、ブレックス准将は、おそらく議員時代には、きちんと子育てに参加しそうなタイプだったように思われる。そうであれば、こちらのように、子どもまでできた娘たちに、愚痴っぽくあれこれ云われることもないだろう。

 ともあれ、原作軸ではその家族をも、一年戦争で失ったのだそうだから、ジオンを憎む気持ちはかなり強かったのではないか。

 とは云え、『Z』において、クワトロ・バジーナ=シャア・アズナブル=キャスバル・レム・ダイクンを、自分の後継に指名したり、あるいはまた、バスク・オムなどのアースノイド至上主義者たちに対抗したりしていたことを考えると、闇雲に誰かを憎むタイプでもないのだろう。そう云うところは好感が持てる。

 とりあえず、この時間軸では、かれが家族を失わずに済めば良いのだが。

「まぁしかし、ブレックス准将殿のお子たちであれば、間違いなくできた方々でしょう」

〈買い被っておられますな〉

「あるいは、隣の芝生は青い、と云うものでございましょうかな」

〈違いない〉

 ともに呵々と笑う。

〈……とりあえず、ガルマ殿が無事に戻られたのは、本当に良かった。随分お窶れのようだったが、一日も早い本復をお祈りしていると、そのようにお伝え下さい〉

「もったいない。必ず伝えましょう」

 本当に、こんなにも“ガルマ”にもったいない言葉があるだろうか。ゴップならば、“少しはおとなしくしておかんか”などと云うのだろうに――まぁ、実際ほぼそのようなことも云われたのだし。

 軽い雑談ののち、通信を切る。

 ブレックス・フォーラは善人ではあるし、その為人も好ましく思えるのだが、その分こちらも取り繕わなくてはならないものが多い。そう云う意味でも、ゴップとの会話の方が気楽なのは確かなことだった――思い切り“ガルマ”のこき下ろし合いもできることであるし。

 ――悪い人間の方が相手にして楽しい、とは、どうしようもない話だな。

 つまりは、こちらも“悪い人間”だと云うことではないか――まぁ、否定はできないが。

 さて、裏を知らぬブレックス・フォーラが“ガルマ”に謝罪したからには、連邦軍内も概ね“ガルマ”を“真犯人”ではなく、被害者であり、その上海賊にまで拉致された気の毒な貴公子、と云う“物語”を受け入れたと云うことだ。

 これで、また暫くは時間が稼げたことになる。

 とは云え、ムンゾはやはり独立を求める声は大きいし、加えてルウムと云う新たな火種予備軍もある。即開戦とはならなくとも、いつでも戦争に繋がる導火線はあり、その傍でマッチを擂るものも少なくはないのだ。一連のあれこれで、逆に連邦への不信感を強めたものもあるのだろうし。

 上手く、巧く舵取りせねばならぬ。開戦を、より良いかたちで迎えるために。

 

 

 

 “身体検査”――比喩的な意味での――が終わり、ララァ・スンとパプテマス・シロッコが、ザビ邸にやってきた。

 シロッコはともかくとして、ララァの方は、恐らく地球で豪邸も見たことがあるだろうに、二人ともやや呆然と周囲を見回している。口をぽかんと開けてこそいないが、少しもの怖じするような風にも見える。

「ちょうど弟妹が外へ家を構えたのでな、その部屋を使ってもらおう。流石に家具はそのままだが、寝具くらいは替えてある」

「……子どもの気配がするわ」

 と、少女は云うが――確かに感じなくもないけれど、それはこちらが、この邸の内情をよくわかっているからであって、そうでないならわからないレベルのことだろう。

 実際シロッコの方は、微妙に頭を傾けている。半分頷いている風だ。

「あら、本当に結構いるのね。――あれはなに……?」

 次の瞬間、波紋が広がる。

 見えたわけではなく、そのように感じた。

 キャスバルの時とは違う、水面に広がる波紋のような、中心の衝撃が静かにあたりに拡がっていくような気配。

 ――アムロと“接触”したのか。

 確かに、ニュータイプは、時間にも距離にも邪魔されることなく意思の疎通ができるとは聞いていたし、作中でもそのような描写があったけれど、なるほど。

 ふと気がつくと、シロッコが頭を抱えて丸くなっていた。

「大丈夫か」

 かるく揺さぶると、のろのろと顔が上がり、またぱたりと伏せられる。かなりの“衝撃”だったようだ。

 しかし、シロッコでこれとなると、ゾルタン・アッカネンはどうなっているのか――昏倒していなければ良いのだが。

 仕方なく、シロッコを担ぎ上げ、ララァを促し“子ども部屋”に向かう。いつも子どもたちが溜まっている、まぁ子ども専用の居間のような部屋だ。

 扉を開けて、まず目に入ってきたのは、床で丸くなったゾルタンとフロリアンだった――遊びにきていたのか。

「おいゾルタン、フロル! しっかりしろよ!」

 と揺さぶっているのはカイ・シデン。ミルシュカの姿はない。また、ダイクン家に出向いているのか。

「そっちもか」

 と云うと、カイが勢いよく顔を上げた。

「あ、アンタ……って、何だソイツ?」

 と云って、担いだシロッコを見つめてきた。

「ゾルタンたちと同じだ。――アムロ?」

 そして、この事態を引き起こした当事者の一方は、まだ呆然としたように目を見開いていた。

 とりあえず、シロッコたちをソファの上に上げ、アムロをそっと揺さぶる。

 が、アムロはこちらに構うことなく、ララァ・スンにゆっくりと近づいた。

「おい、アムロ! どうしたんだよ!」

 叫ぶカイの声も、耳に入らぬかのよう。

「きみ、は……」

 碧い瞳は、少女の姿しか映してはいなかった。

「きみは、だれ……」

 その手が、少女の細い手に触れる。今度は何も起こらなかった――恐らくは。

 ふたりは無言で手を取り合っている。どうも、まともな――オールドタイプ的な意味で――会話にはならなさそうなので、のろのろと身を起こす残りの三人を世話しながら、ちょうど来たメイドにお茶の用意をさせる。

 ごく古典的な午後のお茶が、目の前に用意されてゆく。“古典的”と云うのは、つまり三段重ねのあれではなく、ワンプレートに、スコーンと胡瓜のサンドウィッチが盛られている、ヴィクトリア朝あたりの“アフタヌーンティー”と云うことである。

「……意外に地味……」

 と、やや落胆気味にカイは云うが、個人的には最上級のティータイムだ。外で単なる胡瓜のサンドウィッチが出てくるアフタヌーンティーはない。水気が多いので、作り置きできないからだ。

 そう云ってやると、

「アンタのシュミは、時々わかんねーな……」

 と首を捻られた。

 何とか“衝撃”から醒めた子どもたちも…アムロとララァを気にしながらも席につく。

 ケーキはないが、ジャム類が苺と林檎、三種のベリー、杏と種類が多いので、それなりには華やいだ感じである。

 食器は“ガルマ”が選んだものらしい。こちらのいつもの茶器は封印だ――まぁ、“壊し屋”ゾルタンがいるので、仕方ないところではある。

 ひととおり食べて飲み、一息ついたところで、カイがまた口を開いた。

「で? コイツとあの女は何だよ?」

 不審そうな声。

「“ガルマ”の拾いものだ。こちらがパプテマス・シロッコ、あの少女はララァ・スン。――シロッコ、かれは元預かっていたカイ・シデンだ。その隣りが、ゾルタン・アッカネンとフロリアン・フローエ、ララァ・スンといるのはアムロ・レイだ」

「パプテマス・シロッコです。――カイ・シデン以外は、皆こちらに?」

 割合に、権力のあるもの以外を蔑ろにしがちなのは、元々の性格なのか。

 まぁしかし、仕方のないところはあるか――子どもたちは、一番年長でも、カイ・シデンが中学生になったところであり、他は皆小学生である。いくら賢い子ばかりとは云え、高校生あたりになるシロッコでは、相手にするのも難しいだろう。

 その上シロッコは、“中二病”のようなところもあるのだし。

「いや、フロルは他処の子だ。そちらには今、ゾルタンの妹が行っている」

 ミルシュカと云うのだ、と云うと、シロッコはなるほどと頷いた。

「随分たくさん預かっておられるのですね」

「まぁ、いろいろあってな」

「オイ、シロッコって云ったか、オマエ、オレらのことは無視かよ」

 カイが、らしい口調で突っかかる。

「ここでの“主”はギレン殿だ。そちらに意を払うのは当然だろう?」

 つんとして、シロッコが云う。

「あんだとォ!?」

 二人の体格差はさほどでもない。日々街中を歩き回っているカイの方が、あるいは体力だけなら勝っているかも知れない。

 襟元を掴み上げられたシロッコが、助けを求めるようにこちらを見たが、子どもらは子どもらでやれば良い。

 と、アムロとララァがやっと、二人だけの世界からこちらに戻ってきたようだった。

「“話し合い”は終わったか」

 云うと、アムロは目を見開いたが、ララァはしれっとして頷いた。

「充分にね。――私はララァ・スンと云うの。先刻はごめんなさい、まだあんまり慣れてなくて」

 と云うのは、多分子どもたちを昏倒させた件だろう。

 ゾルタンとフロリアンは少し身を寄せ合い、ぶるぶると首を振った。猛獣の前に出たハムスターのようだった。

「ララァは凄いんだよ。あと、もうキャスバルにも会ったって」

 そう云って、碧い瞳がこちらをやや恨めしげに見た。

「ギレンさん――ガルマ、もっと前に帰ってきてたんじゃない」

「おっと。――ララァに“聞いた”のか」

「全部ね。海賊船で迎えにやっただとか――ホント、ギレンさんなんだから!」

 途端に、小さくなっていた二人が、興味津々に身を乗り出す。

「何だそれ、海賊船って何だよ?」

 ジャーナリスト志願のカイが、途端に食いつく。まぁ、本当のジャーナリストなら、大変なスクープを当てたことになっただろう。

「部下をな、海賊に仕立てて、少々“働かせて”いたのだ。ついでと云うか、一緒に“ガルマ”回収の任務も与えてな」

 今は、“ガルマ”を“捕まえていた”海賊が、その船に乗っている、と云うと、カイは大きく顔を歪めた。

「また、アンタってヒトは……」

「角が立たなくて良いだろう?」

 と云ってやると、盛大に顰め面をされた。

 シロッコは、微妙な顔になった。

「……随分と、親しく話されるのですね」

 “伝書鳩”の長であるタチはともかくとして、まだ中学生くらいの子どもと普通に話していることが、なかなか了承し難いようだ。

「カイ・シデンには、いずれ私がそれなりの業績を上げた後に、インタビューしてもらう約束なのでな」

「な!」

「それはまた……随分先の話なのではありませんか」

「私が、今の“父”の年齢になる頃には、カイは四十過ぎで、寄り道せずにジャーナリストになれば、もうベテランと呼ばれているだろう。今から予約するくらいでちょうど良いさ」

「それって、三十年くらい先ってことだよね」

 と、追加で運ばれてきたサンドウィッチをぱくつきながら、アムロが云う。

「三十年後って、僕たち、どうなってるのかなぁ……」

「三十年経ったら、オレたち、今のギレンさんくらい?」

 ゾルタンが、頬にスコーンの食べかすをつけたままで訊いてくる。

「カイは、それくらいだな。アムロもそうか。お前とフロルは、もう少し若いだろう。サスロか、あるいはドズルくらいではないか」

「サスロさんかぁ……」

「ってことは、キシリアねーさんより上だな! オレにも、そのころには、ヨメさんとかきてんのかな?」

「嫁……」

 他の子どもたちの頭の中にも、漠然とした“嫁”のイメージが浮かんだようだった。

 ララァがくすりと笑ったのは、子どもたちの想像が、あまりにも夢の中のようにぼんやりとして、そのくせひどくきらきらとしていたからだろう。

 子どもの夢など、大体そんなものだ。綺麗な妻と、手のかからない、賢く可愛い子どもが二人。犬か猫を一緒に飼って、白い大きな家に住む――様々なメディアが喧伝するのも、そのような“幸福な家族”である。

 が、まぁ、それがすべて揃ったからと云って、幸福が約束されるわけではないし、貧乏で美人でもない妻と、さして可愛くもない子どもしかなかったとしても、幸福である場合もある。

 否、それ以前に、結婚しない幸福もあり得るのだから、まさしく幸福はそれぞれだ。友人同士の同居、あるいはまったく関わりのなかった人びととシェアハウスで暮らすのも、また幸福であり得るのだ――あるいはいっそ、一人きりで生きたとしても。

 まぁ、

「まだまだ先の話だ。ゆっくり悩め」

 アムロに手を伸ばし、その頭を撫でてやると、くすぐったそうな笑いが返ってきた。

 それに比して、シロッコはやや不満そうな風だ。

「目標があるなら、それを目指して突き進むべきなのではありませんか。ゆっくりとは、手ぬるい気がします」

「だが、まっすぐ進む最中にも、まわりに注意を払う必要はある」

 こちらは、あまりまっすぐ進んだことはないし、できることの間をよろよろ進んでいたようなものだったのだが。

 とまれ、

「まっすぐ前だけ見ていては、様々なものを取りこぼす。上層部を見ていると、途中までは有能さで出世の速度がはかられているが、一番上に行くには、ある程度の人間性が必要とされるようだ。もちろん、名門の人間は、出自によるハロー効果があるので、その限りではないが」

 まぁそれだけでなく、名門の、裕福な家庭の人間は、はじめに施される教育――多分に教養方面の――に差があるのだ。例えば高名な画家の絵が家にある、あるいは著名な人物と家族が交流があり、耳学問的に教養が蓄積される――それは、そのような環境になかった人間との間に、確実な差をつけることになる。

 良いものに触れなければ、何がまずいものなのかを知ることはできない。例えばマ・クベに子があったなら、その子は他の子どもたちよりも、確実に美しいものに触れて育つことになる。そして、その美しいものの貴重さも、父親の態度によって知るだろう。そして、長じて様々な美術品に触れた時に、父親のコレクションに比して、少なくとも稚拙な出来のものには、違和感を抱くことになるはずだ。

 環境の恐ろしいのは、周囲の人間が“普通”であると感じているものを、子どももまた“普通”であると考えるようになる、そのことだ。その“普通”が低いレベルである場合、その子どもは、より“上”を知る子どもが“まずい”と思うものを、そうは感じない可能性が高くなる。その結果は、よくある“骨董屋に二束三文のものを掴まされる蒐集家”と云うわけだ。

 そして、それは事物に関することばかりではない。立ち居振るまいや対人関係の築き方、出世すれば、部下や使用人の使い方に至るまで、すべてにその“はじめの環境”が関わってくる。

 今のままいけば、パプテマス・シロッコは原作と同じように、利害と有益かどうかだけで他人を切り分けていくことになるだろう。

 木星船団の長くらいであれば、それでも良い。

 だか、シロッコがさらなる“上”を目指すのであれば、建前だけでも“noblesse oblige”の精神を身につけておかねばならぬ。さもなくば、真の“上流階級”はすぐさまその鍍金を見抜き、にこやかに笑みを浮かべながら、自分たちの“クラス”からシロッコを締め出すことになるだろうからだ。

「お前が、本当に“上”を目指すつもりなら、最低限の教養は身につけろ。それから、きちんとした人の使い方もな。……闇雲に己の力を誇るだけでは、いずれ自分の身を滅ぼすぞ」

 シロッコはまた、微妙に不満そうな顔になったが、もちろんあからさまにするほど愚かでもなかった。

 神妙に頷くのを、面白い気分で見やる。

 ――さて、この人を人とも思わぬものが、これからどう変わっていくのか。

 巧く育てば、『Z』のような、侮った相手にやられる結末にはならなくなるだろうが。

 先ゆきが楽しみだと思いながら、ゾルタンとサンドウィッチの奪い合いをするシロッコを見た。

 

 

 

 

 嵐は、翌日にやってきた。

 アルテイシアとマリオンが、こちらが帰宅した頃合いを見計らって現れたのだ。

「ガルマが、女の子を連れて帰ってきたのだと聞いたの!」

 夕食時を襲撃してきた少女は、憤然として云った。

 こちらはまだ軍服の上着も脱がぬまま、二人の少女を見つめ返すしかない。

「それは――どこからそんなことを」

 と云って、出元はひとつしかあり得ない。

 つまり、

「ミルシュカよ」

 マリオンが云った。

「昨日の夜、メールをくれたの。“ガルマが女の子を連れて帰ってきた、もうひとりのお姫様だ”って」

 まぁ、そこしかないだろう。

 しかし、

「あの娘は、“ガルマ”が自分のために連れてきたわけではないのだが」

 流石にニュータイプ云々を、ストレートに云うわけにはいかない。マリオンはともかく、アルテイシアには納得できないだろうからだ。

 が、

「……待って」

 マリオンが顳顬を押さえる仕種をした。

「何、これ――ちょっと……」

 と云いかけて、マリオンは昏倒した。突然のことに、アルテイシアが悲鳴を上げた。

「マリオン!?」

「しまったな、マリオンも“そう”だったか」

「どう云うことなの、ギレン殿!」

「つまり、ミルシュカ曰くの“‘ガルマ’のお姫様”は、少々特別なのだよ、アルテイシア」

「特別って、ガルマにとって、ってこと?」

「いや」

 こちらの心づもりとしては、キャスバルとアムロにとっての特別なのだが――しかし、強いニュータイプであると云う意味においてもララァ・スンは特別だったから、オールドタイプのアルテイシアには、そちらの説明の方が納得しやすいか。

「マリオンが“こうなった”のは、その娘のせいだと云うことだ」

「どう云うこと!?」

 混乱して叫ぶアルテイシアを横目に、マリオンをソファに寝かせる。

「悪気はないのだ。ただ、慣れていないだけで。――その娘は、力の強いニュータイプなのだよ、アルテイシア」

「ニュータイプって、お父様が提唱したって云う……?」

「そうだ。マリオンは、ニュータイプ研究所にいた。素質がある可能性が高かったのは確かだが、今までそんな素振りもなかったので、うっかりしていたな」

「でも、それでどうして?」

 と問われると、こちらも何と答えたものかわからない。

 とりあえず、マリオンのみならず、シロッコやゾルタン、フロリアンも頭を押さえて悶絶していたからには、何某かの“事故”が、見えないところで発生していたのだろうが。

「そこは私にもわからない。残念ながら、オールドタイプなのでな」

 と云ったところで、扉が開いた。

 見れば、ララァ・スンが、申し訳なさそうな風に顔を覗かせていた。

「あの……ごめんなさい、ついうっかり」

 ガルマには、いつもよく考えて“動け”って云われてたのに、と眉を下げる。

「まぁ、はじめはアムロを相手にして、慣れていくべきだろうな。――アルテイシア、この娘が、ミルシュカ曰くの“もうひとりのお姫様”だ。ララァ・スンと云う」

 紹介してやると、アルテイシアのみならずララァも目をぱちくりとさせた。

「ララァ、こちらはアルテイシア・ソム・ダイクン、この間引き合わせたキャスバルの妹だ」

「そうなのね!」

 ララァの顔が、途端に明るくなった。

「あの人とは感じが違うわ。可愛くて、綺麗ね!」

 にこにこと云う少女も、アルテイシアとは対称的な美しさだった。

 アルテイシアは金髪碧眼で白い肌、ララァは黒髪翆眼で浅黒い肌だったが、この二人のどちらがより美しいかと問われれば、それはもう、見るものの好みとしか云いようがなかっただろう。強いて云うなら、まだ幼さを多分に残すアルテイシアよりも、少し大人びたララァの方が、“美しい”と云う言葉にはより合いそうだと云うだけのことで。

 アルテイシアはと云えば、ぽかんとしているようだった。

 さもあろう、知らない少女にいきなり兄と較べられたりしたのだから。しかも、その少女は、親しい友人が昏倒する原因らしいとなれば、なおさらである。

「お兄様に会ったの……?」

「ええ、あの人でしょう? 綺麗だけど、少しツンとしたひと」

「お兄様は、ツンとなんかしてないわ」

 アルテイシアは噛みついた。

「いつもとてもやさしくて、誰より賢くて誇り高い――ツンとなんて!」

 とは云うが、まぁ割とツンとはしているだろうな、とは思う。誇り高いとは、つまりはそう云うことでもある。

「それでもいいけど、あなたの方がずっと可愛いわ!」

 ララァは、にこにこと云った。

 ムンゾにくるあたりからこっち、まわりは男どもばかりだったそうだから、同世代の、しかも少女の存在は嬉しかったのだろう。ミルシュカも少女だが、対等に話すには幼過ぎる。

「あの人に、こんなに可愛い妹があるなんて! ねぇ、あなた、ガルマの“お姫様”なんでしょう」

「え、えぇ」

 まったく“ガルマ”のことを気にしていないとわかる声音に、アルテイシアが当惑ったように頷く。

「教えてほしいの。あの人のどこがいいの?」

 確かに、ぱっと見は夢の王子様みたいだけど、と云うララァは、もう“ガルマ”の本性を理解しているようだった。

 が、“お姫様”として、蝶よ花よの扱いだったアルテイシアにとっては、失礼極まりない話だったようだ。

「ガルマは紳士よ!」

 憤然と云うが、こちらとしては、ララァの科白に同意しかできない。

「まぁ、どんな“紳士”だかな……」

 アストライア・トア・ダイクンとの初対面時、既に胸――だけではないにせよ――を注視していた“ガルマ”である。所謂ジェントルマンを期待するのは無理だと思うのだが――まぁ、アルテイシアの夢を壊すものでもないか。

 と、ララァ・スンの翠の瞳が、じっとこちらを見つめてきた。

「あなたは、知ってるのね」

「それはな」

 曲がりなりにも“兄”であるし、“それ以前”のつき合いもとてもとてもとても長い。今さら、あの猫皮に騙されるほど節穴な目ではないはずだ。

「サスロさん? とかキシリアさん? は、何だか騙されてるみたいだったから」

「あのあたりは、騙されたくて騙されているらしいからな」

 あと“父”も、と云うと、少女は小鳥のように首を傾げた。

「よくわからないけど――不思議な感じね」

「ひとは、信じたいものを信じるのだよ」

「じゃあ、このひともそうなのね」

 と、アルテイシアを指す。

 確かにそうだろうが、面と向かって云うことでもあるまい。

「私だってそうだ。まぁ、“ガルマ”に関しては、つき合いが長いからな」

「そう」

「ギレン殿! こ、この失礼なひとは何なの!?」

 ――おや、お姫様はお怒りだ。

 顔を真っ赤にしたアルテイシアは、今にも地団駄を踏まんばかりだった。

 まぁ確かに、婚約者が少女を連れ帰ってきたばかりか、それを自宅に住まわせたのだ。その上、その少女が、婚約者について失礼なことを云ったとなれば、激昂したくなる気持ちもわからぬではない、が。

「だから云っただろう、ララァ・スンはニュータイプだと。――安心しなさい、“ガルマ”は、この娘をそう云う意味で連れ帰ったわけではない」

 少なくとも、自分自身のためと云う意味では。

「では、何なのですか」

「――力の強いニュータイプを、地球に置き去りにしたくなかったのだよ」

「あら――でも、ニュータイプって、宇宙に出た人間が、認識能力の拡大をしてなるものじゃなかったの?」

 なるほど、なかなかの勉強家だ。兄ほどではないだろうが、アルテイシアも、一応は父親の著作、あるいはその注釈書などに目を通したものか。

「よく知っているな。しかし、どうもそればかりとは限らんようなのだ。なりやすいものとそうでないものがあるようだし、歳がいったものよりは、少年少女の方がなりやすいらしい。――ニュータイプの能力は、何も知らないものから見れば、モンスターのようにも思えるようだから、それならばと連れてきたらしい」

 『Vガンダム』のウッソ・エヴィンが、地球生まれのニュータイプだったように。そう云えば、あの話のヒロイン、シャクティ・カリンも、褐色の肌の少女だったか。

「……フロルみたいに?」

 フロリアンがダイクン家に預けられた日のことを、思い出してくれたようだ。

 頷いてやると、アルテイシアは少し考える素振りをし、やがてきっぱりと云った。

「わかったわ。それなら、このひとがここにいるのを、私も反対致しません」

「それはありがたい」

 と云う横で、ララァはかるく肩をすくめた。

 と、

「……いたた……」

 マリオンが、我に返ったのか、ソファの上で身を起こした。

「マリオン! 大丈夫?」

 アルテイシアが、慌ててその身体を支える。

「あなた、いきなり倒れたのよ。びっくりしたわ。どうしたの?」

「何か、すごい衝撃が……」

 と云いながら頭を巡らせるが、ララァの姿を認めた次の瞬間、その動きがぴたりと止まった。

「――まさか……あなた?」

「ごめんなさい、まだ慣れてなくって」

 ララァはぺこりと頭を下げ、ちらりと舌を出した。

「ガルマには、“交通事故みたいだから、気をつけろ”って云われてるんだけど――まだ力加減がよくわからなくって」

 その云い方はどうなのか。

「それ……ガルマが云ったの?」

 半ば呆然と、マリオンが云った。

 ララァは平然と頷いた。

「そうよ。最初なんて、何だか怪獣? みたいに云われたわ」

「ひどいわね……」

「交通事故って、どう云うこと?」

 あまり世慣れていないアルテイシアが首を傾げる。

 マリオンは、何と云ったものかと躊躇するようだった。

「ララァが強過ぎて、車にぶつかられたみたいだった、って云いたかったんだと思うわ」

 おや、と思う。マリオンは、ララァ・スンの名を聞かなかったはずだが――短い間に共感によって名乗りかわしでもしたのだろうか。

 思わず二人を見つめると、互いにまなざしをかわした少女たちは、ぺろりと舌を出し、肩をすくめた。考えたとおりで間違いないようだ。

「車に、って……そんな云い方を、ガルマが?」

 ちょっと心配になるくらい、女性にはやさしいひとなのに、と云う。

「そうだな、女にはやさしい。癖も悪いが」

 “ガルマ”の妻には、浮気でもしようものなら、出刃包丁を掴んでひたひたやってくるくらいの女でないと、難しいだろうと思う。その気のあるなしに係わらず、何故か女に好かれるし、世の男の常として、そのつもりもなく浮気――女にとっての――するからだ。それだから、その手の女のいる店に、妻に乗りこんでこられることになるのである。

「でも、云われたの」

「まぁ、意図せず無礼を働くからな。勘弁してやってくれ」

「――わかったわ」

 翠の瞳がじっとこちらを見、やがてララァはこくりと頷いた。

 が、その“わかったわ”がどう云う意図の言葉であるのかは、少女の表情からだけでは測りかねたのだが。

「そんなの……そんなことないわ! ガルマは、女性にはやさし過ぎるくらいにやさしいのに」

 そんなの嘘々、と云うアルテイシアは、まだ現実から目を逸らしているようだ。

「……頑張って」

 ララァが微妙な顔で云うのに、マリオンが苦笑する。こちらは、“交通事故”の衝撃のせいか、あるいはニュータイプ同士の見えない“対話”があったのか、ともかくもそれなりに仲良くできそうだ。

 まぁ、今のところは迂闊なことは云うまい。これで、アルテイシアが、実はララァが連れて来られたのが兄――とアムロ――のためだと知れば、大変面倒なことになりかねない。

 まぁ、あとはマリオンが、女同士のネットワークやら何やらで、巧くふたりの少女の仲を取りもってくれれば良いのだが。

 そんなことを考えるこちらの顔を、ララァの翠の瞳がじっと見つめていた。

 

 

 


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