子供たちからに加えて、ララァ嬢とパプティからもメッセージが届くようになった。
ララァ嬢はともかく、パプティはちょっと意外。
内容は、新しい生活の中のアレコレがメインで、ときどき相談。
――相談? おれに??
これもすごく意外。特にパプティ。
ひとりで何でも解決したがる質だと思ってたのに。
ララァ嬢は、アルテイシアに会ったそうな。
マリオンも含めて、3人からそのときのメッセージが来てた。
アルテイシアが、めちゃくちゃ反発したらしい。ララァ嬢がおれの本性を暴露したせいで。
やめておくれよ。本気でやめて。
お姫様に嫌われたらどうしてくれんのさ。泣くぞ。泣き叫ぶ“ガルマ・ザビ”が見たいのか、見たくないだろう。
そして、マリオンは出逢いの“衝撃”で昏倒したと――おぅふ。覚醒したのか、君も。
フラナガンの野郎が提唱してた、“強い衝撃が覚醒の切っ掛けになる”ってのは、あながち間違いじゃないようだね。
いつかの時間軸に比して、ニュータイプとして激烈な進化を遂げたララァ・スンは、その思考波の強さにおいて他を圧倒する。
彼女を相手にすると、アムロを除く面々は、いまだ結構な頻度で倒れるって言うから、相変わらずの無双状態である。
まだ出力の調整が出来てないんだな。
ふぅ、と、ため息。
これは案件だわ。アムロもなまじ出力が大きいから、ララァ嬢の訓練には向かんだろうし。
ニュータイプ同士仲良く過ごせるようにって思ってたけど、ゾルタンとフロルは怖がっちゃってるし、ララァ嬢もやや委縮ぎみだ。
ミルシュカがララァ嬢にも懐いたらしいから、孤立は避けられてるようなのが救い。
そして、パプティは“ギレン”に付いて、全く新しい階級社会の考え方や立ち居振る舞い、理念やらなにやらを詰め込まれているらしく、そろそろパンクしそう。
ストレスが凄いのか、文面がもはや恨み節である。怖えよ。
あれこれアドバイスも考えて、一通ずつメッセージに返信する
「『毎日、良く飽きないな。面倒だと思わないのか?』」
後ろからキャスバルが。
「『んなわけ無いだろ。そんなんだから、お前にはメッセージが来ないんだよ』」
送っても基本放置されるから、子供らは早々に諦めたらしい。
キャスバル宛の内容まで、纏めておれに送ってくるようになってるし。
「『懐いてくれるのなんて、今のうちだけだろ。すぐに大きくなっちゃうんだ』」
世界が広がれば、いずれ離れてく――子供って、基本、そういうもの。
ちゃんと大人になってくならね。
だけど、今はまだおれの庇護下にある。
「『……おれ、いまのうちにもう1回家に帰るよ』」
日々はめちゃくちゃ忙しい。
だけどこの先、もっと忙しくなることは目に見えてる――主に連邦との対立の激化で。
そうなったら、そうそうここから離れるなんてできないだろ。
今のうちに対処しておきたいんだ。
「『レディ・スワンについてかい?』」
「『そ。ララァ嬢についてさ』」
隠れ家にいたときには、ある程度のコントロールができていたから、ちょっとの修正で、何とかなりそうなんだよね。
悠長にしてたら、機会を逸してしまいそうだから、何やかやと理由をつけて、ズムシティの自宅に帰った。
「お帰りなさい」
エントランスで出迎えてくれた少女に目を丸くする。
照明を受けて煌めく金色の髪とアクアブルーの双眸。ツンとお澄ましした表情には、堪えきれない微笑みの気配があった。
天使が降臨してるわ。
「……ただいま帰りました。アルテイシア、
僕の可愛いお姫様」
なぜ君がここに。
執事と女中頭を従えて佇む様は、さながらザビ家の女主人といった風情だった。
なんにしても会えるのは嬉しいから、自然に浮かんだ笑みのまま、少女をそっと抱きしめる。
なんて可愛いんだろう。綺麗だ。花のような香りがする。
つむじにキスをひとつ。瞼にひとつ。赤く染まった頬にもまたひとつ。
こほんと、執事が軽く咳払いしたことで、我に返る。やべ、またキス魔復活してたっぽいよ。
そっと身を離してから、改めて執事と女中頭に帰宅を告げた。
「お帰りなさいませ、ガルマ様」
「……子供達は?」
いつもなら飛び出してくるアムロたちの姿がない――気配はするのに。すぐそこに。
ちょっとニヤニヤしながら様子を伺ってるみたいだね。
『みんな、そこにいるんだろ?』
そろりと思考波を伸ばして、物陰に隠れているらしきアムロたちをつんつんとつついた。
さんざめくみたいな笑いの気配が溢れて、それから飛び出してきたアムロとゾルタンが、いつものごとく突っ込んできた。
その後に続いてフロルとミルシュカも。
「『おかえりガルマ!』」
「『おかえり!』」
「『おかえりなさい!』」
「おかえりなさーい!」
「『ただいま、みんな』」
ぎゅうぎゅう抱きしめて、くるくる回る。子供たちの笑い声でエントランスは賑やかになった。
アルテイシアもニコニコしてその様子を見てる。
なんて幸せな瞬間だろう。
――だけど、まだ足りない。
『ララァ嬢はどうしたの? マリオンも居るね?』
屋敷の中に気配があるのに。
パプティは留守なのか、ここにはいないようだけどさ。
アムロがちょっと困った顔をして、ゾルタンがあからさまに目を逸らした。
――んんん。
これはアレだ。
“ギレン”のお気に入りのティーカップを粉砕したときと同じ反応だ。
今度は何をやらかしたのさ。
そろそろ居間にお移りくださいませ、と、執事に促されて、子供たち用のリビングへと移動しがてら。
『……………………………ガルマ』
プルプルしながら服の裾を掴むゾルタンの頭をそっと撫でる。
『どしたの?』
『ゾルタン、ララァにひどい事言っちゃったんだよ。それで、部屋から出てこなくなっちゃったんだ……マリオンが一緒に居てくれてる』
アムロの眉は下がりきっていた。
俯いたゾルタンのつむじに視線を落とす。
『だって』とか『でも』とか、ぐるぐる回るような意識が漏れたあと。
『………………ごめんなさい』
小さく謝ってきたゾルタンの思考波は泣きそうだった。
つまるところ、喧嘩をしたらしい。
それで、原因はなんだったの――なんとなく予想はつくけどさ。
『ララァ嬢は強いだろ?』
『……うん』
『でも、彼女は女の子だ。そして、君よりもずっとあとに自分が“ニュータイプ”だって気づいた。まだ慣れてないんだ』
おれと遭って、はじめてその“チカラ”を知った――そして、同朋がいることも。
“ひとりじゃない”ことを知って、嬉しくて、ちょっとやり過ぎたんだろうなぁ。
撫でようとした手が強すぎた、みたいに。
ゾルタンの意識はモヤモヤしてる――悪かったと思う気持ちと、意識に受けた火花みたいな痛みに対する苛立ちと、嫌われたかも知れないことを怖がる気持ちと。
『謝るんなら、一緒に行くよ。おれも出会い頭に暴言吐いたクチだし』
途端に、ゾルタンはハリネズミみたいにトゲトゲになった。
灰色の眼が、いい加減なことを言うなって睨んでくる。
『ウソだ!』
『ガルマが女の子にひどい事言うはずないじゃないか』
アムロもジト目を向けてくるけどさ。
『嘘じゃない。最初会ったときに、女の子って気が付かなかったんだよ――先に意識がぶつかったから。強烈でさ』
思い出すのは、鮮烈なる銀河の星光。爆発的に拡大された意識世界に、おれのイメージとしての白鳥の乙女――と、認識する前はゴジラだった。
――内閣総辞職ビーム。
おれの思考波での投影をうけ、アムロがゲホガホ咳き込んだ。衝撃を飲み込み損ねたのか。
ゾルタンはポカーンとしておれを見る。
凄いだろ、シンゴジラ。長過ぎる会議がリアル過ぎて笑えなかったんだよね。
『……ヒッデェ……』
『ひど過ぎる……』
急に挙動不審になった少年ふたりを、アルテイシアとミルシュカご心配してる。
『ちなみに、“ギレン”にとってはおれがゴジラ』
『なんかそんなこと言ってた!』
『あれ、冗談じゃなかったんだね……』
ほんとにさ、ゴジラとか悪魔とか、最近じゃ邪神とか、禄でもない例えしかしてこないからね、“ギレン”。
子供専用になってる居間で、アルテイシアがメイドたちにお茶の用意をさせている――本当に女主人だ――間に、ゾルタンとアムロを連れて、ララァ嬢が滞在している部屋に向かった。
客間は他にもあるけど、“ギレン”は、家を出たキシリア姉様の部屋を彼女に宛てたらしい。
よく光が入る明るい部屋だから、居心地はいいはずだ。
「『ララァ嬢、マリオン?』」
戸口に立って、ノックを。
一拍置いて、ピリリとした緊張の気配と、戸惑いと、徹底されてない拒絶も。
これはアレだ。拒否したい拒否したくない拒否したい――矛盾して自分でもどっちかわからなくなってる感じ。
「『マリオン、開けて』」
「『……でも……』」
扉の向こうで、おろおろしている、もう一人の少女の気配があった。
ララァ嬢からの返事はない。
「『大丈夫、ドアを開けて。お顔が見たいな』」
思考波も口調も、努めて穏やかに。ついでにパカリと意識を開いて、あけすけに内面をさらす。
ほら、だだの“ガルマ・ザビ”だ。
君たちがよく知ってる、おれ。敵じゃないよ。
五つくらい呼吸を数えた後、ガチャリと鍵が開く音がした。
扉がわずかに開いて、ひょこりと顔を覗かせたのはマリオンだ。
「『ただいま、マリオン』」
「『おかえりなさい、ガルマ』」
「『困ってる君も可愛いね』」
「『こんな時にそんなこと言って!』」
ぷんっと怒った顔もまた可愛らしい。そんなおれの思考も拾って、今度は呆れ顔に。
ポカリと華奢なこぶしがひとつおれの胸を打って、それから彼女は戸口を退いた。
その視線が、一瞬ゾルタンに向いて、その咎め立てするような目の光に、少年の方がビクリと震えた。
「『ララァ嬢、ただいま』」
返事はない。
部屋の中、少女は戸口に背を向けて、窓に向かって立っていた。
逆光の中、黒髪の縁は光を輪郭にしていて、彼女自身が光ってるような錯覚を覚える。
意地を張った背中は、記憶よりも小さく見えた。
ん。閉じてる。
思考波はわずかに震えるばかりで、振り向こうともしない――だけど。
その奥底で、マグマみたいにグラグラ煮滾ってきた怒りの気配を察知して、意識を全開に展開した。
ララァ嬢を覆うように、最大出力。
次の瞬間、閃光が迸るように――、
『嘘つき!!』
思考波が突き刺さった。
脳裏で火花が散る――でも耐えられる――子供達に余波が及ばぬように、さらに覆い込んで。
「『嘘つき! ガルマ、あなた言ったじゃない! ここなら独りじゃないって! 仲間がいるって!!』」
振り返って叫ぶララァ嬢の新緑の瞳は、ギラギラと光ってた。
「『言ったとも。君はニュータイプだ、ララァ嬢。僕たちも』」
答えて両腕を広げる。
「『なら、なんでわたしは彼らを傷つけるの!?』」
怒りと哀しみ。嘆きが悲鳴になって溢れていた。
ララァ嬢を追い詰めたのは、ゾルタンからの暴言なんかじゃなくて、自分が子供達を傷つけたことか。
「『……優しいね。君は本当に優しい』」
傷ついたことより、傷つけたことを嘆く少女の心根に感動すら覚えた。
「『優しくなんかないわ!!』」
「『優しいさ』」
「『あなたなんか大嫌い!!』」
めちゃくちゃ噛み付いてくるね。
「『あなたに会わなきゃ、こんなチカラなんか知らなかったのに!!』」
それはどうだろう。
これほどのニュータイプ能力がいずれ覚醒せずにいられただろうか。
きっとどこかでは目覚めたはず。
それが今より条件が良いとは、あんまり思えないんだけど。
「『嫌いでいいよ』」
おれのことは、ね。
「『でもこの子達のことは、嫌いじゃないだろ』」
自分が傷つけたと嘆くくらいには。
「『心の中にズカズカ入ってこないで!』」
「『入ってないさ。おれの意識を開いてるだけ。わかるでしょ?』」
苦笑い。
何も読んでないよ。
正直その余力がないし。おれは、君のそのトゲトゲを覆い隠してるだけさ。
頑張ってるけど、ララァ嬢を包んでいる意識の膜は、このやり取りだけでボロボロになりつつある。
背後で子供らが慄いてる気配が。
大丈夫、君らを傷つけさせたりしないさ――そんな事になれば、ララァ嬢だって余計に傷つくし。
――唸れおれの“怪獣力”!!
ここで踏ん張らずにどこで踏ん張るんだ。
ふんす、と息を吐き、腹の底に力を溜める。
「『あなたなんて、私より弱いくせに!』」
「『聞き捨てならないな。じゃあ、おれをやっつけてみなよ』」
思考波もこみでニヤリと笑ってやる。
これはもう賭だけどさ。
ララァ嬢の怒りかさらに炸裂するその瞬間、記憶の中からダンス曲を引っ張り出し、ニュータイプ全員の脳内で強制再生してやった。
“シトロンの花咲くところ”――軽妙で明るくて場違いだろ。
ネコ騙しをくらったみたいに、ララァ嬢の新緑の双眸が見開かれる。
さあ、ステップはこう踏むんだ。
ウィンナーワルツ――ヴィニーズの早い足捌きを、音楽を途切れさせることなく投影。
一直線に駆け寄って、華奢な手を強引にとり、ステップ、そしてターン!
「『えええええっ!?』」
「『ほら、君たちも!』」
促せば、ポカーンとした表情を晒してた子供らが、お互いの顔を見合わせたり、キョロキョロと。
最初に立ち直ったのは、マリオンだった。
やっぱり女の子は強いね。
「『アムロ!』」
「『――分かった!』」
二人で組んで――そうそう、上手、上手。
「『これなんなの!?』」
腕の中でララァ嬢が悲鳴を上げた。
なまじ強いニュータイプなもんだから、意識に突っ込まれたステップに引っ張られてる。
マリオネットみたいにぎこちないけど、それなりに軽妙に身体は動いてた。
「『怒ってるより踊ってる方が楽しいよ?』」
「『そういう問題じゃないわ!』」
「『知ってる。でも、ホラね、おれの勝ち。きみは、おれを倒せないもの』」
ニヤニヤすれば、足は途切れさせないまま、腕だけでドンと叩いてきた。
「『馬鹿!』」
「『アイタ! でも、ほんとに問題ない。君よりもおれは強いし、この子達だって弱くないよ』」
その証拠に、さっきのあの君の出力に、もう誰も倒れなかった――そりゃ、おれが覆ってはいたけどさ。
「『もう一回言うよ。ここでは、君は独りじゃない』」
くるり、と、ターンしがてら、そのポジションをゾルタンと代わる。
いきなり引き込まれたゾルタンも、目を白黒させていた。
「『ガルマァ!?』」
「『大丈夫。踊れる踊れる』」
邪魔にならんように、部屋の隅っこに移動して、おとなしく蓄音機の代理を勤める。
ゾルタン、身長も伸びてきてるし、ホールドに足りな過ぎるってことはないだろ。
エスコートの遣り方は、ちゃんと教えてあるんだ。実践してみなよ、“良い男予備軍”なら。
促すように音楽とステップの投影を強めてやれば、ゾルタンは、おずおずとリードを開始した。
「『…………ごめん』」
蚊の鳴くような小さい声だったけど、確かな謝罪が――それは、ララァ嬢の耳にもちゃんと届いている。
「『オレ、格好悪いことした。あんたにひどいこと言った。あんたが強かったから悔しかっただけだ』」
言葉はだんだんはっきりして、少年の灰色の眼の輝きも、キラキラと強くなった。
真っ直ぐに視線をそらさずに、素直に謝る。
ん。格好いいよ。それでこそゾルタン・アッカネンだよね。
「『もう言わない。絶対に仲間外れになんかしない。約束する!』」
年下の少年が、一生懸命に気持ちを伝えてくることに、ララァ嬢の頬に微笑みが戻ってきた。
「『私こそ、ごめんなさい。痛い思いをさせてしまったわ』」
「『平気だ! アンタより強くなる――ガルマみたいに!』」
「『それはやめて』」
ふぉ。即答ってさ。
浮かんでたはずの微笑みも消えて真顔に。
チロリと、一瞬だけ冷たい眼差しがこちらに。
「『あんな風になっては駄目よ。あれは魔物みたいなものなんだから!』」
思考波はさらに冷え冷えとして、もはや絶対零度の域じゃないかな。
酷いわー。
ま、仲直りできたみたいだからいいけどさ。
肩をすくめたところで。
「何をしているの!?」
今度、戸口にあらわれたのは、お姫様たちだった。
目を見開いて、腰に手を当てて、ちょっと怒ってる様子。
「いつまでも戻ってこないと思ったら、何故こんなことに?」
「どうしてみんな踊ってるの?」
ミルシュカもキョトンと。
唯一、思考波による演奏とステップの投影を感知できたフロルだけが、うずうずとその手足を動かしていた。
しまった。そういえば、お茶の準備をしてもらってたんだっけ。
音楽を止める。
それに合わせて、みなもステップを止めた。
「『ごめんよ、お姫様。ララァ嬢とゾルタンの仲直りには、ダンスでもと思っちゃって』」
「………ダンス?」
「『そう。うまくエスコートできれば、レディは許してくれるでしょ?』」
「……そうね? そうかもしれないけど? ええと?」
疑問符がいっぱいだね。
アクアマリンの瞳がせわしなく瞬いて、金色の睫毛が、小さな蝶みたいに繊細で優美だった。
「『……後で君とも踊りたいな、お姫様』」
するりと近寄って、華奢な白い指を掬い上げて口づける。
「……良いわよ。でも、お茶のあとでね!」
はいよ、りょーかい。お姫様。
ニコニコしながら頬にキスをおくるおれを、ララァ嬢は“ツチノコ”を見るような眼で眺めていた。
お茶の後は、ダンスの練習の時間になった。
気まずい空気は消えて、子供たちは終始、和やかで賑やかだった。
ダンスホールに移動して、女中頭が奏でるピアノに合わせてステップ。
ララァ嬢は、今度はアムロと踊っていた。
ゾルタンはマリオンと、フロルはミルシュカと。
アルテイシアは、2度ほどおれの足を踏んだけど、慌てて謝る様子が可憐だった。
良いよ、どんだけ踏んだって。
以前に比べて、断然、そのステップの精度は上がってるし――もともと難しいステップなんだよね――姿勢は完璧。立派な淑女でしょ。
「ガルマはわたしに甘すぎると思うわ!」
「そんなことはないさ。もっと甘やかしたいのを、こんなに我慢してるんだから」
世界中のありったけ、綺麗なものと可愛いものだけで包み込んで、何処かに隠しちゃいたいくらいなんだ。
クスクス笑って、すこし汗に濡れた金色の髪を梳いて整える。
ずっと様子を伺ってたらしきララァ嬢は、パチパチと翡翠の目を瞬いてから、肩を竦めた。
『……あなた、“お姫様”の前でだけは、本当に“王子様”になるのね』
『自分では“騎士”のつもり。小さい頃、アルテイシアがそれを望んだから』
叶えてあげたくて頑張ってるんだ。
『柄じゃないのなんか分かってるけどさ――あんまり彼女の夢を砕くことを告げ口しないでおくれよ』
それで喧嘩したって聞いてるし。
華奢な首をわずかに傾げて、それからララァ嬢は微笑んだ。
キラキラした星の光が散るように思考波が震えて。
『良いわ。そのかわり、私にもパンケーキを焼いて! みんな食べてるんでしょう? 私だけ食べてないもの!』
おや、食い意地がきたか。
『承りますとも。他には無い? ララァ嬢』
ご要望は可能な限り叶えるよ。
『別に、思いつかないけど……そうね、もう“嬢”はいらない。ここで暮らすんだもの』
他人行儀は嫌だと――はいよ。それも、りょーかい。
賑やかに過ごした一日が終わって、子どもたちはお休みの時間だ。
自室に戻って寛ぎながらも、思考は並列状態に。
考えるのは、ムンゾとルウム、他コロニーや連邦の情勢――散らばる数多のピースが、刻一刻とパズルの模様を変えていってる。
歪に撓んだそのなかで、火種は着々と育ちつつも、まだ爆発には至らない。
いつの世でも、戦乱の火種を煽るのは人間の“欲”だ。早晩、両陣営に向けて、武器商人たちの アピールという名のマッチポンプが始まるだろう。
一番大きいところだと、やっぱりアナハイムあたりかな。
いつかの時間軸でもそうだったし、地球に降りてた間、実際に何度か耳にしてもいた――ガンキャノンも戦艦も、既に製造されてるんだ。
とはいえ、現時点では実のところ、アナハイムに原作軸ほどの勢力はない。
“ギレン”が、月にコロニー系企業をバンバン突っ込んでくれたおかげで、いまあっちは競争が激化しているからね。
いたる所でバタフライ・エフェクトが発生してる。
世界の流動は激し過ぎて、少し先の未来さえ見透すことが困難だ。
点予測はするだけ無駄。ならば、ありったけの原作知識と現状データを条件に突っ込んで、範囲を予測――ついでに、範囲内でおさまるように横槍でも入れてやろうかね。
――どこをどう動かそう?
敵のこと、味方のこと――そして、身内のことを思う。
パズルの様相は混沌として、浮かぶ絵はどれも禄でもなさそうだった。
これらを捻じ曲げて、望む景色に描き変えなくちゃならないんだ。
それは何もかもを壊すことよりも、よほど難しくて、気が遠くなるような作業だった。
面倒くさいけど投げ出さないのは、ただ、そこに大切な存在がいるから。
――踏ん張らんとなぁ……。
自室のベッドで百面相してるおれを、転がり込んできたアムロが不思議そうな顔で見ていた。
ちなみに、ゾルタンとフロルは、既に夢の中である。
昼間、はしゃぎ過ぎたんだろう。ベッドのかなりの面積を占拠しつつ、健やかな寝息をたてていた。
寝台、大きいのに買い替えといて良かった――どんどん育ってるから、これでも少し狭いんだが。
『……ガルマ、なに考えてるの? 顔もだけど、頭の中、渦巻くリキッドメタルみたいになってるよ』
ふぉ、表現新しいな!
なにさリキッドメタルって――液体金属状の思考はともかく、顔ってのはまずいよね?
愕然とするおれを見て、アムロはさらにおかしげに笑った。
『女の子たちは絶対にそんな顔見せないのに!』
『……格好つけたい生き物なんだよ、男ってやつはさ』
ふぅ、と、溜息。
そういえば、女の子たちはララァも含めて、みなアルテイシアの部屋に泊まるらしい。
いつの間にか、封印されてるみたいに開かれることのなかったザビ家の女主人の部屋が、アルテイシア用に整えられていた。
ザビ家の女主人――つまり、デギンパパの奥さんであり、おれたちの“母”であるナルスの部屋がだ。
――……どういうことさ。
これじゃ、彼女はザビ家に入ることが確定してるみたいじゃないか。
嫁に来るの?
だとしたら、相手はおれを置いて他には居ない。
ふぉおぅ。ちょっと待って。
これまで方々からアレコレ言われてきた事共が耳朶に蘇る。
ゴップも言ってた――12歳の頃から相手が決まってたって。
もしかして、あれ、本当だったの?
――誰からも聞いてないんだけど??
――……???
とりあえず、帰ってからキャスバルに聞こう。
早とちりだったら恥ずかしいしね。
『また変な顔してる!』
なんて、転げまわって笑うのおやめよ。
ぶつかられたゾルタンが、ウグウグ唸りながら寝返りをうってるだろ。
フロルは身動ぎさえしてないけどさ。
『ね、昼間のあれ、なんであんな事になったの?』
アムロが口元をモニョモニョさせてる。笑い過ぎで戻らなくなったみたいに。
『人間、不意を突かれると弱いモンさ。覚えておきなよ』
『うん。それはそれとして、何でダンス?』」
『得意だから』
『――……やっぱり、ガルマって時々わかんないね』
『そ?』
おれほど分かりやすい人間は、そうそういないと思うけど。
単純に、ララァ・スンに勝てるステージがそれだっただけだ。
男なら技かけて昏倒させもできようが、女の子相手に、そんな手段は絶対に取れないからね。
“勝てる戦場を選ぶ”――“おれ”の身内の座右の銘だった。おれも実践させてもらってる。
『……やっぱりわかんない』
『そ?』
それは残念。
✜ ✜ ✜
キム・ボンジュンとは宙港で待ち合わせた。
今回の帰還の恩人だからね。
普通のカフェだと他のひとたちの迷惑になるからと、小さなウェイティング・ルームをひとつ借りた。
帰還してこのかた、ランバ・ラルに貼り付けられた護衛と言う名の監視役には、外で待っていてもらう。
部屋に入るとキムは先に着いていたようで、顔を見るなりガタンと立ちあがった。
東アジア系の見た目を持つ元同輩は、その身を見てわかるほどに震わせた。
「ガルマ!」
「キム!」
がっつりと抱き合って、めちゃくちゃ泣き出したキムの背中を叩いて宥める。
「ありがとう――おかげで 帰ってこれたよ。君は恩人だ。本当にありがとう」
あのとき、 君がおれのメッセージを正確に汲み取ってくれたから、“ギレン”は迎えを寄越せたんだ。
キムはグショグショになった顔で何度も頷いて、「よかった」を繰り返してた。
しばらくそうやって団子状態でいたけど、キムが落ち着いてきたから席についた。
「……あんなにボロボロになってるなんて思わなかったんだよ」
鼻を啜りながらキムが。
「そんなにボロボロ だった? 恥ずかしいな。今はもう大丈夫でしょ?」
両手を拡げてニコリ。
肌艶つやぴか、短いけど髪も揃えたし、肉付きだって筋肉だって取り戻しつつある。
もともと筋力だけは保ってたしね。
「ああ。僕の 知ってるガルマだ」
ようやくキムが笑った。それからその表情が 改められて。
「聞いてもいいか?」
「良いよ、君なら」
こくりと頷くと、キムは一拍おいて口を開いた。
「君は木星行きの船に乗った。そうだよな?」
「うん」
「僕は、それを君の兄上に知らせた。“彼”にそう指示されたからな」
「うん、そう聞いてるよ」
「……僕が知らせることで、君は海賊に攫われたのか?」
「いいや!」
不安そうに震えた声に強く否定を返す。
「あれは違うよ――ねぇ、君は、もう一つ疑ってることがあるんじゃない?」
踏み込めば、キムは大きく目を見開いた。
それから視線が忙しなく動いて。
「――……木星行きの船を襲った海賊は、“レッド・フォース”だった」
「うん」
「それなのに、君は10日も後に、“別の海賊”に囚われていたのを、コンスコン少将に救出されてる。遠く離れた星域で」
「だね」
「――…………普通なら、レッド・フォースから別の海賊に身柄を移されたところを、更に救出されたと見做すべきだろうな?」
「……そうだね」
偶々、“ガルマ・ザビ”を囚えた海賊が、何らかの理由で仲間に譲渡し、それを察知したムンゾ軍が追い掛け回して拿捕したとでも。
だけど、キムは納得してないようだった。
「それで、君はどう思ったの?」
「“狂言”。海賊騒動自体が、そのように作られたものだと」
潜めた声。キムの黒瞳の光は、その明敏さを顕にしてた。
士官学校に在籍していた頃、彼は常にトップレベルの成績を誇っていた。
極めつけはその洞察力。おそらく、ルー・ファンと張り合えるクラスの。
だからこそ、退学されたことはかなり惜しかった――引き止めこそしなかったものの、学舎を去った後も、度々連絡を取り合っていたくらいには。
散らばった情報を精査して、その不自然さから、キムは一つの仮説を立てたんだろう。
そしてそれは、真実にとても近い。
ゆっくりと口角を持ち上げたおれを見て、キムは顔を覆って天井を仰いだ。
「……ぅ“あ“ー」
なにその変な声。
「僕は口を閉ざすからな! ガルマ、僕は“Clam”だぞ!」
気づいたことを知られたら、僕はどっかで飼い殺されてしまうとか、そんな風に嘆いてるけどさ。
「“Clam”はやめときなよ。煮たり焼いたりされたら口が開くでしょ?」
ふはっと笑ったら、絶句されたあと、酷い奴めと揺さぶられた。ふぉう。
「大体、君が海賊ごときに捕まって良いようにされるわけが無いんだ! むしろ乗っ取るくらいのことはするだろう! ……もしかして、実は乗っ取ったのか?」
なんでそこで真顔なのさ、キム・ボンジュン。
「君、僕をなんだと思ってるのさ?」
「ガルマ・ザビ」
即答――その通りなんだけど、なんか、名前に変な意味合い乗っけてないよね?
ジト目で見たら、向こうもブハッと吹き出した。
だってさぁ、君たち、おれのこと――キャスバルも一緒くただけど――さんざん“魔王”だの“堕天使長”だの呼んでたから。
顔を合わせて暫く笑ってから。
「なんにしてもだ、君が無事に帰って来てくれて嬉しいよ。おかえり。顔を見られてホッとした」
キムの肩から力が抜けて、怜悧に見える双眸が、柔らかく細められてた。
ほんとに心配してくれてたんだなぁ。なんだか擽ったいような。
「改めて、ただいま。僕も久々に会えて嬉しい。――そう言えば、君、ヤシマ・カンパニーに就職決まったって?」
これはムンゾについてからの遣り取りで知ったことだ。
ヤシマ・カンパニーって言ったらあれじゃないか、ミライさんのお父上の会社。
「ああ、月の方に行くよ。新しい部署だから、若手も多いらしいな」
そう答えたキムの顔は明るくて、かつて士官学校を去っていた時、あの崩れそうな背中を覚えてる身としては、只々めでたく思えるわ。
「もし会えたら、ミライ嬢によろしくね」
いつか画面で見たよりも、ずっと素敵なレディだった。
「そういえば彼女と踊ってたな、ガルマ。……だけどな、一介の新入社員が、社長令嬢に簡単に会えるわけないだろ」
諭すように言わないでくれたまえよ。
わからないだろ。未来なんて。
社長令嬢にだって、女王様にだって、どっかで会うかも知れないんだから。
ところで。
キムと別れた直後の宙港で、未来の女傑に遭遇して目が点になった。
よそ見をしたまま駆けてきた幼女を、護衛が前に出る前に、怪我をさせぬようポスリと受け止めたわけだが。
「ハマーン、だめよ!」
と、よく似た女性が追いかけてきた。
――ハマーン?
ハマーン・カーンと同じ名前だね。
なんて覗き込んだ幼女の顔には、かの女傑の面影がありありと見て取れた。
うわ。
――本人かよ!
はわわ、と、焦る内心に反して、ばっちりと仕事をする猫皮は、ニコリと優しげに見える笑顔を自動的に貼り付けた。
「お怪我はありませんか、小さなレディ」
見たところ8歳くらいかな。
この頃は、まだあの特徴的な髪型じゃなくて、可愛らしいツインテールなのか。
ストロベリーブロンドが軽やかに揺れてる。
「……ガルマ・ザビ?」
きょとんと見開かれた目。ふっくらとした唇が、幼女にしては明瞭な声で名を呼んだ。
「おや、レディは僕をご存知だ」
「みんな知ってるわ!」
ツンと逸らされた鼻が愛らしいね。
「ハマーン!」
後から来た女性が、慌てて幼女たしなめてる。
その面差しもまた、ハマーン・カーンによく似ていた。
――マレーネ・カーンかな?
ハマーン・カーンの姉――作中ではドズル兄貴の愛妾だった。この世界線では、おそらくは、そうならないだろう。
こっちも美人だわー。
年は一つか二つほど、向こうが上か。大人しそうな、だけど芯は強そうな。
「申し訳ございません。妹が失礼を」
幼女を捕まえて、姉はきれいな所作で一礼した。
「構いませんよ。怪我がなくて何よりです――お父上もこちらに? レディ・カーン」
マハラジャ・カーンはデギンパパの側近だから、何度か顔を合わせたことがある。
娘のことは聞いてたけど、実際に会ったことはなかった。
カーンは何度か機会を設けようとしてたけど、パパンが避けてたような。
と言うか、この世界線では、あんまり関わりは持つまいと思ってたんだけどな。
だってほら、ハマーンがキャスバルに惚れると厄介だから。
今のところ歳の差が10歳くらい離れてるから、そうそう心配ないと思うけど――でもなぁ。
「あなたもわたしたちを知っているの?」
「僕の父上と、君たちの父上が一緒にお仕事をしているんだよ」
初対面なのに物怖じしないのは流石。
大きな目をキラキラさせて見てくる様子は、好奇心旺盛な仔猫さながらだ。
むしろ姉の方が恐縮しきりで、少し気の毒になってくる。
「おとなしくなさい、ハマーン。……ええ、父もこちらに来ております。よろしければお会いになりますか?」
淑女の見本のような微笑みを浮かべてマレーネが誘ってくれるけど、ここはお断り一択。
美女の誘いを無下にするのは気が引ける――だけど、パパンが避けているからさ。
「お誘いは光栄ですが……出発時刻が迫っておりますので、またの機会に」
残念そうに眉を下げて答えると、マレーネも深追いはしてこなかった。
お引き留めして申し訳ありませんと、そっと身を引こうとする姉に反して、ハマーンが服の裾をキュッと握った。
「もう行っちゃうの?」
「そう。学校に戻らないと」
「あなたのお家には、ニュータイプの子供達がいっぱいいるんでしょう?」
食い下がってくるね。
これは父親が情報源か。
マハラジャ・カーンもシオニストだから、ニュータイプについては無関心ではいられないんだろう。
いつかの世界線では、それこそ娘であるハマーンをニュータイプ研究所に送り込んだくらいだし。
「お父さまが、わたしもそうかもって」
――なんと。
そりゃ素養があるのは知ってるけど、すでに開花しつつあるのか。
まだレセプターは、かすかにしか震えないものの、これは時間の問題かな。
身をかがめて、幼女の頭を撫でた。
愛らしい顔の中で、深い紫の瞳がキラキラと光を湛えている
真っ直ぐに視線を合わせて、微笑む。
「『……いつか聞けるかもしれないね、君の“声”も』」
願わくば、あまり苛烈なそれじゃないと良いな――かの女傑の気性は、その身に降り注いだ不運が磨いたものだったから。
思考波混じりの“声”を捉えたのか、そうでないのか、ハマーンは不思議そうにダークモーブの双眸を瞬かせた。
そっと手を離して、一歩距離を置く。
それからマレーネに向き直って、一礼。
「そろそろ出発します。貴女方もどうかお気をつけて――お父上に、どうかよしなにお伝えください」
おっとりと微笑めば、マレーネの唇も優美な弧を描いた。
「必ず伝えます。いってらっしゃいませ、ガルマ様。どうかご健勝で」
「ありがとう。ではまたいずれ」
見送ってくれる姉妹に背を向けて、出発ゲートへと向かう。
――……ビックリしたぁ。
ほんとに人生って、どこで誰に遭うかわかんないね!
✜ ✜ ✜
「『ただいま、キャスバル』」
「『おかえり、ガルマ』」
寮に帰り着いたおれの複雑な表情を見て、キャスバルがニヤニヤする。
「『久々の帰宅はどうだった?』」
「『……………なんか、お姫様がうちの女主人やってたんだけど……』」
「『そうだな』」
って、知ってたのかよ。
どういうことさ。
あれだよ。あれって何だよって、でもあれだ。
あれなんだ――有り得ないようなことが起こっちゃってる気がするんだ。
「『――……おれの意識過剰だったら嗤っておくれね』」
「『ああ』」
真面目くさった顔でキャスバルが頷く。
「『…………………………おれ、もしかして……アルテイシアの婚約者、だったり、する?』」
ずっと、有り得ないことだって思ってたんだけど。
だって、おれだし。ガルマじゃなくて“ガルマ”だし。
お姫様相手なんて、そもそも“ギレン”が赦さないんじゃないかなって。
キャスバルは青い目を見開いて――次の瞬間、爆笑した。
「『やっと気づいたのか!!』」
身体を折り曲げて、噎せこむほど笑い転げてる幼馴染を、呆然として見つめことしかできない。
これ、自意識過剰に対する嗤いじゃねえよな?
脳内で、未完成だったパズルが、とうとうパチリと音を立てて嵌った。
「『うぇへええええええええええっ!???』」
本当か、本当なのか。
嘘じゃないのか。
おれの婚約者が、可愛い可愛いお姫様だなんて!
今世紀最大の驚愕に、口から心臓が逃走するんじゃ無いかなって――遠ざかる意識の片隅で思った。