不穏である。
なにがって、ルウムのことさ。
キシリア姉様とシャアは、ルウムにデモ隊の鎮圧という名目で赴き――そして見事に鎮圧してみせた、歓迎という明後日の方向で。
これは“ギレン”の策略だろう。
なまじな部隊を差し向けるよりも、よっぽど効果的だ。自コロニーの青年と恋仲になった、ムンゾのお姫様のひとりが来るんだから、そりゃデモだって浮足立つさ。
シャア・アズナブルが愛を叫んだあの一件は、メディアを通じて広く世界に配信されていた。
その後のプロポーズから婚約発表までが爆速だったから、当時、ムンゾは元よりルウムだってお祭り騒ぎだった。
シャア・アズナブルは、そもそもがキャスバルに容姿が似ている――要は頗るつきのイケメンって事だ。
そしてキシリア姉様は、いつかの時間軸みたいに窶れてない――謀殺に手を汚し、女性であることからも目を反らした結果があの姿だったんだろう――元は悪くないんだ。いまは悪の秘密組織の女幹部的な、つまり悪女系の美女って感じ。
そんな、美男美女が並んでみなよ。
“鉄の女”とか“氷の女”とか揶揄されてた姉様が、捧げられた愛を受け入れて、花のように微笑むんだぞ?
その恋は、当然、広く民衆に支持された。
ラブ・ストーリーってやつは、古来、ひとの心――特に女性の――を掴んで放さないものだからね。
そして、裏表からやんわりと、さり気なくも強かに男どもの手綱を取るのは賢い女達だ。
愛する妻や恋人に恋物語の主役たちに会いたいと強請られれば、デモを中止してでも、その願いを聞き届けようとしただろうさ。
各方面で主催された歓迎会がそれを如実に表してる。
それは良い。
じゃあ、何が不穏かって、それを良しとしない輩がいるってことさ。
「『ルウムの駐屯軍の指令に脳ミソは搭載されてないのか!?』」
「『落ち着け、ガルマ。口が悪くなっているぞ』」
キャスバルの長い指がとんとんと、手の甲をつつく。
波立つ意識が少しだけ穏やかになる――また直ぐに荒れそうだけど。
――そんなに空っぽのアタマなら、鉛玉ぶち込んで少しは中身を増やしてやろうか。
なんて。
『物騒な思考が漏れてるぞ。そんなにぶち込んだら、中身が増える前に器が割れる』
『それでも構わんわ』
本当に、なんであんな考えナシをトップに据えたのさ。
「『だって、せっかく姉様たちがデモ隊を宥めてるのに、なんで出動するの!? 要らないでしょ出動!! むしろするなよ出動!!!』」
アースノイド排斥主義者相手とはいえ、威嚇射撃に失敗して撃ち殺すってどーなの!?
その程度ならルウム当局に任せとけよ!
ぐわぁ、と吼えるおれの手の甲を、キャスバルがまたとんとんと。
――はいよ、深呼吸。
「……ムンゾの人気が気に入らんのだろうな」
シンが苦笑いしてる。
談話室に揃ったいつものメンバーは、おしなべて似たような表情だった。
そんなふざけた理由で出てくんなと言いたい。
せっかく宥めた市民の神経を逆撫でして、また不穏な空気が生み出されてる。このままだと、いつ暴発してもおかしくないんだ。
いま暴動が起こったら、姉様たちは確実に巻き込まれる――と言うより、下手したら連邦軍に攻撃される。
その可能性はきわめて高いんだ。
あの“脳ナシ”がトップにいる以上、コロニー社会との関係性とか均衡とか、なに一つ考慮することは無いだろうし。
ここまでナイナイ尽くしだと、どっかの紐付きじゃないかって疑わしくなるわ。
どこがリード紐を引いてんのさ。
ギリギリしてれば、とんとんとんとん、と、鼓動に似たリズムで、再び手の甲が叩かれた。
条件反射的に脳が脱力――ぐでん。
炙られていた思考が温度を下げていくと、いつもどおり、幾万のピースが明滅しながら降り注ぎ始めた。
瞬く間に形を変えていくピース――決して完成することのないパズル。
『……相変わらずカオスだな』
『そ?』
もしかしたら、スノードームの内側に似てるのかもしれない――あんなにキレイじゃないけどさ。
いま渦を巻くように広がるのは、主に地球に降りてたときに見聞きした情報だ。
「『連邦政府はムンゾを叩きたいんだ』」
口からも溢れた言葉に、仲間たちが緊張した眼差しを寄越す。
「『“ギレン兄様”は、コロニー同盟によって各コロニーの地位を向上させた。アースノイドのお偉方が無視できないレベルまで、ね』」
コロニーの発言力は、年々増している。当然、その影響力も。
これまで唯々諾々と地球に従うしかなかったスペースノイド達は、口々に不平等への不満を唱え出し、是正を求めて動き出した。
本来地球寄りだったリーンでさえ、連邦に対して改革を迫るほどだ。他のコロニーなんて推して知るべし。
連邦政府は、いまや孤立しつつある――強大な軍事力を有したまま。
――なんだかなぁ。
“ギレン”が提唱したのは“コロニー共栄圏”だ。
そこには、コロニーと共に地球の繁栄も盛り込まれてた筈なのにね。
自らの利権を脅かされたと見做した輩の少なく無いことにビックリだよ。
奴等は、まず“ギレン”を潰そうと画策して何度か失敗した。
次に“ガルマ・ザビ”地球に留めおこうとして、これも失敗。
奴等には、もうザビ家を抑える効果的な手段が無いんだ。
だからってルウムを叩くのはどうかと――そりゃ叩かれたらムンゾは出ていかざるを得ないけどさ。
「『時計の針は進んだ。奴等がどう足掻いたって、もう流れは変えられない――コロニーは自由を掴む』」
“ギレン”が、そう舵を切った。この世界で“覚醒めた”あの朝に。
流れを滞らせるものを排除することこそが、おれの役目だから。
「『……“刻”は近いよ』」
間もなく、“暁”が来る。
いつかの時間軸よりも早くに、おれたちは蜂起するだろう。
「『準備は万端かい?』」
小首を傾げて仲間を見やれば、誰しもが奮い立つ様を隠せてなかった。
「『無論。君が帰還するより前に、皆、砥ぎあげてあるさ』」
キャスバルの青い眼に鋼じみた光が――不敵な笑みに皆が見惚れる。
不吉なくらいに美しいね。彗星と言うより、明けの明星のよう。
Εωσφόρος――光をもたらす者。
この混迷の時代に、お前以上に相応しい“光”はないだろうよ。
「ルウムの阿呆が市民に発砲しやがった!」
その一報は、瞬く間にムンゾに広がった。
ルウム駐屯軍兵士による、デモ隊への発砲である。
暴徒に対処したとの言い分だが、実弾射撃により、とうとう一般民衆から死者が出た。
未成年者を含む複数の犠牲。間に割って入ったムンゾ兵士も2名負傷した。
キシリア姉様がルウム入りしてから1ヶ月が経とうとした時分だった。
沈鬱を装った顔で制圧隊に抗言する姉様の瞳は、内に秘める感情でギラギラ光ってた。
阿呆共はムンゾの“雌虎”の尾を踏んだことを、近く思い知ることになるだろう。
モニターにはその混乱が繰り返し映し出されていた。映像を見る仲間たちの眼はどれも冷たくて険しい。
いつかの世界線では、その銃口はズムシティの市民に向けられていたものだ。
矛先は違えど、連邦の弾圧はどうあってもスペースノイドに向かうようだった。
ルウムにいる阿呆の親玉は、ガーディアンバンチの駐屯軍にも出動を要請しやがり、これを請けて千人からなる一個大隊が派遣された。
このままなら、ルウムは連邦軍に蹂躙される。
キシリア姉様を助けるため、またコロニー同盟を維持するためにも、“ギレン”は――ムンゾはさらに兵士を急派せざるを得ない。
この“先”に向け、どれだけ温存したい兵力であってもだ。
校内を歩けば、もの問いたげな視線が追いかけてくる。
皆が、決起はいつなのかと、その“刻”を待っていた。
「『ガルマ』」
「うん。『例のところで』」
『彼らは』
『もう揃ってるはず』
自室に戻る素振りで向かう先は、格納庫の北非常階段下だ。
おれたちが集まる時には、他の生徒たちが誰も近づかないように見張ってくれている――いつのまにか暗黙の了解になっていた。
足を踏み入れた先で、一同の視線が一斉に向けられた。
熱を呑みつつも冷徹な表情。誰しもが緊張をはらんで、おれ達の言葉を待っている。
一瞬のアイコンタクトの後、おもむろにキャスバルが口を開いた。
「『諸君、“刻”は来た』」
その瞬間に、一同の顔に獰猛な笑みが浮かんだ。
「ようやくか」
まるで牙を剥くかのように、シンが。
「待ちくたびれたぜ」
「やっと暴れられるな!」
鼻を鳴らしたのはライトニングで、拳を手のひらに打ち付けたのはリノだ。
「データはもう拾ってるぜー」
「解析もほぼ終わってるよ」
ケイとルーも。相変わらず頼もしいね、情報収集解析部隊。
「整備も万全。出撃要員はみんな軍装で自室待機中。いつでも出られるよ!」
「車両庫の鍵は開けてある」
準備は万端か、クムラン。そしてベンも。
「寮監は一回生の有志が引きつけている」
「教官たちの見張りはニ回生が。一部の選抜メンバーは出撃にも加わっている」
二年次からメンバーに加わったゼナとロメオも。
一同の眼差しには、一欠片の迷いも容赦も見つからなかった。
予想を遥かに超えて研ぎ上げられた“ひとでなし”ども。
その鍛え抜かれた刃に似た光に、唇の端がゆっくりと持ち上がる。
「『連邦軍兵営を攻撃する』」
全てにおいて圧倒的に優勢な連邦駐屯軍の兵営を、士官学校候補生のみで襲撃するなど、本来であれば、想像もし得ない暴挙だろう。
そう、誰も思いもしない――だからこそ、おれ達は完全にノーマークだ。
「『駐屯地には一個連隊がいるけど、ルウムの阿呆の要請で一個大隊が既に送り出されている。僕たちが抑えるべきは残る2000だよ』」
「『我々の兵力は4分の1以下だ――だが、勝機は充分にある』」
「『手筈は、わかってるよね?』」
返るのは「当然」の一言だ。
ケイとルーを巻き込んで、何度も何度もシミュレーションを繰り返した。
あらゆる状況を可能な限り考慮して、対策を練りあげた――“ギレン”曰くの“悪知恵”を駆使してね。
いつかの時間軸で蜂起したときに比して、準備も練度も桁違い。
そして指揮するのは、同じ能力を有する――否、それ以上に洗練されたキャスバル・レム・ダイクンだ。
“負ける気がしない”ってこーゆーことを言うんだろうね。
最高の指揮官のもとでは、兵はどれ程も勁くなるんだ。
思考が漏れたのか、傍らのキャスバルが薄く笑った。
『油断するなよ』
『誰に言ってんのさ』
もとより油断禁物は承知。
お前の作戦を完璧に遂行して、奴等を完膚なきまでに叩きのめして、封じ込めてやるさ。
「『ケイ、システムへの侵入を許可する。存分にかき回してやって』」
「まかしとけー」
駐屯軍本部へのシステムへのハッキングは、かなり前から準備が完了してる。
兵営と外部との通信を遮断することも、偽の情報で踊らせることも可能だ。
「『リノとロメオはドッキングベイの閉鎖を。誰も通さないで』」
「バキバキに閉鎖してやるぜ!」
「了解!」
結構な荒事だけど、今のお前らなら踏ん張れるでしょ。
これをもって、ガーディアンバンチの駐屯軍を孤立させる。
あとはお前の独壇場だ、キャスバル。
青い眼がひとつ瞬く。
「『総指揮は僕が取る。ルーは補佐を。クムランとベンはいつも通りに支援だ。何があっても持ち堪えさせろ』」
唇から紡がれる命令はよどみなく力強かった。
「何手先だろうが読んでみせます」
ルーの顔からは表情が削ぎ落とされている。ん。本気だね。
「やるよ!」
「やる」
クムランが拳を握りしめて何度も頷き、ベンは重々しく一度だけ。
「『ゼナはドズル校長を抑えろ』」
キャスバルの指令に、ゼナ・ミアは瞳を不安気に揺らした。
「わたしに……できるでしょうか」
いつかの時間軸とは違って、彼女は既にドズル兄貴を意識しているようだったから、心に“怖さ”が有るんだろう。
嫌われてしまわないか――乙女心は、どんな女傑をも怯ませるから。
だけど、これは彼女にしかできない任務だ。
「『大丈夫。君なら、ドズル兄様を抑えられる――他の誰にも出来ないことだよ』」
兄貴は女性を傷つけるなど良しとしない――ましてや、相手は己の守るべき士官候補生だ。
そして兄貴もまた、ゼナを憎からず想っている様子だったから。
しっかりと視線を合わせて頷く。
――大丈夫。未来の義姉上さま。
微笑みかけると、硬い表情ながらもゼナはようやく頷いた。
「『シン、ライトニング。君たちはガルマと共に先行して潜入しろ。一番危険なミッションだ――できるな?』」
キャスバルの冷たくさえ響く声に、シンとライトニングが不敵な笑みを浮かべた。
「承知」
「やってやるぜ」
――え、ちょっと待て。
最初に決めたポジションと違うじゃないか。
『シンも? 彼はお前のとこに残すって言っただろ!』
攻守ともに一番バランスが良い男だ。最強の盾として、大将の傍に付けておきたい。
それなのにさ。
『ガルマ、僕も覚悟するのをやめたよ』
『なんの話さ?』
この機に及んで煙に巻くとかやめてもらうからな。
ジロリと睨む先に、涼しい顔が。
『君を失っても先に進む覚悟を――なら、失くさぬよう最大限に手を打つさ。君もそうだろう?』
――………ふぉう。
やめろ。なんでいまデレんの。
動揺して挙動不審になりそうになるのを、必死に耐える。
『総大将の護りを薄くしてどうすんのさ!』
『攻撃の要は君たちだ』
さらりと返される。
くぎぎ。がが。
内心で奥歯を食いしばる。本気で撤回しやがらないつもりか。
「『ガルマ、できるな?』」
答えないおれに、キャスバルが真っ直ぐに向き直って、再度問いかけてきた。
――ああ。命令なら従うよ。
「『誓って。完璧にしてのけるさ』」
煮えたぎる意識のままに答える。それがオーダーなら、おれは走るだけだ。
青い眼が満足そうに細められて、ひとつ頷いた。
フンと鼻を鳴らす。
「『シン、ライトニング。僕たちはもう出るよ』」
皆の出動を待たずに、先に行く。
踵を返せば、二人分の足音が力強くついてきた。
✜ ✜ ✜
わずかな音を立ててゲートが開いていく。
ケイは滞りなくシステムを支配したらしい。歩哨の目に止まることもなく、兵営に侵入を果たしたのは、おれを含めて16名――つまり、2班ほどだ。
目指すのは連隊本部。
物陰に潜んで、いまは、キャスバル達の動きをじっと待つ。
〈こちら自走重迫隊。射撃ポイントに到着。観測点確保〉
時計の数字が変わると同時に、インカムから通信が。
「『了解。潜入を開始する――行くよ!』」
呼号に応じて皆が一斉に走り出す。
おれ達の役目は内部を撹乱して、本隊を速やかに進軍させること。
さらに本隊の攻撃をもって迎撃を抑えている隙に、連帯本部を制圧して敵の武装解除に持ち込むことだ。
かつて、ゴップに望まれてガーディアンバンチを訪れたときに、その内部を記憶に焼き付けた。
士官学校に入ってからも、そのデータは更新し続けて来たんだ。
「これがニュータイプの能力か?」
少しの迷いもなく突き進むおれの背中に、シンが。
「『違う。ここまでは下準備によるものさ』」
本来、戦いなんてただ闇雲にするもんじゃない。
勝つための場をぎりぎりまで整えて、かつ、どれだけ勝ちルートから反れずにいられるかが重要なんだ。
まぁ、往々にして不確定要素による修正はいくらでもあるから、どれだけたくさん有利なルートを残しておけるかって話だけどね。その辺りは臨機応変に。
「『ニュータイプの真骨頂はこれからだよ』」
一気に“意識”を拡大する――キャスバルやアムロみたいに鮮烈じゃないし、ララァみたいに美しいものでもない。
でも、役に立つならなんでもいいでしょ。
蜘蛛の糸みたいに張り巡らせた“意識”を、記憶したマップに重ねる。
人の気配と動きが――“忍びの地図”の改変みたいだね。
『キャスバル、視える?』
『ああ。君はどうだ?』
『ん。お前が押し込んでくるデータで頭ん中がチカチカしてる』
このくらいの距離なら無いも同然。隣にいるみたいにキャスバルの“声”が聴こえる。
通信に依らず、リアルタイムで繋がることができるのは何よりの強みだ。
『基地内に潜入。このまま進むよ』
『気をつけていけ』
『はいよ。りょーかい』
奴等はまだこの襲撃に気づいてさえいない。システムに喰い入ったケイが、アラートを全て上書きしてるからだ。
流石に人目は誤魔化せないから、見つかる前に対処が必要だけどね。
「『……この先に二人いる。騒がれる前に潰すかね』」
“スパイダーネット”で捕捉してけば、エンカウントは無いだろ。イニシアチブは常におれ達にある。
「便利だな」
呑気な声。ライトニングは気味悪がることさえしなかった。
他の面々を盗み見ても、その表情に嫌悪は見つからない――良いのか。
シンが低く笑う声。
「……気にすることはない、ガルマ。“同志”は誰も君達を忌避することは無い」
ぽんと大きな掌が頭に触れて、髪をくしゃりと掻き回して離れた。
「行くぞ」
ライトニングの号令ひとつで、班員が数人、闇の向こうに滑り出していく。
後に続こうとしたら、肩を掴まれて止められた。
「ガルマはここで待機だ」
「『なぜ?』」
「出来るだけ君を戦闘には出すなと“シャア”から言われているからな」
――なんたる過保護。
馬鹿にすんなと憤りが顔に出たものか、シンが困ったように眉を寄せた。
「決して君を侮ってのことでは無いんだが」
「『見え透いた嘘だ』」
「嘘じゃない。ガルマの真価は悪知……その頭脳だと“シャア”が」
いま、“悪知恵”って言おうとしたよね?
目をカッぴらいてみれば、あからさまに視線を逸らされた。
ぐるりと見廻すと、同志達も次々に明後日の方向に顔ごと背けるし。
そりゃ、三年も一緒に居れば猫皮が薄くなるのも否めないけど、これ、出処は全部キャスバルだよね!
『ヲイ!』
『作戦に専念しろ』
冷たい“声”が。
ふんすと鼻を鳴らして憤慨してれば。
「なに拗ねてんだよ?」
と、ライトニングが戻ってきた。
「『早いね』」
「そりゃな。何処に何人いるか分かってるんだから楽なもんだ――ちゃんと見つからないように始末してきたぜ」
「『……仮にも正規の軍人相手なんだけど』」
「精鋭中の精鋭だぞ、コイツら」
そうだったわ。見るメンツ、みんな格闘術を始めとした戦闘技術でA評価しか居ないじゃないか。
ほんとに何でこんなにコッチに戦力振っちゃったんだ、キャスバル。
「心配ない。向こうにも“foremost”が揃ってるからな」
「『シン、君こそニュータイプなんじゃないの? さっきから僕の思考を読みまくってる』」
「その百面相なら、シンじゃなくても読めるからな」
ライトニングまで。
「ガルマさん、けっこう顔に出すからな」
「そうそう。ポーカーフェイスのときとの差が凄いよな」
君たちもか。
ガックリと肩を落とす――けど、呑気に落ち込んでる時間はない。
「『潜入隊、位置についたよ』」
“声”とインカムから報告。相手はキャスバルだけじゃないからね。
〈『よし。攻撃を開始する。撃て!』〉
号令に一拍開けて、轟音が響き渡った。
砲撃が開始されたことによって、基地内は蜂の巣を蹴り付けたみたいな騒ぎになった。
怒号と悲鳴は驚愕に塗れている。飛び交う“ノイズ”も混乱の極み。
完全に無警戒だった相手からの襲撃に、奴等はパニックに陥っている。
射弾観測は完璧に近い。
次々に撃ち込まれる攻撃には曳火砲撃も含まれる。
迂闊に飛び出した兵士の頭上で炸裂するエアバーストが、周辺を地獄絵図に変えてる。
兵舎へと延びた火が奥に入るのを、必死に消火してるのが見えるけど、時間の問題かな。
「『40分後には主電源が落ちる。それまでに非常電源を含めた緊急システムを抑えるよ』」
「了解した」
ケイが干渉できるのは表側のシステムだけだ。独立したシステムの支配はコッチの役目。
外からの攻撃に浮足立ってる連中は、中に侵入してるおれ達に気を払う余裕はない。
事態は有利に進んでる――けど、“腐っても鯛”、正規の軍人相手だ。長引けばそれだけ相手に余力が戻る。
――ここは短期決戦で行かせてもらう。
思考波をセンサー代わりにして索敵。あとは仲間達が不意を突いて陥としていくわけだが。
「『流石にこの辺からは護りが堅くなるなぁ』」
連隊本部中央管理棟――兵営の心臓部分。ついでに予備システムの要だからね。
外のドンパチには参加せずに陣取ってる見張りがいる。
当然ながら、相当に気が立ってる。“ノイズ”はバチバチ火花をちらしそうだ。
バディで行動してるから、どちらか一方に隙を与えたら即通報されるわな。
しかも2組。
んんん。
「どうする?」
「『モタモタしてらんないから、真っ向勝負だね――射撃技能Aは…ほぼ全員か』」
キャスバル、ほんとに過剰戦力だろこれ。
「『撃てるね?』」
一瞬の緊張。
「問題ない」
「今更だろ」
シンとライトニングは問題なさそう。あとは念のため3人ほど選出する。
「『引き寄せるから。機を逃さないでね』」
一歩足を踏み出せば、シンが手を掴んで止めてくるけど、軽く叩いて放させる。
心配そうな眼差しに、おっとりと微笑みかけて。
「『大丈夫』」
おれは“おれ”だ。この中の誰よりも“ひとでなし”だから。
暗がりからあえて足音を隠さず、慌てたように声をあげる。
「『侵入者です! こちらに向かってきます!!』」
「何!?」
見張りに動揺が走る
「既に中に入ってやがったのか!?」
「どこだ!?」
慌ただしい足音。外に向かって走って来るのが二人。
迷うそぶりが一人。
「持ち場を離れるな!!」
比較的冷静なのが一人。これが頭か。
「『二人来るよ』」
「了解」
銃を構える。
出入り口を先に飛び出してきた兵士の頭を撃ち抜く。一人目はもんどりうって倒れた。
「なっ!??」
二人目は混乱して足を止めたところをライトニングが仕留めた。こちらも頭に一発だ。
「『突入』」
飛び込んだ先、驚愕に目を見開く兵士が二人。
増援を呼ばれる前に、インカムごと頭をブチ抜いた。
最後の一人はシンが。
ひとかけらの迷いもなく、引き金を引く指は訓練と同じで、背筋が寒くなるほどその弾道は精密だった。
顔色も変わらず、呼吸も正常。
見ていることに気付いたのか、シンとライトニングが薄く笑った。
他の面々も、ほぼ平常通りの様子だった。
底冷えする目の奥の光――こいつらは、みんな立派な“ひとでなし”だ。
ここにいる誰もが、取り乱すことがない。
最後の懸念が消えた。
知らず唇が弧を描く。
殺られる前に殺れるなら、生き延びる確率は格段に上がる。
“生き残れる兵隊”だ。
酷い匂いが立ち上る中、顔色を悪くしたメンバーは少数で、それでも誰も吐くこともなく施設内に侵入を果たした。
兵営への攻撃は続いている。
脳裏で目まぐるしく明滅するデータは、キャスバルが処理してるそれだ。
指揮下の士官候補生達の奮闘が――これ、“候補生”って練度じゃねぇな。怯んでるような気配は微塵もないけど、逸り過ぎてる感じもないし
。既に古強者の風格出てない?
攻撃――反撃を受け逃走と見せかけて、誘き出した敵を別働隊と挟み撃ち。
増援のため出動した戦車隊も、出端から弱点を突かれ立ち往生。
おおよそ、初陣の一群にしてのけられるような作戦じゃない。
打つ手全てが後手に回る駐屯軍兵士は、格下である筈の相手に良いように小突き回されてる。
かつての“演習”が、いま本物の戦闘として再現されてるんだ。
時おり拾う“ノイズ”には、怯えが混じり始めていた。
有効な指揮をとれる士官が居ないのか、重火器よる掃討を繰り返し取ろうとしてるけど、それ、対策済だからね。
慢心するわけじゃないけど、あれだけ用意したプランが半分以上残ってるじゃないか。
ここは任せておいて心配無さそう。
時折、この司令塔にも激しい揺れが来る。
――容赦ねぇな。
建物と一緒に潰したりしないでよね。
表ではバンバンドンドンドカーンドカーンと轟音が鳴り止まないのに、その裏側でプチプチパチンと。
なんてスリリングで地味な作業だろうね。
施設内に侵入して、システムを突貫で改変してる。
先にケイ達と作っといた装置を組み込むだけなんだが。
――ふぉう、めちゃくちゃ大変。
時間ギリギリだわ。
〈『どうだ?』〉
「『丁度、緊急システムの細工が終わったとこ。EMERGENCY POWER SUPPLY DEVICEもコッチが握った』」
主電源が落ちたら基地内は闇の中だ。
主だったシステムは既におれたちが支配してる。
原始的な手段を除いて、通信手段さえコントロールされるんだ。
僅かばかりに残ってたはずの奴等の勝機が、これで完全に潰えたって言っても良いだろう。
さて、カウントダウンと行こうか。
「『これより連帯本部を急襲する』」
〈『あと10分切ったぞ』〉
「『問題ない。ルートは“視えてる”んだ』」
ここからは最短で行く。
「『ここでキメる。そっちも気を抜くんじゃないよ』」
〈『こちらの台詞だ』〉
戦闘開始からさほど時間は経過してないけど、既に戦況は佳境だ。
寄越される情報によれば、まだどの隊も制圧されてないね。
今季の卒業生ったら優秀過ぎるわ。
さて、その優秀な面子が無駄に欠けないように、おれ達も走るとするかね。
「『行くよ!』」
「了解した」
「まかせとけ」
口々に応えが。
最短距離で駆け抜ける。出くわす敵は強制排除。
早く兵営の武装を解除させて、ルウムへの一個大隊の進軍を止めてやらなくちゃ。
ルウムを守ることで、ムンゾを護る。
この壮大なチェス盤の向こうの指し手は誰だろうね?
――どうでも良いけど。
どのみち斃すんだ。
“ヘカテーの猟犬”みたいに、“おれ”は咬み裂くことしか知らないから。