長い廊下を駆け抜ける。
迎撃のタイミングは分かってるけど、だからといって飛んでくる弾丸を全て防げるわけじゃないんだ。
「ガルマさん!!」
文字通り肉の盾として突入メンバーがおれの前に出た。
防弾チョッキは万全じゃない。致命傷を避けられたのは彼がラッキーだっただけ。
ライトニングの自動小銃が特攻してきた敵を返り討ちに。
硝煙と血と汗の匂い。
「ムラタ!」
「……ッ、大事ない!」
怪我人を引っ掴んで、それでも走る。
負傷箇所は肩か。多分、上腕と鎖骨も折れてる。
脂汗を滲ませるムラタを、他のメンバーが担ぎ上げた――見れば、彼の頬にも血が流れていた。
「『この先、待ち伏せだ』」
「グレネードを使う」
シンの指示で武器を持ち替え先制すれば、爆音のあと、廊下の向こうはうめき声で溢れた。
指揮はシン、攻撃の要はライトニングで、その抜きん出た戦闘センスにはこの緊張下であっても感嘆が抑えられなかった。
おれの“索敵”があるにせよ、たった12名――2班程でしかない戦力でこの兵営本部を制圧し得るのは、この二人の力によるところが大きい。
「『主電源が落ちる』」
ナイトビジョンゴーグルを装備。カウントダウン、ゼロ。
次の瞬間、基地内は闇に包まれた。非常電源には切り替わらないよ。
唐突に視界を塞がれた敵を一掃するのは、そんなに難しい事じゃなかった。
間をおかず司令室へと飛び込んで、最低限の照明を向けてやる。
返ってきたのは何が起こっているかも把握しきれないといった、驚愕と混乱に満ちた視線だった。
「『連隊長殿ですね?』」
司令席にいる一人に、表情だけはにこやかに話しかける。
「『降伏されることをお勧め致します。兵士へ抵抗を止めるようご命令を』」
声は冷たく、しんと音をなくしていた室内へ凍み入るように響いた。
誰かがブルリと体を震わせる気配が。
「『さぁ、ご決断を』」
銃口を突きつけて促す。他に選択肢なんか無いんだ。
中央棟にはいまも砲撃が繰り返され、防衛はもう保たないし。
「……うぅ…うぁ……」
意味のない呻きなんて聞きたくないよ。
「『聴こえないのか。降伏しろと言っている』」
ナイトビジョンゴーグルを外し、真っ直ぐに連隊長と視線を合わせる。
喉笛を晒した獲物を前にして、おれの中で“獣”が嗤ってる。
ほら、さっさとしなよ。咬み裂くのなんて簡単なんだ。
一歩前に出ると、後ろに下がろうとしたのか、コンソールにぶつかる無様な音が響いた。
「……わ、わかった!」
「『では、すぐに指示を。通信は一部だけ生かしてありますよ。兵士への武装解除命令を』」
命じれば、マリオネットみたいにギクシャクした動きで、連隊長はおれの要求を呑んだ命令を全部隊に向けて発信した。
程なくして、戦闘音が止んだ。
「これで良いか!?」
怒鳴り声だけど、これで終わりなわけ無いでしょ。むしろコッチが本題。
「『それからルウムに向けた一個大隊に即時での帰還命令もお願いしますね?』」
「……なんだと?」
「『これも繰り返さなくてはいけませんか? ルウムに派遣した大隊を、いますぐに呼び戻せ』」
いちいち命令口調で言わないと理解できない訳じゃあるまいに。
「……いい気になるなよ、ガルマ・ザビ。お前をこの基地から出さずに置くことなど容易いのだぞ!」
おや、脅してくるのか。
おかしくなって唇から笑い声がこぼれた。
「『異なことを。立場をお忘れですか? この場であなたが僕にできる事など何一つ無いんです』」
毒を染み込ませるように、甘くした声で優しく囁く。
そっと足を進めて、追い詰められた男をさらに奥に押しやる――仰け反る事くらいしか出来てないけど。
「『僕たちはシステムを支配してる。あなたが命じないなら、僕があなたの名前で命じるだけです』」
もうその方が早いかな。
小首を傾げれば、連隊長はコンソールに拳を打ち付けて、それでも要求を受け入れた。
「……悪魔のようだな」
軋る声で言われた言葉に、ぱちくりと瞬く。
「『心外です。そこは、“ギレン・ザビ”のようだと言っていただきたい。僕は“兄”を倣っているんですから』」
ニコリと。
ギレン・ザビ――ザビの血統の、おそらくは最高傑作。他の追随を許さない明晰な頭脳と恵まれた体躯。
その発想、また弁舌の巧みさを悪魔に擬えられてるのは、“ギレン・ザビ”でも変わらないんだからさ。
「ザビ家の指示か」
「『それも違います。これは我々、ムンゾ自治共和国国防軍士官学校の士官候補生の総意です。これ以上の弾圧は赦さない。仲間にはルウム出身者が少なく無いのですよ』」
肩を竦めてやる。
さて、やることやったから撤退するかね。
こちとら怪我人もいるし、もたくさしてたって良いことはない。
『キャスバル、制圧完了。大隊も呼び戻させた』
『把握してる。さっさと戻ってこい。大至急だ』
『はいよ、了解』
『中央管理棟がふっとぶかも知れない』
――はぁあ!?
ちょ、おま、なに言って――。
ブワリと総毛だったおれを見て最初に反応したのはライトニングで、次いでシンが。
「『総員退避ーッ!!!!!』」
号令は絶叫に近かった。
なんの説明もないおれを問いただす事もせず、仲間たちが踵を返すのはほぼ同時。
呆気に取られた連邦士官達を置き去りに、本部棟からの脱出を図る。
キャスバルの思考波が、真っ直ぐに“ルート”を示してきてた。
見えない矢印に導かれて駆け抜ける。
途中で出くわす兵士についても、戦わずして逃げる。とにかく逃げる一択。
走って走って走って走って。
この人生で最速だと言っても良いと思う。荒れる呼吸で肺と喉が焼き切れそう。
「置いて行け」と叫んだムラタは、皆がリレーみたいに交互に担いでた。
ついでにおれまでが途中でシンに担がれる。
ごめんよありがとう!!
長距離は苦手なんだ。
せめて邪魔にならないようにおとなしく担がれながら、ルートだけを指示する。
中央司令棟を飛び出したら、眼前に広がるのは砲弾でボコボコになった地面と建物、あちこちで上がっている火の手。
既に戦闘は停止しているけど、鳴り響く爆発音と大きな振動は、様々なものが暴発しているからだろう。
連中も基地を捨てる方向で動いてるっぽい――つまりは総員退避。
ここまでやっちゃったか、キャスバル。
想定の範囲を軽く飛び越えて、遣り過ぎな戦果をあげちゃってるよ。
これ、“ギレン”が知ったら怒髪天突きそう。やべぇな。
もはや開きっぱなしになってたゲートを転がり出たところで、連邦の軍用車両が3台突っ込んできた。
ここまで来てまた戦闘かよと舌打ちしたけど、
「ガルマさん中へ! 早く!!」
中から頭を出したのはクムランだった。そういや君も特殊車両操縦評価Aだっけ。
なにコレ強奪したの――なんて突っ込む暇は無い。
「『先にムラタを! 怪我してるんだ!』」
とりあえず車内に突っ込む。乱暴だけど許してくれ。
それから3台に分かれて乗車。後はスタコラ逃げるだけだ。
人格変わってるんじゃないかって思えるくらい荒っぽい、だけど正確な運転で、クムランが車を驀進させる。
舌を噛まないように歯を食いしばりながら、ムラタがシートから落とされないように覆いかぶさる。
さらにその上からシンとライトニングが。
幾分か基地から離れられたと思った矢先、ものすごい轟音と振動が来た。
車ごと吹っ飛ぶかと思ったけど、クムランがなんとか持ち堪えさせた――すげぇな。
他の2台もギリギリで凌いだみたい。
背後を見れば、視界を覆い尽くすような爆煙と連鎖する爆音と振動。
これ、もしかして駐屯地まるごとふっとんだ?
司令部の人間は何人逃げ切れただろう――ほぼ絶望的かな。非常システムは15分で回復させる仕組みだったけど、間に合わなかったし。
頑丈な軍用コロニーでよかった。一般コロニーなら外壁まで被害出たかも。
一個大隊があらかた武器を持って出てくれてたのも幸いしたかな。
なんにしても。
「『……任務完了。これより帰還する』」
どっと疲れた。
最後が想定を超えてハードだったのは、お前が遣り過ぎたせいだからな、キャスバル。
その日、コロニーに訪れた夜明けは、鮮烈なほど赤く目に映った。
「『赤いな。実に良い色だ』」
キャスバルがそんな名台詞を吐いている横で、頭を抱えた。
「『うわぁ……こっちもボロボロじゃないか』」
帰還してみれば、“うち”の被害も少なくねぇわ。
死者こそ少ないが、負傷者の数が尋常じゃねえ。
特にMBTとやりあうことになった左翼に被害が集中してる。三回生はなんとか凌げていても、練度に劣るニ回生が崩れたかな。
「でも、重症者はそんなに多くないよ!」
そんな風に拳を握って反論してくるけどさ。
「『クムラン、骨折は重症にカウントされるって知ってるでしょ?』」
完治するなら怪我じゃねえなんて豪語してる脳筋どもをどうしてくれようか。
ズタボロ包帯姿で大笑いしてんのは、脳内麻薬でも噴出してんのか。主に三回生諸君――ニ回生達がドン引きしてるじゃないか。
トリアージがなされ、医療班が駆けずり回ってる。
いち早く基地から飛び出してきたらしき医官達は、能面のような無表情で指示を飛ばしまくっていた。
あれ、怒りが限界突破して一周回ってきた感じだわ。一瞬向けられた視線は火を吹くみたいに鋭くて険しかった。
ふと、遠くに土煙が見えて、それは見る間に近づいて来た。
ドズル兄貴と、士官学校の教員からなる部隊だった。
ゼナ・ミアによる足止めは、見事に完遂されたようだね。
おれを見つけたらしき兄貴は、走行中の車両から飛び降りた――うわ、危ないな!
そのまま物凄い勢いで走ってきて、気がついた時にはその腕の中に捕まっていた。
「ガルマッ!! お前というやつは……!!!」
それだけ言って、兄貴は獣みたいな咆哮を上げた。
暁の空に吸い込まれてくそれを、まるで勝鬨みたいだな、とボンヤリ思った。
✜ ✜ ✜
そして、禁固された訳だ。
寮室とは別の、違反者なんかを隔離しとくための反省室みたいなところね。
殺風景な部屋の中、あるのはベッドとバスとトイレ。
これは“ギレン”の指示らしい。
蜂起に参加した候補生は、全員自室での謹慎。
おれとキャスバルは別々の部屋で監禁。
事後処理が終わるまでは“物理的に表に出すな”と。
面会も禁止。手紙もメッセージも禁止。
とにかく外界との接触が全面的に禁止されてる。
ラップトップも取り上げられたから、新しい情報も仕入れられない。
娯楽もないのは、ただ“ひたすら反省しろ”って事らしい。
これ、なんて人権侵害。
やること無いから““ギレン”をギャフンと言わせる10のプラン”とか、““伝書鳩”の羽根を毟る10のプラン”とかを考えてる。
あ、なんか楽しくなってきた。
『……君は本当に碌でもないな』
不意にキャスバルの“声”が割り込んできた。
『だって退屈なんだ。お前だって不穏なコト考えまくってるじゃないか』
おれのよりやべぇプランが伝わってきてるぞ。
『退屈だからな』
鼻を鳴らす気配が。
離されてたって、この程度の距離なら無いも同然。
『みんなはどうしてるだろ?』
『お得意のあれで分からないのか?』
『気配くらいなら』
言われて“意識”を拡大。士官学校の敷地くらいなら余裕でカヴァーできる。
『あ。お前が“視えた”わ』
ニュータイプ同士だとここまで分かるのか。
『便利だな』
『お前もできるだろ?』
『索敵くらいならな』
呑気にお喋り。
敷地内の脳内マップとあわせれば、“なんちゃって忍びの地図”の完成だ――あれと違って名前が出ないのが残念だけど。
おれの“視界”にキャスバルが乗っかってくる。
『やっぱり寮以外には人が少ないね』
『候補生の大半が何らかの形で参加していたからな』
自室謹慎の嵐。これ、学校まともに機能してないね。駆けまわってんのは、おそらく教官たちと――“ギレン”から送り込まれた後始末部隊だろう。
そのうちに事情聴取とか来そう。
これも、回答はあらかじめ皆で示し合わせてある――今回の襲撃については、突発的に起こったってね。
周到な計画なんかじゃない。
あくまでも暴発。ルウムにおける弾圧を阻止するために奮起した。格上相手だから本気でやったら、思ってたより凄いことになったと。
裏返せば、連邦軍不甲斐ねぇなってコトだね。
発案、指揮、実行犯ともに“ガルマ・ザビ”。
全ての責はおれに来るようにした。
キャスバルの名前はまだ出せないし、例え出せたとしても矢面に立たせるわけにはいかない。
当人は少しゴネたけど、こればかりは仕方がなかった。
いつかの時間軸のガルマ・ザビは英雄扱いだったけど、こっちのおれはそうはいかないだろう。
なにより“ギレン”が赦さないはず。
駐在基地を文字通り吹っ飛ばしたんだ。連邦はカンカンだろう――ゴップかレビルあたりが、ガッツリねじ込んできそうだよね。
さて、どんな罰則がくるもんか。
申し訳ないとは思うけど、ドズル兄貴はいつぞやと同じく校長の立場を追われるだろうね。
おれは――放逐はされないと思うけど、どうだろ。
まともに卒業できれば御の字だ。
だけどさ、コレだけの結果を卒業前の候補生だけで成し遂げたんだよ。表立っては評価も称賛もできんけど、みんな裏側では感嘆せざるを得ない。
故に、おれ以外の候補生たちの卒業後のルートには、然程の修正は無かろうさ。
むしろ鳴り物入りでの配属になりそうだよね。
『……罰則が怖いかい?』
『そりゃね。こんどは何時間の正座になるのかと』
まぁ、それで済むとは思ってないけどさ。
おどけて答えれば、壁の向こうでキャスバルが肩をすくめた。
『説教の最長記録を更新するかもな』
子供の頃、家庭教師を5人追い出したとき、2人まとめて3時間超えの説教を食らった。
――あれはキツかったわー。
“ギレン”ったら完全に顔が般若面だったし。角と牙が視えた。
様子を見に来たらしき小さなアルテイシアが、震え上がってギャン泣きしてたのを思い出す。
挙げ句に夜、魘されてたって御母堂様が苦笑いしてたっけ。
ポツポツと、他愛ない会話を繰り返す。
いつもと変わらない遣り取り――いま隣に居ないだけで。
キャスバルの思考は安定してるけど、“意識”に触れてくるそれ以外の“ノイズ”には、いまだ止まない興奮と、それから湧き上がる不安と、恐怖と苦痛と苦悶と悲嘆が混じり合っている。
本物の戦闘の凄まじさ、悍ましさに触れて、また篩に掛けられてる――どれ程の人員が離脱するのか。
“悲鳴”が聴こえる。
ニ回生以下は、けっこう抜けるかもな。
ちょっとため息が。
感覚を――“視界”を共有できても、キャスバルには細かな“ノイズ”は響いてない様子だった。
ただ、数多の“ノイズ”におれの“意識”が共鳴するのを感じ取ってか、思考波がソロリと触れてくる。
『少し閉じろ。僕たちだけで良い』
『はいよ。りょーかい』
“意識”の範囲を戻せば負担がスッと減った。戦闘時以外では長く使えるもんじゃ無さそうだね、これ。
『こういう使い方は地球で覚えたのか?』
『使えることに気が付いたのは、そうだね』
それまでも片鱗はあったけど。あの森林での逃亡劇の際に、センサーみたいに使えるなって。
もともとは、お前を呼ぶ“声”がそうなったってだけ。
『……呼んだのか』
『呼んださ』
そしたら“意識”が限界を超えて拡がった。森を這う霧みたいに――それに触れた敵が“視えた”のは偶然だった。
『つまり、コレもお前のおかげってコトかな?』
くふくふ笑うと呆れた気配が。
『――……不思議なものだな。同じように繋がるのに、僕と君とでは出来ることが違う』
『それこそ個性だろ。お前やアムロ、それからララァは出力の大きなマルチタイプだけど、強い分、微弱なそれは拾いにくいし、下手すりゃ弾く』
出会いのとき、驚いたララァがおれを弾いたみたいに。
繋がる相手がそこそこ強くないと潰されそうだ。萎縮して先方がレセプターを閉じそう。意識してても、してなくても。
『反対におれとかマリオンは出力はそんなに大きくないけど、様々なものを拾える。フロルはまだ不安定で未知数だし、ゾルタンは正直、よく分からない。あの子は気分で出力が変わるからさ』
一括に“ニュータイプ”って言ったって、共通項は“思考波でコミュニケーションが取れる”ってことくらい。
『パフティは、今んとこあんまり活用してないようだし』
ほんとにバラバラだ。
『それは考察かい?』
『いや。感覚』
答えたら、キャスバルは眉を寄せたみたいだった。
『……相変わらず、考えているようで何も考えてないな、君は。そのおつむは“悪知恵”専用なのか』
ひどいわー。
遺憾の意。おれだって、たまには真面目に考えることだってあるさ。たまには。
『だってさ、“ニュータイプ”なんたらなんて、今更だろ』
『……確かにな』
あの出会いの日から、ずっと繋がってんだ。当初こそあれこれ考察してたけど、もう飽きた。
以前、ニュータイプ研究所の資料も見たけど、その頃は目新しいものは無かったし――最近のはどうだろ。なんか新しい研究してるらしいし。
『案外、この先さして珍しいもんじゃなくなるんじゃない?』
『人口に比率すればそう多くは無さそうだがな』
『そうかなー』
存外にポロポロ出てきそう。
『“予言”か?』
『そんなんじゃない。でもさ、“ノイズ”にも強弱があるし、もしかしたら、強いやつはそのうちに繋がるのかなって』
例えばミルシュカとか。ほんのときおり、アルテイシアからも。
『僕には聴こえない』
そっか。
でも、お前もまだ未知数だし。
『どのみち、おれに聴こえればお前も聴くだろ』
おれは、なんだかお前の“サブシス”みたいだね。
ぼやけば“意識”が笑いを拾う。
せいぜい働け、なんてさ。なんという暴君だ。
窓のない部屋の中。
時計も無いから、昼夜を図る手段は1日に2回出される食事――パンとほとんど具材の無いスープ。毎回同じメニューの上に、味付けされてねぇわ。
味気ないじゃなくて、味がない。素材の味だけ。
塩ひとつまみくらいは入ってんのかな? ……ねぇな。塩不足の症状出そう。
そんな食事も、微妙に時間がズラされてる。拘束されてる体感時間が延びるようにね。
味が無いのもその一環だろう。刺激が少ないと、人間の脳は鈍化するから。
眠たくなったらベッドで眠って、体が鈍らないようにトレーニングして。
小さいけどわざわざ用意してくれたらしいバスタブで温いシャワーを被って。
“口から出る言葉”はない。ただ息をしてるだけ。
この単調な日々が“罰”だというのなら、きっとそうなんだろう。
何もすることがないということは、人の心を容易く倦ませる――これで“お喋り”する相手もいなかったら、この後で来るだろう審問にさえペラペラ答えそうだよね。
この辺りは誰の差配なんだろう。
“ギレン”なら部屋を分けたっておれたちが意志を通じ合わせられるって分かってるから、別の人間が手配してるんだ。
もちろん、ドズル兄貴でもない。
相手を弱らせてから叩くのが尋問の常套手段だけど、それにしたって性格悪いよね。
精神病んだらどうしてくれんの――病まないけど。
そして、キャスバルはおれよりはマシな待遇を受けているらしい。
1日2食ではあるけど、味付けもされてるし、毎食メニューも違うって。
良かったな。
でも、退屈だけはどうにもならんらしいからさ。
『……キャスバル、どう?』
『これが地球の“海”か。悪くないな』
“記憶”の共有によるヴァカンスもどき――リゾート地に行っといて良かったかも。
青い空、白い雲、青くて壮大な海原には瀟洒な船影。
割と気に入ってた桟橋――ララァと出会ったところだね――に、キャスバルをご招待、なんてね。
『落ち着いたら一緒に行こうか?』
『そうだな。どうせアムロ達も連れて行くんだろう?』
そりゃね。
海を――あの光景を見たら、みんなポカンと口を開けて、それから大騒ぎをするんだろう。
海水のしょっぱさに悲鳴を上げるかも。
想像するだけで笑いが込み上げそうになるけどさ、ここは敢えて能面をキープ。
弱った様子を出しとかないと、いつまでたっても留め置かれてそうな気がしてきたから。
ベッドの上で膝を抱えてジッとしてる。
ここ数食、パンは口にせず、スープも徐々に残す量を多くしておいた。
ちなみに今日の分は、ほぼ手付かずだ。
水だけチャレンジ再びである。せっかく戻した体重がまた削られるじゃねぇのさ。
ここ出たら覚えとけよ、誰だか知らんがサディストめ。
無言で――会話は赦されてない――トレーを片付けていく監視員が、気遣わしげな視線を向けてきたのに、儚げにつくった微笑みを、うすーく貼り付けてみた。
会釈。それと、唇の動きだけで「ごめんなさい」と。
毎度、無視を決めこまれてても、小さなアクションはずっと続けてる。一方的でもrelationshipってのは築けるんだよ。
監視員ったら、物凄く心苦しそうな顔して下がっていった。
罪悪感ケージだいぶ溜まってるね。
んんん。「連れて逃げて」なんてお願いしたら、そろそろ叶えてくれそうなレベルかな。やるつもりはないけど。
傍目には、そうとう参ってるように見えるだろう。
監視対象とは言え、これは“嫌がらせ”の範囲を超えた“虐待”だ。
人間ってさぁ、予想を超えて相手が哀れだと、それ以上責める気にならなかったり、応援しちゃったりすることがあるだろ?
世に言う“判官贔屓”とか、“アンダードック効果”。
ついでに、今回の“士官候補生暴発事件”は、世間的には“有り”だ。
ムンゾ軍や政府の上の方としては、絶対に喜んじゃ駄目な事件だけど、下の方からはむしろ絶賛。
その点から言ってもアナウンスメント効果は抜群だ。
そのトップを二人ともに拘束、かつひとりが“不当な扱い”を受けてるんだ。
このヘイトがどこに溜まるかなんて、火を見るより明らかだろ。
よしんば揉み消そうとしたって、“配下”が口を噤んでくれるかね?
――さて、と。
ここに入れられてから7日目――相手が意図してるだろう体感時間では8日かな――そろそろ動きがあって良い頃じゃないの?
皆の事情聴取もおおよそ出揃ってるだろうし。
――倒れる前にここから出せよな。
こんくらべも佳境ってとこか。
遅くともあと数日――と、言うことで更に3日後。体感時間としてはもうちょいプラス。
『おや。どうやらお呼びがかかったようだ』
キャスバルの方で動きがあった。
ようやくかって気持ちと同時に、凄いトゲトゲが噴出してる――オイ、落ち着け。
『キャスバルー、ほどほどになー、お前が暴れると、おれの拘束が延びるんだからなー』
一応、そう伝えてみたけどさ。
『文句のひとつくらい言ってやっても構わないだろう?』
『そりゃね。だけど、これも理由あってのことだし』
『……君のこの待遇もか?』
『おれ?』
――お前、おれのこの扱いに怒ってんの?
『…………なんか照れる』
『そうくるのか』
めちゃくちゃ呆れられてる気配だけどさぁ。
だって、心配してくれてるってコトじゃないか、それ。
最近、デレ成分多くないか。
『君は僕の“サブシステム”なんだろう? 正常に動かないと困る』
『……そっちかい』
ため息が。
まぁ、なんにしても程々にな。お前、時たま激烈だから心配なんだよ。
キャスバルが監禁場所から出されて。
そして、シャワーからは水しか出なくなった。
――どういうことだ!??
内心の激クレームには、当然、沈黙しか返ってこない。
最後の楽しみまで奪われて、ぶるぶる震えてるのは、寒さ半分、怒り半分。
おのれサディストめ。誰だか知らんけど、貴様だけは絶対に赦さないからな!
シーツに包まりながら、殲滅の為の100のプランの作成に専念する。
早く出してよ。
実践する日を心待ちにしてるからさ。