聞いた瞬間、やったな、と思った。
そして、詳細を続報で聞いて、愕然とした。
――跡かたもなくなるくらい爆破しろ、とは云っていない!!
実際、ガーディアンバンチの連邦駐屯地は、酷い有様のようだった。
武器庫の爆破は原作と同じだが、その上中枢部の建物に至るまでが、まともに建っているものがないと云う状態なのだ。
それを、わずか一晩、否、数時間のうちに、数で劣る士官学校生たちが成し遂げようとは。
――絶対に褒めるわけにはいかないが……
軍人の卵としては、称賛に値するものではあった――決して褒めるわけにはいかないが。
建物だけでなく、人的被害も甚大だ。連邦軍兵士や士官、それに士官学校生サイドにもかなりの数の死傷者があると云う。
そのためにか、ルウムに出発した増派の兵士たちが、慌ててとって返してきたのだと云うから、対ルウム増派についても一定の成果は上がったわけではあるが、それにしても。
「“ガルマ”め!!」
机を叩いて、思わず怒鳴る。
これが“暁の蜂起”であったのはわかる、が、いかにもこれはやり過ぎだ。つまりはオーバーキルと云うものである。
「ドズルは何をやっていた!!」
もちろん、わかっている。ゼナ・ミアに自室で足留めされていたのだろう。それはわかる。
が、いくら何でも連邦駐屯地が爆発すれば、その衝撃は士官学校にも伝わったはずである。そうなった後、あの“弟”は一体何をやっていたのか!
あまりに炸裂しているためか、報告にきたタチとデラーズ、それに臨時秘書のシロッコまでが、数歩後退ったようだった。
「か、閣下、その、ドズル閣下にもいろいろとご事情が……」
タチが云うが、
「そんなことはわかっている!」
こちらとても、ゼナ・ミアとの仲を裂きたいわけではないし、“暁の蜂起”そのものを批難しているわけでもない。
ただ、あまりにも、
「あまりにも酷いだろうこれは!!」
よくわかった。
おそらくこれは、“ガルマ”のみならず、士官学校生全体、そして何よりキャスバルか暴走した結果なのだ。
無論、“ガルマ”単独でもできない業ではないが、それにしても被害が大きすぎる。これは、卒業後にキャスバルを“ガルマ”と一緒にしておくことはできない。迷っていたが、はっきりわかった。あの二人は、別々の部署に配属すべきなのだ!
「閣下、ドズル閣下は、ガルマ様を迎えに出られたとのことで――」
「迎えに出ただと!?」
睨みつけると、デラーズも震え上がった顔になった。
「私に報告も何もせずにか! 懲戒処分ものだぞ!」
ただでさえ、ゼナ・ミアに足留めされ、生徒の管理を怠っているのだ。この上さらなる懲戒処分となれば、譴責や減俸では済まず、降格もあり得るのだ。それなのに。
――いや、もう確実に、学校長は馘だ!
どうせ、原作でもそうだったのだから、構うまい。云い渡すのが、“父”から自分に変わっただけだ。
甘い甘いと思っていたが、これでは軍内部にも示しがつかぬ。
「降格処分にしないだけ、ありがたいと思えよ……」
低く笑うと、タチがひぃと声を上げた。
「か、閣下、そのドズル閣下から、通信が……」
シロッコが、やや震える声で云ってきた。
「……繋げ」
そして、繋がった瞬間、
〈兄貴! ガルマがやったぞ!!〉
その歓喜の声に、ぶつりと切れた。
「ドズル貴様! これがどう云う事態かわかっているのか!!」
画面の向こうで、“弟”は首を傾げた。
〈どうって……連邦軍のルウム増派を止めたんだろう〉
「馬鹿が!!」
なるほど、これだから“父”が強くあたるわけだ――武人としてまっすぐなのは美点だが、それでこの世界を乗り切れると思ったら大間違いだ。
「お前が“ガルマ”を止められぬ、よんどころない事情があったとしても、あれのこの所業を喜ぶとはどういうことだ! 学校長としての責任はどうした!!」
〈あ、う……〉
もごもごと何やら云い訳したそうだが、そうはさせるものか。
「とりあえず、お前は今期で学校長の任を解く。それまでに、今回の経緯について、きちんと精査し、報告せよ。私だけでなく、連邦をも納得させねばならんのだ、内部調査の、名ばかりのもので済むと思うなよ」
これだけの騒ぎである、連邦からも誰かしら――まさかレビルではあるまい――が出てくることになるだろう。端から疑ってかかっている相手に、つけこむ隙を与えるようなものであっては困るのだ。ただでさえ、突っこみどころなど満載であるのだから。
ドズルは青くなり、赤くなり、また青くなって、ごくりと喉を上下させた。
〈わ、わかった〉
「参加した生徒たちの処分も、追って定める。とりあえず、全員寮の自室で謹慎させろ。“ガルマ”とキャスバルは、別々に謹慎だ。絶対に外には出させるなよ」
〈お、おう〉
「負傷者の収容は」
〈進めている〉
「では、健在なものの仮の駐屯施設は。建物はすべて全半壊で、まともに司令部の機能を果たせるものはないそうではないか」
〈それについては、残ったものたちが、野営用のテントを張っている〉
「だが、いつまでもそれではどうにもなるまい。爆破跡は、現場検証の必要があるから手はつけられんが、空いている場所に、仮設の建物を急ぎ作らせろ。その後さらに傷病者が増えてはかなわん」
〈わかった〉
「わかったら、さっさと行け! 私は今、猛烈に機嫌が悪い。お前がきちんと仕事をしないなら、降格もあり得ると云うことを、肝に銘じておけよ」
ドズルは慌てたように背筋を伸ばし、敬礼してきた。
〈はッ!!〉
それに返礼もせず、通信を切る。
次はサスロだ。
「……サスロ」
〈ギレン! ガルマがやった、な……?〉
こちらの形相に、歓喜の声が尻すぼみになった。
「何が“やった”のだ」
〈い、いやッ、……大変なことになったな?〉
こちらの様子で、態度を変えられる、その観察眼と判断能力は流石だが、今はそれを求めているわけではない――もちろん、ドズルのようにそれを持たないよりは、持っていた方がましではあるが。
「まったくだ」
吐き捨てると、恐る恐るで問いがくる。
〈その、俺に何か用があるんだろう?〉
「あぁ。ガーディアンバンチの連邦軍駐屯地が吹っ飛んだ。全半壊した建物の撤去、及び再建、それから死傷者への補償が必要になるだろう。概算で構わん、試算して、その額を捻出する方法を考えておけ」
〈補償!?〉
するのか、と云うが、今回に関しては、こちらに全面的に非があるのだ。当然捩じこまれるだろうし、それを回避する術もない。
ルウムで全面戦争、よりはかからないだろうが、事後処理のための交渉では、難しい局面も多々あるだろう。
「こちらに非がある以上、出さぬ訳にはいくまい?」
なに、開戦するよりはましだろう、と云うと、サスロはやや寂しくなりつつある髪を掻き回した。
〈ルウム増派の件を云って、何とか減額できないのか〉
「無理だな。増派して、それがキシリアたちとやり合っていれば、話は別だが」
そもそも増派そのものが、ムンゾからはできなくなっているのだ。
多分、この騒ぎで、他サイドからの増派も中止、あるいは延期になった可能性はある。
まぁ、コロニー最大の軍事力を誇るムンゾに、当然最大の駐屯地がある――秘密工場があるサイド7はのぞく――のだろうから、点在する駐屯地から人員を出すにしても、きちんとした 大きな部隊にして統制を取る、のは難しいように思われる。それ故に、中止になる公算は高そうだとは思う。
〈……あれだけの面積だ、建て直しとなれば、相当な額だぞ〉
「それに、人的被害に対する補償もな。“ガルマ”とキャスバルめ、必要以上の大暴れをしてくれたな」
めら、となるのに、サスロは慌てた顔になった。
〈いや、それだけとは限らんだろう〉
「いいや、間違いなくあの二人だ。――卒業後は、あの二人は一緒にしておくかと思っていたが、気が変わった。それに、今の状況では、“ガルマ”はこのまま士官で入隊、と云うわけにはいかんだろう」
地球の時と云い今回と云い、他が許しても、ゴップ――そして、恐らくはレビルも――が許すまい。
〈ギレン、まさかと思うが――〉
「これに関しては、お前に口は挟ませんぞ、サスロ。もちろん“父上”にもな」
そう釘は刺しておく。
“ガルマ”に甘い“父”は何か云ってくるかも知れないが、軍の統括はこちらの仕事だ。余計な口など挟ませてたまるものか。
「試算を急げよ。連邦は、激怒してやってくるぞ」
どのクラスの人間が交渉の席につくことになるかはわからないが、今回のムンゾ側の人間は、自分とサスロで決定だ。“ガルマ”に甘い“父”やドズル、キシリアを、そんなところに出せるものではない。
〈……父上には、説明しておいてくれよ……〉
そう云って、サスロは通信を切った。
“父”。“父”か。
今通信を入れたとしたら、デギン・ソド・ザビは、首相かそれとも父親か、どちらの顔で応じるのだろうか。
考えながら通信を入れると、
〈ギレン! ガルマはどうなった!!〉
残念なから、父親の方だった。
やはり事件の一報は受けていたようで、早い時間にも拘らず、きちんとした格好である。
それは良い、が。
「……耄碌なされたか、“父上”」
思わず、そんな言葉が口を突く。
「ムンゾ自治共和国首相として、今なさねばならぬのは、息子の心配ではなく、全体的な被害と、それが今後にどのような影響を与えるかでございましょう。……それもせずに、ただ“ガルマ”の身を案じるのみならば、速やかに政界を引退なさり、ゆるりと余生をお過ごしになるが宜しい」
〈ギレン!〉
「連邦駐屯地の建物はほぼすべてが全半壊、死者も多数であると聞いております。いくら士官学校生の独断による犯行とは云え、連邦からは強く処断を求められるは必定。――そのご様子では、“父上”に連邦との交渉をお任せすることはできませんな。今回のことに関しては、すべて私に一任して戴く」
〈……まさか、ガルマを連邦に引き渡すと云うのではあるまいな〉
“父”の握りしめた拳が、わなわなと震えていた。
「まさか」
連邦、特にゴップなど、頼まれてもお断りだと云うだろう。
「それは致しませんし、恐らくあちらからも断られるでしょう。しかし、少なくとも、このまま“ガルマ”を士官として軍に入れることはできません。あれは、卒業と同時に除隊させます」
〈除隊させて、ほとぼりが冷めたら再任官かか〉
「いいえ、一兵卒として入隊させます。流石に二等兵とは参りませんから、一等兵で」
訓練は受けておりますからな、と云うと、“父”の額に青筋が浮いた。
〈ギレン! お前はそこまでガルマを疎むか!!〉
「本当に耄碌なさいましたな、“父上”」
冷ややかにそう返す。
「今回の事件の主犯であるあれを、そのまま士官にすることなどできるはずもない。ドズルに責任を取らせ、今期で学校長の任を解くにしても、それであちらの気が済むとは思われません。となれば、わかり易く“ガルマ”を無役で除隊させ、間をおいて一兵卒として入隊させるより他ないのです」
ザビ家が、愛し子をそこまで処断したならば、多少は連邦側の溜飲も下がるだろう。
まぁ、主戦派にとってはぬる過ぎる処遇と云うことにもなるだろうが、さりとてこれで即開戦、と云うには、いろいろとあちらの落度もあり過ぎる。
このあたりが妥当な落としどころであると、割合に了解し易いラインであると思うのだが。
「仮に連邦が“ガルマ”を引き渡せと云ったとしても、正直恐ろしくて、とてもやる気にはなれません――先だっての騒動の二の舞になります。あちらの上層部とて、それはわかっているはずでしょう。ならば、“ガルマ”の地球行きはない。であれば、せめてこちらも、誠意は見せねばなりません」
〈……それが、ガルマの除隊と、兵卒としての再招集だと云うのか〉
「わかり易いでしょう」
それくらいしなくては、連邦側の気は晴れぬと云うことだ。
「今回の件が片づかぬうちは、ルウムでの暴動鎮圧に関するあれこれも、話し合いの俎上に載せることすらできんでしょう。それを、“ガルマ”の士官の身分を剥奪するだけで果たせるのなら、躊躇うことなどあり得ましょうか」
位階など、後でどうにでもやりようはあります、と云うと、“父”は、諦めたように頷いた。
〈……わかった……今回の件については、全面的にお前に任せる……〉
「承りました」
さて、“父”を黙らせたので、あとは連邦側が誰を出してくるかにかかっている。
ゴップはあり得ないだろうが、そもそものムンゾ担当であったのはジーン・コリニーで、あの男は既にこの世に亡い。その後釜は一体誰になるのだろう。
にんまりと笑うと、“父”は疲れたように溜息をつき、そのまま通信を切ってしまった。
まぁ、この後でキシリアなどに何やら云うのかも知れないが、自分が云った以上の妙案が出るとも思われなかった。何しろ、被害が甚大過ぎるのだ。
そしてこの後は、
――まずはゴップに怒鳴りこまれるところからか。
それは避けられない。絶対に、確実に。
とりあえず、その時のことを脳内でシミュレーションしつつ、震え上がる部下たちを振り返り、最初の指示を口にした。
ゴップからの苦情――などと云う生易しいものではない――は、その日のうちにやってきた。
〈ギレン・ザビ!!〉
朝方の自分並の炸裂ぶりである。
「はい」
〈貴様、あれほどガルマ・ザビの手綱を締めておけと云ったはずだぞ!!〉
ゴップは、よほど激しているのだろう、いつもの狸ぶりの欠片もない。額には青筋までも浮いている。
――まぁ、そうだろうとも。
こちらとて、絶叫せずにはいられなかったくらいなのだから。
「申し訳ございません。士官学校に復帰した矢先に、こんなことになりまして」
〈計画的犯行か!?〉
「とりあえず、私や上の弟二人は感知しておりませんでした。実際、実行犯はすべて士官学校の生徒であり、かつ三年生が中心だったようです。二年は有志、一年生の参加はありませんでした」
まだ、正式な調査は開始されてはいないが、とりあえず、簡単に聴取したところでは、こんな回答があったのだそうだ。
〈……早いな〉
「まだ全容解明には至っておりませんが。――駐屯部隊の部隊長は、未だ発見されておりません。“ガルマ”たちが本部を脱出する時には、まだ指令室の中だったそうですので、恐らくは……」
瓦礫の中から、遺体として発見されるのではないか。
他にも、棟内にいただろう司令部のものたちは、のきなみ死亡したか、良くて重体、あるいは重傷だろうと思う。
つまり今回の騒動でも、“ガルマ”は、連邦の佐官数人を葬り去ったと云うことだ。
ゴップは唸った。
〈何と恐ろしい小僧だ、ガルマ・ザビ……〉
ゴップにとっては二度目の“惨事”である。それは戦慄もするだろう。
しかし、
「――こうなると、例え生存していたとしても、駐屯部隊の部隊長は交代になりますな。……後任には、どなたを?」
と問うと、渋い顔を返された。
〈今朝の話だぞ。まだ、それどころではない。……士官学校生にやられたと云う不名誉の後始末だ。簡単には決まるまい〉
こう返すのはどうかとは思ったが、
「……お察し致します」
〈ふん、心にもないことを〉
「いえいえ、そのようなことは」
自分がその立場であったなら、やはり面倒極まりないだろうし、今朝の自分以上に荒れ狂っていただろうと思う。
確かに、今回はムンゾ側に非があるが、士官学校生に、正規軍の兵士がなすすべもなく敗れ、本部まで大破させてしまったのだ。
ガーディアンバンチの駐屯部隊の最高責任者が、ジーン・コリニー亡き後、誰に引き継がれたのか知らないが――その人物は、さぞかし泡を食っていることだろう。
「碌なことをしない弟で、申し訳ございません」
〈まったくだ〉
憤然と云われる。
〈ムンゾ、と云うかザビ家は、大変な怪物を飼っているな。それを飼い慣らすお前も、実は怪物なのではないか?〉
「ニーチェですか」
『善悪の彼岸』の有名な一節――“お前が深淵を覗く時、深淵もまたお前を覗きこんでいるのだ”と云う。まぁ、かなり文言は違うようではあるが。
〈似たようなものだろう〉
「あれはともかくとして、私自身は怪物であるべきだと思っておりますよ」
マクシミリアン・ロベスピエールがそうであったような、意志の怪物であれかしと。
そうでなければ、国家などと云う、戦争などと云う非-人間的なものに己を捧げることなどできぬではないか。
「以前にも申し上げましたが、民を導くなどと云うからには、それくらいの気概は必要でしょう。情に足許を掬われるようでは、そんな資格などない」
まして、これから戦争にムンゾを導き入れようと云うのだ。人情がどうのと云う甘い覚悟では、舵取りを誤ることにもなりかねない。わずかの人間を惜しむあまり、その数千、数万倍の人間が失われるようなことは、あってはならぬのだ。
〈――ブレックス・フォーラが、お前のことを危ういほど清廉だと云っていたぞ〉
「ほう」
そう云われるような態度など、ブレックス准将に取った憶えはないのだが。
〈なにを云うかと思ったが――今となってはわからぬでもないな。お前は、あまりにも禁欲的に過ぎる〉
「そう評されるほどのことは、何もないはずですが」
“昔”に較べれば、十二分にゆるゆるとやっている。ブレックス・フォーラが“清廉”などと云うのも、少なくとも敵対者が身の危険を覚えるほどではないはずなのだ。ある種の警察官僚的だと云われれば、そこは否定し難いところはあるのだが――少なくとも、汚職だの不正だのを責め立てて、相手を失脚させたりする意図はない。
が、
――まぁ、脛に傷持つ輩には、枯尾花も幽霊と見えるか……
疑心暗鬼になったものが、やられる前にと攻撃してくるのは、あの時だけではなかったのだから。
「――まぁ、せいぜい気をつけると致しますよ」
大事の前に、些事に足許を掬われぬように。
〈そうするが良いな。元々、ザビ家は敵も多かろう。私としても、せっかくの交渉可能な相手を、むざむざと失いたくはない〉
「おや、私は“父”より組し易いとおっしゃいますか」
〈話してわかる人間は稀少だと云うことだな〉
「それはそれは」
そう認識してもらえるのは、ありがたいと云うべきか。
〈ともあれ、駐屯部隊長の後任は、近日中には決まる。恐らくは、それがムンゾとの交渉役も兼ねることになるだろう。……生半可なものには任せられん、お前にとっても手強い相手になるはずだ〉
「心致します」
それはそうだろう。
駐屯地が爆破され、幹部がのきなみ死亡となれば、交渉も厳しいものになるはずだ。それを担う連邦側の代表も、下手をすれば将官が出てくる可能性もある。まぁ、流石にゴップやレビルと云うことはあり得まいが。
〈――とりあえず、あの弟を、二度と地球には寄越さんことだな。これ以上、好き勝手させるなよ〉
「もちろんです。連邦の他の方々も、それをおわかり戴けると宜しいのですが」
〈お前の弟の怪物ぶりを、わかる人間ばかりではないと云うことだ〉
「確かに」
一番親しいはずの家族ですら、きちんとわかっているわけてはないのだから、他処の人間はなおのことだ。
〈――ふん〉
鼻先で笑って、ゴップは通信を切った。
さて、予告までしてもらったからには、こちらも対策を取らねばなるまい。
とりあえず、今ドズルがやっている調査の面子に、監査の人間をさらに追加するようにしよう。
「――ノーマン・モーブスを呼べ」
シロッコに云うと、慌てて名簿を検索するので、
「監査局だ」
と云ってやる。
ややあって、当の男が姿を現した。ひょろりとして見える、事務官に多い体型の男である。
「お呼びと伺いました、ギレン総帥」
「ノーマン・モーブス中尉、ミッションだ。ガーディアンバンチに赴き、現在ドズル・ザビ中将が行っている、士官学校生暴発事件の検証に加われ」
そう云うと、男は、眼鏡の奥の細い緑の目を、ほんのわずか見開いた。
「は、例の、ガルマ様の関わったと云うあれですか」
「そうだ。連邦駐屯部隊の長が、ほぼ絶望的だと云うのは、貴官も承知していると思うが――その後任が、どうやら将官クラスになる可能性がある。事後処理も兼ねての着任となるらしい」
「は」
と、今度はやや啞然とした声だ。
まぁそうだろう、確かにムンゾの駐屯地は重要拠点に違いあるまいが、その長として着任するのは、大佐までの佐官が普通である。そこに将官、となれば、勘繰りを通り越して困惑せざるを得ないだろう。
「それは……随分な人事でございますな」
「まぁ、“ガルマ”絡みで佐官が失われるのは、これで二度目だからな。向こうも流石に問題視しているのだろう。もっとも、事後処理が終わり、本当の後任が決まれば、佐官になるのだろうが。――それで、だ」
ノーマン中尉に向き直る。金髪をきっちりと撫でつけた男は、いかにも監査局の人間らしく、表情の薄い顔でこちらを見返してくる。
「ノーマン・モーブス中尉、貴官は、検証部会の検証を、さらにチェックせよ。報告書を見た連邦側から、何だかんだ捩じこまれることのないようにしてもらいたいのだ」
「は」
「特に、“シャア・アズナブル”、そして“ガルマ・ザビ”の聴取を念入りにな。どうせ、あのあたりが主犯だ」
「――弟君でいらっしゃるのでは?」
「あれは魔物だ。あるいは邪神でも良いが」
そう返すと、何とも云い難いまなざしが返ってくる。
「あれの外面に騙されるな。憐れっぽい顔を見せても、それに籠絡されるな。――報告書は、すべてが真実である必要はないが、連邦側の納得しやすいように仕上げてくれ。意味不明なことは、カットして構わん」
「は……」
“意味不明”の意味がわからない、と云う顔だが、こと“ガルマ”に関しては、いろいろ通常の人間の想像の範疇を超えたところがある。はじめに云っておいて、混乱を早目に収束させてやるべきだ――混乱は、どうあってもするのだろうし。
「つまりは、ザビ家云々は気にするなと云うことだ。貴官の職務を存分に果たせ。私からは以上だ」
「は、ノーマン・モーブス、しかと承りました!」
かちりと踵を合わせ、敬礼する。
そうして、男はきびきびとした足取りで部屋を出ていった。
その後ろ姿を、シロッコが、少し口を開けて見送る。
「有能そうな方ですね」
「アースノイドだがな」
「は!?」
激しく振り返るのに、軽く手を振ってやる。
「タチが捕まえてきたのだ。ネズミ、つまりはスパイだな。……ムンゾに寝返ると誓ったので、軍に入れたのだ。有能なので、監査局中尉にまで昇進したが――本当に“紐”が切れているのかはわからん。つまり、今回の監査は、あの男自身を試すものでもあると云うことだ」
裏切ったものは、容易くまた裏切る、と云うと、シロッコは何とも云い難い顔で眉を下げた。
「軍と云うのは、恐ろしいところですね……」
「軍だけではないぞ。――だが、それ故に、有能であれば成り上がりでも出世できる。ネズミでも、巧く使えばこちらの利になる。実際あの男は、監査局に入ってから、幾つかの不正を摘発した。それで、元スパイながら、中尉にまで出世できたのだ」
「巧く使われたのですね」
「そうだ」
「つまりこれは、馬鹿し合いのようなものですか」
「そうとも云うな」
お前には勧めはしないが、とおいてから云う。
「実力を見せつけるのは、確かに軍では出世するひとつの手段ではあると思う。但し、その後の妬みやっかみは酷いものになるだろう。足許を掬おうと云う輩も増えるだろうな。その点、まわりを懐柔すれば、少なくとも敵を減らすことはできる。ただ、進みは遅くなりがちだが」
「一長一短あり、と云うことですか」
「そうだ。しかし、個人的には、やはり地固めをしていく方が良いとは思う」
「何故です?」
「お前を引き受ける時にも云っただろう、敵は、後から排除するより、はじめから作らない方が楽なのだと。どうしても敵対せざるを得ない相手は必ずある、その他に、闇雲に敵を作るようなことになれば、こちらが徒に苦労することにもなりかねん。だから、はじめの敵は作らぬ方が良いと思うのだ」
まぁ、違う意見があるのは承知してはいるが、と云うと、シロッコは思案顔になった。
「まぁ、よく悩め」
この少年にとっては、どちらも平坦な道には思われないだろうから。
だが、いずれ、何年も経った後に、今の選択の結果がくる。その時に、今の選択を後悔しないか、あるいは臍を噛むかは、いまの少年次第になるのだ。
そう云うと、シロッコはまた微妙な表情で、しかしこくりと頷いてきた。
ガーディアンバンチ駐屯部隊長の後任は、ワッケインになった。
原作でルナツーの司令だった男は、TVで見たとおりの顔でやってきた。
どうも、准将になったばかりであるが故に、貧乏くじを引かされたらしい。
まぁ、面倒な交渉役も兼ねた人事である、来たがったのはレビルくらいだろうが、流石に大将、しかも軍総司令になろうかと云う人間を、駐屯地ごときの長に据えたりはできるまい。
まぁ、割合官僚的だと云う男が相手で良かったか、とは思わぬでもない。変に目端のきくタイプでは、レビルの意を汲んで、交渉決裂、からの開戦へ、筋道をつけかねないと思うからだ。つまり、悪い意味での忖度と云うものである。
ワッケインは、随行なのか副官なのか、数名の佐官を連れて、交渉の席についた。
「連邦駐屯軍の部隊長を仮に務めることになった、ワッケインだ。宜しく頼む」
「――ムンゾ国軍総帥、ギレン・ザビだ」
こちらの面子はサスロ、マ・クベ、書紀官とサスロの副官――無論、文官――、それにデラーズである。
ワッケインのやや尊大なもの云いに、マ・クベは薄く笑い、デラーズは目を剥いた。が、まぁ連邦の人間など、そんなものだろう。あるいは、昇進したばかりで、舐められぬよう肩肘張ったのが、度が過ぎてこのようなもの云いになったのかも知れないが。
――尊大な態度は、己の器の小ささのあらわれなのだがな……
“実るほど頭を垂れる稲穂かな”などと云う言葉もある。まぁ、あまり腰が低くとも舐められるだけだが、あまりに尊大では、お里が知れるというものである。
つい、ちくりと云ってやりたくなるではないか。
「なるほど、貴官が貧乏くじを引かされたと云うことか。わざわざムンゾまで、ご苦労なことだ」
本来なら、准将がムンゾ駐屯軍などに赴任することもなかっただろうに、と嗤うと、副官らしき男が色めき立った。
「ッ、誰のせいだと!」
「私の“弟”のせいですな、もちろん」
だが、と続けてやる。
「そもそもは、ルウムで連邦が市民に発砲せず、またそれによって起きたデモに対して増派するなどと発表しなければ、今回の事件はなかったのでは?」
「……連邦に非があると云うのか」
ワッケインの、薄い色の瞳が睨めつけてきた。
「ルウムには、“妹”キシリアが行っている。仲の良い“姉”が危ないかも知れない時に、暢気にしているようなものは、ザビ家にはない」
「……ザビ家か」
男は、鼻先で笑った。
「たかがスペースノイドの家系が、偉そうに云う。自治共和国の首相ごときで、何を偉そうに」
「そう云う貴官は、レビル将軍の使い走りか何かかね」
「何を!」
副官が云って立ち上がる。その手が、腰のホルスターに伸びる。
途端に、デラーズが、下げていたサーベルをわずかに抜いた。
「――着座されよ」
低い声。
デラーズとその男では、体格がまったく異なっている。恐らく、男が正確に照準を定めるよりも、デラーズがその腕を斬る方が速いだろう。
「……無礼な!」
男は、着座しつつも憤然と云ったが、その声はかすかに震えていた。
「さて、無礼はどちらか」
ゆっくりと指を組んで、云う。
「いかな自治共和国とは云え、一軍の総帥に対しては、多少の敬意は払って戴きたいものだな。――その流儀は、レビル将軍直伝か?」
と、ワッケインの顔が歪んだ。さて、これは肯定か、あるいは?
「――ともかく!」
苛立たしげに、男は云った。
「レビル将軍からの厳命だ。ガルマ・ザビは、こちらに引き渡してもらおう」
「おや、ゴップ将軍からは、あれを絶対に地球に降ろさせるな、と云われているが?」
お聞きにならなかったかね、と云うと、一同は顔を引きつらせた。
「何故、そのような……」
呻くような声。
「さて、連邦内でいろいろあるが故に、直接こちらに云われたのではないかね。私としても、ゴップ将軍と同じ危惧を抱いているのでな、“ガルマ”の引き渡しは致しかねる」
「危惧とは何だ」
「もちろん、これ以上の連邦軍将校の頭数減となるのではないか、と云う危惧だ」
「馬鹿な……」
「馬鹿かね? だが、あれが徒手空拳で地球に降りてから、一体何人の将官、佐官、尉官が軍から失われた?」
問えば、男たちは強く顔を歪めた。
「名が上がっているだけでも、将官三人、佐官が二人だ。尉官や下士官まで含めれば、死傷者や処分されたものはもっと大勢あるだろう。――それを、“ガルマ”はたったひとりでやってのけたのだ」
隣りで、サスロが小さく身を震わせたのがわかった。この“弟”も、今更ながらに“末弟”の恐ろしさに思い至ったようだ。
サスロの副官は、今ひとつ了承しかねる様子で首を捻っている。
マ・クベは薄笑い、デラーズはと云えば、相変わらずの無言である。
まぁ、こちらはそんなものだろう。
「貴官は、先だっての騒動を、地球でもう一度再現したいと云うのか?」
「……同じことが起こるとは限るまい」
「ほう?」
本気で云っているのならば、随分と楽観的だと思う――いっそ、能天気とでも云うべきか。
「ジーン・コリニー中将のことを思い返してみるがいい。中将殿は、対ムンゾ強硬派であり、またアースノイド至上主義者であったとも聞いている。その人物が“ガルマ”に誑かされたからこそ、ジョン・コーウェン中将やバスク・オム少佐は、あの事件を引き起こしたのだろう?」
そして、対ムンゾ強硬派の双璧であったグリーン・ワイアットすらが取りこまれたからこそ。
「同じことが、また起こりうると?」
「起こらぬと云えるかね?」
強硬派二人を取りこんだのだ、そこまでではない人間を籠絡することなど“ガルマ”には容易いだろう。今現在も、恐らくは調査委員会のものや監査局の人間を、どう誑しこもうかと画策している可能性は高いのだ。
――ノーマン・モーブスは、巧くやっているだろうか。
送りこんだ監査局の男を思い浮かべる。
取りこまれていないことを祈ってはいるが、残念ながら“ガルマ”は組し易い相手ではない。
さて、“ガルマ”に取りこまれるか、無事ミッションを完了するか、あるいは、
――ネズミの尻尾を出すか。
何しろ、今ここには、駐屯部隊の仮の長であり、また連邦の交渉役でもあるワッケインがいる。調査結果を持ってきたの何のと云えば、あの男がワッケインに直接会うこともできるはずだ。
裏切ったものは、容易くまた裏切る。ならば、あの男が裏切る可能性はかなり高いと云えるだろう。
――そのあたりもしっかり見せてもらうとしようか。
裏切ったなら裏切ったで、ひとりネズミが消えるだけだ。どうせ、軍の中枢に関わる機密は、あの男には開示されていないのだし。
ワッケインは、歯噛みしていた。
しかし、どうしたところで、レビルとゴップの間で板挟み、と云う状況が変わるわけではない。
「……わかった、とりあえず、地球へ連行することは諦めよう」
長い逡巡の後、深く溜息をついて、ワッケインは云った。
「ゴップ将軍が、こちらにまで根回しして止めたいものを、私の一存でどうこうするわけにもいかんだろうからな。――その代わり、直接の尋問はできるのだろうな?」
「止めた方が」
思わず云うと、怪訝な顔が返ってきた。
「何故だ。尋問すら許さないとは、主犯を庇い立てするつもりか」
「いや……何と云うべきか」
ストレートに云うか、取りこまれる可能性を考えているのだと。
と、マ・クベが薄く笑った。
「率直におっしゃれば宜しいではありませんか。ガルマ様は誘惑者であるので、貴官が取りこまれはしないかと案じている、と」
「……マ・クベ中将」
サスロが渋い顔をする。
「サスロ殿がどうお思いかは存じませぬが、閣下のご懸念は、そのようなことでございましょう」
「……まぁ、確かに」
確かに、そのとおりではあるのだが。
「私が、取りこまれる?」
ワッケインは、異なことを聞いた、とでも云いたげに、半笑いになった。
「そのようなことがあり得ると、本気で考えているのか? 笑止だな」
「ジーン・コリニー中将殿も、はじめはそのようであったかと思われるがな」
「私は……」
「違う? そう云いながら籠絡されたものを、私は幾たりも見てきている」
その上で、“ガルマ”がやらかした暴挙のほぼすべてが、上に立っていた自分に帰されるところまで。
「気をつけるがいい、あれは魔物のようなものだ。目を合わせることも、言葉を交わすことも、存在を認識することすら慎むべきものだ。――私は警告した。あとは好きにするが良い」
多分、これ以上は云っても無駄なのだろうから。
「そうさせてもらおうか」
苛立たしげに、男の首が振られる。副官たちも、同じような心境なのだろう、馬鹿にしたような笑いを浮かべている。
「知らぬとは、哀れなことだ」
マ・クベが云った。
「私も、ガルマ殿と面識があるわけではないが――耳にする評判の半分は、ギレン閣下のお言葉どおりだな。残りの半分と、どちらを信じるかは、貴官ら次第と云うわけだが」
薄い唇を震わせるように話す、その姿を、ワッケインは強く睨みつけた。
「戯言はたくさんだ。私にも、交渉役として、また駐屯部隊長として、事件にまつわるすべてをしっかり検分する義務がある。身内が主犯だからだろうが、余計な口出しは止めてもらおうか」
「……ご随意に」
薄い笑い。
ワッケインは、苛立ちを隠そうともせずに云った。
「ともかく、われわれとしては、まず倒壊した兵舎や武器庫、格納庫、指令棟などの復元に関する費用の全額負担を求める。それから、死傷者への補償もだ。これに関しては、当然の権利だと認識するが、そちらはどうか」
それにはサスロが返答する。
「依存はない。但し、こちらで、建築規模や機材など、必要な資材や工費について、概算で出している。そこを大きく上回るようでは困るな」
「何を云う! 機密もある、ムンゾのものに任せるわけにはいかんのだ!」
「そこも含めての概算だ。こちらの弱みに乗じてふっかけるような真似を、よもや連邦軍ともあろうものがするまいな?」
「ぶ、無礼な!」
副官たちは、拳を震わせたが、やや狼狽えたような態度は、ふっかける気満々だったことを窺わせた。
「それに」
と、サスロは意地の悪い顔になった。
「そこまで云われるのであれば、当然、ルウムにおける連邦軍暴発の補償も、充分にして戴けるのでしょうな?」
ルウム側の申請を無視した挙句、未成年の生命も奪われていると云うのに、まだ交渉の席につくどころの話ではないそうではありませんか、と嗤う。
「己に有利な時ばかりは居丈高に交渉の席につき、そうでない時は無視とは、躯体の大きなところのやることとも思われませんな」
「……もちろん、そちらはそちらで進める予定だ」
サスロの皮肉に、ワッケインは渋い顔で返答する。
“弟”は、ひょいと肩をすくめた。
「そうして戴きたいものですな。ルウムのみならず、ムンゾの兵卒にも負傷者はでているもので」
「今回の犠牲者に較べれば、何ほどでもないではないか!」
「だが、先だったのはルウムの事件だ」
指摘してやると、向こうの副官は黙りこんだ。
「ムンゾの負傷者がどうのと云うよりも、ルウム政府からの要請があったにも拘らず、強引に出動した挙句の事件であることこそが問題だろう。それを思えば、あちらの補償や、現場責任者の処分こそを、先に行うべきではないのか。それもせずに、自らの犠牲ばかりを云い立てるのは、少々見苦しいとは思われんかね」
「ルウムの件に関しては、きちんと補償や処分はする。当然のことだ」
「そのとおりですな。――きちんとなされれば、ではあるが」
ワッケインは無言になった。これまで、連邦が関わった事件で、有耶無耶になったものが多くあったのを思い出したのだろう。
「今までとは違う、コロニーサイドの連邦を見る目は厳しい。そのことを、ゆめお忘れなきように」
ここで連邦が処理を誤れば、第二、第三の騒乱が起こり得るのだと、言外に云う。そして、それによる第二、第三の“暁の蜂起”もまた。
「――もちろんだとも」
歯を食いしばるように云う。
「それは結構」
こちらとしても、無益な騒乱は御免こうむりたいところてぁる。
そうして、男は唇を捻じ曲げるように笑った。
「……とりあえず、現場の検分をさせてもらおうか」
確かに、この交渉も、実務に入るにはまずそこからだろう。
「どうぞご随意に」
マ・クベが口にしたように云ってやると、連邦側は、どこかほっとしたような顔で頷いた。