キシリアから連絡があった。
〈ガルマは、ガルマはどうなっているの、ギレン!〉
ルウムの情勢そっちのけである。
「……お前もか、キシリア」
思わず呟くと、首を傾げられた。
〈何の話?〉
「“父上”がな、あまりにも“ガルマ”の心配しかしないので、今回の連邦との交渉からは外れて戴いたのだ」
〈……あら〉
目を瞬かれる。
〈それはまた、思い切ったことをしたものね。父上は、それで納得なさったの〉
「させた」
端的に答える。
「連邦側の部隊長が絶望視されていると云うのに、ドズルの学校長辞任だけで決着をつけようと云うのだ。駐屯地が吹っ飛んだ状態でだぞ。……親馬鹿にもほどがある」
〈でも、ドズルの辞任以外に、一体何を?〉
「“ガルマ”を無役で除隊にし、しばらくの後に、兵卒で入隊させる」
〈それは……〉
キシリアは絶句した。
「それくらいしなければ、即戦争ともなりかねん。ルウムのこともある、こちらは適度に切り上げて、ルウムとの交渉に入らせたいのだ。当て逃げまがいのことは、御免こうむる」
ガーディアンバンチの件に、連邦はかなり力を入れている。うまくすれば開戦、と考えている輩もあるのかも知れないが、こちらとしては、まだ早い。
交渉決裂からの即開戦、とならぬためにも、妥協できるところは妥協せねばならぬ。“ガルマ”の階級くらいでけりがつけられるのであれば、それを回避することはない。
どうせ、いずれは開戦することになるのである、その時に、どさくさに紛れて階級を上げると云う手もあるし、まぁ順当に出世する可能性もなくはない。
とにかく今は、下手に庇い立てするよりは、代表者として、犠牲の獣に仕立て上げるべきだ――こちらがやらなくとも、いずれ“父”やドズル、このキシリアなどが、どんどん階級を上げてやるに決まっているのだし。
〈……確かに、ルウムでの発砲事件や、デモ隊制圧における犠牲者の補償などには、まったく手がついていないものね……〉
溜息をつく。
「そちらは、まったく動く気配なしか」
〈ないわ。お蔭で、まだ当分帰れなさそうよ。連邦の補償履行を確かめないと――どう踏み倒すつもりだか、知れたものじゃない〉
「部隊も収めんか」
〈駄目ね。それもあって、連邦軍に対するルウム市民の目が厳しいの。しかも、ガーディアンバンチの事件が報じられて、反連邦派が勢いづいてしまって〉
そう云って、キシリアは頬に手をあて、ほうと息をついた。
〈ガルマたちの行動は、ありがたいこともあったけれど――連邦との交渉を考えると、良かったのか悪かったのかわからないわ。とりあえず、私たちが連邦とルウムの仲立ちをすることになるようだけれど……それも、連邦がどのあたりを出してくるかにかかっているわね〉
「こっちは将官がきたぞ。ルウムの被害状況なら、そう云うことはあるまいよ」
〈将官?〉
「ああ、新任の准将らしい。ワッケインと云う男だ」
〈初めて聞く名ね〉
「まぁ、連邦は人が多いからな。こちらのように、将官が大体把握できる、と云うような人数ではないだろう」
まぁ、個人的にはよく知る名ではあるが。
〈……それにしても、将官とはね。よほど警戒されているか、あるいは今回の件をことさらに云い立てたいか、どちらなのかしら〉
「両方だろう」
と云うか、両方それぞれの意見の将軍たちの綱引きの結果が、ワッケインの派遣なのだろうと思う――煽り立てたいレビルと、警戒しているゴップとの。
「まぁ、こちらの進捗によって、ルウムの件が前に進むのであれば、多少の面倒も吝かではないさ。ルウムの片がつけば、お前も通常の軍務に戻れるだろうしな」
〈それには、まだ少し時間がかかりそうだけれどね〉
キシリアは肩をすくめる。
「何故だ。ルウム駐屯部隊の長が、依怙地にでもなっているのか」
〈近いわ。最初の射殺事件を引き合いに出して、自分たちは悪くないと云い出してるの。そこから派生したデモ隊への発砲も、治安維持に必要だったの一点張り。ルウム首相が、事前に武力行使の自粛を申し入れていたことも、知らぬ存ぜぬでとおすつもりのようよ〉
「それは酷いな」
まぁ、武力行使の自粛云々は、過去の報道を見返せば、すぐに嘘だとわかるにしても――それを堂々と口にする神経がわからない。よほど都合の良い頭なのか、それとも。
「連邦軍が全体にコロニーを舐めているのか、あるいはそもそも人材不足でそんな輩しかいないのか、微妙なところだな」
自分と接点のあった連邦軍の人びとは、割合上等な人間だったと云うことか。
それにしても、あまりに凋落甚だしくはないだろうか――もう少しまともな人間がいてくれて良いはずではないか。
そう考えると、ワッケインなどはまだまともな方なのかも知れない。知った顔と名前であっても、エルランやティアンムがくるよりは、交渉などもまともに進みそうではあるのだし。
〈まぁ、あまり長引かせると、さらに反連邦の動きが加速しそうだから、いずれこちらにも、連邦軍本体の方から誰かしらがくることになるのでしょうけれどね〉
だから、ムンゾの方を上手く片づけてほしいものだわ、と云う。
「――まぁ、正直“ガルマ”次第かも知れんな」
〈まぁ、何故?〉
「交渉役のワッケインは、レビルとゴップ、双方からの指示を受けているようでな」
あの二人では、まったく真逆の指示をしただろうことは、想像に難くない。
そのどちらを優先させるかは、ある意味、交渉役であるワッケイン次第なのだ。
と云うことは、“主犯”である“ガルマ”の態度、それによるワッケインの心象如何で、交渉の行方はどのようにも変わっていくと云うことである。
〈まぁ、両極端な命令を出されそうね!〉
「まったくだ」
ともかくも、“ガルマ”の処遇は、そのワッケインの肚ひとつで決まってくると云うことだ。
ムンゾのために、あまり厳しくされるのは困りものだが、あまり生ぬるくても微妙な気持ちにならざるを得ない。複雑なところだった。
「まぁ、“ガルマ”は巧くやるだろう。巧過ぎるほど巧くな。こちらも、それを巧く活用せねばなるまいよ」
〈そこは任せるわ。ガルマが可哀想ではあるけれど――すべてをいちどきに手に入れることはできないわね、仕方のないことだわ〉
「そう思ってくれるとありがたいな」
“父”のように揉めないのは、それだけでありがたいことである。
〈とにかく、そちらの片がつけば、こちらもどうにかなるのよ。なるたけ迅速にして頂戴〉
「あぁ、わかった」
〈頼んだわよ〉
そう云って、キシリアは通信を切った。
「――さて」
そう云って振り返った先には、ノーマン・モーブスがいた。
「私が何を云おうとしているか、わかるか、ノーマン・モーブス中尉」
言葉を投げかけた当の相手は、直立不動の硬い表情で、
「はッ、いえッ、その」
と、語気に似合わぬはっきりしないもの云いで答えてきた。
「“ガルマ”から言葉を引き出すためとは云え、少々やり過ぎたようだな」
そう云うと、震え上がった顔になる。
そう、ノーマン・モーブスは、“ガルマ”から何某かの言葉を引き出そうとして、少々やり過ぎたのだ。食事に乾いたパンと薄いスープのみを与え、最後にはシャワーを水にしたのだとか。
「あれをあまり痛めつけると、悪辣な罠を張ってくるからな。それで、監査局長が、ワッケイン准将に弁明しに行く羽目になっただろう」
そう、よりにもよって“ガルマ”は、取り調べの場にワッケインがきたのを見計らって、ぱたりと倒れてみせたのだそうだ。
謹慎中、途中からは、食事もほとんど口にしていなかったと云うから、かなり計画的な犯行である。“ガルマ”は根本的に軍人であるから、生きるためなら――毒物以外は――何でも食べるのだ。
それがほとんど食べなかったと云うのは、ノーマン・モーブスの非をことさらに云い立てるというか、そう云うことに決まっている。つまりは、まんまと乗せられたと云うことだ。
“ガルマ”に同情したワッケインが捩じこんできたので、監査局長は云い訳に駆り出されることになり、しどろもどろの返答をしたそうだ。
監督責任を取らされて、監査局長は訓告、ノーマン・モーブスは減俸などは免れたものの、戒告処分となり、とりあえず今回の監査からは外されることになった。
「悪辣であると云うのがどう云うことか、良い勉強になっただろう」
と云うと、男はがっくりと肩を落とした。
「……閣下がおっしゃった言葉の意味が、ようやく私にもわかりました」
まぁそうだろうとも――“ガルマ”のにこにこした顔から、あの悪辣さを想定するのは難しい。ただ、ここまで徹底してやる人間は今までいなかった――何と云っても、ザビ家の愛されし末子である――ので、“ガルマ”の方も手加減なしだったのかも知れないが。
「申し訳もございません……」
などと云うモーブスに手を振ってやる。
「まぁ良い。今回は、な。あれがどんなものかは、身に沁みてわかっただろう。次はない。いよいよ励め」
「……ハッ!」
きちっと敬礼をし、ノーマン・モーブスは退室していった。
「……尻尾は出さなかったな」
そう独りごつと、控えていたタチが頷いた。
「多少は疑っていたのですが――何もありませんでしたな。元からないのか、巧く隠しているのか」
「ネズミの可能性は消えたわけではないが――しばらくはおとなしいだろう。当座は放置で良い」
「はい。――ワッケイン准将はどうします? あのままガルマ様と接触させておいて良いんですか」
「させておけ。下手に介入して、余計なことにまで手出しされては敵わん。今回の件は、ノーマン・モーブスの独断でのことだった、で話は収まる」
ある意味では、モーブスがそこまでしたからこそ、今回の件に対するムンゾ国軍の関与の疑いは、かなり薄れることになっただろう。モーブスについては、職務にあまりに熱心だったが故の暴走、でけりがつくだろうから、つまり、あれは純粋に、学生たちの暴発の結果、と云うことで落ち着くことになるだろう。
そうなれば、交渉も多少は楽になるはずだ。
何しろ、ワッケインの疑いの半分ほどは、ムンゾ国軍が、あの“蜂起”を裏で操っていたのではないか、と云うところだったろうことは間違いないことだったので。
とは云え、地球にいる将官たち――特にレビルとゴップにとっては、それはそれで、“ガルマ”の悪魔性を裏づけることにしかなりはしないのだろうが。
まぁ、そのあたりのことは、こちらの知ったことではない。
とにかくこちらとしては、この原作よりも派手な結末を迎えた“暁の蜂起”を軟着陸させ、即開戦と云うルートから遠ざけること、それだけを考えるのみだ。
いくら何でもまだ早い、早過ぎるとしか云いようのない開戦への道を、とりあえずぶった切ってやる、それだけのこと。
ムンゾ内の主戦派は、こちらの態度を弱腰だと云うが、とんでもない、備えもなくして開戦すれば、悲惨なことにしかならないことは、歴史を振り返れば枚挙に遑がない。
やるのならば、充分だと思えるように準備はしておきたい。それであっても、いざはじまってみれば、不足ばかりになるのは明白なことであるのだし。
ともかくも、ワッケインが――残念なことに――“ガルマ”に籠絡されたのであれば、仕方ない。
今回のことに関しては、三年生を無事に、つまりは連邦の制裁なしに卒業させ、早々にそれぞれの配属先へ割り振ってしまうことにしよう。
“ガルマ”と引き離すことになるキャスバルだけが心配だが、いい加減、“ガルマ”離れすべき頃合でもある。それに、さしものガルシア・ロメオも、あの二人を一手に引き受けるのは、荷が重過ぎるのだろうし。
とりあえず、
「――ガルシア・ロメオの麾下に、“ガルマ”の監視要員を予め送りこんでおくように」
と云うと、タチは真面目な顔で、
「心得ておりますとも」
と頷いた。
“ガルマ”の件ではなく、“父”と云い争いになった。
原因は、ララァ・スンである。
「ギレン、最近、預かった少女を自室に連れこんでいるそうではないか」
とは、何たる云いようか。
「誤解もいいところだ。私はただ、話を聞いてやっただけです」
とは云うが、少々案件であることは、もちろん理解はしていた。
ララァ・スンが、割合頻繁に部屋に来る、のは措いたとしても、その時間帯と恰好が拙かったのだ。
そろそろ真夜中にかかりそうな頃合いに、枕を抱えて寝間着でくるのだ。それが数日と間をおかずなので、確かに、いずれ何やら云われるだろうとは思っていた。
が、とにかくララァは寝落ちするまでいる気まんまんであったし、メイド頭を呼ぼうとしても、頑強に首を振るばかりであったのだ。
まぁ、十五にもならない少女と四十過ぎの中年では、話にもならないのでそのままにしていたところはあったのだが――考えてみれば、世間一般で云うなら、確かにこれは、疑いを持たれても仕方のないところではあった。
だがそれにしても! “父”の云うようは、あまりにもあんまりではなかろうか。
「故事に、“李下に冠を正さず、瓜田に履を納れず”と云うではないか! 疑われるようなことはするなと云うことだ!」
「――なるほど」
だが、この分では、あの家にいる限り、ララァは部屋を訪れてきそうな気がする。
「――わかりました。家を出ます」
そう云うと、“父”は眼鏡の奥で目を見開いた。
「何故そうなる!」
「それが、一番簡単な解決方法でしょう」
と云うか、もういろいろ面倒になったのだ。
家にいる限りは、やれ結婚がどうのと云われ続けることになるし、そうでなくとも、ララァ・スンに襲撃されるには違いない。
それならば、どちらも一挙に解決する手段として、あの家を出てしまうのは良いことではないかと思ったのだ。
「単身者用の家など、このズムシティには掃いて捨てるほどあるでしょう。サスロもキシリアも出たのです。私だけがいなくてはならぬと云うこともありますまい」
「あの家はどうする!」
「アルテイシアが、実質女主人のようなものですし、しばらくですが“ガルマ”も、そしてドズルも帰ってくるでしょう。私がおらずとも構いますまい」
そうと決まれば、善は急げだ。
とりあえず、簡単に荷物をまとめる。
部屋が決まるまでぐずぐずしていると、何がどうなるかわからない。どうせ、軍の執務室の隣りが、使っていない控えの間になっているのだ。そこで暫く寝起きしつつ、適当な部屋を契約すれば良い。
軍服とスーツが二着、それに付随するあれやこれやだけ持っていって、後は部屋が決まり次第運ぶことにしよう。
「“父上”、お世話になりました」
大きめのスーツケースに入れるだけ入れて、頭を下げる。
「ギレン!」
“父”か何やら叫んでいるが、知るものか。
タクシーで軍に乗りつけ、そのまま執務室へ。
幸いにもと云ったものか、そもそも控えの間には、仮眠用にソファベッドのようなものを置いていたので、暫くはここで寝起きすれば良い。食事は、士官用でも兵卒用でも、食堂があるのだし。
まぁ、“暁の蜂起”にまつわるあれこれのせいで、実際かなり忙しかったから、これはこれで事務処理のためには良かったのかも知れない。
いつぞやの“昔”など、和室であったからこそできたことだが、仕事中に寝落ちして、目が醒めたらまた仕事、と云う、それこそ執務室で生活していたこともあったのだ。それに較べれば、“寝室”を別にしただけでも上出来と云うものである。
――五月蠅い“父”もいないことだしな。
それだけでも開放感がある。
とにかく簡単に環境を整えると、その日は早めに――あくまでも当社比である――就寝した。
翌朝目醒めると、微妙に眠り足りなさがあった――流石に、贅を尽くした寝台とは寝心地が違う――が、まぁ、いろいろ考えると、こんなものだろう。
身だしなみを整え、しかし前髪は落として、軍服の上着はつけずに兵士たちの方の食堂に行く。
朝食を受け取る列に並び、普通の、ややジャンクな料理を受け取る。トーストが二枚、スクランブルドエッグ、焼いたソーセージとベーコン、フライドポテト、レタスとトマトが少しずつ、それにシリアルとヨーグルトだ。兵士の食事としては少ないが、それぞれ量については注文をつけているようなので、そのとおりに受け取るのは少数派なのだろう。
体格の宜しい若い連中の間をすり抜け、空いている片隅に腰を下ろす。オレンジジュースとコーヒーもつけたから、まぁまぁ上等な朝食だ。
と、
「お前、見ない顔だな」
そう若くもないが、ベテランと云うほどでもないくらい――つまり中堅――の男が、寄ってきて云った。
「まぁそうだな」
軽く答えて、食事にかかる。タチやデラーズが出てくる前に体裁を整えなくてはならないので、あまり時間がないのだ。
「新入りか?」
「……いや」
ベーコンとレタスを半分に折ったトーストに挟み、簡単なサンドウィッチにして齧りつく。二枚できちんと挟むよりは、こちらの方が手っ取り早く食べられるのだ。
ベーコンはかりかりではないが、厚みがあって程よく腹が膨れる。
「所属は」
「……どう云ったものかな」
まさか、総帥室勤務と云うわけにもいくまいが。
簡単サンドウィッチを平らげ、もう一枚にはソーセージを挟む。焦げ目がついた皮は香ばしい。ベーコンと云い、まぁまぁ良い味ではないか。
腕時計を見る。ゆっくりしている暇はないが、慌てて食べるほどでもないか。
と、声をかけてきた男の目が、きらりと光った。
「おい、その時計」
「何か」
「分不相応だろう。まさか、どこかからちょろまかしてきたんじゃあるまいな?」
云われて目を落とす。
そう云えば、これは結構なメーカーのものだったか。元々におけるロレックスのような金ピカでも、ウブロのような超精密機械でもないから失念していた――例えて云うなら、オメガかタグ・ホイヤー、ハミルトンあたり――が、確かに、兵卒が勤務中につけるには相応しくはないか。
「いや、これは私のものだ」
さて、この“いちゃもん”が、嫌がらせなのか、はたまた時計を取り上げようと云う意図からなのか。
「そうだとしたら、軍規違反だな。俺たちには、決められたのがあるだろう」
「あぁ……」
そう云えば、兵卒や下士官には、時計も定められたものがあるのだったか。
そう思って男の襟章を見ると、どうやら軍曹、つまりは下士官だ。
なるほど、軍では往々にして下士官が、兵卒に暴力を振るったり、あるいは理不尽な要求をすることは知っていたが、これもその一環か。
「内勤でな。それには当てはまらないのだ」
「馬鹿云うな、内勤だろうが何だろうが、規則は規則だ。預かる」
と、取り上げようとする。
さて、どう躱そうか、と思ったところで、
「いた!!」
向こうの方から、聞き慣れた声が上がった。
途端に、周囲の兵卒がざわついた。
「見つけましたよ、アンタ、何てとこにいるんですか!!」
叫んだのはタチだった。出てきたばかりなのか、上着も脱がず、きっちりと襟元も詰めている。
その襟章や肩章で位階を知ったものたちがざわついたのか。まぁ確かに、兵卒や下士官ばかりのところに少佐がくれば、それはまわりもざわつくだろうが。
“閣下”呼ばわりでないだけましだが、まさかわざわざ探しにくるとは思わなかった。しかも、まだ勤務開始には間があると云うのにだ。
「朝食中だ」
慌てて敬礼するものたちの間をかき分けるようにして、着席しているテーブルにやってくる。絡んできていた軍曹も、慌てて敬礼するが、構う様子もない。
「じゃあ、急いで片づけて下さいよ。連絡を戴いたので、他の連中がくる前に探しにきて差し上げたんですからね!」
大体、何でこっちなんですか、とぼやく。
「部屋に運ばせるとか、何とかあったでしょう!」
「面倒じゃないか」
「こっちの方が面倒です!」
聞きつけた周囲の兵卒が、敬礼しながら囁き交わしている。
「えっ、少佐が敬語なら、もっと上?」
「中佐とか?」
「確かに、何でこっちだ……」
「偉い人かよ……それなのに怒られてる……」
タチは、かりかりしてテーブルを叩いた。
「ほら早く! 云いたいことはたんまりありますが、戻るまでは我慢して差し上げます!」
「……感謝に耐えんな……」
シリアルを食べ、オレンジジュースとコーヒーを飲み干し、席を立つ。
タチが、トレイをかっ攫い、返却口に持っていくと、逃がすかとばかりに腕を掴んできた。
「逃げないが」
「アンタ方ご兄弟のことは、これっぽっちも信用できません!」
「あれと一緒にされるのは心外だな……」
引っ張られながら、片手を上げる。
「すまんな、騒がせた」
「いっ、いえっ」
先刻の軍曹までが、直立不動の敬礼である。
もうここには紛れこめないな、と思いながら執務室に戻ると、即椅子に坐らされた。
「アンタって人は……!」
――説教か。
「デギン閣下から連絡を受けた時の、私の気持ちがおわかりになりますか! わからないでしょう! えぇ、アンタはそう云う方ですよ!」
「“父”が連絡を?」
誰から知らせがいったかと思えば、そこからか。
「それで、まさか家に戻れとは云うまいな?」
「戻らないんですか!」
「戻らん」
タチは、深々と溜息をついた。
「親と喧嘩とか、何、思春期の子どもみたいなことをしてるんです……」
「昔はそんな暇もなかった、まぁ、やり直していると云うことだな」
「それに、われわれを巻きこまんで下さいよ」
「巻きこんだつもりはないが」
「なくても巻きこまれてるんですよ!」
地団駄を踏みそうな勢いである。
「まさかと思いますが、昨日は執務室にお泊りで?」
「あぁ。仮眠用に簡易ベッドがあるからな。部屋を決めるまでは、ここで良いかと思ったのだが――これで、兵卒に紛れて朝食を取ることはできなくなったな」
「せめて士官用の方にして戴けませんかね!」
大体、と、タチは続けた。
「次の住処も定めず家出なんて、智謀で知られた閣下らしからぬことでしょう。先読みはどこに置いてこられました!」
「……タチ、私はな」
さも重大なことのように囁きかける。
「な、何です」
「圧倒的に生活力がないのだよ」
料理や洗濯などは問題ないが、つまり、自力で生きていくための、行政手続などのあれやこれやに、本当に疎いのだ。多分そちら方面は、“ガルマ”の方が圧倒的に強いと思う。実務に強い親が長生きしていると、後々慌てることになると云う、典型的な例である。
「……それで、どうやって暮らすおつもりだったんです」
「別に、あれこれの手続きさえ飛ばせば、賃貸契約くらいはできるだろう」
「住民票なんかは移さないおつもりだったわけですか」
「どうせ、同じズムシティ内だしな」
タチは、長嘆息した。
「アンタって方は――警備とかはどうなさるおつもりだったんですか」
「……まぁ、適当に」
「そう云うわけにいきますか!」
タチは、今度こそ激昂した。
「一軍の総帥ってお立場を、アンタは軽く考え過ぎです! ……もう、アンタには任せていられません! 部屋は私が見繕います! アンタは大人しく仕事してて下さい!!」
そう云うと、足音も高く部屋を出ていってしまった。
入れ替わるようにデラーズが現れ。タチの行先を、少し怯えたようにもとれる様子で見送っていた。
「……何かございましたか」
「家出を咎められた」
「……は?」
心底わからない、と云う顔。
「“父”の家を出た。それで、当座はここで暮らすかと思っていたら朝食中にタチに見つかってな」
「見つかった、と云うのは」
「下士官や兵卒用の食堂にいたのだ」
「それは……」
絶句された。
「……タチ少佐に同情致しますな」
「お前もか」
と、
「おはようございます! 閣下は!」
扉を騒々しく開けて入ってきたのはシロッコだった。
シロッコは、ひとの顔を見るなり深々と溜息をついた。
「閣下……」
「どうした」
「ザビ家はてんやわんやです。一度お戻り戴けませんか」
「厭だ、と云ったら?」
シロッコが力尽く、とはいかないのはわかっているが。
「……ララァ・スンが落ちこんでいるのです」
云い難そうに云われるが、そもそもはララァ絡みの話でもあるし、帰れば再燃するだけだ。
アルテイシアやマリオン、ミルシュカなどが力になるだろうし、暫くすれば勉強もはじまる。状況が変われば、どうとでもなるだろう。
何なら、シロッコやアムロ、ゾルタンたちで慰めてやれば良い。
そのようなことを口にすれば、シロッコはまた溜息をついた。
「……とりあえず、デギン閣下あたりと相談させて戴きます」
シロッコはそれだけ云うと、あとはいつもの有能な――いささか若過ぎではあるが――秘書官としての顔になった。
“暁の蜂起”は、何とか双方が納得できる落としどころで決着がついた。
「全面的なご協力に感謝する」
などとワッケインは云ったが、その半分は、これから暫くのムンゾ駐留で問題を起こしたくないと云う意志と配慮、それからもう何分の一かは、確実に“ガルマ”に騙されたが故のことだっただろう。
ワッケインは、地球に戻ったなら、レビルとゴップにねちねちと云われるのだろうが――まぁ、“官僚的”と解説されたような人物である。あからさまな違反や明らかな疑義以外は、割合に自重するのだろうし、外部の意見よりも、明らかな法などに従うことを良しとするだろう。ムンゾとしては、一安心である。
家のことは片付いてはいないが、当座の住まいとして、タチが小ぢんまりしたアパートメント――元々の“アパート”ではなく、云うなれば“アパルトマン”か“フラット”――を押さえてくれたので、そこに住むことにした。と云っても、帰っても寝るだけなので、週の半分以上は執務室住まいのままだったが。
“暁の蜂起”の後始末で、碌々出席できていなかった議会に、久しぶりに顔を出す。
途端に近づいてきたのは、もちろんマツナガ議員だった。
「これはギレン殿。お見限りでしたな」
もう、議員はお辞めになって、軍に専念されるのかと思っておりましたぞ、と云われ、苦笑するしかない。
「いやいや、どうにも手が離せぬ案件がございましてな」
「それは、もうケリがついたのでしょう? そうでなければ、議会に出てこられるわけがありませんものな」
「お蔭様をもちまして、何とか終わりました」
後任の部隊長が決まるまでは、まだ暫くはワッケインとつき合うことになるだろうが、懸案事項が決着してだけでも、随分気分は軽くなった。
あとは、駐留地の各建造物を建てる業者の受け入れやら、資材搬入のあれこれやら、を、継続的にやっていくことになる。
「ギレン殿の見事な手腕あって、反連邦派も、反ザビ家を標榜する輩も、ぐうの音も出ませんでしたぞ」
「私の手柄でなく、“父”の泣き落としがあったのではございませんか」
思わずそう云うと、マツナガ議員に苦笑された。
「相変わらずと云うべきですかな。まぁ、近いことはございましたが――デギン閣下の断腸の思いが、こちらにもひしひしと伝わって参りましたよ」
「それはそれは」
こちらに対する怒りや何やらを、そのように使うとは――流石に一国の首相なだけはある、と云うべきか。
と、マツナガ議員がにやにやと笑いかけてきた。
「それより、聞きましたぞ、ギレン殿! 家出をなさったとか!」
吹き出しそうになり、慌てて呑みこんだ唾が、今度は気管に入って盛大に咽る。
「……な……何ですかそれは……」
「デギン閣下と喧嘩をされて、そのまま家を出られたと聞きましたぞ。今は執務室に暮らしておられるとか」
「いえ……」
確かに執務室には暮らしているが、どちらかと云えば、単に帰るのが面倒で、軍にいる、と云うのが正しいのだ。
「どうしてそんな話に……」
少なくとも、この歳の男を掴まえて、“家出”はないと思うのだが。
「さて、ちっともお帰りにならぬと、軍のどなたかがこぼしておられたのでは?」
噂は千里を走ると申しますからな、と云われ、浮かぶ顔はひとつしかなかった。
「……タチか……」
可能性が高いのはそこだ。
とりあえず、後で問い詰めてやろう、と思いながら歯噛みして、ふと思い出す。
「……ご子息からは、ご連絡などは?」
その問いに、苦笑が返る。
「ございませんよ。まぁ、便りのないのは良い便り、と申しますからな。ガルマ殿のことでてんやわんやなギレン殿に較べれば、まったく問題ないことです」
「さようでございますか……」
確かに、シン・マツナガは主犯格とは云い難い、取り調べも通り一遍のものであっただろうし、しつこく査問会に呼び出されることもなかっただろう。
まぁ、父親もこのとおりの人であるし、マツナガ家は皆肚が据わっているのだろう。
「――賑やかなことですな」
と云いながら現れたのは、ダルシア・バハロである。
見れば、後ろに知らぬ顔の男を伴っている。禿げ上がった頭と蓄えられた髭は、エギーユ・デラーズを思わせなくもないが、こちらは文人肌と云おうか、学者めいた雰囲気の男である。歳の頃は、ダルシアと同じくらいか少し上。
「これは、ダルシア殿」
マツナガ議員は、にこやかに――少々力んではいないか?――云った。
「そちらの方は? 初めて見るお顔ですな」
「補欠選挙で、新しく議員になった男です。オレグ議員です」
ダルシア・バハロの言葉に、男は静かに頭を垂れた。
「オレグと申します。ギレン・ザビ閣下ですな」
声音も、見たとおりの落ち着いた風であった。
「閣下は結構だ。同じ議員だ、畏まらずにお願いしよう」
「は、しかし、新参ですので……」
と云う様は、なかなか義理堅さをも感じる。
マツナガ議員が、胸を張って云った。
「私はマツナガだ。――しかし、補欠選挙と云うと、この間の……?」
それは、例のムンゾ大学立て籠もり事件やらなにやらの、あのごたごたを指しているのか。
しかし、あれから“ガルマ”が地球に降り、半年を経て復帰の後、“暁の蜂起”までやらかしているのだ。いくら何でも時間が経ちすぎているだろう。
案の定、ダルシア・バハロも小さく笑った。
「それは流石に日が経ち過ぎでございましょう。別件ですよ。オレグ議員の選挙区の現職が、病気で亡くなられまして。ですので、オレグ議員は、つい先日議員になられたのですよ」
「ふむん」
「ダルシア殿と親しいのならば、私もお会いする機会はありそうですな。宜しくお願い致します」
「こちらこそ。名高いザビ家のギレン閣下に、そう云って戴けるとは光栄です」
と云って握手をかわしたその掌は、厚みがあって、少し乾いていた。
「しかしまぁ……うちの息子も同じ穴の狢なので、あまり大きな声では云えませんが、ガルマ殿は、なかなかやんちゃであられるのですな」
「“やんちゃ”」
あれは、そんな言葉で括るには、あまりにもあんまりだと思うのだが。
ダルシア・バハロやオレグ議員をちらりと見れば、やはり苦笑をこぼしている。
そゔだろうとも、あれはそんな生易しいものではない。云ってみれば、生ける厄災のようなものである。
「そうおっしゃるマツナガ議員のご子息は、さぞかしやんちゃであられるのでしょうな」
皮肉ではない声でダルシアが云うと、マツナガ議員は豪快に笑った。
「私の跡を継がずに、自ら軍に身を投じるような息子ですぞ。それで察して戴けますでしょう」
「剛胆なご子息なのですな」
場合によっては厭味に聞こえそうな言葉も、オレグ議員が云うと、非常に肯定的に響くようだ。マツナガ議員も、満更でもない風である。
――しかし、“オレグ”か……
多分この男は、データだけで見た、ダルシア・バハロの側近だったと云う人物だろう。漫画だったかゲームだったか、『ギレン暗殺計画』なるコンテンツで、ダルシア・バハロが首相だった時に副首相を務めた人物が、そんな名前であったと記憶している。つまりは割合に穏健派であり、連邦との和平交渉を推進する立場だったのだろう。
まぁそもそも、ダルシア・バハロ自体が、1stのTVシリーズではなく、劇場版のみに登場した人物であったから、こちらもあまりデータを持っていなかったのだ。
ましてや、メインではないコンテンツのサブキャラなど、きちんと押さえているわけもない。傾向と対策などわからないので、見た感じで判断するより他ないのである。
とりあえずは、はじめからの離反者予備軍としては扱わぬ方が良いだろう。何しろあまりにも正規ルートを外れている、そうであれば、勘繰り過ぎるだけ無駄と云うものである。
「それはともかく」
と、ダルシアは云った。
「ガルマ殿のことはさておき…あのワッケインと云う新任部隊長は、問題なく着任になったのでしょうかな?」
「調査会に口出ししていたようではございますが、他は概ね問題なく」
まぁそのあたりは、ノーマン・モーブスのやり口を見誤ったこちらの問題でもある。
「ただまぁ、何しろ准将ですので、何かことが起きても、ある程度はワッケイン准将自身の判断で処理できます。それが、吉と出るか凶と出るか」
「確かに、難しいところですな」
マツナガ議員も、腕を組んで云う。
「ドズルの学校長解任と、“ガルマ”の無役での除隊で済んで、ほっとしておりますよ。ガーディアンバンチのあの惨状を見た時には、いよいよ連邦から攻めこまれるのではないかと肝を冷やしました」
「――私も映像で見ましたが、少々ではございませんでしたな」
オレグが重々しく云う。
「元の部隊長は行方不明とお聞きしましたが、その後は?」
「現在は瓦礫の撤去作業中ですが、行方不明者の捜索もこみですので、なかなか……既に幾体かの遺体は発見されておりますが、指令部にまではまだ届かぬようです」
何しろ基地ひとつをほぼ全壊させたのだ。瓦礫の量も半端ではない。地上であれば、仮の処分場でも作ってどうにかすれば良いが、場所に限りのあるコロニーでは、そうもゆかぬ。
結果、重機や運搬車両、それにMWなども駆使して、瓦礫を再生工場に運び出しながらの作業になっているのである。
行方不明者の捜索が完了し、あの場所がすっかり更地になったなら、今度はそこに、連邦が派遣した業者が新たな建物を建てることになる。
今後の展開がどうなるかはわからないが、新たな駐屯基地ができるまでは、連邦との緊張状態は、一旦は緩和されるのではないか。
「つまり、当分は、あのワッケイン准将がムンゾ駐留部隊のトップであると云うことです」
「それは、割合に理性的な人物で良かったのでは?」
ダルシアが云うが、
「既に“ガルマ”に誑しこまれているようですので、私としても、連邦の将軍方にとっても、あまり宜しくないのではないかと思いますが」
「ほう、ガルマ殿は、手がお早いようだ」
マツナガ議員が笑う。
「まぁ、女でないだけまし、と申せましょうかな」
レビルとゴップの胸中は、それはもう穏やかならざるものだろうが。
「まぁ、あのガルマ殿ですからな、それくらいのことはなさいましょう」
「宜しいではございませんか。閣下の手間がひとつ省けましょう」
口々に云われても、素直に頷けないのは、これまでのあれこれがあるからか。
そして、新参のオレグ議員は、面食らった顔になった。
「ガルマ殿、とは、あのガルマ・ザビのことですかな。ギレン閣下の弟君でございましょうに、随分な……」
「まぁ、あぁ云う方でございますからな」
「えぇ、“武勇伝”はいろいろと」
「武勇伝」
「世間に流布されているガルマ殿と、われわれの知るガルマ殿は、ほとんど別人ですからな。後ほど、とっくりと教えて差し上げよう」
と、ふたりで顔を寄せてオレグ議員に云うさまは、何と云うか、悪だくみをしているようにしか見えないのだが。
とは云え、このふたりの知る“ガルマ”像は、概ね自分が吹きこんだものだったから、あまりどうこう云えた義理ではないのかも知れなかった。
さて、それにしても、オレグ議員も現れ、原作軸における一年戦争あたりの主要な政治家は揃ったとも云える。揃ってこれ、と云うのは、ムンゾの層の薄さを思い知らされたような恰好だが――まぁ、敵対されるよりは数段良いのだ。この先は、この三人とともに、戦争前後のムンゾの舵取りをしていくことになるか。
「――何はともあれ、宜しくお願い致しますぞ、オレグ議員」
そう云ってやれば、オレグ議員は、やや当惑った様子ながらも、はっきりと頷きを返してきた。