ザビ家成り代わり   作:くずみ@ぼっち字書き。

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【成り代わり】another ORIGIN 反逆の"ガルマ" 32【転生】

 

 

 

 なるほど、ニュータイプ研究所。

 表向きは医療施設みたいに見えたけど、中に入ったらそうじゃないことに気がついた。

 だっていやがるし、フラナガン。

 完全に特殊部隊と化したデラーズたちに連行されて来たおれを、目を白黒させて見ている。

「……ガルマ様ですね?」

「そうです」

「私はこの研究所を預かっている、フラナガン

・ロスと申します」

 お前か。うちの子供達をひどい目に遭わせやがった野郎は。

 ゾルタンの心の中にあった、怒りと悲しみと不安と、ミルシュカの泣き顔を思い出す。

 マリオンの沈鬱な面差しを。フロルの中に刻まれてた怯えを。

「……僕の大切な子供達が、以前、こちらで“お世話に”なっていましたね?」

 ゆっくりと唇を引き上げる。微笑みの形に。

 ジワリと込み上げる黒いものを隠さずに視線を向ければ、フラナガンは3歩ほど後ずさった。

 絶許の中に、お前も入ってんだよ、フラナガン・ロス。“ギレン”が支持してるから、すぐさまどうこうする気は無いけどさ。

 デラーズの大きな手が肩に乗り、おれを引き戻すように動く。

 放してよ。なにもしやしないさ。いまは、まだ。

「そ、その節は誠に。ギレン総帥閣下よりご指摘を受けた件については、即座に改善し、二度と同様のことが起こらないようにと、厳しく措置を取らせて頂いております!」

 いやその措置の対象お前だからね。

「今は非道的なことは何もしてらっしゃらないと?」

「もちろんです!」

「……被験者たちと会うことは?」

「ご随意になさってください!」

 冷や汗をかいたフラナガンが叫び、コクコクと何度も頷いた。

 見届けて、殺気を消す。

 それから肩に置かれたままの、デラーズの手をゆっくりと外した。

「ところで、僕何も聞いてないんですけど。なぜここに?」

 士官学校からてっきり自宅に戻されると思ってたのに、変なとこに連れてかれるから不安に思ってたんだよ。

 まさかフラナガン機関とは思わなかったけど。どういうことさ?

「閣下のご指示ですよ。ニュータイプとして、博士に協力するようにと。期間は3ヶ月です」

 まだ警戒した素振りでデラーズが答えた。

 えええ。“ギレン”、おれをニュータイプとしては認めんって言ってなかったっけ?

「僕に被験体になれと?」

 モルモットになってこいって、つまりそういうこと?

 いじくりまわされるの嫌いなんだけど。

 ギロリと博士に目をやれば、ぶるりと大きく震えられた。

「大層な実験などはありません。ただ、サイコウェーブを測らせていただきたいのと、それによって機器などにアクセスができるか、お試しいただきたいのです」

 ふぅん? サイコミュってことかな。

「具体的には………『?』」

 不意にレセプターがチリリと震えた。

 僅かな痛み。新しい思考波を拾ってる。

「『……誰?』」

 誰かいるの?

 宙に視線がさまよう。ここじゃないどこか。同じ建物の中。

 “意識”が拡がって、その先にある誰かを探しに行く。繰り返してきたからもう慣れた。

「『3人いる。でも繋がらない……いや、繋がるか』」

 ひとり。こっちを感知して、警戒してる。

 “視点”を合わせれば――“視えた”。

 ニュータイプだ。少女――……美少女じゃないのさ。

 虚空を越えて睨みつけてくる眼は、冬の空を思わせるアイスブルー。流れ落ちる長い髪も冷たげな銀の色。透き通るみたいな白い肌。

 けっこう強いな。キャスバルやアムロ、ララァ程じゃないけど。マリオンと同程度か。

『……あなた、もしかして、ガルマ・ザビ?』

『そう。君は?』

『セレーナよ、セレーナ・リリー・クラーク。あなたもニュータイプなの?』

『そうらしいね』

 一瞬のお喋り。そして。

『……これはなんだ!?』

 もうひとり。こっちは――ダンディだな。口髭を整えたオジサン。

 あれ、見たことある。多分、元祖“木星帰りの男”。

『えぇと。シャリア・ブル?』

『何者だ!?』

『“ガルマ・ザビ”です』

『は? な、何が……??』

『なにこれ?……ねぇ、誰かいるの? 頭の中で声がするわ?』

 今度は女性だ。緩くウェーブした栗色の髪の。こっちも美人だ。少しだけ年上かな。ちょっと色っぽい感じの。

『“ガルマ・ザビ”ですってば。あなたは?』

『クスコ・アルよ』

『ここのニュータイプは貴方達だけ?』

『今はな。時々、増えたり減ったりしている』

 増えたりはともかく、減ったりは平和裏にだよ

ね? まさか、処分されたりしてないだろうな。

 取り敢えず、“お仲間”なら会ってみたい――ってことで。

「『僕は、ここに居ます。よろしければ、皆さんにお会いしたいです』」

 呼びかける。そして、位置を投影――直ぐに3人から了承が。

「……いまのは…」

 デラーズが目を剥いている。

「素晴らしい!! これまでのどの被験体より素晴らしい!! 早速、実験を…」

 フラナガンは手を打って身を乗り出してきて、おれの睨みを受けて一歩下がった。

 それでも双眸はギラギラしてる――うわ。マッドだコイツ。知ってたけど。

「ひとつ断っておきますが、僕は……我々は協力者であって、都合の良い実験体ではありません。無理強いができるとは思わないで下さいね」

 口調はお願いだが、実質は宣言だ。視線と表情で圧を掛ける。

 いつかの世界線での“ニタ研”の闇は、とんでもなく深かった。描かれていない影で、悲惨な末路を辿った“被験体”がどれほど居たことか。

 その殆どが子供であった筈だ。

 目の前のこの男も、“ギレン”にガサ入れされるまでは、同じような事をしていた訳だから、油断はできない。

 勿論ですと、口では返してくる博士に冷たい視線を向けていれば、ノックと共に扉が開いた。

 視界に銀色の光が溢れる。

 ツカツカと歩み寄ってくる少女の双眸は、氷に映った蒼天みたいな色。さっきも思ったけど、冬の精霊みたいだ。

「『はじめまして。クラーク嬢』」

「『セレナって呼んで良いわ』」

「『では、僕のことは“ガルマ”と』」

 ニコリと微笑めば、ツンと澄ました表情が返ってきた。

 伸ばされた指先に口付ける。

 立ち居振る舞いから見るに、出自は良さそう。でも、過去にパーティーとかでは会ったことは無い。

 これだけの美少女なら噂になっててもおかしくないんだが。

 内心で首をひねる。

 と、更に戸口に二人、目を丸くしてる男女が現れた。

「ほんとうに居たわ」

「……驚いたな」

 そんな。UMAでも見つけたみたいに言わないで欲しい。

「『おふた方にも。改めてはじめまして。どうか“ガルマ”とお呼びください』」

「『ふふ。改めてよろしくね』」

「『はい。レディ・アル』」

「『よろしく頼む』」

「『こちらこそよろしくお願いします。Mr.ブル』」

 先に名乗り合ってるからね。割とすんなりと。

 蚊帳の外のフラナガンが、どうにかして割込もうとしてるけど、さり気なく黙殺。

『………ガルマは博士が嫌いなのね』

 早くも思考波だけの会話に慣れたらしいセレナが。

『好きじゃない。僕の大事な子どもたちに酷いことをしたからね』

 ジワリと滲み出た怒りに、3人がビクリと震えた。いかん。怖がらせるつもりは無いんだ。

『ごめん。泣き顔を思い出したから、つい……』

 眉を下げて謝る。

『……それなら、仕方ないわね』

 レディ・アルが緩く笑って肩に手をおいた。

『博士、ときどきとても怖い目をするもの。私も好きじゃないわ』

 すぐ近くで、ふっくらした唇が蠱惑的に窄められる――けど、意識してのコトじゃないね、これ。わりとパーソナルスペースが狭いのか。周りの男が誤解しそうだ。

『その子達もニュータイプなの?』

 今度はセレナが反対側の腕に寄り添う。

『そうだよ。僕より強い子達だ』

『会ってみたい』

 あれ、意図せず両手に大輪の花状態なんだが。

 眉間を険しくしたデラーズが咳払いしてる。

「『……なかなか難しい。言葉で話す方が私は楽だな』」

 とは、シャリア・ブルの言葉。

 思考波で伝えようとすることが、そのまま口から出ちゃうんだろう。

「『あら、じゃあ貴方とは内緒話はできないわね』」

 レディ・アルが揶揄かうように。

「『コソコソするのは性分ではないな』」

 マジレスするあたり、真面目なんだな、シャリア・ブル。

 いつもより意識を絞って、読ませるのは表層だけに留める。

 割とコントロールに気を遣う。コレも訓練か。

 確かに、この先、こんな風にゴロゴロとニュータイプが出てきたら、ありのままの意識を読ませるのは得策じゃない。

 連邦側にだって出てこないとは限らないし。

 ブラフをかけられるくらいには、あらかじめ研いどく必要がありそう。

 おれが出来るようになれば、キャスバル達だって直ぐにスキルを獲得できるだろう。

 ん。ここへ来て目標が一つできたな。

 そんなおれの横で。

「本当に素晴らしい! これが総帥閣下がかつて言っていた、“覚醒したニュータイプは、ニュータイプ予備軍と交わることによって、その覚醒を無意識に促す”という事か……!!」

 フラナガンはまだギラギラプルプルしてた。気持ち悪いな。

 取り敢えず、挨拶は滞りなく。それから施設内を案内された。

 何故かデラーズもくっついてきてる――だから、なんにもしないってば。いまは、まだ。

 行く先々で紹介される職員たちは、似たりよったりのマッドが多かったけど、数人、まともそうな人達も居た。

 中でもルーナ・アベイルと名乗った女性は、なんと“ギレン”から派遣されてきた監査って話だ。

 ちゃんと監視がいるのだな。良かったわー。

 緑の瞳に理知的な光を浮かべ、長い黒髪を纏めて結い上げた彼女は、その出で立ちに反して愛らしい少女のようにしか見えなかったが。

 初見では被験体と勘違いするところだったよ。

 恐るべし日系童顔。二十代半ばって嘘だろ。

「局長から聞いています。ノーマンが酷いことをしたって。本当にごめんなさい」

 申し訳なさそうな顔をされると、十代の少女を虐げてるような気になるから止めて欲しい。

 タジタジしながら首を傾げる。

「……ノーマン? もしかしてモーブス中尉のこととですか?」

 あの鬼畜眼鏡をファーストネームで呼ぶ仲なのか。

「ええ。同じ部署なの」

 そうか、監査局。

「では、僕のことは色々聞いてますね?」

 苦笑い。あの鬼畜眼鏡野郎なら、あるコトないコトさぞかし吹き込んでやがるだろう。悪魔とか悪魔とか。

「やり過ぎたって言ってたわ。反省してた」

 それ、“可哀想な事をした”じゃなくて、“やり方を間違えた”の方の反省だよね。“次はもっと上手くやる”ってやつ。分かる。

 アレは絶対に“そういう男”だ。

 なんて思ってることは当然、表には出さない。

「僕も、失礼な発言がありましたしね。もうあんなことが無いなら、それで良いです」

 ニコリと。

「『ガルマはその人のこと嫌いなの?』」

 っと、セリナ嬢。そこ突っ込んで来ちゃうのか。

「『――仕事熱心な方だとは思いますけど。期限が知れない中、2週間も乾いたパンと味と具のないスープだけの提供、それに最後にはシャワーから水しか出なくなったあの仕打ちはちょっと……』」

 まだ赦せてないわ。

「『なんと……!』」

「『酷いわ!』」

 言葉にするとインパクトがあったのか、ニュータイプ組が絶句する。

 思考波で話してるから、嘘じゃないと知れるし。

 そこまでは聞いてなかったのか、レディ・アベイルが顔を赤くしてプルプルしだした。

 目がつり上がってるのは、怒ってるのか。

 可愛すぎてあんまり怖くないな。

「全面的に謝罪させます!」

 って、そんな。

 あのサディスト眼鏡にそんな要求が出来るほど、立場が上なのか、レディ・アベイル。

 ってことは少なくとも中尉以上ってこと? 大尉か、まさかの佐官とか?

 まぁ、“ギレン”が派遣してきてるんだから、それなりの権限持ちだろうし、有能に違いないさ。

 チームで来てるみたいだし、おれ達の人権確保の心配はなさそうだと、こっそり胸を撫で下ろした。

 

 

 

 思考波でデバイスを操作するのは面白かった。

 思う通りに金属のアームを操ったり、ときには義手や義足を動かすテストなんかもあった。

 殆どが明瞭に意識して操作するものだったけど、なかに一つとんでもなく反応が良いのがあって、おれが気分を害した瞬間、意識する前にフラナガンをはたいた。

 博士ポカン。スタッフ大興奮。

 人望がないのか、めちゃくちゃ喜んでいる研究員もいた。

 他のニュータイプ組も、最初こそ苦心してたけど、おれの思考波の動きからコツを掴んだんだろう、すぐに3人ともに動かせるようになった。

 はたかれたりなんだりしてても、研究成果が上がるのが嬉しいのか、フラナガンはずっと上機嫌だった。

 数日後。おれは出席できなかったけど、士官学校の卒業式が終わり、キャスバルもズムシティに帰ってきてるようだった。

 ラップトップからメッセージ送り、すぐに会う算段をする。

 おれの外出を博士は渋ったけど、レディ・アベイルが了承させた。見事な手腕だった。

 キャスバルがこっちに来ると、フラナガンがまたぞろ企みそうだったから、待ち合わせは市内にした。

 おれより強いニュータイプに、マッドが飛びつかないわけ無いからね。

 レトロな黒縁メガネに、だぶついたグレーのパーカーとベージュのボトム。その辺の学生を装ってみたけど。

「『似合わない』」

「『野暮ったいわね』」

 ニュータイプ女性陣二人からダメ出しが来た。

 レディ・アベイルも口にこそ出さないが、下がった眉が雄弁である。

「『……何と言うか、その……いかにも変装といった感じだな』」

 シャリア・ブルは言葉を選んでくれたみたい。

 まぁね、本気の変装術をここで披露するわけにもいかんから、なおざりで済ませてみたら、どうもなおざり過ぎたらしい。

「市内を歩くわけではないないのよね?」

「『待ち合わせの場所に着けば、後は向こうに“足”があります』」

 答えると、レディ・アベイルは一つ頷いた。

「そしたら迎えを呼ぶわ。待ち合わせの場所まで送らせる」

「『……いいんですか?』」

「大丈夫。今なら暇してるだろうから」

 いい機会だと緑の瞳をきらめかせ、どこかに連絡するべく彼女は去っていった。

 見送っていると、セレナに腕を掴まれた。なぜか反対の腕はクスコが。

 シャリアブルは、少し憐れむような視線を向けてから、やんわりと微笑んだ。

「『良い休暇をな。その前に、まぁ、身嗜みも必要だろうから……つまり、諦めなさい』」

 ――何をさ!?

「『似合う服を見繕ってあげる』」

「『ふふふ。着せ替えって楽しいわよね』」

 ちょっと待って、おれ、お人形じゃないんだ!

 助けてと伸ばした手を見ないふりで去っていく男の背中に、ギリギリと“念”を送る。

 ――次の犠牲者はお前だぞ! シャリア・ブル!!

 それから、散々あれこれと着せられた。

 手持ちの服じゃないと思ったら、なんと彼女たちの服。やめて。入らないし。変装以外で女装は嫌だったら。

「『大丈夫、これジュンダーレスだから』」

「『そもそもサイズがだね』」

「『これ大きかったの』」

「『……クスコ、セレナを止めてよ』」

「『いいじゃない。似合ってるわ』」

 ――味方がいない!

 時間だからと、なんとか着せ替え遊びから逃げ出して、つまるところは……多分、無難なラインに落ち着いた――と、思いたい。

 ピンクを基調としたプリントシャツは、どちらかと言わずとも可愛い系だし、救いはそれ以外がグリーンとグレーで纏まってることか。

 髪にピンまで飾られたし。

「可愛いわ」

 呼びに来たレディ・アベイルが褒めてはくれるけど。

「……出来れば格好良くありたいんですよ」

 そこだよね。

 うぅ。後でキャスバルに笑われそう。

「車は正面につけてもらったから。行き先を言えば連れてってくれるわ」

「ありがとうございます」

 エントランスを出れば、停まっていた車から。

「…………………………モーブス中尉?」

「……………………………………………………どうも」

 サディスト眼鏡が降りてきた。

 ――送迎お前かよ。

 その瞬間に流れた何とも言えない空気を、レディ・アベイルだけが華麗にスルーした。

「ちゃんと謝罪しなさいって、私さっき言ったわよね」

 腕を組んで、顎を上げてサド眼鏡を睨め上げる姿は、中々に迫力があった――可愛らしくはあるんだけどさ。

 モーブスは薄緑の目をショボショボさせた。

「………その節はまことに…」

「約束の時間が迫っているので、続きは車内で」

 遮って、レディに会釈。

「そうね。いってらっしゃい、ガルマさん」

「行って参ります。帰りは明日、お昼頃に」

 後部座席に乗り込めば、モーブスも運転席に戻った。

 走り出しは滑らかで、随分と丁寧な運転をするのだなと思った。

 しばらく車内は無言だった。

 流れていく景色は日常のそれで、穏やかと言って差し支えなかった。

 ボンヤリしながら口を開く。

「……彼女とはどういう関係なんです?」

「おや、私のプライベートに興味が?」

「所属部署での話しですよ」

 野郎のプライベートに興味なんかない。

 だけど不思議じゃないか。多分年下だろうレディ・アベイルが、この一癖ある男にあれだけ強く出られるってのはさ。

「ああ見えて才媛ですよ、彼女は」

「そうでしょうとも。そうでなかったら、“ギレン兄様”が派遣するはずがないもの」

 徹底した能力主義だからね、“ギレン”。そして適材適所。

「彼女もムンゾ大学法学部卒ですよ。ドライバウム教授に師事していました。あなたの朋輩ですね」

「そうらしいですね。それで、あなたとは?」

 連邦のネズミとどんな関係さ?

「別に。強いて言えば、部署の先輩でしょうか」

「ふぅん」

 それだけであれだけ強く出られるとは思ってないけど。まあいいや。そんなに興味があるわけでもないし。

 それきり黙ったおれに、サド眼鏡はチラリと視線を投げてきた。

「ニュータイプだったんですね」

「そう」

「どんなもんなんです?」

「どうなんだろう。友人達は気にしないし、巷で言われるように、他人の心が見えるわけでもないし」

「……見えないんですか?」

 意外そうな声だった。

「見えません。同じニュータイプ同士なら、言葉じゃなく交流もできるけど、それ以外とは別に」

 “ノイズ”として聞くことはあっても、はっきりとしたそれが聞こえるわけでもない。

 またしばらく沈黙が落ちて、それからモーブスが低く笑った。

「後で聞かれたら、謝ったことにしといてください。どうせ不要でしょう?」

「そうですね」

 別に謝るようなことでもない。すべては目的のための手段だった。

 多少やり過ぎの感はあるけど、おれ以外であればきっと効果的だったろうね。

「今後のために一つ伝えておきます」

「何でしょう?」

「まどろっこしい遣り方はしないで、まっすぐ聞いてください」

「それで答えてくれると?」

「搦め手だろうが、直接来ようが、結果は変わらないってことです」

 答えたきゃ答えるし、気が乗らなきゃ答えない。

 モーブスはフンと鼻を鳴らした。

 そろそろ、車は目的地に着こうとしていた。

 

        ✜ ✜ ✜

 

「『キャスバル!』」

 ガバリと張り付いたらベリッと剥がされた。

 数日ぶりの再会なのに、冷たいわー。

「『なんだその格好は』」

「『……可愛いわ』」

 キャスバルも、一緒に連れてきて貰ったララァも顔を顰めている。

 ララァ、言葉は褒めてんのに、なんでそんな顔すんの。

「『ニュータイプ研究所の女の子達に着せ替えられたんだよ。変装が野暮った過ぎるって』」

 これでも抑えて貰ったのに。

「『それで粧し込んでどうする』」

「『それはレディ達に言ってよ』」

 肩を竦めて苦笑い。

「『相変わらず女の人に甘いのね。アルテイシアさんに言いつけてやる』」

「『やめてください。お願いします』」

 90度に腰を折って懇願。

「『……それで、潜伏先は割れてるんだろうな?』」

 その言い方だと、“ギレン”がテロリストか何かみたいなんだが。ちょっと笑える。

 卒業早々に“ギレン”に何かやり込められたらしきキャスバルの青い眼は、報復を望んでギラギラしていた。

 ララァの方は、どうも“憧れのひと”らしき“ギレン”に会えるかもって期待でキラキラさせてる。

 対象的なふたりである。

「『もちろん。とっくに特定した。セキュリティが厄介だったけど、その辺も手を尽くしたから大丈夫!』」

 “蛇の道は蛇”。協力者のタイプは様々だ。

 お願いしたら、合鍵と入室コードが届いた。生体認証は、あらかじめパス出来るようにモデル登録しといてもらったし。

 キャスバル達の護衛兼送迎はラルの部下で、フラット時代からの付き合いの彼は、おれ達の遣り取りに顔を歪めた。

「良からぬ企みに加担させられている気がする……」

「『問題ないです。貴方は職務を全うしてるだけですので』」

 護衛と送迎って言うね。それ以外はミッションに入ってないから気にすんな。

「……」

 その小声の「悪ガキ共め」って聞こえてるからね。

「『頼んでおいたものは?』」

「全て用意してありますよ」

 トランクと座席の一部にみっちりと詰まった荷物を確認。ん。いい感じだ。

「『こんなにどうするの?』」

「『どうせ、なんにも用意しちゃいないだろうからね』」

 鍋釜に始まって調理器具一式に食材に食器も。あとは人を駄目にするクッションソファとか、寛ぎグッズ。

 さて、待ち伏せといこうかね。

 “ギレン”の新しい住まいは、キャスバルのフラットから遠くなかった。

 ムンゾの一等地って言ったら、まあ、近所になっちゃうかね。だけどあっちが時代めかした重厚な建造物が多いのに対して、こっちはお洒落でモダンだ。

 ムンゾの常として、建物自体は密集してはいるけど、比較的余裕のあるスペース――懐にも余裕のある人達が住んでる感じ。

 とは言え、軍総帥の住まいとしては相応しからず。

 まさかこんなトコに“ギレン”が住んでるとはみんな思わないだろう。隠れ家としては良いチョイスだね、タチ。

 きっと必死で探し回ったんだろう“伝書鳩”の親玉を思って含み笑う。

「『……よく見つけたな』」

「『その辺はね。タチもおれに色々貼り付けてるけど、おれはおれでそれなりに網張ってんのさ』」

「『一度、君の交友範囲を詳らかにした方が良いんだろうか……?』」

 まさか。ソースを明かすわけ無いだろ。

「『ここにギレンさんが住んでるのね!』」

 ララァは純粋にキラキラしてる。

 5階にある角部屋に直行。荷物を搬入するラルの部下だけは文句を零してたけど、有名美人歌手のプレミアムチケットを握らせたら、ホクホクした顔で黙った。

 それにしても。

 ――あんまり帰ってないな。

 何処のモデルルームかと言いたくなるくらい生活感が無い。

 荷物がない。ゴミもない。シンクピカピカ。

 一応覗いてみた寝室には、スーツケースが2つ。ベッドのシーツには皺があったから、眠った形跡はある。

 シャワールームは……一応使ってはいるみたい。使いかけのボディーソープが一つ。

 ――ヲイ、シャンプーどこだよ?

 丸洗い疑惑発生。

 ホントに寝に帰ってるだけだな。

 コレで人生楽しいのかな――と、思ってから、それなりに楽しいんだろうな、と思い直した。

 “昔”から3度の飯より政治が好きだった。謀略とか策略とか調略とか。基本企んでるヒトだし。

 政治と活字があれば、そこそこ満足なんだろう。

 そして、いまのとこムンゾは、ギリギリで“ギレン”が望む方向に動いてる。

 だけど、人生には“潤い”も必要だと思うからさ。気の利く“弟”からのサプライズを受け取るが良いよ。

 冷たい感じのする室内を寛げる環境に変えれば、早速、キャスバルが人を駄目にするクッションソファに沈みこんで動かなくなった。

 これは当分立ち上がってこないだろうと諦めて、キッチンへ。

「『何を作るの?』」

「『トリッパ。“ギレン”の好物だけど、ムンゾでは一般的じゃないから、家でも出ないんだ』」

 牛の胃の煮込み料理。

 丁寧に処理をして、下茹で――横から細々と口と手を出しながらも、基本はララァに任せる。

 頑張って“ギレン”の胃袋を鷲掴むといい。

 トマトソースをたっぷり。セロリやハーブに加えて、好みで豆類も――店で出すというよりは家庭料理に近いかな。

 隣で、別の料理にも着手する。

 じゃがいもを茹でて、小麦粉と合わせて練ってニョッキに。ゴルゴンゾーラでも良いけど、ララァが苦手みたいだから、今日はカマンベールでいこう。

『……ポルチーニも好きだぞ』

 思考波でしか喋らなくなったキャスバルが――どこまで寛ぐつもりなんだ。

「『抜かりはないよ。フェットチーネにするつもり』」

『アンティパストは?』

「『アボガドと小エビのカクテル。セロリのムース。定番のブルスケッタ』」

 加えて、ミラノ風カツレツ。リゾットは3種のチーズ。めんどくせぇな。

 どれもこれも“ギレン”の好物だ。

 一番時間のかかるトリッパを煮込みながら、すべての下準備を先に済ませておく。

 実際に食べるときに出来立てを提供したいからね――その時がきたら、おれだけ戦場だ。

「『凄いごちそうね!』」

「『そう思ってくれると嬉しいね。今度は中華か、それともターリーにでもしてみようか?』」

 カリーは“ギレン”も好きだし、スパイスを抑えたのも用意すれば子供らも喜びそう。

 とは言え、それはだいぶ先の話になりそうだ――おれにはこの先、しばらくムンゾを離れることになる様だし。

「『ララァ。アルテイシアを味方につけるんだ。執事と女中頭、それから厨房長にもお願いしてあるから、仲良くね』」

 将来、本当に“ギレン”を落とすにしても、キャスバルかアムロを選ぶにしても、その辺りの味方は必要だよ。

 新緑の瞳を瞬かせて、ララァが小鳥みたいに首を傾げた。

「『……ガルマは味方?』」

「『もちろん』」

 どんな未来を選ぶんだとしても、幸せになれるよう全面的に協力する所存。

「『なら、良いわ』」

 ニコニコしながら鍋を覗き込む少女はとても楽しそうで、それがとても嬉しい。

『……“ギレン”は本当に今日帰ってくるのかい?』

 帰らなかったら料理が無駄になるとか、そんな心配してるんだろうけど。

「『帰る。タチが首に縄かけてでも連れ帰ってくるよ』」

『何処の情報だ?』

「『“鳩”さ。裏取引したんだ』」

 答えると、キャスバルがソファから身を起こしてキッチンまで来た。しかめ面でも美形って何だよ。

「『“伝書鳩”は買収できないはずだ。何と引き換えた?』」

「『ワッケインの愚痴だよ』」

 疲れた男が、唯一憩える場所で零す弱音やら愚痴やら。

 その辺の野郎ならともかく、ワッケインは連邦の准将だ。おれに溢してどうすんのってネタがわんさかあった。そりゃ、機密事項までは喋らんけど、スレスレの情報とかね。

 あれこれ含まれる連邦側の人間関係だって、“鳩”にしてみりゃ美味しく頂ける“餌”ってコト。

 まぁ、それ以外の事でも取引はしたけど。

「『“ギレン”は帰ってくる。タチとデラーズも来るから、これだけあっても食べきれるだろ』」

 ひとまず下準備は完了。

 “ギレン”が執務室を出たら直ぐに連絡が入るから、それまでは休憩だ。

 鍋の様子が気になって仕方ないララァをキッチンに残して、リビングで過ごす。

 またしても、人を駄目にするクッションソファを占拠するキャスバルの隣にもぞもぞ身体をねじ込ませれば。

『狭い。なんだ』

『また暫く離れなきゃなんないからさ、補充』

『できるのか?』

『できない。さみしい』

 地球に降りてからこっち、なにかと引き離されてばかりだ。

 意識に触れるこの思考波が無いと、ときどき叫びたいほど苦しくなる。

 おれの“脳”は、キャスバルを自分の一部だと認識してるんじゃないかな。

 だから、離れると捥れたみたいに不安定になって苦しい。

 寂しい淋しいとごねるおれの“意識”を、キャスバルの思考波が仕方がないと言うように撫でている。

「『……戻ってこい』」

「『戻るとも! お前以外の誰がおれの手綱を取るのさ』」

 ガルシア・ロメオには取らせないし。反対に、どう操ってくれようかと画策するだけだ。

 先だっての駐屯地爆撃の責を負って、おれは兵卒で入隊する。つまり、下っ端。底辺から出発ってこと。

 対するキャスバルは、ザビ家の秘蔵っ子として、華々しいスタートを切るだろう。

 そこでもおれ達には隔たりが出来る。

 せめて准尉まで昇らなきゃ、キャスバルの傍には戻れないんだ。

 それには武功を立てないと。

 敢えて戦争を望むわけじゃないけど、戦乱の中でしか機会は無いんだから複雑だ。

「『……おれの居場所、シンにあげないでよね』」

 あの半年間のあと、キャスバルの隣に陣取ってるシン・マツナガは、この先も同じ部署への配属となる。

 頼れる男だからさ。安心する反面、嫉妬もするんだ。

「『前にも言っただろう。そうなる前に、さっさと戻れ』」

「『……はいよ。りょーかい』」

 そんな風に過ごしてたら、ラップトップにメッセージが届いた。

 短いテキスト。ん。じゃ、仕上げちゃおうかね。

 キッチンに戻ると、まだララァは鍋と睨めっこをしてた。

「『そろそろ火を止めていいよ』」

「『美味しくできたかしら』」

 新緑の瞳が少し不安そうに瞬いた。

「『味見してごらん』」

「『ガルマ、食べてみて』」

「『りょーかい』」

 小皿に盛って含んでみれば、ん。

「『いい味。“ギレン”の好みだ』」

「『よかった!』」

 飛び上がらんばかりに喜ぶ様は、めちゃくちゃ愛らしいね。

「『この調子で、他のも仕上げちゃおう』」

 腕まくりして取りかかる横で、少女は健気にお手伝い。

 構成はフルコースだけど、実際はテーブルにドバっと並べる感じ。いちいち給仕が大変だからね。

「『そろそろ来るぞ』」

 キャスバルが促してくる。

「『お前も手伝ってよ』」

 そこで嫌な顔をしない!

「『……何を手伝えと?』」

「『ブルケスッタ。そこにあるトマトとオリーブ乗せといて。スプーンで盛るだけ』」

「『わかった』」

「『終わったら、リフリジェレイターからムースとカクテル出して』」

「『……わかった』」

 ソファで寝てばっかりで居られると思うなよ。

 こちとら、牛のカツレツとパスタとリゾットが同時進行なんだ。

 “ギレン”がタチとデラーズに引きずられて帰って来たのと、リゾットが出来上がるのとほぼ同時だった。

 ミラノ風カツレツはそろそろ余熱で仕上がるし、ポルチーニのフェットチーネも、もう出来る。

「『あー、おかえりー』」

 呼びかけたのに。

「帰る!!」

 って、自宅からどこに帰るの? 実家??

「あんた何処に帰る気ですよ!? 良いから家ん中にお入りなさい!!」

 ほら、タチが切れてるし。

「……なぜここにガルマ様たちが……」

 デラーズが呆然と問いかけてくるけど、その前にその銃しまってよ。ララァが怖がるじゃないか。

「そうですよ! あんたたちも何で居るんだ!? セキュリティはどうしたんです!? 不法侵入だ!!」

「『やだなぁ、そんなにキレ散らかして。落ち着いてくださいよ。食事の支度もできてるんです』」

 やれやれと肩を竦めて、ため息を落とす。

 一連の騒動に、キャスバルが腹を抱えて笑ってる。

 取り乱した“ギレン”がツボに入ったらしい。

 エントランスからリビングにかけては、ちょっとしたカオスだった。

 “ギレン”はおれの顔を見て、ギリリと怒りの表情を見せたけど、それ以上におれが怒ってることにすぐに気付いて、ぱちくりと目を瞬かせた。

 そう。実は怒ってんの。かなり深く。

 顎をしゃくって、部屋の中に戻る。

 おれの放つ空気に気づいた面々は、それぞれ顔を見合わせて、何事かと思案してるようだったけど。

「『早くおいで、せっかくの料理が冷めちゃうよ。帰宅組は、ちゃんと手を洗ってね』」

 とりあえず美味しくいただこう。

 話はそれからだ。

 テーブルにこれでもかと並び立てた品々に、目を丸くしてるのは、タチとデラーズだった。

 “ギレン”は珍しく神妙な顔で、こっちの出方を伺う様子だったけど、すぐにララァの期待に満ちた眼差しにタジタジになってるし。

 その様子を、キャスバルが意地悪そうにニヤニヤしながら見てる。

「『ワインは適当に見繕ってきたから、好きなの開けて』」

 と、差し出してみたものの、誰も栓を開けなかった。

 表面上は和やかに食事は進む。

 ララァの視線に応えるためにか、“ギレン”はトリッパを口に運び、数回「美味い」と褒めていた。

 ララァの笑顔が輝いていたことは、言うまでもなかろうよ。

 あれだけ作った料理も、それぞれの胃袋に収納されて、皿はとうとう空っぽになった。

 食後のコーヒーを用意して。

「『取引をしよう』」

 切り出せば、“ギレン”は酷く警戒した顔を見せた――鍵の壊れかけた猛獣の檻の前にいる人のような。

「取引、とは」

「『あの子たちのことだよ』」

 そう言うと、“ギレン”はようやくおれが何に憤ってるのか思い当たった様子だった。

 そう。おれのことは、取り敢えず、今は良い。

 長年に渡り蔑ろにされてきたのも、いきなりニュータイプ研究所に突っ込まれた事も置いておく。

 兵卒でのスタートについては、仕方がないと納得もしてる。

 腹立たしいのは、おれの大事な子供たちの事だ。

「『“ギレン”が実家を出た経緯は聞いてる。戻れとは言わない。だけど、あの子達をいきなり放りだすことは赦さないよ』」

 アムロも、ゾルタンもミルシュカも、“ギレン”のことを保護者だと思ってるんだ。

 残念ながら、おれとキャスバルは仲間枠だから、保護者にはなれてない。

 そんな中、“ギレン”が出て行ったことで彼らがどう思ったか、多分、想像すらしてねぇんだろ。

 アムロは母親から置いていかれ、父親からは放置されてるし、ゾルタン達は実の親からニュータイプ研究所に売られたんだ。

 あの子達は、今度のことで“また捨てられた”って嘆いてるんだ。

 おれの大事な子供達を、よくも泣かしてくれたね、“ギレン”?

「『月に数回、あの子達と過ごす機会を設けて。忙しいのは百も承知。否となれば、この先、穏便に過ごせる場所なんて無いって思うと良いよ』」

 それが、軍の執務室であっても。

 地球で起こしたアレコレの惨劇――こっちでは流石に手加減するけど――を、まさかムンゾで繰り返したいとは思うまい。

 目をカッぴらいて“ギレン”を睨む。

 “ギレン”もギリギリ睨んでくるけど、負けると思ってんの?

 こないだ考えた10のプランを炸裂させてやろうか。

 見交わす先で、深々と溜め息を落とした“ギレン”が視線を逸らした。

「……それに関しては、思慮が足りなかった。反省している」

 ボソボソと回答が。

「『ホントにね。あの子たちにとっては、“ギレン”こそが“父親”みたいなもんなんだし。ちゃんと自覚しといてよ』」

「――あぁ、そうだな」

 “ギレン”の視線が戻ってくる。

 さぁ、反省したなら取引といこうか。

「『叶えてくれるなら、おれは開戦のその時まで、全てにおいて“報連相”を徹底するよ。“伝書鳩”にちょっかいも掛けない。おとなしく軍務を全うする』」

 約束しよう。

 縛りは大嫌いだけど、あの子達のためなら我慢もしようさ。“鎖”も“檻”も甘んじて受け入れる。

 真っ直ぐに“ギレン”を見る。

 両隣で、ララァは祈るみたいに手を組んでるし、伝書鳩の親玉は、口パクで“受け入れなさい!!”と声無き叫びを上げていた。

 沈黙は短かった。

「……月に二回、私が休みの日に、泊りがけで来させよう。客間は二つある、雑魚寝になるが、構うまい?」

「『いいの!?』」

 おれより先に、ララァが飛びついた。

「アムロやゾルタン、ミルシュカもだ。シロッコが引率してくれば問題あるまい? 食事は――まぁ、簡単なものなら作れなくもないし」

「『わたしが作るわ!』」

 今回のことで自信を持ったんだろう。ニコニコしてる少女の為に、厨房にさらなるレシピ伝授をお願いしておこうかな。

「『じゃ、そういうことで。必要なものはある程度揃えといたけど、足りなかったら執事かメイド頭に言えば用意してくれるから』」

 持ってきた鍋窯、食器類やその他諸々は、実のところコレを想定してた訳だ。

 タチが今更ながら周りを見回して身震いしてる。

 デラーズは、ジッとコーヒーの表面を見つめてるだけだった――お代わりかな?

「ここにもコンシェルジュが居るが」

「『あの子達の好みは知らないでしょ』」

 色々細々とあるんだよ。

「『念のため、おれの生体認証登録はそのままにしといて。消してもまた入れるけど、面倒だし』」

 渋々でも頷いたのを見届けて。

 さて、じゃあそろそろ撤収しようかな。

 後片付けを済ませ、渋るララァを宥めすかし、またしてもソファに埋まってるキャスバルを掘り起こすようにして“ギレン”宅を後にする。

 幸い、タチがザビ邸まで送ってくれるとの事だった。

 車内で、うつらうつらし始めたララァが肩に凭れてきた頃に。

「……で、誰なんです? 我々を売ったのは」

 タチが唇を歪めて問いかけてきた。

 秘密裏に用意した筈の“ギレン”の新居を特定し、あまつさえセキュリティまで破って見せた。不定期な帰宅を予見してるし、そりゃ身内に内通者が居るって考えるのは自然だ。

「『見当ついてるんでしょ』」

 おれと取引した相手も、その条件も。

「…………アンタ、本当に、おとなしくなるんでしょうね?」

「『疑うの?』」

 ぷくりと膨れる。あの子達を守る為の条件を、おれが破るわけ無いだろ。

「『信じていい』」

 答えたのはキャスバルだった。長い指が手の甲を宥めるように撫でていく。

 タチは鼻を鳴らしただけだった。

 

 

「おかえりなさい、ガルマ、ララァ。いらっしゃい、キャスバル兄様」

 遅い時間だったけど、エントランスでアルテイシアが出迎えてくれた。

「『ただいま。遅くなってごめんね』」

「今日中に顔が見れたからいいわ!」

 微笑むお姫様の頬にキス。

「お話し合いはうまくいった?」

「『“ギレン兄様”に条件を飲んでもらったよ』」

「すごいわ!」

 そんなやり取りをしてたら。

「『早くも若夫婦みたいに見えるな』」

 キャスバルがニヤニヤと突っ込んできて、アルテイシアが真っ赤になった。

 やめて。可愛すぎて、赤くなったところ、ちょっと囓りたくなるからやめて。

「『……ガルマは本当にお姫様が大好きね』」

 ララァが眠たげに目を擦りながら、ぽそりと呟いてあくびをした。

「ララァったら!」

 頬を赤くしたまま、アルテイシアが同い年のララァの手を取って、おやすみなさいの挨拶を告げてきた。

「『おすみなさい。叶うなら、夢の中でまた会いたいね。僕のお姫様』」

 それからおまじないのように、おでこにもまたキスを。

 兄の冷やかしの眼差しから逃げるようにして戻っていくアルテイシアに連れられて、ララァもまた部屋に戻っていく。

「『この分だとデラーズの心配は杞憂で終わるということだな』」

「『何か言ってた?』」

「『ニュータイプ研究所で、美女三人に迫られていたと』」

 思わず笑いが溢れた。

 後片付けをしている時にでも聞いたのかな。

「『確かに麗しの乙女達だけどさ。おれに婚約者がいるって話は広く知られてるし、そもそも、彼女達は俺をあんまり“男”って思ってないよ』」

 むしろ、お人形さんとか。

 無害だと思うからこそ、無防備でいられる。平気で触れてきて、だけどそれだけ。

 意識に触れる思考波からは、そういった好意は感じ取れないからね。

「『それは良かった。妹が泣く羽目になるのは面白くないからな。その調子で誑しこまれるんじゃないぞ』」

「『おれ、意外と身持ちが固いって知ってるでしょ?』」

 その返しに、キャスバルは声を上げて笑った。

 本来なら客間を用意すべきことだけど、いつもの流れで、キャスバルはおれの部屋に泊まることになる。

 たどり着いた私室では、既にアムロとゾルタンと、なんとフロルまでが眠っていて、ベッドのかなりの面積を占拠していた。

 育ってんなー。

「こんなに大きくなっても、まだ保護者が必要かい?」

 キャスバルが溜め息をついてる。

「そうさ。まだローティーンだ」

 ちゃんと保護者に世話されてないと、その後の人格形成に問題が出ることがあるのさ。

「愛情なら君のそれで十分だと思うがな」

「ならいいけど。でもあまり傍にいてあげられない」

 状況がそれを許してくれないから。

 “ギレン”はあれで懐に入れた相手に対しては、結構な世話焼きだし、優しさも見せる。案外押しに弱いし。

「ズムシティから、基本出ることがない“ギレン”が適任なんだ」

 それはソレとして。

「『……客間で寝たほうがいいかね?』」

「『そうだな』」

 ボソボソ相談してたら、何かムニャムニャ言いながら、アムロが薄目を開けた。

 お。起きた? 寝惚けてるだけ?

 霧がかかったみたいな碧の瞳が、みるみるきらめきを取り戻して。

「『ガルマ!』」

 起き上がってきたのを抱きしめる。

「『ただいま』」

「『おかえり。もっと早く帰ってきてよね!』」

「『ごめんよ。だけど、“ギレン”に約束させてきたよ』」

「『……え、ホントに!?』」

「『月2回お泊り会な』」

 “ギレン”の休みの日だから、それなりに構ってもらえるよ。

 パァッと明るくなる顔を見て、急襲かました甲斐があったな、と。

「『あ、キャスバルもいるし!』」

 瞳を巡らせて、ようやく気づいたのか。

「『いるさ。ほら、つめろ』」

「『え、やだよ狭い!』」

 なんて言いながら、きゃらきゃらとアムロが笑う。

 ジュニアハイスクールに進んで、結構おとなびてきたなと思ってたけど、こういうところはまだ変わらないね。

 そんな風にギャンギャンしてりゃ、そりゃ起きるよな、ゾルタンもフロルも。

「『あ!』」

「『二人いる!』」

「『いるよー。ただいまー』」

「『もっと早く帰ってこいよ!』」

「『遅いよ!!』」

 ふはは。おんなじコト言ってるよ。

「『ごめんよ』」

 空いた隙間にダイブ。ふたりを巻き込んでギュギュッっとすれば、バタバタと暴れられた。

 アムロにしたのと同じ説明をしてみれば、もう大騒ぎである。

「『お泊り会だ!』」

「『僕も行って良い?』」

「『良いよ。マリオンも誘いなよ』」

「『うん!』」

 広いフラットだったから、全員行ったって問題ないよ、あれ。ホームパーティーだってできる。

 女の子達とパプティがいれば、まぁ、なんとかなるでしょ。

 みんな、“ギレン”の言うことは聞くらしいしね。

 そんな感じで、夜中の大はしゃぎは、女中頭が鬼女の微笑みでやって来るまで続いた。

 とても――おっかなかった。

 

 

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