ザビ家成り代わり   作:くずみ@ぼっち字書き。

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【成り代わり】another ORIGIN 謀略の"ギレン" 32【転生】

 

 

 

 士官学校の卒業式は、何とか無事終了した。

 馘になるドズルが男泣きに泣き、ワッケインが来賓として挨拶し、キャスバルが卒業生総代となって答辞を読んだりしたが、まぁそのあたりは想定内のことなので良い。“父”が、“ガルマ”を思う祝辞を読み上げたのも、十二分に想定のうちだったので、それも良い。

 無事でなかったのは、式の後だ。

 卒業証書を握りしめたキャスバルに、控室に凸されたのである。襲撃と云うに等しい荒々しさだった。

「話があります」

 言葉だけは丁寧に、キャスバルは云った。

 “ガルマ”は、卒業式には出席していない。証書は用意されたが、名前も読み上げられなかった。多分、自宅で“父”が手ずから渡すのだろう――尤も、それは随分先のことになりそうだったが。

 そう、“ガルマ”は、一足先に寮を出ている。荷物を置いてすぐにニュータイプ研究所に連行された。デラーズが、その任を担ってくれたのだ。まぁ、完全防備で行ったようだ。

 それは、ひとつには“ガルマ”自身のあれこれを考慮したためであるが、後の何分の一かは、何と云うか“悪ふざけ”しかねない市民に対する備えでもある。

 アースノイド至上主義者たちの手を躱し、今また連邦軍の鼻を明かした“ガルマ・ザビ”は、市民にとっては英雄なのだ。

 そして、少々お調子者の市民などが、お祭り騒ぎに担ぎ出そうとすることは、まぁ想定されたことではあった。残念ながら、理性的な市民ばかりではないと云うことである。

 キャスバルがここにきたのは、その“ガルマ”に関する話をするためだろう。

 卒業後のキャスバルは、シン・マツナガやゼナ・ミアとともに、ドズルの下に配属されることになっている。

 対する“ガルマ”は、無役での卒業、除隊であり、三ヶ月ほどニュータイプ研究所で“実験”につき合った後、今度はダークコロニーへ、一兵卒として赴くことになっているのだ。MSのパイロットになるための訓練があるからである。

 そのすべてが、士官学校の同級生たちに開示されているわけではないが、まぁ、キャスバルには筒抜けであるに違いない――何と云っても、ニュータイプと“なんちゃってニュータイプ”のコンビなのだから。

 キャスバルの表情は険しい。“ガルマ”を地球にやった時以来か――否、行方不明だった時の方が近いだろうか。

「……ここでできるような話か」

「いえ」

 ――なるほど?

 怒鳴り散らしそうだと云うことか。

「では、一度戻ってからで良いか」

 流石に、卒業生総代が来賓のひとりをつるし上げ、と云うのは拙いだろう。もちろん、物理ではなく、比喩的な意味においてだが。

「それで結構です」

 結構、結構ときた。

 これはなかなかに怒っているな、と思いながら、同じ船でズムシティに戻る。

 久し振りにザビ邸に戻ると、アムロやララァ、アルテイシアなどが出迎えてくれた。

 が、その顔は、キャスバルのまとう空気を感じてだろう、急速に曇ってゆく。

 子どもたちを軽く撫でてやってから、キャスバルを居間に導くと、子どもたちは空気を読んで、そっと見送ってくれた。

「……どう云うことですか!」

 ドアを閉めるやいなやの科白である。

「どう云うこと、とは?」

「ガルマのことです!!」

 ――まぁ、そんなことだろうとは思ったが。

 どうも、キャスバルは“ガルマ”に依存しているところがある。“ガルマ”が地球にいたあの間に、少しは改善されたかと思ったが、まったくそんなこともないようだ。

 これは、ドズルもシン・マツナガも苦労するな、と思う。もちろん生活史が違うので仕方ないところはあるが、1stや『the ORIGIN』の冷静沈着な“シャア・アズナブル”は、一体どこに消えてしまったのか。

「何故、僕はドズル中将の配下なのですか!」

 テーブルを激しく叩く。

「不満か」

「以前は、ガルシア・ロメオ少将の配下になると聞いていました!」

 なるほど、それなのに“ガルマ”は除隊になり、自分はシン・マツナガと云う監視つきでドズルの下、と云うことが不満の元らしい。

 しかし、そもそも、

「私は、お前たちをガルシア少将の下につけると明言した憶えはないが?」

 それに、ガルシア・ロメオに告げたのも“ガルマ”ひとりのことであって、キャスバルについては何も云った憶えはない。

 第一、“シャア・アズナブル”はともかくとして、キャスバル・レム・ダイクンをガルシア・ロメオの下になどつけることはできるまい。キャスバルをキャスバルとして軍に入れるのなら、軍参謀本部か、ぎりぎりでドズル、あるいはキシリア配下である。ドズルにしたのは、キシリアとキャスバルの相性が悪そうだったから、それだけのことでしかない。

「ですが! ガルマをガルシア少将の下におつけになるとおっしゃったのでしょう?」

「誰がそのようなことを?」

「ガルマです」

 聞いて、小さく舌打ちする。まったく、そう云う勘だけは良い“弟”だ。

「……確かに、“ガルマ”については、そのような考えではいた。しかしな、キャスバル、私はお前については何を決めていたわけでもないのだ」

「何故です! 僕以外の誰が、ガルマの手綱を取るのだと? それならば、当然僕が、ガルマと同じ部署に配属されるべきでしょう!」

「だが、“キャスバル・レム・ダイクン”を、ガルシア・ロメオの下につけるわけにはいかん。そうではないか?」

 ザビ家の、否、ムンゾの秘蔵の子、いずれは首相候補にとも云われるジオン・ズム・ダイクンの遺児を、普通の士卒として配属させるわけにはいかない――“シャア・アズナブル”ならばともかくとして。

 だが、“暁の蜂起”のあまりに甚大な被害故に、主犯格である“シャア・アズナブル”は、書類上除隊したことになっている。主席であったことと、真の主犯が他にあったからこそ、卒業式には出席できたものの、この後すぐに、“シャア・アズナブル”の名は抹消されることになるのだ。

 キャスバルは、その代わりにキャスバル・レム・ダイクン本人としてドズルの下に配属になる――シン・マツナガは、当然補佐兼お目付役である――のだ。ダイクンの子を、まさかそのままの名でMS乗りにはできるまい。

 それを云ってやれば、キャスバルは、ぐっと言葉に詰まったようだった。

「それ、は……」

「そうだろう、そうであるなら、お前は参謀本部付少尉あたりからはじめるのでちょうど良いのだ」

 まぁ、一足飛びの叙任であるには違いないが、ザビ家の秘蔵の子、ジオン・ズム・ダイクンの忘れ形見であるならば、反対するものもないだろう。実際本人は、既にムンゾ大学を卒業してもいる。そして、軍内部、特に上層部には、“シャア・アズナブル”がキャスバル・レム・ダイクンであることに気づいているものも少なくはないはずだ。

 そうであれば、キャスバルの配属先や位階に関しては、納得するものの方が多いのではないか。

「でも、それではガルマが……」

「何だ、まだ“ガルマ”離れできていなかったのか」

 思わず云うと、青い瞳にじろりと睨まれた。

 だがまぁ、他にどう云えば良いと云うのだ。

 何と云うか、キャスバルは少々“ガルマ”に対して分離不安のようなものがあるらしい。分離不安と云うのは、通常、幼児が主に母親と離れることに対して起こることが多いようだったのだが、調べてみると、大人の分離不安と云うものもあるようだ。強いストレスが原因になると云うことだったが、正直に云えば、この時間軸のキャスバルは、母親にも充分甘えられたはずだし、そんなことはないだろうと思っていた。

 しかし、どうやらそれはこちらの思い違いであったようだ。

 もしかすると、原作軸においては母への想いを拗らせていたのが、この時間軸では対象を“ガルマ”にしてだけのことなのかも知れない。だとしたら、結局のところ、何がどうあれキャスバルは、“家族”に対するコンプレックスを持ち続けると云うことになるのか。

 ――実の母親も妹も傍にいるのだから、少しはましになっても良いだろうに。

 なかなかそうはいかない、と云うのは、人間の心理の不思議さなのかも知れないが。

「私はてっきり、地球行きあたりのごたごたで、“ガルマ”離れできたのかと思っていたのだがな」

「何ですか、ガルマ離れって!」

「言葉どおりだが。親離れ子離れならぬ“ガルマ”離れと云うことだ」

 キャスバルは顔を真っ赤にするが、まぁつまりはそう云うことだろう。

「僕は、ガルマがいなくては何もできないわけじゃない!」

「おや、そうかね」

 “ガルマ”が地球に降りたり、行方不明になった時には。ぴいぴい云っていたじゃないか、と云うと、怒りの故か、あるいは羞恥にか、赤い顔がさらに赤くなった。

「そんなんじゃない!!」

 と云うが、どう見てもむきになっているだけにしか映らない。可愛いものだ、と思わなくもない。

 が、軍務にまでそう云うところを持ちこまれるのは、やはり良いことではない。況して、キャスバルはジオン・ズム・ダイクンの子である。望むと望まざるとに拘らず、人びとの耳目を集めずにはいられないのだ。

 そんなキャスバルが、ある特定の個人にだけひどく執着している、と云うことを悟られるのは、本人にとってはあまり宜しくない事態だろう。

「どうせ、“ガルマ”は上に上がってくる」

 別段宥めるつもりがあるではないが、そう云うと、キャスバルがじっとこちらを見つめてきた。

「MS乗りになるのだ、戦功さえ上げれば、あれも少尉や中尉になるのは早いだろう。その時に、あれの上に立つに相応しい士官であれるように、今から精進するのだな」

「……ガルマを、MSに乗せるのですか」

 その問いには、首を傾げざるを得なかった。

「何を今さら。だからこそあれは、まだ幼い時分にあの三人に会いに行ったのだろう?」

 “黒い三連星”、ガイア、マッシュ、オルテガに。

「その前から、あれは本気だったさ。だから私も、あれ用のMSを用意させようとしているのだ」

「ザビ家の子を、一兵卒としてですか!」

「それは誤算だったがな」

 まぁ、まさか“暁の蜂起”があんな大惨事になるとは思わなかったのだ。

 そうでなければ、“ガルマ”を中尉くらいで入隊させ、MS部隊のひとつも任せられたのだろうに。

 まぁ、過ぎたことを云っても仕方ないのだ、が。

「それに関しては、お前もいけないのだ。あの騒動に関しては、お前と“ガルマ”が共同正犯だろう。そうである以上、お前が今回の沙汰にあれこれ云う資格はない」

「……僕が、主犯になっていれば、こんなことにはならなかったと?」

 キャスバルの、軋るような声で発せられた言葉に、片眉が上がる。

「私の云うことをきちんと聞いていたか? どちらが主犯でも、当分お前たちを一緒にはできない。何をやらかしてくれるかわからんからな」

 そう云って、手をぶらぶらと振ってやる。

「私はそもそも、“ガルマ”の手綱を取れと云ったのだ。競走馬のように走らせろと云った憶えはない。憶えておけ、お前がきちんと“ガルマ”の手綱を取れるようになるまでは、お前たちをひとつところに置く気はない」

 そう云って、椅子から立ち上がる。

「どちらへ?」

「帰るのだよ」

「は?」

 心底わからぬと云う顔。

「この家から、どこへ帰られると云うんです?」

「私もこの家を出たのでな。――代わりと云っては何だが、かつての“母”の部屋を、今はアルテイシアが使っている。今日も来ているだろうから、久し振りに顔を見せてやると良い」

「で、でも」

「アムロたちもいる、旧交をあたためたらどうだ」

 まぁ、残念ながら“ガルマ”は帰ってこないのだが。

 廊下へ出ると、向こうからララァ・スンがやってきた。

 その頭を軽く撫でる。

「ではな」

「ギレンさん!」

 伸ばされる手をするりと躱す。ここで絆されて、ぐだぐだになってしまいたくはない。

 ザビ家付の運転手に、軍本部まで送ってくれるように頼むと、“父”と行き合わぬよう、早々にザビ邸を脱出した。

 

 

 

 そう云えばうっかり失念するところだったと、軍本部に戻ってすぐに、タチを呼び出す。

「アナハイムの件は、どうなった?」

 ウォン・リーとの交渉の後、すぐさま“暁の蜂起”に突入してしまったので忘れかけていたが、あの話の裏を取らねばならぬ――アナハイムCEO、メラニー・ヒュー・カーバインが、地球からユダヤ以外の全人類を宇宙に上げるために、連邦政府に多大な寄付をしていると云う話の真偽は、どうだったのか。

「結論から申し上げますと、寄付自体は本当の話です」

 タチは、報告書を片手に、そう云ってきた。

「なかなか……凄い額ですよ。ムンゾの国家予算とまではいきませんが、年間の福祉予算に近いくらいです。とても、一民間企業からの寄付額とは思われませんね」

 と云って渡された資料に書かれた数字は、確かに驚くような額だった。少なくとも、民間企業からの“寄付”にしては、桁数が大き過ぎる。確かに、国家予算とまではいかないが、国家の一部門の予算額としてなら、あり得ない額でもないものだった。

「――メラニー・ヒュー・カーバインと云う男は、本気でエルサレムを、ユダヤだけの聖地にするつもりなのか……?」

「どこまで本気かはわかりかねますが、少なくとも、周囲にそう信じさせるほどのつぎこみようだとはわかりましたな」

「宗教と云うのは、恐ろしいものだな……」

 無論、それ以外の何かの利権のために、これだけの巨額の“寄付”をしている可能性もなくはないが――そうであればまたそれはそれで、面倒な何かがついてきそうだと云うことだけは、よくわかった。

 人間、伊達や酔狂で出せる額と、そうでないものがあるのである。

「さて、どうしたものか」

「暫くは放っておかれて宜しいのでは?」

 ひょいと肩をすくめて、タチは云った。

「所詮は民間企業のことです。あまりに度が過ぎれば解任されるでしょうし、そうでなくとも、またあのウォンとか云う男から接触してくるでしょう。アナハイムのことより先に、閣下がなさるべきことは山とありますからね」

「うむ、まぁな」

「とりあえず、早急にしていただきたいのは、お引越しです!」

 そう云って、紙と鍵らしきものを机に叩きつける。

「閣下のお部屋です。立地もセキュリティも、これ以上の場所はありませんよ!」

「私に払える物件だろうな?」

「高給取りが、何をおっしゃるやら」

 とは云うが、元々のあれこれでの“便利がよくセキュリティが良い”物件の家賃が、下手をするとこちらの月給どころではなかったことを考えれば、心配したとて仕方ないことではないか。

 渡された物件の詳細に目を通す。

 案の定、ズムシティの一等地であり、よく確認すれば、金属の鍵の他に、生体認証システムと認証コードが必要と云う、年配者にはやさしくない仕様のようだ。

「……確かに、セキュリティは万全のようだな」

「でしょう!」

 胸を張られても。

「備えつけの家具もある部屋です。まぁ、単身者用と云うにはゆったりめですがね。閣下のようなお育ちでは、ネズミ小屋と云うわけには参りませんでしょう」

「……まぁな」

 鉄オル世界では、個室があれば上等だったが、セブンスターズ入りを果たしてからは、クジャン家やらイシュー家やらの広大な邸宅になっていたし、元々の方でも、田舎暮らしで大きめの一戸建てだった。つまりは、集合住宅そのものに不慣れなのである。

 まぁ、子どもがいるわけでもない、暴れまわって上下左右の家主から、騒音の苦情を捩じこまれることもないだろう。それだけでも、独り身と云うのは気楽なものだと思う。

 シロッコは、入れ違いで退勤していたから、新しい住所のことは、まだ暫くは知られずに済むか。

「それじゃあ、早速」

 とタチは云った。

「いや、まだ帰らんぞ」

「は?」

「今日は、士官学校の卒業式で、何の仕事もしていないからな。一応、書類の確認だけでもしておきたい」

「いやいや、来賓になるのも立派な仕事でしょうが!」

 と云うが、まぁ、自✕隊の勧誘にでもありそうな言葉を並べ立てただけで、仕事らしい仕事をしたと云う感覚はなかったのだ。

 デスクの上のファイルや、PCの中のメール、データなどの量を見るにつけ、今日のうちに仕分けくらいはやっておきたいと思わずにはいられなくなった、と云うのが、正直な話であった。

「アンタ、“休むことも立派な仕事だ”とか、他の人間にはおっしゃいませんでしたか?」

「――まぁ、今日の“仕事”が、遊びのようなものだったからな」

 大体、その科白は誰に云ったものだったか――それこそワーカホリックな誰やらに云ったものでもあっただろうか。

「それに、上が仕事が多くなるのは当然だ。そのために、上に上がるほど、勤務時間も何も、固定ではなくなるのだからな」

 残業代の消滅も、また然りである。

 まぁ、こちらも休日に仕事を入れるほどの仕事中毒患者ではないので、これくらいの“残業”など、大したものではないだろうと思う。元々の方の上司などは、“休日”にも仕事をするような人物だった。そこまでのものは、様々な意味でありはしないのだ。

「――わかりましたよ」

 タチは、遂に頷いた。

「ですけどね、私がせっかく調達してきたんです。今日はきちんとその部屋に“お帰りになって”下さいよ!」

「わかったわかった」

 確かに、ここにスーツケースを置きっぱなし、と云うわけにもゆくまい。少なくもスーツケースそのものくらいは、その新しい住居に置きにゆくか。

「とりあえず、仕分けだけ終わらせたら、今日は終わりにする。部屋にも行く。それで良いだろう?」

「いえ、信用なりませんので、案内も兼ねて、送らせて戴きます」

 きりっとした顔で云う――どれだけ信用がないのか。

「デラーズ大佐とも、そう云うことで話がついておりますので。さぁ、ちゃっちゃと終わらせて下さい!」

「……デラーズもか」

 思わず舌打ちするが、タチの表情は変わらなかった。

「当然でしょう、大佐殿は、閣下の親衛隊長ですよ。その方を巻きこまずして、一体どなたを巻きこめと?」

「巻きこまないと云う選択肢は?」

「ありません」

 きっぱりと云われると、脱力するしかない。軍総帥の威厳とは。

 口うるさい“親”が増えたようだと思いながら、仕分けを終え、ついでにと、承認だけすれば良い書類に手をつける。

「ちょっと、閣下!」

「ここで泊まらんのなら、せめて承認だけはさせろ」

 控室で寝泊まりするのなら、通勤時間を短縮できるので、その分少しばかり長く仕事ができるのだが、外にきちんと家を持つなら、そうもいかなくなるからだ。どうせなら、明日はゆっくりと――あくまでも定時ではあるが――出てきたいのである。

「……仕方ありませんね」

 タチが折れたので、承認だけの案件はどんどん捌く。

 他の将官たちと協議が必要なものもあり、そちらは翌日に回すが、概ね――八割方は――当方の承認だけで通せる案件だ。

 それでも、やはりそこそこ時間はかかり、終わった頃には、既に二十一時を回っていた。つまり、かれこれ二時間ほどを、仕事に費やしたことになる。

「――で、帰られますか」

 いつの間にやらティータイムに突入していたタチが、顔を上げて云った。その向かいにはデラーズもおり、やはり優雅に茶を飲んでいる。

「あぁ、とりあえずは」

 どう云うことだと思いながら、そう答えると、二人は素早く立ち上がった。

「じゃあ、帰りましょう。ほらほら、参りますよ」

 とタチが云い、既にスーツケースを手にしているデラーズが頷く。

「お前は、私の親なのかな……」

 思わず呟くと、顔を顰められた。

「止めて下さいよ、歳上の子どもなんか要りません」

 対するデラーズは沈黙。これも、いつものことになってきた。

 何たる云い種か、とは思ったが、藪を突いて蛇を出したくはない。口は噤んでおくに限る。

 ほとんど連行されるように車に乗りこみ、知らぬ場所へ連れて行かれる。

 件の場所は、アストライア・トア・ダイクンのフラットにほど近い一角にあった。あちらは、共和国の重鎮たちに相応しい、やや重厚感のある佇まいの建物が多かったが、こちらはどちらかと云えば成り上がり向けの、つまりは今風のモダンな建物の多いあたりである。ダイクン家のあるあたりがお屋敷町なら、こちらは高額所得者向けの新興住宅地、と云うところだろうか。

 こう云う場所に軍服、とは、いかにも浮きそうな雰囲気である。まぁ、まさか軍総帥が住むとは思わないだろう、と云う意味では、良い立地ではあるのだろうが。

「流石に一階、と云うわけには参りませんので」

 と云う、タチの選んだ部屋は、五階だった。

 角部屋だが、建物のひしめき合うズムシティの常として、すぐ横は隣りの建物の壁、つまり、角部屋でも三方ではなく、二方にしか窓はない。

「――なるほど」

 こちらの好みをよくわかっている。

 タチは胸を張った。

「どうです。閣下のお好きそうな部屋を探し出しましたよ!」

「うん、そのとおりだな」

 流石に最初は金属の鍵と、認証コードでロックが解除された。

「ついでなんで、今、生体認証システムの登録もしましょう」

 と云われ、網膜と指紋の登録をする。

「われわれの分も是非!」

 などとデラーズが云い出し、面倒なので、タチも一緒に登録した。これで、何かあったらこの二人は巻きこめると云うことだ。

 部屋は、4LDKの広いもので、普通ならば夫婦、あるいはそれに子ども一人の、少なくとも二、三人で住むのだろうと云う間取だった。

 入ってすぐの左手に二部屋、右手にも一部屋が配置されている。通路を抜けて大きな、大き過ぎるほどのリビングとダイニング、キッチンがあり、その奥に、ゆったりとした主寝室がある。所謂水回り、バス、トイレは主寝室の奥にひとつ、シャワーブースが、書斎用と思しき部屋以外の二部屋にそれぞれある。トイレはその他にひとつ、来客も意識した作りだ。

「単身者用かと思ったが、これはファミリー向けだな」

「セキュリティその他を考えると、ここしかあり得ませんでした。書斎もございます、不足はございませんでしょう?」

「……まぁな」

 主寝室や客間――とりあえずは――には、ベッドやナイトテーブルが、リビングとダイニングにも家具が入っており、今来客があっても対応できそうだ。尤も、食品や食器、調理器具の類は一切ないから、実際暮らすとなれば、いろいろ調達しなくてはならないが。

 書斎用の部屋も、デスクと書架は備えつけられているが、当然蔵書はないので、ここもおいおい埋めていくか――まぁ、あっと云う間に足らなくなる可能性は高いのだが。

「お気に召しましたか」

「あぁ、気に入った」

 集合住宅に住むのなど、かるく百年ぶり――鉄オルでの集団生活は除く――くらいだが、これならばいける、気がする。

「そうでしょうとも!」

 タチはドヤ顔になった。

「大体、あんな邸宅にお住まいだった方が、単身者用の部屋で落ち着くわけがないんです。――お部屋もできましたから、もう少しまともにお帰り下さいよ!」

 そうして、タチとデラーズは帰っていった、

 独りになって、改めて部屋の中を探索する。

 このアパートメントは、ゴミをダストシュートで投げこむタイプらしく、そのあたりも含めて煩わしさが極力排除されている。軍務などと云うのは、一般的な事務職に較べて不規則なところがあるので、そのあたりもタチが考慮したのだろう。まぁ、“ゴミは、決められた曜日の朝の八時半までに家の前に”のようなルールがないのはありがたい――その分の管理費が、かなり高いのは仕方のないことだ。

 主寝室のベッドは、クイーンサイズだった。まぁ単身者とは云え、この広さの部屋にセミダブルでは恰好がつかない。これはこのまま使うことにしよう。

 クロゼットに、少ない衣服とスーツケースを収め、シャワーだけを使ってベッドに倒れこむ。

 こう云うアパートメントには、大概コンシェルジュと云う名の管理人がいるはずだから、とりあえず必要な消耗品の類は、そこに頼んで取り寄せてもらうか。

 つらつらと考えているうちに、睡魔が忍び寄ってきた。

 心地良い眠気に身を委ね、夢も見ずに朝まで眠った。

 

 

 

 とは云え、仕事場で寝起きする“便利さ”には、なかなか抗えないものである。

 新しい住居を充てがわれたにも拘らず、何だかんだと控室で寝泊まりしていたら、一週間ほどでタチにキレられた。もちろん、デラーズも控えている。

「どう云うことですかアンタ!!」

 と、怒鳴られる軍総帥もどう云うことなのか。

「何のために、私があの部屋を押さえたと思っておられるんですか! アンタの物置にするためじゃないんですよ!!」

「お前は、いつから私の親になったのかな」

「歳上の息子なんか要りませんよ!」

 この間の応酬を繰り返し、タチは、デラーズと二人がかりで椅子から立ち上がらせてきた。

「明日はお休みでしょうが! 休日くらい、家に帰って下さいよ! 下のものに示しがつきません!!」

「厭だ、と云ったら?」

「力尽くで休ませるまでです!!」

 それは、仮にも上司に向かって云う言葉なのか。

 タチだけなら勝てる自信はあるが、残念ながら、敵にはデラーズも加担している。デラーズが入ってしまうと、まったくもって勝てる気がしない。

 渋々車に乗って、“自宅”へと連れられる。一週間ぶりの“我が家”――つまり、初日以来帰っていないと云うことだ。

 時間はさほど遅くもない――二十時を少し過ぎたくらい――が、エントランスにも共用通路にも、人の姿はなかった。休日前なので街に繰り出しているのか、あるいは休み前で仕事が終わらぬか。

 ともかく、通路をずっと歩いてゆく、と。

「……ちょっと待って下さい」

 部屋の前まで連行された時、前をゆくタチが、ぴたりと足を止めて云った。

「誰か、閣下の部屋にいます」

「侵入者か!」

 デラーズの手が、素早くホルスターにかけられる。流石に、一般の集合住宅で銃撃戦は拙いと思うのだが。

「――とりあえず、私が参ります」

 ごくりと唾を呑み、タチが云う。

 生体認証とコード入力でロックを解除し、気配と足音を潜めて、室内に足を踏み入れる。

 と、

「あー、おかえりー」

 死ぬほど聞き憶えのある声に、思わず回れ右した。

「帰る!!」

 と踵を返そうとすると、タチに腕を掴まれた。

「あんたどこに帰る気ですよ!? 良いから家ん中にお入りなさい!!」

 デラーズと二人がかりで部屋に押しこまれる。

 ぱたんと扉が閉ざされたところで、

「……なぜここにガルマ様たちが……」

 デラーズが呆然と呟いた。

 室内には灯りが皓々とつき、エプロンをかけた“ガルマ”とララァ・スンがキッチンに立っている。まなざしを転じれば、キャスバルが、床に置いた巨大なビーズクッションに、半ば埋もれるようにして坐って――坐って?――いる。

 ――三人がかりの襲撃か!

 思う横で、タチも叫んだ。

「そうですよ! あんたたちも何でいるんだ!? セキュリティはどうしたんです!? 不法侵入だ!!」

「やだなぁ、そんなにキレ散らかして。落ち着いてくださいよ。食事の支度もできてるんです」

 “ガルマ”は、のんびりと――少なくとも表面上はのんびりと――云って、ダイニングテーブルにつくよう促してきた。

 キャスバルは、巨大なビーズクッション――人を駄目にするあれ――に埋まったままで、笑い転げている。ララァ・スンも、大きな翠の瞳でこちらを見つめている。

 ダイニングテーブルの上には、湯気を立てる皿の数々。と云うか、こんなに食器はなかった、否、有体に云えば、フォークやスプーンの一本、皿の一枚、コップの一つもなかったはずだ。これと食材、それに鍋釜一式、全部持ちこんできたと云うことか。

「早くおいで、せっかくの料理が冷めちゃうよ。帰宅組は、ちゃんと手を洗ってね」

 力のこもった笑顔で“ガルマ”が云う。何となく、まとうオーラが尖っている。

 ――怒っているな。

 苛立ちなどではなく、これは怒りだ。しかし何故?

 とりあえず手を洗い、上着を脱いでテーブルにつく。タチやデラーズ、キャスバルも一緒だ。ララァ・スンは、隣りにちょこんと腰を下ろしてきた。

 何とも云い難い気分で、食事する。

 メニューはトリッパのトマト煮、カマンベールチーズのニョッキ、ポルチーニ茸のパスタ、アボガドと小エビのカクテルにセロリのムース、ブルスケッタ。三種のチーズのリゾットに、メインはミラノ風カツレツだ。

 どれもこれも好物には違いなかったが、怒りをたたえた“ガルマ”が何を云い出すのかと戦々恐々で、あまり食べた気がしなかった――隣りで賛辞を期待するララァ・スンのために、辛うじて「美味い」とは云ったけれど。

 ひと通り腹に収めて、食後のお茶を供してきた後、“ガルマ”は本題を切り出してきた。

「取引をしよう」

「取引、とは」

「あの子たちのことだよ」

 云われて、“ガルマ”が何を怒って――これは多分そうだ――いるのかが、ようやくわかった。

 “ガルマ”は、子どもたちを置いて家を出た、その一点に関して怒っているのだ。

「“ギレン”が実家を出た経緯は聞いてる。戻れとは云わない。だけど、あの子たちをいきなり放り出すことは赦さないよ」

 強いまなざしが、射抜いてくる。

 確かに、アムロもゾルタンも、そしてミルシュカもまだ幼いのだ。親に放り出された子どもたちを、引き取ると云ったのは確かに自分だ。

 それなのに、置いて出ていったなと、“ガルマ”はそれを怒っているのだ。

「……それに関しては、思慮が足りなかった。反省している」

「ホントだよ! あの子たちにとっては、“ギレン”こそが“父親”みたいなもんなんだし。ちゃんと自覚しといてよ」

 確かに、云われてみればそのとおりだ。

 その上、今は“父”もドズルも、そして“ガルマ”も家にいないのだ。完全に放り出されたと思われたとて、仕方ないことである。

「――あぁ、そうだな」

 “父”とのあれこれで頭に血が上って、すっかり失念してしまっていた。

「反省したんなら、取引だ」

 “ガルマ”は云った。

「月に数回、あの子たちと過ごす機会を設けて。忙しいのは百も承知。否となれば、この先、穏便に過ごせる場所なんてないって思うと良いよ」

 酷薄な笑みが、その顔に浮かぶ。“敵”を見る目、とまではいかないが、それに近い顔だ。

 そうして、“ガルマ”はやると云ったらやる。これまで、幾多の“敵”にそうしてきたように。

「叶えてくれるなら、おれは開戦のその時まで、すべてにおいて“報連相”を徹底するよ。“伝書鳩”にちょっかいもかけない。おとなしく軍務を全うする」

「……わかった」

 これは、端からこちらの負けが決まったことだったのだ。

 だがまぁ、確かに子どもたちを放り出してきたことは、罪悪感がなくもなかったので、ただ頷く。

「月に二回、私が休みの日に、泊りがけで来させよう。客間は二つある、雑魚寝になるが、構うまい?」

「いいの!?」

 ララァは云うが、まぁ、こちらがあの家に帰るよりは良い。“父”に捉まる心配もないのだし。

「アムロやゾルタン、ミルシュカもだ。シロッコが引率してくれば問題あるまい? 食事は――まぁ、簡単なものなら作れなくもないし」

「私が作るわ!」

 ララァは、やけに乗り気である。

 若干戦慄してしまうのは、これが“父”との新たなる戦いのはじまりにならないか、と云う危惧のためだと思いたい。

 “ガルマ”はひょいと肩を竦めた。

「じゃ、そういうことで。必要なものはある程度揃えといたけど、足りなかったら執事かメイド頭に云えば用意してくれるから」

 タチが身震いしながらあたりを見回した。デラーズは――あるいは、この部屋のセキュリティについて、再考しているのかも知れない。

 気持ちはわかる――まぁ、ここまで入りこめるのは、“ガルマ”だけではあるだろうが、それにしても、入りこんだ手段や経緯については、検証が必要だろう。

 それにしても、

「ここにもコンシェルジュがいるが」

 何も、わざわざ実家から持ってこさせることもあるまい、と云うと、“ガルマ”には簡単に首を振られた。

「あの子たちの好みは知らないでしょ」

 それは確かにそうではあるが。

「念のため、おれの生体認証登録はそのままにしといて。消してもまた入れるけど、面倒だし」

 正直に云えば、ものすごくデータは抹消したいし、認証コードも変えてしまいたい。

 が、こちらも後が面倒なので、とりあえず当分は、このままにしておくしかないか――ものすごく消してしまいたいが。

「……わかった」

 仕方なく頷くと、“ガルマ”は、満足したように頷き返してきた。

「じゃあ、おれたちはそろそろ退散するね」

 そう云って席を立ち、ビーズクッションに埋まったキャスバルを引っ張り上げる。どれだけそれにやられているのか。

 ララァは名残惜しそうだったが、次があると納得したのか、そこまで粘ることはなかった。

「それでは、私もこれで」

 デラーズが云い、タチも一緒に立ち上がる。

「――お送りしましょう」

 “ガルマ”たちに向かってタチが云い、そうして皆は帰っていった。

「では閣下、また週明けに」

 釘を刺すように云い、タチが最後に部屋を後にする。

 そうしてやっと、部屋の中は静かになった。

 ひとりになって、改めて部屋の中を見回す。

 棚にしまわれた見慣れぬ食器、キャスバルが沈みこんでいたビーズクッション、洗い桶、カウンターに伏せられた幾つかの鍋。きっと棚を開けてみれば、それ以外にもいろいろと見つかるのだろう。

 確かに、ほとんど何も持たずに家を出てきたから、ありがたいと云えばありがたいのだが、テリトリーに侵入されたことを、微妙に思わぬではなかったのだ。

 洗いものは大概片づいていた――多分、食洗機の中で、そろそろ乾きかけているのだろう――ので、シャワーだけ浴びて、寝ることにする。

 入ったバスルームには、なかったはずのシャンプーとコンディショナー、バスタオルにフェイスタオルまで足されていて、それもまた微妙な気分になる。

 ザビ家の邸宅にいた時も、使用人たちがいて、決してひとりきりではなかったはずなのだが、こんなにも騒がしいと思ったのは久し振りだった。ザビ邸の使用人たちは、それだけ“主たち”を煩わせない技術に長けていたのだな、と思うと、かれらのプロ意識が貴重なものに感じられた。

 本当に、“他人”がいると感じるのは、なかなかに疲れるものなのだ。それが、子どもの頃から知っているキャスバルであろうとも同じこと。そして、長い長いつき合いである“ガルマ”にしても、その感覚が完全に払拭されることはないのだ。

 ともあれ、くだくだと考えるのは、もうなしだ。とにかく疲れた。今日はもう眠りたい。

 クイーンサイズのベッドには、もちろん誰かが触れた痕跡などはなかった。

 何となしにほっとした気分になって、ベッドに倒れこむと、シーツに潜りこむこともなく、そのまま夢の中に滑り落ちた。

 

 

 

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