それなりに有意義ではあった。
ニュータイプ研究所での実験で、思考波のコントロールは格段に上達したし、“意識”を読ませない“鉄壁”もマスターした。
だけど、ニュータイプとして覚醒を深める一方で、周囲からは遠巻きにされるようになった。
――まぁ、そうだよね。
今まで身内や仲間たちが、全くと言って良いほど気にして無かったのが奇跡なんだよ。
普通は気にする。だって、ある種の異能なんだから。
なんてことを零してみれば。
「『あら、違うわよ』」
「『それ、巻き添えを嫌がってるだけだから』」
ニュータイプ女性陣が揃って肩をすくめた。
――どういうことさ。
「……言い難いんだけど、あなたが博士達をポカポカしてるのが原因なのよ」
レディ・アベイルも眉を下げてる。
「『ポカポカ?』」
「『そうよ。まぁ、分からなくはないけれど。あの人たちもデリカシーがないから』」
「『ガルマの前で、大事にしてる子達をデータ扱いすればどうなるのかなんて、分かりきってるのにね』」
あぁ、あれか。ゾルタン達を数値化して、もう1回実験したいとかぬかしやがったことか。
イラっとしたら例の装置が無双して、博士や研究員をハタいたりぶん投げたりしてたっけ。
「『大した怪我人が出なかったのが幸いだったな』」
シャリア・ブルも苦笑いをして髭を撫でた。
「『君は巷で言われているより、随分と好戦的だ。それでいておっとりともしているし、アンバランスな感じがするな』」
「『そうでしょうか。自分のことはよくわかりません。士官学校時代は、みんなこんな感じだったと思いますけど?』」
息を吐いて肩をすくめる。
シャリア・ブルは低く笑った。
「『成程。あの“暁の蜂起”は、起こるべくして起こったということか』」
いつかの世界線と同じように、おれ達のあの決起は、“暁の蜂起”と呼ばれることになったらしい。
やり過ぎたから、即開戦にならんか心配だったけど、その辺はムンゾと連邦の駆け引き、ついては“ギレン”とワッケインの話し合いやらでなんとか持ち直したとか。
反して、ルウムの方では脱連邦の動きが激烈に強まっていて、下手するとムンゾより先に独立宣言をかましかねない勢いだった。
――大丈夫なのか、ルウム。
キシリア姉様、まだ帰ってこられないんだよな。先日はシャアの実家で、ピーカンパイの焼き方を習ったなんて平和なメッセージが届いてた。花嫁修業か。
「『ガルマがここにいるの、3ヶ月だけだよね』」
セレナが左腕に絡んでくる。
「『そうだよ』」
その後は、ダークコロニーへ行けって指示がきた。“ギレン”から。いよいよMSパイロットへの道が開いたわけだ。
もちろん詳細は伏せられてるけど、連邦への示しの為に、ドズル兄貴の校長辞任と、おれの除隊とその後の無役での入隊は公にされてた。
全ての責めを兄貴とおれとで被る形になり、兄貴には誠に申し訳なく。
そうそう、兄貴と言えば、とうとうゼナ・ミアに電撃プロポーズを仕掛けたって!
返答は、YES。
やった! 全おれが小躍り大踊りして喜んでる。
サスロ兄さんも彼女を紹介しに家に連れてきたし、次々と婚約が整ってる次第。
これで、ザビ家では相手が決まってないのは“ギレン”だけになった。
ララァに落とされたら面白いのに、なんて思ってるコトはナイショ。
「『ニヤニヤしてる』」
白い指がプスリと頬を刺してくる。
「『身内の慶事を思い出してた』」
「『お兄さん達の?』」
「『そう』」
「『……仲が良いのね』」
セレナの思考波には少しだけ寂しさが混じってた。
「『でも、あなたは一人で軍務につくんでしょう? それも兵卒で。恨んでないの?』」
クスコが首を傾げてる。
あの発表に、彼女は随分と憤慨してくれてたから気になるんだろう。
「『納得してる。むしろそれで済んでよかった』」
最悪、地球で処刑とかもあり得たんだし――レビル将軍達が求めてきてたって、後で聞いた。
「『荒くれ者の中でやっていかねばならんよ』」
シャリア・ブルの心配顔に笑いかけて。
「『そこは頑張ります』」
なんて、和気藹々とね。
後日、例の装置が撤去され、同システムの超小型機に置き換えられたら、わらわらと遠巻きだった人達が戻ってきた。
同時に遠巻きのままで良かったフラナガン達までが戻ってきて、ゲンナリ。
儘ならないもんだね!
✜ ✜ ✜
3ヶ月間の研究所生活において、月2回週末だけ実家に帰る許可をもぎ取った――例によってレディ・アベイルが。
フラナガン博士との激闘は見ててハラハラしたけど、法律の勝利だった。
ビバ法治国家!!
おれも一応法学部出た筈なんだが、あんまり役に立ってない。なんなら腕力に訴えちゃうからさ。
もう、彼女に足を向けて眠れない気がしてきた。本当にありがたい。
丁度、“ギレン”のところに子供達が行くのとは別の週末にしたので、お泊り会を邪魔しないし。
いそいそと帰ったら、デギンパパが待ち構えてた。
「お父様!」
「ガルマよ」
もう飛びつく一択で。幼子じゃないのに、条件反射みたいなものかも知れない。
「……すごく安心する。子供みたい」
ふふふと笑えば、パパンの身体も笑いに震えた。
「儂の子供には違いあるまい」
「そうでした」
胸元にぐりぐりと頭を押し付けてから、顔を上げる。
あれだけの事をしたから、叱責も覚悟してたんだけど、パパンの眼差しは穏やかだった。
後ろめたさから自然と眉が下がった。
「……ごめんなさい」
「なぜ謝る?」
「心配かけたから」
「そうだな」
全くだと、パパンは何度も頷く。
「おまえときたら、少しも儂を安心させんのだからな」
それについては申し開きも出来ないから、しょんぼりするしかない。
ほんとにゴメンよ、パパン。
「……キシリアの為だろう。友の為にも、ルウムを見捨てられなかったのだな」
お前は優しい子だからって――パパン、本当に優しい子は敵の基地を爆破なんかしないんだが。
微妙な顔になったおれを見て、デギン・ソド・ザビは深くも凄みのある声で笑った。
「ザビ家の優しさだ……お前も“ザビ家の男”だったと言うわけだな」
愛するものにはどれ程にでも情を注ぎ、敵であれば苛烈な冷酷さを見せる。
それなら分かる。
「ずっと、そうなりたかったんです。僕も、お父様や兄様たちのように」
静かに答えたら、パパンは少しだけ目尻を下げた。困ったような顔だった。
「お前は、ただ優しくあって欲しかったんだが」
「……それが許されたら、きっと良かったんでしょう」
だけどこのご時世、優しいだけなら呑まれて消える。例えば地球に下されたって、何もできないまま流されて、ムンゾに戻ることさえできなかっただろう。
勿論、デギンパパも、そんなことは百も承知だ。
その上でなお、末っ子を、どんな苦しみからも遠ざけて、守って隠しておきたかったって、その目がそう語っていた。
「僕は強くなります――だけど、この禍乱が過ぎて、ムンゾに穏やかさが戻ったら……鎧を脱いで、またお父様に甘えてもいいですか」
微笑んで尋ねたら、パパンは大きく笑った。
「今も甘えておるだろう!」
「そうですね、多分、ずっとずっと」
「……お前はそれで良い」
背中に回った手が、幼子を撫ぜるように、ゆっくりと動いてる。
「それで良いのだ」
言い聞かせるような声だった。
それからパパンに、卒業証書をもらった。
何故か現れた執事と女中頭と、それから厨房長が目頭を押さえていた。
ねえ、廊下にも人が居るでしょ。
気恥ずかしいことこの上ない。
「本来なら、あの日、あの場で渡してやりたかったが」
「今日、もらえただけで充分です」
ちゃんと卒業したって、実績だけはあるわけだし。それは今後に大きく関わってくる。
たとえ兵卒で入隊したって、訓練を受けている分、アドバンテージがあるわけだから。
「………庇ってやれなくてすまなかった」
パパンの眼は潤んでた。
「庇われてるし、護られてますよ」
ぱちくりと目を瞬いて小首を傾げる。
だって、ドズル兄貴の校長辞任と、おれの位階だけの措置で即開戦を回避してのけたんだ。“ギレン”の交渉力が火を吹いたってことでしょ。
「……ギレンの奴め……」
「でも、“ギレン兄様”のお陰で地球に降りずにすみましたよ?」
「それはそうだが……」
パパンは何だかグキギとかしてるけどさ。
あれやこれやあったけど、事態はギリギリで小康状態を保ってるし。
時間を稼げた分、ムンゾはまだ強くなれるんだ。
来たるその時のために、どれ程にも周到に準備を重ねてるだろう“ギレン”を、少しは褒めてあげてよね、と、お願いしたのに、おればかりが優しい子だと褒められた。
――……“ギレン”がおれに辛く当たるのって、もしかしてこの辺りが原因だったりして。
まさかね。
身内だけの卒業式を終えて、忙しいデギンパパは、首相官邸へと戻っていった。
いつかの世界戦より、強健なんだよパパン。なんなら杖なしでも走るし――逃げる“ギレン”を追いかける時とか。
ふと、パパンが去った執務室の机の上に、“反抗期の子供への接し方”の本を見つけて、思わず吹いた。
これ、アムロたちへの対策じゃあるまいよ。
まさかサスロ兄さんが、今更“ギレン”が反抗期に突入したとか零してたの、真に受けたわけじゃないよね、パパン?
――………………あるかも。
見なかったことにして、そっと書籍を棚に戻しておいた。
「『お泊り会はどうだった?』」
と、子供たちに聞けば。
「『楽しかった!!』」
口々に返ってきた。
よほどに嬉しかったんだろう。年少組は文字通り飛び回って、あんなことがあったこんなことがあったと囀りだすし、年長組も良い笑顔で、どんな遣り取りがあったかを教えてくれた。
ん。ホントに“お父さん”してるじゃないか、“ギレン”。ちょっと笑える。
「『色々とお話しできたわ』」
はにかみ笑顔のララァは愛らしかった。
「『話したい事と、話したい相手ができたのは良いことだね』」
初めて地球で出会ったとき、彼女はおれの“記憶”こそ夢中で“読んで”たけど、自身について語るようなことはなかったし、ポツリと漏れる過去についても、懐かしむ素振りは見せなかった。
それは小さな変化かも知れないけど、“心を動かすもの”が増えて、それを“共有したい相手”を見つけたってことだもの。
言われて初めて気がついた様子で、ララァはパチクリと瞬いた。それから、その小さな唇を細い指でそっと抑えた。
「『……そうね。そうだわ』」
浮かぶ微笑みは、さっきより深かった。
「『これからもいっぱいお話ししなよ。話題なんていくらでも出てくるさ』」
例えば、今このとき、ゾルタンが何故か部屋の中でバク転をキメやがったこととか。
アルテイシアとマリオンが、可愛らしく怒って抗議してる。
これでパプティが居ればさらに抗議が大きくなってただろうけど、今日は図書館へ出向いているとかで不在だった――ちゃんと学生してるじゃないか。
「『ゾルタン、そういうのは庭でって言ってるだろ』」
「『大丈夫、コンパクトにキメられるようになった!』」
ゾルタンが胸を張る。
めちゃくちゃ得意気に言ってるだけあって、確かに動きは最小限だった。
「『……なるほど』」
腕を上げたな。
「『そこで納得しちゃうのがガルマだよね』」
アムロが笑う。
「『技量についてはね。でも部屋の中ではダーメー。庭に行くぞー』」
宣言すれば、少年たちは猛獣みたいな顔で臨戦態勢に入った――少女らは呆れ顔で肩を竦めてるけどね。
テラスから庭に下りた途端に。
「『行くぜ!』」
「『甘いわー。踏み込みにもっと気を配れってば、ゾルタン』」
飛付こうとするのを、片手で往なす――せっかくの身の軽さが活かしきれてないだろ。
「『えッ!? 避けたッ!??』」
「『避けるとも。アムロは予備動作がまだ大振り』」
振り下ろされた腕をヒョイと潜って。
威力は馬鹿にできないけど、当たらなかったら意味がない。
「『ッ、ていッ!……あ?』」
「『惜しかったね、フロル』」
もしかして戦闘センスが一番いいのはフロルかも。死角からの攻撃はなかなか鋭かった――躱すがな。
とは言え、教えてるのはあくまでも護身術のつもり。つまり、危険から逃げ切る為の技術だ。
筋の良い子達だから見る見る上達してるけど、慢心は禁物。
過信しないように、逃げ回るのをかなり本気で掴まえて、痛い目をみせずに徹底的に倒し切ることを繰り返す。
こちとらコレでも格闘技術A評価ぞ。まだまだこの子等には負けはせぬわ。
大人気なく無双を繰り広げてたら。
「『うわァァァ! もう少しだったのに!!』」
地面を叩きながらアムロが悔しがる横で、ゾルタンが大の字でバタバタと駄々こねムーブを繰り出してきた。
「『た“お“せ“ね“え“!!!』」
――……どっからその声出してんの?
フロルは唇を噛みしめて地面を引っ掻いてるし。
「……なんで御曹司がそんなに戦闘力高いんだよ?」
見てるだけだったカイが、ゲンナリした視線を向けてきた。
「『ザビ家だもの』」
御曹司には違いないけどさ、“謀略の血統”の名に相応しく、日々なにかとスリリングだしね。
「『弱かったら生き延びられないでしょ』」
「……そうだった」
納得はしたようだけど、すごく嫌そうな顔だった。
「『でも、ギレンさん弱いじゃん』」
復活してきたゾルタンが。
ちょっと待て。
「『…………今度は何をしでかしたのさ?』」
「『膝カックン!』」
「『うわぁ……身長差あるのによく引っ掛けたね?』
呟いた途端、ゾルタンだけじゃなくて、アムロとフロルも笑った。三日月みたいな口だった。
ヲイ。なんて悪どい顔すんのさ。戦慄に背筋が震える。
次の瞬間、三人がびっくりするくらい連携のとれた動きを見せた。
ちょ、“黒い三連星”かよ。
「『“ジェットストリームアタック”か!?』」
ふぉう、あっぶねーわ、危うく脚刈られるかと思った。
膝カックンどころじゃないわ。これ。
強烈な足払いをギリギリで跳躍して避ける、ところにまた来るから、ステップ――から距離を逆に詰めてカックン返し×3。
すてぺんと転がった三人と目が合った。
恨めしそうな顔だった。
「『今の連携は凄いけど、“ギレン”には禁止!』」
絶対に避けられないから――よもや、転がらなかっただろうな。
「『カックンしてただけだよ』」
ん。根性見せたか。
しかし良く耐えたな。よもや軍の総統が、子供からジェットストリーム膝カックンされるとは思わなかったろうに。
「『でも、危ないから禁止』」
「『ええ〜』」
「『お泊り会中止されたら大変だろ』」
と、諭せば、渋々ながら頷いてくれた。
ホントに驚かせてくれるよね、まったく。
暫く土埃にまみれて暴れていたけど、そろそろお茶にしようとアルテイシアに呼ばれたので、本日の鍛錬はこれで終い。
シャワーで汗と埃を流してリビングへ赴けば、若き女主人の采配で、テーブルの上は既に整えられていた。
少女らしい甘やかさを残したまま、会を重ねるごとに、その席は洗練されてきてる。
いつぞやは“ギレン”のお気に入りのティーカップを粉砕したゾルタンも、いまや良家の子弟のような身のこなしで席についた。
アムロやフロルも同様に。いつもは皮肉っぽいカイも、この時ばかりは紳士に。
レディたちは言うに及ばす。
一番小さなミルシュカだって、立派なご令嬢である。
――お菓子の消費は半端ないけどね。
その辺は、まだ子供だし、食べてくれるのは嬉しい。
スコーンとクッキーだけは、帰宅後におれが焼いたものだ――コックが焼いた方が質が良いのは分かってるんだが。
文句も言わずに頬張るさまを、愛らしいと言わずしてなんと言うのか。
幸せな光景に、ふと足りないものを思って眉が下がった。
「『………寂しいの?』」
揺らぎを捉えたのか、アムロの碧の双眸が真っ直ぐにこっちを見てた。
「『……ん。そうだね。ここにキャスバルが居ればなってさ』」
思っちゃったんだ。
ずっと一緒だったけど、少しずつ道が別れてるのかな、なんて。
キャスバルは既に、参謀本部付きの中尉として任官している。
傍にはシン・マツナガ少尉が――そこは、おれが居た筈の場所なのに。
感傷に浸る暇があれば、悪知恵絞って戻ってこいとか言われそう。ちょっと苦笑い。
「……もっと寂しくなるわ」
お姫様の声はしょんぼりしてた。
「ガルマは、また遠くに行ってしまうんでしょう」
「『僕も寂しい』」
いつもなら冷やかしてくるはずのアムロの声も沈んでる。
「……どうして、いつもとおくにいっちゃうの?」
ミルシュカが膝に寄ってくるのを抱き上げて。
「『ごめん。一日でも早く帰れるように最善を尽くすよ。約束する』」
「……うん」
「『絶対だ!』」
ゾルタンの眼差しは強くて、嘘を許さない。
「『誓って。僕の帰るべきはここだもの』」
微笑んで返す。
「『あんまり遅かったら、オレたちが行くぞ!』」
「『僕たちだって強くなったんだからね』」
ゾルタンもアムロも、本当にね、強くなった。そのうちにおれより強くなるんだろう――きっと、遠くない未来に。
「ガルマだってやっつけるんだから!』」
フロルも吼える。
勇ましいと言うか末恐ろしいと言うか。
「『そうだね。だけど、いまはレディ達を守ってて欲しいな。僕が帰るまで』」
お願いすると、力強い頷きが返ってきた。
頼もしいことこの上ない。安堵する“意識”の波を受けて、アムロ達が胸を張って微笑んだ。
良い男に育ったもんだ――この先、どこまで格好良くなるのか楽しみでならぬわ。
夜半、寝付けずにコンサバトリー――温室みたいな部屋ね――でホットブランデーミルクをチビチビやってたら、ヒタヒタと足音が聞こえた。
「『……寝てたんじゃないの?』」
現れたのは、グレーの眼を爛々と光らせたゾルタンだった。
眠気皆無っぽいね、珍しい。
初めて会った頃のことを思い出す。ニュータイプとして覚醒した夜に、寝込みを急襲された。
あの頃はガリガリに痩せて小さくて、脚の間に座らせたらすっぽりと包み込めたのに、今じゃこんなに背も伸びた。
「『どうしたの?』」
声をかけた途端に、言いようのない敵意と憎しみが広がった。
思考波がぐちゃぐちゃに乱れてる。厭な夢でも見たのか、額の汗に髪が張り付いていた。
身体が冷えないように棚から引っ張り出したタオルを広げて待ち構えれば、おとなしく近づいてきて包まってくれた。
チリチリと灼けつくようなノイズを拾う。汗に混じる緊張と怖れの匂い。
「『ガルマはあそこに行ったんだろ』」
潜められた声と案じる響き。
伸ばされた手が服の裾をギュッと掴んでる。
――ニュータイプ研究所か。
思い出して不安になったのかな。
かつて彼の中にあったドロドロとした“暗がり”は、まだちっとも消えちゃいないんだ。
日頃は紛れているけれど、なにかの拍子にこうやって吹き出してくる。
いつかみたいに抱き込んで。
「『大丈夫。“読んで”ごらん』」
開放する“記憶”は、例の装置の無双のシーンだ。
金属のアームが暴れまわり、縦横無尽に張り巡らされたコードが踊り狂う。
その中でフラナガンが、研究員共が、薙ぎ払われ、転がされ、投げ飛ばされて悲鳴を上げて逃げ惑っているんだ。
阿鼻叫喚。見るも無様にヒイヒイと。
ご覧よ、お前たちを脅かした野郎どもの無様な姿を。
ある種のパニック映画さながらの光景に、ゾルタンの灰色の瞳がパチクリと瞬いた。
不安な表情の下から、プスリと吹き出す音が。
――お、笑ったわ。
ちょっと安堵する。
「『これ――ガルマがやったのか?』」
「『そうさ。気に入らないから小突き回してやったんだ』」
今んとこはこんくらいで済ましてやってる――まだ役に立つみたいだし、ギレンが容認してるから使ってやっても良い。
だけど、それで赦されると思わないで貰いたいね。
あの男は“敵”だ――“敵”ならば容赦しない。
おれの大事な大事な子供たちを傷付けた。今なお、ゾルタンが震える程に。
いかに装置を小型化しようと、サイコウェーブを数値化して管理しようと、“予期せぬ事故”なんて幾らでも起こるんだ。
“おれ”は、それをとても良く知ってるから。
「『なんにも怖がらなくて良いよ。奴らには、もう手出しさせない。お前もミルシュカも、フロルもマリオンも、二度と研究所には戻さない』」
絶対に。約束するよ。
万一にもそんな事態になるくらいなら、研究所をフラナガンごと吹っ飛ばしてやるし。
零れた思考波に、ゾルタンがまた笑った。
「『ガルマは本当にやるもんな』」
「『そうさ。だから安心していい』」
「『……うん』」
落ち着いてきたら、おれが飲んでたものに興味をひかれたようで。
「『……ホットミルク?』」
「『大人のホットミルク』」
「『……ずるいぞ』」
ふぉ。なじられた。
ジト目で見てくるのに苦笑い。
夜中に飲み食いする習慣はつけさせたくないんだが。
――まぁ仕方ないか。
持ち込んでおいたアルコールランプで、スパイスと蜂蜜を混ぜたミルクを温める――ブランデーは抜きでね。
じきに独特の香りが立ち上り、ゾルタンが鼻をヒクヒクさせた。
「『ターメリックにシナモンとカルダモン、それからクミンにジンジャーハニー』」
抑揚をつけて歌うように、呪文みたいに唱えて、鍋をかき回す。少し泡立つミルクを、熱心に覗き込んでいる様子に小さく笑う。
「『熱いよ。舌を焼かないように気をつけて』」
「『分かってる! アチッ』」
分かってないじゃん。お約束だなぁ。
なおもフーフーしながら、マグカップに口をつけるゾルタンの顔は穏やかで、さっきまでの緊張はどこにもなかった。
「『それ飲んだらお休みよ』」
「『うん。ガルマの部屋行っていいか』」
「『いいけど』」
この間みたいに寝相悪くして、またおれを蹴落とさないでよね。
飲み終わるのを、ソファに深く身を預けて待つ。
夜半のコンサバトリーは、控えめな明かりの中、置かれた植物たちの影が深くて、暗がりがどこかに続いているようにも見えた。
夜に咲く花もあるから、スパイスの香りに花の香りが少し混ざって、異国を思わせる風情でもあった。
いつもは少し騒々しいゾルタンも、ホットミルクに夢中でおとなしい。
遠かった眠気が、少しずつ戻ってきていた。
……と、思ってたのに。
静寂の中、ひたひたパタパタと複数の足音が迫っていた。
「『居た! ここだ!!』」
「『あ、ずるい何か飲んでる!』」
「『……夜中に何をやってるんだ』」
来たか、アムロにフロル。それにパプティまで。
「『……何してるの?』」
「『いい香りね』」
「どうしたの、ガルマ? 眠れなかったの?」
「……………お兄ちゃんずるい」
淑女たちもお揃いかね。
ナイトウェアの上にガウンを羽織って、昼間とはまた違った無防備さがあどけないほど愛らしい。
って、全員集合しちゃってるじゃないか。
「『みんなもどうしたの? 目が覚めちゃったのかな』」
首をかしげたら、ララァが小さく苦笑した。
「『多分、ゾルタンね。チリチリして目が覚めてしまったの』」
あぁ、さっきのあれか。
「ララァとマリオンが、ゾルタンが心配だと言うから起きてきたの。そしたらミルシュカも起きだしてしまって」
「『僕たちもそう。ガルマの部屋に行ったらいなかったから』」
「『リビングにも居ないし!』」
「『皆がバタバタしているから、何事かと思ったぞ』」
屋敷の中を探してたのか。
「『もう大丈夫?』」
アムロがゾルタンを覗き込んでる。
「『大丈夫さ。ここで僕達はひとりじゃない』」
仲間がいるって、とても心強いことだ。
視線の先で、ゾルタンも落ち着いた顔で笑ってるし。
さて、と。
ここでお開き、就寝って訳にはいかないみたいだしさ。
「『……厨房に行こうか?』」
さすがに、ここに人数分のミルクは無いし。
提案してみたら、反対は一人もいなかったから、皆でぞろぞろと移動した。
「パジャマパーティーみたいね」
アルテイシアが楽しそうに笑う。
「『わたし、はじめてだわ』」
「『男子が入ったのはわたしも初めて』」
ララァとマリオンも笑ってる。
ミルシュカは少し眠たげだったけど、それでもニコニコしながら、自分の分のミルクを美味しそうに飲んでいた。
ちなみに、レディ用のミルクは、ストロベリーピューレを溶かしてピンク色に染めておいた。
子供達は気付いてなかったみたいだけど、廊下からそっと女中頭と厨房長が顔を覗かせたから、目礼だけ送った。
咎め立てすることもなく、微笑んで戻っていった彼らに、心の中で感謝する。
おれも含めて、この子等は本当に守られて、大事にされている。
ひとしきりお喋りしてたけど、ミルシュカが眠気に負けて、テーブルに突っ伏したから、突発パジャマパーティーはお開きになった。
子供達を部屋に帰して、空になったカップや鍋を洗って、厨房を元通りにしておく。
それから部屋に戻ったら、案の定、ベッドはアムロ達に占拠されていた。
パプティは流石に自室に戻ったか。
それにしても、可愛い寝顔しちゃってさぁ。
見てたらあくびがこみ上げてきた。いっぱいに広がって眠っている彼らをどかすのも可哀想だから、ソファで毛布にくるまった。
眠りは速やかに訪れた。
✜ ✜ ✜
「『ガルマはお手紙が好きね』」
「『また書いてたの』」
施設内のポストにクラシカルな封書を投函していたら、クスコとセレナがひょいとくっついてきた。
NT女性陣のパーソナルスペースは相変わらず狭い。
「『メッセージもな。だいたい誰かしらに何かを送っている』」
ポンと頭の上に手を置いたのはシャリア・ブルだった。ぬぅ。男性陣も変わらないか。
NT同士は“意識”が繋がるから、距離感が近くなりやすいらしい。
今まではキャスバルと子供達だけだったから、気にすることもなかったけどさ。
NT研究所で他のNTたちと知り合って、その関係は友人というよりは同朋――ある種の一族みたいな感じだった。血の繋がりなんかないのにね。
おかしいな。元の“物語”ではそんな描写はなかったのに。
「『家族とか、あとは以前地球でお世話になった皆さんにかな』」
文通と言うわけじゃないけど、折に触れ出してるんだ。
宝物の万年筆の書き心地は最高だから、文字を連ねるのは苦にならないし、むしろ楽しい。
送り先は、家族と子供たち。それから士官学校のあの5人とか、ブライトさんに、ウッディ・マルデン。
それからグリーン・ワイアット。あの事件以降、軍から身を引いて今は静かに暮らしているとか。
多分、検閲されてるんだろう。残念ながら地球に送ったそれらに返事はない――届いてないのかも知れないね。
時が経てば、思い出ってものは少しずつ色を変えていく。良い風にも悪い風にも。
彼らの中でどう変わったかは分からないけど、おれのなかでは、少しの懐かしささえ。
「『……今のうちに書いておかないと、軍務についたら暫くはもう出せないから』」
派遣される先はダークコロニーで、あそこは機密の塊だから、中に入ったら交流は制限される。
子供らと分断されることが痛恨なんだわ。ふふぅ。ため息が重い。
写真を持っていこう。せめて眺められるように。
「『君が去ってしまったら、ここも寂しくなるな』」
シャリアがしんみりとした“声”を出した。
「『そうね。あなたが来てから毎日騒がし……楽しかったし』」
クスコ、“騒がしい”がごまかせてないよ。
視線を向けたら、ペロリと舌を出された。そんな少女じみた仕草も、彼女にかかるとセクシーだ。
「『私も行きたい。軍に入るわ』」
って、セレナ。何を言い出すのさ。
「『……女性は軍に入れない、なんてことはないけど、君はやめておきなよ』」
「『どうして?』」
尖った視線を向けられるけど。
「『“ひと殺し”には向いてないからさ』」
言葉を飾ることなくストレートに伝えれば、三人共に息を飲んだ。
平時ならばまだいい。だけどムンゾは、この先戦乱の渦に呑まれていく。そんな中で兵士になるって事は、誰かの命を奪うのと同義だ。
ましてや兵卒となれば、直接相手と殺し合いをするってことだよ。
「『……でも…だけど…ガルマは行くんでしょう? ガルマだってそんなの向いてないよ!』」
「『僕はザビ家に生まれた。初めから戦う側の人間だよ』」
これまでだって戦ってきたし、もうこの手も汚れてるんだ。
「『そんなの! 生まれに縛られるなんておかしい!』」
セレナが激しく首を振るけど。
「『縛られてない。誇っているんだ』」
今生のおれの拠り所であり、誇り。浮かぶ笑みはこの上なく晴れやかだ。
「『父や兄達、それから姉と同じく、護る側に生まれたことを、僕は嬉しく思ってる』」
ムンゾを守ることで、大事な宝物を守れる。
“ギレン”に言わせりゃ“伝説の悪龍”みたいなおれでも、ヒーローになれるってモンでしょ。
なおも首を振るセレナの肩を、シャリアがそっと叩いて宥めてる。
クスコは何か言葉を探す様子で、口を開閉させたけど、思考波もノイズばかりで、形にならないまま項垂れた。
困ったな。しんみりさせたいわけじゃないんだ。
「『心配しないで。僕、結構しぶといから』」
苦笑したおれに、シャリア・ブルは肩をすくめてため息を落とした。
「『我々が思うより、確かに君は強いんたろう。だが、やはり心配くらいはするよ』」
その気持ちはこそばゆいほどで、ありがたいって思う。だから素直にお礼を言って、三人を順番に抱きしめた。
NT研究所で過ごす3ヶ月は、もう終わりに差し掛かっていた。
レディ・アベイルも、この頃は少し寂しげな顔を見せる。
それ以上にフラナガンの野郎が、ギラギラとした目を向けてくるけど。
おれの貸出期間の延長を“ギレン”に求めて、すげなく却下されたとか。そりゃそうだろう。
何はともあれ、サイコミュの原型も出来つつあるみたいだし、収穫は結構あった。
なにより、新しく知り合えた“同朋”と良い関係を築けたことが。
願わくは、彼らが戦乱に巻き込まれたりしなければ良い。
ニュータイプの軍事利用が避けられないものだと知ってなお、そんなことを強く思った。