子どもたちが泊まりにきたのは、その翌週のことだった。
身構えていたが、流石にフロルやアルテイシア、マリオンなどは遠慮したらしい。
流石に初回は、そうしてもらえるとありがたかった。シロッコまで入れると五人の子どもたちを迎え入れるのも大事なのに、その上やや関わりの薄い三人まで、となると、カオスになる予感しかなかったのだ。
「……おじゃまします」
アムロが先頭で、恐る恐る入ってくる。
「意外に広いな!」
ゾルタンは、ミルシュカの手を引きながら。
「それはそうだろう、仮にも軍総帥が、普通のワンルームなんかでは暮らせないさ」
などとシロッコは云うが、その言葉のどこに突っこむべきか悩むところだ。
「厨房長とメイド頭から、いろいろと預かってきたの」
ララァは云って、大きな袋を差し出してきた。
「そうでした、これもです」
「僕も預かった」
「オレも」
「あたしも」
と、差し出される大小の袋。
中を見れば、惣菜やらパンやら飲み物やら――つまりは明日の夕飯になる分までがひととおり詰めこまれていた。
「……なるほど?」
“ガルマ”の差配なのかどうか、子どもたちの好みも考慮したメニューであるらしい。
連休で良かったと思うが、子どもたちがくるので、それなりに早く起きてしまった――掃除はともかく、洗濯はある――ので、今ひとつ疲れが取れた気がしないが、まぁ来週たっぷり惰眠を貪るしかないだろう。それとも、疲れが取れないのは、もう若くはないからか。
とりあえず、ランチ分以外の料理を冷蔵庫に入れ、食べる分は温めたり盛りつけたりしてテーブルに並べる。大急ぎでコンシェルジュから注文させたスツールで、何とか全員テーブルにつくことができた。ファミリー用よりもやや大きなテーブルは、こんな時のために用意されていたのかも知れない。
これでアルテイシアたちが来るようなら、ソファにも坐らせるしかないなと思う。六人はぎりぎりいけたとしても、流石に九人は不可能である。
ランチが終わると、お喋りタイムになった。ララァは前回訪問済なので後になったらしい。両脇をアムロとゾルタンに固められ、ここ暫くの冒険譚を聞く。
カイ・シデンとの彷徨は相変わらずのようだ。特に、アムロが中学生になり、行動範囲も広がったようで、なかなか際どい話もしてくれる。護衛は、流石にもうつかなくなったようだ。
「しかし、ゾルタンやフロルも一緒だろうに、危なくないのか?」
と問うと、アムロもゾルタンも胸を張った。
「僕たち、もう“プロ”だからね! 危ないところとそうじゃないところがわかるんだよ!」
「オレもフロルも、ヤバかったら逃げられるように体力つけたしな!」
などと云う。
「なるほど、日々成長していると云うことか」
ゾルタンの頭にぽんと手を乗せると、えへへと笑って肩を竦めた。
「そうか、今週から新学期だったな。学校はどうだ?」
それで、ぎりぎりまで秘書見習だったシロッコも、高校に入ったのだった。
「まだ、全然授業とかしてないよ」
アムロが云う。
「オレは、先生と教室だけ変わった」
と云うゾルタンは、やはりニュータイプ故なのか、やや情緒が不安定なのだと云うことだった。尤も、『Z』の主人公、カミーユ・ビダンに較べれば可愛いものだろうから、そこまでの心配はしていないが。
アムロの方は、やはりクラスでやや浮き気味だと聞いた――尤も、本人はまったく気にしていないらしいのだが。まぁ、原作よりは多少社交的になっているだろうから、こちらもあまり心配はしていない。
強いて云うなら、フラウ・ボゥやベルトーチカ・イルマのような押しの強いタイプに、ぐいぐいこられて一悶着あるのではないか、と云うことくらいだろうか。まぁ、それもまだ中学生なら、大事にはなるまいし。
同じ中学にカイ・シデンもいるそうなので、そのあたりも含めて、おかしな展開にはならないだろう。
ミルシュカは、今年から小学校だと云うことで、兄に連れられて登校しているらしい。今まで置いてきぼりにされがちだったが、ミルシュカの方もいろいろ変わってくるだろう。女の子の方が、社交性は高いのだ。
ララァ・スンは、どうやら家庭教師について、遅れた分の勉強に励んでいるようだった。ついているのは、例の“ガルマ”たちにつけたあの教師で、割合に平易な言葉で教えているらしく、ララァからは、勉強が楽しいとの報告があった。
シロッコはと云えば、普通の高校に入ったが、同級生たちが生ぬるく、勉学もそうだが、やや物足りなさを感じているとのこと。スキップして大学に進んでしまえばいいのではないか、と云うと、考えてみるとの返答がきた。
どの子どもたちも、実際に学校へ行ってみると、いろいろと出てくるものだ。
とりあえず、アムロとアッカネン兄妹は順当に馴染んでいけそうなので何よりだが、ララァ・スン、そしてパプテマス・シロッコについては、まだ暫くは慎重に様子を見る必要がありそうだ。
ひととおり近況報告が終わると、子どもたちはてんでにくつろぎ出した。
と云っても、遊ぶ道具も何もない部屋である。アムロとゾルタンは例の“人を駄目にする”ビーズクッションに埋まってうたた寝している。ミルシュカは、ララァに宿題――もうそんなものがあるのか――を見てもらっている。
シロッコは、
「閣下の蔵書を少し持ってきたんです」
と云って――道理で、やけに大きなスーツケースを、重たげに引きずっていたはずだ――、書斎に入りこみ、並べるついでに読み耽りはじめた。
まぁまぁ、好き勝手していると云うことである。寛いでいるようで、何よりだと云うべきか。
仕方がないので、ダイニングテーブルにノートPCを載せ、メールとニュースのチェックとしていると、
「話しても平気?」
ララァがするりと向かいに坐りこんできた。
見れば、ミルシュカはソファで眠りこんでしまったようだ。
「宿題は終わったのか?」
「大丈夫」
なるほど、それはともかく、さて、ララァ・スンはどんな話をしてくるのだろうか。
「話を聞いてくれる?」
「お茶の時間までならな」
つまり午後三時まで、あと一時間あまりである。
「充分よ」
そうして、以前の夜のように、ララァはとりとめもなく話しはじめた。
ザビ邸の庭の薔薇が咲いたこと、マリオンが一緒の家庭教師についていること、子どもたちの様子を気にして、サスロがたまに顔を見せること、アストライアも訪問してくること、キシリアとシャアから、ルウムのものが送られてきたこと。
楽しそうに少女が話すのは良い。
が、これら日常のとりとめのないお喋りを、ララァ・スンがする相手が他にない、と云うのは、少々問題なように思われる。
「――こう云う話を聞いてくれる人間が、他にはないのか?」
思わずそう問いかけると、ララァは小鳥のように首を傾げた。
「そんなことないわ。アルテイシアもマリオンも、アストライアさんだって聞いてくれるわ」
と云う。
それは一安心だが、それならばそれで、何故こちらに?
と云うと、少女は仕方なさそうに溜息をついた。
「私は、あなたに聞いてもらいたいの」
――何だか、聞き分けの悪い夫を前にした妻のようだ。
と思って、いやいやと首を振る。
ローティーンにそんな発想をするとは、聊か失礼な話だ。これが、二十歳過ぎならともかくとして。
「……まぁ、話ができる相手があるのは良いことだな」
と云えば、少女はまた溜息をついた。
「――わかってない」
その言葉に含まれるニュアンスは、わからなくもなかったが、正直に云えば、
――わかりたくない。
何と云うか、セシリア・アイリーンと同じような意味で“狙われている”などとは。
いやいや、冷静に考えよう。相手はまだ中学生と云うところだ。アムロよりひとつ上と云うことは、中学二年生、つまりはこちらの三分の一くらいの年齢である。半分でもどうかと云うところであるのに、三分の一はない。流石にない。
と、
「……ん〜……」
半ば寝惚けた声が、ソファの方から上がった。
見れば、アムロが目を醒ましたのか、半身を起こして目を擦っている。
「……目が醒めたか」
何となくほっとした気分で云うと、アムロはほてほてとこちらに歩いてきた。
「うん。……ララァ、話できた?」
「……まぁね」
と云う少女は、“話し足りない!”と云わんばかりだが、そろそろお茶の時間でもある。
「さて、お茶にするかな。厨房長は、どんな菓子を持たせてくれた?」
「えーとね、クレームブリュレとパウンドケーキ、それからマドレーヌと……」
指折り数えるアムロに、ララァが横から口を出す。
「クッキーとマカロンとダックワーズと、ブラウニーもあるわよ」
「そんなにたくさん、明日までに食べ切れるか……?」
間違いなくパウンドケーキは二本はあるだろうし、となればマドレーヌやダックワーズ、ブラウニーなども山のようだろう。クッキーやマカロンも、云わずもがなである。
「余ったら、あなたが食べるようによ、もちろん」
ララァは顎を上げた。
「厨房長も、あなたとガルマが帰らないから、作り甲斐がないって云ってたわ。味の維持のためには、煩い人が必要なんですって」
「……それは、微妙な云い方だな……」
確かに、ララァもアムロたちも、美味しい美味しいばかりであって、何と云うか、批評家じみたことは云わないか――シロッコなら、多少は云いそうな気がしないでもないが。
「そうかしら。あなたを唸らせたいって、厨房長が思ってたってことでしょう?」
「それはそうだが」
まぁ、“ガルマ”とは違って、こちらは云いっ放しだったわけだが、それが厨房の味の向上に寄与していたと云うことなのか。
まぁとりあえず、
「……今はクレームブリュレだな。紅茶にしよう」
「私が淹れるわ!」
ララァは積極的である。
「アールグレイが好きなんでしょ? ちゃんとガルマに淹れ方も習ったの」
どこまで周到な“弟”なのか。どうにも、裏に違う意図を感じざるを得ない。
が、今ここで争うべきことでもないなと思い直す。
「では、紅茶は任せよう。私は皿を出したり、菓子を盛ったりする。アムロは、ゾルタンたちを起こして、シロッコに声をかけてくれ」
「りょーかい!」
と云って敬礼する。“ガルマ”の真似でもしているのか。
クレームブリュレは、パウンド型に入っていた。クレームブリュレと云うよりは、元々で馴染み深い、カスタードプディングに近い気がする。
金串――竹串はない――でぐるりと型の際をなぞり、大皿にひっくり返すと、たっぷりのカラメルソースが皿に溢れた。
「うまそう!」
起き出してきたゾルタンが、早速舌舐めずりする。
ミルシュカも、きらきらしたまなざしでプディングを見ている――女子はやはりスイーツに目がないようだ。
スタッキングマグ――このチョイスは“ガルマ”だろう――に紅茶を注ぎ、プディングを取り分ける。塩気のあるものも欲しいかと、チーズのクッキーも少し。酒のつまみになりそうな、塩気の強いものである。
案の定、プディングはきれいになくなり――年少組が、カラメルソースまで舐めるように食い尽くした――、クッキーも消滅、ダックワーズを出すと、そちらも消滅した。
「育ち盛りと云うものか……」
やや呆然とする。
原作のアムロは、夢中になると寝食を忘れるタイプだったが、他の子どもがいるこの時間軸では、割合まともに食事を摂っているようだ。
そのせいかどうか、やや身長の伸びが良いようにも思われる。多分それは、ゾルタンも同じだろう。
原作枠では、ふたりとも、シャア――つまりはキャスバルより身長がそれなりに低かったが、ここではあまり変わらなくなるのだろうか? そして、元々大きかったフロリアン――F.F.――は、一体どれほど大きくなるのだろう。
それはそれで楽しみではあるが。
「――大きくなれよ」
ゾルタンの頭を撫でると、にかっと笑われた。
「なるよ! 今に、ギレンさんより大きくなる!」
「それは凄い」
こちらは190cmある、それを超えるとなると、
「ドズルくらいになると云うことかな」
「ドズルさん!」
アムロが、歓声とも何ともつかぬ声を上げた。
「すごい! 僕もなる!」
「オレも!!」
「ドズルが二人か……」
想像すると、流石に暑苦しいが――まぁ、中身は別ものだ。
「――楽しみにしているよ」
そう云って二人の頭を撫でてやると、揃って大きな頷きが返った。
初めての“お泊り会”は無事に終わり――まぁ、ララァ・スンがもの足りなさそうだったのは措いておく――、月曜日になった。
学生が新学期ならば、軍や役所でも、当然異動の季節である。
無論、小さな異動は時々であるが、割合大がかりなシャッフルは、新年度ならではだ。
普段は凪いだような総帥室まわりでも、多少の動きがあったりするわけで。
「閣下、今度配属予定の士官です」
と云ってデラーズが差し出してきたのは、その士官のものと思しき略歴であった。アナログだが、紙の書類である――複製が簡単なデータでないのは、個人情報であるが故だろう。電子情報と云うのは、いつでも流出の危険があるのである。
それを見た途端に戦慄した。
否、正確に云えば、その士官本人には罪はない。単に、そこに記されたプロフィールが、“昔”知っていた誰やらたち――複数名――に、非常によく似ていたと云うだけで。
特にちょっと“昔”の何某などは、今時の言葉で云えば“ストーカー”と云うしろものだったので、あれに似ているとなると、いろいろ考えてしまうのだ。
「ギュスターヴ・モゥブ曹長、か……」
206cm、130kg、ドズルより少し小柄――“小柄”の意味を問い直したくはなるが――な二十六歳。“昔”の何某たちは皆歳上だったが、この男はかなり歳下である。が。
デラーズが略歴をよこすからには、配下に入れるのはほぼ決定しているのだろうが――正直に云えば、とても、非常に回避したい人事である。
「今から配属を変えられぬものかな」
思わず云うと、デラーズに目を見開かれた。
「何をおっしゃるかと思えば……ギュスターヴ曹長に、何か至らぬところでもございましたか」
配属もまだだと云うのに、と、そのまなざしが語っている。
「至らぬ、と云うか――まぁ、私の我儘なのだが」
苦手だった“昔”の知己に似ている、と云うと、デラーズは考えこんだ。
「それは……それであたりが悪くなるのは、ギュスターヴ曹長には気の毒ですな」
「本人に咎があるわけでもないのにな」
「本人は、私の配下に入れることを、非常に喜んでおりましたので、余計にですな」
「それは、ますます済まないな……」
まぁ、似ている何某などは、とても優秀な男ではあった。あったのだが、その能力の大半をストーカー行為に使う時間のために振っていた、となると――まぁ、お察しと云うものである。
「何とか、角を立てずに所属替えができぬものかな……」
個人的なあれこれでの選り好みで悪いが、しかし、自身に咎もないのにあたりがきついのも、当人にとっては愉快ではないだろう。
「見も知らぬ男に似ているから、と云う理由ですげなくしては、ギュスターヴ曹長も納得し難いだろうからな」
だから、“我儘”だと云ったのだ。
と、略歴のとある一文に目が留まる。
「――ギュスターヴ曹長は、パイロットの訓練を受けたことがあるのか?」
「えぇ、そのようですな」
「……なるほど?」
MSではないようだが、戦闘機のパイロットとして登録されていたこともあるようだ。
――これは使えないか?
どちらにしても、“伝書鳩”以外にも、“ガルマ”の監視要員は欲しかったのだ。その上、デラーズ配下、つまりは親衛隊に選出されるほどに忠義に厚く、能力もあるとなれば、早々“ガルマ”に籠絡されることもあるまい。
いくら“ガルマ”が暴発しないと約束したとて、周囲が勝手に動く場合も多々あるのだ。実際、それでいろいろ問題になりかけたこともあった。
だが、ギュスターヴ曹長は“曹長”である。一等兵として再入隊予定の“ガルマ”には、上官になり得る存在である。そうであれば、仮令“ガルマ”まわりの兵士たちが籠絡され、あるいは暴発しかけたとしても、この男が抑えになってくれはしないだろうか?
「――何をお考えです?」
「ギュスターヴ曹長を、“ガルマ”の監視役にできないかと思ってな」
「は、ガルマ様のでございますか」
「あぁ。後ひと月半ほどで、“ガルマ”がニタ研から戻されてくるだろう」
「えぇ。その後、兵卒として再入隊なさるのでしたな」
「そうだ」
そしてその後すぐに、MSパイロットとなるために、ダークコロニーで、他の選抜メンバーとともに訓練を受けることになっているのだ。
「――ダークコロニーでの選抜部隊のメンバーは、もう確定していたか」
「お調べ致します。――まさか、ギュスターヴ曹長を、そこに編入するおつもりですか」
「可能ならば」
ダークコロニーでの訓練部隊と云うのは、実際問題、真っ先に戦端が開かれる可能性の高い、ガルシア・ロメオの隊に配属される、最初のMSによる実戦部隊になる予定なのだ。
まだ、部隊の統括者――兵卒の“ガルマ”ではあり得ない――も定かではないが、MS部隊全体のトップは、恐らく“黒い三連星”のガイア中尉になるのは確実なラインだった。
とは云え、いかな“黒い三連星”と云えども、支配する小隊がひとつしかない、などと云うことはありえまい。聞いた話では、MSは先にガルシア部隊に納入しておいて、小隊ごとに訓練して、終わり次第本隊に送りこむ、と云う流れを想定しているそうだ。
まぁ、元々試験場であるダークコロニーで、小隊をいくつも同時に訓練するようなスペースはない――かと云って、宇宙空間で大っぴらにやれば、連邦の耳目を集めることにもなりかねない――から、それが正しいやり方なのだろうとは思う。
そうして、そこで行われる訓練が、後の小隊ごとのものであるのならば、“ガルマ”の所属する隊に“監視要員”を送りこんでおくのも、意味のないことではないと思うのだが。
「捩じこめるか」
「……お待ち下さい」
デラーズは、恐らく人事局へ電話をし、やがて、
「――できるそうです。とりあえず、ガルマ様と同じ部隊に編入させました」
と云った。
「よし」
親衛隊を希望してくるような男が“ガルマ”の監視役なら、たとえまわりが籠絡されようと、流石にそれに流されたりはしないだろう。
「ところで、ギュスターヴ曹長に、内示は出ていたのか」
確認すると、
「一応、異動の内示だけは」
「つまり、正確な部署はまだ知らされていない、と」
「私の下だとは知らせておりますが」
「――そうか」
まぁ、デラーズの下に異動になるくらいだ、本人も、かなり気合を入れて職務にあたっていたのだろう。それはありがたい、ありがたいのだが。
流石に、単に“ガルマ”と同じ部隊に異動させるだけでは、可哀想に思える。
――それで、うかうかと“ガルマ”のシンパになられても困るしな。
事前に、きちんと顔を合わせて、直接ミッションを課した方が良いだろう。
「ギュスターヴ曹長には、私から伝えることにしよう。どのみち、密命には違いないのだしな」
「ガルマ様監視の密命でございますか」
デラーズは苦笑した。
この男は、タチ・オハラよりは“ガルマ”に対してあたりが強くはない――あくまでも比較してのことだ――から、苦笑が混じることになるのだろう。もちろん、あれの悪辣さには思うところがあるようだったので、騙されている連中とは一線を画するところはあるけれど。
数日後、密命を云い渡すために呼び出すと、ギュスターヴ・モゥブはしゃちほこばって入室してきた。
「ギュスターヴ・モゥブ曹長か」
「は、はいぃッ!」
敬礼する男の声が裏返っている。流石に緊張し過ぎではないか。
身長190cmのこちらがやや見上げるほど、ギュスターヴ曹長は長身だった。長身、と云うか、横幅もあるので壁である。あるいは相撲取り――ますます何某を思い出させる。
結構はっきりした顔立ちである。ごつごつした作りで、口が大きい。眼裂もだ。なるほど、その体格は、要人警護には良いのかも知れない。が、今求めているのは、それではない。
「ギュスターヴ曹長、貴官に指令を与える。密命、と云っても良いかも知れんな」
「な、何でございましょう!」
「この後ダークコロニーへ赴き、そこで行われるMSパイロットの訓練に参加せよ。訓練修了後は、そのままガルシア・ロメオ少将の麾下に入り、我が“弟”、“ガルマ・ザビ”の監視をせよ」
「な、何故!!」
ギュスターヴ曹長は、敬礼も忘れて前のめりに問うてきた。
「私は、閣下のお言葉に賛同し、閣下をお守りすることを目標に、軍務に励んで参りました! それが叶うかと思った矢先――どうしてそのような!」
「貴官が知っているかは定かでないが、我が“弟”、“ガルマ”は聊かならず“やんちゃ”でな」
視界の端に、デラーズが大きく頷くのが見える。
「その上、まわりのものを籠絡して、味方につけるのもとても巧い。我が“父”など、私の云うことには欠片も耳を貸さず、“ガルマ”の云うようばかりを信じるような有様だ。――まぁ、家族の間のことなら構わんのだが、それを軍内部でやられると、とてつもなく拙いのでな」
「それで、閣下は、忠義に厚く有能な士官を、ガルマ様の元に監視者として配したいと思われたのだ」
デラーズが、引き取って云う。
「そうだな。つまり、私の求めているのは、“ガルマ”に誑かされず、かつあれの傍近くにあれる程度のパイロットの資質を持った人間だと云うことだ」
「……それが私だとおっしゃる?」
「親衛隊を希望する人間が、そうそう他に心を移すなどと云うことはあるまい?」
「は! それはもちろん」
「だから、貴官が適任であると思うのだ。――但し」
と、声を低めて続ける。
「このことを、あまり公にしては角が立つ。故に、これは密命である。“ガルマ・ザビ”を監視し、何かあればデラーズ、あるいは私に知らせるように」
「私が何か対応を……」
「いや…それは必要ない。あまり貴官が介入しては、徒に“ガルマ”を警戒させるだけだからな。それに、どちらかと云えば、注意してほしいのは、“ガルマ”本人ではなく、そのまわりの動静なのだ」
いくら本人がおとなしくしていようと、まわりが暴走したなら意味がない。
そして、その危険性は、いくつもの“昔”から絶えずあったものなのだ。
「それ故に、“ガルマ”のまわりに怪しい動きがあった場合は、速やかに私かデラーズに連絡せよ」
「はッ!!」
ギュスターヴ曹長は、踵を合わせて敬礼した。
それから、恐る恐ると云うように、
「……しかし、そちら方面には、閣下の“伝書鳩”があるのでは……」
「その“伝書鳩”が、どうもあてにならんのでな」
タチ本人はともかくとして、こちらのスケジュールを売った“鳩”がいたからには、全面的に信ずることは難しい。もちろん、“敵”と云うわけでもないので、公的に処罰するわけにはいかない――どうせ“ガルマ”のことだ、何某かの有益な情報を、対価として“鳩”に与えたに違いない――が、完全に信じるには足らなくなってしまった。
「まぁそれに、“ガルマ”の配属予定先は、また別の問題もある。“ガルマ”にかかりっきりの“鳩”はないと云うことなのだ」
無論、“ガルマ”が約束すると誓ったからには、本人は開戦まではおとなしくしているつもりだろう。
但し、“ガルマ”の“おとなしくしている”は問題を起こさないと同義ではないし、たとえ“ガルマ”が問題を起こさなかったとしても、周囲がおとなしくしているとは限らない。
それをよくよく監視するために、ギュスターヴ曹長のような存在は必要なのである。
「任されてくれるか、ギュスターヴ・モゥブ曹長?」
「は、はッ、一命にかけまして!」
もう一度敬礼する。男の顔は真剣そのものだった。
「頼もしいな。――任せたぞ、ギュスターヴ曹長」
「はッ、謹んで承ります!!」
力強い言葉に頷き、敬礼を返す。
とりあえずは、これで“ガルマ”の監視は大丈夫だろう。これは、どちらかと云えば“ガルマ”まわりの監視であるのだし。
とりあえず、少なくとも今後半年ほどは、開戦は考えずにおきたいものだが――後は、ルウムの事後処理の風向き次第と云うことになるのかも知れない。
キシリアにでも再度確認してみるか、と思いながら、ギュスターヴ曹長を執務室から送り出した。
通信に出たキシリアは、渋い顔だった。どうやら、連邦との交渉が難航しているらしい。
〈はっきり云えば、膠着状態ね〉
肩を竦めて、キシリアは云った。
〈連邦からは、エルラン中将が出てきたの。あの、ぬらっとした男よ。顔と一緒で、態度もぬらっとしていて……〉
どうにも厭なの、生理的に受けつけない、と云うのかしらね、と苦笑して、溜息ひとつ。
「まぁ、そうだろうな」
何しろ、原作軸では、ジオンの内通者だった男である。
偏見かも知れないが、大体内通者などになるものは、利に流されやすいと相場が決まっている。
「しかし、エルランならば、金で抱きこめるのではないか?」
原作軸でも、定見があっての裏切りのようには見えなかったから、金さえ積めば、簡単にこちらに落ちてきそうな気がするのだが。
キシリアは首を振った。
〈駄目よ。そのあたりは危惧されていたと見えて、大層な人数の“随行員”がきていたもの。そこまで全部抱きこむくらいなら、普通に交渉した方がましだわ〉
どうせ、何人かは絶対に裏切らないのだから、そこから水が漏れたら意味がないし、と云う。
「まぁ、確かにな」
これがムンゾの交渉ならば話は違うが、云っては何だが他サイドの話である。そこから即開戦、と云う可能性が高いのならまだしも、大々的に金を積む必然性も見えはしない――金を積んだところで、連邦中枢にことが伝わってしまえば、最悪エルラン以下すべてが更迭の憂目となり、こちらの注ぎこんだ金も泡と消える、と云う可能性もある。さらにそこから開戦、などと云うことになれば、一体何のために工作したのかわからなくなる。
「では、お前はとりあえず、連邦がルウムの要求を呑むように、調停役を果たしてくれ」
〈わかっているわ。まぁ、どうしてもルウム寄りにならざるを得ないから、調停役としては怪しいのだけれど〉
「当事者同士でないことに意味があるのだと思っておけ」
少しでも距離がある“第三者”ごいた方が、話し合いも多少は進捗があろうと云うものだ。
〈そうするわ。――ガルマは元気なの?〉
話が変わったかと思えば“ガルマ”か。
「……元気過ぎるほど元気だ。この間は、私の“部屋”に不法侵入していた」
〈そう云えば、お前は家を出たのだったわね〉
くすりと笑う、のは、家を出た顛末を“ガルマ”から聞いたものか。
「勢いは大事だと云うことがよくわかったのだ。――だと云うのに、“ガルマ”が妙な気の回し方をするので、どうにもな」
〈あら、ドズルが士官学校の卒業生と婚約したから、お前のことも、誰かとまとめてしまいたいんじゃないかしら〉
「それが要らぬ世話だと云うのだ」
しかも、どう考えても、相手に選ばれたのはララァ・スンだ。トリプルスコアの相手となど、承服できるはずもない。
が、キシリアはくすくすと笑った。
〈諦めた方がいいわよ。あの子は結構、やり手の仲人のようだから〉
私にしてもドズルにしても、あの子が望んだところはあるようだし、と云う。
「――流石に、三倍差の子どもとどうこう、と云う気はないのだが」
傍から見れば、犯罪だろう。
〈私だって、弟と同い年の子と婚約しようとは思ってもみなかったわ。――覚悟なさい、ギレン。お前の弟は強敵よ〉
「……知っている」
そう答えると、キシリアは笑って通信を切った。
“妹”からの、ありがたいのだかありがたくないのだかわからない助言を胸に刻みつつ、思い立って、ブレックス・フォーラに連絡を入れる。
繋がらないかとも思ったが、割合スムーズに通信に出てくれた。
「ご無沙汰しております、ブレックス准将」
〈また、大変なことでしたな、ギレン総帥〉
ブレックス・フォーラは顰め面だったが、それは概ね、苦笑いを噛み殺しているが故であるようだった。
「えぇ、私としても、想定外のことでございました」
原作どおりの“暁の蜂起”であったなら、もっと犠牲者も建物の被害も少なくて済んだはずなのだが。
〈何と云いましょうか、ギレン殿が案ぜられることの、一端を見た思いでした〉
「……あれは、根本的にああ云うものなので」
別に今回が特殊なわけではない、と暗に云うと、それをどう取ったものか、ブレックス・フォーラは明るい笑い声を上げた。
〈まぁ、流石ザビ家と云うべきでしょうかな〉
「微妙な気は致しますな……」
あれは、ザビ家云々と云うようなものではないのだし。
しかし、
「――その後、ゴップ将軍はいかがなご様子ですかな?」
“蜂起”後、即連絡を受けてから、その後まったく音沙汰がない。
無論、ムンゾのことはワッケインに、ルウムのことはエルランに任せたからこそではあるだろうが――ことと次第によっては、再度何やら捩じこまれる可能性もあるのだ。動向は把握しておきたい。
ブレックス准将は苦笑した。
〈相変わらず、レビル将軍と綱引きをされておられますよ。レビル将軍は、どうもムンゾにエルラン中将を派遣したかったようですが、ゴップ将軍に押し切られたとか〉
「……エルラン中将は、それほどレビル将軍の信任が厚いのですか」
どうも、原作での裏切りを知っているせいか、エルラン中将に信を置くその気持ちがわからないのだが。
ブレックス准将は肩を竦めた。
〈エルラン中将は、レビル将軍とはかなり長いつき合いだと聞いております。恐らくは、気心の知れた間柄なのでしょうな。それに較べれば、ワッケイン准将は新任ですし、私のように議員出身と云うわけでもない、聊か心許なく思っておられるのでしょう〉
それはどうだろう――いや、レビルは、ルウム戦役の時にともに作戦にあたったティアンムともあまり仲が良くはなかったから、むしろ全体的に孤立しているのかも知れない。
そうであれば、新任の准将か、あるいは下心のあるエルランのような人間しか、まわりにいないと云うのはありうる話ではある。
「ワッケイン准将は、なかなか優秀な方とお見受け致しましたが」
〈えぇ。――ただまぁ、ワッケイン准将は、何と申しますか、やや四角四面なところがおありでしてな。正しいと思えば、連邦軍に不利な条件も呑んでしまうのではないかと、そう危惧されているのでしょう〉
「とても、そうは思われませんがな……」
原作軸でも、官僚気質と云われたワッケインではあるが、それは規律をきちっと守ると云う意味でもなかったはずだ。まぁ、こちんとして、表面的な規則を守らせようとする男、と云うニュアンスではあっただろうが。
個人的には、どうにも胡散臭い感じしかないエルラン中将よりは、ワッケインの方が三倍は良かったと思う。エルランは金で籠絡できるかも知れないが、裏切ったものはまた裏切る。それならば、固いばかりのように思われるワッケインの方が、籠絡はできなくとも、何と云うか、どうにかしようがあるような気がするのだ。
――エルランのような輩は、部下に至るまで碌でもない場合が多いからな……
偏見は良くないとは思うのだが、自分の勘は大体当たるのだ。
そのあたりも含め、用心はするに越したことはないのである。
〈まぁ、ゴップ将軍であれば、あまり裁量権の大きな中将を、ムンゾのような難しい舵取りを必要とする交渉には当てたくない、と思われたのかも知れません〉
ブレックス・フォーラは微苦笑した。
〈ゴップ将軍もレビル将軍も、それぞれに思惑がおありだ。それに相応しいと思われる人物が、ちょうど正反対だったと云うことなのでしょうな〉
「まぁ、ものの見え方は、人それぞれですからな」
黒いものが白く見える場合もあるのだし。
「私と致しましては、ムンゾはワッケイン准将でありがたかったですな。准将は、道理はきちんとおわかりになる方だ。いろいろおかしな肚の探り合いがないのも、好ましいですよ」
〈ございませんかな、肚の探り合いは〉
「ない方ではありませんかな」
少なくとも、袖の下やら何やらを要求してこないだけでも好ましい。かれの部下も、しつけられているものか、特にそのようなトラブルは聞くことがない。これがエルランならば、どうなっていたことか。
――金で籠絡できないのも、それはそれで良い、か。
まったくないわけではもちろんないが、裏表が少ないのは、こちらとしてはありがたいことである。
「まぁ、決定的な亀裂を作らぬこと、ムンゾ駐屯基地の再建、と云う共通目的に邁進できるのならば、どんな方でも相対するに吝かではありませんが、無駄な労力は使わぬに越したことはない。そうではございませんか」
〈――確かに、ワッケイン准将は、忠実過ぎるほど任務に忠実ですからな〉
なるほど、やはり連邦軍内でもそのような評価なのか――それならば、ゴップとレビル双方の妥協点としては相応しい人選か。
そう云えば、
「――レビル将軍と綱引きされている、とのことでしたが、ゴップ将軍とレビル将軍は、何で争っておられるのです?」
〈そこはやはり、開戦か戦争回避か、でしょうな〉
「レビル将軍は、それほどムンゾを目の敵になさいますか」
致し方のないところとは云え。
〈そうですね、特に貴殿が敵のようですよ、ギレン殿〉
「まぁ、レビル将軍にとっては、私が“悪の枢軸”なのでしょうな」
“枢軸”と云うには、数が足りない気もするが。
ブレックス・フォーラは苦笑した。
〈そうですな、ムンゾ、中でもザビ家、特にギレン殿とガルマ殿を目の敵にされているようです。とは云え、今回はそもそもルウムの事件に端を発しておりますので、レビル将軍としても、そこまでムンゾに強くは出られますまい。現地の指揮官の対応の拙さもございましたからな。まぁ、ガルマ殿の処遇に関してだけは、文句がおありのようでしたが〉
「しかし、地球降下には、ゴップ将軍が反対なさったのでしょう」
〈えぇ、それはもう強硬に〉
くすくすと笑う。
〈ゴップ将軍は、随分懲りておられるようです。“羹に懲りて膾を吹く”と云うのでしたか、それくらいにガルマ殿を警戒されておられますよ〉
「それはまぁ、そうでございましょうな」
自分とても、同じ立場に立たされたなら、“ガルマ”を降ろすなと云うだろう。
否、あるいは禁錮にでもするために、首に縄をつけてでも連れてこいと云っただろうか。“ガルマ”と云うのは、野放しにしても、あるいは檻に入れても、どちらにしても処し難い生きものなのだ。
〈……まぁ、連邦軍の中でも、今や対ムンゾ強硬派はレビル将軍おひとりと云っても過言ではありませんからな。少数派が声を届かせるには、どうしても過激なことを云わなくては、ひとの耳目を集めることはできません〉
「確かに。ですがそれは、連邦軍の中枢にある方の言動としては、危ぶまれるところはございますな」
過激な発言で耳目を集める、それではまったく、煽動家のやることではないか。
〈えぇ。ですから、どうしても悪循環になりがちで〉
「なるほど」
ムンゾに対して強硬姿勢を取ろうとする、穏健派や融和派が眉をひそめる、反応がないのでさらに過激な発言になる、のくり返しと云うことか。
「それは確かに、少々危ぶまれる事態ですな」
〈えぇ。ただ厄介なのは、あの騒動で激減したアースノイド至上主義者たちが、レビル将軍に近づいていると云う噂があることなのです〉
「何と」
無論、あのような輩が一掃されることはあり得ないが、それにしても、レビルまわりに集まってくるとなれば、話は別だ。
レビルは、アースノイド至上主義者と云うわけではもちろんない――そうでなければ、原作軸で、ニュータイプ部隊と目されたWBの面々に、肩入れしたりはしなかっただろう――が、ジョン・コーウェンの前例もある。本人がそうは思っていなくとも、“御輿”に乗せられてしまえば、下りることは難しい。つまり、今度はレビルが反スペースノイドの領袖ともなりかねないと云うことのだ。
――これは、なかなか大変なことになるかも知れない。
しかも、今度の“敵”は、宇宙軍総司令になるであろう男である。
これは、慎重に動かねばならぬ、が、それで完全に回避できることとも思われぬ。
「――できれば、開戦は避けたいものですが」
〈私も、そう願っております〉
だが、戦いを回避する道はない。今回聞いたところで、より一層そうであることが確信されてしまった。
互いの息災を願って別れながら、脳内では既に、逃れられぬ刻をどこまで先延ばしにできるか、目まぐるしく計算が開始されていた。