輸送船の中は満員だった。
等間隔にみっちりと詰め込まれているのは、MSのパイロットの卵たちだ――もちろん、おれも含めて。
皆と同じ隊服を着て、皆と同じように大人しく座ってるだけなのに、チラチラと寄せられる視線が少し鬱陶しい。
「お前、ガルマ・ザビだよな?」
と、隣から掛かった声に振り向けば、チラチラどころか真っ向から覗きこまれた。遠慮もへったくれもねぇな。
やけに目つきの悪い若い男だった。
多分、少し年上。黒髪黒瞳。東アジア系かな。口元からはドラキュラの子供みたいな八重歯が覗いていた。
「そうだよ」
「ニュータイプって本当か?」
「うん」
「心が読めんのか?」
「みんなそれ聞くけど、読めないよ」
「――――……………」
三白眼がなにか力を込めて睨めつけてきてから。
「なるほど、本当らしいな」
重々しく頷いた。
「ねえ、いま何考えたのか聞いていいかな?」
なんか分からんがめちゃくちゃムカついたんだが。
ジト目で睨めば良い顔で嗤われた。
「ボンボンがバカやって兵卒入隊とか本当にバカ」
「よしわかった。君だけ“表”に出ろ」
「“表”は宇宙空間だバカめ」
「だから出ろって言ってんでしょ」
そんな遣り取りに、ブククと吹き出す声が周囲から。
歯を食いしばって腹筋震わせんのやめろ。変な生き物みたいでなんか怖ぇよ。
「ところで、バカバカ言う君は誰さバカ」
「……お前もさり気無く罵倒してくんじゃねぇかよ。オレはコウガ。コウガ・ゴトーだ」
「日系かな」
聞けば頷きが返った。
「良くわかったな」
「友人にも日系がいるんだ」
「へえ。そいつ美人?」
「シン・マツナガと、ケイ・ニシムラ」
「大物来たぞー」
平坦な声だった。
「美女はいねえのかよ」
「勿論いるけど、教えると思う?」
レディ・アベイルだってミライ嬢だって日系だけどさ。無礼者には教えてやらぬわ。
「性格悪いな!」
「ブーメラン上手いね!」
「……………そろそろ俺達の腹筋にダメージ入れるのやめろ、お前ら」
居並んだ震える腹筋の一人が、とうとう突っ込みを入れてきた。
相変わらず視線は来るけど、最初のそれから格段に生温いものに変わってるし。
「これくらいでダメージはいるような腹筋じゃないでしょ」
フンと鼻を鳴らしてやった。
右見ても左見てもマッチョ揃い。ガチムチから細マッチョまで選り取り見取りだけど、要するに筋肉系統がズラリと。
ヤダなぁ、この感じ。士官学校時代もそうだった。おれだって筋肉はついてんのに、居並ぶ超マッスル達のせいで、ひ弱そうに見えちゃうんだよ。
「いやいや、バッチリダメージ入って6つに割れちまったよ」
「俺もだ」
「オレもだな」
貴様らニヤニヤすんじゃねえよ。
フッと真顔になって、隊服の腹を捲ってやった。はしたないと言うなかれ。見せるのが一番だろ。
皆がぽかんとした顔をするのに。
「僕だって6つに割れてるし」
どや。ちゃんと筋が見えるだろ。
「……薄っす!」
覗き込んできたコウガの手のひらがペタリと。
「薄くない!」
「生ハムスライス並だろこれ」
憐れむ視線を寄越すんじゃねえ。
「ふぬんッ」
「ぐぉッ!?」
無礼者の襟首を捉え、巻き込んで締め上げる。おれの腹筋は見た目じゃねぇんだ。質だ。
「Louer! mes splendides muscles !!(我が筋肉を讃えよ!!」
渾身の力で抑え込むと、コウガは蛇に呑まれかけのネズミみたいにジタバタしてから、クタリと動かなくなった。よし。
「ザビ家の御曹司がいきなり腹見せるって……」
「しかも凶暴だぞコイツ」
「悲運の貴公子って誰のことだよ?」
おれだよ。おれ。
「“ガルマ・ザビ”です。よろしくね」
ニコニコ微笑んでご挨拶。
「お、おう。よろしく」
なんて口々に返ってくるのに、更にニッコリ。
あとはアッチコッチから掛かる声に応えていたら、いつの間にかダークコロニーに到着してた。
ここから、おれのパイロットとしての一歩が始まるんだ。
高揚を抑えきれないまま、タラップへと足を踏み出した。
「『ガンダム!! ザクⅡ!!!」
わかるか諸君!? MSだ! ガンダムとザクⅡだ!!
RX-78――頭頂高 18.0m、本体重量 43.4t。
MS-06F――頭頂高 17.5m、本体重量 56.2t。
でけえ。迫力。感動。
感動ぅううううわァアアアアアアアア!!!!
「『本物だ!! ホンモノォオオオオ!!!』」
「落ち着け!!」
格納庫に入るや否や、極度の興奮状態に陥ったおれを、コウガが羽交い締めで抑え込みにかかるけど、華麗に投げ飛ばす。
「『そりゃ!』」
「ぅおッ!? フッざけんな!」
受け身を取って無事だし。
「『WHOOOO!!!』」
くるくる回る。そしてぴょんぴょん跳ねる。
心が、心と身体が跳ね回って踊り狂ってるんだ!
そこで遠巻きにしてる皆も、この感動を分かち合おうぜ!!
なのに誰も近づいて来ないんだけど?
「あれが野生の御曹司か……」
「ヤベェ生き物じゃねぇかよ」
「噛みつかれたりしないかな?」
「保証はできねぇなぁ」
なんか、悪口言われてる気がする。
「お前ら見てねぇで取り押さえろ!」
コウガの叫びに、皆が一斉に目を逸らす中で、背の高いひとりが、ツカツカと近づいて来た。
お。分かち合う? 分かち合っちゃう?
ニコニコと微笑んで迎えてみたら、身長に相応しく長い腕がおれを掴まえて、つむじにキスが落ちた。
「カワイイ‼」
なんですと?
――カワイイじゃねぇわ、カッコイイって言ってよ。
ちょっと距離感がバグっている相手を睨んだけど、キラッキラとした眼差しと満面の笑顔に毒気を抜かれる。
ツンツン短い髪は明るい金髪。瞳はイエローがかったブラウン。肌は灼けた小麦色。背が高いな――女のひと……だよね?
抱きこまれてるお胸がムキムキで判別は難しいが、おれのセンサーはレディだと囁いてくる。
「レディ、むやみに男性に抱きつくものではありませんよ?」
やんわりと注意。
イエローブラウンの瞳がパチパチと瞬いて、緩むと思っていた拘束が強まった。なぜだ。
「アタシがレディだって?」
驚いたような、それでいて喜ぶような。ハスキーボイスが戸惑うように震えた。
「レディでしょう…ええと……僕は“ガルマ・ザビ”です。あなたは?」
ちょっと間が抜けた自己紹介だけど、仕方がない。レディに名前を訊くなら名乗らないと。
「モブリット。モブリット・ローズ」
「レディ・ローズ、腕を緩めでいただけますか?」
「モブリットって呼んで」
「では、レディ・モブリット。腕を緩めて、ちょっと…苦しい」
結構な強さだからさ。
正直に訴えたら、ようやくその手が緩んだ。
「ごめん! ついうっかり。ずっとファンだったんだ。カワイイのに強いし。うちの地元じゃあなたはヒーローだよ!」
――カワイイは聞き流すからな。
「ありがとう。ところで、地元はもしかしてルウム?」
「そう!」
だよね、そのイントネーションは。
「……おらお前ら、そろそろ行くぞ! 上官待たせたらどんな罰則くらうかわかんねーからな!」
おれが大人しくなったと見たか、コウガが襟首を掴んできた。
やめろ。また投げるぞ。
「ガルマに乱暴するんじゃないよ!」
お。モブリットが一歩前に。
「おぁ? 引っ込んでろ。女殴る拳は持ってねえんだ」
「へえ。アタシより弱い男なんて5万といるけどね?」
ふぉ。一触即発。コレも「わたしの為に争わないで」になるのかね?
とりあえず、ヨスヨスしてモブリットを宥め、コウガの腕をとって先に進む。
他の面々と言えば、遠巻きにして呆れ顔である。
さて。今ここに居る連中は、各方面からMSパイロットの適性ありとして集められてる面々だ。
このダークコロニーで、実際に実戦に耐えうるのかを改めて判断、選別されるってわけ。
その為か、階級も年齢もバラバラ――流石に中年以下が大半だけどさ。
一応、この場にいるのは全て下士官以下。尉官や佐官は別のフロアにいるらしい。
先を行く仲間に追いつくと、教官らしきパイロットスーツの男たちが見えた。
――カッコイイなぁ!
お目々がキラキラしちゃうよ。憧憬と尊敬を視線に乗せて、じっと見上げる。
両隣のコウガとモブリットも姿勢を正して、頼もしい先達の姿を見つめているようだった。
おれたちを扱くのは、禿頭の中尉らしい。めちゃくちゃゴツいな!
照明を照り返すような黒い肌。鋭い視線で睥睨してくる様は、あれだ、鬼軍曹的な――中尉だけど。
その横に並ぶのも、MSパイロットの教官達だ。
――……ふぉ!?
ふと視線が合って、びっくりしてかっぴらく。
――イアン先輩にアルフレディーノ先輩じゃないのさ!?
士官学校時代の先輩達だ。
卒業して軍務についてからは、階級以外は教えてくれてなかったけど、なるほど、ダークコロニー詰めならそりゃ口は固くなるわな。
二人とも、めちゃくちゃ笑いを堪えた顔をしてるし。
チラッと目礼だけ。
てっきり技術士官になってるものかと思ってた。まさかのMSパイロットとはね。
面通しが終わったら、直ぐに座学。それからシュミレーションテストときた。
と、ここでハプニングと言うかなんと言うか。
「『うぇえええ!?』」
ドコーンと、シミュレーションでの起動失敗。
コックピットを模した装置のセンサー類は、全てがおれの駆るシミュレーターが無様にひっくり返った事を知らせてきた。
なぜだ!? 座学ではこの操作で間違い無かった筈なのに!??
繰り返しても、やっぱり姿勢制御に失敗する。
バランスを取ろうとする瞬間に、なぜフリーズするんだシュミレーターよ!?
操縦を機体に拒否される――ERROR。圧して動かそうとしてもERROR。そしてFREEZE。
あとはズゴゴーンと倒れるだけ。
おれ呆然。訓練生達は失笑。なかにはあからさまな野次や罵声が。
「もう良い。ガルマ・ザビ、そこまでだ。シートを降りろ!」
教官が怒鳴る。怖い顔が更に歪んで迫力倍増。
少し離れた場所にいたイアン先輩とアルフレディーノ先輩の視線も鋭かった。
ちょっと待って――なんて言える立場じゃないから、しょんぼりして降りる。
――原因はなんだ?
操縦はマニュアル通りだ。特に不備は無かったはず。
バランサー? 自動制御で引っかかってんのか??
次の候補生が乗り込んだシミュレーターはなんの問題も無く起動した。
その次も、その次も。
「なんだ、大したことないじゃないか、ガルマ・ザビ。あの戦績は、優秀な御学友あってのことかよ」
なんて声が聞こえてくる。
それはまぁ、あながち間違いじゃ無いから良いんだけど。
何がいかんのかを考えながら候補生達を眺めてたら、またドコーンと。
――あれ? コウガ、お前もか。
起動に失敗して、おれと同じように藻掻いてるし。
同じく教官から怒鳴られて、奴もトボトボとおれのもとに。
「……畜生、何でだよ」
ボソリと。すごく悔しそうな声だった。
慰めるのもアレだし――そもそもおれもハートブレイク中だ――ただ並んでボンヤリとシミュレーターの様子を見続ける。
と、またひとり、ドガガガーン。
更にひとりがガシャンドドーン。
んん。一定数居るらしいね。
なんか、みんな似たようなタイミングで失敗してる。
教官に怒鳴られた面々は、足取りも重くこっちに来るけどさ。
――んんんー?
首を傾げる。身体ごと傾ぐのを、コウガが鬱陶しそうに押し返してくる。
「……なんだよ邪魔くせぇ」
「コウガ、よく見て」
「あ"ぁ"」
「やさぐれてないで、ちゃんと見てよ。なんで倒れたのか、原因解ったかも」
「なんでだ?」
「訊く前に見て」
ピシャリと。
コウガは不満げな顔をするけど、お前も同じ結論に至るのかを知りたいんだ。
その間にもドガンバゴンと。
「――……あれ?」
声を上げたのはコウガじゃなかった。
同じく起動に失敗して横に来てたもうひとり――こっちもコウガと同じ黒髪黒瞳だけど、彫りは深いし顔も濃い。なんなら情熱のラティーノだ。
「もしかして、君らも姿勢制御を自力でやろうとしたのかな?」
首を傾げて訊いてくる。パチパチと瞬く度に、長くて濃い睫毛が上下してた。
「した!」
それだ。それだよ。
起動時に傾ぐ機体の姿勢制御を手動でやろうとして、オートバランサーに邪魔されたんだ。
反対に言えば、おれたちの操縦がオートバランサーの邪魔をしたってこと。
それは、転びそうになったシミュレーターが不自然に動作を止め、その後何事もなかったかのように立ち上がったときに確信に変わった。
あの候補生、途中で気づいて操縦をキャンセルしたんだ。
ちゃんと立ち上がったのに、そいつも教官からどやされてこっちに振り分けられて来るし。
「コレってアレだ」
「指示語で喋んな。ハッキリ言えよ」
なんだコウガ、気が短いな。
なんて、周囲に集った面々も興味深気にこっちを見てるし。
ドドンガシャーンと、一際派手な音のあとで、
「ガルマァ! アタシも失敗したよ!」
半泣きでモブリットが突っ込んで来るのを笑顔で迎え入れて。
「失敗じゃないよ」
失敗だけど、失敗じゃない。
「あれはシミュレーターの不備だ。だって、本物のMSだったら、パイロットの操縦はオートバランサーより優先されるもの」
マニュアルにもそうあったし。
詰まるところ、あの瞬間にちゃんと自力でバランスを取ろうとして操作した面々が弾かれてここに居るってコトだ。
向こうに残った大多数の連中は、オートバランサーによる制御を抵抗なく受け入れたってだけ。
説明してみれば、ここに来た面子はスッキリした顔で頷いた。
みんな薄々気づいてたんだろう。
「なるほどな!」
って、コウガ、お前は気づいて無かったね?
失笑するラティーノとモブリットに絡んで行こうとする襟首を引っ掴んで止める。
ところでラティーノ、君は誰さ? そして他の面々も。
おれの視線に気づいたラティーノがクスリと笑った。
「遅れたが、俺はニケ・ダンジェロだ。一等兵。君と一緒かな?」
ふお。“勝利の女神”と同名とは縁起が良いね。
「はい。“ガルマ・ザビ”です。同じく一等兵」
「……あ? 一兵卒じゃねぇのか?」
コウガがコテリと首を傾げた。ぽかんと口が開いて八重歯が覗いてる。
「一等兵だよ。仮にも士官学校出てるしって、ギリギリ直前で階級が上がったんだ。もしかしてコウガは二等兵?」
階級下か。ぐぬぬと唸ってるのがちょっと面白い。
「アタシは上等兵だよ」
「ケッ、直ぐに追い抜いてやるよ!」
「上にその態度は頂けないねェ?」
モブリットがめちゃくちゃ上から目線で煽ってるし――なんか仲良いな君ら。
ニケはクスクス笑ってる。
「ヘレン・ネイワンドよ。私も上等兵。よろしくね、みんな!」
ふぉ。栗色の巻き毛が華やかなラティーナが来た。瞳の色はモブリットよりも黄色味の強いアンバー。際立った美人じゃないけど、なかなか愛嬌のある顔立ちをしてる。
それに見事な砂時計体型。動きが滑らかでちょっと見惚れそう。
「なら、俺が一番上かな? ヘイデン・マクグリン軍曹だ」
階級も年も、この中では一番上だろう。
見た目はコウガと同じ東アジア。金髪だけど根本の色が違うのは染めてんのか。
割と地味な顔立ちに、体型もこれと言って特徴の無い控えめなマッチョだった。
「よろしくお願い致します。マクグリン軍曹殿」
カチリと踵を合わせてご挨拶。
一応、この中じゃおれに命令できる立場だし。
皆も習ってビシリと。こういうところはやっぱり軍隊。
対するマクグリン軍曹は苦笑いする様子である。
「複雑だな。ガルマ・ザビに敬礼されるとは思わなかった。てっきりする側かと思っていたのにな」
まぁねぇ。“暁の蜂起”がもうちょい穏便だったら、そうだったかもね。過ぎた話だけど。
こちらも苦笑を返したところで。
「仕方ねぇよ、こいつバカだからな」
と、言ったコウガの後頭部がいい音をたてて鳴った。
ナイスだモブリット。ツッコミは君に任せた。
なんか、わりと和気あいあい。厳しい教官の声は遠い、と言うか、あんまりこっちに注意を払ってないみたい。
ここへきてシミュレーターは落ち着いていて、派手な音はしなくなってた。
それなのに、また一人こっちに来る重たい足音がした。
なんでだ。お前は“失敗”しなかったはずだろ。
振り返ったら。
「壁?」
目の前が塞がれてた。
「ガルマ、上だよ、上」
ニケに促されて顎を上げたら。え、クロコダイル?
その壁はワニの顔をしていた。
身長は2 M 以上あるだろう。がっしりとした体には筋肉が盛り上がっていた。三十路前かな。
爬虫類を思わせる厳つい容貌と相まると、強面を通り越して“なまはげ”を見ているような気持ちになる。
子供だったら泣くわー。
そして、何故にこの大男は、こんなに渋い顔でおれを見下ろしてくるのか。
ニコリと微笑んでみても渋い顔は変わらない。むしろもっと渋くなった。
「……ギュスターヴ・モゥブ。曹長だ」
うわ。さらに偉いやつ来た。
マクグリン軍曹も一緒にみんなで敬礼。
これで打ち止めかと思ってたら、背後から立て続けにドガガガガーンと転倒音が聞こえた。
おや。お仲間がまだ居たか。
教官の怒鳴り声に押されるように、また二人がやって来る。
ちょっと年上だろう女性達だ。
片やは無表情の美人。淡い色の金髪は無造作に束ねてる。冬の海みたいな青みの薄いグレーの瞳が美しいけど、表情が読みにくいタイプ。
それから、短い金褐色の癖毛の女性。背は高めだけど、少し猫背で、ブラウンの瞳は不安に曇ってた。
「問題ねぇよ。アンタ等のせいじゃないらしいぜ!」
とりあえずコウガが声を掛けてる。
おれに対してもそうたったけど、物怖じせずに交流をはかる様子は良く言えば人懐っこく、悪くすれば厚かましい。
この場では、不安そうな彼女の表情が少し和らいだから、いい方向に働いた感じ。
「それ、アンタが看破したわけじゃないだろう」
モブリットが突っ込みに回って、皆がまた笑う。
クロコダイ……ギュスターヴと、もうひとりの女性は笑わなかったけどさ。
「……良くわからないけど、一人じゃなくてよかったよ。私はゼフィ・ダサオル。伍長です」
そう言った彼女の声は美しかった。
高くもなく低くもなく、すごく聴きやすくて明瞭だ。美声って、こういう声のことを言うんだろうね!
皆も同じ感想を持ったんだろう。その目が見開かれてるし。
だけど、当のゼフィ伍長は恥ずかしそうに俯いてた。
「エレーナ・イワノワ。伍長。よろしく」
そしてスラブ糸美人からは、すごくシンプルな自己紹介が。
そんなこんなで、以上がシミュレーターに弾かれたメンバーだった。
✜ ✜ ✜
「ガルマ、久しぶりだな!」
「本当に、派手にやらかしたもんだな、堕天使長!」
兵舎に向かう途中で、先輩たちに出くわした――と言うか、待ち伏せしてたね、これ。
「イアン・グレーデン中尉、アルフレディーノ・ラム少尉。お久しぶりです」
ピシッっと敬礼しつつ、満面の笑顔で。
小走りに近づけば、両腕を広げてくれたから、ハグ×2。
さっき知り合ったメンバー達には先に兵舎に向かってもらった。
「先輩達が……あ、中尉達が教官とは思ってなかったです。びっくりしました」
「他に人が居なければ先輩で良い。確かに、凄く驚いた顔してたな」
イアン先輩が笑うと、アルフ先輩もつられたみたいに笑い出した。
「猫騙し喰らった猫みたいだった。吹き出しそうになって大変だったよ」
「……酷いなぁ」
ぷくりと膨れれば、そんな顔も全然変わってないと、先輩たちはひとしきり笑い続けた。
それから少し改まった顔で、「よく来た」と頭をくしゃりと撫でてくれる。
「もう気づいていると思うが、お前たちはシミュレーターで失敗したんじゃない。本来なら、次の段階で訓練するところを飛び越えたんだ」
イアン先輩の落ち着いた声がそう告げてきた。
「バランサーですね?」
「そうだ。最初は皆そこで引っかかる。だからあらかじめオートバランサーの優先順位を上げていたんだ。そうでないと、殆んどの候補生が転がるからな。うるさくって仕方がない」
「反対に自分で立て直そうとしたやつが転がるから、やっぱりうるさいんだけどね」
アルフ先輩が混ぜっ返して、また笑った。
「特に今回はみんな派手に転んでたな」
「ひとり、自力で立て直した人がいましたよ。ヘイデン・マクグリン軍曹ですね」
「ああ。あいつはもともとテストパイロット候補だったんだ」
アルフ先輩が新情報を。
「そうなんですか?」
「一度は上官がごねて枠から漏れたが、やはりシミュレーターテストが高得点だからね。今回とうとう引き抜かれたんだ」
ふぉう。地味だけど案外すごい人だった。
「と、言うことでだ。お前たちはこれから別の訓練を受けることになる。俺たちもサポートするが、メジャナ中尉は厳しいぞ。覚悟しておけよ」
イアン先輩がニヤリと笑った。
「ビリー・メジャナ中尉ですね」
あの時に壇上にいた、そしておれたちを怒鳴ってたガチムチアフリカ系の教官殿――確かに厳しそうだわ。
「ああ。だけど、彼も内心で頭を抱えてるんじゃないかな」
「どうして?」
「まさかザビ家の御曹司が、あっさりと枠を飛び越えると思ってなかっただろうしな」
イアン先輩が肩を竦めた。
「まぁ、俺達にとっては予想通りだったがな」
「そうそう。お前はいつだって“やらかす奴”だからね、ガルマ」
なんてニヤニヤしてる先輩達ひどい。
そこで和やかにお開きになるはずだったのに、近づいてくる足音に会話を中断された。
振り返る先には、初めて見る士官が。
赤茶けた髪の色にダークブラウンの眼。浅黒い肌は混血ゆえか。そこそこ良い顔立ちをしてるのに、嫌味ったらしく歪んだ表情がもとの造作を台無しにしてる。
三十路半ばってところかな。
「ガルマ・ザビ一等兵。ケリアン・ラウ少佐がお待ちだ。ついてこい」
顎でしゃくるって、偉そうだな――階級章は中尉。ん、確かにおれより偉いわ。
小馬鹿にしたような視線が鬱陶しい。
先輩達がわずかに顔を顰めてるところを見るに、反りが合わない感じか。
つまり、おれとも合いそうにないってことかな。まぁ、万人と合うはずもないから仕方ない。
ピシリと踵を合わせて敬礼。
「了解致しました。中尉殿」
先輩達にも敬礼してから、踵を返した士官の背中を追いかける。
ケリアン・ラウ少佐っていったら、このダークコロニーの責任者のはずだ。
そもそも、ダークコロニーはドズル兄貴の管轄だから、その部下ってことなんだろうけど、どんな人物なんだろ。
能力的には心配してない。その辺り、兄貴の人を見る目は確かだ。でも、性格についてはあんまり頓着しないと思うんだよね。
行き着いた先の執務室は、なんと言うか、んん、中華?
別段、赤と金でキラキラしてる訳じゃない。落ち着いた内装ではあるんだけど、ところどころにある中華装飾や小物が存在を主張してる。
執務机についてる四十路がらみの男性がラウ少佐なんだろう。東アジアの大陸系だ。
連れられてきたおれを見る黒瞳は怜悧で、大して興味も無さそうだった。
――なんで呼んだのさ。
「ガルマ・ザビ一等兵を連れてまいりました!」
報告する中尉に習って敬礼。
「“ガルマ・ザビ”一等兵。参りました」
ラウ少佐はじっとおれを見てから、隣に立つ中尉に出ていけと片手を振った。
一瞬顔を歪めたものの、中尉はまた敬礼をして、部屋を辞していった。
二人になった部屋の中で、ラウ少佐はおもむろに口を開いた。
「問題は起こすな」
要求は極めてシンプルだった。
「ガルマ・ザビ、私は君の兄君であるドズル閣下よりここの管理を申し遣っている」
「はい」
「だが、私は忖度も贔屓も面倒ごとも嫌いだ。よって、ここに居る間は、私を煩わすような行為は控えたまえ。なに、たったの10週間だ。――できるな?」
声は淡々として乾いた印象なのに、結構な圧があった。“ノイズ”は無い。つまり、言葉通りの要求――命令なんだろう。
「了解しました」
敬礼を崩さず返す。
そもそも、おれ、別に問題を起こす気なんか無いんだ。“ギレン”にも大人しくするって約束してるし。
少なくとも、おれから動くことはないよ。
聞き分けの良い犬みたいに、お目々をキラめかせて了解したのに、何故かラウ少佐は眉間に皺を刻んだ。
「……揉め事は極力起こすな。かかる火の粉も、“穏便に”、払え」
「はい」
と、返しながら内心で首を傾げる――ここ、火の粉あるの? そして、“穏便に”なら払って良いんだ、火の粉。
「…………つまり、大人しくしていろと言うことだ」
最後は溜息混じりだった。
「全て了解いたしました」
ラウ少佐はそれでもまだ何か言い足りなさそうな素振りだったけど、何度か口を開閉してから首を振った。
「以上だ。行け」
「はい!」
犬を追うみたいに手で払われるから、執務室から退散をはかる。
扉を潜ろうとしたその瞬間に、背中にもう一度声が掛かった。
「君の……MSパイロットとしての成長には、期待している」
驚いて振り返ると、ものすんごい顰めっ面がそこにあった。なんなのその複雑な表情は。
でも、嬉しいから全開で笑って答える。
「はい! ありがとうございます‼ ご期待に添えるよう精進します!!」
ビシビシと敬礼。
なんだ。良い人じゃないか、ラウ少佐。
るんたったと扉を締めたら――あれ、まだ居たよ、さっきの中尉。
「……ガルマ・ザビ、医務室の場所を教えてやろう。貴様は良く倒れるらしいからな」
――ってさぁ。
バカにした響きも癇に触るし、何より厭な“ノイズ”がしてる。
これ、ついてったら確実にイジメられるやつだよね?
お断り一択なんだが、さて、良い断り方は無いものか。
――教えてG☓ogleさん!
なんて脳内検索しながら、無遠慮に掴まれた腕を見る。
やだな。なんか鳥肌立ちそう。
早くも降りかかってきたらしき火の粉を、どう“穏便に”払うべきかと、頭を悩ませながら目を細めた。