唐突に気がついたのだが、
「――そう云えば、まだ“ジオン共和国”に改名していない……」
“公国”にはなりようのないラインなので、“共和国”にしようと思っていたにも拘らず、発議すらしていない、と云うか、さっぱり頭から抜け落ちていた。
このままいくと、“ムンゾ自治共和国”のまま一年戦争に突入してしまう。
「どうなさった、ギレン殿?」
マツナガ議員が訊ねてくる。
議事堂の控室でのランチタイム――マツナガ議員以外にも、ダルシア・バハロとオレグ議員も並んでいる。各々、自身の控室があるはずなのに、こちらの部屋で昼食と云うのはどう云うことか。この部屋が、特別広いわけでもないと云うのに。
「いえ……いずれ国名の変更を、と思っていたのを、今になって思い出しました」
「改名? 連邦から独立をとお考えですか」
ダルシア・バハロが首を傾げるが、
「流石に、そんな度胸はありませんよ」
それでは、連邦と即開戦である。
「ただ、実態はともかくとして、名前から“自治”を取ってしまいたいのです」
名を変えたからと云って、それで何が変わるわけでもないのだが、独立推進派は、多少おとなしくなるかも知れない――いや逆に、さらなる権利拡大を求めて、より激しい独立運動が起こるだろうか。
マツナガ議員は頷いた。
「良いのではありませんかな。“自治”の文言をなくすだけでも、国民としては快哉を叫ぶところでしょう」
「名前だけならば、よほどの親連邦派を除いて、反対するものはないと思いますが」
オレグ議員も云う。
「ただ……」
と、やや眉を寄せたのは、ダルシア・バハロだった。
「連邦側の心象としては、いかがでしょうな。文言ひとつに目くじらを立てて、締めつけを厳しくしてこないとも限りません」
「そこなのですよ」
この改名と云うものが、なかなかタイミングが難しいものなのである。
レビルをはじめとする対ムンゾ強硬派ならば、国名から“自治”が取れた瞬間に、連邦に対する叛意ありとして、難癖をつけて開戦に持ちこみかねないのだ。
正直、それがあって、かつこちらもMSなど、突っこまれたくないことどももあり、先延ばしにしていたのだが――その後の様々なごたごたで、それどころではなかったのが、この一年だった。ある意味、一年戦争本番よりも大変だったのではないかと思う。
「本当なら、ジオン・ズム・ダイクンの没後五年とやら、十年とやら、切りのよい時にするのが良いのでしょうが」
と云うと、
「それですと、次の機会は三年後ですかな」
マツナガ議員が笑った。
「議案として上げて、決議をしても、実際の改名を三年後に、と云うのはいかがですかな」
オレグ議員が云う。
「あぁ、そう云う手もございますな。確かに、決めるだけ決めるのも、ひとつの手か……」
それならば、改名だけで連邦と揉める可能性は下がりそうだ。但し、“ムンゾ自治共和国”のまま戦争に突入する可能性は上がるだろうが。
「一度、それで発議してみれば良いのです」
ダルシア・バハロか云った。
「議会で、そのとおりの日付で改名、とはならない可能性もございます。……今、連邦の権威は失墜しつつある」
“ガルマ”絡みのアースノイド至上主義者たちの暴発やルウムの騒乱、“暁の蜂起”の“成功”などで。
「――確かに」
その言葉には、頷くしかない。
大半が“ガルマ”の悪知恵の仕業ではあるが、それにしても連邦の態度は情けなさ過ぎた。ほぼ敵対関係とは云え、レビルなどは、あれはあれで一本筋がとおっている。エルランのような――金で動く――タイプばかりになっているのならば、宇宙世紀が百年を迎えるより前に、連邦の土台は腐り落ちて、完全に崩れることになるのかも知れなかった。
人類の夢だった統一国家が、わずか百年で消滅するのは、やはり少々切ないような気持ちになる。せめて、原作でそうだったように、二百年は越してから崩壊してもらわなくては。
「まぁ、改名自体は、賛成多数で可決されるでしょうな」
「国民は、喜ぶものが多いでしょう」
「……名前だけ変えれば良いと思っている、などと云う輩もございましょうな」
過去に、軽い言葉だけで世を動かそうとした政治家などが、山のようにあったので。
「それは、実態を伴わぬ場合でしょう」
マツナガ議員が肩を竦めた。
「むしろ、ムンゾは逆の意味で実態にそぐわなくなりつつあるのです。軍事力にしても経済力にしても、もはやムンゾなしに地球圏は立ち行かない――これで“自治”とついているのは、地球以外からすれば滑稽にも映りかねませんぞ」
確かに、今や月の各都市ですら、ムンゾの顔色を窺うような風である。それは、月のアナハイムがムンゾに接近していると云う噂が、じわじわと拡がっているためであるらしい。ウォン・リーたち、月のアナハイム幹部は、どうも本当にメラニー・ヒュー・カーバインに反旗を翻す心づもりのようだった。
「コロニーのものたちの連邦に対する心証が、急速に悪化しつつありますからな。ルウムの処理を間違ったのは、連邦にとっては大変な痛手だったに違いありません」
オレグ議員がゆっくりと云う。
ダルシア・バハロも頷いた。
「確かに、云っては何だが、半テロリストを一人死なせた、あれは事故だ、と云うような気分でいたのでしょうな。コロニーで、どれほど反連邦の機運が高まっているかも意識せずに」
「ムンゾ以外は反旗を翻さない、と云う時代は終わりましたからな」
「まったくです」
「……とは云え」
マツナガ議員は、蓄えた髭を指で扱いた。
「それでも容易くひっくり返りはしないほど、まだまだ連邦の力は大きい。――何か策はおありなのかな、ギレン殿?」
「私が連邦の転覆でも目論んでいるかのようなおっしゃりようだ」
肩を竦めて苦笑するしかない。
「まぁしかし、傍からそう見られるであろうことは理解しております。私としては、完全な独立を目指そうとは思いませんな。それは、あまりにも非効率的だ」
独立するとなれば、今以上に軍備に予算を割かなくてはならなくなる。正直に云うが、軍事費にこれ以上――現時点でも、国家予算のかなりの割合を占めている――増やすとなれば、福祉やインフラなど、市民生活に必要な支出を削ることになる可能性か高い。
云っては何だが、軍事費よりも、必要なのは圧倒的に福祉予算である。もちろん、戦艦やMSなど、山のように注ぎこんできた人間の云うことではないが、しかし、国家などと云うものは、国民の福祉に奉仕すべきものであって、国の存続そのものを目的にするのは、本来なら本末転倒なのだ。
無論、自国民を守るために軍備が必要だと云う理屈はある。しかし、それが国民生活を圧迫するのであれば、何のための力であるのかと云うことになる。武力のインフレーションは、結局のところ、支配層の見栄の張り合い、マウントの取り合い以外の何ものでもなくなってしまうのだ。
それくらいならば、少しばかりの軍備――警備くらいでも良い――だけで、あとは連邦に押しつけてしまう方が、コロニーの発展のためには有益だろうと思う。
「常に連邦と戦うための武力を保持し続けるのは難しい――現在の“最新兵器”は、容易く“骨董品”になり果てますからな。それくらいならば、アナハイムか目指したように、経済力で連邦に譲らせた方が、間違いなく簡単です」
数億、数兆の軍事費を注ぎこんでも、いや、注ぎこんだからこそ、その維持管理にも膨大な金をかけざるを得なくなる。しかも、それをしても数年後には型落ちになるならば、まったく非効率的だと云わざるを得まい。
今、ムンゾが軍事に金をかけているのは、どうあっても回避できない戦いがあるからであって、本当の意味でのコロニー同盟が完成すれば、今ほど連邦と戦うこともせずに済むはずなのだ。
「私は、連邦と戦って独立したいのではなく、アースノイドと同等の権利をスペースノイドにも、と主張するだけだ。それを、連邦が力ずくで捩じ伏せるつもりなら、対抗手段を講じる、それだけのこと。徒に争うばかりでは、双方ともに痛手を受けるだけです」
マツナガ議員が、目を見開いた。
「……これは驚いた。私はてっきり、ギレン殿がムンゾの独立を考えてもおられるのだとばかり」
「まぁ、そう見えますでしょうな」
傍から見れば。
「だが、政治的に云えば、軍備などと云うものは、やりたい輩にやらせておけば良いのです」
そう、中世紀のアメリカが“世界の警察”を自称していたように。
「そもそも、連邦政府は一応統一政府でもある。コロニーの各サイドは、中世紀風に云えば、地方自治体のようなもの、そのひとつひとつが過大な軍事力を持つよりも、そこは連邦に任せて、コロニーサイドは実を取れば良いのです」
「確かに、連邦は好きこのんで武力介入をしているわけですけらな」
「男戦争を好む男どもは、戦いが終わった後のことは考えてもみないものですからな。この先のこととしましても、私としては、武力行使は最低限に、避けられぬとしても国民が疲弊し切らない程度で切り上げたいのですが」
問題は、総帥の判断に、軍がおとなしく従うかどうかだが。
「そこは、ギレン殿の手腕にかかってきますでしょうな」
「……簡単におっしゃる」
それで止まるならば、大東亜戦争の泥沼はなかっただろうに。
とは云え、確かにそれは、軍上層部の仕事ではある。
「……まぁ、努力は致しますよ」
そうでなければ、軍総帥になった意味がない。
「まぁ、戦争と云うものは、退き時が難しいですからな」
オレグ議員の声は、ゆったりとしていた。傍からこの会話を小耳に挟んでいたとしても、よもやムンゾの未来の話をしているとは思われぬだろうほど。
「過去の歴史を見ても、勝っているうちは、軍も国民も、もっと戦うことしか考えぬものです。そして、情報統制の成果とも云えますが、自国に不利なニュースはメディアに流れなくなる」
「調子の良い報道だけ耳にした上で、唐突に講和に入ると聞けば、それは国民は、何故勝ち戦を放棄するのかと云う気分になりましょうからな」
ダルシア・バハロも頷く。
「しかし、そこが戦時報道の難しいところ、下手に軍事機密をすっぱ抜かれても困りますからな」
どこからが機密でどこからがそうでないのか、切り分けはひどく難しいから、どうしても十把一絡げに“軍事機密”で報道を規制したくなるのだろうが、それではブレーキになることどももすべてが隠蔽されることになってしまう。
「兵の士気も下げず、さりとて国民の知る権利にも配慮して、となると、確かに切り分けは難しいですな」
「まったくです」
こう云う時には、“昔”のメディアも何もない頃のことを懐かしく思ってしまう。無論、厳密にはまったく“メディア”がなかったわけではないが、今ほど通信網が整備されてはおらず、所謂“読み売り”のようなもの、あるいはガリ版の“新聞”しかなかった頃のことである。端的に云えば、あまりにも通信網が貧弱だったので、“メディア”に関わるものをある程度放置しても、あまり大勢に影響がなかった頃の話なのだ。まぁその分、流言蜚語で様々な事件が起こったわけだから、何ごとも一長一短あり、と云うところではある。
しかし現在は、それこそコロニーと地球の間でも、さほどのタイムラグなしに通信が可能なご時世だ。それに、デジタルは意外に情報流出するものである。つまりは、今のメディアの方が、圧倒的に恐ろしい。
だが、それも使いようによっては、所謂“大本営発表”の裏側を見せるものとして、戦争の勝敗を実態に即したものに近づけることもできるかも知れないのだ。
「まぁ、もしも本当に、連邦と干戈を交えることになりましたら、そのあたりも含めて助言して戴きたい」
三人の顔を見回して云うと、
「あぁ」
「私で宜しければ」
「喜んで承りましょう」
三人ともに良い返事が返ってきた。
「ありがたい。是非ともお願い致します」
頭を下げる。
そうしながら、その戦時報道のあれこれも含め、サスロに計らねばならないな、と胸のうちで呟いた。
サスロを掴まえたのは、議会が終わった後のことだった。
「話がある」
と云うと、“弟”は微妙に厭そうな顔になった。
「面倒ごとか」
「お前がそう云うほど、面倒ばかり押しつけた記憶はないのだがな」
「“話がある”からはじまる時は、碌な話じゃないことが多いと思うぞ」
と云うが、そんなことはないはずだ。少なくとも、無理難題は云っていない。
「そこまでではないだろう」
「いいや、ある」
頑なに繰り返す。
だがまぁ確かに、自分も誰かから“話がある”などと云われれば、何ごとかと身構えはするか。そしてそう云う時は、叱責か、あるいは人事的なことか、とにかく何か面倒なことがきたことが多かった。
ならば、サスロの態度も仕方のないところはある。
「――で、本題は何だ」
埒が明かぬと思ったか、サスロは先を促してきた。
こちらの控室に導き入れながら、続きを口にする。
「うむ。……お前から“父上”に、ムンゾの改名について提案してくれないか」
「ほらみろ、厄介ごとじゃないか。――って、改名? ムンゾのか?」
“父”のことを口にしただけで、この反応である。
が、ムンゾの改名とは思いもよらぬことだったのだろう、サスロはぐるりと身体ごと向き直ってきた。
「何故だ。今改名なんかすれば、独立の意志ありと見做されて、連邦に侵攻の口実を与えることになるんじゃないのか」
云いながら、どかりとソファに腰を下ろす。
それを目の端で見ながら、ティーセットを用意し、茶を淹れて供する。
「いや、単に忘れぬうちにと云うのと、改名するにしても、決定から施行までに日数を要するだろう。だから、早めに議会で議決だけしておいて、ゆっくりことを進めるかと」
「ちなみに、お前の思う改名の施行日は何時だ」
サスロのまなざしが鋭くなった。
それに、肩を竦めてやる。
「三年後の、ニューイヤーはどうかと。その年は、ちょうどジオン・ズム・ダイクンの没後十年の年だ。ジオンを偲んで、と云うのは、連邦に対する云い訳としてはまぁまぁだろう?」
云いながら口に運んだのは、アールグレイ・フレンチブルー、ベルガモットの香りがふわりと口腔に広がった。
「その議決を、これからやるのか? あと、丸二年あるぞ」
サスロが訊いてくる、が、
「法律の策定から、国事にまつわるあれこれすべての表記を変えるとなれば、それでも足りぬくらいではないか?」
下手をすると、国歌や国旗も変えることになる。現在は想定していないが、軍旗や軍服まで変えることになれば、予算や時間も足りるかどうか。
「……で、国名は」
「ジオン共和国にしたいのだ」
国名から“自治”の文言を取り去り、“ジオン”の名を冠する。即独立にはならないが、独立派の旗標でもあったジオン・ズム・ダイクンの名を、この共和国に冠するのだ。一部のものは、胸の空く思いがするのではないか。
「そう云えば、お前は以前もそんなことを云っていたな」
「そうだ」
流石に“ジオン公国”はない――いろいろフラグが立ちそうだ――が、開戦時には“ジオン軍”を名乗りたいし、やはり“自治共和国”では内乱感がある。きちんとした“戦争”として認識されるためには、実態はどうあれ、“自治共和国”では恰好がつかないのだ。
「連邦から独立するのは時期尚早だが、国民の意志もある、独立したい気持ちだけでも示しておきたいのだよ」
「本気で独立を考えているか?」
サスロが首を傾げた。
「お前は、それほど簡単じゃないだろう。本当は、どう云うつもりでいる?」
流石に、つき合いの長い“弟”はわかっている。
「……まぁ、ポーズだけは取っておきたい、と」
「だよな。独立は金も手間もかかる。その上、即戦争にもなりかねんとなれぱなぁ」
「コロニー同盟を維持するためには、ムンゾだけ独立しても仕方がないからな」
かと云って、すべてのサイドが独立してしまっては、それはそれで騒乱の元にしかならないだろう。
つまり目指すべきは、地方自治体のような、連邦の傘下ではあるが、それぞれの首長が強い権限を持ち、また連邦政府とも対等に渡り合えるような――厳密には異なるが、中世紀末の国際連合と加盟国のような関係が理想だと思う。地球は、議長ではなく常任理事国であり、ムンゾやルウムなど、人口が多く経済力もあるサイドが非常任理事国、と考えると、かなり望むかたちに近くなるような気がする。その他は、もちろん通常の加盟国である。
それくらいのゆるやかな“地球連邦”が、コロニーサイドの望みなのだと思う。
どのサイドも――ルウムはもちろん、ムンゾであっても――、海賊対策などに単独であたれるほどの力はない。そこを連邦軍に取りまとめて対処してもらい、それによって連邦政府の優位を認める、そのこと自体に否があるわけではないはずだ。
問題なのは、連邦内部において、アースノイドとスペースノイドの人権にあまりにも差異がつけられている、その一点なのだと思う。
皆が皆、地球に住みたいわけではないのだ。
恐らく、コロニーの構造上のあれこれもあって、疫病などは地球よりコロニーの方が少ない――ひとたび蔓延すれば住民が全滅しかねないので、検疫は非常に厳しい――し、人口密度で云えば、今のところ地球上の都市の方が過密であるだろう。
確かに、隔壁の向こうは真空の闇であるコロニーよりも、自然な環境である地球の方が、居住性に優れている、と云う見方もある。
しかし、そもそも環境破壊が甚だしくなったが故もあっての宇宙移民である。再生可能エネルギーの利用云々と云っても、砂漠化が進み、海洋汚染も進んだ宇宙世紀の地球で電気を動力として使うとなれば、必然的に核融合によるエネルギー補給に頼らざるを得ない。それを、ヘリウム3が補うのだと云っても、わずか一億人あまりのための電力供給に、四十基ほどの原子力発電所を要した――しかも、その他に火力・水力発電、太陽光などの再生可能エネルギーも必要だった――ことを思えば、二十億人のためにはどれほどのエネルギー供給が必要となるだろうか。とても、木星までの船団の往復で賄えるものではないだろう。
当然、プルトニウムなどを使う旧来の“原子力発電”も稼働しているだろうし、ああ云うものが、宇宙世紀になったからと云って、事故の発生をゼロにできるとも思われぬ。
それくらいなら、太陽光と云う再生可能エネルギーをフル活用できるコロニーの方が、よほど安全だと云う考え方もあり得るのだ。
「――要は、地球が特別な居住区域でなければ良いのだろう」
それならば、幾つかやり方は出てくる。
そのひとつには、原作軸にあったような、小惑星などを地球に落とし、地表を寒冷化させて居住性を下げると云うものも含まれるのだが。
「……お前、今、不穏なことを考えなかったか?」
サスロが、微妙な表情でこちらを見た。
「――鋭いな」
まぁ、これはかなり極端な手段である。よほどのことがない限り、使うべきではないが――“よほどのこと”があったならば、最後に取るべき選択肢のひとつとして、脳の片隅にしまっておくとしよう。“よほどのこと”――例えば、連邦が戦艦などでコロニーを外から破壊するようなことがない限りは。
「何を考えた?」
「使わずに済ませたい手段をな」
薄く笑うと、サスロは、背中にスライムでも流し入れられたかのような顔になった。
「お前の“使わずに済ませたい”ってのは、酷いものになりそうだな」
「“ガルマ”には負ける」
「いいや。影響は、多分お前の方がでかい」
とは、どうにも信用がない。どう云うことか。
「で? お前の考えはまぁわかったが、俺に話と云う、その本題は何だ?」
「“父上”に、改名の件について、発議を頼んでほしいのだ」
「自分で云わんのか」
「正直、顔を合わせるのが面倒でな」
最近、何だかよくわからないアクションを取られるので、余計に面倒くささが際立っている部分がある。“もう、ララァ・スンでも良い”と云うのは、まったくこちらの事情を把握していないと云うことではないか。
それで訳知り顔をされたところで、1mmも心が動くものでないのは、当然のことだ。
「父上は、お前が今さらの反抗期だと思っているみたいだぞ」
「そう云うことなら、私は年中そうであるし、死ぬまで反抗的なのだろうな」
元々でも、家父長制度的なものに対する反発心は強かった。“父”がいなくなれば他の“父権”に反抗するだけの話であり、多分、良くも悪くもそれが自分の政治的活力の源になっているのだろうとも思う。
「せっかく家を出て、“父上”の顔も見ずにのびのび暮らしていると云うのに、こんなことで顔を合わせて、無意味な云い争いに時間と活力を奪われたくはない。その点、お前なら“父上”と揉めることもないだろう?」
「確かにそうだがな……そんなに厭なのか」
「厭だな」
面倒ごとの予感しか湧かない相手になど、好きこのんで顔を合わせたいものか。
「……わかった、俺から提案しておく。だが、お前の名前は出すぞ。どうせすぐわかることだからな」
「仕方ないな」
確かにサスロの云うとおり、すぐにバレることなのだ。
こちらとしては、“父”と顔を合わせたくない、この一点に尽きるので、名前の件は仕方ないものと思って諦めることにする。
「……まったく、何でそんなに父上を毛嫌いするんだ。世間では、お前とガルマの不仲説が囂しいが、俺からしたら、お前と父上との仲こそだよ」
「――“父上”のやりようが、どうにも好かんのだ」
自分に対するものではなく、原作軸のギレン・ザビ、及びガルマ以外の兄妹に対する扱い全般に異を唱えたいだけだ。つまり、あのザビ家の悲劇の原因である、デギン・ソド・ザビのやり方そのものに対して。
「だからまぁ、“ガルマ”に対して厳しくなるのは、概ね“父上”のせいだと云っても良いな。“父上”が介在しなければ、“ガルマ”にももう少しましな応対ができそうな気がする」
だからまぁ、それがキシリアによる射殺を招いたのだとしても、ギレン・ザビの、ソーラーレイによるデギン・ソド・ザビ謀殺を、あまり悪いとは思えないのだ。
「流石に私も、人前で“父上”と掴み合いの喧嘩などしてみせたくはないのでな。お前から云ってくれると、醜態を晒さずに済む」
肩を竦めると、サスロは深々と溜息をついた。
「わかったよ。本当に、思っていたより大人げないんだな」
「何とでも」
どう云われようが、こちらの思うようになるなら問題ない。
プリントアウトした草案を渡してやると、サスロは眉を寄せた。
「それにしても、三年先か――議会が、このまま通すかな」
「どう云う意味だ」
「言葉どおりだ。前倒しの日程になるんじゃないかと思うんだがな」
「お前もそう思うのだな」
「って、他には誰が?」
「ダルシア・バハロがな」
「へぇ?」
サスロの片眉が上がった。
「それはなかなか……確か、ダルシア・バハロは結構な慎重居士だとか云ってなかったか?」
「そうだとも。その上、お前までがそう云う見方ならば、ムンゾが“ジオン共和国”に変わるのは、近日中になるに違いないな」
「それなら、いよいよ、と云うことになるな」
何が、とは、云われずともわかった。
開戦の刻が迫っているのだ。
「国庫はどうだ」
「問題ない。少なくとも、一年はやれる」
「現時点での最大は」
「楽観的に見て二年、厳しくなれば、一年と二、三ヶ月と云うところか」
それも、不測の事態が起こらなければのことだがな、と云う。
「不測の事態とは」
「MSの技術が早々に流出する、連邦軍がコロニーを破壊する手段に出た、外的な要因で、突然流星雨が襲来した」
それから、と指を折る。
「今度こそお前を暗殺した」
「最後のは御免こうむりたいな」
既に二回、狙撃された後なのだ。指揮官や要人の暗殺は、割とよくある“作戦”ではあるが、もちろんやられて嬉しいものではない。
「それなら、戦艦に乗っていて撃沈、の方がよほどましだ。どちらでも、士気の上がり具合に違いはなかろうが……」
「まぁ、そっちはそろそろ諦めるだろうがな」
肩が竦められる。
「とにかく、改名となれば、内外の主戦派の動きが活発になるだろう。発議するにしても、ルウムの状況を睨みながらになるだろうな」
「あぁ、構わない」
単に、こちらが忘れそうだったから話題にした、と云う部分はあるのだし。
「わかった。じゃあ、これは預かる。様子を見て、議題にのぼるように準備しておく」
「あぁ、任せる。こちらも、開戦の準備は進めておく」
「そうしてくれ」
サスロは云って、ぬるくなった茶を飲み干すと、草稿を手に立ち上がった。
国名改名の発議は、様子見になったようだった。
まぁそうだろう、少なくともルウムに絡んだ交渉が終わらなくては、徒に火種を播くだけのことになってしまう。
そのルウムはと云えば、何とエルランが、ルウムにおける連邦側の交渉役として出てきたのだと云う。
〈何と云うか、あまり好きになれない男ね、エルラン中将は〉
キシリアは、眉を寄せて云ったものだ。
〈あからさまに云うわけではないけれど、賄賂を言外に要求してくる風なのよ。私も、立場がなければ張り倒してやりたいくらいなのだけれど〉
あの子の故郷で、下手な真似はしたくないの、と云う。
「まぁ、そう云うところはあるだろうな」
頷かざるを得ない人物評である。
「しかし、まさかルウムサイドにもそのようなことを?」
ルウムの件は、連邦側に非があるのだ。そんなことを云おうものなら、ルウムの反連邦運動に、再び火と油が注がれることになると思うのだが。
〈まさか〉
キシリアは肩を竦めた。
〈ムンゾに対してだけよ。ガーディアンバンチの件を、くだくだと云ってくるの。もちろん、あれはムンゾの学生が主犯だから、こちらも冷静な対応を心がけてはいるけれど――決して良い気分ではないわね〉
「そうだろうな」
何となくだが、エルランはねちっこい印象がある。あくまでも印象でしかないが。
〈本当に金品を握らせたら、どうなるのかしらね?〉
「さて……バレずに済めば良いが、そうでなければ、エルラン中将は更迭され、他の、もっともの堅い将軍が代わりにくることになるのだろうな。例えば――レビル将軍などが」
〈レビル? あの男はこないでしょう〉
「何故、そう云い切れる?」
と問うと、キシリアはまた肩を竦めた。
〈とても交渉向きとは思われないからよ。どうあっても開戦に持ちこみたい男を交渉役に据えるほど、連邦軍中枢も愚かではないでしょう〉
「……ほぅ」
思わず唸る。
原作――『the ORIGIN』――では、捕らえたレビルを逃してまで、戦争を続行させたキシリア・ザビとは思われぬ発言である。
〈何、何が云いたいの、ギレン〉
そのまなざしが鋭くなる。
「いや。愛の力は偉大だと思ってな」
と云ってやると、キシリアは頬を紅潮させた。
〈馬鹿を云う!〉
「いやいや、そんなことはない。実際、そのお蔭でムンゾとルウムは友好関係を維持できているのだからな」
キシリアとシャア・アズナブルのカップルに対するルウム市民の好感情は、コロニー同盟の維持に欠くべからざるものなのだ。
「お前たちが晴れて夫婦になった暁には、是非ともルウムを表敬訪問せねばなるまいよ」
〈揶揄うな!〉
「本気だよ」
このふたりの存在がなければ、コロニー同盟は、もっと難しいことになっていた可能性もあるのだから。
だが、キシリアは唇を捻じ曲げただけだった。
――まぁ、いい。
「……ともかくも、連邦側の動向には注意しろ。こちらも気を配ってはいるが、何しろ月を挟んで向こうとこちらだ。すべてが聞こえてくるわけでもないからな」
〈えぇ。――ところで、ガルマはどうしているの?〉
――また“ガルマ”か。
どうしても眉が寄ってしまう。
「……“ガルマ”はダークコロニーだ。再入隊して、今はパイロットの訓練中だな」
〈ついているものはあるの? あの子に何かあったら……〉
「問題ない。“伝書鳩”もつけているし、デラーズ配下になる予定だったものを一人、同じタイミングで入れている」
何かあれば、即知らせがくる、と云ってやれば、キシリアはほうと溜息をついた。
〈あの子はすぐに熱を出すから……頑張り過ぎていないか、心配だわ〉
「――確かにな」
キシリアとはまったく反対の意味での“心配”だが。
「まぁ、あれは何とでもするだろう。お前は、シャア・アズナブルを気遣ってやれ」
〈揶揄わないで!〉
「そう云うつもりはない」
まぁ、“ガルマ”から話を逸したい気分はあったのだが。
「まぁ、ゴップ将軍ほどではないにせよ、エルラン中将も相当な狸だと聞く。お前も心して当たってくれ」
〈云われずとも〉
キシリアは、肩をそびやかした。
〈お前こそ、あの子に何かないように、くれぐれも気をつけることね〉
「――心しよう」
“ガルマ”が、妙な暴走をしないよう。
キシリアとは、それで話は終了だった。
さて、現在のMSの配備数はと云うと、実はまだまだ多くはない。
何しろ秘密裏に製造しているのと、途中で旧ザクがザクⅡになり、またガンダムを試作機から量産型へ移行させている最中だと云うこともあって、配備先はガルシア・ロメオの部隊に三十機ほどである。例の“黒い三連星”の部隊が、最初のMS部隊と云うわけだ。
ガルシア部隊のMS隊第二弾が、今現在ダークコロニーで研修を受けている士卒たち――むろん、そこには“ガルマ”も含まれる――と云うわけである。
間違いなく、一年戦争がはじまるとすれば、それはサイド7になるだろう。連邦の秘密基地を、ムンゾか発見し、交戦すると云うかたちをとって。
例の“V作戦”絡みとは違うだけに、その展開はまだ読めぬところも多いのだが――しかし、恐らく火種となるのはサイド5、ルウムだろう。
連邦とムンゾは、何だかんだと云いつつも、それなりに均衡を保ってはいるのだ。ザビ家が一丸となって、国内の火種を何とかコントロールしているが故ではあるのだが――そのムンゾと友好関係にあるルウムの方が火種になろうとは、当初は思いもよらなかった。
とにかく、一年戦争の行方は、ルウム次第と云う、当初予想もしなかったかたちで進行していたのだった。
――さて、開戦のタイミングはどうなるか。
原作では、ミノフスキー博士の亡命と、それを阻止しようとして起きた月での戦いが直接の銃爪を引いたわけだが、ルウムに火種があるこの時間軸では、どんなかたちでの開戦となるのだろう。
と、現在秘書代わりの“伝書鳩”が、通信が入ったと告げてきた。
「キャスバル・レム・ダイクン少尉からです」
「キャスバル?」
ドズルの下に配属されたからには、それなりに忙しくしているのだろうに、新任士官が一体何をしているのか。勤務時間中にこちらに通信とは、キャスバルの上官も何をしているのかと云うことになる。
だがまぁ、出ないと云う選択肢はなかった。
「――仕方ない、繋げ」
「は」
今度は何の用だろうか、と思っていると、
〈ギレン〉
繋がるなりの言葉がそれだった。
「仮にも自軍の総帥を呼び捨てかね、キャスバル少尉」
軍内部の通信で、身内感覚でものを云うなと言外に咎めれば、キャスバルは軽く――本当に軽く――敬礼してきた。
〈失礼しました、総帥閣下。お願いがあるのですが、宜しいでしょうか〉
宜しくはない、まったく宜しくはない、が、
「宜しくはないが、云ってみろ」
〈は、ありがとうございます〉
また軽い敬礼をして、キャスバルは口を開いた。
〈我が軍は、現在MS部隊の創設のため、の任に耐え得るパイロットを養成中であると聞き及んでおります。その中に、私も加えて戴きたいのです〉
「そのような話をした憶えはない。確かに、開発中の新型兵器のために、人員の訓練中ではあるが、それは個別に選抜されたものたちであって、志願などは受け付けてはいない。時機を待つのだな」
〈ですが、それでは間に合わない!〉
焦りを浮かべて、キャスバルは云う。
が、そもそもMSの配備の問題もあり、すべての部隊にMS部隊を置くのは、もうしばらく先のことになるかと思われるのだ。大体、MSは隠し玉のようなものなので、最初から大きく展開するつもりはないのである。
「キャスバル少尉」
上官と部下と云うスタンスを崩さずに、そう呼びかける。
「貴官はまだ配属したての士官に過ぎない。その最初の配属先での評価も定まらぬうちに、すぐ別の部署に移せると思うか」
〈しかし!〉
「配属換えを望むなら、何某かの成果を上げてからにしてもらおうか。何でも本人の希望を優先しては、組織として立ち行かんよ」
〈ギレン!!〉
「わきまえろ、キャスバル少尉。貴官は、まだそのような時機ではない」
そして、他のものたちの前で、そのような口がきける立場にも。
「それから、以後このような通信には、直属の上官の許可を得るように。私も暇ではないのだよ、キャスバル少尉」
〈……申し訳ございませんでした、閣下〉
キャスバルは、不満そうな顔ながら敬礼し、ほどなく通信は切れた。
「今のは……」
“伝書鳩”が訊いてくる。
「あぁ、あれがジオンの子、キャスバル・レム・ダイクンだ。歳の離れた弟のようなものなのだが、聊か甘やかし過ぎたな」
「ジオン・ズム・ダイクンの――なるほど、カリスマがおありですね」
まだ配属から間もないためか、男は素直に感心する風だ。
そう云っていられるのも今のうち、いずれ、タチや古参の“鳩”たちのように、キャスバル、そして“ガルマ”に翻弄され、絶叫することになるのだろうが。
「ところで、何と云う名だったかな」
直に、本当の配属先へ出ていくはずの、この男の名は。
「私ですか。私は、リヒテン・ノビルと申します」
浅黒い肌、癖のある栗色の髪、東南アジア系のようにも見える。その中で瞳だけが、わずかに緑がかった美しい色をしていた。“鳩”は大概叩き上げなので、この男も、若く見えるが年齢は四十に近いはずだ。
「なるほど」
徽章は中尉、確かこの男は、現在ガルシア・ロメオ配下に潜ませている“伝書鳩”と、入れ替えになるとのことだった。
「ガルシアの部隊に行くのだったな。何か問題でも?」
「“鳩”とバレたわけではないのですが」
男は苦笑した。
「ガルシア部隊の内部のごたごたのとばっちりです。諫言した副官の一人が更迭されまして、その真下だったもので、一緒に飛ばされることになりまして。私が急遽、ガルシア少将の下に回されることに」
「諫言、と云うのは、あの男の素行の話かな」
「はい。軍属でない女を複数名、戦艦内に連れこんでおります。――尤も、そのうちの一人は、私どもの手のものなのですが」
軍艦内にバーを作っていると、原作の資料にはあったが――なるほど、ここまでとは。
「それで、私に顔繋ぎを?」
「ええ。今後、ガルシア部隊の“鳩”及びその協力者は、私が統括致しますので、閣下にご挨拶すべきだろうと、タチ少佐が云われまして」
「なるほど」
確かに、“ガルマ”が入るとなれば、他の部隊よりも圧倒的に、問題が起きる可能性は高いだろう。そもそもが奔放だと云う評判のガルシア・ロメオであるから、余計にゴタゴタが起きる可能性も高いか。
「とりあえず、少し髪を伸ばしまして、髭も無精髭程度に蓄えようかと。不真面目な士官は、ガルシア少将の部下には相応しいでしょう?」
「確かにな」
今のリヒテン中尉は、割合軟派な風ではあるが、不真面目そうと云うほどではない。
だが、髭を蓄え髪を伸ばせば、確かに不良士官らしくなるだろうとは思われた。
「ガルシア少将に疑われんかな」
「問題ありません。多少不真面目そうに見える方が、新しい場には馴染みやすいものです」
「なるほど」
「それよりも、気になるのはガルマ様ですよ……」
溜息が落ちる。
「タチ少佐から、いろいろと伺ってはおりますが――正直に申し上げますと、対抗できる気が致しません」
「まぁ、無理だと思ったら、タチに申告すれば良い。タチも私も、あれに対しては仕方ないと割り切ることができるからな」
「あの少佐がそうお考えかと思いますと――今から戦慄しかできないのですが」
と云うリヒテン中尉の表情は、まさしく戦慄以外の何にも見えなかった。
「まぁ、あまり深刻に考えるな。“ガルマ”のためには、他に人員を用意してある」
「そちらにいって下さればありがたいんですけれどね……」
と云う男の脳裏には、これまで“伝書鳩”たちの被ってきた様々な被害が、走馬灯よろしく駆け巡っているのだろうと思われた。
「耐えられなければ申告せよ。私もタチも理解している、悪いようにはせんよ」
「……恐れ入ります」
とは云ったものの、リヒテン中尉の表情は晴れなかった。
「まぁ、実際に行ってみてから判断すれば良い。何も知らずに行くのも拙いが、過度に恐れるのもまた良くはないからな」
「心して参りましょう」
わずかに笑みを浮かべ、リヒテン中尉は頷く。
「頼んだぞ」
そう云うと、男からは、きれいな敬礼か返ってきた。