――お巡りさん、こいつです!
ダークコロニー初日である。
パイロット候補たちと初めて面通し、ガンダムとザクⅡを見て大興奮。シミュレーターで派手にすっ転び、先輩達に遭遇。責任者に呼び出しくらったあと、上官から嫌がらせって、なかなか濃い一日だよね。現在進行形で。
「中尉殿、大変に恐縮ですが、いまは医務室に行く必要はありません。体調に問題はないですし、そろそろ消灯時間です」
だからその手を放してよ。
殊更に静かな口調で訴えるのに、中尉はニヤニヤしながら引っ張る腕の力を強めるだけだった。
やめろ。痣になるだろ。
「上官と一緒なら消灯時間は問題はない」
んなワケあるか。それは任務のときだけだ。
「中尉殿、痛いです。手を緩めてください」
踵に体重をかけてブレーキを掛けても、引きずる力のほうが強くて止まらない。
「軽いなァ。それになんだこの細っこい腕は。力をこめたら折れちまうかもな?」
愉しそうな“ノイズ”がしてる。
それは脅しか。そんなに簡単に折れねぇよ――と、いうか、“折らせない”が正しいんだが。
そもそも、行き先は本当に医務室か知れたもんじゃない。
だって連れてく意味が分からんし。
こいつ、よもや連邦からの刺客じゃあるまいな?
本来なら、ここ、ダークコロニーにはドズル兄貴の威光が届いてる筈だ。
そんなとこでこの暴挙って、この男がよほどの阿呆じゃなけりゃ、連邦の介入って可能性もあるだろ。流石に恨まれてる自覚はあるし。
これはそろそろ反撃すべきか。ラウ少佐も火の粉は払っても良いって言ってたし。
一瞬の隙を突いて、相手の手首の曲がらない方向に向け、自分の腕を捻り抜く。
――っしゃ、成功。自由になった。
「失礼します!」
三十六計逃げるに如かず、ってコトでここは鍛えた逃げ足の出番だ。
すたこらさっさと逃げ出すおれを、野郎は猛然と追いかけてきた。
「おいッ!? 貴様、反抗と見做すぞ!! 止まれ!!」
「たーすーけーてー」
「間抜けな声で叫ぶな!!」
ふぉおぅ。来たばっかりだから、右も左も良くわからん。どっちに向かって走ればいいのさ?
ええと、とりあえずラウの執務室…と思ったけど、そこは中尉に阻止された。
畜生、地の利はヤツにあり。
“意識”を開放して周囲を探っても、脳内に地図が無いからどう逃げるかの判断はつかないし――あ、でも誰か居る。
つま先の向きを変えて、ほぼ直角に角を曲がる――勢い余った野郎は、行き過ぎかけてモタついた。よし、ちょっと距離が稼げた。
そのまま駆け抜けた先に人影が。良かった士官だ。
「助けてください!」
言いざまに背後に回り込む。頼む、盾になっておくれよ。
ドタバタとしたこの有様にも拘わらず、振り向いた肉の盾の表情は動かなかった。
超然たる無表情。“ノイズ”も薄くてよく分からない。動揺も困惑もしていないのか。
灰青の瞳が一つ瞬く。視線があってるようで微妙に合ってないし――見えてるのは間違いないのに。
「………ガルマ・ザビ?」
「はい」
抑揚さえも薄い声に応える。
灰色がかった髪の色も相まって、見た目も中身も捉えどころのない印象だ。
階級章は狼藉者と同じく中尉――だけど、助けになるのかな? ちょっと不安になってきた。
「そいつをこっちに引渡せ」
「………何をしているんだ? 鬼ごっことは大人気ない」
それでも肉の盾は、追いかけてきた野郎に向き合ってくれた。
「ガルマ・ザビを医務室に連れて行こうとしただけだ!」
「…………何処も悪くなさそうだが?」
「元気です!」
「………そう見えるな」
過ぎるほどに、と、見下ろして頷くのに、やっぱり視線は合ってない。
「良いから来い!」
「嫌です!」
「……注射を嫌がる子供のようだな」
「注射はみんな嫌いでしょう!?」
「注射なんかしないから来い!!」
嫌だってば!
なんでそんなに頑なに医務室に拘るのさ!?
お前、実は本当に連邦の手先なんだな!? さては、“ガルマ・ザビ暗殺計画”とか立ててやがるんだろう!??
「“暗殺計画”は頓挫してるから諦めて!」
「そんな計画立てとらんわ!!」
「…………とても、煩いんだが」
ここまであまり動かなかった超然中尉の表情が、はっきりと顰められた。
「そもそもなぜ逃げるんだ、ガルマ・ザビ。彼は、顔はあれだが悪い人間ではないぞ」
「それは俺の顔が悪いと言っとんのか!?」
今度は仲間(?)割れか。それに、そっちの中尉は顔が悪いんじゃない。性格が悪そうなんだ。
「……連れて行かれた先で、宇宙空間に生身で放り出されたりしないかと」
とりあえず正直に答えてみた。
「「なぜそうなる!?」」
ふぉ。ハモった。
ダークブラウンとライトグレーの2対の瞳が、まん丸に見開かれていた。
――あれ? 刺客じゃないの??
二人の様子は演技には見えなかった、けど。
「違うんですか? あんな風に引っ張っていかれる時って、いつだってろくでもない目にしか合わないから」
こっちもパチクリと眼を瞬く。
「――参考までに聞くが、どんな目にあった?」
「子供の頃は誘拐されました。地球に降りた時は、士官学校の教官に酷い事をされそうになって、オリヴァーたち…後で友人になった向こうの士官候補生達に助けてもらいました。それからアースノイド至上主義者たちに襲われたり……」
指を折って数えてたら。
「……悪かった」
ものすごくバツの悪そうな声だった。顔を上げると、狼藉中尉が後頭部をガリガリ掻いてた。
「そこまで考えていなかった。単に揶揄っただけだ。怖がらせてやるだけのつもりだった」
――ってことは、ほんとに刺客じゃない?
紛らわしいな!!
ぷっくりと膨れたら苦笑いされた。
「では、もう兵舎に戻っても?」
「いや。……あー、まあ悪いことにはならんから、一緒に来てくれ」
うぇへぇ。まだなんかあんの?
渋る顔すれば、能面みたいな中尉の方が肩を竦めた。
「仕方がないな。私も一緒に行ってやろう、それならば怖くないだろう」
まぁね。二人がグルじゃなけりゃ。
この上まだ謀るつもりなら、二人とも容赦しないから、そのつもりでいてよね。
結論から言おう。
罠だった。ある意味においては。
「ガルマ・ザビ!」
「久しぶりだなー」
わしゃわしゃと抱きしめられるし、髪はかき回されるし。
「イアン先輩達だけじゃなかったんですか!?」
連れて行かれた先にいたのは、士官学校時代の先輩達と、なぜか教官が数名。
何このサプライズ。
「なに馬鹿をやっておるか、てっきりお前もこちら側に来ると思っていたのに、まさか兵卒とは!」
「いつでも何かをやらかす奴だから、まあ、わからんでもなかったがな」
「ギレン閣下は相変わらずお前に厳しいな」
とかなんとか、旧交を温める場だよ、完全に。
確かに他のパイロット候補生の前では、コレはできないだろうさ。
「遅いと思ったら、逃げ回ってたんだって?」
アルフレディーノ先輩がゲラゲラ笑ってる。
「よく攻撃を我慢したな」
イアン先輩は頭を撫でてくれた。
「攻撃?」
元狼藉者の中尉が首を傾げた。
「“攻撃は最大の防御なり”を地で行くやつですよ、ガルマは」
「タマ潰されずに済んで良かったですね!」
「そんなことしてません!」
何てこと言うんですか先輩方。
「してたしてた」
「そうそう。俺たちはちゃんと覚えているぞ」
そんなバカな。それ、“存在しない記憶”じゃないの。
元狼藉者の中尉が顔色を悪くしている。
ともあれ、これからもよろしくねってことで、その場はお開きになった。
✜ ✜ ✜
〈ドゥリャァアアアアアッ!!〉
と、勢い良く振り下ろされるコウガのトマホークを回避する。
オートバランサーの優先順位を落としたシミュレーター――見た目はモビルワーカー――では、誰も転倒なんかしない。
ダークコロニーの地表にある訓練場で、訓練生達は大暴れである。
いやぁ、星空がキレイだねぇ。
〈ちょこまかウゼェ!!〉
「はい、隙ありー」
ソイャッと、メイスを突き出す。ズドンと良い手応え――と思ったのに、寸前で後退されて打撃が浅かった。
〈あっぶねー〉
「このタイミングでよく下がれたね。野性の勘?」
〈そりゃテメーだろ〉
ドスンバスンと模擬戦闘。
なんのかんので初回転倒組は大変優秀のお墨付きを頂いて、全員が次のステップに進んでいる――次の次の次だったかな。
だから、他の面子とは別けての訓練である。
そろそろ本物のモビルスーツに乗せてもらえるらしい。めちゃくちゃ楽しみなんだが。
そのためには、この模擬戦闘を高成績で抜けねばならぬ。
ってコトで。
「悪いけど本気で狩らせて貰うよ!」
〈ハン、狩られるのはテメーの方だぜ!〉
初めて駆る機体だけど、懐かしい感じすらしてるのは、“タマシイ”に刻まれてる“遠い記憶”故か――おれじゃない“おれ”がムーブを囁いてくる。
引き付けて、もっと引き付けてから…
「ふぉ!?」
〈悪いね、通るよ〜〉
〈はぁ!?〉
「ちょ、ニケ、なにやってんのさ!?」
おれのメイスの先スレスレですり抜けてくって、危ないだろ。しかもその後から。
〈ゴメン、ガルマ、そこ通して! コウガ、アンタ邪魔だよ退いて! ニケ、逃げんな!!〉
モブリットまで。
〈テメェら、なに乱入しやがってんだ!!〉
うわぁ、カオス。
抜け出そうとするのに、ニケがくるりと回り込んで来るから距離を取り損ねる――モブリットに対する盾として、おれを使うとは良い根性してるじゃないの。
あ、でもこれ使えるかも。
モブリットの攻撃の先はニケだけど、くるくる逃げ回る彼の機体を、彼女は捉えきれてない。
そしてコウガは突然の乱入に苛立ってか、それとも集中が途切れたのか、動きが大雑把になってるし、おれに向けた攻撃も止んでる。
んふ。状況を利用するのは勝利を手にする大きなファクターだよ。
ってコトで。
スパニッシュライン――パソドブレの最初のポーズをキメてから、ニケの旋回に軌道を合わせてみる。
――気づくかな?
知らなければ“変な格好したな”で終わっちゃうだろうけど――一拍の間をおいて、ニケの動きが変わった。
よし、良いノリ。意図は伝わったみたい。さすがラティーノ。見えないけど、多分、悪い顔して笑ってんだろ。
パソドブレは闘牛とフラメンコを模したラテンダンスだ。男性が闘牛士で女性は赤い布、もしくは牛として踊るわけだが、この場合の“牛”はモブリット。
ニケはおれというカポーテ(赤い布)を翻しながらモブリットと闘うんだ。
ついでにカポーテを破ろうとするコウガともね。
挑発しながらヒラヒラと、避けて逃げて避けまくる。
〈この逃げ虫野郎ッ!! ガルマを盾にするなんて卑怯だよ!!!〉
凄い罵倒きたな。逃げ虫って新しいわ。
〈テメェら纏めて邪魔なんだよ!!〉
しびれを切らしたらしきモブリットの操縦はどんどん荒くなるし、コウガも同様。ちょっとの隙間にも突っ込んでくる余裕の無さ。
さぁ、動きを読め。タイミングを合わせろ。攻撃の軌道はどうくる?
コウガがトマホークを振り上げて、モブリットがランスを大きく引いた――そのモーションの走りで、おれ達は急旋回する。
二人の攻撃の勢いは急には止められない、となれば。
〈ッ!? バカヤロー!!〉
〈馬鹿はアンタだよ!!〉
コウガのトマホークがモブリットの肩を、モブリットのランスはコウガのドテッ腹を。
どっちも見事なクリティカル。双方のシミュレーターが停止してる。実戦なら大破してたね。
つまり相討ち。
そのままギャンギャンと罵り合ってる二人の機体に教官のザクⅠが走り寄って行く。
〈何をやっておるかぁ!!!〉
すんごい大喝。メジャナ中尉か。
でもこのタイミングってことは、さっきのおれ達の“ダンス”については容認されてる感じ。まぁ作戦だしね。
〈次は君が相手かな?〉
「そうだね。よろしく」
見えない相手にニコリ。そのまま地表を蹴って飛び上がり、緩い重力を切り離す。推進も吹かして宇宙――ソラへ。
一瞬躊躇う素振りを見せただけで、ニケはすぐに追いついてきた。
慌てたのは教官達だ。
〈おいッ、戻れ!〉
戻りませーん。
ソラでの姿勢制御は地表のそれより複雑だけど、苦にならないのは、やっぱり“前”のアドバンテージか。ゴメンよズルして。
だけど、ニケもそれなりに保ててる。スゴイね。
さぁ、“鬼ごっこ”のスタートだ。
訓練場から離れることはしないで――流石に事故は怖いし――その上空を縦横無尽に。
ニケは得物をMS用マシンガンに持ち替えてる。ふは。撃ち合いをするつもりか。イイね。
出力はまるきり出ないけど――ただのカラー弾丸。
――それ以外は本物だ。
弾丸が当たれば命中判定。
ニケのそれは中々際どいラインを攻めてきた。
“鬼ごっこ”はすごく楽しいけど、これ、シミュレーターの反応が鈍くて、おれ達の反射に追いついてないね?
たまに動きがギクシャクしてる。とは言え、まだ手鳴らしの域を出てない今はこの程度でも良いのか。
ホンモノのMSの反応はもうちょっと良いとイイな。
〈やめろ! お前達にはまだ早いぞ!!〉
下でメジャナ中尉がまだ怒鳴ってる。
〈俺が連れ戻してくる〉
うぉ。この声はアレだ。元狼藉者の中尉。このヒトも教官だったんだよね。
無粋にもザクⅠが1機こっちに飛んでこようとして、もう1機に止められてた。
〈待て。やらせてみろ。いいセン行ってるじゃないか〉
〈……まぁな〉
あれ、能面中尉も出てきたのか。
〈ガルマ、程々にしてやれ〉
〈いやそこは“堕天使長”の実力を見せてやれよ〉
ふぉ。イアン先輩にアルフレディーノ先輩まで。
〈ニケ、やれ!! ガルマを墜とせ!!〉
クロコダイ…ギュスターヴは、おれになんか恨みでもあるの?
〈ガルマもニケも頑張れー!〉
これはヘレンか。
チラッと下を見れば、ギャラリーが増えてるし。
こりゃ期待に沿わないとね。
背後にギャラリーを置く感じで、MS用マシンガンを撃ちまくるニケを誘導。
ほらほら、撃ってみなよ。
挑発してみたら、躊躇の欠片もなくニケはトリガーを引いた。ふは。
もちろん避けるとも。ヒョイと。
弾丸はクロコ…ギュスターヴのシミュレーターにクリティカル!
「ごめーん?」
流れ弾には要注意だよ。
〈ガルマァ!!!〉
撃ったのはニケなのに、何故かおれに向く矛先。恨みでもあるのAgain。
〈……撃ってこないのかい?〉
面白くなさそうな声だった。少し焦れ始めたかな。
「撃つよ。君を墜とすときに」
〈笑えない冗談だな〉
「本気だもの」
くるくると位置を変えながら、お互いに隙を伺う。
ニケが再びトリガーを引いた。
〈またか!?〉
〈ふざけてんじゃねぇぞ!!〉
〈ガルマ・ザビ! わざとだろう貴様!!〉
今度もギュスターヴと、それからコウガと元狼藉中尉が犠牲になった。
「……コワイよねぇ、フレンドリーファイアって」
〈貴様のそれはフラギングだろうが!!〉
やだな、人聞きの悪いコトを。
そもそも撃ったのはニケだってば。
さて。大体のムーブは掴めた。シミュレーターの限界も見えたし、ニケの射程もおおよそ把握。
動きが速いから捕まえるのは難しいけど、ポイントを絞ることは可能だ。
――“なんちゃって百戦錬磨”を舐めんな。
飛び回る機体に急接近を試みれば、案の定、牽制射撃と回避行動――だよね。
「僕の勝ちだ」
〈――!??〉
予測軌道上に撃ちまくれば、連続クリティカル。
ん。ズルっこアドバンテージは健在だ。“ガルマ”でもパイロットとしてやってけそう――と言うか、やらねばならぬ。
ニンマリほくそ笑む先で、ニケの機体がゆっくりと地表に戻って行くのが見えた。
✜ ✜ ✜
就寝後、ふと目を覚ましてから寝付けなくなった。
下士官はプライベートもへったくれも無い大部屋に突っ込まれてて――とは言っても、ここに居るのは最初のシミュレーターで選別された男子だけだ――隣の寝台からはコウガのイビキが聞こえてる。
ついでに寝言も。なんだよ「もやし増し増し」って。よもやお前の寝言で起こされたんじゃあるまいな?
反対側ではうつ伏せのニケが半ケツで寝てるから、そっと毛布をかけ直してやった。
薄暗い中、足音を忍ばせて部屋を出る。
少し気分を変えよう。
軍事施設は基本的に24時間稼働してるから、ふらふらしてたら誰かに見咎められる。でも、部屋周りくらいならなんとかなるだろ。
トイレを通り越して、狭い休憩コーナーへ。セルフのコーヒースタンドがあるけど、飲む気はしない。
だってめちゃくちゃ不味いんだ。むしろ口内に毒物か劇物を入れる感じ。訳のわからない苦味と酸味が突き刺さる――はっきり言って危険物。
一度試して盛大に噴いた。皆が飲み込んでたのが信じられぬわ。
白々した照明の下、ぼんやりと壁に背中を預けた。
漂い出した“意識”がたくさんの“誰か”を捉えてる――けど、欲しい“気配”はここにはない。
さみしさは、一度覚えてしまえば涯がない。何処までも辛くなるばかりだ。
会いたいよ。顔が見たい。声が聴きたい。
伸ばした腕の先に、なんで居ないの?
取り繕ってた表情が剥がれ落ちてく。
肺から薄く息が逃げて、その弱々しさに自分を罵りたくなった。
落涙しないのは最後の意地。
大丈夫。地球でだって、なんとか凌いでたじゃないか。
ここはムンゾだ。訓練が終わったら、少なくとも連絡は取り合える。
じりじりと時を過ごす耳が、近づいてくる硬い足音を拾った。
気配はその前から拾ってたから、特に驚きはしない。
ノロノロと顔を向けると、そこには白衣の科学者らしき男がひとり立っていた。
痩せてひょろりとしたシルエット。頬骨の目立つ輪郭に、神経質そうな細い眉と眇めた目。短くした灰色の髪は癖毛で、あちこちに跳ねてる。
「……え?…ガルマ・ザビ……?」
男は眼鏡の奥で、細い目をパチパチと瞬いた。
「はい。………もしかして、テム・レイ博士ですか?」
そういやダークコロニーに詰めてるって言ってたっけ。
アムロ・レイの父親――似てないな。あ、でも癖毛だけ似てるのか。
ニコリと笑いかけたら、やけにぎこちない笑みが返ってきた。
「人のことは言えないが、もう遅い時間だ。寝ていなくていいのかね?」
「……途中で目が覚めてしまって。でもそろそろ寝るつもりでした」
「そうか。君も飲むかね?」
そう言ってテム・レイが向かったのは、コーヒースタンドだった。
ふぉう。I’m OK. お構いなく。
やんわりとお断りしたら、低い笑い声が。
「不味いだろう。だが、まぁ慣れたら飲める」
「……味覚を合わせるよりも、味覚に合わせて欲しいです」
正直に答えると、科学者はまた笑った。
少し距離をおいて向かい合って、何か言いたげなのをじっと見返したけど、テム・レイは何も言わなかった。
ただ視線だけが、何かを尋ねてくるような。
ちょっと苦笑。もしかしたら、そういうところが、少しだけアムロに似てるのかも。
「……アムロは元気でしたよ。相変わらずパンケーキが好きで、友達と遊びに行ったり、空いた時間に機械をいじってます」
ハロなんて魔改造されてたし。最速120km/h超で飛ぶんだって。可愛いらしい花柄は、ミルシュカがペイントしたって言ってた。
「そうかね。……ちゃんとやっているようだね」
そのため息は安心からか、それとも放任の後ろめたさからきたものか。
テム・レイは家庭を顧みるタイプじゃない。だから妻に逃げられたし、子供にも距離を置かれる。
かといって愛情がないわけじゃないんだろう。
おれの話を聞いている彼の目はとても穏やかで、寂しさと同じくらいの安堵が浮かんでた。
「ええ。“ギレン兄様”にも懐いてますしね。学校の成績はムラがあるけど、優秀な方だし。何よりとても優しい」
アムロだけじゃなくて、子供達はみんなそうだけど。
できれば写真とか見せてあげたかった。でも、残念ながら、持ち込んだ私物は全て取り上げられてるんだ。
訓練が終われば返すと言われてもだ、その訓練を乗り越えるための“活力剤”だったんだぞ。即時での返却を要求する!
あ、話が逸れた。
そんな取り留めもない話を、きっと忙しいんだろうに、テムはよく聞いてくれたし、自身の開発についても支障の無い範囲で教えてくれた――“テム・レイの回路”とか。
お喋りは彼がコーヒーを2杯――あの劇物を2杯って、どれだけ舌が麻痺しちゃってんの――飲み終わるまで続いた。
来たときよりも軽い足取りで戻っていく天才科学者を見送って。
かふっ、と、あくびがひとつ漏れる。
ようやく戻ってきた眠気に逆らわずに部屋に戻れば、ん、皆もよく寝てるわ。
そんじゃおれも、もうちょっと眠るとするかね。
着てるシャツを脱いで、裏返して着直してみる――旧い古いまじないだ。
さぁ、起床時間まであと少し。せめて良い夢見せてよね。
日々の訓練を通して、皆がパイロットとしての技量を上げていく。
スゴイ切磋琢磨。負けず嫌いが勢揃いして、鎬を削ってる感じだ。
本物のモビルスーツの操縦にしても、先達のテストパイロット達と遜色ないレベルまで来てるとか。
教官達も驚愕してた。今後は適性を見ながら、振り分けられる部署が決まるらしい。“ガルマ・ザビ”以外は――おれはもうガルシア・ロメオのところって決まってるからね。
何人かは、もしかしたら一緒かも知れない。
予定されている10週間のうち、4週間目のことだった。つまり、ほぼひと月。
予定より訓練の進捗がかなり早くて、もしかしたら配属時期が早まるかも、なんて話すらすでに出てる。
さて。“報・連・相”を約束したからには、そろそろ実践せねばなるまいよ。
と言っても、連絡ツールが無いことにはどうにもならん。いちいち上官に「“お兄ちゃん”に取次いで」なんてごねる訳にはいかんからね。
――ここは“紐付き”を捕まえるしかないかな。
“ギレン”のことだから、絶対に張り付けてるはず――と、なれば炙り出しである。
全く接点が無いでは監視にならんから、対象はこれまで接触したことがある面々ってコトだ。
頭の中にリストを並べる。
あやしいのは、やっぱりアイツだな。
目星をつけたら、カマをかけるために基地内をウロウロしてみる。
ほら、不審に思って寄ってくるが良いよ。
「なに徘徊してんだよ」
「“釣り”」
「はぁ?」
まるっきり獲物認定してなかったのに、コウガが一匹針にかかった。
そのまま行き過ぎようとしたら、何故かついてくるし。
「……二人でつるんでどこに行くんだ?」
今度はニケが針にかかった。
「コウガが勝手についてくるのさ」
「コイツがまた突飛なことしてやがるから、監視しとかねぇと」
「……なるほど?」
そして君も付いてくんのか、ニケ。
また暫くウロウロしてたら。
「あれ、お揃いで何してんの?」
モブリットまで針にかかった。
なんなの。コレジャナイ大漁感。
「コイツがまた変なこと始めやがってんだ。竿もなしに釣りとか……そもそも、お前、何を釣るつもりなんだよ?」
コウガが今更尋ねてくる。
「ナンパ? ナンパなら、アタシが釣られるよ! ヘレンたちも呼ぶかい?」
「話がややこしくなるから、モブリットは黙ってろ」
「可愛げのないアンタに指図されたかないわ」
「ァアン?」
――いいぞもっとやってて。
こっそり踵を返したのに。
「……喧嘩してる隙にガルマが逃げるよ」
ニケ、襟首掴んだ手を放してよ。
どうにもこうにも、“釣り”は失敗。いやある意味では大漁なんだけど、欲しい獲物がかからなかったという点においてはね。
「で、お前、本当は何するつもりだったんだよ?」
「……誰かを捕まえようとしてた、とか?」
「相変わらず鋭いね、ニケ」
“逃げ足特化”なんて陰口を叩かれることもあるニケ・ダンジェロだけど、洞察力が優れてるんだ。それと直感。じゃなきゃ敵から逃げらんないし。
「ワニを釣ろうとしてたんだよ」
「……アマゾンとかに行けよ」
「そっちじゃなくて、ギュスターヴ曹長のことだろう?」
「何でギュスターヴ曹長?」
コウガとモブリットが揃って首をかしげるのに、ニケが苦笑してる。
「ニケも怪しいと思った?」
「少しね。彼だけ少し扱いが違うし、大体、いつでも君を注視している……渋い顔で」
「だよね。多分、僕の“監視”だと思うんだ」
やっぱりそうだよね。絶対あいつ、“ギレン”の紐付きだ。
別にパイロットとしての腕を疑ってるわけじゃない。言動に不自然な所があるってわけでもない。
だけど、一部の教官や管理者からの扱いが、僅かばかり違うんだよね。
訓練中に時々消えるのに、咎め立てされたりしないし。
あと、おれに対する扱いが、“ギレン”周りの人間のソレだ。例えば“伝書鳩”とか、その辺の。
「それで、なんの為に彼を?」
「“ギレン兄様”に“報・連・相”を約束しててね。その繋ぎになるかの確認かな。このままだと、予定より早くここを追い出されそうだってこと、伝えておこうかなって」
ダークコロニーを預かってるケリアン・ラウ少佐ったら、おれたちの訓練の進捗を良いことに、早々に出荷する気満々だからね。
あの“暁の蜂起”に対する評価は高いけど、その分、自分の領域で何某か騒動を起こされる前に、おれを手元から放り出したいらしい――大人しくしてるじゃないのさ。
「だけど、総帥閣下の“伝書鳩”にしたら、少しツメが甘いような気がするな」
ニケが首を傾げた。
「“伝書鳩”とは限らないよ。別に用意したんじゃないかな……“ギレン兄様”のやりそうな事だし」
肩をすくめて苦笑い。
監視対象は他にも沢山いるし、調べることも山積みだ。貴重な“鳩”を、おればかりに貼り付けてらんないでしょ。
どっかから引き抜いたか、流用したか――近場ならデラーズのとこかな。護衛要員なら、あのガタイの良さも納得だ。
「でもまぁ、今回の“釣り”は失敗しちゃったみたいだから、次の手でも考えるよ」
時間はまだあるし、そこまで急ぎでもない。
「…………なんだかよく分からないけど、ギュスターヴ曹長に直接声を掛ければ良いんじゃないの?」
モブリットが首を突っ込んでくる。
「僕が近づくと全速で逃げるんだよ」
あのガタイでガサガサ逃げてくから、時々ぶち当たった人間が弾き飛ばされる事故が起こる――被害者はニケとか、狼藉中尉とかが多い。微妙に運が悪いよね。
だから、向こうから寄って来て貰おうと不審行動に出たわけだが。
「んな周りくどいことしねぇで、とっ捕まえりゃぁいいじゃねえか」
「コウガ、相手は曹長だぞ」
ニケが頭を振ってる。
そうなんだよ。基本的に声がけは上から下へ。
報告とか相談なんかを除けば、気安く下から呼びかけられるモンじゃないのさ。軍隊は縦社会。そういうとこは厳しいからね。
一等兵から上等兵までは、一兵卒に毛が生えたくらいの階級ときた。ギリギリで伍長もこの辺り。
対して、軍曹や曹長ってのは、明確に命令権のある下士官だ。
おれはザビ家だけど、ここでは下っ端。実家のチカラを振りかざすのは悪手でしかない。
相談を装って近づこうとしても、階級が上のワニが応じなければソレっきりってこと。
「んん……モブリットはヘレンと仲良かったよね?」
ヘレン・ネイワンド――モブリットと同じ上等兵で、よく楽しそうにお喋りしてるのを見かけるし。
「うん、そう。ゼフィとエレーナとも話すよ。階級はあっちが上だけど」
ゼフィ・ダサオルとエレーナ・イワノアか。どっちも伍長。そうか、女性陣も仲良くなったのか。素晴らしい。内心でニンマリ。
「そう言えば、ヘレンがガルマとお喋りしたがってたよ」
「僕と? 大歓迎だけど、なにかあった?」
「ダンスが好きなんだって。ガルマと踊ってみたいってさ――アタシもだけど」
モブリットのイエローブラウンの瞳が、上からの上目遣いって難易度高い技を決めてきた。
年上で長身だけど、けっこう可愛い。つんつん短い金髪を撫でたら、気持ち良さそうな猫みたいに目を細めた。
「なら踊ろうか? 就寝前の自由時間にさ。上に許可貰って」
「わお。楽しそう!!」
モブリットが飛びついて来た。
「はぁ? お前、ワニ釣りはもう良いのかよ??」
コウガが呆れた声を上げるけど。
良くないよ。だからこそ、このチャンスをものにしないとね。
にっこりと微笑んだおれに、ニケだけがニヤリと笑って肩をすくめた。