ザビ家成り代わり   作:くずみ@ぼっち字書き。

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【成り代わり】another ORIGIN 反逆の"ガルマ" 35【転生】

 

 

 

 ――お巡りさん、こいつです!

 ダークコロニー初日である。

 パイロット候補たちと初めて面通し、ガンダムとザクⅡを見て大興奮。シミュレーターで派手にすっ転び、先輩達に遭遇。責任者に呼び出しくらったあと、上官から嫌がらせって、なかなか濃い一日だよね。現在進行形で。

「中尉殿、大変に恐縮ですが、いまは医務室に行く必要はありません。体調に問題はないですし、そろそろ消灯時間です」

 だからその手を放してよ。

 殊更に静かな口調で訴えるのに、中尉はニヤニヤしながら引っ張る腕の力を強めるだけだった。

 やめろ。痣になるだろ。

「上官と一緒なら消灯時間は問題はない」

 んなワケあるか。それは任務のときだけだ。

「中尉殿、痛いです。手を緩めてください」

 踵に体重をかけてブレーキを掛けても、引きずる力のほうが強くて止まらない。

「軽いなァ。それになんだこの細っこい腕は。力をこめたら折れちまうかもな?」

 愉しそうな“ノイズ”がしてる。

 それは脅しか。そんなに簡単に折れねぇよ――と、いうか、“折らせない”が正しいんだが。

 そもそも、行き先は本当に医務室か知れたもんじゃない。

 だって連れてく意味が分からんし。

 こいつ、よもや連邦からの刺客じゃあるまいな?

 本来なら、ここ、ダークコロニーにはドズル兄貴の威光が届いてる筈だ。

 そんなとこでこの暴挙って、この男がよほどの阿呆じゃなけりゃ、連邦の介入って可能性もあるだろ。流石に恨まれてる自覚はあるし。

 これはそろそろ反撃すべきか。ラウ少佐も火の粉は払っても良いって言ってたし。

 一瞬の隙を突いて、相手の手首の曲がらない方向に向け、自分の腕を捻り抜く。

 ――っしゃ、成功。自由になった。

「失礼します!」

 三十六計逃げるに如かず、ってコトでここは鍛えた逃げ足の出番だ。

 すたこらさっさと逃げ出すおれを、野郎は猛然と追いかけてきた。

「おいッ!? 貴様、反抗と見做すぞ!! 止まれ!!」

「たーすーけーてー」

「間抜けな声で叫ぶな!!」

 ふぉおぅ。来たばっかりだから、右も左も良くわからん。どっちに向かって走ればいいのさ?

 ええと、とりあえずラウの執務室…と思ったけど、そこは中尉に阻止された。

 畜生、地の利はヤツにあり。

 “意識”を開放して周囲を探っても、脳内に地図が無いからどう逃げるかの判断はつかないし――あ、でも誰か居る。

 つま先の向きを変えて、ほぼ直角に角を曲がる――勢い余った野郎は、行き過ぎかけてモタついた。よし、ちょっと距離が稼げた。

 そのまま駆け抜けた先に人影が。良かった士官だ。

「助けてください!」

 言いざまに背後に回り込む。頼む、盾になっておくれよ。

 ドタバタとしたこの有様にも拘わらず、振り向いた肉の盾の表情は動かなかった。

 超然たる無表情。“ノイズ”も薄くてよく分からない。動揺も困惑もしていないのか。

 灰青の瞳が一つ瞬く。視線があってるようで微妙に合ってないし――見えてるのは間違いないのに。

「………ガルマ・ザビ?」

「はい」

 抑揚さえも薄い声に応える。

 灰色がかった髪の色も相まって、見た目も中身も捉えどころのない印象だ。

 階級章は狼藉者と同じく中尉――だけど、助けになるのかな? ちょっと不安になってきた。

「そいつをこっちに引渡せ」

「………何をしているんだ? 鬼ごっことは大人気ない」

 それでも肉の盾は、追いかけてきた野郎に向き合ってくれた。

「ガルマ・ザビを医務室に連れて行こうとしただけだ!」

「…………何処も悪くなさそうだが?」

「元気です!」

「………そう見えるな」

 過ぎるほどに、と、見下ろして頷くのに、やっぱり視線は合ってない。

「良いから来い!」

「嫌です!」

「……注射を嫌がる子供のようだな」

「注射はみんな嫌いでしょう!?」

「注射なんかしないから来い!!」

 嫌だってば!

 なんでそんなに頑なに医務室に拘るのさ!?

 お前、実は本当に連邦の手先なんだな!? さては、“ガルマ・ザビ暗殺計画”とか立ててやがるんだろう!??

「“暗殺計画”は頓挫してるから諦めて!」

「そんな計画立てとらんわ!!」

「…………とても、煩いんだが」

 ここまであまり動かなかった超然中尉の表情が、はっきりと顰められた。

「そもそもなぜ逃げるんだ、ガルマ・ザビ。彼は、顔はあれだが悪い人間ではないぞ」

「それは俺の顔が悪いと言っとんのか!?」

 今度は仲間(?)割れか。それに、そっちの中尉は顔が悪いんじゃない。性格が悪そうなんだ。

「……連れて行かれた先で、宇宙空間に生身で放り出されたりしないかと」

 とりあえず正直に答えてみた。

「「なぜそうなる!?」」

 ふぉ。ハモった。

 ダークブラウンとライトグレーの2対の瞳が、まん丸に見開かれていた。

 ――あれ? 刺客じゃないの??

 二人の様子は演技には見えなかった、けど。

「違うんですか? あんな風に引っ張っていかれる時って、いつだってろくでもない目にしか合わないから」

 こっちもパチクリと眼を瞬く。

「――参考までに聞くが、どんな目にあった?」

「子供の頃は誘拐されました。地球に降りた時は、士官学校の教官に酷い事をされそうになって、オリヴァーたち…後で友人になった向こうの士官候補生達に助けてもらいました。それからアースノイド至上主義者たちに襲われたり……」

 指を折って数えてたら。

「……悪かった」

 ものすごくバツの悪そうな声だった。顔を上げると、狼藉中尉が後頭部をガリガリ掻いてた。

「そこまで考えていなかった。単に揶揄っただけだ。怖がらせてやるだけのつもりだった」

 ――ってことは、ほんとに刺客じゃない?

 紛らわしいな!!

 ぷっくりと膨れたら苦笑いされた。

「では、もう兵舎に戻っても?」

「いや。……あー、まあ悪いことにはならんから、一緒に来てくれ」

 うぇへぇ。まだなんかあんの?

 渋る顔すれば、能面みたいな中尉の方が肩を竦めた。

「仕方がないな。私も一緒に行ってやろう、それならば怖くないだろう」

 まぁね。二人がグルじゃなけりゃ。

 この上まだ謀るつもりなら、二人とも容赦しないから、そのつもりでいてよね。

 

 結論から言おう。

 罠だった。ある意味においては。

 

「ガルマ・ザビ!」

「久しぶりだなー」

 わしゃわしゃと抱きしめられるし、髪はかき回されるし。

「イアン先輩達だけじゃなかったんですか!?」

 連れて行かれた先にいたのは、士官学校時代の先輩達と、なぜか教官が数名。

 何このサプライズ。

「なに馬鹿をやっておるか、てっきりお前もこちら側に来ると思っていたのに、まさか兵卒とは!」

「いつでも何かをやらかす奴だから、まあ、わからんでもなかったがな」

「ギレン閣下は相変わらずお前に厳しいな」

 とかなんとか、旧交を温める場だよ、完全に。

 確かに他のパイロット候補生の前では、コレはできないだろうさ。

「遅いと思ったら、逃げ回ってたんだって?」

 アルフレディーノ先輩がゲラゲラ笑ってる。

「よく攻撃を我慢したな」

 イアン先輩は頭を撫でてくれた。

「攻撃?」

 元狼藉者の中尉が首を傾げた。

「“攻撃は最大の防御なり”を地で行くやつですよ、ガルマは」

「タマ潰されずに済んで良かったですね!」

「そんなことしてません!」

 何てこと言うんですか先輩方。

「してたしてた」

「そうそう。俺たちはちゃんと覚えているぞ」

 そんなバカな。それ、“存在しない記憶”じゃないの。

 元狼藉者の中尉が顔色を悪くしている。

 ともあれ、これからもよろしくねってことで、その場はお開きになった。

 

        ✜ ✜ ✜

 

〈ドゥリャァアアアアアッ!!〉

 と、勢い良く振り下ろされるコウガのトマホークを回避する。

 オートバランサーの優先順位を落としたシミュレーター――見た目はモビルワーカー――では、誰も転倒なんかしない。

 ダークコロニーの地表にある訓練場で、訓練生達は大暴れである。

 いやぁ、星空がキレイだねぇ。

〈ちょこまかウゼェ!!〉

「はい、隙ありー」

 ソイャッと、メイスを突き出す。ズドンと良い手応え――と思ったのに、寸前で後退されて打撃が浅かった。

〈あっぶねー〉

「このタイミングでよく下がれたね。野性の勘?」

〈そりゃテメーだろ〉

 ドスンバスンと模擬戦闘。

 なんのかんので初回転倒組は大変優秀のお墨付きを頂いて、全員が次のステップに進んでいる――次の次の次だったかな。

 だから、他の面子とは別けての訓練である。

 そろそろ本物のモビルスーツに乗せてもらえるらしい。めちゃくちゃ楽しみなんだが。

 そのためには、この模擬戦闘を高成績で抜けねばならぬ。

 ってコトで。

「悪いけど本気で狩らせて貰うよ!」

〈ハン、狩られるのはテメーの方だぜ!〉

 初めて駆る機体だけど、懐かしい感じすらしてるのは、“タマシイ”に刻まれてる“遠い記憶”故か――おれじゃない“おれ”がムーブを囁いてくる。

 引き付けて、もっと引き付けてから…

「ふぉ!?」

〈悪いね、通るよ〜〉

〈はぁ!?〉

「ちょ、ニケ、なにやってんのさ!?」

 おれのメイスの先スレスレですり抜けてくって、危ないだろ。しかもその後から。

〈ゴメン、ガルマ、そこ通して! コウガ、アンタ邪魔だよ退いて! ニケ、逃げんな!!〉

 モブリットまで。

〈テメェら、なに乱入しやがってんだ!!〉

 うわぁ、カオス。

 抜け出そうとするのに、ニケがくるりと回り込んで来るから距離を取り損ねる――モブリットに対する盾として、おれを使うとは良い根性してるじゃないの。

 あ、でもこれ使えるかも。

 モブリットの攻撃の先はニケだけど、くるくる逃げ回る彼の機体を、彼女は捉えきれてない。

 そしてコウガは突然の乱入に苛立ってか、それとも集中が途切れたのか、動きが大雑把になってるし、おれに向けた攻撃も止んでる。

 んふ。状況を利用するのは勝利を手にする大きなファクターだよ。

 ってコトで。

 スパニッシュライン――パソドブレの最初のポーズをキメてから、ニケの旋回に軌道を合わせてみる。

 ――気づくかな?

 知らなければ“変な格好したな”で終わっちゃうだろうけど――一拍の間をおいて、ニケの動きが変わった。

 よし、良いノリ。意図は伝わったみたい。さすがラティーノ。見えないけど、多分、悪い顔して笑ってんだろ。

 パソドブレは闘牛とフラメンコを模したラテンダンスだ。男性が闘牛士で女性は赤い布、もしくは牛として踊るわけだが、この場合の“牛”はモブリット。

 ニケはおれというカポーテ(赤い布)を翻しながらモブリットと闘うんだ。

 ついでにカポーテを破ろうとするコウガともね。

 挑発しながらヒラヒラと、避けて逃げて避けまくる。

〈この逃げ虫野郎ッ!! ガルマを盾にするなんて卑怯だよ!!!〉

 凄い罵倒きたな。逃げ虫って新しいわ。

〈テメェら纏めて邪魔なんだよ!!〉

 しびれを切らしたらしきモブリットの操縦はどんどん荒くなるし、コウガも同様。ちょっとの隙間にも突っ込んでくる余裕の無さ。

 さぁ、動きを読め。タイミングを合わせろ。攻撃の軌道はどうくる?

 コウガがトマホークを振り上げて、モブリットがランスを大きく引いた――そのモーションの走りで、おれ達は急旋回する。

 二人の攻撃の勢いは急には止められない、となれば。

〈ッ!? バカヤロー!!〉

〈馬鹿はアンタだよ!!〉

 コウガのトマホークがモブリットの肩を、モブリットのランスはコウガのドテッ腹を。

 どっちも見事なクリティカル。双方のシミュレーターが停止してる。実戦なら大破してたね。

 つまり相討ち。

 そのままギャンギャンと罵り合ってる二人の機体に教官のザクⅠが走り寄って行く。

〈何をやっておるかぁ!!!〉

 すんごい大喝。メジャナ中尉か。

 でもこのタイミングってことは、さっきのおれ達の“ダンス”については容認されてる感じ。まぁ作戦だしね。

〈次は君が相手かな?〉

「そうだね。よろしく」

 見えない相手にニコリ。そのまま地表を蹴って飛び上がり、緩い重力を切り離す。推進も吹かして宇宙――ソラへ。

 一瞬躊躇う素振りを見せただけで、ニケはすぐに追いついてきた。

 慌てたのは教官達だ。

〈おいッ、戻れ!〉

 戻りませーん。

 ソラでの姿勢制御は地表のそれより複雑だけど、苦にならないのは、やっぱり“前”のアドバンテージか。ゴメンよズルして。

 だけど、ニケもそれなりに保ててる。スゴイね。

 さぁ、“鬼ごっこ”のスタートだ。

 訓練場から離れることはしないで――流石に事故は怖いし――その上空を縦横無尽に。

 ニケは得物をMS用マシンガンに持ち替えてる。ふは。撃ち合いをするつもりか。イイね。

 出力はまるきり出ないけど――ただのカラー弾丸。

 ――それ以外は本物だ。

 弾丸が当たれば命中判定。

 ニケのそれは中々際どいラインを攻めてきた。

 “鬼ごっこ”はすごく楽しいけど、これ、シミュレーターの反応が鈍くて、おれ達の反射に追いついてないね?

 たまに動きがギクシャクしてる。とは言え、まだ手鳴らしの域を出てない今はこの程度でも良いのか。

 ホンモノのMSの反応はもうちょっと良いとイイな。

〈やめろ! お前達にはまだ早いぞ!!〉

 下でメジャナ中尉がまだ怒鳴ってる。

〈俺が連れ戻してくる〉

 うぉ。この声はアレだ。元狼藉者の中尉。このヒトも教官だったんだよね。

 無粋にもザクⅠが1機こっちに飛んでこようとして、もう1機に止められてた。

〈待て。やらせてみろ。いいセン行ってるじゃないか〉

〈……まぁな〉

 あれ、能面中尉も出てきたのか。

〈ガルマ、程々にしてやれ〉

〈いやそこは“堕天使長”の実力を見せてやれよ〉

 ふぉ。イアン先輩にアルフレディーノ先輩まで。

〈ニケ、やれ!! ガルマを墜とせ!!〉

 クロコダイ…ギュスターヴは、おれになんか恨みでもあるの?

〈ガルマもニケも頑張れー!〉

 これはヘレンか。

 チラッと下を見れば、ギャラリーが増えてるし。

 こりゃ期待に沿わないとね。

 背後にギャラリーを置く感じで、MS用マシンガンを撃ちまくるニケを誘導。

 ほらほら、撃ってみなよ。

 挑発してみたら、躊躇の欠片もなくニケはトリガーを引いた。ふは。

 もちろん避けるとも。ヒョイと。

 弾丸はクロコ…ギュスターヴのシミュレーターにクリティカル!

「ごめーん?」

 流れ弾には要注意だよ。

〈ガルマァ!!!〉

 撃ったのはニケなのに、何故かおれに向く矛先。恨みでもあるのAgain。

〈……撃ってこないのかい?〉

 面白くなさそうな声だった。少し焦れ始めたかな。

「撃つよ。君を墜とすときに」

〈笑えない冗談だな〉

「本気だもの」

 くるくると位置を変えながら、お互いに隙を伺う。

 ニケが再びトリガーを引いた。

〈またか!?〉

〈ふざけてんじゃねぇぞ!!〉

〈ガルマ・ザビ! わざとだろう貴様!!〉

 今度もギュスターヴと、それからコウガと元狼藉中尉が犠牲になった。

「……コワイよねぇ、フレンドリーファイアって」

〈貴様のそれはフラギングだろうが!!〉

 やだな、人聞きの悪いコトを。

 そもそも撃ったのはニケだってば。

 さて。大体のムーブは掴めた。シミュレーターの限界も見えたし、ニケの射程もおおよそ把握。

 動きが速いから捕まえるのは難しいけど、ポイントを絞ることは可能だ。

 ――“なんちゃって百戦錬磨”を舐めんな。

 飛び回る機体に急接近を試みれば、案の定、牽制射撃と回避行動――だよね。

「僕の勝ちだ」

〈――!??〉

 予測軌道上に撃ちまくれば、連続クリティカル。

 ん。ズルっこアドバンテージは健在だ。“ガルマ”でもパイロットとしてやってけそう――と言うか、やらねばならぬ。

 ニンマリほくそ笑む先で、ニケの機体がゆっくりと地表に戻って行くのが見えた。

 

        ✜ ✜ ✜

 

 就寝後、ふと目を覚ましてから寝付けなくなった。

 下士官はプライベートもへったくれも無い大部屋に突っ込まれてて――とは言っても、ここに居るのは最初のシミュレーターで選別された男子だけだ――隣の寝台からはコウガのイビキが聞こえてる。

 ついでに寝言も。なんだよ「もやし増し増し」って。よもやお前の寝言で起こされたんじゃあるまいな?

 反対側ではうつ伏せのニケが半ケツで寝てるから、そっと毛布をかけ直してやった。

 薄暗い中、足音を忍ばせて部屋を出る。

 少し気分を変えよう。

 軍事施設は基本的に24時間稼働してるから、ふらふらしてたら誰かに見咎められる。でも、部屋周りくらいならなんとかなるだろ。

 トイレを通り越して、狭い休憩コーナーへ。セルフのコーヒースタンドがあるけど、飲む気はしない。

 だってめちゃくちゃ不味いんだ。むしろ口内に毒物か劇物を入れる感じ。訳のわからない苦味と酸味が突き刺さる――はっきり言って危険物。

 一度試して盛大に噴いた。皆が飲み込んでたのが信じられぬわ。

 白々した照明の下、ぼんやりと壁に背中を預けた。

 漂い出した“意識”がたくさんの“誰か”を捉えてる――けど、欲しい“気配”はここにはない。

 さみしさは、一度覚えてしまえば涯がない。何処までも辛くなるばかりだ。

 会いたいよ。顔が見たい。声が聴きたい。

 伸ばした腕の先に、なんで居ないの?

 取り繕ってた表情が剥がれ落ちてく。

 肺から薄く息が逃げて、その弱々しさに自分を罵りたくなった。

 落涙しないのは最後の意地。

 大丈夫。地球でだって、なんとか凌いでたじゃないか。

 ここはムンゾだ。訓練が終わったら、少なくとも連絡は取り合える。

 じりじりと時を過ごす耳が、近づいてくる硬い足音を拾った。

 気配はその前から拾ってたから、特に驚きはしない。

 ノロノロと顔を向けると、そこには白衣の科学者らしき男がひとり立っていた。

 痩せてひょろりとしたシルエット。頬骨の目立つ輪郭に、神経質そうな細い眉と眇めた目。短くした灰色の髪は癖毛で、あちこちに跳ねてる。

「……え?…ガルマ・ザビ……?」

 男は眼鏡の奥で、細い目をパチパチと瞬いた。

「はい。………もしかして、テム・レイ博士ですか?」

 そういやダークコロニーに詰めてるって言ってたっけ。

 アムロ・レイの父親――似てないな。あ、でも癖毛だけ似てるのか。

 ニコリと笑いかけたら、やけにぎこちない笑みが返ってきた。

「人のことは言えないが、もう遅い時間だ。寝ていなくていいのかね?」

「……途中で目が覚めてしまって。でもそろそろ寝るつもりでした」

「そうか。君も飲むかね?」

 そう言ってテム・レイが向かったのは、コーヒースタンドだった。

 ふぉう。I’m OK. お構いなく。

 やんわりとお断りしたら、低い笑い声が。

「不味いだろう。だが、まぁ慣れたら飲める」

「……味覚を合わせるよりも、味覚に合わせて欲しいです」

 正直に答えると、科学者はまた笑った。

 少し距離をおいて向かい合って、何か言いたげなのをじっと見返したけど、テム・レイは何も言わなかった。

 ただ視線だけが、何かを尋ねてくるような。

 ちょっと苦笑。もしかしたら、そういうところが、少しだけアムロに似てるのかも。

「……アムロは元気でしたよ。相変わらずパンケーキが好きで、友達と遊びに行ったり、空いた時間に機械をいじってます」

 ハロなんて魔改造されてたし。最速120km/h超で飛ぶんだって。可愛いらしい花柄は、ミルシュカがペイントしたって言ってた。

「そうかね。……ちゃんとやっているようだね」

 そのため息は安心からか、それとも放任の後ろめたさからきたものか。

 テム・レイは家庭を顧みるタイプじゃない。だから妻に逃げられたし、子供にも距離を置かれる。

 かといって愛情がないわけじゃないんだろう。

 おれの話を聞いている彼の目はとても穏やかで、寂しさと同じくらいの安堵が浮かんでた。

「ええ。“ギレン兄様”にも懐いてますしね。学校の成績はムラがあるけど、優秀な方だし。何よりとても優しい」

 アムロだけじゃなくて、子供達はみんなそうだけど。

 できれば写真とか見せてあげたかった。でも、残念ながら、持ち込んだ私物は全て取り上げられてるんだ。

 訓練が終われば返すと言われてもだ、その訓練を乗り越えるための“活力剤”だったんだぞ。即時での返却を要求する!

 あ、話が逸れた。

 そんな取り留めもない話を、きっと忙しいんだろうに、テムはよく聞いてくれたし、自身の開発についても支障の無い範囲で教えてくれた――“テム・レイの回路”とか。

 お喋りは彼がコーヒーを2杯――あの劇物を2杯って、どれだけ舌が麻痺しちゃってんの――飲み終わるまで続いた。

 来たときよりも軽い足取りで戻っていく天才科学者を見送って。

 かふっ、と、あくびがひとつ漏れる。

 ようやく戻ってきた眠気に逆らわずに部屋に戻れば、ん、皆もよく寝てるわ。

 そんじゃおれも、もうちょっと眠るとするかね。

 着てるシャツを脱いで、裏返して着直してみる――旧い古いまじないだ。

 さぁ、起床時間まであと少し。せめて良い夢見せてよね。

 

 

 日々の訓練を通して、皆がパイロットとしての技量を上げていく。

 スゴイ切磋琢磨。負けず嫌いが勢揃いして、鎬を削ってる感じだ。

 本物のモビルスーツの操縦にしても、先達のテストパイロット達と遜色ないレベルまで来てるとか。

 教官達も驚愕してた。今後は適性を見ながら、振り分けられる部署が決まるらしい。“ガルマ・ザビ”以外は――おれはもうガルシア・ロメオのところって決まってるからね。

 何人かは、もしかしたら一緒かも知れない。

 予定されている10週間のうち、4週間目のことだった。つまり、ほぼひと月。

 予定より訓練の進捗がかなり早くて、もしかしたら配属時期が早まるかも、なんて話すらすでに出てる。

 さて。“報・連・相”を約束したからには、そろそろ実践せねばなるまいよ。

 と言っても、連絡ツールが無いことにはどうにもならん。いちいち上官に「“お兄ちゃん”に取次いで」なんてごねる訳にはいかんからね。

 ――ここは“紐付き”を捕まえるしかないかな。

 “ギレン”のことだから、絶対に張り付けてるはず――と、なれば炙り出しである。

 全く接点が無いでは監視にならんから、対象はこれまで接触したことがある面々ってコトだ。

 頭の中にリストを並べる。

 あやしいのは、やっぱりアイツだな。

 目星をつけたら、カマをかけるために基地内をウロウロしてみる。

 ほら、不審に思って寄ってくるが良いよ。

「なに徘徊してんだよ」

「“釣り”」

「はぁ?」

 まるっきり獲物認定してなかったのに、コウガが一匹針にかかった。

 そのまま行き過ぎようとしたら、何故かついてくるし。

「……二人でつるんでどこに行くんだ?」

 今度はニケが針にかかった。

「コウガが勝手についてくるのさ」

「コイツがまた突飛なことしてやがるから、監視しとかねぇと」

「……なるほど?」

 そして君も付いてくんのか、ニケ。

 また暫くウロウロしてたら。

「あれ、お揃いで何してんの?」

 モブリットまで針にかかった。

 なんなの。コレジャナイ大漁感。

「コイツがまた変なこと始めやがってんだ。竿もなしに釣りとか……そもそも、お前、何を釣るつもりなんだよ?」

 コウガが今更尋ねてくる。

「ナンパ? ナンパなら、アタシが釣られるよ! ヘレンたちも呼ぶかい?」

「話がややこしくなるから、モブリットは黙ってろ」

「可愛げのないアンタに指図されたかないわ」

「ァアン?」

 ――いいぞもっとやってて。

 こっそり踵を返したのに。

「……喧嘩してる隙にガルマが逃げるよ」

 ニケ、襟首掴んだ手を放してよ。

 どうにもこうにも、“釣り”は失敗。いやある意味では大漁なんだけど、欲しい獲物がかからなかったという点においてはね。

「で、お前、本当は何するつもりだったんだよ?」

「……誰かを捕まえようとしてた、とか?」

「相変わらず鋭いね、ニケ」

 “逃げ足特化”なんて陰口を叩かれることもあるニケ・ダンジェロだけど、洞察力が優れてるんだ。それと直感。じゃなきゃ敵から逃げらんないし。

「ワニを釣ろうとしてたんだよ」

「……アマゾンとかに行けよ」

「そっちじゃなくて、ギュスターヴ曹長のことだろう?」

「何でギュスターヴ曹長?」

 コウガとモブリットが揃って首をかしげるのに、ニケが苦笑してる。

「ニケも怪しいと思った?」

「少しね。彼だけ少し扱いが違うし、大体、いつでも君を注視している……渋い顔で」

「だよね。多分、僕の“監視”だと思うんだ」

 やっぱりそうだよね。絶対あいつ、“ギレン”の紐付きだ。

 別にパイロットとしての腕を疑ってるわけじゃない。言動に不自然な所があるってわけでもない。

 だけど、一部の教官や管理者からの扱いが、僅かばかり違うんだよね。

 訓練中に時々消えるのに、咎め立てされたりしないし。

 あと、おれに対する扱いが、“ギレン”周りの人間のソレだ。例えば“伝書鳩”とか、その辺の。

「それで、なんの為に彼を?」

「“ギレン兄様”に“報・連・相”を約束しててね。その繋ぎになるかの確認かな。このままだと、予定より早くここを追い出されそうだってこと、伝えておこうかなって」

 ダークコロニーを預かってるケリアン・ラウ少佐ったら、おれたちの訓練の進捗を良いことに、早々に出荷する気満々だからね。

 あの“暁の蜂起”に対する評価は高いけど、その分、自分の領域で何某か騒動を起こされる前に、おれを手元から放り出したいらしい――大人しくしてるじゃないのさ。

「だけど、総帥閣下の“伝書鳩”にしたら、少しツメが甘いような気がするな」

 ニケが首を傾げた。

「“伝書鳩”とは限らないよ。別に用意したんじゃないかな……“ギレン兄様”のやりそうな事だし」

 肩をすくめて苦笑い。

 監視対象は他にも沢山いるし、調べることも山積みだ。貴重な“鳩”を、おればかりに貼り付けてらんないでしょ。

 どっかから引き抜いたか、流用したか――近場ならデラーズのとこかな。護衛要員なら、あのガタイの良さも納得だ。

「でもまぁ、今回の“釣り”は失敗しちゃったみたいだから、次の手でも考えるよ」

 時間はまだあるし、そこまで急ぎでもない。

「…………なんだかよく分からないけど、ギュスターヴ曹長に直接声を掛ければ良いんじゃないの?」

 モブリットが首を突っ込んでくる。

「僕が近づくと全速で逃げるんだよ」

 あのガタイでガサガサ逃げてくから、時々ぶち当たった人間が弾き飛ばされる事故が起こる――被害者はニケとか、狼藉中尉とかが多い。微妙に運が悪いよね。

 だから、向こうから寄って来て貰おうと不審行動に出たわけだが。

「んな周りくどいことしねぇで、とっ捕まえりゃぁいいじゃねえか」

「コウガ、相手は曹長だぞ」

 ニケが頭を振ってる。

 そうなんだよ。基本的に声がけは上から下へ。

 報告とか相談なんかを除けば、気安く下から呼びかけられるモンじゃないのさ。軍隊は縦社会。そういうとこは厳しいからね。

 一等兵から上等兵までは、一兵卒に毛が生えたくらいの階級ときた。ギリギリで伍長もこの辺り。

 対して、軍曹や曹長ってのは、明確に命令権のある下士官だ。

 おれはザビ家だけど、ここでは下っ端。実家のチカラを振りかざすのは悪手でしかない。

 相談を装って近づこうとしても、階級が上のワニが応じなければソレっきりってこと。

「んん……モブリットはヘレンと仲良かったよね?」

 ヘレン・ネイワンド――モブリットと同じ上等兵で、よく楽しそうにお喋りしてるのを見かけるし。

「うん、そう。ゼフィとエレーナとも話すよ。階級はあっちが上だけど」

 ゼフィ・ダサオルとエレーナ・イワノアか。どっちも伍長。そうか、女性陣も仲良くなったのか。素晴らしい。内心でニンマリ。

「そう言えば、ヘレンがガルマとお喋りしたがってたよ」

「僕と? 大歓迎だけど、なにかあった?」

「ダンスが好きなんだって。ガルマと踊ってみたいってさ――アタシもだけど」

 モブリットのイエローブラウンの瞳が、上からの上目遣いって難易度高い技を決めてきた。

 年上で長身だけど、けっこう可愛い。つんつん短い金髪を撫でたら、気持ち良さそうな猫みたいに目を細めた。

「なら踊ろうか? 就寝前の自由時間にさ。上に許可貰って」

「わお。楽しそう!!」

 モブリットが飛びついて来た。

「はぁ? お前、ワニ釣りはもう良いのかよ??」

 コウガが呆れた声を上げるけど。

 良くないよ。だからこそ、このチャンスをものにしないとね。

 にっこりと微笑んだおれに、ニケだけがニヤリと笑って肩をすくめた。

 

 

 

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