「2年でムンゾ大学を卒業しろ」
「……………ふぉ?」
ゲンドウポーズで何言っちゃってんの“ギレン”。
そりゃハイスクール卒業資格は取ったけどさ、おれ達まだ14才なんですががが?
フリーズしたおれの隣で、キャスバルが思慮深げに首を傾げた。
「それは何故?」
「“ガルマ”と共に士官学校に通うつもりなら、それが条件だ」
なるほど分からん。
なんで士官学校に入るために大学卒業する必要があんのさ?
だけど、キャスバルには見当が付いたようだった。
「……父さんと同じ道を歩めと?」
その質問に、“ギレン”は満足そうに笑った。
「ムンゾは帝国でも公国でもない。世襲とは限らんだろうがな、民の声と言うものがある。お前はジオン・ズム・ダイクンの子だ」
スペースノイドを束ね、その誇りを誰かが守らねばならん――なんて。
と、言うかこの流れ、おれだけ理解できてないってこと?
頭が良い連中の会話ってコレだからね。
小首を傾げて考えてみる。
「ねえ、“ギレン兄様”。それ、キャスバルに首相になれって言ってます?」
教育なら士官学校だけでも充分なはずだ。それを敢えて事前に大学へなどと。軍人にはするつもりがないってことか。
だとしたら、末は首相か大統領か公王か。
「それを決めるのは国民だ。ムンゾは共和国だぞ」
ギロリと、三白眼が呆れたように睨めつけてくるけどさ。
裏で“ザビ帝国”なんて言われてるほど、ムンゾにおけるザビ家の力は強い。
“ギレン”は否定するかも知れないけど、ザビ家が擁するキャスバル・レム・ダイクンに、王冠をかぶせることは、そう難しい事じゃないよ。
それはさておき。
「ムンゾ大学か。頑張ってね、キャスバル」
「なにを他人事みたいに。君も一緒に決まってるだろう。『一蓮托生だ。逃げられると思うな』」
「『めんどくさ!』」
あ。猫の皮がベロリと。
キャスバルと“ギレン”双方から、呆れた視線が突き刺さった。
だけど、百歩譲って、キャスバルに大学での就学が必要だとしてもさ、なんでおれまで巻き込まれるのさ。
そもそも、最高学府を2年で修めて来いってオカシイから!
「編入試験に向けて励め。家庭教師も呼んである」
そして勝手に話を締めないでよ“ギレン”!
さあ出ていけとばかりに手を振られて、猛抗議しようと思ったのに、キャスバルに腕を掴まれて、執務室から引っ張り出された。
「キャスバル! こんな横暴を許していいのか⁉ “ギレン”はおれ達の行く末を勝手に決めるつもりだぞ!」
“おれ”はボスの命令に従う。だけど、お前まで従う謂れは無いんだ。
――手を離せ馬鹿力め!
お前素手でりんごジュース絞れるだろ⁉
グイグイと廊下を運ばれて、中庭に出た。
「先を決めるのは僕だ。君もね。ギレンじゃない。だが、大学に行けば選択肢は増えるだろう?」
「そりゃね、お前なら何にだってなれるさ。お前みたいにスゴイやつ他に知らないし」
返せは、キャスバルが少し黙る。
腕を掴む力が一瞬強まって――イテテ。加減しろよ――フンと鼻を鳴らされた。
「その割には、最近、君はあの小さいのに首ったけじゃないか」
「アムロだよ。可愛いんだ!」
あ、顔がへろりと崩れたのが自分でも分かった。
だって本当に可愛いから仕方がないんだ。
多忙な父親から“ギレン”が預かったとかで、いまはザビ家の私邸で暮らしてる。
テキサス・コロニーからこっち、おれも自宅に帰ってるから、自然と共に過ごす時間が長くなった。
プライマリースクールの勉強を見て、一緒にハロを改造して、オヤツを食べて、秘密のお喋りをする。
アムロは少し内向的なところがあるけど、思考波でつながる分、齟齬がなくて気が楽らしい。
懐いてくれて、とても嬉しい――今のうちだけだろうけどさ。
視線が落ちる。唇が、少しだけ歪んだ。
「あの子は、すぐにお前に懐くよ。お前も、あの子をすぐに気に入る」
稀代のニュータイプ同士だ。惹かれ合わないはずがないし。
そこに入れないだろうことには、疎外感を感じるけど。
「……ガルマ?」
「勿体ないけど、紹介してやるよ」
掴まれた腕を反対に引いてやれば、キャスバルがついてくる。
意識を広げて探れば、アムロは自室に籠もっているようだった。
『聞こえますか……アムロ・レイ……いま…あなたの脳に…直接話しかけています……』
――なんてね。
『…! ガルマ、どこ? だれかいるの?』
『いま部屋に向かうとこ。お前に会わせたいやつが居るんだ。連れてっていい?』
『ガルマが言ってた“スゴイやつ”⁉』
『そ。“スゴイやつ”だ』
途端に、ワクワクドキドキしてるらしき思考波が炸裂する。
星雲みたいな。キラキラ光ってるみたいな喜びと期待と、少しばかりの不安。
それは、当然、キャスバルにも届いてる。
チラリと視線を走らせれば、やや面食らったような表情をしていた。
キャスバルはダイクン家の後継者として、おれはザビ家の一員として付き合いを制限されてたから、そういうものを気にしないで済む相手は貴重だ。ましてや思考波で繋がる“同朋”は。
「な、キャスバル。楽しみだろ?」
子供に聞こえないように、敢えての会話。
「……君がそこまで肩入れする相手なら、会ってやらないこともないさ」
「素直になれよ」
まあ、でも素直なキャスバルなんて、想像つかないかもね。
「『ガルマ!』」
子供にあてがわれてる部屋につけは、ノックをするより先に扉が開いた。
「『ふぉう、弾丸みたいだな!』」
どすんと、小柄な体が勢いよく飛びついてくるのを受け止める。
もっと内向的で大人しいのかと思ってたら、存外に元気でやんちゃだったりもするんだよ。
男の子ならこのくらいで丁度いいけど――女の子のはずのアルテイシアなんて、実はもっとお転婆だしな。
ギュッと抱きしめて頬擦り。アムロ、お肌もっちもちだな!
と、尻に衝撃が。
「……キャスバル、蹴ったね?」
「フン。紹介してくれるんだろ」
ヲイ。猫皮が剥がれてるぞお前。
「『キャスバル?』」
腕の中から、背後のキャスバルを認めたときのアムロの瞳は、宇宙から見た地球みたいにきれいな碧に瞬いた。
振り返れば、キャスバルの瞳も、見たことが無いほど鮮やかな青の色彩で。
その一瞬に絡む思考波の美しさに、息を呑む。
何に例えれば良いんだろう。星の海の光の渦――オーロラとか、水中から見上げた水面の万華鏡、それから――。
キャスバルが手を伸ばし、アムロがその手を掴んだ。
詰めていた息を吐く。
興奮は静かに胸の底に沈んで、波紋がゆっくりと広がって、消えた。
腕の中からアムロを開放して、キャスバルへと押しやる。
もう、お互いしか目に入ってないみたいだからね。
「……ふたりで『お喋り』して来なよ。おれはお茶の支度をしとくからさ、気が済んだら戻っておいで」
気もそぞろな子供に微笑みかければ、コクリと首が振られた。
するりと身を放して、アムロの部屋の中へ入る。
離れてく二人分の足音を聞きながら、息を吐く。
ひとつ、大きな仕事を成し終えたような気持ちだった。
正直に言えば、少し寂しい。だけど、途轍もない安堵が溢れている。
どの物語でも争っていたふたりが、争う必要のない出逢いをしてたら、なんて、誰もが考えただろう奇跡を、いまこの目にしたんだから。
仲良くするが良いのさ。
あとは、なんとかしてララァ・スンを探し出して、彼らに逢わせなくちゃね。
たぶん、それが今生でのおれの“オシゴト”なんだろう。
メイドを呼んで、小さなコンロとケトル、茶葉や茶器諸々を用意させる。
支度も請け負おうとするのを断って下がらせれば、また部屋にひとりになった。
〈ガルマ ガルマ〉
ライムグリーンの丸いものが、転がってきて足元にくっつく。
「……ん。お前が居たね、ハロ」
ひとりじゃなかったみたい。クスリと笑いがこぼれた。
湯を沸かすところから。
のんびりと、沸騰し始める小さな泡を眺める――ガラスのケトルだと退屈しないよね。
午後を模した光が窓から差し込み、庭にある木の影が絨毯に落ちていた。
宇宙に出ても、ひとは地球に似せた環境を好む――そうでないと、生きていけない生き物なのかな、人間って。
ポットを温める指先を見る。
――ひ弱な手だな。
時々、そんな感覚に襲われる。
“おれ”の手は、いつだって、もっとゴツゴツして、カサカサ乾いて分厚かった。
血に汚れて、染み付いて、キレイになることなんて無かったのにね。
戦う力の無い戦闘特化型なんて、なんの役にも立ちゃしない。
キシリア姉さまとサスロ兄さんがいれば、おれの“悪知恵”は必要ない。
伝説のパイロットが二人揃えば、それこそが“最大火力”だし。
だから、ここで目覚めてからこの数年、“おれ”はボスの側に置いてさえもらえない。
意識の底の更に奥底から、“おれ”がおれを罵っている――煩いな。解ってるよ。
ガルマ・ザビ、少しだけお前の気持ちがわかるかも知れない。
優秀な兄姉に囲まれて、優秀な友が隣りにいて、父親の溺愛を受けながら、きっと不安だったろう。
不甲斐ないと自分を責めただろう。
――…………。
なんてね。
ションボリしてたけど、なんか、だんだん腹が立ってきた。
こんだけガンバってるおれが、なんで“おれ”に罵られねばならんのだ。
ガチンコ勝負だけが勝負じゃねえわ。黙れ脳筋。いや“おれ”もおれだけど。
おれは“ガルマ”の道を征く! 覇道だ!!
と、言うことで“ギレン”。今日の夕飯の皿には、キライなプチトマトが山盛りだから。
厨房は既におれの支配下だ。おれを蔑ろにしてきた報いを受けるが良いさ。
そんな決意を新たにしてたら、
「パンケーキ‼」
「残念。おれはパンケーキじゃないし、おやつはビスケットだ」
バタンと扉が開き、またしてもアムロが突撃して来た。
そしてその後ろからキャスバルが。
あれ、早いねお前ら。もっと『お喋り』してくるかと思ったのに。
確かに思考波での会話は、普通のそれと比べにならんほど高速だから、それなりに話せたんだろうけどさ。
「パンケーキがいい!」
唇を尖らせての抗議である。
「パンケーキだ」
キャスバル、お前もか。
「なぜビスケットではいかんのだ?」
厨房からの差し入れだぞ。これ、美味いんだけど。ポリポリと食ってみせるけど、ふたりともに首を横に振る。
「アムロには作ってやったんだろう?」
「ん。逢った日にね」
厨房で作って貰おうとしたら、なんだか取り込み中だったから、片隅借りて焼いたんだ。
「美味しかった!」
「そりゃ良かった」
そうね。お前バンバンお代わりして、夕食入らなくて叱られたもんな――おれが。
「そんなに美味いならぜひとも所望するさ。そもそも、なぜ“幼馴染”の僕が食べたことが無い?」
そんなに不満そうに言われても。
「……いたってシンプルなパンケーキなんだけど」
まあ良いか。
そんじゃ、厨房に行くかね。“ギレン”のプチトマトの件もあるから丁度良いかもね。
その後、シンプルなパンケーキは、キャスバルの口にもそれなりに合ったようで安堵した。
三人で色々『お喋り』したけど、キャスバルとアムロの二人でした『お喋り』については、彼らだけの秘密ってことらしい――ま、そんなもんだろうね。
そして、夕食時。すべての皿に盛られたプチトマトに、“ギレン”の顔は引き攣っていた。
――ざまみろ。
こっそり溜飲を下げたことは、おれだけの秘密だ。
✜ ✜ ✜
「もう勉強したくない!」
叫んでベッドにダイブすれは、キャスバルの呆れた視線が突き刺さる。
「ぼくもべんきょーしたくない!」
ボスンと、隣に飛び込んでくるのはアムロだ。
「お前はしなきゃダメだろー」
「やだー」
抱え込んでゴロゴロ転がれば、腕の中の子供は、キャーだのワーだの叫んで笑った。
「悪い手本になってどうする。大体、勉強するのはこれからだろう」
ああ、そうだろうとも!
キャスバルに巻き込まれる形で、編入試験に向けての詰め込み講義を経て、なんと合格しちゃったよムンゾ大学。しかも法学部。
おれは理工学部を希望したんだがな!
比喩でなく血反吐を吐いて熱を出したおれに、それでもキャスバルは容赦しなかった。鬼か。
最後は朦朧としていたので良くわからない。
マスター・ヨーダが導いてくれてたような気がする。
〈May the Force be with you.〉って言ってた。多分。
「『ヨーダってだれ?』」
お。思考波漏れてたか。
「『ヨーダってこんなの』」
思考波で、イメージを投影。小柄な緑の老宇宙人の姿に、アムロは悲鳴を上げてしがみついて来た。
机にいたキャスバルも噴いてる。
「『わー⁉ なにこれ‼?』」
「『だからヨーダだよ。銀河史上、最も有名かつ優秀なジェダイ・マスターのひとり。とても強い』」
「『……君の妄想に果てはないのか?』」
「『失礼な。ヨーダは“スター・ウォーズ”の登場人物だぞ。面白いよ』」
「『興味ない』」
まあ、お前はそうだろうさ。
興味津々らしきアムロには、銀河の壮大な愛と戦いの物語を投影込みで『話して』やった。
R2-D2やBB-8あたりがお気に入りらしかった。なるほど。
14歳での大学編入の快挙に、お父様は手放しで喜び山程の贈り物をくれ、キシリア姉さまは俺を抱きしめてホール中を踊り回った。
サスロ兄さんは唇を曲げてニヤリと笑い、「やるじゃないか」と一言くれた――なんだか格好良かった。
ドズル兄貴には例によって抱き潰された。
そして“ギレン”と言えば。
「……卒業できそうか?」
早くも2年後の心配である――さもありなん。おれも心配だしな。
「“リーガルマインド”ってのが、いまいちピンとこない。だけど、法学部はコレが無いとどーにもならんらしい」
「それで、お前なりの解釈は?」
「法を施行、立法するための知識と思考方式。重要なのは相手を言い負かす力」
「相変わらず極論だな」
他にどう言えと。
ふんわりし過ぎてるんだよ、概念が。あげくに範囲も広すぎる。
「口喧嘩は苦手なんだ。そもそも納得したくない相手を納得させるなんて、どんな無茶振りだよ。それが出来れば戦争しないだろ」
「ド阿呆! 戦争紛争よろず揉め事解決のために法律があるんだ。逆じゃないぞ」
本当になぜそんな状況で合格できたのだと罵られるけど、それはアレだ、Forceの導きだよ、きっと。
入学はしたものの、出席する講義はそんなに多くない。タイムリミットがあるから、もっぱらレポートとテストをクリアしていく感じだ。
だから、キャンパスに行っても素敵な出逢いは殆どない――と、言うか、野郎ばかりに群がられ、レディ達が滅多に寄ってこないのは何故だ。
『おれの横にはキャスバルと言うバカげたイケメンが居るというのに!』
客寄せパンダ並みに吸引力ありそうなのにね。
『馬鹿は君だ。講義に集中しろ』
『え? おれもバカげたイケメン?』
『馬鹿だと言っている』
ひど。
仕方なく教壇に注意を向ける。
受けることを強く勧められた講義だけど、枯れ木みたいな老紳士が唱える内容は、正直、おれには向いてない事ばかりだった。
おれは、最初から誰に味方するか決めてるタイプだから、正否も善悪も実のところあまり関係がないし、平等とかも有り得ない。
だけど、コレは武器になるね。
如何に相手にルールを破らせるか――ルールを破ったと周囲に思わせる事ができれば、護るべき対象を有利に立たせられる。
よしんばこちらがルールを破らざるを得ないときでも、法を知ってさえいれば、“綱渡り”が出来るし。
この辺りは、サスロ兄さんが得意そうだ――時間がありそうなときに、色々聞いてみるのも良いかもね。
そんなことを思ってニコリと微笑んだら、丁度こちらを見た枯れ木――じゃなくて教授と目があった。
厳しい顔の老紳士は、パチクリと目を瞬いて、それからぎこちなく微笑んでくれた。
いや、別に笑みかけたワケじゃ無かったんだけどね。
隣ではキャスバルが、『馬鹿め』と溜め息をついてた。
バカって言う方がバカなんだからな、バカ。
「ばか! ガルマのばか‼」
「ふぉ⁉ 何事さリトルレディ???」
レポート作成の為にザビ家を訪れたキャスバルは、妹君を伴っていた。
開口一番にディスられて面食らう。
ポカポカと胸を殴ってくるその手を、やんわりと掴んで止める――意外に力あるよね、アルテイシア。
『何があったのさ、キャスバル? ほっぺたもどうかしたの??』
『くだらない癇癪で引っ掻かれた』
フンと鼻を鳴らすその顔には、絆創膏が貼ってあった。
『そのきれいな顔をか⁉ 人類の損失じゃないか!』
『……時々、君が分からなくなるな』
何を言う。おれほど解りやすい人間はそうは居ないんだぞ。
それはさておき。
「リトルレディ、僕たちのお姫様、アルテイシア。僕は君に責められる様なことをしてしまったの?」
エントランスで片膝をついて、少女を見上げる。
豊かな金色の髪が、宝冠みたいだ。
アルテイシアの青い眼の中の光はゆらゆらと震えてて、キュッと結ばれた唇や頬は、興奮からか薔薇色に色づいていた。
この兄の妹は、やはり頗る付きの美少女だよね。
「パンケーキ!」
「は?」
「兄さんとアムロだけずるいわ‼」
え、なに、流行ってんのパンケーキ?
でもフラットでも頼めば焼いてくれるよね――それとも焼いてくれなかったの?
『……つまり、どーゆーことさ?』
『どうもこうも、君がパンケーキを焼いてくれたことを話したら、アルテイシアが拗ねたんだ。自分と母さんは食べさせてもらってないってね』
なるほど。“食い物の恨み”だったか。怖ろしや。
「……リトルレディ、どうか心を鎮めて。君の放つ雷槌に撃たれたら、僕はひとたまりもないよ――ね、いつもの素敵な笑顔をちょうだい。パンケーキくらいいつでも作るさ!」
視線を合わせて、パチリとウインク。
とったままの手指にそっと口づければ、アルテイシアの眼差しがようやく緩んだ。
「本当に?」
「本当さ」
頷けば、花が綻ぶみたいな笑みが返る。
「いいわ。許してあげる」
「お優しいレディに感謝します」
もう一度、指先にキス。
『……よくもそんな甘ったるいセリフが出てくるな』
キャスバルが呆れた思考波を寄越す。けど、彗星様だって相当な誑しだったぞ、と、ひっそり意識の底で呟いた。
その後は、アムロも交えてのおやつタイムになった。
なんの変哲ないパンケーキだけど、皆で食べればそれなりに美味しいもんさ。
テーブルを囲んで、子供たちが笑っている。
なんだかね、こういうの、みんな愛しいって思っちゃうんだよね――生意気なキャスバルも含めてさ。
いつか、もう戻れない時間の中で、チビ共をかまってたときみたいに。
ときに郷愁は襲い来るけど。そうだね、今度はお前たちを守らなきゃね。
あのときとは違う力で。違うやり方で。
『ガルマ?』
キャスバルの訝しげな“声”。
思考を閉じ気味にしてるから、読み取れなくて不満なんだろう。
『お前がラスボスにならんように、おれ、頑張るからね』
『……また“スター・ウォーズ”か?』
『違う。“逆シャア”』
『現実に帰ってこい』
『はいよ』
りょーかい。
✜ ✜ ✜
「“ギレン”、MSはどーなってんの? おれはいつ乗れる? あとシャア(本人)は今どんな感じさ?」
“ギレン”の執務室を急襲して、矢継ぎ早に質問。のんびりしてると秘書官が戻ってきちゃうからね。
「“ギレンお兄様”と呼べ。開発中だ――士官学校を卒業してから言え。シャア・アズナブル(本人)はキシリアが監督している。中々の仕上がりらしいな」
ふぅん?
「不満そうだな」
“ギレン”が眉を顰める。そりゃ満足じゃないさ。ザビ家と言えども――違うな、ザビ家なればこそ未成年ってのは縛りが多い。
“箱入り”の名に相応しい扱いは、不自由極まりないんだよ。
「じゃあ、“フラナガン機関”は? もう姉さまが立ち上げてるんだろ? どれくらい対象がいるの?」
じっと視線を注げば、“ギレン”が首を傾げた。
「“ニュータイプ”でないお前が、そんなことを知ってどうする?」
「逆に何でそれが必要じゃないって思うのさ? おれはキャスバルとアムロの“幼馴染”だよ。“ギレン兄様”がそう仕向けたんだろ」
呆れた声音を作る。
片眉を上げ、唇の端を歪めて笑えば、“ギレン”が少しだけ仰け反った。
「ね、ボス。“おれ”のこと忘れてるんじゃない? いい加減開放してよ。鎖で繋がれてるの飽々なんだ」
オーダー通りに、ムンゾ大学は2年で卒業してやるし、士官学校だってしっかりクリアするつもり。
だけど、そろそろもう少し“自由”をくれても良い頃合いじゃ無いのかな?
上目遣いでおねだり。
「……また良からぬ事を思いついた顔だな」
ものすごく厭そうな声と表情だった。
「いずれ来る戦いに向けて、“おれ”なりに備えておきたいって言ってるだけじゃないか」
「過去の所業を振り返ってみろ」
「そんな昔のことをおれが覚えてると思うの?」
全部忘れたわ。
真顔で返せば、“ギレン”は机に懐いた。
「ってコトで、ドズル兄貴のMS資料と、姉さまのニタ研資料の閲覧権ちょうだい」
“ギレン”は眉間に峡谷を刻み、それから長い溜め息を落とした。
「…………………あの二人が良いって言ったらな」
うん。その一言を待ってた。
兄貴と姉さまは、ギレンが許可したら良いって言ってたからね。既に言質はとってある。
ニンマリと笑えば、“ギレン”の三白眼が見開かれた――「まさか」とその唇が声無く動く。
「出来れば“社会勉強”として“見学”にも行きたいんだけど」
「却下だ!」
ぬ。一言で切り捨てるとは。
「ケチー。今のうちに色々繋ぎ付けときたいんだよー。たーのーむーよー。“おれ”お役に立つよー?」
「却下だって言ってんだろう! 大体、お前は平時には役に立たん‼」
「ひど!」
なんて人格否定! パワハラだ‼ ナントカ委員会助けて!
「好き勝手したいー」
ゴネゴネすれば、“ギレン”が青筋立てて机を叩いた。
「却下ったら却下だ‼」
ふぉう。盛大にキャラが崩れてますぜ、“ギレン閣下”。
「……なんだかんだで、お前は好き勝手してるだろうが」
グルグル唸りながら、「ザビ家は俺以外は皆がお前に骨を抜かれている」だなんて、“ギレン”は睨んでくるけどさ。
むしろ、そう成るべく頑張ったおれの努力を認めて欲しいね。
向かい合って、フーっと大きく溜め息を付き合ってたら、胸の大きな美人秘書官が戻ってきた。
「あら、ガルマ様がいらっしゃってたんですね」
ブルーグレイの双眸が知的にきらめく。明るい茶色の髪を大きく結い上げて、キッチリと軍服を纏った姿は凛々しくも麗しい――若くして才覚を買われ、“ギレン”の第一秘書を務めているセシリア・アイリーンだ。
「セシリアさん!」
会えて嬉しい、と、大きな笑みを浮かべて小首を傾げる――ちょっと恥ずかしげに見える角度で。それから申し訳無さそうに。
「お邪魔してすいません。直ぐに御暇しますね」
「――閣下、宜しければ、お話しの場を設けますが?」
おれの言葉を遠慮と捉えたのか、セシリア嬢が“ギレン”に対して伺いを立てる。
「不要だ。下がれ、ガルマ」
「……はい。“ギレン兄様”」
傍からは、厳格な兄に叱られて悄気る年の離れた弟に見えるんだろう。
セシリア嬢は案じるような視線を寄越して、それから小さく微笑んだ。
「ガルマ様、成績優秀って伺ってますよ。あまり無理されずに、これからも頑張って下さいね」
流石の気遣いである。そしてこの美しさである。お胸様なのである。
「あ、ありがとうございます」
綺麗なお姉さんに褒められて嬉し恥ずかし、と、彼女から視線を逃しつつ。
――羨ま妬まし‼
“ギレン”を凝視すれば、シッシとばかりに手を振られた。
――なんたる扱い。
だから厨房はおれの支配下なんだぞ。夕飯に山葵ソース出しちゃうからな!
ちなみにこの山葵ソース、“ギレン”以外には大変好評なのであった。
ベッドに腹這いになって、ドズル兄貴とキシリア姉さまから拝借してきた資料を読み耽る。
二人とも渋ってたけど、“ギレン”が許可したって言ったら、あっさり渡してくれた。
サスロ兄さんは呆れてたけど、レポートの為にサンプル貸してとお願いすれば、普通じゃ手に入らないよーな詳細資料をくれるんだから、どっちもどっち――こっちは後でキャスバルと使わせてもらう。ありがたや。
「ふぅん。MS-04……ブグか」
基本性能は、ザクⅠより勝るかもだけど、製造ラインを考えたら難しいか。
コレ欲しいなー。
チェスナットブラウンとかバーガンディとかに塗装したら渋いだろーなー。
いや、ザクも欲しいんだけど!
なんて言ってても、子供が玩具を欲しがってるなんて思わないで欲しい。
意外と切実なんだよ。
大学に通うようになって、実家やフラットでは耳に入らなかった事柄も聴こえてくるようになった。
市民の生の声とか、連邦についての噂話だとか。
おれが目を見開いて「そうなの?」って驚けば、周囲は競うように“世間知らずの坊や”に情報を与えてくれる。
勿論、鵜呑みにはせずに、サスロ兄さんに裏は取るけどね。
それらに拠れば、いまやムンゾはコロニー共栄圏への道を確実に敷きつつある。それは確実。
“ギレン”の謀略は着実にコロニー間の距離を縮め、反して連邦との距離は“適切に”取られつつある――これはコロニー側から見た見解ね。
じゃあ、地球側から見たらどうよ?
古来、権力は自らに離反する要素を許さない。それが下に見ていた対象であれば尚更に。
連邦政府にとって、ザビ家はもはや“敵”だ。
潰さずには置けないと、果たしてどれ程の人間が考えていることだろう。
穏やかな日常の水面下では、事態は一触即発。いつ何時に“戦争に繋がる事件”が起こってもおかしくない――下手すりゃ“暁の蜂起”を待たずしてね。
そのあたりは、お父様とその周囲で、なんとか綱引きしてくれてるみたいだけど。
早晩、“ギレン”はデギンパパから呼び出しを食らうだろう。だからといってその足が止まることなんて無い。
それでも、自覚せざるを得ないだろう。己の立つ足元が、いつ割れるとも知れない薄氷みたいなもんだって。
いつだって崇高な理想を掲げて、そこに邁進しようとするから足元が危ういんだよ。
ついでに人類の理性と知性を信じ過ぎてるし、相変わらず、理念の甘い相手を軽視してる。
胸の奥底で“獣”が身じろぐ。
そろそろ“準備”をしないと。“ギレン”は士官学校を卒業するまでは、おれを自由にする気は無いみたいだから、代わりに動ける目と耳、それから手足を探さなくちゃいけない。
目と耳は、大学の連中を間に合せで使うとして、手足の調達が困難だ。
ムンゾ大学へ通うようになってからこっち、護衛って言ったら全部、“ギレン”直属の部下ばかり――つまりは監視要員ってこと。迂闊に動けば全部筒抜けになるからね。
さて、どーするか。
脳裏にいくつものデータが踊る。パズルみたいに組み合わせていけば、大まかなビジョンが見えてくる。
手持ちの札は少ない――けど、おれ、鬼札持ってるんだよね。
胸中でニンマリ笑えば、鏡の中からは、おっとりとした少年が、無邪気な微笑みを返してきた。