“父”に捉まった。議会の合間の時間である。
「ギレン!」
と、早足でやってくる――原作よりも、随分と元気ではないか。
「……何か」
渋々振り返って訊ねると、逃さないとばかりに腕を掴まれた。
「一度帰ってこんか。今後のこともある」
「今度、とは?」
連邦との戦いに、こちらの動向は関係あるまい。
となれば、ドズルの婚約の話か、あるいはサスロの相手のことか。
どちらにしても、こちらがどうこう云う話ではない。挙式が決まったのだとしても、招待状が届けば良いだけのことだ。
“父”と話さねばならぬ、どんな話があるのだと?
「お前と、あのララァと云う娘のことだ!」
「――申し上げたはずです、三分の一の歳の少女を相手にする気はないと」
ララァ・スン本人の意向はともかくとして、こちらとしては、流石にトリプルスコアは御免被りたい。
「サスロにも、相手ができたと聞きました。であれば、ますます私が結婚せねばならぬと云うことはなくなったはずです。ザビ家の後継は、あの三人に任せます。私のことは放っておいて戴きましょう」
「お前は! 拗ねているのではあるまいな!」
「は?」
意味のわからない言葉に、思わず素で返してしまう。
拗ねる。拗ねるとはどう云うことだ。
「儂がお前を構わんので、そのような……」
「――サスロですか」
そんな馬鹿なことを吹きこんだのは。
「誰でも良いだろう!」
“父”は首を振った。
「お前が、儂に不満があるのだと聞いたぞ。一度家に帰れ。そして話し合いを……」
「話し合い? 話し合って何になります。あなたは、“ガルマ”とそれ以外を峻別している。話し合う余地などありません。時間の無駄だ」
そんなことに時間を費やすよりも、対連邦の作戦を練っていた方が、百倍も有益である。平行線な上に、疲れるばかりのやり取りをするくらいなら、その時間を仕事に充てて、浮いた時間で睡眠を確保したい。
踵を返すと、後ろから“父”の声が追いかけてきた。
「ギレン!」
が、知ったことではない。
こちらもいろいろと忙しいのだ――議会の工作やら、連邦の動向の探索やら。
大体、ルウムと連邦のごたごたが片付かない――まだ片付かないのである――と云うのに、悠長にこちらの結婚がどうのと云っていられるわけもない。既に相手がいるサスロやドズルとはわけが違うのである。
――暇なのか。
毒息とも溜息ともつかぬものを吐き出したくもなる。
「捉まっておられましたな」
マツナガ議員が囁いてくるのに、溜息しか出てこなかった。
「お恥かしいところをお見せしまして」
「いやいや、ギレン殿も人の子でしたな」
「こう云う意味では、勘弁してほしかったですな」
人の子には違いないが、こんなかたちで思い知りたくはなかったと思う。
マツナガ議員は、にやにやと笑った。
「数年後には、愚息とあのような会話を交わすことになるのかと、参考になりましたぞ」
「お止め下さい。ご子息は、私のようにはなられませんよ」
「いいや、あやつは朴念仁ですからな。ギレン殿より大変なことになるやも知れませぬ」
喉を鳴らして笑う。
面白がられているな、とは思うが、どうできるわけでもない。
「ご子息の方が、甲斐性はおありでしょう」
と云うと、
「はは、どうですかな」
との返答だったが――シン・マツナガには、何かロマンスのひとつやふたつ、あったような気もするのだが。
ともかくも、その日はそれで終わった。そのはずだった。
しかし、“父”は諦めなかった。
また数日の後、今度は議場を出たところで捉まった。
「ギレン!」
「何か」
この後、タチから報告を受けることになっていたので、早く軍に戻りたいのだが。
「何かではない! 話をしようと云っているのに、お前は!」
「ムンゾの今後についての話であれば、承りましょう」
「お前の話だ!」
「結婚云々の話でしたら伺いません」
「お前は!!」
“父”は、怒りにか、大きく肩を震わせた。
「サスロの云うとおりだな! 反抗期と聞いたが、儂から逃げるな!」
「益体もない話しかなさらぬものを、どうして逃げずにいられましょう」
うんざりしながらそう返す。
「そもそも、反抗期とは――それなら、私は永遠に反抗期です。しかも、相手はあなたに限ったことではない」
ある意味では、対連邦のあれこれすら、反抗心から出たものと云えるのだ。
「あなたとやり合っていろいろすり減らすくらいなら、その力を連邦との交渉などに注ぎこんだ方が百倍ましです。私は、あなたと違って、自分の血族に愛を注ごうとは思わない――後継などは、サスロやドズル、“ガルマ”が作るに任せます」
「人は、独りでは生きられんのだぞ!」
「それはそのとおりですが、しかし、伴侶があれば独りでないとは申せますまい」
例え大家族になったとしても、独りで死を迎えるものなど山とある。
それに、集団自決や心中でもない限り、死ぬのはどうせひとりなのだ。
「私は、何もすべての他者を拒絶しようと云うのではありません。単に、外聞や何かだけのために、三分の一の歳の少女と縁組などしないと云っているのです」
ララァ・スンがこちらを狙っているのはわかっているが、何と云ってもまだ十三歳の少女である。今後、もっと広い世間を知り、様々な人間と出会う機会があれば、気持ちが変わってくることもある。別段、こちらは特に結婚をと急いてはいないのだし、せめて十八になるまでは、様子を見たいと思っても仕方がないことではないか。
「ひとの心は移ろうものです。今、熱を上げていたからと云って、数年後も同じだとは限らない――まして、相手は幼い少女なのですから」
“父”が何を急くのかはわからないが、こればかりは、周囲の都合だけで動かすべきことではないと思う。
「そればかりではない!」
“父”は叫び、手にしていた杖で、激しく床を打った。
「お前は、何故ガルマを疎むのだ! あの子を一兵卒に貶め、パイロットなどに! あの子は、前線に出るような人間ではないと云うのに!!」
「……知らぬと云うのは、恐ろしいことですな」
あるいは、知ろうともしないと云うことは。
「あれは、昔からMSに乗る準備を進めておりました。テストパイロットたちに接触し、マニュアルなどの資料を読み漁り――知らなかったのは、多分あなたお一人だ」
今や、ドズルばかりでなく、サスロやキシリアも、“ガルマ”の目標を知ると云うのに。
「あなたは、自分の手の内にあるあれを可愛がることしか、お考えにならぬ――あれがどのような覚悟でいるのかもお知りにならぬ。そのような方に、私とあれの間を云々されたくはございませんな」
己の煩悩で、曇りきった目しか持たぬこの人には。
「あなたが、もはや政治家としての志よりも、子の安寧ばかりをお望みであるなら、引退なさるか、あるいは私の傀儡としてでも、首相の椅子を保持なさるが良い。その代わり、私のことには口出し無用に願います」
数年前には頼もしく思えていたが、もはや“愛し子”のことしか考えられぬと云うならば、余計なことは慎んで、おとなしくこのムンゾの象徴としてだけあれば良い。
人びとは、まだ“父”とジオン・ズム・ダイクンとの盟友関係を憶えている。そうであれば、何をせずとも首相の座にあることに否とは云うまい。
そうとも、ザビ家の子らは皆優秀だ。そこに、あるいはまだしも年若い議員たちに政治は委ね、ただ泰然としてあれば良いのだ。
「……ギレン、お前は!」
“父”は歯ぎしりしたが、知ったことではない。
「伴侶があろうとなかろうと、私にも、なさねばならぬこと、守らねばならぬものはございます。その守らねばならぬものが、あなたのそれとは異なるだけのこと。ムンゾを守るためならば、私は、あなたも“ガルマ”も犠牲にできる」
そう、“ガルマ”の愛する子どもたちですらも。
「以前、マハラジャ・カーンにも申しました。家族の生命と、ムンゾの未来であれば、私はムンゾの未来を取るのだと。同じことを申し上げましょう。あなたや“ガルマ”の生命と、ムンゾの未来を秤にかければ、私はムンゾの未来を取る」
あるいは、それが自分自身の生命でも。
「ギレン!」
「それに、伴侶と云われましたが、私が、例えばデラーズ大佐を伴侶に、と申し上げましたら、あなたは賛成して下さいますか?」
宇宙世紀で、やや弱いところがあると云うなら、それは所謂LGBTQの方面である。宇宙世紀は、ほとんどヘテロセクシュアルの人間関係ばかりで、LGBTQの影すらも見られなかった。
そう云う意味では、物語的な難はあったにせよ、鉄オルはそちら方面にも視線が向いてはいた――それを活かしきっていたかと云うと、疑問が残りはするが。
そのあたりは、つまりトミノの意識と云うものなのだろう。旧い家族制度を信奉しているところがあるように思われる。
正直に云えば、男色がスタンダードだった古代ギリシアにしても、あるいはある種制度化されていたような江戸時代にしても、それで人口が激減したと云う話はなかった。ギリシアは、その後のローマやヨーロッパ文明を支える文化を築き上げたのだし、江戸は当時世界最大の都市に成長を遂げたのだ。LGBTQで国が滅ぶとは、所謂保守派の妄言でしかなく、ある程度の振れ幅がなくてはものごとは発展しない。
だが、宇宙世紀の中で、それを明言したものはなかったように思う。
案の定、
「そ、それは……」
“父”は口篭り、否とも応とも云おうとはしなかった。
――まぁ、そうだろうとも。
自分の性的志向は、恐らくXジェンダーと云うものが一番近いのではないかと思うのだが、そう云うことは往々にして、一番近い“家族”には理解されないものでもあるのだし。
「――まさか、本気なのではあるまいな?」
「何がです」
「その、デラーズ大佐と一緒にと……」
「ものの例えですよ」
父のそのような危惧を一刀両断にする。
そう云う趣味ではないし、向こうの好みと云うものもある。これは、単にわかりやすく衝撃度の高い例えをと考えただけのことである。
「まぁ、そう云う可能性もあり得るのだ、と云う話です。実際のことではありませんし、そうだとしても同じことだ」
伴侶が女でも男でも、優先順位が変わることはない。
それが異常だと云うのなら、それはそれで良い。個人よりも、組織を、国を優先する――その“国”は、国家と同義ではないのだが。
「……まぁ、“父上”は私とは異なりますから、また違う見解をお持ちでしょうが――どうしても“ガルマ”を優先したいとおっしゃるのなら、ドズルやキシリア、あるいはサスロにでもお頼み下さい。それを私が聞くかどうかは、また別の話になりますが」
それだけ云い捨てて、踵を返す。
――馬鹿々々しいことだ。
これから戦争に突入しようかと云う国の元首がこれでは、先が思いやられる。原作軸においても、ギレン・ザビは、父親のこのような振る舞いに、冷ややかな目を注いでいたのだろうか――こちらのような反抗的な態度を取ってはいなかったようだが、肚の底でどう考えていたのかなど知れたものではない。
ドズル――そしてサスロも――はともかく、キシリアも、ギレンの罪を論って射殺しはしたが、本気で兄を止めたとも思われぬ。
つまり、デギン・ソド・ザビは、家族内においては、人望などありはしなかった、と云っても良かっただろう。
そしてそれは、原作軸から大幅にずれたはずの、この時間軸でも同様だったと云うことだ。
――世界の流れは変わっても、人間の性までは変わらない、と云うことか。
そうであれば、“ガルマ”と“ギレン”の中身が変わったことは、ザビ家にとっては大きな変換点であったのだろう。元々のガルマ・ザビとギレン・ザビが逆行転生したとしても、世界はこのようには変動しなかったであろうから。
だから、デギン・ソド・ザビが、原作軸のように、末子可愛さで動くのは、道理であると云えなくはない――それを良しとするかどうかはともかくとして。
「……すっかり時間をくってしまった」
とりあえず、さっさと軍に帰らなくては――また誰かに捉まる前に。
早足で議事堂を出るまでに、声をかけてくるものは、今度はなかった。
「なかなか面白いことにおなりですな」
軍の執務室に帰り着いた途端、既にきていたタチが、にやにや笑いとともに云ってきた。
――まさか。
「……耳が早いな、タチ」
さては、議事堂に“鳩”の一羽も潜んでいたか、と思いながらそう返すと、タチの笑いは一層大きくなった。
「議員の方々の間では、もう、閣下の話題でもちきりですよ」
で、本当にデラーズ大佐を伴侶になさるので? と云うのに、控えていた当の本人が、吹き出しかけたような、こみ上げてくるものを呑みこみ損ねたような、何とも云い難い音を喉から発した。
「そんなわけがないだろう。私にもデラーズにも、趣味と云うものがある」
ギレン・ザビの熱烈なシンパであり、多分生涯独身だったらしきデラーズにも、知られざる想い人くらいはあるだろう。
「そう云えば、閣下は以前、ラル大佐の奥方のような女性がお好みだと云っておられましたな」
気を取り直したように、デラーズが云う。
「そうだな。まぁ、ああ云う女は、こちらを好いてくれなくては意味がないので、クラウレ自身をどうこうと云うわけではないのだが」
“昔”の妻があのようなタイプだったのだが、あれは、こちらに惚れこんでくれていたから良かったので、他人のものに手を出してどうこうできるようなものでもない。
そう云えば、“昔”の妻も、タチにおけるクラウレ・ハモンのように、他人のものだと云うのに一心に慕われることが多かったようだが――それで気が変わるわけではないところが、あのような女の良さであり、また残酷さでもあるのだろう。信奉者からは、ある種の女神のように扱われていたように思う。
女神であるなら、その相手もまたある種の神でなくてはなるまいが、まぁ、女にとっての“神”であれば、当人にとっては問題ないか。
ともかくも、デラーズと伴侶云々は、あくまでも“父”に対する意趣返し的なものであって、本当にどうと云うものではなかったのだ。
「――巻きこんですまんな、デラーズ」
暫くは、ゴシップ紙などでも、この話題が取り上げられることになるだろう。
申し訳ないことだと男を見れば、デラーズは苦笑して、頭を振ってきた。
「まぁ、私もいろいろと“話”を持ちこまれてきますので――暫くはそれがないとなれば、気楽と云えば気楽です。あまりお気になさらず」
「ですが、これはこれで拙いのでは――総帥室は、独身男ばかりの巣窟と呼ばれそうな気が致します」
タチが、やや戦慄した風に云うが、
「――女は面倒くさい……」
まだ幼いララァ・スンですら面倒に思うのに、これで妙齢の女など。
「……サスロの相手を秘書にするか」
思いついて云うと、違う意味で戦慄された。
「止めて下さい、あちらからの恨みが怖いです。サスロ殿と対等にやり合える、数少ない人物ですのに」
「知っているのか」
「えぇ。サスロ殿の配下の部署の方ですよ。サスロ殿のところに怒鳴りこみにいける、中々の女性です」
「なるほど、そこが良かったのか」
「さて――まぁ、よく机を叩いて怒鳴り合っているそうですが」
「それはなかなかだな。確かに、取り上げては拙かろう」
どんな女性か興味はあるが、顔を合わせる機会はこれからあるだろうし。
「まぁしかし、これで“父”が、デラーズと結婚しても良いなどと云い出しても、それはそれで面倒だな……」
なりふり構わなくなれば、そう云う可能性もある。
「いっそ、あのララァ・スンと云う少女を伴侶になさっても宜しいのでは?」
デラーズが云う。
が、個人的には、
「ララァ・スンは、キャスバルかアムロと、と思っていたのだがな……」
原作の絡みでもって。
「そこですか!」
タチが目を丸くした。
「どおりで、ガルマ様のお相手は早々に決められたのに、キャスバル様の方は何もないと思っておりました」
「確かに、キャスバル様ならば五歳の差ですな」
「アムロなら、ララァの方がひとつ上だ。いずれにしても、バランスが良いと思っていたのだが……」
まぁ、ふたりとも原作軸とはかなり雰囲気が違っている。
既に社会の荒波に揉まれたララァにとっては、温室育ちと云っても良いふたりでは、やや食い足りないのかとも思うが、それにしても。
「……三倍の年齢の中年を選ばずとも良いのではないかと思うのだがな……」
「女の子は、同年代の男では食い足りぬでしょう」
デラーズは笑った。
「閣下に目をつけると云うのは、なかなか賢い娘なのでしょうな。普通は、それほど歳が離れたなら、そう云う相手にとは考えぬものでしょうが」
「ニュータイプは、そのあたりが異なるのかも知れんな」
「ニュータイプなのですか! では、ガルマ様と同じ?」
「いや、“ガルマ”は“なんちゃって”と云う奴だ」
「「なんちゃって」」
異口同音に、二人が云う。
「閣下の口から“なんちゃって”と云う言葉をお聞きするのも、かなりの破壊力ですが……」
「ガルマ様の、ニタ研での話は耳にしました。フラナガン博士に、サイコミュシステムで、乱暴狼藉を働かれたそうじゃありませんか」
呆然とするデラーズと、にやにや笑いのタチ。
「あぁ。まぁ、軽傷で済んで良かったな。“ガルマ”の様子では、骨の二本や三本、平気で折りかねないと思っていたが」
脳科学者たちとニタ研が組んでのサイコミュシステムの実験では、かなりの成果を上げているらしい。
なんちゃってとは云え、一応ニュータイプのような“ガルマ”が実験に参加すれば、多少なりとも進展があるのではないかと思ったのだが――まぁ、ニタ研の面々はともかくとして、脳科学者たちは、“ガルマ”のお蔭で研究が捗ったと喜んでいたらしい。ニタ研においていた、監監査局のルーナ・アベイルから報告が上がってきていた。
フラナガン・ロスは、どうも目を離すと人体実験をやらかしそうな風であったので、ほぼ常駐の監査を入れたのだが――“ガルマ”の投入も、それなりに重石と云おうか、牽制になってくれたようなので、それはそれで良しとする。知的好奇心に侵された連中と云うのは、碌なことをしないものなのだ。
しかし、科学を、世界を先に進めるのは、そのようなものたちの好奇心でもある。つまり、バランスを取ってやれば有益であると云うことなのだ。
そして、そのバランスを取ることこそが、自分などの、政治に関わる人間の役目なのだろう――政治とは、畢竟調停力の発露とでも云うべきものなのだ。
しかしながら、彼方此方の調停をすべき能力をフルに使ったところが、原作軸よりも早い展開を招くことになろうとは、まったくもって、歴史の流れと云うものは、なかなか意のままにはならぬものである。
「流石に、そこまではなさいませんでしょう。ガルマ様ですし」
タチのもの云いは、“そんな、相手につけこむ隙を与えるような真似はしないだろう”と云うニュアンスにしか聞こえなかった。
「まぁな。あれのことだ、云い訳のきかぬような真似はするまいよ」
「そう云えば、ギュスターヴ・モゥブから連絡がございました。“何なんですかあれは”と云われましたが」
デラーズが、やや顰め面で云ってくる。
「“あれ”ときたか」
ギュスターヴ曹長が“ガルマ”に接触してから、そう日も経ってはいないのだろうに、一体何をやらかしたのか。
「何やら誘き出されたとか云っておりましたな。早くも苦闘中のようです」
「まぁ、われわれが手こずっていると云うのに、新人に簡単に御されてはたまりませんからね」
タチが笑う。
「ギュスターヴ曹長曰く、既にまわりを誑しこみまくっている、とのことでした。今のところ取りこまれてはいないようですが、知らぬ内に手玉に取られたり、いいように使われる可能性はございますので、注意せねばなりませんな」
「――そう云えば、ダークコロニーを統括するケリアン・ラウ少佐から、“ガルマ”たちの回の研修は、早目に切り上げたいと連絡があったそうだ。訓練も順調なので、掻き回される前に所属先に送り出したいのだそうでな」
昨日ドズルから受けた報告を口にすれば、二人は遠慮のない笑い声を上げた。
「流石はガルマ様」
「あのケリアン・ラウ少佐をしてそう云わしめるとは!」
ケリアン・ラウはこちらも知ってはいるが、ドズルの下にいるには少々堅苦しいと云おうか、原作軸のキシリア配下が似合いそうな、つまりは秘密警察めいた雰囲気のある男である。当然のことながら、実際には秘密警察のような職掌にあるわけではない。
まぁ、その印象の半ば以上は、東洋系の表情の読み取り辛い風貌と、軍服を欠片も崩すことのない規律正しさにあるのだろうが。佐官以上は軍服や乗機のカスタマイズが当然のムンゾにおいて、やや珍しいタイプである。
「まぁ、自分のテリトリーを掻き乱されたくない気持ちはわからぬではないな」
しかも、ケリアン少佐の上司は、“ガルマ”に甘いドズルである。問題を起こした後に、ドズルに咎を擦りつけられたくない、と思わなかったとも云い切れぬ――何しろ、“暁の蜂起”の後であるからして。
「デギン閣下なら、問題が起こったなら、すべてをドズル閣下とケリアン少佐に押しつけかねない、と思いますでしょうからね」
「まぁ、全部ではなくとも、何分の一かは被ることになるでしょうな」
「まぁ確かにな」
二人の云うような危惧は、実際、様々な将校たちが抱いているだろうと思う――欲の皮を突っ張らせたガルシア・ロメオただ一人を除いては。
してみると、ガルシア・ロメオもある意味においては、リスクを進んで取る得難い存在である、とも云い得るのか。
そう呟くと、
「まぁ、リスクを取らなくては、大きなリターンは望めませんからね」
と、タチが云った。なるほど、そう云えば諜報の現場も、そう云うところはあったのか。
「しかし、危険を冒すと云うことは、もちろん、失敗したら大打撃だ。まぁ、山師の才があるのでもなければ、なかなか踏み切れぬものでしょう」
「では、ガルシア・ロメオは山師のようなものと」
「若干そのようなところがおありなのでは? 私のような小心者には、とてもとても」
「小心者か!」
首を振るタチに、思わず吹き出してしまう。それは、かなり異論のある自己評価ではないか。
「えぇ、私は小心者ですとも」
タチは、澄まし顔で頷いた。
「だからこそ、諜報などをやっていられるのです。大胆な人間には、諜報活動は向きませんからね」
「……“ガルマ”も、昔、“自分ほどの怖がりはいない”などと云っていたな」
「ほう、ガルマ様が」
怖がりだからこそ、念には念を入れ。十重二十重に策謀を巡らせて戦いに臨むのだと云っていた。
しかし、云わせてもらうが、そもそも本当の“怖がり”は、怖いが故に万事に二の足を踏むものだ。その“怖さ”を踏み越えて何かを成すならば、それを怯懦と云うことはできるまい。
単に怖いものがないならば、それは“怖がらぬ”のではなく、“無分別”とでも云うべきだ。そして、“ガルマ”のようなものも、単なる“怖がり”ではあり得ない。況してや、その攻撃が、相手を必要以上に叩きのめすのならば、それは“怖がり”などと云って済まされるものではない。過剰防衛というべきものである。
「まぁ、“ガルマ”は、ガルシア・ロメオの下で丁度良いのだろうな。マ・クベの下では、マ・クベの胃がやられるか――あるいは、われわれの胃がやられるか、だ」
ムンゾ一の智将と組んで、悪逆非道の限りを尽くす、と云う可能性もゼロではない、そうなった時には、拙いのはマ・クベの胃ではなく、間違いなくこちらのそれになるはずだ。
「確かに、ぞっと致しませんな」
「私どもとしては、戦慄しかないですよ」
心底震え上がった、と云う顔で、ふたりは云った。
「そう云えば、何やら“ガルマ”専用の“鳩”云々と云う話を聞いたが、どうなったのだ」
小耳に挟んだ噂話について問いただすと、タチは渋い顔になった。
「あれはですね……下のものが先走って採用したようでして。まだ試用期間中ですし、正式採用したとしても、正直、碌なことにならない予感しか致しませんよ」
「私の知るものかな」
「多分、一名は。リノ・フェルナンデスはご存知でしょう」
「あぁ、シャア・アズナブルの同郷だったか」
「さようで」
なるほど、リノ・フェルナンデスならばまぁ、“ガルマ”のことはわかってはいる。が。
「――単に、情報漏洩されるだけではないのか」
「その可能性は十二分にございます」
ですが、とタチは続けた。
「戦々恐々として、情報を抜かれるのを監視する手間を考えると、ある程度流した方がましかと思いまして。私どもも、ガルマ様に無駄に振り回されたくはございませんので」
「お前に、あまり情報を流すべきではない、と云うことかな」
情報と云うのは、あらゆる力の源である。
であれば、一兵卒である“ガルマ”に、あまり情報を与えるのは得策ではない。
と云うよりも、
「もっと云えば、ガキどもにこれ以上掻き回されるのは、真っ平御免と云うことだ」
軍の中枢を通さずに、初年度の士官や兵卒が、好き勝手に跳ね回るのは許さない。
「今度規律違反があったなら、“ガルマ”だろうがキャスバルだろうが、躊躇なく馘を切るので、リノ・フェルナンデスにはそう伝えるように」
何のために軍に階級や序列があると思うのか。
やる気ならば、ガルシア・ロメオでも抱きこんでやらかせば良いのだ――その後、ガルシアともども降格になる可能性はもちろんあるが。
軍隊特有の体罰やら何やらは好きではないが、一般市民を殺戮できる力を持つ以上、秩序は幾重にも尊まれねばならぬ。武力を市民に行使しないから、それ以外の越権は目こぼしするでは、規律そのものに緩みが出る。
緩んだ軍がいかなる害悪を撒き散らすのかは、歴史を見ればいくらでも先例がある。力を持つものは、どれほど自重してもし足りぬと云うことを、あの野放図な若造どもは、そろそろ知覚すべきなのだ。
「閣下ほど禁欲的であるのは、なかなか難しいとは思いますが――よくよく云い聞かせておきましょう」
「あぁ、そうしてくれ」
嘆息するタチにそう云うと、ふたりは、微苦笑しつつも頷いてきた。
レッドフォース号から連絡が入ったと聞いたのは、いよいよ“ガルマ”がダークコロニーを追い出されようかと云う頃合いのことだった。
「海賊狩りがあるようだ」
とは、伝言を持ってきたランバ・ラルの言葉だった。
「お前が“伝書鳩”の真似事とはな、ラル大佐?」
本来の職掌は、国土防衛隊の隊長であるはずだったが、鞍替えでもしたか。
そう云うと、溜息をつかれた。
「馬鹿を云うな。俺には、ああ云う仕事は無理だとわかっているだろう。ドズル中将に泣きつかれてな、お前のところに交渉しにくるついでの、本当の意味での伝書鳩さ」
まぁ、そうだろうなと思う。
ランバ・ラルは、やや片手間感は出てきたが、相変わらずアストライア・トア・ダイクンとアルテイシアの警護責任者も任されている。となれば、軍人ではあるが、あまり外に出向くような仕事はさせられぬ。
結果、ズムシティに留まることになる、国土防衛隊を任せることになるわけだ。
しかし、
「ドズルが泣きついてきたとは、どう云うことだ」
確かに、ドズルよりもランバ・ラルの方が歳上ではあるが、仮にも軍の中将にもなった男が、部下のはずの大佐に泣きつく事態と云うのが想像もつかない。
いや、
「……もしや、キャスバルか」
今、ドズルを悩ませるものがあるとしたら、それくらいだろう。
案の定、
「そうだ」
ランバ・ラルは頷いた。
「お前が折れんとなったら、今度は狙いをドズルに定めたらしい。毎日異動させろと攻め立てられて、ぐったりしていたぞ」
「キャスバルめ……」
思わず唸る。
本当に、何をやっていると云うのか。
「“ガルマ”の薫陶と云うか、碌なことをせんな」
「はは、ふたりとも、碌でもない奴に育ったもんだな!」
ランバ・ラルは苦笑した。
「まぁ、俺にも責任はなくはないが――もう少しましになるかと思えば、これだものなぁ」
「“ガルマ”はともかくとして、キャスバルは昔は可愛かったのだが」
そうぼやくと、笑いが返った。
「仕方ないさ、男が可愛いのは、せいぜいエレメンタリースクールくらいまでだ。それより歳を食って可愛いなんぞ、タマなし以外に考えられん」
セクハラ気味なことを云うが、その気持ちはわからぬでもなかった。
つまり、基本的に男と云うものは、可愛げのない生きものなのである。いい歳をしても可愛げがあるのならば、それは多分、“ガルマ”のようなタイプであるに違いない。つまりは擬態、あるいは猫皮と云うものだ。
「あるいは、“ガルマ”のような猫かぶりか、だな」
「違いない」
ラルは笑い、そして真顔になった。
「冗談はさておき、本当にどうする。キャスバルは、なかなか面倒くさく育ったぞ」
「本当にな」
原作軸と違って、お坊ちゃん育ちであるが故に、まわりが自分の希望を容れるのが当然、と思っているところがある。本人に云えば否定するだろうが、しかし、先日のごね方を見ても、否定材料などないのは明らかなことだった。
「いっそ、お前の直下に置いたらどうだ」
ラルの科白に、目を剥くしかない。
「冗談は止せ。下手に権限を与えようものなら、何をやらかすか知れたものではない」
今の部署においてすら手を焼いていると云うのに、この上中枢部になど置けるものか。
「いや、そう云うのでなくて――お前、今秘書官がいないだろう」
「キャスバルを秘書官代わりにしろと?」
やや戦慄する。
あのキャスバルを秘書官代わりにしたとして、おとなしく職務をこなしたりできるのだろうか。
「この間は、あのシロッコとか云うのにやらせてただろうが」
ラルは冷静に指摘してきた。
「十五やそこらのガキにできるんなら、あいつにだってできないはずはないだろう」
「むしろ。十五やそこらでないからこそ、心配なのだがな」
特に、“暁の蜂起”と云う“成功体験”の後だからこそ。
「自分は何でもできると思って、よくわからぬままにやらかされないかと、それが心配なのだ。若く優秀であることの陥穽に陥りかねん」
元々の方で、やらかす学生アルバイトと云うのは、大体がT大やW大、K大などの有名大学の学生だった。自分の頭脳に過剰なほどに自信があるので、まわりのやっていることが馬鹿に見えたのだろう。自分の判断だけでものごとを処理した結果、大変な騒動になったと云う事例は、ひとつふたつではきかなかった。
キャスバルにも、それと似たものを感じてしまうのだ。
“ガルマ”は、悪辣とは云えそのあたりは弁えているので、自分に返ってくるような“悪さ”はしないのだが、残念ながら、キャスバルはそのあたりの見極めもできないだろう。
となれば、同期の若者たちと同じように、キャスバルもまた、自ら墓穴を掘って、軍を放逐される可能性もあるのだ。
――まぁ、一度でどうこうなることはあり得ないが……
しかし、それが二度三度と重なれば、いくらザビ家の庇護があろうとも、何もなしと云うわけにはゆくまい。
確かに、秘書官ならばそこまで大きな権限は与えられないが、今までのあれこれを考えると、こちらのやり口に焦れた挙句、文書を偽造して虚偽の指令を出すと云う可能性もある。
「――とりあえず、試用期間を何事もなく終了してからの話だな」
本来、入隊してすぐのこの時期に、異動を云々するのも異例中の異例なのだ。
「試用期間中に問題を起こしたなら、問答無用で除隊させるしかあるまい。そうなれば、キャスバルは大学院にでもやって、政治の道を歩ませることにするさ」
「そうなるか……」
ランバ・ラルは唸るが、それ以外にどんな道があると云うのか。
ジオン・ズム・ダイクンの遺児と云う大きなカードは、政治向きで使うのがベストではないのか。
「まぁ、キャスバルについては、どちらにしても半年は様子を見るさ。私も短気だからな、あまり近くにおいていては、癇癪を起こしてすぐ馘だと云ってしまいかねん。――それよりも、海賊狩りの件だ」
そう云うと、ラルのまなざしが鋭さを増した。
「連邦が派遣したと云う、あれか」
「そうだ。ルウムの交渉役を馘になったエルランが、その海賊狩り艦隊のトップなのだそうだ。ルウムとの交渉ほどの厄介さはないせいか、巧くやっていると云うことなのだな?」
こちらとしては、まったくもってありがたくない話ではあるが。
「あぁ、そのようだな」
ランバ・ラルは頷いた。
「レッドフォース号自体は、まだ拿捕には至っていないが、連中の“働き”に釣られてやってきたあたりの船は、もう何隻かやられているそうだ。それに伴って、サイド7行の船の警護も、かなり厚くなったようでな、“任務”の遂行が難しくなっていると、泣きを入れてきたようだ」
「ほう」
レッドフォース号の乗組員は、確かにそこまで名の知れた海賊ではなかったが、拿捕してあの船に乗せて以降は、なかなか派手な“戦果”を上げてくれていたのだ。
それか泣きを入れてくるとは、エルランは意外にやり手であるらしい。
「エルラン本人は知らんが、艦隊の個々の艦長たちが優秀なのだろうな。まぁ、海賊退治なら、政治的な思惑がどうのと云うこともない、ルウムにいた時よりも、楽な仕事なんじゃないか?」
「なるほど、ありそうな話だな」
エルランと云う男、レビルとの関係性もあって、原作軸では割合政治的な方面に明るいのだと思っていたが、意外にそうでもなかったのか。
ともかくも、
「あれならば、“漁場”を変えても良いのではないか。例えば木星航路とか」
サイド7に関しては、他の普通の海賊が入ってきているなら、そちらに任せても良い。暫く他処で稼ぐようにして、エルランたちが撤収した後に、また戻っていくのもひとつの手ではないのか。
「あぁ。それで、“狩場”を変える許可を求めてきたってわけだ」
「なるほどな」
確かに、サイド7航路を荒らすのは、かれらに課した“命令”であったから、こちらの許可は必要か。
「それは許可する。ほとぼりが冷めたら、またサイド7あたりに戻ってもらうとつけ加えておけ」
「サイド7は、当分他の海賊たちに任せておけと云うことだな」
ラルがにやりと笑った。
レッドフォース号が、サイド7あたりを荒らし回ってくれたお蔭で、他の海賊たちも続々とあのあたりに集まってきているのだ。一般の旅客などほとんどいない宙域であり、また秘密工場向けの貨物が中心であるので、あまり報道もされず、割の良い“狩り場”に見えるのだろう。
レッドフォース号だけで襲撃していた時は、連邦が裏にムンゾの影を見つけるのではないかと冷や冷やしていたが、今となっては、襲撃するものの九割方は“普通”の海賊であるに違いない。もはや、ムンゾ云々とばかり云ってはいられない事態なのだ。
「はじめはちょっとした厭がらせのつもりだったのだが――思いの外上手くいったようだな」
「厭がらせにしては、金も手間も人員もかけているな」
「まぁ、これもある種の“戦争”だと云うことだ」
もちろん連邦側も、あれがムンゾの仕業である可能性は考慮しているだろうが、あまり騒いでサイド7に衆目が集まるのも困るのだろう。それ故に、海賊狩りなどと云うやや軽い言葉で、ことの本質を覆い隠しているのに違いない。
しかしながら、既に確実に、ムンゾと連邦の戦いははじまっているのだ。
「海賊やら経済やら、お前の考える“戦争”と云うのはややこしいな。俺はもっと、すかっとしたのが好きだ」
「まぁ、そうだろうとも」
ランバ・ラルも、そしてドズルも。
だが、“ガルマ”も考えているように、戦争とは、ただ武器を取って戦うだけのことではない。政治、経済、犯罪行為や“文化交流”まで、そうとは知られぬ“戦い”は、着々と進行しているのだ。
「まぁ、本当に武器を取って戦うことになれば、国土の守りはお前たちにかかってくる。その時には、任せたぞ」
「もちろんだとも」
にやりとした笑いが返る。
「頼もしいことだ」
「任せろ」
力強い言葉に、こちらも強く頷いてやる。
そうして、ランバ・ラルは出ていった。
さて、この時間軸での開戦の火種は、ルウムになるか、あるいはそれ以外か。
――しっかり注視せねばなるまいな。
その火種の在処によっては、今後の展開も変わっていかざるを得ないのだから。
次の布石を考えながら、手許のケリアン・ラウ少佐からの報告書にまなざしを落とした。