ケリアン・ラウ少佐からの報告書は、最後に“これ以上掻き回されたくありませんので、そろそろガルマ様をガルシア・ロメオに引き渡したい”と云う文言で締め括られていた。
「……何をやらかしたのかな、あれは」
呟くと、デラーズからも重々しい声で、
「ギュスターヴ・モゥブ曹長からも、“自信がなくなりました”と云う報告が」
「本当に、何をやっているのだあれは」
ギュスターヴ曹長はともかくとして、ケリアン・ラウは少佐にまでなった男である。士官学校卒業からこの方、見てきた“碌でなし”は両手の数ではきかぬだろうに――それとも、“ガルマ”の邪悪さ、悪辣さが、想定を遙かに超えるものだったのか。
「やはり、邪神だったか」
呟くと、いつもの二人――もちろん、デラーズに加えてタチ――に凝視された。
「実の弟君を“邪神”呼ばわりはありなんですか」
と云うが、ありもなしも、
「以前からそう云っていたではないか」
大体、デラーズなど、“ガルマ”をニタ研に送る時に、対テロ特殊部隊のような隊を引き連れて行ったのだと聞いた。
それに較べれば、口先だけで邪神の魔物のと云う方が、まだしも穏当なように思われる。まぁ、“ガルマ”と“穏当”と云う言葉では、温度差が甚だしいのだが。“風邪を引く”レベルの話だろう。
「――確かに、否定できないところはございますがね……」
「だろう? あれの悪辣さを云い表すのに、これ以上の言葉はないと思うぞ」
本人は、激しく文句を云うのだろうが。
「……まぁ、あのラウ少佐がそれですからねぇ」
タチが、深く溜息をつく。
「それで、いかがなさいます。ラウ少佐の希望どおりになさるので?」
「まぁ、あれが習得が早いのはわかっていたからな」
ガンダムフレームとザクとでは、もちろんあらゆるシステムが異なっているだろうが、“ガルマ”ならば乗って乗れないはずはない。
であれば、まぁ多少早目に研修期間が終了することになっても仕方ない、とは思うのだが。
「“ガルマ”はともかくとして、他の面々は、順当に進んでいるのだろうか」
特別仕様の“ガルマ”と一緒では、いろいろと問題があったのではないか。
そう云うと、肩をすくめられた。
「ガルマ様には、感染力がありますからね。すぐにまわりを罹患させる」
「それと仕上がり具合に、どんな関係が?」
「つまり、“暁の蜂起”と同じですよ。“精鋭部隊”を作っているんじゃないですか」
精鋭部隊。
それは、まったく嬉しくない話ではないか。
「確かに、ある意味“精鋭部隊”ではあるだろうが……」
「まぁ、戦慄しか覚えませんな」
まったくもってそのとおりである。
とは云え、
「……早くものになるのなら、それはそれで良しとすべきか……」
訓練され切らぬうちの配属となると、後々ガルシア・ロメオが絶叫する羽目になるのかも知れないが――まぁ、一応“ガルマ”がどんな人間であるかは口頭で伝えた上でのことなので、自業自得と思って頑張ってもらうとするか。
「で、そのままガルシア少将の隊に?」
「いや、流石にキャスバルが煩い。一時帰宅の後、ガルシア隊に配属だな。まぁ、サイド7あたりまで船を出すと、エルラン中将率いる海賊狩り部隊とぶつかる可能性もある。ひとまずムンゾ近隣宙域まで引かせて、その上でMS部隊のものたちを乗りこませよう」
「そうですね、それが宜しいかと思われます」
タチが、ぺらっとした書類一枚を振りかざしながら、頷いた。
「それは何の書類だ」
「レッドフォース号からの暗号通信です。レッドフォース号はサイド7航路を離れ、木星航路に狩場を移したようです」
「無事に退避できたか」
船の性能的には問題ないと思っていたが、やはりいささか不安ではあったのだ。
ドレンたちが乗り組んでいたころのデータはすべてきれいに消してあるが、それですべてが安心、と云うわけにはもちろんゆかぬ。
無論、並の艦船に拿捕されるような船ではないが、世の中に絶対はない。多少なりとも拿捕される可能性があるのなら、さっさと別の宙域で“仕事”に入ってくれた方が良い。サイド7でなくとも、連邦の輸送船はあちこちに行き来しているのだから。
「そのようですな。これで、サイド7あたりに残るのは、ムンゾとは無関係な海賊ばかりと云うことになります」
「それは重畳」
ゴップはある程度予想はしているのだろうが、サイド7航路を荒らし回っている海賊に、ムンゾの息がかかっていることの、証拠を掴ませてはならないのだ。
例え双方その事実を認識していようとも、裏づけがなければ妄言として退けることも可能である。
ぎりぎりまで開戦を引き延ばすためには、あらゆる火種は排除すべきである。まぁ、“ガルマ”と云う特大の“火種”を、サイド7あたりにぶちこむことになるのは、この際措くとして。
「さて、レッドフォース号の連中は、連邦の邪魔をどれほどやってくれただろうかな」
「さて――まぁ、海賊討伐部隊を出すからには、なかなか馬鹿にならない損失があったのではございませんか」
「そうならば嬉しいのだが」
何しろ、ムンゾからは最も離れたコロニーのことである。この目で確かめることは難しいし、配下のものとても、実態を完全に把握できているものはないだろう。
とは云え、タチの云うとおり、わざわざ討伐部隊を派遣すると云うのは、少なからぬ損失があるが故だと思われる。
「なかなか使いでのある連中だな」
「そうですな。コンスコン少将は、良い連中を捕まえて下さいました」
「まったくだ」
あれでなかなか頭が働く。やはり、少将にまでなったのは伊達ではないと云うことか。
しかし、そうなると、
――ガルシア・ロメオが少将になったのも、伊達ではないと云うことになる。
今のところ、その真価を見ることはできていないのだが、さて、今後どう動いてくれるのか。
――見せてもらおうか、ガルシア・ロメオ少将の実力とやらを!
“シャア・アズナブル”風に呟いてみるが、実際、今後その真価を発揮してもらわねば、ムンゾとしても困ったことにもなりかねぬ。
原作におけるジャブローでのような醜態を晒してもらっては困るのだ。
まぁ、“ガルマ”が配下につくからには、箸にも棒にもかからない事態だけは回避できるだろうが、しかし、あまりにも統制が取れぬようであれば、左遷させることになるだろう。
わかってはいるだろうが、是非とも慎重に事を運んでもらいたいものである。
“シャア”と云えば、
「――本当に、キャスバルはどうしたものかな……」
溜息が出る。
先日のランバ・ラルの来訪の後、今度はドズル本人からも連絡があったのだ。
キャスバルは、よほどドズルを攻め立てているのだろう、ランバ・ラルに託した返答ではどうにもならんと、直接訴えてきたのだが。
「今すぐどうこうできる話でもあるまいに、なぁ」
試用期間と云うか、士官候補生――“中尉”と云っても、仮免中尉である――を脱するのは、基本的に入隊半年後のことである。
“ガルマ”は本来なら、ガルシア・ロメオの配下になってから三ヶ月後に、正式採用となるはずなのだか――変則で、ニタ研行きの期間をもカウントしているから、実はキャスバルたちと同じタイミングで試用期間が終了するのである。
まぁ、その辺のことをキャスバルに教えてやるつもりはない。教えれば、また何やかやと煩く云ってくるだろうからだ。
「まぁ、ガルマ様と云い、あの辺は軍隊を舐めてらっしゃいますからね」
タチが鼻を鳴らした。
「お二人ともお坊ちゃんでいらっしゃるので――宮仕えの苦労なんぞ、お知りにならんでしょうよ」
「辛辣だな」
「私のような人間の苦労なぞ何にもおわかりにならんでしょうからね!」
そう吐き捨ててから、思い直したように、
「いえ、ガルマ様は違いますか。本当に、あの方は妙に訳知りでいらっしゃる。お坊ちゃんなのは、あの方も同じでいらっしゃるはずですが」
「それも含めての“ガルマ”だ。まぁ、あまり深く考えるな。禿げるぞ」
と云うと、タチは慌てたように自身の頭部を手で押さえた。
「止めてください! 少し薄くなってきたんじゃないかと心配してるんですから!」
とは云うが、今いる中で一番頭髪に苦労していないのはタチなのではないか。こちらは“父”があれであるし、デラーズに至っては既にない。
そう云うと、タチは微妙な顔になった。
「そう云うお話は止めてください。最近、ラル大佐の後頭部や、サスロ殿の生え際が気になってたまらないんです」
「おや、私の頭は気にならんのか」
「閣下は意外に……」
「私の毛根も、いずれ磨耗するだろうからな」
遺伝とは、そう云うものである。
まぁ、実の兄は禿げたが自分はそうでもなかった、と云う“昔”もあったので、確実だとは云えないのだが。
「まぁその時は、すっぱり剃り上げることにするさ。その方が見場が良い。いっそそのまま、出家でもするか」
「出家……」
「閣下と坊主と云うのは、あまりそぐわぬ感じが致しますな」
デラーズまでが云う。
そうは云うが、“昔”には、本当に出家した過去もあるのだ。元々の方での理想の死に方は、“出家して、チベットまで徒歩で向かう途中に行き倒れて死ぬ”だったのだし。
「坊主には、誰でもなれるそうだからな」
落伍者でも殺人者でも、心から望めば、僧になることはできると、“昔”知った坊主が云っていた。まぁ、だからこそ戦国武将たちなどは、こぞって出家し、僧形の肖像を残したのだろう。
「まぁ、なろうと思えばなれるだろう」
要は、信仰心のようなものの問題である。
「閣下にはその前に、なさるべきことが山とございますでしょう!」
「まぁ、いろいろ終わってからであるには違いないな」
少なくとも一年戦争を終わらせてからでなくては、今までの布石がすべて無になってしまう可能性もあるのだし。
しかし、そう考えると、
「――やはり、一度キャスバルに、こちらの仕事を見せておくべきなのか」
今のままでは、軍人としても政治家としても、中途半端になってしまいかねないようにも思われる。
「キャスバル様を、この部屋にお入れになるので?」
「そう、ランバ・ラルには提言されたな」
もちろん、この部屋で決まることもあるし、そうでないこともある。法律などの制定は立法府=議会の仕事であるし、それこそこのところ考えていたムンゾ改名の、実務に関わるあれこれは、行政府=内閣とその下部組織の管轄である。
とは云え、軍は独自の規範を持つが故に、その構造もまたひとつの国家と近しいものがある。裁判所までを内部にもち、ある意味では治外法権的なものもあるのだ。
まぁ、武器を持って国民の権利を制限し得る存在であるから、その縛りも厳しめにならざるを得ないところであるのだが――それをキャスバルがきちんと理解するには、どれほどかかるだろうか。
「まぁ、確かに、セシリア・アイリーンが辞めてから、閣下の固定の秘書官はおりませんけれど」
「余計な感情さえなければ、セシリア秘書官は優秀ではあったからな」
ただ、その“余計な感情”と云うものが、最大の障害になった訳なのだが。
「流石に、あのシロッコと云う少年は若過ぎましたからな」
デラーズが云う。
「あれはあれで優秀だったのだがな」
まぁ、大人の務めとして、勉学を志す若者を、いつまでも引き止めておくことはできるまい。
「となると、やはりキャスバル様を?」
「……まぁ、それも試用期間が終わってからだな」
今すぐこちらに入れるとなると、微妙に増長させるような気がしなくもない。
試用期間をきっちり終えられるかどうかで、引き取るか否かも決めることにすれば、まぁ多少はどうにか――なると良いのだが。
「ガルマ様はもう行く先がお決まりですが、キャスバル様も、これで確定でございますか」
「さて、な」
今のところは、秘書官でも仕方ないが、しかし、何か問題を起こせばそれも吹っ飛ぶ。
同期たちのことも含め、キャスバルにはおとなしくしておいてもらいたいものだが。
「――まぁ、なるようにしかならんよ」
それが世の常と云うものである。
タチとデラーズは、微妙な表情でこちらを見た。が、納得するところはあったのだろう、苦笑混じりに頷きを返してきた。
さて、そうも割り切れぬのは実際の上司であるドズル、ばかりではなかった。
〈どう云うことだ、ギレン・ザビ!〉
怒鳴るような通信を入れてきたのは、ゴップ将軍である。
――最近、いつでも怒鳴られているような。
まぁ、気持ちはわからぬでもないが。
しかし、今回ほどの件に関しての怒りなのだろうか。
「どう云うこと、とは」
〈ムンゾの艦船を、サイド7あたりで見たと聞いたぞ!〉
何と、ガルシア・ロメオが下手を打ったのか。
「――確かに、当方の艦船が、海賊を追ってサイド7近辺の宙域にまで出向いた、と云う話は聞いておりますが」
慎重に云う。
が、
〈嘘をつけ!!〉
ゴップは吐き捨てるように云った。
〈あれが貴様の差配だと云うことはわかっているのだ! おとなしく吐け! サイド7に何をさせにやったのだ!!〉
――それはもう、秘密工場の妨害に。
などと云えるはずもない。
「勘繰り過ぎでございますよ。今は“ガルマ”で手一杯でございまして」
まぁ、こんなことを云うので、“ガルマ”に“ディスり過ぎ!!”と云われるのだろうが――しかし何と云うか、云い訳としてとてもとても使いでが良いのだ。大体の人間が、これで何となく納得してくれてしまうのだから、使わぬ筋はないではないか。
案の定、
〈……なるほど?〉
まだ疑わしそうではあったけれど、ゴップはこの答えでそれなりに腑に落ちてくれたようだった。
〈お前も相変わらず、あの弟に振り回されているわけか〉
「残念ながら」
おとなしく頷く。
「入隊時の新兵訓練にやっているのですが、既にそちらの責任者から、早く配属先にやってしまいたいと云う要請がきておりますよ」
〈……相変わらずのようだな、あの小僧は〉
「むしろ、悪辣さに拍車がかかっているようにも思われますな」
どうもダークコロニーには、士官学校の一期上で、それなりに親しくしていたものが配属されていたらしい。そのあたりとつるんで無茶苦茶をやるとは、ケリアン・ラウ少佐からの悲鳴のような報告にあった。
しかもその他にも、案の定士卒を籠絡しているとのことだった。まったく、油断も隙もない。
無論、ギュスターヴ・モゥブ曹長からの報告も似たりよったりで、つまりは一部を除き、“ガルマ”に振り回されていると云うことだったのだ。
今からこれでは、ガルシア・ロメオの下にやった時にどうなるか、とも思われるが――しかしまぁ、当のガルシアも、軍属でない女たちを艦内に引きこんだり、いろいろと好き勝手しているようであったから、せいぜい“ガルマ”にかきまわされろとも思うのだ。つまりこちらからしてみれば、割れ鍋に綴じ蓋的な関係なのだと思う。
――いや、少し用法が異なるか。
しかしまぁ、概ねそんな気分ではある。
〈もう、配属先は決めたのか〉
「えぇ、まぁ。あれに勝るとも劣らぬ問題児ですので、マイナスを相殺してくれぬものかと」
〈あの小僧と較べられるほどか! それはなかなか〉
まぁ、まさかその配属先が、今ゴップの捩じこんできた艦船の長だとは口にできなかったが。
〈そう云えば、お前の方も、何やら怪しい動きをしているようではないか〉
「何のことでございましょう」
〈ムンゾの名を変えるつもりと聞いたが、違うのか?〉
「ほぅ」
さて、まだサスロや“父”だけにしか図っていない話を、誰がどこで聞きつけたのか。
――あるいは、“父”の執務室まわりの人間か。
それは、充分にあり得る話だった。
一国の首長のまわりというものは、とかく人の出入りが多いものである。補佐官や官僚たち、請願者や意見聴取のために招聘される専門家たち、無論議員や軍人も、入れ代わり立ち代わりやってくるのだ。
その中のいずれかに話をしたとして、それが貝のように口を閉ざしているとも思われぬ。となれば、そこからその家族たちに、家族の友にとやっていって、最終的には結構な人数の耳に入る、と云うことも、十二分にあり得る話であったのだった。
こうなれば、さっさとこちらも認めてしまうに如くはない。
「実は、ジオン・ズム・ダイクンの没後十年に、ジオンを顕彰する意味をこめて、国名を変更したいと考えております」
〈ほぅ?〉
ゴップの片眉が上がる。いかにも胡散臭く思っていると云いたげに。
〈今、そんなことをすれば、連邦に対する叛意ありと見做される可能性が高いと思うが?〉
「おっしゃるとおりです。ですが、国民の独立心を満たしてやることができぬなら、せめて名前くらいは変えてやりたいと、そう考えるのは人情ではございませんかな」
〈人情! お前から、そのような単語を聞かせられようとはな!〉
「私を、機械仕掛けの人形か何かだとでも思っておられるのですか」
〈人形にしては、お前は油断のならん男だと思っておるよ〉
「では、私は間違いなく人間だと云うことでございましょうな」
“油断のならない人形”などと云うものは存在しないので。
〈減らず口を〉
「何とでも」
ともあれ、
「そもそも、国の改名となれば、一朝一夕にとはゆかぬのはご存知のはず。今発議しようと思ったのは、用意に二、三年かかるだろうと考えてのことです」
それくらいの返答は、ゴップも想定したことだろうに、わざわざ云うのは、サイド7の件の当てこすりも含めてのことだろう。
〈国名を変えれば、すわムンゾは連邦と干戈を交えるつもりかと、勘ぐる輩が続出するだろうな〉
「それで、議会に諮る時機を考えていたのですが」
と云う言葉で、ゴップはこの話の出どころと、それをもたらした人物の存在にこちらが気づいたことを知ったのだろう。口を噤むが、もう遅い。
「まぁ、閣下がご存知でしたら、連邦には知れ渡っていると考えて宜しいのでしょうな。しからば、発議をさせることに致します」
その後の事務手続などを考えれば、時間はいくらあってもあり過ぎることはないので。
〈正気か、ギレン・ザビ〉
「元々は、没後三年か五年か、そのあたりを考えておりましたので」
昨日今日の思いつきではなかったのだと知らせてやる。
「まぁ“ガルマ”の地球行やら何やらで、発議すら失念しておりました。少しばかり遅くはなりましたが、没後十年と云う区切りもまた宜しいでしょうから」
〈……なるほど?〉
「逆に、これ以上は引き延ばせないとも考えております。まぁ、改名そのものに他意はないのだと、ご承知戴ければ幸いなのですが」
無論、ゴップとても納得はできるまいし、レビルなどは“叛意あり”と騒ぎ立てるに違いない。
しかし、今ゴップに告げておけば――知っていたとは、当人の口から聞いたことでもあるし――、改名即開戦とはならないと思いたいのだが。
〈だが、主戦派は、ここぞとばかりに噛みつくことになるだろうな?〉
「存じております」
だからこそ、
「それを、閣下に抑えこんで戴けぬものかと思いまして」
〈何故、私が!〉
「閣下とて、今すぐ開戦、とはなさりたくないと思ったのですが、違いましたかな?」
レッドフォース号や他の海賊たちがサイド7航路を荒らし回り、遂に海賊討伐部隊を派遣することになったからには、サイド7の秘密工場は、結構なダメージを受けているのだと思われる。
となれば、もちろん艦船の建造がまったく滞ってしまうほどではないにせよ、期待したほどの数はまだ完成していないに違いない。
であれば、今開戦して、必要な艦船を集めれば、他サイドの“守り”が疎かになる可能性がある。
たが、現在のコロニーは、原作軸より遙かに独立心に溢れているのだ。その状態で各コロニーの兵力を減らしたならンゾとやり合う間に、今度は各コロニーで叛乱が起こることになるだろう。
つまり、サイド7の海賊たちを退けて、秘密工場を本稼働させなくては、連邦はムンゾに兵を出すこともできないのだ。
ゴップは、ぐぬぬぬぬ、と唸り声を上げた。
〈何と云う奴だ……〉
「心外なお言葉ですな。閣下とて、無益な戦いはお望みにならんでしょう」
兵站担当の将軍としては、闇雲に戦いをはじめることを良しとはしないはずである。
案の定、ゴップは渋い顔になった。
〈お前と云う男は……〉
「私とて、意味もなく戦いをはじめたくはないのですよ」
肩をすくめてやる。
「今、開戦となれば、反連邦の気焔を上げる輩の多いルウムがまず燃え上がることになるでしょう。そこから派生して、次はどこのコロニーで“火の手”が上がるとも知れません。私としても、連邦とコロニーの全面対決となる事態は、是が非でも回避したいのです」
今の状況では、ムンゾもルウムも連邦との戦争に突入しかねない。そうなると、いざ停戦しようかと云う時に、調停役がいなくなってしまうのだ。
いや、もちろん、フォン・ブラウンやグラナダなどの、月都市に仲介を要請することもできなくはないが――月都市はいずれも人口が少なめで、当然のことながら武力もほとんど保持してはいない。仲介できたとしても、調停役としてはやや弱いのだ。そしてそれは、他のコロニーも同様である。
無論、勝敗、あるいは泥試合になることが確定してくれば、どこが仲介役だろうと関係はなくなるだろうが。
〈コロニー同盟とは、意外にやわなものだったのだな〉
軽い揶揄を含めてゴップは云うが、コロニー同盟とはそんなものではない。
「同盟はあくまで同盟で、それぞれの主権は各コロニーのものですからな」
連邦と対等に話をするための“同盟”であって、戦争のための同盟では、元来ないのである。
それが証拠に、同盟内のコロニーで、大きな武力を持つのは、ほぼムンゾのみなのだ。それとても、それこそ“連邦の三十分の一”程度のものでしかないとなれば、コロニー同盟vs連邦の戦争などと云うのは、まぁ妄想でしかないとわかるはずである。
――まぁ、ルウムはどう転ぶかわからないが。
人口もムンゾと並んで多いルウムは、他のコロニーに較べれば自衛軍――“軍”と云うには人数が少ないが――も充実している。もっとも、連邦軍に代われるほどでないのは、これまでのごたごたを見てもわかることだろうが。
「そもそものコロニー同盟の主旨をお忘れですかな? われわれが目指すのは、連邦議会で各コロニーの代表が一定以上の議席を得、その発言が元々の連邦議会議員と同等に扱われることです。武力云々は、コロニー同盟の本旨ではない」
〈徒党を組むような真似をしてか〉
「しかしそうでなくば、連邦はわれわれコロニーの人間の声になど耳を傾けることはない、そうではありませんか」
声の大きな少数者が、妙に政治に圧力をかけるのは言語道断だが、所謂サイレントマジョリティと化したコロニーの住民たちの声を、そうやって連邦議会に反映させたいと望むのは、大それたことでも何でもないと思うのだが。
〈……確かに、人口比を思えば、コロニーの意見は尊重されるべきではあるな〉
こう云うところが、ゴップの意外に良識的である部分だと思う。
「閣下が人道を重んじて下さる方で、何よりでした」
云うと、渋い顔が返ってきた。
〈お前と云う男は……〉
「私も、人の道に悖るような真似は、したくはございませんので」
無論、いざ開戦間際となれば、その限りではないが。
にっこりと笑みかけると、微妙な表情になられる。
が、こう云うものはお互い様だ。結局のところ、狐と狸の化かし合いで、やられた方が間抜けなのである。それは、お互い承知の上のことなのだ。
〈――まぁ、私も今開戦されては困る。お前も、コロニーに関してはきちんと抑えるように〉
「心致します」
半ば呆れたような、諦念を含んだような溜息が返された。
とは云え、前言を翻すでもなく、ゴップとの通信は終了した。
さて、しからば問題は“ガルマ”である。
ケリアン・ラウ少佐が本気で追い出しにかかったので、“ガルマ”と数名――その中には、ギュスターヴ・モゥブ曹長も含まれていた――は、研修期間終了を待たずして、ダークコロニーを追い出されることになったわけだ。
それはともかくとして、
「――ガルマ様が、迎えをよこしてほしい、とおっしゃっているそうです」
と、ギュスターヴ曹長からの伝言を、デラーズが伝えてきた。
「……迎え」
「はい、まぁ確かに、ガルマ様がズムシティの宙港に降り立てば、大変な騒ぎになるでしょうから」
それはわからなくもないのですが、と云うデラーズの微妙な表情は、何故それを、ギュスターヴ曹長を通じて知らせてくるのか、と云いたげだった。
「あれはまた……」
チ、と舌打ちのひとつもしたくなって当然だろう。
ザビ家の子弟であれば、それらしい連絡の仕方があってしかるべきだろうに、“ガルマ”ときては、どうしてまともなラインで連絡を取ろうとしないのか。
確かにダークコロニーは秘匿された場所ではあるが、軍の施設であるからには、それなりの通信施設も備えている――そうでなければ、ギュスターヴ曹長からの連絡は入らない――が、そう云うものを使わず、人伝に連絡をよこそうとは!
「――ランバ・ラル大佐を呼んでくれ」
とりあえず、迎えはやっても良いが、
――説教も甘んじて受けるが良い!
と思ったところで許されるはずだ。“ガルマ”のやりたい放題ぶりは、聊か目に余る。
デラーズが連絡するとすぐに、ランバ・ラルがやってきた。
「ガルマが戻ってくるそうだな!」
喜びよりは、別の感情の存在を強く感じさせるもの云いと表情だった。
「あぁ。三週間ほど早いようだ。つまり、その分、配属まで野放しと云うことだな」
「それは本当か」
「あぁ」
頷くと、天を仰がれた。
「三週間もか!」
まぁ、そのままこの辺に配属、でないのは幸いだが、と云う。
「まぁ、その間は家に置いておけば良いだろうがな。問題は他にもある。配属先予定のガルシア・ロメオが、どうもサイド7で連邦軍に見つかったようだ」
「何!」
睨みつけるようなまなざし――こちらに対するものではないと、わかってはいるのだが。
「まさか、捕捉されたんじゃあるまいな? あれでも少将だ、何かあれば軍全体に関わってくる」
「流石に捕捉はされなかったようだが、ゴップ将軍から厭味をぶつけられる程度には、こちらの手のものだと把握はされたようだ」
「あの✕✕!!」
なかなかの罵声を吐くが、まぁ捕まらなかっただけでも御の字だ。レッドフォース号と云い、ぎりぎり巧く連邦軍の手を擦り抜けているのは幸いである。
「一応云っておくが、仮にも少将だぞ」
恐らくは、ガルシア・ロメオが連邦側に発見されたのは、レッドフォース号他の海賊たちがあの周辺を荒らし回ったがために、連邦軍か索敵の範囲と精度を上げたからだろうと思われる。
仮にも少将にまでなった男なのだ、少々問題――軍属でない女たちを艦内に引き入れたり、軍艦を私物化したり――はあるとしても、まったくの無能と云うことはないはずである。
まぁ、これでサイド7対策は軌道修正が必要になるかも知れないが、大きく変更しなくてはならない、と云うほどでもないだろう。宇宙は広大だが、人間の目の届く範囲はほんの僅かなのである。
「あの男はなぁ……」
ランバ・ラルは、苦虫を噛み潰したような顔になった。
「奴の気分はわからんではない。俺も、マ・クベはあまり好かんからな。どうにも、ああ云う陰謀なんかを捏ねくり回す奴は信用ならん。だか、あいつはあいつで、こう……」
「まぁ、違う意味で信用ならんのは確かだな」
エルランのように裏切る裏切らない、はないけれど、それ以外の素行と云えば、これ以上の不良軍人も少ない――いないわけではない――だろう。
とは云え、ガルシア・ロメオを粛正などすれば、後ろ暗いところのある連中が徒党を組んで、こちらを敵視して叛乱を起こさないとも限らない。“過去”にいろいろあった身としては、どのようなことも、用心に用心を重ねるくらいで間違いないと思われるのだ。
「で? まさかガルマを奴の部隊に入れない、とか云うんじゃないだろうな?」
「まさか」
肩をすくめてやる。
「そこは既定のラインでいく」
「じゃあ、どうして俺を呼んだ」
「“ガルマ”が、宙港まで迎えをよこせなどと云うのでな」
「はあぁ!?」
まさか、と云うのに、ひとつ頷く。
「お前に迎えを頼みたい。ついでにひとつ絞めてやってはくれないか」
「ほぅ」
ランバ・ラルは、にやりと笑った。
「いいんだな?」
「構わん。むしろ、ケリアン・ラウに寄らしむべからず触らしむべからずで返されてきたのだ、ここで絞め上げておかなくては、ガルシア・ロメオのところで何をやらかすか知れたものではない」
「あそこには、ガイアやマッシュ、オルテガたちがいるから、まぁ自重するんじゃないか」
“黒い三連星”か。
「そのあたりにはな。だが、トップであるガルシア・ロメオに対してはどうだろう」
あまり他人のことを云えぬ自覚はあるが、頭を垂れるに値しないと感じれば、平気で上長をも蔑ろにするのが“ガルマ”である。
その上、“ガルマ”まわりもそれに同調するとなれば、指揮系統は大混乱になるだろう。
ケリアン・ラウが早々に“ガルマ”を追い出したのは、自分の下でそのような混乱が引き起こされるのを危惧したが故であったのだ。
「今回の連邦に把握された件に関しても、ガルシア・ロメオは証拠隠滅の疑惑がある。そう云う男に対して、あれがおとなしく従うとも思えんしな」
「大丈夫なのか」
とラルが危惧するのは、もちろんガルシア・ロメオ配下への心配だろう。
「さてな。しかし、心配なのは、ガルシア・ロメオ当人だけ、と云う可能性もあるぞ」
と云う、その言葉の意味するのは、
「ガルシア・ロメオの部下たちにとっては、“ガルマ”の配属は、あらゆる意味で大歓迎、と云うことか」
流石に、それほどまでに使えない男ではないと思うのだが。
「そこまででなくとも、小さな不満が積もり積もっている可能性はあるだろう。確かこの間、副官のひとりだか誰だかが、諫言して左遷されたと云っていなかったか?」
「ああ、まぁ……」
“鳩”の一人であるリヒテン・ノビル中尉が、前任者が、上官の諫言による左遷でガルシア部隊を離れざるを得なくなったので、入れ替えで配属されるのだと云っていた。
確かに、艦内にバーを作り、また軍属でない女たちを戦艦に乗りこませるような上官を、よく思わない部下は多いに違いない。自分たちも同じようなことをやれるならともかくとして、ガルシアのことだ、部下には野放図は許さないだろう。
となれば、軍総帥や中将、少将である兄姉を持つ“ガルマ・ザビ”に、期待を寄せるものが出てきたとて仕方のないところか。
「――確かに、“ガルマ”に期待するものが出てこんとも限らんな」
「そうだ。お前だって、少しは期待するところはあるんじゃないのか?」
云われて、考えてみる。
確かに、今回の連邦軍との交戦未遂――把握されただけであるから、間違いではなかろう――について、ガルシアは徹底的に証拠隠滅を計ったようだった。しばらくの間、外部との交信は、ガルシアの許可なしにはできないほどだったと云うから、かなりのものである。
そのせいで、リヒテン中尉の報告も大幅に遅れ、結果、ゴップの発言にこちらが驚かされることになったのだった。
まぁ、心底驚く様を見せることができたので、それはそれで“部下の独断での深追い”を演出できて良かったのかも知れないが。
「――いっそ、ガルシア・ロメオは切るべきなのか?」
と云っても、それに代わる人間がいないのが、ムンゾの国力の小ささを表しているのだが。
「釘は刺した方がいいんじゃないのか」
「……まぁ、これで昇進はなしだな」
ガルシア・ロメオの悲願であるらしき、マ・クベと肩を並べる中将になると云う希望は。
「“伝書鳩”なんてものを飼ってるお前に対して、情報を隠匿したんだ。覚悟は――してないか」
ガルシア・ロメオだもんなぁ、と云う。
まぁ、概ね同意見だ。あの男に、そこまでの覚悟があったとは思われない。どうせ、隠しおおせると甘く考えて、通信の制限などを企てたに違いないのだ。
とは云え、それでそれなりに情報を遅滞させたのだから、つくづく“無駄に優秀”であるなと思わずにはいられない。
「どのみち、一度サイド7近隣宙域からは呼び戻さねばならなかったのだ。“ガルマ”を送りこむのもある、帰還させよう」
「その後は野放しか?」
「悠長に隠しごとなどする暇はなくなるさ。何しろ、“邪神”が乗り組むことになるのだからな」
「違いない」
笑って、ランバ・ラルは手を上げた。
「よし、じゃあ俺は、あの小僧を絞め上げてくることにしよう。――ガルマは、三週間はフリーなんだな?」
「厳密には、もう少し短いだろうな」
「誤差の範囲だろう。その間に、何とかキャスバルを落ち着けてくれんものかな」
溜息が落とされる。
何と云うことだ、キャスバルは、まだごねていると云うのか。
「まだ駄目か」
問うと、首が横に振られた。
「駄目だな。まだ、俺のところにもくる」
それはまた。
「まったく諦めていないと云うか、悪あがきをしていると云うか……」
「そこは、俺の育て方に問題があったのかも知れん」
「“ガルマ”はともかくとして、キャスバルに関しては、確かにそうかも知れんな」
「ガルマは除外か」
「あれは、元から悪辣だ」
“ガルマ”よりも“三日月”よりもさらにもっと“昔”から。
「なるほど?」
「まぁ、とにかくキャスバルだ。あれに関しては、“ガルマ”に責任の何割かがある。あれに、きちんと自重させるように伝えておけ」
「おう」
じゃあ、迎えに行ってくる、と云って、ランバ・ラルは退出していった。
「――さて」
問題は、ガルシア・ロメオか。
タチを呼び出すと、戦々恐々とした様子でやってきた。
「――お呼びの用件は」
「わかっているだろう、ガルシア・ロメオとその配下の件だ」
「その……云い訳にはなりますが、“鳩”としては不可抗力で……」
流石にしどろもどろである。
もちろん、その要素は否定しない。否定しないが、
「それにしても、内規が緩みすぎているのではないか?」
と云うと、震え上がった顔になられた。
「そ、そんなことは……」
「ガルシア少将の部隊では、つい先日、部下の更迭があって、新しい佐官が配属になったのではなかったか?」
「そ、そうですが」
「その佐官を更迭する。と云うか、ガルシア少将の副官は、総入れ替えだ。それから、監査からも人を出させろ。当分は監視付だ」
「それで、ガルシア少将ご納得されましょうか?」
デラーズからは、もっともな疑問が呈されたが、
「私が、奴の行状について、報告を受けるより先にゴップから聞いたと云えば、どうなるかな」
ふふふと笑うと、デラーズも震え上がった顔になった。
「ともかく、ガルシア・ロメオは一旦ムンゾに呼び戻せ。それから、入れ替えの人員を選定する。人事局に指令を出せ。もちろん、監査局にもな。――甘い人事で済むと思うなよ……」
艦内にバーや、軍属以外の女を連れこんだことは目こぼししてやっても良かったが、自身の失態を隠蔽せんがための虚偽報告、並びに報告の遅滞に関しては、そうはゆかぬ。
二度とこのようなことをする気になれぬよう、念入りに処分をくれてやらねばならぬ。
戦慄する部下たちを追い立てながら、これは軍の内部そのものを再編すべきなのだろうかと思案する。
一年戦争までのカウントダウンに、最早意味はない。これから先は、綱渡りの日々だと云うのに――面倒なことばかりだ。
とりあえず、配属される“ガルマ”を巧く使うよりあるまい。
――あれはあれで、問題があるが……
それでも、失態を隠蔽するガルシアよりは、幾分かはましであるはずだ。
――もう、それでいくしかないか。
溜息とともにそう思い、とりあえずは問題を棚上げにした。