「ガルシア・ロメオ、どこまでなら喰い破っていいの?」
単刀直入に聞けば、“ギレン”の顔が壮絶に歪んだ。
「食い破る前提か」
「連邦とあわや交戦を隠蔽する将校って、ムンゾに必要?」
この先、監視が大変なだけじゃないか。
調べてみたけど、ガルシア・ロメオ、物凄く武功があるって訳じゃない。その場その場で利を掴み取る手腕は大したものだけど、立てる作戦はギャンブルじみてる。
この先で大ゴケしやがる可能性の高い男を、このまま少将の地位に置いといて良いのかって。
いつかの時間軸ではジャブローで大失態を演じてた――この世界線では分からないまでも、不安要素としてはでかいよね。
「もちろん、使えそうなら喰わずに置いとくけど――喰ってから怒られんのヤダし」
肩を竦める。
それからおもむろに箸を伸ばして、ぷりぷりの海老餃子をパクリ。
熱ッ! …うま。
次はどれにしようかな。
“ギレン”が待ち合わせ場所に指定してきたのは、ムンゾのモール街だった。
しかも、噴水広場ときた。ここ、定番のデートスポットなんだよね。
狭いコロニーの中で開放感を売りにするだけあって、ハイブランド店舗がズラリ。全体的にお値段がお高めではあるけど、完全に富裕層限定って訳でもなくて、お手頃なお店もそれなりに。
休日なんかは、ちょっと奮発してやろうって市民で賑わう界隈だったりもする。
ちなみに手紙で呼び出された。
宛先が“三日月・オーガス”だったのはともかく、差出人の名前が“マクギリス・ファリド”で思わず噴いた。なんでその名前にしたし。
ともあれ、偽名ってことは変装して来いってことだと解釈して、久々に気合いを入れて装ってみた。
あえてのジェンダーレス。
髪は暗めに染めて、幾条もの細いみつあみのエクステを付けた。
民族っぽい黒いブラウスをダボッと纏って、下は黒いイージーパンツに紫のエスニックスニーカー。ウエストにはアシンメトリーの巻きスカートを装着。ヒラリと翻る真紅と紫のグラデーションが、ある種の熱帯魚っぽい感じ。
なんちゃってピアスは、雫みたいにクリアなガラスとボーンビーズ。
ネックレスとブレスレットは重ねづけ。
ついでにメイクも抜かりなく。
顔立ちはアジアンをイメージして、思いきり切れ長に作った目の下には、印象的な泣きぼくろ。
全体的にヌーディーカラーで仕上げてるから、ぱっと見はノーメイクに見えるかもね。我ながら、わりと美人に仕上がったと思う。
コンセプトは天山南路。
まぁ、“ガルマ・ザビ”には見えんわな。
対する“ギレン”は、なんと言うか――“ギレン・ザビ”だった。
広場のベンチで、人を待つ風情で座ってるんだが、声をかけるのを一瞬ためらう。
いや格好いいんだ。それは間違いないんだ。
でも、“ギレン・ザビ”。
3度見するくらいに、“ギレン・ザビ”。
行き交うカップルが、驚愕ないし興味津々の様子を隠せてないし。
コンセプトなんなの。マクギリス・ファリドじゃないよね? モデルか?
超有名どころのカジュアルスーツをそつなく着こなしてる。
シャツの襟から普段は見せない鎖骨が覗いてた。
緩くウェーブさせた髪を後ろに撫でつけて、少しだけ残した前髪が頬の輪郭に掛かってるのも、セクシー。
世を忍ぶ仮の姿って感じにかけられたグラスがまた――忍んでないからね。
って、なんでそんな渾身のオシャレ・ザビやってんの。
変装するんじゃなかったの?
おれもオシャレ・ザビやれば良かったのか。
まぁ、いいけど。
「……ボス〜」
呼び掛けに視線が向いた。
グラスに遮られたそれが一瞬迷ったあと、まじまじと見据えてくる。
「……何だ、その恰好は」
なんだって、変装だよ。
小首をかしげて、歯切れの悪い“ギレン”を伺う。
「……何と云うべきか」
「ちゃんとご指定どおり、でしょ?」
「何がだ」
「おれってわかんないでしょ?」
そう言う指示じゃなかったの――あの偽名でのお誘いはさ。
「でも、ボスはバレバレだよね。……隠れる気あるの?」
もしかして、本当の指定はオシャレ・ザビだったのか。だとしたら読み違えちゃった感じ。
「……まぁいいや」
肩を竦めて。
いつまでもこうしてると人目が煩いし――さっきからビシバシ刺さってくる視線が鬱陶しい――早いトコ移動しよ。
連れて行かれた先は中華料理店だった。割りかし高級店舗。モダンな内装は中華らしからぬシンプルさ。飾られた生花が華やかさを演出してる。
店内のテーブルはいっぱいだったけど、予約済だったようで、直ぐに席に通された。
おお、個室。
注文はコースじゃなくて、好きなものだけ頼む感じ――ってことで、点心をココからココまで。
ズラリと指差したそれらに、さらに“ギレン”が数種類を追加した。
飲み物はあえて中国茶。アルコールは控えてさせてもらう。グダグダは嫌だからさ。
そんな感じで冒頭に戻る。
今度は小籠包を味わうおれに、“ギレン”が投げてくる視線は苦々しいばかりだ。
「ガルシア・ロメオの頸を落としたら、次に誰を少将に据えると言うんだ」
憮然とした声だった。
ムンゾは慢性的な人材不足だとかなんとか。
「ランバがいるじゃないか。なんでまだ大佐なの? 将官に早く上げなよ」
あの男は、上に立つ資質をすべて備えてる。ムンゾ国軍を背負うのに不足はないだろ。
ドズル兄貴と足並みが揃えば、どれほど心強いことか。
「ラルを少将にするとしても、戦艦には乗せられん。あいつには、ムンゾ、わけてもズムシティの防衛を任せている。そちらはどうなる?」
そう聞いておきながら、“ギレン”はひとりで長考に入った。
その間もパクパク食べるけどな。チラと視線を向ける先で、“ギレン”はどこか遠くを見てた。
この世界線では、“おれ”は“要らない子”なのかね、“ボス”?
あの朝に目覚めて、これまでずっと、意見を求められるでなし、なにか指示が来るでもない――せいぜい地球に降りたときに、掻き回して来いって、それだけ。
それだって、おれがそう解釈しただけで、実のところは違ったのかも知れない。
“なんにもするな”って――それなら、“ガルマ・ザビ”は必要がないってことだろ。
めちゃくちゃ避けられてばかりだし。塩対応の嵐。
なにゆえに身内からネガキャンされねばならんのだ。おれの悪評の出元はほとんど“ギレン”じゃないか――ワッケインからは、おれのこと“魔物”扱いしてるって聞いてるんだぞ。
どんだけ疎ましいの。
しゅんとため息が落ちた。
――でも、一応、戦力としてはカウントされてるはずだよね。
「……まぁ、可能性があるのはマ・クベだが」
そんな感じで、“ギレン”は、まだうんうんと唸ってる。
「ボス、冷めるよ」
箸も止まってるから、とりあえず食えと促した。
「……あぁ」
少し冷めた春巻きを齧りながら、恨めしげにこっちを見るけど知るもんか。
「で、ホントのとこ、どこまで喰い破っていいのさ?」
マコモダケと海老の炒めものを飲み込む。旨。
「ムンゾは人材難だからな、せいぜい降格するくらいまでにしておけ」
しかめっ面でそんな答えが。
少将から降格って、准将か大佐までってことだよね。それって喰い破っちゃダメってことじゃないか。ちょっと齧る程度。なんだかなぁ。
それからしばらくは、食事に専念した。
数種類の餃子、クラゲの和え物、馬鈴薯の細切り炒め、フカヒレスープ。
おれが苦手なめちゃくちゃ辛い麻婆春雨については、いつかのプチトマトとワサビソースの意趣返しなのかね?
ワサビ苦手なのに花山椒平気なのも、花山椒苦手なのにワサビ平気なのも、思えば不思議。どっちも辛いのにね。
ともあれ、それ以外なら美味しくいただくよ。
海鮮焼きそばまで平らげたところで、デザートに移ることにした。
杏仁豆腐とマンゴープリン、定番の二種を平らげたおれを、“ギレン”は微妙な顔で見てた。
どうせよく食うなとか思ってるんだろ。でもまだ八分目ですからー。
「……で?」
「で、とは?」
「続き。ガルシア・ロメオ、降格なら問題ないんだよね?」
「降格ならな」
さじ加減が難しそう。うっかりすると潰しちゃうかも。
んん。んん〜。
「……それならさ、リノとケイとルーを返してよ」
おれの“悪巧み協力隊”。腹心って言っても良い。
「やり過ぎんなって云うなら、あの三人は絶対必要! だから、返してよ」
取り上げられちゃってから、なにかと不便してるんだよ。
彼らがおれのラップトップに送ってきてるデータは――当然、タチ達が全部チェックしてんだろうけど――それなりの量で、日々精査に時間を取られてる。
側にいれば即座に確認できることも、通信を通じてだと"伝書鳩"妨害されることもあるし。
もちろん、おれの情報源は彼らだけじゃないけど、それにしたって一人で精査しなきゃいけないから、最近はパンク状態。
他にブレインを加えようにも、行動も付き合いの範囲も制限されてるから、ほんとにままならない。
この先、おれが十全に動くためには、少なくとも彼らは必要。叶うなら、士官学校時代のメンバーが揃えば最強だ――無理なのはわかってるけどさ。
ガルシア・ロメオの下につくにあたって、あれを追い落とすことはもとより、それ以前にサイド7のことがある。
機密軍事工場。戦艦を作ってるとか。
それは取りも直さず、いずれムンゾに脅威をもたらすものだ。“ギレン”はちまちま邪魔してるみたいだけど、もう少し削っておきたいかな。
連邦との関係にできるだけヒビを入れないようにして、それらを実行するって、ものすごい綱渡りになる。
緻密な情報戦を、ひとりでしてのける自信は、さすがに無い。
「――……短期ならな」
長い沈黙の後、ものすごくしぶしぶとした声で、“ギレン”が半端に了承してきた
「なんでさ?」
返すならちゃんと返してよ。
「何でって、お前、自分の今までの所業をよくよく思い出せ!」
“ギレン”らしからぬ口調。舌打ちまで飛び出してるし。
「キャスバルと二人で、好き勝手しているじゃないか! 俺は、キャスバルにお前の手綱を取らせるつもりだっただけで、お前たち二人がつるんで暴走することを望んでいたわけじゃない!」
「暴走って何だよ!」
いつ暴走したってのさ。おれ達は、いつだって最大の成果を上げてきた。評価されこそすれ、disられる覚えはないよ。
「暴走だろうが! ガーディアンバンチの件は、忘れたとは云わさんぞ!」
ギリギリ睨みつけてくるのに、唇を尖らせる。
「あれは不可抗力ですー」
磨き上げられた士官候補生達は、ガチで戦闘に耐えうる戦力だったってことだ。
4倍以上の勢力に対して、不意打ちとはいえ、撃滅する戦果をあげた。
まさに精鋭中の精鋭。対する駐屯兵が不甲斐なかっただけだろ。
「不可抗力で、原作より甚大な被害になるか! キャスバルはキャスバルで、毎日のように移動させろの何のと、あちこちに捩じこもうとするし……」
最後のほうは声が小さく消えてった。
でもさぁ。
「ボスは求め過ぎだよ〜」
キャスバルは、いつかの“赤い彗星”じゃないんだ。あんな哀しい男じゃない。
人を利用するんじゃなくて、人に甘えることを知ってる。多少、甘やかされすぎた感はあるけど。
大体、ボスだって甘やかしてたじゃないか。
「百歩譲って、覚悟のないのは仕方ないとしても、軍の内規を無視するような振るまいは、そもそも士官としては失格だと思うがな」
なに言ってんの。
「なんでキャスバルがそんな真似すんのさ? おれじゃあるまいし」
ふはは。おれは、あえてそう振る舞ってるしね。簡単に従えられるなんて思わないで欲しい。
誰よりも成果を出してやろう。だけど主は選ぶ。
おれに言うことを聞かせたいなら、キャスバルかザビ家の人間を連れて来い。
「……これだから、お前らを一緒にしておけないんじゃないか」
「えぇ〜?」
頭を抱える“ギレン”に苦笑する。
「キャスバルは大丈夫だよ」
「どうだかな」
「今はともかく、もうじき大丈夫になるから」
慣れない環境にゴネてるだけだ。あの優秀な頭脳は、それがまずいことくらい分かってるし、そろそろ折り合いをつける頃。
「それはともかく、リノたち返してよ。どうせ持て余してるんでしょ? 返してくれたら、ボスの望むようにサイド7を片付けてあげる」
ねーねー。返しておくれよー。
「……短期なら、戻してやる。どうも、お前らを一緒にしておくと、碌なことにならん気しかしない」
「しないよ。信用ないなぁ」
「お前は信用しても、お前のまわりはそうじゃない。お前がきちんと部下の統制を取れるのなら、戦々恐々としたりはせんさ」
統制ならちゃんととってるじゃないか。不可能とされていたことを、可能とするくらいに。いつだって最大のパフォーマンスをあげてきた。
「なんで信じてくんないのさ」
「お前を信じるほどには、お前のまわりを信じてはいない」
繰り返して言い捨てられれば、さすがに腹も立つ。
「ふぅん。――じゃあ、おれを捨てる?」
捨てられたところで、あんまり今と変わらん気もするし。
“ギレン”がおれを捨てても、おれの守るものは変わらんし。その中には、“ギレン”も変わらず入ってるし。
ただ、これまでより言うことは聞かなくなると思うけど――と、言うか好き勝手やるし。
「何故」
「おれの周りは信じられないんだろ。だけどみんなおれの“チカラ”だ。切り捨てられちゃ堪んないね」
今生の、"ガルマ・ザビ"個人の力なんてたかが知れてる。家の力と、これまで培ってきた人脈と、磨き上げてきた仲間たちこそが、おれの城で武器だ。
この世界で生きるために、大事なものを守るために、必死で紡ぎあげてきたそれを、信用ならないと封じるつもりなら従えない。
ボスは大きくため息を落して、捨てるつもりは無いと言い切ったけど。
「じゃあ、何でおれを邪険にするのさ。おれ、要らないからじゃないの?」
兄弟会議には出られないし、その決定も聞かされずに蚊帳の外。面会は全部拒否の挙げ句、こっちの下準備はことごとく邪魔され、監視をつけられ追いやられ。
そんなこんなで、じきに10年ときた。
世間で流布されてる不仲説が消えないのも頷けるよね。疎んじられて遠ざけられてる――“ギレン・ザビ”は“ガルマ・ザビ”の存在すら消したがってるって。
「最大火力がいらないはずがあるか」
「ボスの態度じゃ信じられないんだけどー」
ここまで放置されて、いまさら要るとか言われてもなぁ。
「馬鹿を云うな。既にお前用のMSも整備させている。バルバトスとはいかないが、メイスもブレードもライフルも装備した新型ザクだ。出力も、お前かキャスバルしか乗りこなせん仕様になっていると云うのに、乗り手がいなくなってどうする」
「……ふぅん?」
戦場のコマとしてのカウント。
ま、その程度だろうけど――だけど、それすらも、おれひとりの活躍云々でどうこうできるわけじゃない。
せいぜい士気が上がるくらい。
――フィールドをコントロールできる“チカラ”が欲しいのに。
つまり、指揮権が――だけど、どうあってもそれを寄越すつもりは無いみたいだね。
なんとか位階をあげないと。自力で。踏み台はもう決めてある。
「ザクⅡか。ガンダムじゃないんだね」
ザクⅡ好きだ。大好きだけど、出力と強度においてはガンダムが優るんだよね。
「前々から決めていた。お前には新型ザクだ」
なんか、めちゃくちゃ得意気に言い切るんだけど。
なんなの。そのニヤニヤ笑いは。なんか仕掛けでもあるの?
ジト目で睨んでも、“ギレン”のイヤな笑みは深くなるばかりだった。
「まぁ良い。ガルシアのことはな。だが、サイド7には知っての通り連邦の軍事工場がある。間違っても攻め込むんじゃないぞ」
「やらないよ。できないでしょ?」
そりゃ直接カチコミしたら即開戦だ。そんな真似はしないさ。そもそもガルシアの艦だけじゃ戦力不足もいいとこだし――新型ザクが配備されてたとしてもね。
どうせ、このあとも何かとか理由をつけて、“ギレン”はガルシア艦の戦力を絞るだろう。監視の強化は言うまでもなく。
「どうかな」
“ギレン”は片目を眇めた。
「とにかく、ガルシア・ロメオを、あまり喰い破らん程度に監視しろ。サイド7は、この時間軸でも重要ポイントだが、あの男では心許ない。ガルシアが踏みこみ過ぎるようなら、造反も已むなしだな」
「それで降格までってさぁ」
どんな無茶振りだよ。
「云っておくが、ガルシア・ロメオを完全に喰い破ると、お前も同時に降格、あるいは除隊になる。連邦駐屯部隊相手だった“暁の蜂起”とは訳が違う。造反は、された方も罰せられるが、した方も無論無罪放免とはなり得ない。それが、どれほど無軌道な指揮官であったとしてもだ」
冷徹な総帥閣下の顔で“ギレン”が言う。
だよね。“ギレン”は身内に手心加えるタイプじゃない。むしろ、より厳しい措置を取る質だ。
「デギン・ソド・ザビの愛し子と云う免罪符も、すべてをチャラにすることはできんたろうな。除隊となれば、“父上”が嬉々として、お前を文官か自分の秘書にでもしようと立ち回ることだろう。そうすれば、お前はこの先、ずっと籠の鳥と云うことになる」
眉間を険しくして、そんなことを。
確かにパパンは、おれが前線に出ることを良しとしてない――大反対だから、除隊コレキタになるのは目に見えてる。
「――お前は本当に、ガルシア・ロメオひとりのためにすべてを棒に振って構わないのか?」
って、振るわけないだろ。
「“おれ”を誰だと思ってんの?」
ため息。そんなヘマ打つと思わないでよね。
「だいたい、おれを戦場から引っ込めたら、困るのは“ギレン”もでしょ」
一応、戦力カウントはしてるみたいだし。
「つまり、オーダーはサイド7を監視しつつ、ガルシアをやんわりと降格しろと。……軍事工場は削らなくてもいいの?」
直接カチコミしなくたって、やりようはあるんだけど?
小首をかしげたらイヤな顔をされた。
――でもさぁ。
「いい加減に、なにをさせたいのか、ちゃんと云ってよ。
どう動いて欲しいのか、いまのままじゃ全然わかんないよ」
それなのに。
「――今すぐさせたいこと、は、ない」
なんてさ。
「……だったら、おれは、おれがやるべきことをやる。おれが、やるべきだと思ってることをね」
来たるその日に、最大限にチカラを振るうべき下準備を。
“ギレン”は戦略がどうの、とか言うけど、そんなん一朝一夕でできるもんじゃない。
幼少からチマチマ積み重ねてきた――かなりの割合で邪魔が入ったけど――アレコレだって、すべてがこの先に待つ“運命”に立ち向かうための布石だった。
社交界での人脈も、ムンゾ大学での勉学と知識人たちとの交わり、士官学校しかり。
当初のラインでは兵卒に落とされることは想定してなかったから、その辺りの修整も必要だし。
人間関係なんて脆いもんだ――だけど、同時に侮れないのも人との繋がり。
“ガルマ・ザビ”の最大の武器。
蜘蛛の糸みたいに張り巡らせて、菌糸みたいに影響力を強めていくんだ。
「――やり過ぎると、キシリアの帰国が遅れるぞ」
姉様を引き合いに出すのは、ちょっと卑怯。
あれは、ルウム首相が引き留めまくってるせいだろ。連邦への盾として、ムンゾへの人質として。
あのハゲ狸野郎の顔はそろそろ見飽きた。いくら姉様が美人だからって、擦寄り過ぎだろ。
「そろそろ帰ってくるよ。補償への道筋はついたじゃないか」
ティアンムにとうとう妥協させた。その手腕は皆が称賛するところ。
これ以上、姉様をルウムに引き止めるってことは、表立って効果的な手を打てなかったあのハゲ狸の無能を、さらに宣伝するようなもんだし。
でも、もし本当にルウムを案じるなら、能なしと謗られても――それで政治家としての命が終わるとしても、奴は、いまこのとき姉様の手を放すべきじゃない。
連邦に対する敵愾心はあれど、抗する手段をほぼ持たないルウムにとって、ムンゾは命綱みたいなもんだし。
まぁ、あの狸がそうしないことは目に見えてるけど――ルウム国民と自身の任期を秤にかけて、奴は任期をとるだろうよ。
ニコリと微笑んだのに、ギロリと睨まれた。
「戦いにただ勝てばいいと云うのではない、お前の策は、確かに勝利のためには有用だろうが――最早、ことはムンゾ一国の話ではないと、よく覚えておけ」
そんなの知ってるし。
ムンゾもルウムも、ザーンもリーアもハッテも――コロニー社会全体が、動乱の気配に震えてる。
少しでも舵取りを誤れば、急流に飲まれる木の葉みたいに、翻弄されて破滅するだろう。
厳しい顔の“ギレン”を見る。
おかしいね。見てるものは一緒なのに、“視えてる”ものが違うんだ。
だけど、向かう道はひとつで、望む結果もひとつだ。
なら、ただ臨めばいい。
「はいよ。りょーかい」
いつもの言葉を、くりかえした。
✜ ✜ ✜
「『スキャンダルよ』」
「『スキャンダルだ』」
――……。
いきなり何を言ってんのさ。
ずずいと迫ってくるララァとパプティに、思わず仰け反った。
「『どしたの?』」
君らが自室まで押しかけてくるとは珍しい。
アムロ達ならいつもだけど――と言うか、いまも寝台を占拠して昼寝中だ。
「『これを見ろ。閣下の密会が記事になっている』」
“ギレン”の写真が掲載された、タブロイド紙やら週刊誌やら。束にしたそれらを突きつけてくるパプティの顔は、憂慮に満ちていた。
「『このひと、誰なのかしら……』」
浮かぬ顔のララァが指でなぞってるのは――。
「『ああ。それ、おれ』」
早々にタネ明かし。
あれだ、“ギレン”に呼び出されて中華料理屋で飯食ったときの。案の定、写真に撮られて世間を賑わすことになった訳だよ。
さらりと白状すれば、ぎょっとしたような顔がふたつこっちを向いた。
「『ふふふ。わかんなかった?』」
にんまり。
だけど、薄々、察しても良さそうなもんだが。
「『“ギレン”からだって、お土産持って帰ってきただろ。点心いっぱい。みんなで食べたの忘れたの?』」
なかなか美味かったから、お強請りして山ほど買ってもらった。持って帰るのに難儀したんだよ。
あの後、追っかけてくる連中をまくのが大変でさ。
「『うそ………本当に?』」
「『ほんとに』」
ララァは、まじまじと写真を見て、おれを見て、また写真を見た。
なかなかキレイに撮れてるね。このカメラマンは腕が良い。
「『可愛いでしょ。惚れないでよ?』」
「『誰が!!』」
ムキになるパプティを見て笑う。
「『君たちまで惑わされるなんてね。おれの変装見たことあるでしょ』」
地球脱出のときに、全力の女装姿を披露したじゃないか。ララァなんか、“加工過程”だって見てたのに。
「『〜〜っ、知ってたけど! 知ってたけど!!』」
なんだかすごく悔しがってる。
まぁまぁ落ち着いて。
「『アムロたちが起きちゃうよ』」
と、言うそばからアムロがころりと寝返りをうってこっちを見た。
「『……ン…。なにー?』」
「『あ。ごめんなさい』」
バツの悪そうなララァに、アムロはあくびをしながらのんびり笑った。
「『平気。そろそろ起きなくちゃいけなかったし。それで、なんだって?』」
「『“ギレン”のスキャンダルの相手がおれだって話しだよ』」
スキャンダルってほどのことでも無いはずなのにね。
不思議と“ギレン”周りは交際についての噂が絶えない。少し前の女性秘書官しかり――巨乳美人だったのにな――どっかの女優やらマハラジャ・カーンの娘やら。
果てはエギーユ・デラースときた。ホモ疑惑は前々から囁かれてたけどさ。周りを野郎ばっかりで固めてるから。
なんだかんだで派手な愛憎模様――事実無根の。
弄りやすいのかな。
パプティの手の中の紙面を覗き込んだアムロが、解せぬとでも言いたげに眉を寄せた。
「『……え? このひとガルマ??』」
「『ん。おれ』」
「『……写真だと分からないよ』」
なるほど。“思考波”なら間違えようもないけど、ただの写し絵じゃ読み取れるものは無いか。
パプティが天井を仰いで、それから顔を覆って盛大に呻いた。
「『人騒がせな!』」
「『“ギレン”が変装してこないからだろ。あんなに“おめかし”してくるなんて思わなかったんだ』」
「『格好いいわ』」
ララァはうっとり見てるけどさ。
そうこうしてるうちに、ゾルタンとフロルも起き出してきて、その場はいっそう賑やかになった。
「『オレも! オレも変身する!!』」
「『僕も!!』」
変身って。いったい何になる気なんだ、君ら。
「『ゴジラ!!』」
「『ダース・ベイダー!!』」
「『キグルミか』」
それは色々難しいと思うよ、製造的に。
誤解は解けたというのに、なぜかパプティは去らなかった。
ララァはお勉強の時間だし、アムロたちは例によってカイ達――スクールの友達も加わったとかで、結構な人数である――と市内巡回に出かけていった。
なんとなく少年探偵団。親玉は“ギレン”で、少年少女たちは、ムンゾの“生の声”を届けてるんだそうな。
それって“伝書鳩”予備軍じゃないのか。
静かになった部屋のベッドに座って、パプティは膝の上で組んだ自分の指差に視線を落としてた。何かを考えてる様子だった。
「『……“noblesse oblige”とはなんだ。もちろん、意味するところは解る。閣下は私にそれを身につけろと言う』」
あれま。随分と難しいコトを考えてるね。
「『じゃあ聞くけどさ、何のために身につけたいの?』」
聞いてみたら、きょとんとした眼差しが返る。
「『……何のためって、必要だからだろう』」
「『何に必要かって聞いてんの』」
繰り返せば、パプティはぎゅっと眉を寄せた。悔しそうな、傷ついたような表情だった。
「『私に身につけられないと思っているのか』」
「『必要なところがわかんないうちはね』」
ふぅとため息をつけば、パプティの肩が揺れた。
たまに垣間見られる、こんな自信なさそうな素振りは、いつか観た“あの男”にはそぐわない――でも、もしかしたらそんな時期もあったのかな。
「『……たとえ話をしようか』」
そうだね。ある男の話だ。
デギン・ソド・ザビはムンゾでは名家であるザビ家の家長であり、ムンゾ自治共和国政府の首相でもある。
名士であり、公人ってこと。
また、その子供たちも各分野での重鎮をつとめてる――ひとりを除いてね。
デギン・ソド・ザビの権力は強いよ。財力もある。
彼は、おおよそ人の羨むべきものを全て持ってる。
「『……それは自慢か』」
「『そうだね。だから、彼は“最愛の末息子”を、失うかも知れなかった――仮に失うとしても、それを拒絶できなかった。その息子もまた、自身の安全よりも優先すべきものがあった』」
わかるかな。
パプティが口を噤む。
「『“高貴であれ”ってことは、“身を切れ”ってことと同じだ。ね、お前はなんのために身を切るの?』」
まっすぐに視線をあわせて、聞いてみる。
「『……なら、お前はなんのためそうするのだ、ガルマ・ザビ』」
恨めしげに睨んでくるのに、からりと笑った。
「『そりゃ“クソ野郎”にならない為にさ』」
権力だけ持っててなんの義務も果たさないなら、そりゃクソよりも悪い――堆肥にすらならない害悪だし。
民衆は権力におもねりながら、その眼は批判的だ。
ザビ家に生まれて、ただ恩恵だけ享受してたんじゃ、“ガルマ・ザビ”の名は地に落ちる。
多分、普通ならここで自身の誇りとかを守るため、とかなんとかなんだろうけど、おれのはもっと単純だ。
守りたいものものを守るチカラを失わない為に、クソ野郎になるわけにはいかんのよ、対外的に。
「『noblesseなんて、ひとそれぞれだ。血筋でも権力でも財力でも理念でも、持てるもの故に誰の目からでも分かるほど犠牲を払えって、けっこうな痛みだよ』」
“ギレン”はそれをお前に要求してんの。
お前が本当に支配階級に昇る気なら、いまのうちに覚悟を決めとけってさ。
「『………払ってない輩も多いだろう』」
そうね。おざなりの慈善事業とか。それすらしない野郎とか。
「『残念ながらね――で、お前はそのクソ野郎になるつもりなの?』」
「『クソ喰らえ!』」
罵倒がきた。
「『私をそんな輩と一緒にするな!』」
「『ならなおさら考えときな。なんの為なら身を切って良いか』」
それがわかれば、“noblesse oblige”が何かなんて、悠長なことは言ってられなくなるから。
「『“ギレン”を見てみなよ。なまじ権力があるもんだから、“私”なんていつだって二の次三の次だ。ちょっとの息抜きでさえスキャンダル扱い。それでも民衆に愛されてんのは、コロニーの為に身を粉にして働いてんのを皆んなが知ってるからさ』」
こないだなんか、執務室に連チャン泊まり込みで仕事してて、あげくに下士官の食堂で朝飯食ってたことがバレたみたいで話題になってた。
案外気さくだったとか、プチトマトを避けてたとか証言が出てて笑った。
上がちゃんと休まないと下も安心して休めないから、ギレン閣下にはきちんと帰宅してお休みして欲しいですねって、美人のニュースキャスターが言ってた。
くふくふ笑うおれを、パプティは微妙な顔で見てた。
「『なら――お前は、私が“私自身”のためだけに身を切ると言ったら?』」
「『いやそれ基本だろ』」
「『……エゴと罵らないのか?』」
パプティがぱちくりする。
つまるところ、人間は誰だって自分のために生きてる。
だって、好きなものを愛して、大事なものを守るのだって、自分がそうしたいから。自分のための行動に過ぎない。
エゴ。それだけ。だからこそ。
「『エゴ大事。悪いだけのモンじゃないだろ』」
「『………そうか?』」
「『そうさ。それにホンモノの“エゴイスト”は、どんな場合でも自分の身を切ることなんか考えないし』」
いつだって、誰かに身を切らせることを考えるのさ。
「『………………そうか』」
「『そうさ』」
お前が、この先で、どんな人間になるのかは知らないけど。
もしかしたら、いつかの世界線にいたあの男より、もっと優しい――……。
「『ならば、ガルマ・ザビ。これからも私達のために身を切らせてやろう! ……大事なんだろう?』」
「『そうね。大事だわ』」
むすりと頷く。
ふふんと身をそらして不遜気に笑うパプティの耳は、ほんの少しだけ赤かった。
いつかのあの男より、もっと優しい人間になるかは不明だけど。
ひょっとしたら、ツンデレとかいう生き物に育ったりするんだろうか。