ザビ家成り代わり   作:くずみ@ぼっち字書き。

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【成り代わり】another ORIGIN 反逆の"ガルマ" 40【転生】

 

 

 

「姉様!!!」

 エントランスに入ってきた姉の姿に耐え切れず、挨拶もそこそこに飛びついた。

 ルウムと連邦の交渉が一段落して、長らく調停にあたっていたキシリア姉様が帰還したのである。

「ガルマ! お前ったら、ぜんぜん変わらないのね!」

 呆れたような口調だけど、キシリア姉様もぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。

「おかえりなさい。お疲れさまでした。そして素晴らしい成果でした。きっと姉様にしかできなかったと思う」

 ルウム市民への発砲を、あくまで暴動鎮圧と言い張っていた連邦軍に非を認めさせたこと、補償への道筋をたてたこと。

 それは同時に、暴発寸前だったルウムを抑えつづけたってことだ。

 一歩間違えれば――そして、おそらくそれを誘導してた輩がいた中で――戦端を開くことなく、事態を鎮静せしめるなんて。

 キシリア・ザビだからこそできたこと――ザビ家の唯一の娘。シャアを愛して、ルウムを大事に想うようになった姉様だからこそ。

「……そうね。ありがとう。成し遂げてきたわ」

 そう言って微笑む姉様の顔は誇らしげに輝いて見えた。

 でも、やっぱりお疲れだろうから、早く休ませてあげなくちゃ。

 振り返れば、執事は心得たもので、すぐに部屋で休まれるかと問いかけをしていた。

「……シャアもさ。お疲れ様。姉様を支えてくれて、ありがとう」

「ははは……気付いてくれてたのか……目に入ってないのかと……」

「気付いてたに決まってる。意地悪してごめん」

 ぐったり気味のシャアをしっかりと抱きしめる。

「大変だったよね。よく乗り切った」

 もの慣れないお前が、交渉の最前線で采配を振るってた姉様のそばに居たんだ。

 周囲からの目は、優しいばかりじゃなかっただろう。妬むもの、あげつらうもの、隙きあらば追い落とそうと狙うもの――優しいお前のことだから、傷つかなかった筈がない。

 余裕のない姉様に、八つ当たりされることだってあっただろうに。

「支えきったんだね……シャア兄さん」

 キシリア姉様の夫に、お前より相応しい男はないだろう。

 その途端、ぐったりと凭れてたはずのシャアが、ガバリと身を起こした。

「ガルマ!? いまなんて!??」

「“支えきったんだね”って」

「その後だよ!」

「……さぁ?」

「“シャア兄さん”って呼んだよね!?」

 前のめりのシャアに向かって、ニコッと微笑む。

「えぇ〜。呼んだかな? 空耳じゃないの?」

「呼んだよ! もう一回! もう一回!!」

「ほら、姉様が部屋に行っちゃうよ」

 エントランスでいつまで騒いでるつもりなのさ。

「デレ要素少ない!」

 嘆くシャアに、あっかんべ。

 そりゃそうさ。おれ、自他ともに認めるシスコンだもの。

 そう簡単にデレると思ったら大間違いさ。

 

 その日の晩餐は賑やかだった。

 軍務に追われてる“ギレン”とドズル兄貴は帰宅できなかったけど、なんとサスロ兄さんが、婚約者をお披露目した。

 黒髪に榛色の瞳、オリーブの肌の情熱系ラテン美女でびっくり。見かけは派手だけど、もの言いや仕草は理知的で、色気より知性が際立つ感じ。

 キシリア姉様や、アルテイシア、それからミアとの相性も悪くなさそうだった。ララァともね。

 ん。これ大事だからさ。

 サスロ兄さんは、かつては仲の悪かった妹を盛大に称賛し、労っていた。

 キシリア姉様は、ちょっと面食らった様子を見せたあと、それは嬉しげに微笑んで、今度はサスロ兄さんを面食らわせてた。

 デギンパパは微笑ましげにそのさまを見ながら、なぜか「ギレンめ…」と呟いてた――ほんとになんで?

 それでも、お疲れだろう姉様たちを慮って、メニューは重たくならないものを、そして、時間も短めに終わった。

 サスロ兄さんの婚約者は颯爽と――あんまりにもアッサリと兄さんを置き去って行くんだよ。別れ際のキスとかも無し――帰っていった。

 そのまま部屋へ戻るのかと思ってた姉様たちは、居間での談笑にも参加するみたいだった。

 座り心地の良いソファに沈み込むようにして、グリューワインを含んでる姉様のまわりには、アルテイシアを筆頭に少女たちが集まっていて、花が咲いたように華やかだった。

 対して、子どもたち、それからパプティとシャアは、ボードゲームに興じている。ときおりワァワァ言いあう声が賑やかだ。

 おれは、デギンパパとサスロ兄さんのいる暖炉のそばでのんびり過ごす。

「……キシリアのヤツ、本当にやってのけたなぁ」

 サスロ兄さんがしみじみとこぼすのに、パパンは低い声で笑った。

「良き伴侶を得た故であろう。あの娘の気性は正しくザビ家の血筋よ。守るものがなければ、ただ敵を屠るだけ……ルウムなど歯牙にもかけなかったであろうに」

 目を細めながら、そんなことを言うパパンは安堵しているようでもあった。

 ふと、いつかの世界線のキシリア・ザビを思い出す。終生、その隣に伴侶を置くことをせず、血統の中でさえ殺しあったひとを。

 顔を隠し、氷のようですらあったあの女も、本質は今生でのおれの“姉”と同じく、激しくも優しい女性だったんだろうか。

「………幸せになってほしいんです。幸せでいてほしい。姉様も。兄様達も。お父様も。あの子達も」

 ポツリと言葉が落ちた。

 だって、今生でのおれの幸せって、結局、そういうことだ。

 ザビ家と子供たちの安寧――もちろん、キャスバルだって含まれてる――が守られれば、おれはそこで笑っていられる。

「――……お前は、そればかりだな」

 くしゃくしゃと、伸びてきたサスロ兄さんの手が髪をかき乱した。乱暴な動きなのに、痛くないし。

「優しい子だ。だからこそ、お前も幸せでおらねばならんのだぞ」

 パパンは目尻を下げておれを見てた。

「ええ。幸せなんです。僕、いまこのときも」

 嘘じゃない。

 溺れるほどに注がれる愛情が、“ガルマ・ザビ”を満たしてるんだから。

「みんなが、僕を幸せにしてくれてるんです」

 満面の笑みがこぼれる。

「……そうか」

「そうですとも」

 最近、涙もろくなったみたいなパパンが、そっと目尻を拭っていた。

「――そう言えば、ギレンが妙なことを言っていたんだが……」

 そんな和やかな空気の中、サスロ兄さんが首を傾げた――塩水でも呑み込んだみたいな塩っぱい表情だった。

 パパンがぎょっとした顔をする。

「ギレンがどうした?」

「先日から話題になっている、愛人発覚のゴシップがあるでしょう」

「ああ、あれか。そんな相手がおるなら、連れてくれば良いのだ。悪いようにはせんのに」

 ニヤニヤするパパンに、サスロ兄さんはしわくちゃピカチュウみたいな顔芸を披露した。

 たまたまこっちを見てたキシリア姉様が、何事かと目を見開いてるし。

「………相手がガルマだと言い張っているんだが」

「なにを馬鹿なことを」

 全く信じてなさそうな二人だけどさ。

「あ、それ僕です」

 暴露してみれば、パパンとサスロ兄さんの顎が落ちた。すごい驚愕の表情。

「……ガルマよ」

「はい」

 呼びかけに答えたのに、返ってきたのは沈黙だった。

「お父様?」

「………………うむ……………」

 迷ってるのか、続く言葉が出てこないらしい。

「ギレンを庇わなくても良いんだぞ?」

 とは、兄さんの言葉。

「庇ってません。あれ、本当に僕ですってば」

 なおも疑う様子の兄さん達に、ダメ押ししてみたら、ふたりとも、上から下までジックリとおれを見た。

「……お前、女の格好が好きなのか?」

 ふぉ。ストレートにきたね、サスロ兄さんは。

「いいえ。“ギレン兄様”から、変装して来なさいって指示があったので。それに、あれは女装ではないですよ」

 ジェンダーレスだってば――とは言え、この世界線って割とファッションは男女で固定されてるから、あれも女装になっちゃうのかな。

 首を傾げる。んん。どうなんだろ。

「……ギレンが?」

「はい。“ギレン兄様”も変装して来られたおつもりのようでしたが……」

 うん。めちゃめちゃお洒落でどうしようかと思ってたアレ、一応、変装のつもりだったらしいよ。

「……変装だったのか」

「そうらしいです」

 サスロ兄さんは、ガックリと項垂れた。

「俺はまた勝負をかけて、本命に会いに行ったとばかり――……そもそも何でそんなことに」

「主に僕の行状についての申し送りです。配属先での注意事項とか。士官学校でのあれこれについて、まだ心配してるようです」

 肩をすくめる。“暁の蜂起”が、かつての物語以上に派手なものになった件について、“ギレン”は未だにご立腹だ。

「帰宅して話し合うという選択肢は無かったのか?」

「家だとキャスバルが同席するので。個別にと考えられたようです」

「………………なるほど?」

 サスロ兄さんは、ため息をついた。

「……………………………………………ガルマよ」

 そして、ようやく言うべきことを取り纏めたらしきパパンが。

「あの様に身を変える術を、どこで覚えた?」

 ひどく心配げな眼差しと声色だった。

「地球で。アースノイド至上主義者たちから逃れるために

必要だったんです」

 その答えに、パパンと兄さんは息を呑んだ。

 あのとき、敵に正体を知られたらデッドエンドだった――追手はとにかく執拗だったし。

 実のところ、変装は、それこそいくつもの人生の中で身につけた術だ。折々で知った"誰か"の真似をすることで、おれ以外の姿と人格を得る。

 おかげで捕らえられることもなく、ムンゾに帰還できたわけだが。

 不意に伸びてきた腕に絡め取られて、パパンの胸に抱き留められた。

 どうしたの。不安を思い出しちゃった?

「大丈夫です。お父様、僕はここにいます」

「うむ…うむ…」

 もう何処へも行くなとばかりに、抱きしめてくる腕に力がこもった。

 パパンには、おれが、いまだ幼子にでも思えてるのかな。もう成人間近なんだが。甘やかしてくれるのは嬉しいから良いけど。

「……それにしても、凄まじいな。家族すら見破れんのだから」

 サスロ兄さんが頭を振った。

「お前には驚かされてばかりだな」

「僕だって驚かされてます。いきなり婚約者を連れてくるなんて!」

 サスロ兄さんに恋人が居るのは知ってたよ。観劇デートとかしてたし。

 だけど、今日、連れてくるなんて思わないじゃないか。

「……でも、とてもお似合いでした」

 二人で並んでた姿は、なんだか堂に入っていて、既に夫婦みたいに見えた。

 あまり甘さが感じられなかったからかも知れない。それでいて、信頼の深さは垣間見られた。

 ニマニマしそうだから、口元を隠す。

「これでいよいよ後がないな、ギレンのヤツ」

「――……本当にあやつときたら、どうにもこうにも言うことを聞かん!」

 ふぉ。

 憤慨しはじめるパパンに、兄さんが仰け反った。

「大丈夫です。きっと……もう少し先で、“ギレン兄様”は運命の乙女に捕まりますよ」

 腕をそっと叩いて宥めてみる。

 少女は、いつまでも幼いままでいてくれやしないんだ。どんどん綺麗になるし、どんどん強かになる。

 ララァ・スンの心が変わらなければ、いかな“ギレン”だって太刀打ちできようもないさ。

 グラスの奥で、パパンの目がぱちくりと瞬いた。

「なぜ言い切れる?」

「僕がララァを応援しているので」

 言い切れば、一瞬の沈黙のあと、パパンは声を上げて笑った。

 反対に、サスロ兄さんは目を剥いておれを見る。

「今度は何をやらかす気だ!?」

「やらかすだなんて。ただ、一途な乙女には協力を惜しまないだけですよ」

「――……俺たちは、娘のような年頃の少女を義姉と呼ぶことになるのか……」

 いずれはそうなるかも。

 無事に連邦との戦いを乗り切ればね――そんなふうに、絶対に勝たなきゃいけない理由はいっぱいあるんだ。

 

        ✜ ✜ ✜

 

 私用はだいたい夜にこなす。日中は皆と過ごしたいからね。

 自分の部屋だとベッドの誘惑に負けそうだから、コンサバトリーを占拠してる。もはや第二の私室みたいな感じ。

 使用人も心得たもので、入用なものは、たいてい棚に揃えてあるんだよ。

 例によってラップトップに向かい、メッセージやデータを捌いていく。

 必要なものに返信。

 データ群はピース化して頭の中に。バラバラなそれらは、くるくると廻りながら絵柄のようなものを描き出す――瞬きごとに変わる万華鏡みたいに。

 それから、宝物の万年筆で手紙も書く。

 素晴らしく書き心地が良いから苦にならないんだ。ずっと書いていたくなるくらい。

 地球で出会った奴らに、大学時代の恩師や級友達、ローゼルシア様、ニュータイプ研究所で知り合った同朋と、レディ・アベイルにも。

 そう長いものじゃなくて、折りにふれた短い言葉の羅列ばかりだけど。

 ガルシアのところに送られたら、また暫くは連絡取れなくなるからさ。

 さて、士官学校を卒業してから半年が過ぎた。

 同輩たちは配属先にも慣れ、各部門で活躍してる様子だった。それは当人たちからのメッセージからも、収集しているデータからも知れる。

 ところで、我々“暁の蜂起”に参加した候補生の結束はたいへんに堅い。あの大作戦、壮絶な初陣を共に駆け抜けた仲間として、ひとつの部隊としての意識があるわけだ。

 もちろん、それは現在所属する部隊に優先されるものじゃない――優先させちゃ拙いからね――けど、馬鹿にできない影響力をもってるんだよね。

 同期生はもとより、先輩後輩に至るまで、わりと密な繋がり。

 そして、全員が士官ってことは、部下がいる。

 わずか半年ではあるものの、“ガルマ・ザビ”の糸の先は、それなりの範囲で軍部にも拡大されてるってこと。

 この先も維持していけば――そして、連中が順当に出世してくれれば、いずれ一大勢力を築けるだろう。

 どんな組織でも、一枚岩じゃない。大小さまざまな派閥がひしめき合いながら、一つの巨大な集団を形成している。

 おれ達の群れは新興だから、排除されないように上手く立ち回らなきゃいけないんだ――が、なぜか既にマークされてるみたい。

 “ギレン”か。“ギレン”なのか。

 めちゃくちゃネガキャンしやがるのヤメロくださいよ。もう。

 突出し過ぎないように、目立ち過ぎないように、水面下の広がりに留めておいたはずが、なんでか結構オープン。

 あんまり顕著になると、利用しようって輩も出てくるから、面倒なことになるのにさ。

 おれ達の勢力がムンゾを割るなんて冗談じゃないし。

 これで“ギレン”との仲が良好だと認識されていたら、そこまで危惧はしなくて良かったのに。

 どこかの傘下に入ることは躊躇われるけど、強固な後ろ盾は欲しい。そんな矛盾。

 んん――ドズル兄貴か、キシリア姉様あたりがバックに付いてくれたら理想的なんだが。

 そう巧くいくわけもなかろうし。

 当座はすり寄ってくる相手を警戒、牽制しつつ時期を待つしかないか。

 まずは、ガルシア・ロメオ。

 崖っぷちのあの男が、“ガルマ・ザビ”をどう扱おうと出るのか。

 先入観は禁物と言えど、あまり愉快なことにはなりそうにないね。

 ふぅ、と、溜息。

 書き上がった手紙はインクも乾いたから、クラシカルに蝋印で封に込める。

 背後でノックもなく扉が開いた。

「『おかえり、キャスバル』」

「『ああ。ただいま』」

 アルテイシアがこっちにいるからか、キャスバルもだいたいこっちに帰宅してる。

 ご母堂様が寂しがらないかと聞いたら、フロルとマリオンを可愛がるのに忙しいらしい――それで拗ねてザビ邸に帰ってんのかね?

 まだ軍服のままの幼馴染みは、ソファにどさりと腰を下ろして、ついでに足を投げ出した。

 おい、お行儀どこいったの。

 腹が立つほど長い足なのは分かってるんだ、見せつけんな――漏れた思考波に鼻で笑ってくるのが余計に。

「『グリューワインを』」

「『ここはBARじゃございません』」

 とは言いながら、作らないわけじゃない。おれも飲むからね。ついでだからね。

「『シャワー浴びてきたら? 着替えたほうが楽だろ』」

「『寝る前で良い』」

「『だったら髪乾かしてから寝ろよ』」

「『面倒だ』」

 これである。

 そんなんで、なぜそのツヤツヤ金髪ウェーブがキープできるのだ。おれが同じことしたら、翌朝の寝癖直しか壮絶なことになるのに。

 オリジナルのガルマのあのクセだって、もしかしたら寝癖を気にしてたのかのかも。

 ともあれ。

「『ねぇ、キャスバル、まさかと思うけど、ドズル兄様やラルになにか圧かけたりしてないよね?』」

 おれ達の群れの微妙な動きが気になってるんだ。

 わずかな揺らぎ――よもやお前が原因で上層部にマークされてるとか、そんなワケは無かろうな。前に兄貴に特攻かましたって聞いてるけど。

 キャスバルの青い目がうっそりと逸らされる。

「『……なぜ、そんな真似を僕が?』」

 疑問で返された。心外ってことか。だよね。

「『“彼ら”は確かにお前の“チカラ”だけど、いまはまだ振るうべき時期じゃなきからね』」

「『……言われるまでもないさ』」

 ん。んんん。

 キャスバルのせいってわけじゃないのか。

 ――じゃあ、やっぱり原因は“ギレン”のネガキャンってことかな……?

 アルコールストーブでワインを温めてれば、

「『内示が下りた。僕はギレンの執務室に入る』」

 背中にそんなことがポツリと告げられた。

「『そう。しばらくは良い子にしてなよ。お前、“ギレン”を怒らせてるみたいだからさ』」

 マグに注いだワインを手渡す。

 あれだけ可愛がってたってのに、最近の“ギレン”はキャスバルにちょっと冷たすぎるんじゃないのか。

 それでも、執務室に入れるってんだから、やっぱり大事にしてるんだと思う――大切な“掌中の珠”。

 マグに口をつけながら、キャスバルが顔を顰めた。

「『……それは君もだろう』」

「『そうさ。おれはいつだって怒らせてる』」

 そりゃもう、毎度毎度、気が遠くなるような時間の中で。反対から見りゃ、“ギレン”がおれを怒らせてるってコトでもあるんだがな。

「『それで、君は辺境へ偵察哨戒へ出されるわけだ……どうしてギレンは、これほど君に厳しいんだろうな』」

 悔しそうな声に苦笑いがこぼれた。

「『おれが“おれ”だからさ』」

 即答できるし、断言できる。これ自明の理。

 そんなこと、お前がため息を落とすような問題じゃないよ。

「『それは答えじゃない』」

「『でも、答えなんだ』」

 肩をすくめる。

「『別に“ギレン”はおれを排除したいわけじゃないよ。ただ、いまこの時に“おれ”を必要としてないってだけ』」

 この先、必要になる時が来るのかってことについては…………ちょっと微妙だけどさ。

 そのへんは、いま考えても仕方がないからスルー。

 その“ギレン”と言えば、いきなりの長期休暇宣言をかましていた。

 ワーカホリックを心配されていた人間が、急に長い休みをとるってことで、なにやら色々と憶測が流れてる。

 健康面での心配は真っ先に当局が否定してたけど、完全に払拭されてる様子はないし、陰謀説――どんな陰謀さ?――やら、なかには恋人と婚前旅行に出たとかそんなゴシップまで。

 アジアンビューティーなモデルが“ギレン”との仲を取り沙汰されて、「どこかの羨ましい馬の骨と一緒にしないで!」なんて、おかしな感じにキレてたっけ。

 噂は様々あれど、実のところはお忍びで外遊するつもりらしい。各サイドの視察。お供はタチだって。他にもこっそりついてく“鳩”はいそうだけど。

 良いなぁ。叶うことなら、おれもついて行きたかった。

 どこのサイドのどのコロニーだって、いつかの物語の舞台だ。

 単なる物見遊山じゃないとは知ってるけど、羨ましいことこの上ないよね。

「『……お前が配属されるのって、“ギレン”の休暇明けだっけ』」

「『そうだな』」

「『お土産せしめておいてね、おれの分も』」

「『……どこまで能天気なんだ、君は』」

 呆れた顔のキャスバルにくすくす笑う。

「『おれたちも行こうよ。連邦とのアレコレが片付いたらさ』」

 各サイドを廻って。きっとすごい冒険になるよ。

「『……未来の約束かい?』」

「『そうだね』」

 ――約束しよう。

 お前と交わした約束を、おれが破ったことないだろう?

 青い目が一つ瞬いて、その奥の光がようやく緩んだ。

「『せいぜい楽しみにしてるさ』」

 さして興味がなさそうな口ぶりだったけど、その横顔には薄い微笑みがあった。

 

 

 3週間の猶予はあっという間だ。

 皆と過ごせた日々はただ楽しくて、終えるのは切ないくらいに惜しい。

 だけど、ガルシア・ロメオの艦に乗る日は、もう数日後に迫っていた。

 アムロたちはまだ元気だったけど、アルテイシアは、目に見えてしょんぼりすることが増えてきた。

 コロニー"海"から、桜貝が届いたのは、そんな時分だった。

 ちょっと前に、お姫様にあげるって約束してたから、取り寄せておいたんだよね。

 桜貝の他に色もとりどりの貝殻と珊瑚、それから取っておきも。

「『僕のお姫様へ贈り物。受け取ってくれるかい?』」

 綺麗にラッピングされたそれを、アルテイシアの目の前に並べていく。

「『開けてみて』」

「『ありがとう、ガルマ!』」

 曇りがちだった表情に微笑みが戻ってる。可愛いなぁ。

「『……これが桜貝?』」

「『そ。君の爪のほうが綺麗で愛らしいでしょ』」

「『うそ! こんなに綺麗じゃないわ!』」

「『ほんとさ。ずっとずっと、君のほうが綺麗だよ』」

 隙を見つけて頬にキスを。

「『桜貝も、珊瑚も真珠も、僕のお姫様には敵わないんだ』」

 耳元で告げたら、滑らかな肌が薔薇色に染まった。

 たくさんの箱の中から、本命をそっと取り出す。

 アンティークなデザインの真珠の首飾り。少女が身につけるには大人びてるけど、そろそろ良いでしょ。

 豊かな金色の髪をそっと掻きかげて、顕になったほそい首に真珠を飾った。

 ――ん、似合ってる!

 海の女神さながらだね。

「『僕のアンフィトリテ。ポセイドンが世界の果てまで追い求めるのだって当然だね。僕だってそうするもの』」

「……私だって追いかけて行きたいわ」

 不意に水宝玉の瞳が潤んで、ゆらゆらと光が揺れた。

 軍務に就くおれを思って、不安を思い出した様子だった。

 涙はさざなみに返る月明かりみたいに清かで、そりゃ心惹かれるけど、泣かせるのは本意じゃない。

 瞼にもキス。

「『ごめんよ、連れてはいけない。アルテイシアにはここを守っててほしいんだ。僕の帰るところ……頼んでも良い?』」

 おれが“ガルマ・ザビ”でいるための、大事な拠り所なんだ。

 お願いすれば、何度も頷いてくれた。

「ちゃんと、私のところに帰ってくるのよ!」

「『もちろん。僕のお姫様は君ひとりだもの』」

 もし、君がこのままおれを慕ってくれるのなら、終生、その傍らで守り抜くよ。

「浮気なんかしたら、キャスバル兄様にやっつけてもらうんだから!」

「『……それは怖いな』」

 そんときは、おれ、パイロットスーツなしで宇宙に捨てられるんじゃないかな。

 一瞬、恐ろしい想像が頭を過ぎったけど。

「『心配しないで。僕はアルテイシアの“騎士”だからさ。あの日、君に任じられてから、ずっとずっと』」

 お姫様を泣かすものは許さないよ。それがおれ自身であってもね。

 そっと抱きしめてみたら、アルテイシアはようやく微笑みを見せてくれた。

 

「『……本当にふたりの世界を作るわね』」

 

 遠慮なく割り込んできた声に振り向くと、ララァが呆れ顔で立っていた。

 マリオンとゼナがアワアワしながらララァを止めようとしてるし、ミルシュカはぐいぐい手を引っ張ってるけどさ。

 ――まぁ、君は躊躇しないよね。知ってる。

 アルテイシアは「きゃあ」と可愛らしい悲鳴を上げて、腕の中から逃げてしまった。残念。

「えぇと…ほら! みんなにもガルマからプレゼントがあるわ!」

 照れ隠しなのか、お姫様はテーブルに大小の包みをこれでもかと広げだした。

 そうだね。女の子たちには珊瑚や真珠母のブローチやバレッタ、ペンダントなんかを用意してみた。

 それから、ミルシュカが喜びそうなカラフルな貝殻とかも。

 少女たちはこぞって包みをほどき、きゃあきゃあとはしゃぎ始めた。花園のようだな。

 そして、ボーイズにはまた別の品々を。

「『僕らにはこれ?』」

「『どうすんだ? 吹くのか??』」

 アムロとゾルタンが、手にした法螺貝を矯めつ眇めつ。

「『ん。吹くんだよ』」

 頷くと、フロルが口をつけて思い切りよく息を吹き込んだ。刹那にひびくあの音。

 皆がいっせいに飛び上がって振り向いた。

 獅子吼なんて例えられてるだけあって、けっこうな音量――と言うか、肺活量すごいね、フロル。

 めちゃくちゃ気に入ったのか、すごい吹き鳴らしてるし。

「『俺も! 俺も吹く!!』」

 案の定、ゾルタンが飛びついたけど、アムロは若干引き気味の様子だった。

「『テヅルモヅルの標本のほうが良い?』」

 素晴らしく保存状態のよいそれを差し出してみる。

 見てよ、このレースみたいな繊細な触手を。すごくキレイに整えられてるでしょ。

「『……………なんでこれにしたの?』」

「『凄くない?』」

「『凄いけど』」

「『“ギレン兄様”にあげようと思って買ったけど、欲しいならアムロにあげる』」

「『――………………いらない』」

 なんと!?

 遠慮じゃなくて、純粋にいらないと思ってることは、思考波だからすぐ分かった。

「『こっちにする』」

 なんて、珊瑚のタリスマンを手にしてるし。

「『………そう』」

「『うん』」

 そうか。ならばコレは当初の予定どおり、“ギレン”の寝室に飾っておこう。

 ――やっぱりダイオウグソクムシとかのほうが良かったのかな。

「『それもいらない』」

「『……そう』」

「『うん』」

 そんなやり取りが。

 ちなみに、パプティはちゃっかりと真珠母のタリスマンを確保していた。

 

        ✜ ✜ ✜

 

 崖っぷちの男の艦に乗る日が来た。

 集められた面子の中には、めちゃくちゃ見知った顔があった。

「3週間ぶりだね、ガルマ!」

「まさか同じ配属先になるなんてな!」

「やっぱりフラグだったじゃないか」

 と笑ってるのは、モブリットとコウガとニケである。

「おれは逃げられんのか……」

 ってのは、ワニのひとこと。

「また会えて嬉しいよ。配属先でもよろしくね!」

 たかだか3週間では、まったく変わりがないように見えるメンバーだった。

 でもまぁ。初めて行く場所に知ってる顔があるって事は、存外に心強いもんだ。

 彼らの他にも、リノとケイとルーを連れて行けるから、ぼっちの心配だけは無い。

 加えて"黒い三連星"もいるらしいから、会えるのが楽しみだ。

 不安がないって言ったら嘘になるけど、ようやくスタート地点までこれたって気持ちはある。

 軽口をたたき合いながら、踏みしめるように一歩を刻む。

 いよいよ鼻先に迫ってきた戦雲の気配に、ほんの微かに背筋が震えた。

 

 

 

 

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