崖っぷちの男、ガルシア・ロメオである。
なんか、あれ。ナウシカの……「短けぇ夢だったな」のひと――クロトワだ――あれに見た目がちょっとだけ似てる。ギョロッとした眼とか、ヒゲとか。
クロトワは割と好きなタイプだったけど、目の前の男はそうでもない。まだあんまり知らないしね。
「"ガルマ・ザビ"一等兵であります」
そんなことを思いながら敬礼。
艦に乗り込むなり面通しって、早すぎないかな。
みなと引き離されて、艦長室に連れて行かれた。
無骨と言うか重厚と言うか、軍艦の艦長室としては相応しい内装の――そこにイブニングドレス姿のご婦人方がいなければね。
椅子に座るガルシアを囲むようにして、5人も。
まあ煌びやかなこと。露出度高め。
日頃から美人を見慣れている目からすれば、まあまあってところ――いや、二人ほど飛び抜けた美女がいるか。
一人目は、光を弾くようなプラチナブロンドを短く刈り込んで、シャープな輪郭を強調している女。
つり上がりぎみの琥珀の双眸が、気位の高い猫を思わせた。
すごい砂時計体型。ちょっとお目にかかれないスタイルの良さだ。
もう一人は、見事な金髪を緩く巻き上げ、おくれ毛が頬や首筋をくすぐるような艶めかしさを演出してる。
こっちは垂れ目。瞳の色はダークブルーで、光の加減ではグレーにも見える。お胸様が超弩級。
高級クラブがキャバクラか、なんにしても、その人たち、絶対に軍属じゃないよね?
なんなの。軍艦を私物化してるってほんとだったのか。
あえて表情を消して、温度をのせない視線でガルシアを見る。
少将の地位にある男は、ニヤニヤ笑いを消さないまま見返してきた。
「ようこそ我が艦へ、ガルマ・ザビ一等兵。今後は俺に従ってもらうぞ」
なるほど。マウントを取りにきたわけか。
ニコリと微笑む。
「以後、よしなにお願いいたします」
従うとは言ってない。
だけど、良いように取ったのか、目の前の不良少将は鼻の穴を膨らませた。
「うむ。素直さは美徳だ。君のことはギレン総帥閣下より直々に頼まれている。兵卒に落されたとはいえ、ザビ家の末子を荒くれ者の中に投げ出すのは忍びない……それなりに扱ってやらねばな?」
チラリと流し目を寄越して、態とらしく肩をすくめる。
なに、脅してんの? 言うコト聞かないとヒドイ目にあうって?
「ご厚情ありがたく。ですが、辣腕で知られるガルシア少将が率いる艦内には、無法者など居るはずもありません(むしろ居たら取り締まれ。部下の統率くらいちゃんと取れてるんだろうね?)」
笑みを深めて。
「勇猛果敢は兵士の倣い。わたしもそう有りたく存じます(おれが大人しくすると思ったら大間違いだから)」
さて、副音声は届いてるのかな――届いてなさそう。
社交界では、これくらいなら誰もが当たり前に裏を読んで返してくるんだが。
ガルシアにしなだれかかってる美女のうち、短髪のほうが面白がるように瞬きをした。垂れ目の方はちょっと苦笑する風情。
ふむん。女たちのほうが反応するか――こんな艦に乗ってるより要人のミストレス向き。
崖っぷちの男におとなしく傅くタイプには見えないんだけどな。
後ろの三人も視界の端で観察。
こっちは市街のBARにいそうなレベル。やり取りの裏に気づいた様子もなく、ザビ家の末っ子に興味津々といった視線を向けてきてる。
でもなぁ。割と地味な方が間諜向きだしな。このへんは、もう“ギレン”の調査がはいってんのかな。んん。
まぁ、タチが放って置くはずがないか。
「うむ、うむ! 我が艦は統制がとれておる。安心して過ごすが良い。君のことはこの俺が必ず守り抜こう………ところで」
大きく頷いたガルシアは、そこで言葉を区切って小狡そうな視線を向けてきた。
「無事に帰還した暁には、もちろん、そのことを君のお父上にお伝えすることになるだろうな?」
「そうですね。必ず」
どんな事態になるか知らんけど、そりゃ話のネタにはなるさ。
それにしても、仮にも少将が新兵を守るって、おかし過ぎるだろ。
なんだかな。腐ってんのかムンゾ軍。生まれで扱いが変わる見本がここに。
そりゃある程度はもとからあるけど、ここまであからさまだと流石に引くね。
少し戸惑ったような表情を作って。
「わたしのことは、一兵卒としてお扱いください。“ギレン総帥閣下”はそうお望みです」
少なくとも特別扱いは望んでない。
さぁ、お前は“ギレン”の意向に添うのか、あるいはパパンにおもねるつもりか。
「ダメよ、閣下、ザビ家のご子息を粗略に扱うなんて!」
「狼の群れに仔羊を投げ込むようなものだわ!」
「なんて可哀想!」
「お優しい閣下は、まさかそんな真似なさらないでしょう?」
ガルシアより先に、侍っていた女たちが騒ぎだす。口火を切ったのは、タレ目の美女だ。
ほうぼうから腕を引っ張ったり頬を撫でたり。
“お優しい閣下”とやらの脂下がった顔ときたらないね。
でも、女たちはさり気なくコッチにも秋波を送ってきてるんだが。あわよくばザビ家に取り入ろうってところかな。
プラチナブロンドの女だけが、口を噤んで微笑んでいた。賛成とも反対とも、どちらともとれる態度。
んん。
「ご心配なく。若輩ではありますが、死線を潜ったこともございますので」
今生をしても、地球でのドンパチに加えて“暁の蜂起”とかな。それより“前”は数えるのもバカらしいほど。
あえての冷たい口調でガルシアと淑女達を牽制してみた。
ここで取り込んでおくっていう選択肢はなくはないけど、あまりそそられない。
忠誠心に厚いタイプには見えないよね、ガルシアって。ムンゾより保身が上。おれを手持ち札にしようって魂胆が透けて見えてる。
下手に側に置かれでもしたら、この先で動くのが面倒だ。
さて、どうやってこの場を辞そうかな。
やるべきことは山積みだってのにさ。
リノたちとの合流はもとより、"黒い三連星"とも再会を果たしておきたい。
加えて、当然、直属の上官にも目通りしておかないと。
いつまでもコイツだけにかかずらってるわけにはいかないんだ。
――カドを立てずにどう引こうか。
まだくどくどと何事かを言い募る男を、やんわりと微笑みながら見やる。
要は何かと便宜を図ってやるから、そのぶんの見返りを期待するってこと。そんなの、おれが聞き入れるわけないのに。
どんどん冷めていく視線に気づいてか、プラチナブロンドの女がガルシアをつついた。
「閣下、ガルマ様はお疲れのご様子ですわ。そろそろ休ませて差し上げては? 思いやり深い閣下にきっと感謝なさるでしょう」
なんていうフォローが。
「おお? うむ……そうだな。少し休むといい。寛げる場を…」
「お気遣いいただきありがとうございます。ガルマ・ザビ一等兵、退出いたします」
被せ気味にぴしりと敬礼。
くつろげる場所って、あんたのバーでしょ。冗談。余計に気が抜けない。
御曹司然とした微笑みを残して、さっさと退散した。
✜ ✜ ✜
軍艦がひとつの街に例えられるのは、人類が宇宙に進出するよりもずっと前からだ。
数千人の乗組員を有するわけだから、そりゃ生活基盤はもとより娯楽施設まで作らざるを得ないよね。
ガルシアの艦も例に漏れず、3000人を優に超える乗組員――小さい方の艦なんだけどね――の士気を落とさぬように、シアターやパブなんかも設置されていた。
もっとも、きれいなオネエチャンがいるのはガルシアのバーだけなんだが。
個人的には、街というよりも、狭い中で大人数がひしめき合うここは、蜂や蟻の巣みたいな感じだ。
んん。ひっさしぶりだね、この感覚。
“ガルマ”としては初めてだけど、なにせ“前”があるからさ。
ふわりと魚みたいに遊泳して、壁際のレーンを掴む。
おれの上官は、いま格納庫にいるらしい。
スーッと運んで貰いながら、行き交う船員たちに会釈。
ちょっとびっくりした顔を向けられるのは、“ガルマ・ザビ”が案内もつけずにひとりで居るからか。
まぁね、つけようとしてたみたいだけど、案内役というか監視というか護衛というか。
ガルシアの干渉はお呼びじゃないから、その前にトンズラこいたわけだ。
どうせ、後から追いついてきそうだけどさ。
細い廊下の先、格段に開けた空間が格納庫だった。
飛び出すように躍り出て、ゆっくりと降りていく。壁際にずらりと並ぶMSが圧巻。
ふわぁ。ザクⅠとザクⅡが揃ってるし!
数体のグフも見つけた――けど、他はまだ量産されてないのかな。
床部分に横たわってる機体には、シートが掛かってる――あれはなんだろ?
忙しく行き来してるのは整備クルーたちか。
きょろりと見回せば、少し離れたきざはしに士官服を見つけた。
上官殿はあそこかな。
今度は床を蹴って飛び上がる。近づいて行けば、その軍服の色が見て取れた。
――うわ、黒いよ!
しかも三人揃ってる。
“黒い三連星”といきなりの遭遇ってさ。
ちょっとドキバク。
いまさら方向転換は出来ない――相手に視認されてるし。
14歳のときに会いに行ったきりだから、もう5年も前のことだ。一応、忘れられてないと思いたいけど、どうだろ。
トンと、巧く着地――するなり敬礼。
おれは一等兵だけど、向こうは尉官だ。気安く話しかけるのは不敬だから、ただ言葉を待つしかない。
ガイアは面白がるように口の端を持ち上げ、マッシュは鼻を鳴らし、オルテガは。
「お? おおおおおおおお!?」
なんて、目をパチパチさせながら寄ってきてくれた。
あの夜みたいだね。
覚えててくれたっぽい。思わず頬がほころんだ。
「お前、ガルマ・ザビか!?」
「はい! “ガルマ・ザビ”一等兵であります! 本日をもって配属されました!!」
ひたすら元気にご挨拶。
「………本物だ!」
はい、本物です。
小首を傾げたら、大きな手が頭の上に乗った。
「大きくなったなぁ! 前にあったときはこれくらいだっただろう」
って、流石にアナタの膝下ほど小さくはありませんー。
「No sir. これくらいであります!」
訂正したら、奥の二人が吹き出した。
「……たいして変わらんだろう」
む。マッシュか。
だいぶ違うと視線でだけ抗議してみれば、また笑うし。拗ねるぞ。
ジト目になりつつも、敬礼は崩さずにいれば、ガイアとマッシュも寄ってきた。
「楽にしろ」
顎を撫でつつ、ガイアが許可した。
「は!」
休めの姿勢。
背筋を伸ばしたまま三人に対峙する。
値踏みするように見下ろしてくる眼差しも真っ向から受け止めてたら、なぜだか苦笑いされた。
「……本当にここまで来たか」
感慨深げな声だった。
そうだね。あの時に、必ずあなた方の前に立つって宣言したんだっけ。
懐かしいような気持ちになる。
「しかし、まさか一兵卒になってるとはなぁ。どうだ。兵士の気持ちは理解できたか?」
マッシュがニヤリと笑いながら、皮肉げに聞いてくる。
「理解している最中です」
正直なところ、ザビ家の息子だと全くの兵卒とは扱いが異なるから、まんま理解できるかって言うと、否だ。
でも色んな“前”からしてみれば、まぁ、掴めない感覚じゃ無いっていうか。
「どうだかな。ダークコロニーでの話は聞いているぞ」
「至極真面目に訓練しておりましたが?」
ほんとにさ、シャカリキに鍛錬を積んでたんだ。
腕の良いパイロットの技術を真似て盗んで倣って、ひたすら自分のスキルにすべく臨んでた。
キラキラお目々で見返したのに、なぜだかガイアは顔を歪めた。
マッシュは笑いをこらえるみたいな表情だし。
「確かに優秀だったらしいな!」
オルテガだけが大きく笑いながら、ぐいぐいと頭を抑えて――これ、もしかして撫でてるのか――きた。
「同期の四名も一緒に配属されております!」
どうぞ宜しくねとばかりに伝えておく。
「ああ。聞いているぞ」
「曲者揃いだってな」
なんたること。やつらのグダグダっぷりが既に伝わっているというのか。
眉を下げたら、三方向から小突かれた。
勢いにコホリと咽たら、オルテガが背をさすってくれた。
いつかの世界線じゃ“赤い彗星”に敵愾心を持っていたはずだけど、いまこのときは、けっこう優しい。
「それで、何の用でここまで来た?」
「上官殿にご挨拶を」
早々にガルシアの所に連れて行かれたからね。
ただでさえ挨拶が遅れてるんだ。印象が悪くなる前にフォローしたい。
「リヒテン・ノビル中尉もこちらにいらっしゃると伺っていたのですが」
「ああ、さっきまでいたな。だが、あいつは辞退するそうだぞ」
――は?
辞退ってなに。そんなことできるの。どういうことなの。
ポカンと口が開く。
ガイアは人が悪そうにニヤニヤ笑った。
「お前のことは俺たちに任せるってよ。ザビ家の御曹司のお守りなんぞ御免だそうだ」
――……って事は。
「ガイア中尉がわたしの上官に?」
「なんだ、不満か?」
「いいえ!! 光栄です!!!」
ふぉーう!!! “黒い三連星”直属ってスゲー!!!
生の“ジェットストリームアタック”とか見られちゃうんでしょ。なにそれ最高か。
ふんす、と鼻息。お目々キラキラMAXレベル。
拳を握ってズイッと詰め寄れば、ガイアが仰け反る。
なんでそんなびっくりした顔でこっち見んの?
「…………嬉しそうだな」
マッシュが複雑そうな視線を向けてくる。
「ランバ・ラル大佐から俺達について何も聞いてないのか?」
「聞いてます」
良い話も悪い話も。
パイロットとしての腕は良いが、軍人ヤクザなんて陰口たたかれてることも知ってる。
だけどさ、粗暴と言われつつ、婦女子に暴力とか振るったなんてハナシは無いんだよね。
敵を倒すのには男女関係ないから、これは別。
だいたい野郎と格闘してるか、物をぶっ壊してる程度。
あの夜だって、酒場にやってきた少年二人を守ろうとしてくれてた。
「ずっと背中を追いかけてたんです……やっとスタート地点に立てたような気がします」
初期のテストパイロットのなかで、飛び抜けた技量を誇った男たちだ。
ドズル兄貴に無理を言って、何度も資料を取り寄せた。読むたびに、その技術の素晴らしさに感嘆してたんだよ。
物語のなかではやられ役みたいだったけど、実際にはそうじゃない。
この男たちに喰らいついていけば、おれは必ず強くなれる。
「俺達は甘くないぞ」
「はい!」
「貴様が選んだ道だ。泣き言は聞かん」
「はい!」
腹の底から了承すれば、ガイアの顔に不敵な笑みが浮かんだ。
不意に突き出された手を驚いて見る。
ええと、もしかして握手してくれるの?
「忘れたか? 本当にお前がバイロイトとして俺の前に立つまでは、握手はお預けだと」
「覚えてます! でも、僕まだ卵ですけど、握手して貰えるんですか!?」
言いながら、すでに両手でガッチリ掴んじゃってるけど。
ガイアが吹き出す。
だって気が変わられたら勿体ないじゃないか!
ぎゅっと握りしめた手のひらは分厚くて、指には操縦桿を握るためにできた肥厚があった。
おれの出来立てのそれよりも、ずっと固くてゴツゴツしてる。
「……坊っちゃんにしちゃマシな手だな」
ガイアがおれの指をなぞって、それから後ろの二人にも見せた。
グローブはしてたけど、それでも肉刺が潰れて、癒える前にまた潰れてを繰り返してたら、そのうちに破けなくなった手だ。
「まぁ、頑張ったほうじゃねぇか?」
「思ってたよりはな」
なんて言う二人の手のほうが、言うまでもなくゴツいんだけどね。
少しだけ逞しくなったように思えてたけど、比べる対象がこれだと恥ずかしいばかりなんだが。
「――……もっと精進します」
「おう。せいぜい励め」
ニヤリと笑ったガイアは、歴戦の猛者の風格で格好良かった。
それからのおれは、シンデレラだ。
継母がガイアで、二人の義姉がマッシュとオルテガね。
まぁ、新兵が雑用を申し付けられるのは常だから仕方がない。
上官たるガイア達の面倒をアレコレ見るんだけど――あれ、これ新兵じゃなくてお側使えじゃないの、と錯覚しそうになることも。
居室の掃除やら片付け、衣服をクリーニングに出したり受け取ったり、スケジュールの管理や果てはお酒の相手まで。
それに訓練も加わるから、一日中、独楽鼠みたいに走り回ってる感じだね。
挙げ句に方々から浴びせられる皮肉や罵声。これまで馴染みのなかった悪意が、ひっきりなしにやってくる。
暴力こそまだないけど、本物の良家の子弟だったらコレだけでも萎縮するかもね。
コウガ達とも引き離されたし――向こうは別の上官がついてる――リノたちとも合流できてない。
んん、ちょっと作為的なものを感じる。
多分、音を上げるのを待ってるんだろう。
――姑息な手を使いやがって。
おれがあんまり懐かないもんだから、周りに叩かせて、泣きつかせようとしてるわけだ。
ガルシア・ロメオの野郎――そんなマッチポンプにおれが引っかかるとでも思ってんなら、オメデタイ限りだ。
「オラよ!」
いまも、ようやくありついた昼食のトレイをひっくり返してくるから、その前にスープを吸い込んでパンを頬張った。
なにも乗ってないトレイが宙を舞って飛んでいく。
良かった。中身が溢れると清掃が面倒だからさ。
「ハッ、御曹司のくせにずいぶんがっついてんだな!」
「……人間ですから腹は減ります」
もぐもぐと咀嚼。飲み込んでから答える。
毎度毎度、こんなふうに絡まれてんだよね。
やれやれと肩をすくめたら、相手の顔が赤黒く染まった。
無重力下で、あんまり激高しないほうがいいよ、健康面から言えば。
「なにかご用でしょうか? デリック・ガーソン上等兵 」
貴様の名前は覚えたからな、でくのぼう野郎。毎日飽きずに突っかかってきやがって。そのうちに泣かす。
と、言うか、おれを虐げることのデメリットが計算できんのかね。
一兵卒とは言えど、実家はザビ家なんだが。
まぁ、そのへんを考慮できるオツムは持ってなさそう。
「お前生意気なんだよ!」
芸のない難癖だな。
胸ぐら掴もうとする腕を躱す――とうとう来たか暴力。段々とエスカレートしてたからね。
さて、どう対処すべきか、なんて悩む暇は無かった。
「おおっとぉ、手が滑ったー」
めちゃくちゃ棒読みなセリフのあとで、飛んでったはずのトレイが飛んできたから。
「痛えッ!?」
勢いのついたまま、それはデリックの後頭部で跳ね返り――。
「またまた手が滑ったー」
これまた棒読みでもう一発。
「ちょっと何やってんのコウガ! あー、アタシも手が滑っちゃったー」
君もかモブリット。
「危ないなぁ。ほら避けてー」
って、ニケ、それ狙ってるし。
ガンゴンぶつかるトレイにデリックが悲鳴をあげて頭を抱えてる。
よく見たらトレイ増えてるし。周囲から凶器が供給されてる模様。
向ける視線の先で、何人かがウインクやら投げキッスやらを送ってきた。
――キラリ☆ウインク返し!
お。トレイがまた増えた。
「やめろ貴様ら!! わざとだろう!!」
「テメエがトレイひっくり返したのもわざとだろ」
コウガが鼻の頭にシワを刻んで凄んだ。
「そうそう、見てたよ」
ニケは笑顔だけど、目がぜんぜん笑ってない。
「ガルマ、大丈夫?」
モブリットが間に割り込むように入ってきたから、そっと後ろに移動させる。
レディを盾になんてできないからね。
「勿論なんともないよ、ありがとう。みんな久しぶりだね」
「2週間ぶりだな」
「君だけ隊が分かれるとは思わなかったよ」
「一緒だったら良かったのに!」
なんて和やかに再会を喜んでる後ろで、デリックが憤怒の形相を浮かべてる。
突っ込んで来ないのは、(4+α ): 1――数で負けてるからかな。階級も、モブリットと同じだし。
このまま引き下がってくれると良いんだけど、まぁ、そううまくはいかないよね。
「何をしている、ガルマ・ザビ!!」
って、また面倒くさいのが名指しで来たし。
イビリの筆頭、リュファス・ベクラール中尉。顔はオランウータンに似てて愛嬌あるのに。
「ガルマ・ザビの日頃の行動について指導をしておりましたら、言う事を聞かず徒党を組んで暴行を!」
ってデリックが。味方が来て気が大きくなった様子。
でも、昼食邪魔して胸ぐら掴もうとすんのは指導じゃないよね?
暴行は――まあ、コウガたちのあれは範疇かも知れんが、そもそもお前がトレイ飛ばさなきゃこんな事態にはなってねぇのよ。
ふぅ、と溜息をついてから顔を上げる。
「昼食中に、デリック・ガーソン上等兵にトレイを跳ね上げられました。その飛んでいったトレイが跳ね返って当たったようです」
取り敢えず申告してみる。
「お前がなにかしたからだろう!」
「いいえ。食事を摂っていただけです」
「口答えするな!」
と、拳を振りかぶられるから、一歩下がる。
痛いのやだし。
だいたい、理不尽に殴られてやる筋合いはないんだよ。いつまでも大人しくしてると思わないでほしいね。
空振りした中尉は、勢い余って一回転した。
周囲から失笑が漏れて、その顔が赤黒く染まった。
「貴様!」
「冷静なご判断を願います。リュファス・ベクラール中尉」
真っ向から視線をあわせる。
鎮まりたまえ、怒れるオランウータンよ。本家みたいに森の賢人だったら良かったのに。
「(僕、マッチポンプ嫌いです)」
小声でカマかけたら、小さくて丸い目が限界まで見開かれた。
苦境に追い込んどいて、助けを求めさせることで貸しを作ろうって魂胆だろ。
一番と割りを食うのは走狗じゃないか。
「(貴方にどんな利があるか知りませんが、本当に叶うんですかね? ガルシア少将、どこまで庇ってくれるとお思いです?)」
十中八九、切り捨てられるだけだよ。
上に命じられたは通用しない。ガルシアはシラを切り通すだろう。
この2週間、だんだんとレベルを上げてくる嫌がらせを往なしてきたけど、そろそろ面倒くさくなってきた。
おれ、シンデレラは向いてないんだ。どっちかって言ったら悪い魔法使い。
モブリットが後ろからおれの首に腕をまわす。
ニケが右サイド、コウガが左に。
いつの間にか現れたワニ――ギュスターヴも直ぐ側に。
それから、この艦で仲良くなったクルー達も、リュファスとデリックに冷たい視線を投げている。
ほとんどが兵卒だけど、尉官も居なくはない。
ガルシア・ロメオ、あんまり人望ないんじゃない?
先だっての証拠隠滅――連邦軍とあわや交戦の――がバレたことで、この艦は人員の入れ替えが行なわれてる。
“ギレン”によってシンバが削られて、送り込まれてきた新参にはアンチもそれなりに。
それを置いたって、急な配置替えに戸惑いが無いわけもなし。
様々な不平不満をケアしないままでいると、ひとの心は離れていく――つまり、おれが食い込む隙間なんていくらでもあったってこと。
ここまでの間に、だいぶ味方を増やしてんだ。
それに対してイジメっ子の数は大して多くない――尻馬に乗ってるだけの連中を加えてもね。
ね、勢力図はしっかり把握してから動くと良いよ。
――この先もおれをイジメるつもりなの?
微笑みかけた先、リュファスの勢いはすでにない。顔色も良くないし。
デリックはまだ歯を剥いてるけど。
「おい、何をしている!」
さっきと同じような声がかかって視線を向ければ、口をへの字に結んだガイアがいた。
「いつまで飯を食ってるつもりだ。終わったら実践訓練だと言いおいたはずだぞ」
そうだった。
はじめて個人用にカスタムされたザクⅡに騎乗を許されたんだった。滾るわ。
ぴしりと敬礼。
「申し訳ありません! ただいま参ります!!」
素直に答えると、頷きが返る。
「それで、リュファス。俺の部下になんの用事だ? 随分と騒がしかったようだが」
咎めだてするというより、揶揄うような口調だった。
ガイアはおれが虐げられてたって助け舟を出すようなことはしないから、これは単純に面白がってるだけだろう。
ガイアの後ろにはマッシュとオルテガもいて、ニヤニヤ笑ってこっちを見てた。
「……食堂で騒ぐなと注意をしていただけだ」
返す声には力がなかった。
「そうか。俺からも注意しておこう」
重々しく請け負ったガイアに、リュファスは小さく舌打ちしてから踵を返した。
デリックが慌てた様子であとを追いかけていく。
心のなかで中指を立ててたら。
「おう。なんだ、こいつらが同期か?」
オルテガがヌッと顔を寄せてきて笑った。
「はい。そうです」
ダークコロニーから一緒に出荷された面々だよ。
「ギュスターヴ・モゥブ曹長であります!」
「モブリット・ローズ上等兵です!」
「ニケ・ダンジェロ一等兵であります!」
「コウガ・ゴトー二等兵であります!」
いっせいに名乗って敬礼する。ビシッと。姿勢も角度も完璧に。
前にもあった。ラルが迎えに来てくれたとき。
あの時みたいに、あっという間にグダグダにならんか危惧したけど、今度はそんなことなさそうだった。
微動だにしない一同を、ガイアは鋭い視線で眺めてから、恐ろしくひとが悪そうな顔でニヤリと笑った。
それからマッシュとオルテガに耳打ち。
マッシュは面倒くさそうな顔になったけど、オルテガはやけに上機嫌に頷いてる。
んんん。これ、全員しごかれちゃう感じ?
「よし。お前らも来い!」
やっぱりー。
拒否権などないと、黒い軍服の男たちが背を向けて歩き出すのを、あわてて皆で追いかける。
「(おい、ガルマ、どうゆうことだよ?)」
「(偉大なる先輩パイロットの洗礼を受けろってことさ)」
「(それって、ギタンギタンにされるってことじゃないか?)」
「(やってもらおうじゃないの!)」
「(……俺もか? 俺もなのか??)」
五人でコソコソ喋りながらも足は止めない。
なんやかんや言いながらも、それぞれの瞳は獰猛に輝いていた。
さぁ、“黒い三連星”、胸を貸してもらおうかな。
後進はいつだって先達の足跡を追いかけて、やがて踏み越えてくんだ。
聳える壁が高いほどに、おれたちは強くなれる。
来るその日に、異名をもらえるほどのパイロットになってみせるって、心のなかでこっそり誓った。