「俺の許可無くガルマ・ザビを出撃させるとはどう言うことだ!!」
艦長室の机が、ダンッと激しく叩かれる。
ご立腹なのはガルシア・ロメオだ。
“黒い三連星”と同期たち全員を呼び出しての叱責だけどさ。
――なんだかなぁ。
理由が「俺の許可無く出撃」云々なら、まだ納得もしよう。でも、“ガルマ・ザビ”個人を云々するのはちょっと違うだろ。
おれ以外なら勝手に出撃しても良いって訳じゃ流石に無かろうが、比重がおれに傾きすぎてる。
真面目な表情を作り、直立不動でいるものの、視線が冷たくなっていくのは隠せそうもないね。
興奮してるガルシアは気づく様子もないけど、ミストレスのひとり――短い銀髪と猫みたいな琥珀の瞳が印象深いほう――は苦笑してる。
「サビ家のご子息に何かあったらどうする!? 貴様らの首が飛ぶだけじゃ済まんのだぞ!!」
ダンダンダンと、また机が。
額の青筋がミミズみたいになってる。血圧だいじょうぶか。少し落ち着くといいよ、なんて一兵卒が口にできるもんじゃないから黙ってるけどね。
少将直々のお叱りに恐縮してるのは、多分、この場ではギュスターヴくらいか。
――いや、ワニも微妙かな。最近、図太いから。
そんなことを思ってたら、チョイチョイと背中が突かれた。
振り向けないけど、隣のガイア中尉からのサインだ。
んん。おれに何とかしろってことか。
「“ガルマ・ザビ”一等兵です。僭越ながら、発言をお許しいただけますか」
再び怒鳴ろうと口を開けたタイミングで挟む。
ガルシアは何度か口をパクパクさせてから、咳払いをして頷いた。
「――………良かろう」
「ご寛容に感謝いたします」
ぴしりと敬礼。
さて。どう丸め込もうかな。
目の前の、少将の地位にいる男をじっと見る。
「――おそれながら。なにやら誤解が生じているようです」
「誤解だと?」
欠片も信じた様子はないけど、別に構わない――真実がどうこう言う話じゃないし。
「はい。わたしは出撃したわけではなく、訓練中に、偶然、海賊の襲撃を受けたのです。センサーが捉えたときは、すでに敵は戦闘態勢にありました」
おおむねウソじゃない。
だって海賊たちが襲ってきたのは本当だし。
「ではなぜ、俺への報告が遅れた?」
「帰還時に報告を上げております。戦闘中の通信を控えたのは、万が一にも連邦軍に傍受されぬよう配慮したためです。この宙域で、高出力の通信はすべきではないと判断いたしました」
これ、ガルシアが使った言い訳だから。
連邦軍とあわや交戦になった事態を隠蔽すべく、通信を規制しやがったときにね。
おれの言い分を否定すれば、そのまま自分へのブーメランになるんだ。
渋い顔になったガルシアに、ニコリと微笑みかける。一等兵としての顔じゃなくて、社交用の御曹司スマイルで。
「閣下、わたしのMSについて、整備班からの報告を受けておいででしょう? ほぼ傷もなく戻りました。皆が護ってくれたからです」
これもウソじゃない。
主にギュスターヴが盾になってくれてた。
ついでに言えは、同期たちのMSの損傷は、だいたいガイア達のせいだからね。
あとは艦の爆散のときのもので、戦闘中についた傷は無いに等しい。
「皆の活躍を閣下にもお見せしたかったです!」
ニコニコと、これ本音。
だけど、ガルシアは鼻を鳴らした。
「その程度は当然だろう」
苦々しげにガイア達を睨むけどさ。
配属ほやほや新米パイロットを指揮して、大金星を上げたんだぞ――新米の基準がちょっとアレなことは置いといて。
「そうでしょうか? ガイア中尉率いる“黒い三連星”の勇猛さ、その技量の素晴らしさ! とても言葉に尽くせません!!」
お目々キラキラMAX。ちょっとまた興奮してきた。
目の前であれを見た感動ときたら、思考波だって叫ぶよ。
「『素晴らしい! そして素晴らしい!!』」
どっかの空飛ぶヒーローのジェスチャーを。
そしたら、反対側からもドスドスと突かれる。痛ぇよ。
む。これはギュスターヴか。
――つまり「俺達も褒めろ」と。
良かろう。褒めてやろうとも。
「同期たちも、とても初戦とは思えない動きでした。コウガとニケ、そしてモブリットは、新人パイロットでありながら軽巡洋艦一隻を撃破しています!」
これってスゴイことだろ。
「さらにギュスターヴは、襲い来る12機もの改造モビルワーカーを、1機としてわたしに近づけませんでした!」
物凄い盾だよね、ワニ。そろそろ“アイギス”って改名したほうが良いかも。
ぎゅっと拳を握って力説。
「同じパイロットとして足元にも及ばす、恥ずかしいばかりですが、わたしは、この頼もしい部隊について、ぜひ父に話したくおもっております」
おれを大事にしてるパパンなら、きっと感謝してくれるんじゃないかな。
で、その素晴らしい仲間たちを、いつまで叱責するつもりなのさ。カルシア・ロメオ少将閣下は。
じっと視線を向ける先。
「――……なるほど。勿論、“俺の率いる部隊”が素晴らしいと、そうお伝えするつもりだろうな?」
「そうですね」
――まぁ、一言くらいは名前がでるかも?
ガルシアは何かを計算するような表情で髭を撫でた。
「……良いだろう」
ニヤリと口の端が持ち上がる。皮算用でもしやがったのか。
「うむ。まぁ、良くやったと言えないことも無いだろうしな」
よし。遠回しでも褒めたね。言質は取った。
内心でニンマリ笑いながらも、すました顔のまま一礼を。
「ところでガルマ・ザビ一等兵、今後の配属先についてだが…」
「ありがとうございます! 閣下は、わたしが“黒い三連星”に長年憧れていたことをご存知でいらっしゃったんですね!! 部隊に加えていただいて光栄に思います!」
みなまで言わせずに被せる。
ほんとは、リヒテン・ノビルが辞退したとやらで叶った配属らしいけど――そんなことは知らぬていで、めちゃくちゃ上機嫌で礼を言えば、ガルシアは目を白黒させた。
いまさら配属変えとか抜かしてみろ、奥歯ガタガタいわせてやるからな。
「……え、おう? いや…」
狼狽えてるガルシアの前に、ガイアが一歩踏み出した。
「ミゲル・ガイア中尉であります。閣下のご英断を仰ぎたいことが」
物凄く殊勝な表情を作ってるけど――作ってるだけなんだろうな。少しだけ声に皮肉が混ざってるし。
「……なんだ? 言ってみろ」
ガルシアが目を眇めて中尉を見た。
「ひよっこども――ギュスターヴは違いますがね――こいつらについてです」
「ガルマ・ザビ一等兵も含めてか」
「ここに居る全員ですな」
ガイアは顎を撫でながら答えた。
「訓練時の状況から、纏めておくほうが結果が大きいと判断しました。ガルマ・ザビの身の安全も考慮するなら、まあ、なおさらにですな。全員、私の部隊に頂きたく」
「それを決定するのは俺だ」
「だからこそ相談を――艦内には良からぬちょっかいをかける輩もおるようですし」
ガイアはチラリとおれを振り向いて、それからニヤリと笑った。
「閣下、失礼ですが、ちとお耳を」
なんて、なんのナイショばなしをしてるのさ。机の向こうまで寄って行って、なにやら耳打ちとか。
んん。ガルシア・ロメオの顔色が、なんとなく悪くなってくような?
ボソボソコソコソ、ちっとも聞こえない。
チラチラこっちを見るから、おれについての話なのは間違いなかろうが。
「……無論、そのような誤解はしっかり解かせて貰いますから――おい、ガルマ・サビ」
「はい」
呼ばれて素直にこたえる。
「お前が艦に乗り込んでから受けた仕打ちを、いま閣下にお伝えした。大変、心を痛めておられるぞ」
って、ガルシアから見えないと思って、その悪辣な笑顔はどうなのさ、ガイア。
それにその仕打ちって、そもそもが、ガルシア・ロメオの指示だろ。
「どこからか、それを閣下が命じたなどという“事実無根の噂”が流れていることに対してもな。お前もそれを耳にしてるだろう?」
――なるほど。
そんな噂は知らんけど、要するにマッチポンプの事実を無かったことにするわけか。
これでガルシアに貸し一つ。
「……はい。もちろん、閣下が加担してるとは思っておりませんが」
隣からまたギュスターヴがドスドスと。
――今度はなにさ?
また褒めて欲しいのか。よしきた。
「本日も食堂で騒ぎがありましたが、彼らが庇ってくれたおかげで無事に過ごせました」
やんわりと微笑みながら振り返る。
ワニだけは何故か目をひん剥いてるけど、あとの三人はニヤリと笑った。
ガルシア・ロメオは、幾度か咳払いを繰り返したあと。
「俺の艦でそのようなことが起こっているとは、いま報告を受けて初めて知ったぞ。今後は努めて気に留めるとしよう」
しれっと言ってのけるこの面の皮の厚さよ。
「では、彼らは纏めて私の下に?」
「――……うむ。良かろう」
しばしの沈黙のあと、ガルシアが頷く。
渋い顔してんのは予定とは違ったからだろう。
なんにせよ、交渉の結果は上々だね。
一斉に敬礼して、艦長室を辞した。
✜ ✜ ✜
そして、思わぬ再会である。
「………………ノーマン・モーブス中尉、あなたでしたか」
“暁の蜂起”のときのサディスト眼鏡。
ガルシアのやらかしの後、“ギレン”が派遣したっていう監査が、よもやコイツだったとは。
モーブスは、銀縁眼鏡の奥の糸目を、ちょっとわからないくらいにショボショボさせた。チラリと見えた瞳は、やっぱり冷たげな淡緑だった。
呼ぼれて訪れた部屋で、以前とは違って、ちゃんと椅子に座るように勧められる。
小さな机を挟んだ向こう側。
「……………………………ええ。余程に、ご縁が、あるようで」
ふう、と溜め息なんかついたりして。
ちょっと、ねえ。
そこでイヤそうな顔するのは、おれの方なんじゃないの?
ガルシア・ロメオを躱したと思ったら、今度は監査が相手ってなんなの。
おれ達は訓練に出ただけだ。そこでたまたま海賊と戦闘になっただけだろ。
報告は済ました。この上、なにを聞くことがあるのさ?
小首を傾げて見やる先、長い指が眼鏡のフレームを押し上げた。
「単刀直入に伺います。やらかしましたね」
「……なにをです?」
どういう質問なの、それ。
「良からぬことをやらかしたんですね」
「いいえ――やらかしてる前提で訊くのどうかと思いますけど」
疑問符すらついてないだろ、そのイントネーション。
見据える先で、モーブスは鼻を鳴らした。
「何故、いつでもどこでも騒ぎを起こすんですか、ガルマ・ザビ。騒動がないと息ができない生き物なんでしょうか?」
「どんな生き物ですかそれ」
「………マグロとか?」
「それは泳がないと呼吸ができない生き物です」
「マグロに謝ります」
いやおれに謝れよ。
しばしの沈黙。
「大方の流れはもう聞いてますから、その辺は結構です――で、本当に海賊だったんですか?」
「そうですね。識別コードは出してなかったので、民間船ではありえませんし」
「そもそも民間船は改造モビルワーカーで戦闘を仕掛けてきたりはしません」
ピシャリと。まあそりゃそうだ。
「連邦軍かってことなら、否、です」
「確信したと」
「はい。彼らは“連邦軍だと名乗らなかった”ので」
ニコリと微笑めば、モーブスの口元が歪んだ。
「……それでは正規軍であった可能性を全て否定することが出来ません」
「あの程度の練度の正規軍がいるとは思われませんが?」
言動から見ても、連邦軍である可能性は極めて低いと説明してみたのに、モーブスの表情は晴れなかった。
「貴方の言う練度のレベルは他人と違うことを、そろそろ自覚したほうが良い」
肩が落ちるほど息を吐いて。
「だいたい、配属されたたての新米パイロットが、どうして軽巡洋艦を墜とせるんですか? ヒヨコのはずが、すでに大鷲じゃないですか」
「同期をお褒めいただき光栄です」
「まとめて罵りたい気分です」
地の底から響いてきてんじゃと錯覚しそうなほど低い声だった。
「そもそも、“暁の蜂起”からして尋常じゃ無かったんです。卒業前の士官候補生の初陣で、連邦軍の駐屯地を吹っ飛ばすってなんですか。どんな黒魔術です? 悪魔と契約でもしました? ああ、貴方が悪魔でしたか」
「なんて言いたい放題!」
「まだまだ足りません」
「……性格変わってませんか?」
こんな奴だったっけ。もっと冷徹で、こんな珍妙な受け答えをするとは思えないんだけど。
何を企んでんの。
伺う視線を投げれば、皮肉げな笑みに口の端が歪んだ。
「別に変わってませんよ。真っ直ぐに聞けって言ったのは貴方でしょう」
って、これで真っ直ぐに聞いてたつもりなのか。
「……ずいぶん曲がった真っ直ぐですね」
どれだけ性根歪んでんのさ。
「貴方に合わせようとすると、誰でもこうなります」
モーブスの答えは素っ気なかった。
そんなバカな。
肩をすくめて、ちょっとばかり苦笑い。
「なんにしても、僕、やらかしてなんかいませんよ。訓練中の海賊襲撃は事実で、戦闘は上官の指示です」
あのとき起こってたことは、それが全てだ。
「確かに、それが事実なんでしょう。示し合わせたわけでもなく、“事態がそう動いた”だけ」
ノーマン・モーブスの声は冷たかった。
細めてた眼が開かれて、淡緑の双眸がメガネの下から睨めつけてくる。
「その結果、貴方は仲間の練度を測れたわけだ。そして上官の実力をも知らしめた。哀れな“海賊達”を使ってね」
「偶発の事件ですよ?」
ニコリと微笑む。
「ええ。好機を逃さなかったということでしょう。引き離されていた貴方の同期たちも、纏めてガイア中尉の下につくと聞いています。この先は艦内での“嫌がらせ行為”も止むでしょうね。いつもながら、なにもかも貴方の思い通りだ。違いますか?」
「僕、悪運が強いんです」
そうだろ。何もかもが偶然の連鎖じゃないか。
海賊との遭遇も、おれたちの連携をガイア達が評価してくれたことも。
ガルシアに貸し付けることになった、マッチポンプでさえも。
一つ一つが絡みあって、この結果だ。
「“モイラ”でも“フォルトゥーナ”でもないんです。運命は操れない。そうでしょ?」
「本当に?」
疑わしそうな声と眼差しだけどさ。
「ええ。僕に運命が操れたなら、地球になんて連れて行かれずに済んだ。兵卒まで落とされることも、今このときだって、家族やあの子達、幼馴染みと引き離されることとも……」
さびしい思いなどしないで済んだはずだろ。
「運命は操れずとも人は操れる――違いますか?」
引っ張るなぁ。大真面目のモーブスに、素で笑いがこぼれた。
おれをパペッティアとでも思ってんの?
「それこそ買い被り。ひとなんか、みんな自分が動きたいように動いてるだけですよ」
最終判断を下すのは、つまるところ己の脳だ――心ともいうね。
「中尉が僕に“あの仕打ち”を行ったのも。そうですよね?」
モーブスは火を噴きそうな眼差しでおれを見た。
「叶うことなら、過去の自分を殴ってでも止めてやりたいですよ。利用されるだけだから絶対にやめろと」
「利用じゃないですよ。対抗しただけです」
いつだって、やられたらやり返す。
どっかの銀行マンみたいに100倍返しなんて言ってないだけマシだろ。
「――……その対抗とやらは、いまだに続いてるんですか?」
モーブスは目をしょぼしょぼさせた。
「いいえ、まさか」
根には持ってるけど、報復は済んでるし。
「だったら、なぜ私は貴方の配下にマークされてるんでしょうか?」
なんて溜息つくけどさ。
「………覚えがないんですけど?」
いやホントにね。どういうことなの。
「リノ・フェルナンデス准尉は、廊下で行き合うたびに、にこやかに微笑んでくれますが、視線に殺意を感じます」
「……意識しすぎでは?」
「ケイ・ニシムラ准尉からは、スープに具が入っているのは素晴らしい、と、食堂で毎回」
「……………まぁ、具がないと寂しいですし、ね?」
「ルー・ファン准尉に至っては、死因は餓死かもしれませんね、と、ことあるごとに囁かれています」
「……………………一応、主語はないですよね?」
って、なにやっちゃってんのさ、リノ達よ。
ちょいと肩を竦めて。
「モーブス中尉がその程度を気に病むとは思えませんが、地味に厭なのは分かりますので、やめるように言っておきます」
「そうしてください。聴取は以上で結構です」
モーブスが、手元のファイルをパタリと閉じた。
「はい。“ガルマ・ザビ”一等兵、退出致します」
すっくと立ち上がって敬礼。
ここはスタコラと逃げ出すのが吉。
恨みがましい視線を振り切るように飛び出した廊下には。
「ガルマ! 大丈夫か!?」
「開いてるコンテナ見つけといたけど、放り込む“荷物”はそこかな?」
「大丈夫、痕跡なら消しとくからさー」
なんだか復讐心に燃えている同朋たちがいた。
リノ・フェルナンデス、ルー・ファン、そしてケイ・ニシムラ。
うわぁ、目が本気なんだが。
背後で鍵がガチャリと閉まる――籠城は悪手だぞ、ノーマン・モーブス。
「みんな久しぶり!」
とりあえず、モーブスの件は置いといて、ガバリと抱きついた。
一緒の艦に乗せてもらったってのに、ぜんぜん会えなかったのは、絶対、ガルシア・ロメオのせいだよね!
「良かった。思ったより元気そうだな」
リノがそんなことを言うけどさ。
「もちろん元気さ。だって、君たちがセーブしてくれてたろ?」
嫌がらせは数々あれど、深刻なものは無かった。
エスカレートしたところで、せいぜいがデリック程度だからね。
「やっぱり気づいていたね」
ルーがクスクスと笑った。
「そりゃね。ヤバそうなあたりがみんな消えてくんだもの。ね、アレどこにやったの? まさか“外”に捨てたりしてないよね?」
「してないよ。適切に“処理”ただけさ」
「そーそー。“処分”したわけじゃないからヘーキだろ」
なにをしたのさ――なんて、だいたい想像つくけど。
ん。悪魔ぶりに磨きがかかってて、なによりだ。
「一掃すると上にバレるから、一部のカスが残っちまった。悪いな」
リノは申し訳無さそうに言うけどさ。
「充分すぎるくらい。ありがと。おかげで平和に過ごせてた」
やべぇ輩に対して、目潰しとか、タマ潰しとか、そういう反撃をしなくて済んだのは、ありがたい限り。
「それで、そこの“荷物”はどうする?」
ルーがまったく笑ってない眼差しで扉を睨んだ。
「……どうもしないよ」
「マジかよ!?」
どんだけヤル気なのさ、リノ。
「もうやり返してるし。これ以上は必要ないよ。大丈夫」
「ガルマは優しいから。でも、俺らの気が済まないんだけどー」
フンと鼻を鳴らすケイに苦笑い。
とりあえず、仲間の手を引いて部屋の前を離れようかね。このままだと、いつまでもモーブスが出てこられないし。
歩きながら。
「いっとき放り込まれてた“NT研究所”で、監視役のルーナ・アベイルって女性に、随分と世話になったんだ。非人道的な実験が行われないように、いつも目を光らせてくれてて、僕が家に帰る手伝いもしてくれた――ノーマン・モーブスは、彼女の“かわいい後輩”なんだってさ」
まるで手がかかる弟の話をするみたいに――彼女のほうが年下なのにね――目を細めて微笑んでいた女性の顔を思い出す。
とてつもなく優秀で、優しいひとだ。
レディ・アベイルには借りがある。彼女がフラナガンと戦ってくれたおかげで、穏便に帰宅できてたんだから。
「恩人の哀しい顔は見たくないでしょ。だから、お願い」
言えば、リノがガシガシと頭を掻いて溜め息を落とした。
「……まぁ、ガルマの恩人なら、泣かせるわけにはいかないか」
「――仕方がないね」
「はーぁ……運が良いヤツー」
ルーとケイが、顔を見合わせて肩をすくめてる。
ん。これでこの先は平穏に過ごせるだろう。
ノーマン・モーブスは、彼女に這いつくばって感謝するが良いよ。
それはそれとして。
「僕は、むしろガルシアの方が腹立たしいよ。君たちと分断してくれやがったの、アレでしょ?」
孤立を狙った一環だろう――自分に懐くように。
ふんす、と鼻を鳴らしたら、3人の目がギラリと光った。
「だな。ここに来てガチガチに規制されてたぜ」
「決められたエリアから出してもらえなかったんだ」
そうだろうとも。
でも、その状態でおれへの“いじめ”をセーブしてのけるって、どれだけ艦の内部に食い込んだのかね。
チラリとケイに視線を投げたら、「テヘペロ」ってジェスチャー。
ん。これはやらかしてる。期待できるね。
「その規制は解除されたの?」
「ああ。ついさっき、大慌てでな」
リノがニヤリと笑った。
「ガルマ、海賊と遣り合ったんだろー」
「同期とチームを組んで大金星って噂になってるよ。軽巡洋艦一隻に改造モビルワーカー8機、うち4機はガルマが墜としたんだろう?」
「ギュスターヴ・モゥブ曹長が護ってくれてたから――ねぇ、あいつら海賊だったよね? モドキじゃなくて」
「海賊でオケ。他でも襲撃してるデータがあったぜー」
「良かった」
ほら見ろノーマン・モーブス。おれを疑う前に調べるが良いさ。
「この先、君たちと会うのを邪魔されることは?」
「もう無ぇだろ。“ガルシア・ロメオ少将が、自分に泣きつかせるように、わざとガルマ・ザビを孤立させてる”って噂は、かなり広まってるからなぁ」
「そーそー。必死に火消ししてたみたいだけどなー」
「へえ、その噂、ほんとにあったんだ」
ガイア中尉が言ってたのは、ガセってわけじゃ無かったのか。
と、言うか、噂の出どころは間違いなく君らだろ。
おれがなにもしなくても、既に足元に火が回ってたってことだね、ガルシア・ロメオ。
――……大人しくしとくって約束したからね。
あの子達のために。
だから派手なことはできずに、あれやこれやら2週間も我慢してたんだ。
そろそろプツンといきそうだったから、ちっちゃい火の粉くらいは払ってやろうと思ってたけど、その必要もなくなったみたい。
「ほんとに頼りになるよね、僕の“スパイダーマン”達は」
“ギレン”のが“伝書鳩”なら、おれのは“蜘蛛”だ。
至るところに、それと気づかれずに――当人たちでさえ“糸”の自覚がないまま――張り巡らされている巨大な“蜘蛛の巣”。数え切れない子蜘蛛の群れ。
それらを統括して管理してるのが、リノ達ってわけ。
その他にも、士官候補生時代の繋がり、ムンゾ大学のネットワーク、そして社交の場での人脈あれこれ。
もしかしたら、この先でNT研究所の同朋が増えれば、そっちの方面でもさらに広がるかも。
――いつの世も“情報”は“力”だ。
それを手にする者こそが、全てにおいてイニシアティブを取れる。
誇らしげに口の端を上げる三人に視線を向けながら、おれも笑った。
さて、これで“武器”も手元に戻ったわけだし、そろそろ始めるかね、サイド7攻略をさ。
✜ ✜ ✜
ムンゾから見たとき、サイド7は地球の裏側だ。
つまり、もっともムンゾから遠いコロニーってこと。
一応、居住は始まってるけど、まだまだ建設途中で、稼働してるのは片手で足りる。
近くにあるのは、これまた創りかけの“ルナⅡ”くらい。
そんな辺鄙な宙域に軍事工場なんかを造りやがったのは、前述のとおり、ムンゾから遠く離れてるから。
――偵察しにくいことこの上ないね。
見つかったら最後、言い逃れができないし。
前回、ガルシアが補足されたとき、逃げ切れたのは僥倖だった。捕まってたら目も当てらんない。
そしていま現在、先の一件で連邦軍の警戒レベルは上がったまま緩んでない。
なるほどねぇ。こりゃ海賊仕込みたくなる気持ちはわかるわ。嫌いだけど――海賊。
「ねえ、もっと練度が高い海賊っていないの?」
「いくつか居るけど……この当たりかな」
ふぉ。レッド・フォースも入ってるわ――除外除外。
「んんん。案外少ないね」
微妙なとこまで入れても7つ。
「海賊狩りからこっち、だいぶ減ってるからね」
ルーが肩をすくめた。
「エルランだっけ?」
海賊狩りの司令。つか、将官なのに出てきてるって更迭でもされたのか。普通は佐官の任務だよな。
「ああ。火力に物を言わせて片付けてるようだな」
リノが頷くのに、ケイがキョロリと眼を回した。
「でも、まだまだ被害は出てるぜー。頑張ってんのは、主にコイツら」
「………へえ? ちょっと変わってるね」
モニターに映し出された、その海賊どものデータは、思っていたのとかなり違ってた。
判明してるすべての被害が、官民含めて地球連邦所属の船に限定されてる。
凄いな軍艦まで襲ってるよコレ。
なんだろ、連邦に恨みでもあるのか――まぁ、昨今、恨みのないスペースノイドを探す方が難しいか。
「UNKNOWN。艦の外観を捉えてるのに、名前すら分かってないのか……って、これ連邦軍のデータじゃないのさ!?」
「そう。抜くの苦労したー」
「なんて天才!」
でもバレたら大事過ぎるわ。
ルーが盛大に溜息をつき、リノは知らなかったのか、ムンクみたいな顔してるし。
「これ全部ピースにして頭ン中にしまっちゃって。このあとすぐに全部焼き切るからさー」
そうだね、どうあっても復元不可能にしてくれたまえよ、なんて思いつつ、ピース化して記録。万華鏡みたいなデータ群が更新される。
「――……いいよ。消して」
「りょーかーい」
コレでもかってくらいに破壊されてくデータ。
なるほど焼切ってる。
すげえな。これは無理だわ復元。
「ケイお前やり過ぎだろこれは」
「どっち? 収集? 破棄?」
「収集だ! なんで連邦のに侵入ってんだよ!?」
リノがプンスコしてる。
「これバレてみろ、閣下に絞め殺されるのはガルマだぜ!」
「デスヨネー」
あ。棒読みになっちゃった。
「無問題。んなヘマ打たんし。信じろ!」
「ん。信じてるさ」
「……まぁ、そのへん疑ってるわけじゃねぇけど、万一があるからな」
「でも、ケイのコレは、すでに性癖みたいなものだからね。そうそう治るもんじゃないよ」
「ルーがヒデーこと言うんですけど!」
ガシリと張り付いてきたケイをヨシヨシする。
――でも、UNKNOWN、か。
これ、使えるかもね。
ニンマリと笑う。
おれの顔を見て、3人もニタリと笑った。
イイ感じのシンクロ。きっと、みんな同じことを考えているんだろうね。