ザビ家成り代わり   作:くずみ@ぼっち字書き。

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【成り代わり】another ORIGIN 反逆の"ガルマ" 5【転生】

 

 

 

 “ギレン”が狙撃された。

 

 油断した――つもりなんか、無かったのに。

 一報を聞いたとき、血が凍るような、燃え上がるような、全てが腐蝕して無に帰すような、そんな心地だった。

 胸の奥底で“獣”が鎖を引き千切って咆えた。

 “ガルマ”の身体は慄えて、溢れ出す涙が止まらなかった。

 意識と肉體が乖離したような感覚が、ひたすらに気持ち悪かった。

 “ギレン”が生きていることは、“感覚”で悟っていた。

 だけど、誰かが喪われたことも――。

 

        ✜ ✜ ✜

 

「キャスバル、キャビネットの鍵が壊れてるんだけど」

「壊したからな」

 ――ヲイ。

「急に鍵なんか掛けると気になるだろう?」

「それギルティだから」

 ちっとも悪びれない幼馴染をどうしてくれようか。

 出会ってこの方、大体いつも脳内垂れ流しであったせいか、キャスバルは、おれが閉じたり覆ったり遮ったりすることを嫌うのだ――自分は閉じて覆って遮ってるくせに、なんなる我儘。

 だけど、それが物理まで及ぶのはコトである。

「それ機密資料なんだぞ。一応」

 流石に実際の部外秘は含まれて無いとしても、通常では閲覧を許されない程度までバッチリ記載があるわけだし。

「情報管理が甘いって、おれが叱られるじゃないか」

「その時には一緒に叱られてやるさ」

 そーゆー問題じゃないから。

 ともあれ、読んじゃったなら仕方ない。

「面白かったろ?」

「興味深いな」

 キャスバルはひとつ頷き、その青い眼を真っ直ぐにこちらに向けた。

「で、なにを企んでいる?」

「企んでない。将来のビジョンを描いてただけ」

 答えたら、キャスバルは宇宙猫みたいな顔をした。

「……パイロットになるつもりか? 君が?」

 なんでそんなに意外そうなの。

 と、言うか、おれの中ではそれ以外無いくらいに確定してたんだけど。

「年中、熱を出して寝込む君がか?」

「年中じゃない。言っとくけど、おれ、ひ弱でも病弱でも繊弱でも無いからね」

 反論すれば、大きな溜め息をつかれた。

「“己を知らず”とはよく言ったものだな」

「……この話はしない。平行線だし」

 キャスバルの手から資料を奪い返し、鍵の壊れたキャビネットに戻す。それから机に向かってレポートを広げた。

 さっさと仕上げて提出してしまいたいのだ。

『何を焦ってる?』

 思考波が触れてくる。宥めるみたいに。

『……何もできないことにさ』

 唇が嗤いに歪む。

 良家に生まれて保護があることは、すごく有り難いし、家族から向けられる愛情は、麻薬みたいだ。

 “同朋”もいて、妹みたいな少女もいて――だからこそ失くすことを怖れるし厭う。

 安寧とした檻の中で、不穏な空気に怯えることに倦んでるんだ。

 それなのに、“ギレン”はいまだに“自由”をくれない。それどころか、今回の我儘に警戒したんだろう。監視すら増やしてきた。

 雁字搦めの拘束。

 思考が昏い奥底に沈んでく。

 今すぐにもここから飛び出していきたい。“家族”であるために、“同朋”であり続ける為に、“ひとり”になるなんて、矛盾もいいトコだろうけど。

 “敵”を喰い殺す力を、早くこの手に――。

 ぐいと腕を引かれて、万年筆が、紙面を切り裂くみたいな線を描いた。

「……なにすんのさ。書き直しじゃないか」

「手伝ってやる」

「これくらい自分でなんとかするさ」

 大学のレポートくらいで何を、と鼻で笑えば、キャスバルの青い眼が、苛立たしげに眇められた。

『そうじゃない。わかってるんだろう? 君の“計画”に乗ってやるって言っている』

 至近で告げられて、瞬く。

 青い眼に、ポカンとしたおれの間抜け面が映っていた。

『それ……ダメじゃね?』

 めちゃくちゃ叱られるルートだぞ。お前を巻き込むことなんて考えてなかったし。

『では言い換えようか。君の頓狂な“計画”を、実行し得るように修正してやるって』

 ものすごい悪辣な光が、天上の青の中にキラキラしてて、思わず見惚れる。

『……キャスバル。言外に、バカが考えるなって言ってるよね?』

 堕天使は答えずに、ニコリと綺麗な微笑みを見せた。

 

 

 リノ・フェルナンデスとシャア・アズナブル(本人)にメッセージを送った。

 テキサス・コロニーからこっち、二人とは割と頻繁にメッセージの遣り取りをしてたから、怪しまれることは無いし。

 中身は流行りのパズル。

 これも、よくお互いに送りあってるものだしね。

 だけど、解いたらそこには別の暗号メッセージが隠されてる。

 ん。第1段階はこれでよし。

 二人が早くパズルを説いてくれることを祈るよ。

 ラップトップを閉じた途端、部屋の扉が開いて、アムロとハロが飛び込んできた。

「ぼくもやる!」

〈アムロ ヤル アムロ ヤル〉

 そのままの勢いで飛びついてくるのを受け止める――ドスンと。椅子から転げ落ちそうになって、ちょっと焦った。

 ふぉ。結構育ったな。

 子供の成長は著しい。おれの身長も伸びてるけど、アムロもすくすくと伸びてるからね。

「止せ。アムロ、ガルマが潰れるぞ」

「この程度で潰れはせぬ!」

 続いて入ってきたキャスバルに、ふんす、と鼻を鳴らして抗議する。

 つか、お前ら一緒に居たの。さっきから姿が見えないと思ってたら。

「で? アムロもパズルすんの?」

「ちがうよ! ガルマの“ケイカク”だよ!」

 キラキラする碧の瞳が向けられた。

「ふぉ⁉」

 ちょっと待て。

「キャスバル! なんでアムロまで巻き込むのさ⁉」

 めちゃくちゃ叱られるルートだと以下略。

 胸ぐらを掴もうとして、スルリと避けられた。おのれ。

「不可欠だからだ。『繋がる人間が必要だろ』な、アムロ?」

「『うん!』ぼくもやる!」

 とても仲良さそうに、ぴったりと寄り添う二人に絶句する。

 ナニさこの最強コンビ。

 確かにね、キャスバルとアムロの思考波は極端に強い。だから、多少距離をおいても繋がることができるし、おれも含めて三方で感覚共有も可能。

 心強い味方ではあるんだが。

「アムロには君の部屋に籠もって身代わりをしてもらう。屋敷内だから危険はないさ」

「ガルマのふりをするよ」

 ガッツポーズのアムロだけどさ。

「見つかったら叱られるんだぞ」

 と言うか、絶対に見つかる。むしろ時間稼ぎの意味が強いんだから。

 下手したら、“ギレン”に正座させられるかもなんだからな――そのイメージに、アムロは一瞬怯んだものの、直ぐに瞳に強い力を宿した。

「いいよ!」

「お前が叱られるの、おれは嫌だよ」

「いいんだ。だって、ガルマ、どっかに行っちゃいそうだから……」

 覗き込む先で、碧い瞳が心配そうに揺れていた。

 ――はい?

「いつもどっかチリチリしてる。いなくなっちゃうのはイヤだ」

 伸ばされる手が頬に触れるのと同時に、幼い思考波が意識を撫でていく。

 伝わってくるのは、心配と――ああ、ごめん、お前まで不安にさせちゃってたか。

 感受性が強すぎる子供は、レセプターを通じて、おれの焦りを感じ取ってたんだろう。

 ギュっと抱きしめれば、少し大きくなった、でもまだ小さな手が背中に回された。

『心配すんな。何処にも行かない』

 敢えて思考波で返す。言葉と違って、感情を隠すことが難しいそれでは、“ウソ”は付けないから。

『ほんと? ずっといっしょ?』

『ん。お前らが望むなら、ずっとだ』

『ずっとパンケーキやいてくれる?』

 ふは。おれはお前らのパンケーキ要員か。

 思わず笑っちゃったじゃないか。この食いしん坊め!

『焼くよ。パンケーキ以外も作れるよーにならんとね』

 飽きられたら困るし。

 約束すれば、青と碧の、色は違うけど世界で一番綺麗だと思ってる二対の瞳に、笑みの色が交じった。

『もしかして、お前も心配した?』

 キャスバルにも聞いてみれば。

『寝言は寝てから言え』

 なんて言い草だ。

 まあ、それがこの上なくお前らしいんだけどね。

 

 

 “計画”を始動させ、おれとキャスバルはコッソリとザビ邸を抜け出した。

 夕食も済んで、普段なら、部屋に戻ってる時間。

 キャスバルとレポートを書き上げたいから、そっとしておいてと伝え、人払いも済ませてある。

 元より家族はみんな忙しくて屋敷を出払ってるしね。

 ついでにおれたちの代わりにスタンバイしてるアムロの為に、お茶やらお菓子やら、興味を引きそうな読み物やらも用意した。

 子供のくせに宵っ張りの朝寝坊ぎみのアムロのことだから、資料を読み耽って夜更しをし過ぎないか、それだけが心配だ。

『ハローハロー。どうよ、聞こえてるー?』

『うん。ガルマ、きこえるー!』

『部屋に誰が近づいてくるようなら、すぐに知らせるんだぞ?』

『わかった、キャスバル』

 良い子だと花マルのイメージを送れば、帰ったらパンケーキを焼けと返ってきた――どんだけパンケーキが好きなのか。

 キャスバルが喉の奥でくつくつ笑う。

「君が甘やかすからだ」

「そんなつもり無いけど」

「甘やかしてるさ。アムロも、アルテイシアも……だからみんな我儘を言うのさ」

「可愛いから許す!」

 どうせ、おれ以外はそれなりに厳しいんだから、歪んで育つことは無いだろ。元々いい子たちだし。

『ところで気づいてる?』

『ああ』

 後をついて来る気配が一つ。

『どうするつもりだ?』

『捕まえる』

 一区画を出るところで一度足を止め、キャスバルと一瞬のアイコンタクト。

 わかりやすく駆け出してみれば、続く誰かの焦りが伝わった。ふふふ、掛かったな。

 見失わせないように追いかけさせて、曲がり角で待機。

 飛び出してくる男の横合いから、ひょいと。

「つーかーまーえーたー」

「うわぁあッ⁉」

 間延びした声と共にタックルしてみたら――あれ、トレンチコートじゃん、これ。

 地面に転がした男に跨って覗き込む。

 ハンチング帽の下には、野暮ったい黒縁丸眼鏡――冴えない中年男性とバッチリ目があった。

 暴れられないように、キャスバルにも押さえつけるのを手伝って貰ったけど、これはいかんわー。

「……タチ・オハラ」

 思わず口から零れ出た名前に、当人は目を剥いた。「何故」とその口が動く。

 秘匿されてる存在が名前を言い当てられたら、そりゃ動揺するよね。

 キャスバルが帽子を取り上げて、男の顔をまじまじと見た。

「知ってる奴か?」

「“ギレン”の“伝書鳩”。もとはランバ・ラルの部下だよ」

 獲物が大きすぎた。

 “ギレン”の“耳目”であり“手足”でもある諜報部門の、中核を担う男じゃね。

 しまったわー。もうちょい下っ端を捕まえて使い倒そうと思ってたのに。

「……見逃して?」

 ニコリと微笑めば、苦虫を噛み潰したような顔を向けられた。

「職務上、それは無理だ」

「なぜ? あなたの任務にはザビ家の末弟の監視は含まれて無い筈です」

「本来ならな」

 タチの唇が歪む。ん、ちょっと悪そうな表情。

「閣下から、“弟がやんちゃしないように”見張れと命じられてましてね」

 なにそれ、“ギレン”、職権乱用じゃないの?

「さあ、お散歩はここまでだ。帰りますよ、ガルマ様、キャスバル様」

 やれやれ、と、ホコリを払ってタチ・オハラが立ち上がった。

「DAGAKOTOWARU『だが断る』‼」

「は?」

 突然の極東言語にキョトンとするタチに指を突きつける。

「あなたにある選択肢は2つだけだ。ここで、僕らに置いてきぼりにされるか、一緒に来て僕らを護るか」

「……聞き分けのないことを」

 丸眼鏡の奥の、冷えた眼差しに交じる、苛立ちと焦り。それから滲みだす獰猛な気配――この男は、紛れもなく“兵士”だ。

「あまり“我々”を甘く見ないほうが良い。いかに秀才と言えど、貴方方はまだ成人まで間がある…」

「そう。まだ未成年なんです」

 言葉を遮って、ニッコリ微笑む。

「ここで大声を出しますよ。“変態に襲われた”って――邪魔するならね」

 困るだろ、“伝書鳩”?

 目立たないことが何より重要な立場だ。後で誤解が解けたって、大ダメージは必至。お役御免になるかもね?

「なんて悪辣なんだ君は」

「キャスバル、いい笑顔で言うセリフじゃないよ」

 止めるどころか、もっとやれって感じか。

 くつくつ笑う幼馴染に肩をすくめる。

 タチは、信じられない物を見る目でおれ達を見た。

「――そんなことをすれば貴方達も」

「めちゃくちゃ叱られる、だけ、です。どうせ露見して叱られるのは決まってるんです。尾行も“計画”のうち。こんな大物が釣れるとは思ってなかったけど、逆に好都合ですね!」

「悪いが協力してもらう。車を出してくれ。免許は持ってないんだ」

 綺麗な微笑み――青い眼が剣呑に輝く。

 有無を言わせぬ迫力って、こーゆーことを言うのかね。

「『キャスバル、格好いいなぁ……!』」

 うっかりすると惚れそうだ。

「『口から漏れてるぞ』」

 おっとしまった。

 それはともかく、鞭だけじゃなくて飴も必要だろうからさ。

「手伝ってくれたら、あなたが手に入れられなかった情報をあげる」

 ニッコリと微笑めば、タチ・オハラの顔が盛大に引き攣った。

「悪魔だ、悪魔が二人もいる……」

 失礼だな。

 もっと可愛らしく“小悪魔(♡)”って言って欲しいね。

 

 

「ここだよ」

「ふぅん。面白そうな店だね」

 全く実感のこもらない感想をありがとう、キャスバル。

 タチ・オハラに運転させてたどり着いた先には、むくつけき男達が溢れていた。

 お酒とツマミと少しの刺激を提供する、いわゆる酒場である。

 軍関連の施設がそばにあることから、兵士のたまり場になってるんだってさ。

 店内をぐるりと見回せば――ん。お目当ても揃ってそこに居た。

 まあ、時前にリサーチしてたけど、不測の事態ってのはあるからね。無駄足にならなくて良かったわー。

 店内に足を進めるおれ達の後ろを、タチが頭を抱えてついて来る。

「こんな場末のバーをなんで坊っちゃんが知ってるんですかね⁉」

「教えてもらったんです」

「誰に⁉」

 ソイツを締め上げるのだと決意してるらしき様子に肩をすくめて、

「ヒミツ♡ですよ。貴方だってソースは明かさないでしょ?」

 “伝書鳩”がなんて当たり前のことを聴くのと呆れた視線を向ければ、ぐぬぬと唸られた。

「おお! えらくカワイーのが来たなぁ‼」

 入り口から近いカウンターにいた一人の男が大声を上げた。

 制服から見て下士官か。だいぶ酔ってる――けど、『ちょっとからかってやろう』くらいの意図しかないようだった。

「ダメだぞぅ、子供がこーんなところに来たら、俺みたいな悪い男に喰われちまうぞー?」

 ニヤニヤと近づいてこようとする男の前に、厳しい顔をしたタチが立ち塞がろうとしたから、そっと袖を引いて止めた。

 ちょっとだけ身を乗り出す。

「こんばんは。僕、ガルマ・ザビって言います。あなたは、ドズル兄様の部下の方ですか?」

 おっとりと笑みかければ、虚を衝かれた男が、マジマジと覗き込んでくる。

 さあ、よくご覧よ。先だっての誘拐事件で、おれとキャスバルの容姿は結構世に知られてるんだよね。

「あ? ……ええ⁉ ホンモノォ!??」

 下士官の赤ら顔が、しゅんと青ざめていく。

 騒ぎを聞きつけてか、周囲でも、常日頃だろうざわめきが一瞬止まって、また別のざわめきが起こった。

 ゴメンね、気持ちよく飲んでるところに乱入してさ。

「いつもドズル兄様を助けて下さってありがとうございます。これからもお願いしますね!」

 狼狽えるその手をとって、さらに畳み掛けるように微笑めば、青ざめた顔は、前以上に赤くなった。

 参考は、遠い記憶の果ての、“天然小悪魔系商売女”だ。あのあざと可愛さに太刀打ちできず、何人の男達が沼に叩き落とされていったことか。あの眼差しを、仕草を、少年にも合うように修正しながらトレースする。

『……ガルマ、また“ホイホイ”する気か?』

 キャスバルがこめかみを揉んでるけど。

『大丈夫でしょ。こいつらみんな、カウンターの中の女口説いてたみたいだし』

 奥にいる、分かりやすい化粧の女にコナかけてたんだ。少年趣味は無かろうよ。

『だと良いがな……周りを見ろ』

 やめろ。変なフラグみたいな言い方は。

「……あの」

 斜め上から声がかかって顔を向ければ、髭面の大男が、小さな目をキラキラさせて覗き込んでくるところだった。

「俺もドズル閣下の麾下です」

「あなたも? お疲れさまです! いつもムンゾを護って下さってありがとうございます」

 差し出される手と握手。

「大っきな手!」

 いやホントなに食ってたらそんなにでかく育つのさ。

 ドズル兄貴も、“ギレン”もだけど。ムンゾの男って、基本的にデカイよね?

 ぶっとい指をムニムニしてみる――振り仰いだ男の眼は、小動物でも愛でてるかに、めちゃくちゃ和んでた。

 さらに数人の兵士に囲まれるけど。

「待て待て待て待て!」

 はいはいはいはい?

 ドスドスと奥から突進して来るのは――おお。来たよ、お目当ての一体目。

「なんでこんなところにザビ家の坊っちゃんが来てるんだよ⁉」

 まるで周囲からおれ達を護ろうとでもするみたいに、大きな体で割り込んでくる。

『キャスバル、この人がオルテガ』

『MSのテストパイロットか』

『そう。奥にもう二人。ガイアと、片眼に傷がある方がマッシュ』

『なるほど。今夜の“獲物”か』

『上手く狩れるようにサポート頼む――特にガイアね。手強そうだし』

『了解した』

 青い眼が悪戯にきらめくのを見届けて。

「こんばんは」

 怖い顔で見下ろしてくるオルテガに向き合う。

「お邪魔してごめんなさい。ドズル兄様のお話によく出てくる部下の方々に、お会いしてみたくて」

「……ドズル閣下がどんな?」

 オルテガのみならず、周囲の男達の視線が集中する。ん。上官の評価は気になるよね、やっぱり。

 咳払い。敢えてちょっとコワイ顔と厳ついような声色を作る。

「“勇敢で命知らずの荒くれ者だが、気の良い連中ばかりだ。皆、命と体を張ってムンゾを守ってくれている。まみえたら必ず労ってやってくれよ”……って、いつもいつも言うから」

 どんな方達なんだろうって屋敷を抜けて会いに来ちゃいました、と伝える。

 余りにも似てないドズル兄貴の物真似に、何人かの兵士が吹き出した。

「――で、一緒にいるのはダイクン家の坊っちゃんと、こいつは誰だ?」

 あんまり護衛に見えないタチが皆に睨まれるから。

「途中で行きあったひと。ここに入るって言ったら、子供の入る店じゃないって止められちゃいました」

 一言も嘘はないよ、嘘は。

「びっくりしたんですよ! 見た顔の少年が二人、酒場に入って行こうとするんですから!」

 タチが目を剥いてまくし立てた。迫真の演技である。さすが“伝書鳩”。

「……まぁ、そうだろうな」

 周囲の視線が和らぐ。

「ああ、良かった。騒ぎにならないで。荒事は苦手なんです……ほら、気がお済みなら、もうお帰りになった方が良いですよ?」

 むしろ、『今すぐ帰るぞ!』と、その眼が訴えてる――いやいや。

「来たばかりじゃないか。ねぇ、キャスバル。僕はもう少しここに居たいな」

 小首を傾げて連れを見る。

「仕方ないな。君は言い出したら聞かないからね」

 ふぅ、と、キャスバルが溜め息を落とす素振りで。

「ガルマを少し休ませて欲しい。抜け出すのに少し無理をさせたから」

 張らずとも響く声でそう言えば、オルテガは少し慌てたように、店の奥を振り返った。

「そっちに連れてくぞ!」

 怒鳴るような声に、マッシュが片手を上げて応える。呆れた顔だ。

 隣のガイアといえば、思案顔で顎髭を撫でていた。

『……さて。何処まで猫皮が通じる相手かね』

『本性ぶつける気は?』

『あるわけ無いだろ。そんなの、お前らだけが知ってればいい』

 タチだって、ここまではまだ、子供のやんちゃの範疇の扱いだし。

 答えれば、思考波が笑った。

『確かにね。素の君を扱えるのはそう居ないだろう』

『お前もだよキャスバル。今でさえおれの手には余り気味だ』

 手加減してと思考波でつつけば、甘えるなと返された。手厳しい。

 タチは周りの兵士たちに止められて、これ以上は付いてこれないけど、それも想定内。

 奥のテーブルに招かれて、二人並んで座らせてもらう。

 いつの間に頼んでくれたのか、直ぐにライムの香りのするドリンクが供された――酒精の匂いはしない。

 クスリの類が混じってるかどうかは判断つかなかったけど、この状況で仕込む阿呆はいないだろう。

 ニコリと微笑んでお礼。

 キャスバルと揃って口をつければ、ガイアとマッシュが堪えきれないように笑った。

「度胸があるな」

「まあ、ここまで乗り込んでくるくらいだからな」

 オルテガが一拍遅れて、

「お前ら、それ飲んだら帰れよ。送っていってやるから」

 そう言って口をへの字に曲げた。その目は心配そうだった――付け込む余地は充分にある。

「あなた方も、ドズル兄様の?」

「ああ。そうだ」

 オルテガが胸を張る。

「兄様のお話し聞いてもいいですか? あ、なんてお呼びすれば? 僕たちは、ガルマ・ザビと、キャスバル・レム・ダイクンです」

 小首を傾げて見上げれば、

「知ってるわ! 見ればわかる。俺はオルテガだ。向こうがガイア、と、マッシュ」

 なんの疑念も無く名乗った。他の二人の名前まで。よし。内心でニンマリ。

「よろしく、オルテガ殿。ガイア殿とマッシュ殿も。ガルマの我儘に付き合わせてしまって申し訳ない」

 キャスバルが薄く微笑んで返す。

 ちょっと尊大な物言いは、名家の子息に相応しいものだけど、オルテガは「偉ッそうなガキだな」と、口の中で呟いてた。それ読み取れるからね?

 キャスバルも当然分かってて、さらに微笑みを深くした。

 ガイアが、その様子を興味深く見守っている。マッシュの方は、あまり気が引かれてはいないんだろう。静かにグラスに口をつけていた。

「――それで、坊っちゃん方は、しがない兵士風情を労いにこんなところまで来たわけか。それとも、他に理由が?」

 不意にガイアが口を開いた。

 髭面にはふてぶてしい笑みが浮かんでる。長年軍籍にある人間独特の、暴力的な威圧の気配が薄っすらと。

 だけど、ザビ家の人間が、その程度に怯むわけ無いだろう? 勿論、キャスバルだってね。

「……それ、聞いちゃいます?」

 内緒話の域に声を潜めて。

 ギリギリで媚びないパーソナルスペースを確保。腐っても名家の子息。かんたんに靡くと思うなよ、と――まあ、キャスバルにはピッタリとくっついてんだけどね。

「勿論、皆さんに会ってお礼を言いたかったのは本当です。それから」

「それから?」

 オルテガがズイと身を乗り出してくるのに、ちょっと言い難そうに言い淀んでみせて。

「――……ダークコロニーをご存知ですよね?」

 意識せずとも表情が改まった。硬い声。ここらからが勝負だ。

『キャスバル、お願いね』

『ああ。やってみよう』

 一瞬の思考波での交感。

「なんだと?」

 獰猛な声だった。おれがザビ家の人間じゃなかったら、締め上げられていたかも知れない。

 ガイアの視線は射る様に鋭くて冷たかった。

 マッシュもグラスから口を離し、探る視線を向けてくる。

 オルテガだけが、ポカンとしておれ達を見ていた。

「ガルマ、それは駄目だって言っただろう」

 溜め息をついて、キャスバルがグイと肩を引いた。

「だって!」

「だってじゃない。あなた方も忘れてくれ」

 キャスバルがそう告げるのに、マッシュは顔を歪め、ガイアは腕を組んだ。

 お、いい感じの反応。さすがは我が幼馴染殿だ。

「悪いが、そういう訳にはいかねぇな。坊っちゃん、いくらアンタが閣下の弟君だとしてもだ」

 マッシュの軋るような声。

「ダークコロニーに何があるのか、お前達は知ってるのか?」

 ガイアが目を眇める。

 そうだよね。ダークコロニーは機密の塊だ。特に現時点では、敵を連邦に定めての兵器開発の真っ最中だ。

 いくら政権と軍部に深く関わってる家柄だからって、そこの子供が知ってていい情報じゃ決してないから。

 睨み据えてくる真っ向から視線を受けて、鏡面みたいに弾き返す。表情を、感情を隠すのは得意なんだ。

「僕は、“パイロット”になりたい」

 ゆっくり、言葉を紡ぐ。“何の”とは言わずとも知れるだろう?

 オルテガが目を剥く。

 マッシュが息を飲んで、ガイアは盛大に顔をしかめた。

「おいおい、あれはオモチャじゃねぇぞ。乗り回して遊ぶようなもんと違うんだぞ」

 オルテガの手が、宥めるように肩に乗る。

「分かってます。でも、僕は軍に入るし、そのときには兵のひとりとして戦います」

 むしろ、“おれ”にできることって、それくらいしか無いし。

「ザビ家の人間なら、いずれ指揮を執る立場だ。それが一兵卒の真似事を?」

 ガイアの声は冷たい。だけど。

「そうかも知れません――でも、兵の立場を知らぬ者の指揮に、誰が従いたいものですかね?」

 僕ならイヤだなぁ、と、小さく呟く。

 本音の話、現場を知らない人間にやいのやいの言われるのって、物凄くシラケるだろ?

「……閣下はご存知か?」

 苦虫を噛み潰したような顔ってこんなんだろうね。

「勿論、大反対されてるさ」

 答えたのはキャスバルだった。

「だけど、それで聞き入れるようなガルマじゃない。こう見えて意外と頑固でね」

 言いながら肩をすくめてみせる仕草さえ格好良いとは何事か。

「もう決めたんだ――2年でムンゾ大を卒業できたら、士官学校へ行ってもいいって、“ギレン兄様”が」

 瞳をきらめかせて。

 どうよ。見た目は決意を固めた少年に違いなかろう。

『ものは言いようだな』

『嘘は言ってないよ、嘘は』

 それが条件だったのはキャスバルだってことを黙ってるだけだ。

 言葉を切って、3人の先達を見つめる。

「本当は、あなた方に会いに来たんです。必ず、同じ場所に立つので、よろしくって伝えるために」

 じっと見つめ続ければ、オルテガがぷるぷるし始めた。

 マッシュは苦笑い――でも眼差しが和らいでる。

 ガイアだけは、まだ厳しい顔だけどさ。

「握手はしない――そうだな、本当にお前が俺達の前に立つ時までは」

 そんなことを言っちゃうからね。

「はい!」

 元気良く答えて、それから、一番可愛らしく見えるだろう笑顔を浮かべて見せた。

 

        ✜ ✜ ✜

 

 “ギレン”が狙撃された。

 夜歩きの翌日のことだった。

 一報が来たのは昼下がり。キャンパスから戻った矢先。

 ドクン、と、一拍激しく鼓動が跳ねて、思わず胸を抑えた。

 止める間もなく涙が溢れる。

 恐怖は寒さに似てる――心臓が凍てつくみたいで。

 隣りにいたキャスバルに支えられ、震える身体をなんとか宥める。

「大丈夫です! ガルマ様、ギレン閣下はご無事ですよ! ご無事なんです!」

 執事が何度も同じ言葉を繰り返してるけど、それは判ってる――“ギレン”が生きてるってことは。

 だけど撃たれた。狙われた。害をなそうとした奴がいた。

 そして、“ギレン”の代わりに、誰がが喪われたんだ。

「――どうして‼?」

 どうしておれには力がない? 盾になることもできず、剣になるにも足りない。

 何故“ギレン”を――ムンゾに、コロニーに新しい明日をとこれほど身を砕いている者を。

 殺そうとした。消そうと――“ギレン”を殺そうとした‼

 喉の奥に鉄さびの匂いがする。

「『赦さない』」

 腹の底で“獣”が吼える。

 利に欲に塗れて先も見ない愚者の群れを、粉々に叩き潰してやる。

 お前たちがそのつもりなら、“おれ”はどんな手段を講じたって、元凶を鏖殺して――

「『ガルマ!』」

 パンッと頬が鳴って、熱とジンジンとした痛みが来た。

 叩かれたと知ってキャスバルを睨みつける視線の端に、怯えた顔のアムロがいた。

 ひゅうと、吸い込む息が音を立てた。

 きっと、今おれはひどい顔をしてるんだろう。

 怖がらせてごめん。だけど、感情が嵐みたいで苦しい。

 ギュと目を瞑れば、不意に抱きつかれた。まだ小さな。

「『……アムロ?』」

「『約束した!』」

 思考波は、怖がりながら、怒っていた。

「『ずっといっしょにいるって! パンケーキ焼いてくれるって!』」

 ――ああ。焼くって、一緒にいるって。約束した。

「『勝手にどこかに行くのはダメだ!』」

 しがみついてくる子供の手と、支えてくれる腕に、鎖を引き千切った胸の底の“獣”が、情けなく唸った。

 拘束は緩いけど、そうだね。お前たちを振り払うことなんてできないね。

 徐々に力が抜けていく体を、キャスバルの手が宥めるように叩いた。

「『……ごめん。取り乱した』」

 息を吸って、吐く――もう息苦しさは感じなかった。

「ありがと。キャスバル、アムロ。『お前らがいると、おれは、踏み外さずにいられるね』」

「落ち着いたか。『まったく、君はいつまでも手の掛かる“坊や”だな』」

『ヲイ。同い年!』

 突っ込めば思考波が笑った。

「……もう、大丈夫です」

 心配かけちゃった、と、執事にも笑いかければ、あからさまにホッとした顔をされた。

 いつもは表情を見せない老紳士が、珍しい。

「お部屋でお休みください。皆様も」

 さあさあさあ、と、強引なくらいに自室に追い込まれて、茶を供された。

 ハーブティー――リンデンフラワーとカモミールのブレンドかな。良い香り。あらかじめ蜂蜜が加えてある。

 アムロは興味深そうに飲んでるけど、キャスバルには甘過ぎたのか、ほんの僅かだけ眉を寄せた。

 普段はすぐに下がるはずのメイドどころか執事まで控えてる。

 どんだけ心配かけたのか、おれ。ちょっと反省。

 落ち着いたところで、改めて状況を聞けば、“ギレン”を庇って護衛の一人が犠牲になったこと、狙撃手は既に取り押さえられたことを知らされた。

 すでにサスロ兄さんが処理に動いていることも。

「……コルヴィンさん」

 それが凶弾に斃れた護衛の名前だった。

 

 

 その夜は、キャスバルが泊まっていくことになった――執事達が必死に引き留めてたからね。

 おれ、もう大丈夫なのに。

 アムロも自分の部屋に戻らないから、小さくないはずのベッドは、三人の体積でみっちりになった。

「『アムロ、ごめんな。怖かったろ?』」

「『こわかったけど、ガルマ、絶対にぼくたちにひどいことしないからね!』」

 ふんす、と、鼻を鳴らすアムロのその確信はドコから来てんのさ?

 キャスバルが含み笑う。

「『しないだろう?』」

 むしろ、出来ないだろうと青い眼が悪辣にきらめいてるのが業腹だ。

 だけど、そうさ。おれがどんだけお前らのこと大好きだと思ってんだ。もはや愛だ。

 おれは、きっと、お前らのことを傷つけるくらいなら、この身を斬って捨てた方がマシなんだろう。

 負けてるみたいで悔しいと呟けば、二人分の思考波が笑った。

 ぐっすり眠れたりはしなかったけど、ベッドは過ぎるほど暖かくて、もう寒さは感じなかった。

 

 

 

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