“ギレン”が狙撃された。
油断した――つもりなんか、無かったのに。
一報を聞いたとき、血が凍るような、燃え上がるような、全てが腐蝕して無に帰すような、そんな心地だった。
胸の奥底で“獣”が鎖を引き千切って咆えた。
“ガルマ”の身体は慄えて、溢れ出す涙が止まらなかった。
意識と肉體が乖離したような感覚が、ひたすらに気持ち悪かった。
“ギレン”が生きていることは、“感覚”で悟っていた。
だけど、誰かが喪われたことも――。
✜ ✜ ✜
「キャスバル、キャビネットの鍵が壊れてるんだけど」
「壊したからな」
――ヲイ。
「急に鍵なんか掛けると気になるだろう?」
「それギルティだから」
ちっとも悪びれない幼馴染をどうしてくれようか。
出会ってこの方、大体いつも脳内垂れ流しであったせいか、キャスバルは、おれが閉じたり覆ったり遮ったりすることを嫌うのだ――自分は閉じて覆って遮ってるくせに、なんなる我儘。
だけど、それが物理まで及ぶのはコトである。
「それ機密資料なんだぞ。一応」
流石に実際の部外秘は含まれて無いとしても、通常では閲覧を許されない程度までバッチリ記載があるわけだし。
「情報管理が甘いって、おれが叱られるじゃないか」
「その時には一緒に叱られてやるさ」
そーゆー問題じゃないから。
ともあれ、読んじゃったなら仕方ない。
「面白かったろ?」
「興味深いな」
キャスバルはひとつ頷き、その青い眼を真っ直ぐにこちらに向けた。
「で、なにを企んでいる?」
「企んでない。将来のビジョンを描いてただけ」
答えたら、キャスバルは宇宙猫みたいな顔をした。
「……パイロットになるつもりか? 君が?」
なんでそんなに意外そうなの。
と、言うか、おれの中ではそれ以外無いくらいに確定してたんだけど。
「年中、熱を出して寝込む君がか?」
「年中じゃない。言っとくけど、おれ、ひ弱でも病弱でも繊弱でも無いからね」
反論すれば、大きな溜め息をつかれた。
「“己を知らず”とはよく言ったものだな」
「……この話はしない。平行線だし」
キャスバルの手から資料を奪い返し、鍵の壊れたキャビネットに戻す。それから机に向かってレポートを広げた。
さっさと仕上げて提出してしまいたいのだ。
『何を焦ってる?』
思考波が触れてくる。宥めるみたいに。
『……何もできないことにさ』
唇が嗤いに歪む。
良家に生まれて保護があることは、すごく有り難いし、家族から向けられる愛情は、麻薬みたいだ。
“同朋”もいて、妹みたいな少女もいて――だからこそ失くすことを怖れるし厭う。
安寧とした檻の中で、不穏な空気に怯えることに倦んでるんだ。
それなのに、“ギレン”はいまだに“自由”をくれない。それどころか、今回の我儘に警戒したんだろう。監視すら増やしてきた。
雁字搦めの拘束。
思考が昏い奥底に沈んでく。
今すぐにもここから飛び出していきたい。“家族”であるために、“同朋”であり続ける為に、“ひとり”になるなんて、矛盾もいいトコだろうけど。
“敵”を喰い殺す力を、早くこの手に――。
ぐいと腕を引かれて、万年筆が、紙面を切り裂くみたいな線を描いた。
「……なにすんのさ。書き直しじゃないか」
「手伝ってやる」
「これくらい自分でなんとかするさ」
大学のレポートくらいで何を、と鼻で笑えば、キャスバルの青い眼が、苛立たしげに眇められた。
『そうじゃない。わかってるんだろう? 君の“計画”に乗ってやるって言っている』
至近で告げられて、瞬く。
青い眼に、ポカンとしたおれの間抜け面が映っていた。
『それ……ダメじゃね?』
めちゃくちゃ叱られるルートだぞ。お前を巻き込むことなんて考えてなかったし。
『では言い換えようか。君の頓狂な“計画”を、実行し得るように修正してやるって』
ものすごい悪辣な光が、天上の青の中にキラキラしてて、思わず見惚れる。
『……キャスバル。言外に、バカが考えるなって言ってるよね?』
堕天使は答えずに、ニコリと綺麗な微笑みを見せた。
リノ・フェルナンデスとシャア・アズナブル(本人)にメッセージを送った。
テキサス・コロニーからこっち、二人とは割と頻繁にメッセージの遣り取りをしてたから、怪しまれることは無いし。
中身は流行りのパズル。
これも、よくお互いに送りあってるものだしね。
だけど、解いたらそこには別の暗号メッセージが隠されてる。
ん。第1段階はこれでよし。
二人が早くパズルを説いてくれることを祈るよ。
ラップトップを閉じた途端、部屋の扉が開いて、アムロとハロが飛び込んできた。
「ぼくもやる!」
〈アムロ ヤル アムロ ヤル〉
そのままの勢いで飛びついてくるのを受け止める――ドスンと。椅子から転げ落ちそうになって、ちょっと焦った。
ふぉ。結構育ったな。
子供の成長は著しい。おれの身長も伸びてるけど、アムロもすくすくと伸びてるからね。
「止せ。アムロ、ガルマが潰れるぞ」
「この程度で潰れはせぬ!」
続いて入ってきたキャスバルに、ふんす、と鼻を鳴らして抗議する。
つか、お前ら一緒に居たの。さっきから姿が見えないと思ってたら。
「で? アムロもパズルすんの?」
「ちがうよ! ガルマの“ケイカク”だよ!」
キラキラする碧の瞳が向けられた。
「ふぉ⁉」
ちょっと待て。
「キャスバル! なんでアムロまで巻き込むのさ⁉」
めちゃくちゃ叱られるルートだと以下略。
胸ぐらを掴もうとして、スルリと避けられた。おのれ。
「不可欠だからだ。『繋がる人間が必要だろ』な、アムロ?」
「『うん!』ぼくもやる!」
とても仲良さそうに、ぴったりと寄り添う二人に絶句する。
ナニさこの最強コンビ。
確かにね、キャスバルとアムロの思考波は極端に強い。だから、多少距離をおいても繋がることができるし、おれも含めて三方で感覚共有も可能。
心強い味方ではあるんだが。
「アムロには君の部屋に籠もって身代わりをしてもらう。屋敷内だから危険はないさ」
「ガルマのふりをするよ」
ガッツポーズのアムロだけどさ。
「見つかったら叱られるんだぞ」
と言うか、絶対に見つかる。むしろ時間稼ぎの意味が強いんだから。
下手したら、“ギレン”に正座させられるかもなんだからな――そのイメージに、アムロは一瞬怯んだものの、直ぐに瞳に強い力を宿した。
「いいよ!」
「お前が叱られるの、おれは嫌だよ」
「いいんだ。だって、ガルマ、どっかに行っちゃいそうだから……」
覗き込む先で、碧い瞳が心配そうに揺れていた。
――はい?
「いつもどっかチリチリしてる。いなくなっちゃうのはイヤだ」
伸ばされる手が頬に触れるのと同時に、幼い思考波が意識を撫でていく。
伝わってくるのは、心配と――ああ、ごめん、お前まで不安にさせちゃってたか。
感受性が強すぎる子供は、レセプターを通じて、おれの焦りを感じ取ってたんだろう。
ギュっと抱きしめれば、少し大きくなった、でもまだ小さな手が背中に回された。
『心配すんな。何処にも行かない』
敢えて思考波で返す。言葉と違って、感情を隠すことが難しいそれでは、“ウソ”は付けないから。
『ほんと? ずっといっしょ?』
『ん。お前らが望むなら、ずっとだ』
『ずっとパンケーキやいてくれる?』
ふは。おれはお前らのパンケーキ要員か。
思わず笑っちゃったじゃないか。この食いしん坊め!
『焼くよ。パンケーキ以外も作れるよーにならんとね』
飽きられたら困るし。
約束すれば、青と碧の、色は違うけど世界で一番綺麗だと思ってる二対の瞳に、笑みの色が交じった。
『もしかして、お前も心配した?』
キャスバルにも聞いてみれば。
『寝言は寝てから言え』
なんて言い草だ。
まあ、それがこの上なくお前らしいんだけどね。
“計画”を始動させ、おれとキャスバルはコッソリとザビ邸を抜け出した。
夕食も済んで、普段なら、部屋に戻ってる時間。
キャスバルとレポートを書き上げたいから、そっとしておいてと伝え、人払いも済ませてある。
元より家族はみんな忙しくて屋敷を出払ってるしね。
ついでにおれたちの代わりにスタンバイしてるアムロの為に、お茶やらお菓子やら、興味を引きそうな読み物やらも用意した。
子供のくせに宵っ張りの朝寝坊ぎみのアムロのことだから、資料を読み耽って夜更しをし過ぎないか、それだけが心配だ。
『ハローハロー。どうよ、聞こえてるー?』
『うん。ガルマ、きこえるー!』
『部屋に誰が近づいてくるようなら、すぐに知らせるんだぞ?』
『わかった、キャスバル』
良い子だと花マルのイメージを送れば、帰ったらパンケーキを焼けと返ってきた――どんだけパンケーキが好きなのか。
キャスバルが喉の奥でくつくつ笑う。
「君が甘やかすからだ」
「そんなつもり無いけど」
「甘やかしてるさ。アムロも、アルテイシアも……だからみんな我儘を言うのさ」
「可愛いから許す!」
どうせ、おれ以外はそれなりに厳しいんだから、歪んで育つことは無いだろ。元々いい子たちだし。
『ところで気づいてる?』
『ああ』
後をついて来る気配が一つ。
『どうするつもりだ?』
『捕まえる』
一区画を出るところで一度足を止め、キャスバルと一瞬のアイコンタクト。
わかりやすく駆け出してみれば、続く誰かの焦りが伝わった。ふふふ、掛かったな。
見失わせないように追いかけさせて、曲がり角で待機。
飛び出してくる男の横合いから、ひょいと。
「つーかーまーえーたー」
「うわぁあッ⁉」
間延びした声と共にタックルしてみたら――あれ、トレンチコートじゃん、これ。
地面に転がした男に跨って覗き込む。
ハンチング帽の下には、野暮ったい黒縁丸眼鏡――冴えない中年男性とバッチリ目があった。
暴れられないように、キャスバルにも押さえつけるのを手伝って貰ったけど、これはいかんわー。
「……タチ・オハラ」
思わず口から零れ出た名前に、当人は目を剥いた。「何故」とその口が動く。
秘匿されてる存在が名前を言い当てられたら、そりゃ動揺するよね。
キャスバルが帽子を取り上げて、男の顔をまじまじと見た。
「知ってる奴か?」
「“ギレン”の“伝書鳩”。もとはランバ・ラルの部下だよ」
獲物が大きすぎた。
“ギレン”の“耳目”であり“手足”でもある諜報部門の、中核を担う男じゃね。
しまったわー。もうちょい下っ端を捕まえて使い倒そうと思ってたのに。
「……見逃して?」
ニコリと微笑めば、苦虫を噛み潰したような顔を向けられた。
「職務上、それは無理だ」
「なぜ? あなたの任務にはザビ家の末弟の監視は含まれて無い筈です」
「本来ならな」
タチの唇が歪む。ん、ちょっと悪そうな表情。
「閣下から、“弟がやんちゃしないように”見張れと命じられてましてね」
なにそれ、“ギレン”、職権乱用じゃないの?
「さあ、お散歩はここまでだ。帰りますよ、ガルマ様、キャスバル様」
やれやれ、と、ホコリを払ってタチ・オハラが立ち上がった。
「DAGAKOTOWARU『だが断る』‼」
「は?」
突然の極東言語にキョトンとするタチに指を突きつける。
「あなたにある選択肢は2つだけだ。ここで、僕らに置いてきぼりにされるか、一緒に来て僕らを護るか」
「……聞き分けのないことを」
丸眼鏡の奥の、冷えた眼差しに交じる、苛立ちと焦り。それから滲みだす獰猛な気配――この男は、紛れもなく“兵士”だ。
「あまり“我々”を甘く見ないほうが良い。いかに秀才と言えど、貴方方はまだ成人まで間がある…」
「そう。まだ未成年なんです」
言葉を遮って、ニッコリ微笑む。
「ここで大声を出しますよ。“変態に襲われた”って――邪魔するならね」
困るだろ、“伝書鳩”?
目立たないことが何より重要な立場だ。後で誤解が解けたって、大ダメージは必至。お役御免になるかもね?
「なんて悪辣なんだ君は」
「キャスバル、いい笑顔で言うセリフじゃないよ」
止めるどころか、もっとやれって感じか。
くつくつ笑う幼馴染に肩をすくめる。
タチは、信じられない物を見る目でおれ達を見た。
「――そんなことをすれば貴方達も」
「めちゃくちゃ叱られる、だけ、です。どうせ露見して叱られるのは決まってるんです。尾行も“計画”のうち。こんな大物が釣れるとは思ってなかったけど、逆に好都合ですね!」
「悪いが協力してもらう。車を出してくれ。免許は持ってないんだ」
綺麗な微笑み――青い眼が剣呑に輝く。
有無を言わせぬ迫力って、こーゆーことを言うのかね。
「『キャスバル、格好いいなぁ……!』」
うっかりすると惚れそうだ。
「『口から漏れてるぞ』」
おっとしまった。
それはともかく、鞭だけじゃなくて飴も必要だろうからさ。
「手伝ってくれたら、あなたが手に入れられなかった情報をあげる」
ニッコリと微笑めば、タチ・オハラの顔が盛大に引き攣った。
「悪魔だ、悪魔が二人もいる……」
失礼だな。
もっと可愛らしく“小悪魔(♡)”って言って欲しいね。
「ここだよ」
「ふぅん。面白そうな店だね」
全く実感のこもらない感想をありがとう、キャスバル。
タチ・オハラに運転させてたどり着いた先には、むくつけき男達が溢れていた。
お酒とツマミと少しの刺激を提供する、いわゆる酒場である。
軍関連の施設がそばにあることから、兵士のたまり場になってるんだってさ。
店内をぐるりと見回せば――ん。お目当ても揃ってそこに居た。
まあ、時前にリサーチしてたけど、不測の事態ってのはあるからね。無駄足にならなくて良かったわー。
店内に足を進めるおれ達の後ろを、タチが頭を抱えてついて来る。
「こんな場末のバーをなんで坊っちゃんが知ってるんですかね⁉」
「教えてもらったんです」
「誰に⁉」
ソイツを締め上げるのだと決意してるらしき様子に肩をすくめて、
「ヒミツ♡ですよ。貴方だってソースは明かさないでしょ?」
“伝書鳩”がなんて当たり前のことを聴くのと呆れた視線を向ければ、ぐぬぬと唸られた。
「おお! えらくカワイーのが来たなぁ‼」
入り口から近いカウンターにいた一人の男が大声を上げた。
制服から見て下士官か。だいぶ酔ってる――けど、『ちょっとからかってやろう』くらいの意図しかないようだった。
「ダメだぞぅ、子供がこーんなところに来たら、俺みたいな悪い男に喰われちまうぞー?」
ニヤニヤと近づいてこようとする男の前に、厳しい顔をしたタチが立ち塞がろうとしたから、そっと袖を引いて止めた。
ちょっとだけ身を乗り出す。
「こんばんは。僕、ガルマ・ザビって言います。あなたは、ドズル兄様の部下の方ですか?」
おっとりと笑みかければ、虚を衝かれた男が、マジマジと覗き込んでくる。
さあ、よくご覧よ。先だっての誘拐事件で、おれとキャスバルの容姿は結構世に知られてるんだよね。
「あ? ……ええ⁉ ホンモノォ!??」
下士官の赤ら顔が、しゅんと青ざめていく。
騒ぎを聞きつけてか、周囲でも、常日頃だろうざわめきが一瞬止まって、また別のざわめきが起こった。
ゴメンね、気持ちよく飲んでるところに乱入してさ。
「いつもドズル兄様を助けて下さってありがとうございます。これからもお願いしますね!」
狼狽えるその手をとって、さらに畳み掛けるように微笑めば、青ざめた顔は、前以上に赤くなった。
参考は、遠い記憶の果ての、“天然小悪魔系商売女”だ。あのあざと可愛さに太刀打ちできず、何人の男達が沼に叩き落とされていったことか。あの眼差しを、仕草を、少年にも合うように修正しながらトレースする。
『……ガルマ、また“ホイホイ”する気か?』
キャスバルがこめかみを揉んでるけど。
『大丈夫でしょ。こいつらみんな、カウンターの中の女口説いてたみたいだし』
奥にいる、分かりやすい化粧の女にコナかけてたんだ。少年趣味は無かろうよ。
『だと良いがな……周りを見ろ』
やめろ。変なフラグみたいな言い方は。
「……あの」
斜め上から声がかかって顔を向ければ、髭面の大男が、小さな目をキラキラさせて覗き込んでくるところだった。
「俺もドズル閣下の麾下です」
「あなたも? お疲れさまです! いつもムンゾを護って下さってありがとうございます」
差し出される手と握手。
「大っきな手!」
いやホントなに食ってたらそんなにでかく育つのさ。
ドズル兄貴も、“ギレン”もだけど。ムンゾの男って、基本的にデカイよね?
ぶっとい指をムニムニしてみる――振り仰いだ男の眼は、小動物でも愛でてるかに、めちゃくちゃ和んでた。
さらに数人の兵士に囲まれるけど。
「待て待て待て待て!」
はいはいはいはい?
ドスドスと奥から突進して来るのは――おお。来たよ、お目当ての一体目。
「なんでこんなところにザビ家の坊っちゃんが来てるんだよ⁉」
まるで周囲からおれ達を護ろうとでもするみたいに、大きな体で割り込んでくる。
『キャスバル、この人がオルテガ』
『MSのテストパイロットか』
『そう。奥にもう二人。ガイアと、片眼に傷がある方がマッシュ』
『なるほど。今夜の“獲物”か』
『上手く狩れるようにサポート頼む――特にガイアね。手強そうだし』
『了解した』
青い眼が悪戯にきらめくのを見届けて。
「こんばんは」
怖い顔で見下ろしてくるオルテガに向き合う。
「お邪魔してごめんなさい。ドズル兄様のお話によく出てくる部下の方々に、お会いしてみたくて」
「……ドズル閣下がどんな?」
オルテガのみならず、周囲の男達の視線が集中する。ん。上官の評価は気になるよね、やっぱり。
咳払い。敢えてちょっとコワイ顔と厳ついような声色を作る。
「“勇敢で命知らずの荒くれ者だが、気の良い連中ばかりだ。皆、命と体を張ってムンゾを守ってくれている。まみえたら必ず労ってやってくれよ”……って、いつもいつも言うから」
どんな方達なんだろうって屋敷を抜けて会いに来ちゃいました、と伝える。
余りにも似てないドズル兄貴の物真似に、何人かの兵士が吹き出した。
「――で、一緒にいるのはダイクン家の坊っちゃんと、こいつは誰だ?」
あんまり護衛に見えないタチが皆に睨まれるから。
「途中で行きあったひと。ここに入るって言ったら、子供の入る店じゃないって止められちゃいました」
一言も嘘はないよ、嘘は。
「びっくりしたんですよ! 見た顔の少年が二人、酒場に入って行こうとするんですから!」
タチが目を剥いてまくし立てた。迫真の演技である。さすが“伝書鳩”。
「……まぁ、そうだろうな」
周囲の視線が和らぐ。
「ああ、良かった。騒ぎにならないで。荒事は苦手なんです……ほら、気がお済みなら、もうお帰りになった方が良いですよ?」
むしろ、『今すぐ帰るぞ!』と、その眼が訴えてる――いやいや。
「来たばかりじゃないか。ねぇ、キャスバル。僕はもう少しここに居たいな」
小首を傾げて連れを見る。
「仕方ないな。君は言い出したら聞かないからね」
ふぅ、と、キャスバルが溜め息を落とす素振りで。
「ガルマを少し休ませて欲しい。抜け出すのに少し無理をさせたから」
張らずとも響く声でそう言えば、オルテガは少し慌てたように、店の奥を振り返った。
「そっちに連れてくぞ!」
怒鳴るような声に、マッシュが片手を上げて応える。呆れた顔だ。
隣のガイアといえば、思案顔で顎髭を撫でていた。
『……さて。何処まで猫皮が通じる相手かね』
『本性ぶつける気は?』
『あるわけ無いだろ。そんなの、お前らだけが知ってればいい』
タチだって、ここまではまだ、子供のやんちゃの範疇の扱いだし。
答えれば、思考波が笑った。
『確かにね。素の君を扱えるのはそう居ないだろう』
『お前もだよキャスバル。今でさえおれの手には余り気味だ』
手加減してと思考波でつつけば、甘えるなと返された。手厳しい。
タチは周りの兵士たちに止められて、これ以上は付いてこれないけど、それも想定内。
奥のテーブルに招かれて、二人並んで座らせてもらう。
いつの間に頼んでくれたのか、直ぐにライムの香りのするドリンクが供された――酒精の匂いはしない。
クスリの類が混じってるかどうかは判断つかなかったけど、この状況で仕込む阿呆はいないだろう。
ニコリと微笑んでお礼。
キャスバルと揃って口をつければ、ガイアとマッシュが堪えきれないように笑った。
「度胸があるな」
「まあ、ここまで乗り込んでくるくらいだからな」
オルテガが一拍遅れて、
「お前ら、それ飲んだら帰れよ。送っていってやるから」
そう言って口をへの字に曲げた。その目は心配そうだった――付け込む余地は充分にある。
「あなた方も、ドズル兄様の?」
「ああ。そうだ」
オルテガが胸を張る。
「兄様のお話し聞いてもいいですか? あ、なんてお呼びすれば? 僕たちは、ガルマ・ザビと、キャスバル・レム・ダイクンです」
小首を傾げて見上げれば、
「知ってるわ! 見ればわかる。俺はオルテガだ。向こうがガイア、と、マッシュ」
なんの疑念も無く名乗った。他の二人の名前まで。よし。内心でニンマリ。
「よろしく、オルテガ殿。ガイア殿とマッシュ殿も。ガルマの我儘に付き合わせてしまって申し訳ない」
キャスバルが薄く微笑んで返す。
ちょっと尊大な物言いは、名家の子息に相応しいものだけど、オルテガは「偉ッそうなガキだな」と、口の中で呟いてた。それ読み取れるからね?
キャスバルも当然分かってて、さらに微笑みを深くした。
ガイアが、その様子を興味深く見守っている。マッシュの方は、あまり気が引かれてはいないんだろう。静かにグラスに口をつけていた。
「――それで、坊っちゃん方は、しがない兵士風情を労いにこんなところまで来たわけか。それとも、他に理由が?」
不意にガイアが口を開いた。
髭面にはふてぶてしい笑みが浮かんでる。長年軍籍にある人間独特の、暴力的な威圧の気配が薄っすらと。
だけど、ザビ家の人間が、その程度に怯むわけ無いだろう? 勿論、キャスバルだってね。
「……それ、聞いちゃいます?」
内緒話の域に声を潜めて。
ギリギリで媚びないパーソナルスペースを確保。腐っても名家の子息。かんたんに靡くと思うなよ、と――まあ、キャスバルにはピッタリとくっついてんだけどね。
「勿論、皆さんに会ってお礼を言いたかったのは本当です。それから」
「それから?」
オルテガがズイと身を乗り出してくるのに、ちょっと言い難そうに言い淀んでみせて。
「――……ダークコロニーをご存知ですよね?」
意識せずとも表情が改まった。硬い声。ここらからが勝負だ。
『キャスバル、お願いね』
『ああ。やってみよう』
一瞬の思考波での交感。
「なんだと?」
獰猛な声だった。おれがザビ家の人間じゃなかったら、締め上げられていたかも知れない。
ガイアの視線は射る様に鋭くて冷たかった。
マッシュもグラスから口を離し、探る視線を向けてくる。
オルテガだけが、ポカンとしておれ達を見ていた。
「ガルマ、それは駄目だって言っただろう」
溜め息をついて、キャスバルがグイと肩を引いた。
「だって!」
「だってじゃない。あなた方も忘れてくれ」
キャスバルがそう告げるのに、マッシュは顔を歪め、ガイアは腕を組んだ。
お、いい感じの反応。さすがは我が幼馴染殿だ。
「悪いが、そういう訳にはいかねぇな。坊っちゃん、いくらアンタが閣下の弟君だとしてもだ」
マッシュの軋るような声。
「ダークコロニーに何があるのか、お前達は知ってるのか?」
ガイアが目を眇める。
そうだよね。ダークコロニーは機密の塊だ。特に現時点では、敵を連邦に定めての兵器開発の真っ最中だ。
いくら政権と軍部に深く関わってる家柄だからって、そこの子供が知ってていい情報じゃ決してないから。
睨み据えてくる真っ向から視線を受けて、鏡面みたいに弾き返す。表情を、感情を隠すのは得意なんだ。
「僕は、“パイロット”になりたい」
ゆっくり、言葉を紡ぐ。“何の”とは言わずとも知れるだろう?
オルテガが目を剥く。
マッシュが息を飲んで、ガイアは盛大に顔をしかめた。
「おいおい、あれはオモチャじゃねぇぞ。乗り回して遊ぶようなもんと違うんだぞ」
オルテガの手が、宥めるように肩に乗る。
「分かってます。でも、僕は軍に入るし、そのときには兵のひとりとして戦います」
むしろ、“おれ”にできることって、それくらいしか無いし。
「ザビ家の人間なら、いずれ指揮を執る立場だ。それが一兵卒の真似事を?」
ガイアの声は冷たい。だけど。
「そうかも知れません――でも、兵の立場を知らぬ者の指揮に、誰が従いたいものですかね?」
僕ならイヤだなぁ、と、小さく呟く。
本音の話、現場を知らない人間にやいのやいの言われるのって、物凄くシラケるだろ?
「……閣下はご存知か?」
苦虫を噛み潰したような顔ってこんなんだろうね。
「勿論、大反対されてるさ」
答えたのはキャスバルだった。
「だけど、それで聞き入れるようなガルマじゃない。こう見えて意外と頑固でね」
言いながら肩をすくめてみせる仕草さえ格好良いとは何事か。
「もう決めたんだ――2年でムンゾ大を卒業できたら、士官学校へ行ってもいいって、“ギレン兄様”が」
瞳をきらめかせて。
どうよ。見た目は決意を固めた少年に違いなかろう。
『ものは言いようだな』
『嘘は言ってないよ、嘘は』
それが条件だったのはキャスバルだってことを黙ってるだけだ。
言葉を切って、3人の先達を見つめる。
「本当は、あなた方に会いに来たんです。必ず、同じ場所に立つので、よろしくって伝えるために」
じっと見つめ続ければ、オルテガがぷるぷるし始めた。
マッシュは苦笑い――でも眼差しが和らいでる。
ガイアだけは、まだ厳しい顔だけどさ。
「握手はしない――そうだな、本当にお前が俺達の前に立つ時までは」
そんなことを言っちゃうからね。
「はい!」
元気良く答えて、それから、一番可愛らしく見えるだろう笑顔を浮かべて見せた。
✜ ✜ ✜
“ギレン”が狙撃された。
夜歩きの翌日のことだった。
一報が来たのは昼下がり。キャンパスから戻った矢先。
ドクン、と、一拍激しく鼓動が跳ねて、思わず胸を抑えた。
止める間もなく涙が溢れる。
恐怖は寒さに似てる――心臓が凍てつくみたいで。
隣りにいたキャスバルに支えられ、震える身体をなんとか宥める。
「大丈夫です! ガルマ様、ギレン閣下はご無事ですよ! ご無事なんです!」
執事が何度も同じ言葉を繰り返してるけど、それは判ってる――“ギレン”が生きてるってことは。
だけど撃たれた。狙われた。害をなそうとした奴がいた。
そして、“ギレン”の代わりに、誰がが喪われたんだ。
「――どうして‼?」
どうしておれには力がない? 盾になることもできず、剣になるにも足りない。
何故“ギレン”を――ムンゾに、コロニーに新しい明日をとこれほど身を砕いている者を。
殺そうとした。消そうと――“ギレン”を殺そうとした‼
喉の奥に鉄さびの匂いがする。
「『赦さない』」
腹の底で“獣”が吼える。
利に欲に塗れて先も見ない愚者の群れを、粉々に叩き潰してやる。
お前たちがそのつもりなら、“おれ”はどんな手段を講じたって、元凶を鏖殺して――
「『ガルマ!』」
パンッと頬が鳴って、熱とジンジンとした痛みが来た。
叩かれたと知ってキャスバルを睨みつける視線の端に、怯えた顔のアムロがいた。
ひゅうと、吸い込む息が音を立てた。
きっと、今おれはひどい顔をしてるんだろう。
怖がらせてごめん。だけど、感情が嵐みたいで苦しい。
ギュと目を瞑れば、不意に抱きつかれた。まだ小さな。
「『……アムロ?』」
「『約束した!』」
思考波は、怖がりながら、怒っていた。
「『ずっといっしょにいるって! パンケーキ焼いてくれるって!』」
――ああ。焼くって、一緒にいるって。約束した。
「『勝手にどこかに行くのはダメだ!』」
しがみついてくる子供の手と、支えてくれる腕に、鎖を引き千切った胸の底の“獣”が、情けなく唸った。
拘束は緩いけど、そうだね。お前たちを振り払うことなんてできないね。
徐々に力が抜けていく体を、キャスバルの手が宥めるように叩いた。
「『……ごめん。取り乱した』」
息を吸って、吐く――もう息苦しさは感じなかった。
「ありがと。キャスバル、アムロ。『お前らがいると、おれは、踏み外さずにいられるね』」
「落ち着いたか。『まったく、君はいつまでも手の掛かる“坊や”だな』」
『ヲイ。同い年!』
突っ込めば思考波が笑った。
「……もう、大丈夫です」
心配かけちゃった、と、執事にも笑いかければ、あからさまにホッとした顔をされた。
いつもは表情を見せない老紳士が、珍しい。
「お部屋でお休みください。皆様も」
さあさあさあ、と、強引なくらいに自室に追い込まれて、茶を供された。
ハーブティー――リンデンフラワーとカモミールのブレンドかな。良い香り。あらかじめ蜂蜜が加えてある。
アムロは興味深そうに飲んでるけど、キャスバルには甘過ぎたのか、ほんの僅かだけ眉を寄せた。
普段はすぐに下がるはずのメイドどころか執事まで控えてる。
どんだけ心配かけたのか、おれ。ちょっと反省。
落ち着いたところで、改めて状況を聞けば、“ギレン”を庇って護衛の一人が犠牲になったこと、狙撃手は既に取り押さえられたことを知らされた。
すでにサスロ兄さんが処理に動いていることも。
「……コルヴィンさん」
それが凶弾に斃れた護衛の名前だった。
その夜は、キャスバルが泊まっていくことになった――執事達が必死に引き留めてたからね。
おれ、もう大丈夫なのに。
アムロも自分の部屋に戻らないから、小さくないはずのベッドは、三人の体積でみっちりになった。
「『アムロ、ごめんな。怖かったろ?』」
「『こわかったけど、ガルマ、絶対にぼくたちにひどいことしないからね!』」
ふんす、と、鼻を鳴らすアムロのその確信はドコから来てんのさ?
キャスバルが含み笑う。
「『しないだろう?』」
むしろ、出来ないだろうと青い眼が悪辣にきらめいてるのが業腹だ。
だけど、そうさ。おれがどんだけお前らのこと大好きだと思ってんだ。もはや愛だ。
おれは、きっと、お前らのことを傷つけるくらいなら、この身を斬って捨てた方がマシなんだろう。
負けてるみたいで悔しいと呟けば、二人分の思考波が笑った。
ぐっすり眠れたりはしなかったけど、ベッドは過ぎるほど暖かくて、もう寒さは感じなかった。