「今回は散々でしたよ」
ズムシティの宙港に帰り着くと、タチは深々と溜息をついて、そうこぼした。
時刻は夜の七時過ぎ、自宅に戻ると、八時半くらいになるだろうか。
タチのもの云いは相変わらず酷いものだが、その気持ちはわからぬではない。
「最後の最後にやられたな……」
あそこでランク・キプロードンが出てくるとは思わなかった。
しかも、甚だしく誤解されていたように思う――確かに、リーアには視察を含めての旅行で行ったが、首相に会おうと思ったわけでも、ましてや戦時協力などを求めたわけでも、まったくなかったと云うのに。
「アンタは外交的には良かったんじゃないんですか、“味方する”とか云われてたでしょ」
「ああ云う連中の口約束を信じるほど、俺はおめでたくはないんだがな」
「まあ、アンタも誰かさんの目を盗んで、いろいろ仕掛けたりしましたもんねぇ」
と云うのは、レッドフォース号やガルシア・ロメオのことか。
「あれとこれとは、全然話が違うだろうが」
「私から見りゃ、どっちこっちと云うとこですよ!」
云い合いながら、ハイヤーに乗りこむ。
「お前は、明日っから仕事なのか?」
「まさか。二日ほど休みを戴きますよ。アンタと違って、仕事でしたんでね!」
ハイヤーの運転手は、会話を聞いて苦笑する風だ。
上官を上官とも思わぬもの云いだが、そのお蔭でと云うべきか、軍総帥とその部下の少佐、とは思われなかっただろう。
半月ぶりの“我が家”に帰り着くと、タチも一緒に降りてきた。
「この時間なら、デラーズ大佐がおられるでしょうね」
エレベーターの中で、タチが云う。防犯カメラに背を向けているのは、唇の動きを記録されないためか。念のいったことである。
「いるだろうな、まだ早い時間だ」
「じゃあ、適当なところまで送って戴けますね」
と云うが、一応上官を足にするつもりなのか。
久しぶりのドアの前に立つと、中に人の気配があるのがわかった。
ベルを鳴らさず、ロックを解除する。
と、ドアを開けてすぐに、デラーズが立っていた。
デラーズは、こちらを見るなり即座に敬礼し、
「お帰りなさいませ。ご無事のご帰還、お慶び申し上げます」
と云ってきた。
「戻った。……そんな堅苦しいもの云いは必要ないだろう。その上軍服ときている」
いつもの軍装でない――演習などの際にしか着用しない略装である――だけましではあるが。
「略装で失礼致しております。軍装では目立ちますし、かと云って、閣下がお戻りになるのに、あまり砕け過ぎても宜しくないかと思いまして」
と云うが、
「そこはそもそも、軍服を止めるって選択肢はなかったのか?」
そう云ってやると、デラーズは大きく両手を振った。
「とんでもない! そのような恰好で、閣下をお迎えすることなどできません!」
「スーツなんかで構わねぇと思うんだがな……」
こちらは、不良中年と云う態であるのだし。
こちらの口調に、デラーズは微妙な表情になった。
「お戻りになったのですから、いつもの口調に戻されても宜しいのでは?」
「まだ休暇は終わってねぇからな、終わり近くになるまでは、このままでいく」
これなら、外に買物に出たりしても、“ギレン・ザビ”とは思われぬだろうし。
そう云うと、デラーズは、微妙な表情のままながらも頷いてきた。
「ともあれ、お疲れ様でした。こちらは、概ね平穏、と云って良いものか……」
云いながら、スーツケースを運んでいく。
「“ガルマ”のやらかしの他に、何かあったか」
と、タチが口を挟んできた。
「――お話してませんでしたがね、ガルシア少将のところで、何やら一悶着あったようです。有体に申し上げれば、ガルマ様とその一党がやらかしたと申しますか」
「この短期間に、またやらかしたのか」
思わず云うと、頷きが返る。
「ガルマ様のご希望で、士官学校の同期生の“鳩”どもを突っこみましたでしょう。あの連中が、ぞろ蠢き出しましてね。リヒテン・ノビルがガルマ様を殴ったんだとか」
不可抗力だったとお伝え下さい、と報告してきましたよ、と肩をすくめる。
“一党”と云うのは、例のリノ・フェルナンデスたち三名のことだろう。
かれらはリヒテン・ノビルの部下でもあるはずだが、そのような“修正”が入ったと云うことは、結構な暴走をしたと云うことか。
「“ガルマ”をな。なかなかやる」
ガルシア・ロメオにはできない真似だろう。まぁ、これであの“こまっしゃくれたガキども”が、多少大人しくなってくれれば良いのだが。
「問題は、キャスバルだからな……」
と云うか、それも含めて“ガルマ”の一党だと云うべきなのだが。
「本当に、碌なことをしやがらねぇな」
これで、“ガルマ”が己の立ち位置をきちんと把握できるタイプであったら、ここまでどうこう云うこともなかったはずなのだが。
「まぁ、リヒテン中尉がきちんと躾けてくれれば、これほど嬉しいことはないんですけどねぇ」
と云うタチは、期待薄だと云わんばかりの顔である。
まぁ、今も“昔”も、“ガルマ”まわりは軍の規律の何たるかを弁えぬような輩ばかりであったから、その危惧もむべなるかな、と云う感はあるのだが。
「あいつらは、軍隊を何だと思ってやがるんだろうな」
何のために、軍隊が“上官の命令は絶対”になっていると思うのか。
軍は、市民の持たない武力を持つ。そして、前線は、即ち戦場は、普通の神経ではまともではいられない、非-人間的な空間なのだ。そこに染まれば、誰かれ構わず攻撃するような、イカれた精神状態になることもある。
それを、上官の命令ひとつで止めるために、あるいはその狂的な状況に飛びこませるために、軍隊と云うのは上官の命令を絶対とし、正気をそれによって担保するのである。
高い殺傷能力を与えられたが故の、謂わば安全装置――無論、それが逆に暴走を招くこともあるが――を、簡単に踏み越えるような輩は、軍人には相応しくない。
軍の規律は、故なくして存在するわけではないのだ。
キャスバルをはじめとする“ガルマ”まわりの連中は、何故、そのあたりのことを弁えようとしないのか。
「閣下は、特に軍規に厳しいと思われますが」
などとデラーズは云うが、ことは相対的な問題では済まされぬのだ。
況して、一大勢力を築きつつあるあの一党が、軍規の何たるかを把握せずに暴れまわっては、他の兵たちの規律にも差し障りが出てくるだろう。
いくら軍規を厳しくして縛ろうとも、与えられた力を無闇に使いたがる輩は必ずある。“ガルマ”たちの行動は、そのような無軌道な輩を暴発させる可能性があるのだ。
つまりは、組織内の“異分子”の存在が、軍の統制そのものを崩壊させていく、その危険性を危惧していたわけだが。
「あいつらは、ちっともわかっちゃいねぇ……」
主な“戦犯”は、やはりキャスバルと“ガルマ”である。
キャスバルは、己の行動に対する自覚のなさ故に、そして“ガルマ”は、己のまわりの実情に盲目であるその故に。
「あいつらは、軍人の何たるかをわかっちゃいねぇ。武器を持つものが、市民社会にとってどれほど脅威であるかの自覚もなしに、一時の成功体験に酔って、狭い集団内の価値だけを重んじてやがる。優秀な馬鹿ほど始末にわるいと云う、典型的な例になっちまったな」
源平合戦で平家を征した義経主従が、鎌倉殿を中心とした価値観を容れずに浮き上がり、遂には平泉で討たれることになったように。
「――まさかと思いますが、かれらを“処分”なさるおつもりで?」
デラーズが、引き攣った顔で問いかけてきた。
「どうにも“軍”に馴染まなけりゃ、仕方あるめぇな」
正規軍と異なる“暴力装置”を、身の内に抱えながら当たれるほど、連邦はやわな相手ではない。
ならばいっそ、完全に異物を排除した上で戦争に突入した方が、まだしも勝算があるのではないかと思わずにはいられない――たとえそれによって、戦力が大きく削られることになったとしても。
「実の弟君であっても、ですか」
戦慄した顔で、デラーズは云った。
「その程度で躊躇するような人間なら、今の地位になどおるまいよ」
ひやりと笑う、それに、タチも強張った顔になった。
「まぁ、少なくとも“ガルマ”はわかっているはずだがな」
それで対立したことも、一度や二度ではないのだし。
肩をすくめてやると、二人はほっとしたような、安堵しきれぬような、微妙な表情になった。
「――ところで、他はどうだ。議会なんぞでは、何かなかったか」
と問うと、デラーズは、話が逸れてありがたいと云うように、大きな仕種で頷いた。
「特に大きな問題は。ただ、閣下のおられぬ間に、サスロ殿が、議会に国名改名の発議をされましたな」
「ほう」
云い出したのはこちらだが、素案も何もサスロ任せだったので、どのタイミングで議会に提出されるかは、あの“弟”次第ではあった。
なるほど、こちらが休暇のうちに提出すれば、ザビ家が独立を目論んでいる、と云う印象にはなり難いか。まぁ、どんなかたちで提出されようと、連邦に睨まれるのは確定なのだが。
「で、可決されたのか」
「はい。圧倒的賛成多数で可決されました」
「なるほど」
では、来年あたりにムンゾはジオン共和国に改名されると云うことになるか。
――ぎりぎり、開戦には間に合うか。
原作どおりの流れならば、一年戦争開始まではあと二年ほどである。不確定要素があまりにも多く、実際に連邦との戦端が開かれるのがいつになるのかは、まったくもって見通せないのではあるが。
「では、ジオン共和国初代首相は、このまま“父”が?」
「はぁ、まぁ……ただ、閣下を推すものたちも結構あったようで、紛糾したと聞いております」
「何故」
この面倒くさい――困難な時期に、軍の統制以外に首相も兼ねられるほどの余力はないのだが。
「コロニー同盟などで、閣下が全面に出られることも多かったですから、そのせいではないかと思うのですが」
「あー……」
コロニー同盟か。
確かに、あれの発案者が自分だったと云うこともあって、同盟関連の会議などには基本的に出席していた。当然、報道で流されることも多かったので、次代の政治家として、国民の目には映ったのかも知れない。
「いやしかし、首相はねぇわ……」
そう云うタイプでは、ないことはないが、面倒くさ過ぎる。
「どうしてです。他サイドの首相も、同じくらいのお歳でしょうに」
と云われても、嬉しくもないし、やりたくもない。
「今くらいの立場が、一番いいんだがな」
「いや、無理でしょ」
すぱっとタチが云った。
「そもそも、デギン閣下も結構なお歳ですからね。その後を継ぐとして、今のデギン閣下くらいまで現役、と云うと――あと三十年くらいですか」
「厭だ!!」
冗談ではない。大体、すぐにでも隠居したいと云っているのに、何が悲しくてこの先三十年も!
「戦争が終わったら、キャスバルが政界入りするだろう。こちらは退役するまで軍にいて、リタイアしたら、そのまま議会も何も、すっぱり辞めちまおうと思ってたのに!!」
「無理ですよ。マツナガ議員やダルシア・バハロあたりが逃しません」
「厭だーッ!!」
逃れられないような気は、していなくもないけれど。
「人間、諦めが肝心だと思いますけどね」
などと云われても、大人しく諦めたりするものか。
「絶対に、早期引退してやるからな!」
拳を握りしめて、叫ぶ。
それがかなわぬことであるとは、薄々感じ取ってはいたけれど。
それから二週間ほどは、自宅でだらだらと過ごした。
荷解きしたり、本を読んだり、昼寝をしたり。つまりは自堕落な生活と云うものである。
このところ、休日でも書斎に入ることが少なかったので、新しい蔵書を収めがてら、つまみ食いするようにあれこれと読む。
食料品はと云うと、デラーズが来ていた時に、いろいろと買っておいてくれたものらしい。冷蔵庫やパントリーを満たしたものを消費して、結局、買物に出ることもなくて済んだ。むしろ、休暇の終わりまでに、少なくとも冷蔵庫は空にしなければと思っていた――仕事がはじまってしまうと、帰宅しないこともままあるので――から、せっせと消費したと云うのが正確なところか。食べものを無駄にするのは本意ではない。
書斎の書架は、シロッコが几帳面に分類していた――例の、図書館などで使われている十進分類法とやらである――ので、新しい本を、それを崩して入れる気にもなれず。結果、“新入り”は、デスクの上に積み上げられることになった。次のお泊り会の時に、シロッコが考えながら組み入れるだろう。
元より家にいないことも多いので、新聞も取ってはいない――軍で手に入れるか、あるいは買物に出た時に買ってくるか――から、ほとんど情報もシャットアウトした状態である。
よほどの自体以外は連絡するなとも云い置いているので、まぁ穏やかなものだった――その分、休暇明けが怖いような気もするが。
ともあれ、二週間ほどの“何もない休暇”を満喫し、最後の週末には子どもたちを呼んでお泊り会をして、無事に休暇が終わる、かと思ったのだが。
「何これ!」
サイド6で撮った写真を見せていた時、それは勃発した。
「この娘、誰なの? 聞いてない!」
ララァ・スンが怒り出したのだ。理由は簡単、アストリッド・キプロードンが写った画像を消し忘れていたからだ。
「あー……」
口ごもる。何をどう云っても、面倒なことにしかならないのはわかっていたので。
ララァは炸裂し、アルテイシアやマリオンは、じっとこちらを見つめている。
――どうして、ここで浮気男みたいに責められなきゃならんのだ。
と胸中で呟いてみたところで、少女たちのまなざしは変わりはしない。男どもは、何を察したか、我関せずと云う風である。
「それは、リーアの首相の娘だ。首相公邸の見学の時に、タチの代わりに案内してくれてな」
「でも、この後ろ、湖が写っているわ! 湖は、8バンチにあったんでしょう? どうして一緒なの?」
「――勝手についてきたのだ」
としか云いようがない。
「ガイドの礼に、カフェに連れて行ったら、それに味をしめたらしくてな。まぁ、この時は“保護者”付だったので、その分を払ってやったりはしていないが」
「ずるい!」
拳を振って、ララァは叫んだ。
「外でお茶なんて、連れていってもらったことないのに! ガルマならともかく、他の娘となんて!」
「……タチも一緒だったぞ」
と云うと、アルテイシアが、
「そう云う問題ではないんです、ギレン殿」
静かに云ってきた。
「他ならぬあなたが、他サイドの首相令嬢とは云え、違う女性とお茶をしたと云う、そのことそのものが問題なんです。――ララァの気持ちがよくわかるわ」
後の発言は、女に甘い“ガルマ”の婚約者ならではか。
「娘のようなものだぞ」
後で気がついたのだが、アストリッドの性格に既視感があって拒み切れなかったところはあったのだと思う。
そして、既視感のもとと云うのが、“昔”の娘のひとり――テロリスト気質ではない――だったのだ。まぁ、アストリッドほど賢くはなく、プリンセスのようなドレスが好きで、かつ好きなこと以外は徹底的にできない、親の駄目なところを煮詰めたような娘だった。
アストリッドの我儘さが、どうにも“昔”の娘に重なって、それで拒み切れなかったのだと思う。まぁ、ギレン・ザビにはいない娘のことなので、云っても詮ないことなのだが。
ともかくも、
「あれはそう云うのではない。子ども過ぎるしな」
年齢もそうだが、性格的にも。
ただ気になるのは、最後の日の宙港に、父親であるランク・キプロードンがきていたことだ。
かつてミライ・ヤシマと遭遇した時にも、あの少女との婚姻を示唆したものがあった――あの時はサスロだった――ように、アストリッド・キプロードンについても、婚約してはどうかと云い出す輩がありそうな気はする。そして、それが少女の父親であるランク・キプロードンである可能性も。
――面倒臭い……
いっそ誰かと結婚、と思わぬでもないが、そう云う理由で結婚しても、後が続かないのはわかっている。
いっそ、本家本元のギレン・ザビが、嫁に逃げられもせず、きちんと結婚生活を継続していれば面倒はなかったのに!
「それに、あなたならばおわかりだろう、アルテイシア・ソム・ダイクン。われわれのような人間の婚姻は、好きの嫌いのと云うレベルで決まることではない。あなたが“ガルマ”と婚約させられた時は、何歳だった?」
確か、六歳くらいであったはずだ。小学生にもならぬくらいである。
それを思えば、アストリッドのようなティーンエイジャーなど、政略の具に使われるのは当然とすら云えた。
アルテイシアは、きっとこちらを睨みつけた。
「ですが、デギン殿は、ララァと関係を深めることをお望みだったはず。それが、そう簡単に動きますか」
「動くだろう。それが、政略の具になると云うことだ」
もっとも、と続けてやる。
「私はもう御免だがな。どうせ続かぬ話を進めたところで、最終的には破綻するだけだ」
向かぬものは向かぬ。だからこそ、“昔”の半分ほどの人生では、妻がないこともあったのだし。
「まぁ、あなたと“ガルマ”、キシリアとシャア、ドズルとゼナ、サスロとベルナルダ、四組も夫婦が 成立するなら、私ひとり相手がなくとも問題あるまい」
そう云ってやれば、アルテイシアは眉間に力をこめた。
「ギレン殿……」
「まぁしかし、アフタヌーンティーをと云うなら、構わない。お嬢様方をエスコートしようではないか」
ララァ・スンとふたりきりと云う状況は、何が何でも回避したいが。この状態で、変に希望を持たせることは、罪ではないか。
アルテイシアは、一瞬眉を跳ね上げたが、やがて少しばかり意地の悪い表情を浮かべてきた。
「――わかりました。では、お店は私たちに選ばせて下さいね」
「結構だ」
まぁ、高い店を名指ししてくるのだろうが、それくらいは想定内だ。これ以上この話題を引っ張られなければ、それで良い。
この休暇が終われば、キャスバルが臨時の秘書官としてやってくる。改名を決めた議会の対応、突っこんでくるだろう連邦、主にゴップ将軍の対応、それから内も外もきな臭いガルシア・ロメオ部隊のあれやこれや。案件は山積しているのだ。
それにしても本当に、キャスバルについては頭が痛い。リヒテン・ノビルが“ガルマ”を殴った話が、キャスバルにどう伝わるのかはわからないが――まぁ碌なことにはならないだろうな、とは、想像がつく。
幾ら何でも、仮にも首相の愛児であり、軍総帥や中将、少将の弟である人間を、意味もなく殴るほど“伝書鳩”は愚かではない。当人からの申告のとおり不可抗力だったのだろうが、問題は、それをキャスバルが受け入れるかどうかと云う話である。
――やけに“過保護”になっているからな……
あの執着には、本当に困ったものだと思う。
母も妹も傍におり、この時間軸では何も奪われてはいないはずなのに、ああも“ガルマ”に執着しているのは、何の故だろうか。
まぁ、父親であるジオン・ズム・ダイクンが、中々エキセントリックな性格であったから、見た目はともかく、中身は父親似だろうキャスバルも、ある程度はみ出した性格になったのは仕方ないところではあるだろう。
しかしながら、己の“預言者”としてのポーズを貫き通したジオンとは違い、キャスバルは己の身のまわりだけに拘泥しすぎているように思われる。それはあるいは、身のまわり2mほどの安定だけを考える、“ガルマ”に影響されたのかも知れなかったが。
「……何をお考えなのですか」
アルテイシアが問うてくる。
「あなたの兄のことを」
「そう云えば、兄はギレン殿の秘書官になるのでしたわね」
「そうだ」
流石に、キャスバルの行状を、実の妹にすべて明かしてしまうのはどうかと思い、そこで言葉を切る。
が、
「――どうせ、キャスバル兄さんは、配属替えしろとか何とか、もの凄くごねたんでしょう?」
半ば呆れたようなもの云いは、『the Origin』と云うよりも1stのそれに近かった。“兄は鬼子です”などと云わぬだけまし、なのだろうか。
「……有体に云えばな」
「やっぱり」
そう云って、まだまだ幼くすらある少女は溜息をついた。
「ランバがよく嘆いてるって、マリオンから聞いてましたもの。――本当に、仕様がないひと、ガルマだって、任務を受け容れて励んでいるのに……」
さて、それはどうだろうか、とは、この稚い婚約者のためにも云わずにおく。
確かに、少なくとも“ガルマ”は、自分の立ち位置とやるべきこと――それは、こちらがして欲しいこととは微妙に一致してはいないのだが――を弁えてはいる。
“ガルマ”がわかっていないのは、自分のまわりの人間が、どのような視点でものを見ているか、それに応じてどのように“世界”を把握し、どのようなことを考えて動いているかと云うこと――つまりは自身の周囲の思惑そのものなのだ。
――謀略となれば、あれほど頭が回るくせに……
“ガルマ”にしてもキャスバルにしても、あるいは“暁の蜂起”の参加者たちにしても、あまりにも見えていないことが多いように思われる。
それが結局のところ、彼らの足下を揺るがすことになりかねないのだが、成功体験に酔っている若者たちには、そのあたりは見えていないのかも知れない。
ともあれ、
「……まぁ、“ガルマ”は、己の立場をわかってはいるからな」
己の立ち位置、ザビ家と云う桎梏、己が真に守るべきもの。“ガルマ”なりにそれらを理解し、己のなすべきをなそうと足掻いている。
キャスバルには、それがわからないのだ。二十歳になるやならずの若者だから仕方ない、のかも知れないが、しかし、目の前のものしか目に入れることなく、狭い範囲だけを守りたいと願うことは、少なくともジオン・ズム・ダイクンの子には許されない。
「――やはり、甘やかし過ぎたかな」
呟くと、アルテイシアは肩をすくめた。
「兄は、ああ云う人です。何かを中心に据えると、他が見えなくなるんだわ。相手がガルマで良かった、と云うべきかどうかは悩むけれど」
背筋を伸ばして、凛と云う。十四歳の少女とは思われぬ、大人びた口のききようだった。
「手厳しいな」
「ガルマがわかっていると云うなら、そう云うことなのでしょう? まぁ、男子は皆、盲目的になるところがあるみたいだけれど」
ちらりとこちらを見るのは、どう云う含みがあるものか。
「キャスバルはまぁ……一途なのだろうな」
だからこそ、原作時では最終的に、『逆シャア』のような決断をすることにもなったのだろうし。
「一途なら良い、と云うことでもないでしょう? 私、兄が心配だわ――もしも、もしもだけれど、ガルマに何かあったとしたら、キャスバル兄さんは、どうなってしまうのかしら?」
そのような事態になれば、自分も悲嘆に暮れるのだろうに――兄のことを考えられるこの少女は、本当に芯が強いのだと思う。
あるいはこれは、男と女の性差でもあるのだろうか――身近な誰かを失ったとしても、女は産み、育ててゆかねばならぬ性である故に。
――そう云えば、野生動物なども、雌は強いのだったな。
産み、育て、子を守るために外敵と戦う。それは、雄に、男には欠けた強さのように思う。縄張りを、雌を争い、敗れればただ去るのみの性には。
ともあれ、
「大丈夫だ、そうならぬように、私も“ガルマ”も努める」
それに、もしそのようなことになったとしても、悲嘆では死ぬことができぬことに気がつくだけなのだ。
アルテイシアは、少し眉を下げ、ふと微笑んだ。
「そうならないように、是非とも努めてくださいね」
そのように云って。
キャスバルが総帥室に異動してきたのは、休暇明け翌週の月曜からだった。
「キャスバル・レム・ダイクン、本日より総帥室付となりました。宜しくお願い致します」
軍靴の踵をかちりと合わせ、敬礼してキャスバルは云った。休暇前より、大分大人しくなっているようだ。
――さてしかし、これか心底からかは怪しいが。
「ふむ。くれぐれも頼むぞ、キャスバル中尉」
言外に、あまりやんちゃはするなと云ってみるが、果たしてどこまで通じたか。
とは云え、キャスバルの言動のみにかまけている暇はないのだった。
休暇中に積み上がった決裁書類や、上がってきた報告書、もろもろの書類が山になっているので、それを処理し、来客と応対し、また議会にも出席せねばならぬ。特に議会は、休暇前はサボり気味だったので、そろそろ顔を出しておくべきだろう――改名については、マツナガ議員やダルシア・バハロ、オレグ議員なども助力してくれたのだろうし。
午前中いっぱいはデスクに齧りつき、午後からは議会に出席する。
キャスバルは、異動初日から各部署への使い走りであちこちへ行っていて、昼になるころにはぐったりした顔になっていた。
「――こんなに忙しいとは……」
議事堂へ向かう車の中、疲れた表情でキャスバルは呟いた。
「音を上げるのが早いな」
不在の間の簡単な議事録に目を通しながら云うと、
「初心者なんです」
などと云う。
「そんなことで、これから務まるのか」
「……慣れてくれば、やれる、はずです」
自分に云い聞かせているような口調だった。
「まぁ、シロッコもやれていたのだしな」
そうでなくては困る、と云うと、その目に闘志のようなものが揺らめいた。
「やれます」
子どもにできたことが、自分にできぬわけがない、とでも云うような声だった。
議会では、もちろんキャスバルは、控室で留守番である。
こちらが議会に出席している間に、この後のスケジュールの把握、届けられてくる様々な資料の受け取り、それから、今日からの仕事の大枠を、最近秘書紛いをさせることの多いタチから学ぶことになっている。
「タチは容赦ないぞ。気合を入れていくのだな」
そう云ってやると、神妙な顔で頷いた。
キャスバルをタチに預けて、議場に入る。
すると、すぐさま声をかけられた。もちろん、マツナガ議員である。
「ギレン殿! お久し振りですな! 休暇はいかがでしたかな?」
厚い掌が、どんと背中を叩いてくる。
「久し振りに羽根を伸ばしました。またしばらくは、職務に邁進致しますよ」
「真面目なことですな!」
「充分に遊びましたよ」
「またまた」
「――ギレン殿」
と、横合いから声。この声は、
「あぁ、お久し振りです」
と、ダルシア・バハロに軽く頭を下げる。そして、その後ろにいるオレグ議員にも。
「貴殿がおられぬ間に、重要法案がとおってしまいましたよ」
と云うのは、国名改正に関する法案のことだろう。
「無事に可決されましたのは、何よりのことです」
まぁ、こちらの発案だったのだし、議決には参加していなくとも構わなかった。
「これで、再来年には“ジオン共和国”の誕生ですな」
「えぇ。国旗なども制定されましたし、国民は、いよいよ独立かと歓喜しているようですよ」
「気が早いことです」
確かに、国名から“自治”を外しもしたが、それはあくまでも名目上のこと、になるはずなのだが。
そう云うと、オレグ議員が微苦笑した。
「コロニー同盟の強化で、わき立っておりましたからな。そこへ、国名改正の発議です。流石に満場一致とはいきませんでしたが、圧倒的賛成多数での可決だ、それは歓喜も致しましょう」
「なるほど――“コロニー同盟の強化”とは?」
そんな要素があっただろうか、と首を傾げると、マツナガ議員が目を丸くした。
「ご自身でされたと云うのに、無頓着な! サイド6のキプロードン首相とお会いになったそうではありませんか!」
「は?」
思わず、間抜けな声で訊き返してしまう。
が、マツナガ議員はにやにやと笑った。
「リーアに視察に行かれて、キプロードン首相とお会いになったと聞いておりますぞ。キプロードン首相からデギン閣下に、そのような文書が届いたとか」
穴熊化していた半月ほどの間に、何と云うことが起きていたのか!
手帳を開くと、通常の議会資料の他に、タチからの手書きのメモが挿みこまれていた。
曰く“ランク・キプロードンからデギン閣下に、先日の件での連絡あり。しかも、リーア筋から、例の件が流布されている由あり”――完全に、政治的な布石として使われている。
――だから厭だったんだ!!
政治家などと云う人種は、何でもかんでも使うのだ。
この話が、キプロードンの周辺から出ていると云うことは、あの話は、コロニー同盟の中で――ルウムは措いて――リーアが重要視されていると云うアピールのために、敢えて流されたと考えて良いだろう。何だかんだ云って、コロニー同盟の盟主は、武力に勝るムンゾが務めているようなもので、そのムンゾから重視されているとなれば、ルウムに次ぐ第三席の座を、リーアが占めるのだと他サイドに喧伝することになるだろう。
正直に云えば、コロニー同盟は同格同士の同盟、と云う態であるのだし、盟主と云うか、議長的な位置についているのは、ムンゾでもルウムでもリーアでもなく、サイド2ハッテである。コロニー随一の武力を持つムンゾや人口が多いルウム、経済力に勝るリーアなどは、議長には向かぬだろうと考えてのことだったのだが。
「……別に、“ギレン・ザビ”として行ったわけでも、キプロードン首相と会おうと思ったわけでも、まったくなかったのですが」
正直なところを云うと、三人は三人とも、わかっているとでも云いたげな、微妙な笑顔になった。
「ですが、ルウムではなくリーアに行かれたと云うのは、意味があってのことでしょう」
ダルシア・バハロが云うが、そんなものではない。
「正直に申しますが、物見遊山に毛の生えたようなものだったのです。キシリアや“ガルマ”などは、他を訪問したこともありますが、私はムンゾからほぼ出たことがなかったので」
「それで、見識を拡げられようと」
「言葉を飾れば、そうですな」
無論、リーア、そしてザーンの動向が気になったが故の選択ではあった。しかしながら、各サイド首脳陣とは、会談するどころか顔を見る予定すらなかったのだ。すべては、アストリッド・キプロードンの存在故だったのだ。
――うっかりあそこで声をかけられなければ!
正体は露見したとしても、こんなことにはならなかったはずなのに!
「――ところで、リーアの件は、どこまで広がっているのですかな」
まさか一般にまで知れているわけではあるまい――そうであれば、休暇明けは大変な騒ぎであったはずだ――が、それにしても、“父”とは距離があるはずのこのあたりが知っているとなれば、箝口令は敷かれなかったと云うことになる。
マツナガ議員が笑った。
「さて、デギン閣下の側近たちから流れていると聞き及びましたが。流石に、市民や記者たちの耳には入りますまいが――そうですな、ザビ家寄りの議員たちは、小耳に挟んではいるでしょうな」
「つまりは、遅かれ早かれ、ムンゾ国民の耳にも入ることになる、と云うわけです」
後を引き取り、オレグ議員が云う。
「そうですか……」
マジかと呟きたいのを堪えて云うと、ダルシア・バハロが不思議そうな顔になった。
「あまり喜ばれぬのですな。ギレン殿の功績になりましょうに」
「……羽目を外し難くなりますので」
少なくともリーアでは、もう“オルガ・イツカ”は使えないと云うことだ。それは、嬉しい気持ちになどなれるはずもない。
「おや、変装でもされたのですか」
「まさか、この恰好でと云うわけには参りますまい」
「確かに」
と、マツナガ議員が、にやにやとして云った。
「まぁ、しかし、その甲斐はあったのではござらんかな。ランク・キプロードンが、ムンゾ来訪を希望したと云うことですからな」
「は!? いらねぇ!!」
今度こそ叫んで、視線を集めてしまう。
マツナガ議員やオレグ議員、ダルシア・バハロなども、驚きに目を瞬かせている。
「どうされた、ギレン殿らしからぬ」
「いつもの礼儀正しいギレン殿ともおもわれませんな」
「……失礼致しました、休暇中に使っていた口調がつい」
「軍で、兵卒を相手にされている時は、そのような口調なのですかな」
「いえ、そのようなことでは……」
それはともかく、
「キプロードン首相がムンゾ訪問とは、確かな話でございますか」
「えぇ」
ダルシア・バハロが頷いた。
「そのように聞きました。恐らくですが、以前のルウムの件や、最近ですとサイド7の海賊のことなどで、ムンゾと結んでおきたいのではないかと。リーアは、近いと云うほどではありませんが、少なくともムンゾよりはサイド7に近いですから」
「――最近では、サイド7あたりには、“UNKNOWN”などと呼ばれる海賊が出没しているようですな」
それは、休暇明けすぐにタチから報告されたことだった。
レッドフォース号が退避した後のサイド7航路に出没した、正体不明の海賊船。海賊討伐に出たエルランが苦戦しているらしいと聞いた。“暁の蜂起”処理後、ルナツーの司令官になった――やや、懲罰人事のにおいがする――ワッケインも、なかなか手を焼いているようだ。。
海賊船の姿も捉えさせぬ、神出鬼没の連中らしい。それで、符丁のように“UNKNOWN”と呼ばれているのだとか。
――連邦の手のものだろうと思うんですがね。
とは、報告をしてきた時のタチのコメントだ。何でも、襲撃の仕方が“本職と違う”のだとか。連邦の艦船ばかりを狙っているそうだから、“連邦に恨みのあるスペースノイド”と目すものもあるようだが――いずれにしても軍経験者だろう、とのことだった。そのあたりは、元レッドフォース号乗組の士官の発言らしい。
こちらも“海賊”を仕立てたので大きなことは云えないが、もしも本当に連邦の手のものならば、襲撃させて討伐部隊を出すというのは、とんだマッチポンプである。
三人は、驚いた顔になった。
「そのようなものが?」
「海賊が幅をきかせるとは、連邦は何をやっているのでしょうな」
「……あちら方面に、ガルマ殿の所属される部隊をおやりだと聞き及びますが」
と云ったのは、マツナガ議員だった。そのあたりの情報は、息子から得たものか。
「……そうですな」
「大丈夫なのですか、連邦の艦船が、かなりやられていると聞き及びますが」
「あれに限って」
肩をすくめてやる。
「貴殿もお聞き及びでしょう、既に配属先でいろいろやらかしていると。心配なのはあれのまわりと、件の海賊の方ですよ」
何しろ“三日月”の頃から、“敵は海賊”だったのだ。レッドフォース号の乗組員たちが無事だったのは、一応こちらの手のものだとわかっていたからこそであって、そうでなければ情けや容赦のある“ガルマ”ではない。
「またギレン殿はそのような」
などと云われても、事実は事実なのだ。
とまれ、それをここで云い立てたとて、直に見ずに信じられるものではないともわかっている。
「あれは巧くやれるでしょう。そのあたりは心配してはおりません。つわものたちも揃っておりますからな」
ガルシア・ロメオの“お取り巻き”は多少削いだ。後は、送りこんだロバート・ギリアム大佐やリヒテン・ノビルなどの“伝書鳩”、あるいは各方面からの“間諜”たちが、どうにか手を取り合ってやってくれることを祈るのみ、だ。その中で、“ガルマ”がどれだけやらかさずに任務を成功させることができるかも。
「まぁ、人事を尽くして天命を待つと申します。私としては、打てる手はほぼ打ちました。後は、かれらが無事に成果を上げてくれることを祈っておきますよ」
どのみち、ズムシティにいながらにできることなど、ほとんどありはしないのだ。それならば、神頼みでもするより他あるまい。
マツナガ議員たちは、わずかに顔を見合わせて、やがて吐息するように苦笑をこぼした。
「……いろいろおっしゃっても、弟君を信じておられるのですな」
「まぁ、そうも云えましょうな」
少なくとも、“ガルマ”が無惨に敗れることなど、想像したこともなかった。
「あれは、少なくとも負けることはございませんので、そう云う意味では、信じていると申しましても宜しいのかも知れませぬな」
その手法はどうあれ、少なくとも常勝不敗と云うに相応しいのは、いつでも“ガルマ”だった。但し、純粋な戦争に限った話ではあったのだが。戦後処理云々は“ガルマ”の範囲外であり、従ってそれに配慮すると云うこともない――それで困ったことになる場合もあるわけだ、例えば勝利した結果、追い詰められた敵方が街に火を放ち、都市をまるごと焼失させてしまうとか。
ともあれ、今回はそれもない。敢えて云えば、戦争がはじまってしまった後に、どうやって戦線の拡大を防ぎ、早く講和に持ちこむかだけだ。
そしてそれには、目の前の男たちの助力が必須なのだ。
「……とは云え、何かあれば私ひとりでは手に余ります。皆様方のご助力を、どうか宜しくお願い致します」
そう云って頭を垂れると、男たちはまた顔を見合わせ、ふはっと笑い、
「もちろんのこと」
と頷いてくれた。