「奴らがサイド7を襲撃することは確実だろうな」
怖い顔でロバート・ギリアム大佐が呟く。
それからポケットに手を突っ込んで、小さなパッケージを取り出した。なんだかポップな色とデザイン――ジェリービーンズか。
こめかみに気合満々の剃り込みのある短髪強面と、小さくてカラフルなビーンズの取り合わせは、ギャップ過ぎて逆にキュートでキュンとくるね。
――……って、これ現実逃避だよ。
見ている間に、ロバート大佐はブルーとレモンイエローのジェリービーンズを口の中に放りこんだ。
それから視線に気付いたのか、こっちを振り返って。
「いるか?」
「お気持ちだけ」
ニコリと断るものの。
「遠慮するな。ほら」
「……では、ありがたく」
差し出した手のひらの上に転がったのは、キレイなピンクと…ピンクとピンク。
「全部ストロベリーか。お前のMSとお揃いだな!」
なんて、ゲラゲラ和んでる場合じゃないんだが。
「ロバート大佐のMSもジェリービーンズっぽいカラーですよね」
「ああ。俺のはそう塗ってもらってる」
「………レモネードとグリーンアップル?」
さっきも食べてた。グリーンアップルとは思えんほどの青さだけどさ。
「これが一番美味い」
とかなんとか言い合いながらも、そのゴツい指先は器用にパネルを操作してた。
スクリーンに映し出されてるのは、サイド7への航路だ――引かれているラインは、“UNKNOWN”どもの予測進路。
ブリッジには、ガルシア・ロメオ少将を始め、この艦の主だった面々がズラリと揃っていた。
佐官はロバートの他に、多分ガルシアのお目付役も兼ねてるんだろう、ウォルター・カーティス大佐。それから、あの劇的なスリ抜け逃走を難なく仕切って見せた、マルティン・プロホノウ操機長が。
実働部隊からは、それぞれMS隊を率いる隊長達――サハン・グウェン大尉、グレニス・エスコット中尉、リヒテン・ノビル中尉、もちろんミゲル・ガイア中尉も。
――……なんで、おれがここにいるんだろうね?
一等兵なんて肩身が狭くて仕方が無いんだが。
そっとガイアの傍に寄ろうとしたのに、ロバートに腕を掴まれて引き戻された。
「……連邦の戦力を削ぐってことなら、このまま見過ごすのも手ではありますね。あれ程の規模なら軍事工場にも多大な損害を与えられるでしょう」
サハン大尉が唸るようにそんなことを。
「長期的に見ればそれは悪手です」
って、思わず発言しちゃったけど、やべぇ、下っ端に発言権なんかあるわけなかった。
「申し訳ありません。出過ぎた口を叩きました」
一斉に向けられる視線に、肩を縮こませる。
「いや、続けたまえ」
カーティス大佐が鋭い眼光を向けてきた――他の皆からの視線も痛いんだが。
「……このまま何の措置も取らずに"UNKNOWN"を見過ごして、サイド7に被害が出たら、連邦はどうあってもムンゾとの関わりを主張するでしょう。現に、ジウェニア・タージルは元はムンゾの少佐です」
証拠なんていくらでも捏造できる。むしろそのためにあの面子を集めたんだろうし。
「それに、サイド7の住民を見殺しにすることはできません。スペースノイドたる同胞を見捨てるなど言語道断。コロニー共栄圏を唱えるムンゾがもしそれをすれば、コロニー同盟そのものに罅が入りかねないからです」
連邦は必ずコロニー同盟の破棄を、分断を図ってくるだろう。
「さらに言えば、あの程度の海賊団にサイド7の軍事工場は潰せません。多少の損害が出たところで連邦軍は揺るがない。むしろこれが起因で、この時期に戦端が開かれることになったら、我々は圧倒的に不利になります」
ムンゾから離れたところでドンパチが始まってみろ。戦力が分散されるじゃないか。
それは絶対に避けたい。
どう足掻いたって、国力は連邦に劣るんだ。
勝機があるとすれば短期決戦。だったら戦場も絞るべきだろ。
だからこそ、先に月を抑えてもらった。ルウムとも結びつきを強めて連邦を牽制した。
ムンゾが一歩譲る形で組まれた同盟の中で、各コロニー間の交流も盛んになってる。
今やコロニー社会は、ひとつの輪を形作っているんだ。
もし、本当に“ギレン”が休暇中に日和見のリーア首相を口説き落としたとしたら、その輪はさらに強化されたってこと。
この時点で連邦が食い入れるとしたら、コロニー同盟に出遅れた感のあるザーンと、建設途中のサイド7だけだ。
ならば、戦場はザーンの宙域に。
“UNKNOWN”の後ろにいるやつは、多分、その流れを変えたいんだろう。
同盟に楔を打って、ムンゾを可能な限り孤立させ、戦場を広域に広げさせる。
十重二十重に絡んだ策謀の気配にウンザリするね。えらく悪辣。たったアレだけの海賊団で、ここまで悩ませてくれるんだから。
だけど、ここで台無しにされてたまるか。
“ガルマ”として目覚めたあの朝からこっち、いくつも重ねてきた小細工が、ようやく形になってきてるんだから。
「“UNKNOWN”は見過ごすべきではありません」
これは絶対。ここを何とかしないと難易度が跳ね上がるだろ。
それなのに。
「いっぱしの参謀のような口を叩く」
ガルシアは鼻を鳴らした。
「その程度のことを、ここにいる皆が考えないとでも思ったか」
「いいえ」
「具体策がないなら、その口を閉じておけ」
「……具体的な案があれば?」
「黙れ」
「了解いたしました」
お口にチャック。暫くはおとなしくしといてやるよ。
口を歪めて嗤ってから、ガルシアが一同に向き直った。
「さて。“UNKNOWN”とやらの戦力は、まぁ、中々のものではあるな。奴らを利用してサイド7を叩くのは、確かに一つの手段ではある。連邦が何を言ってきても、知らぬ存ぜぬで通せばいいだけの話だ」
それが通ると思ってんなら、連邦を舐め過ぎだろ。
あっちにはゴップっていう古狸が居るんだ。やつの情報網は、悔しいけどおれのより広域だし。
「それではコロニーの市民はどうなります。 閣下は見殺しにせよと仰るのか」
険しい声はカーティス大佐だ。
「奴らの標的は市民ではない。軍事工場だ」
「だから無辜の民が犠牲にならないと、そんな理屈はあり得ないとご存知のはずだ」
「ではどうするというのだ。我々はこの艦だけだぞ。なるほど、戦力としてはMSもあるが、これは隠し玉だ。今ここで明かすことは避けなければならん」
ガルシアは首を振る。それからニタリと嫌な笑いを浮かべた。
「故に、我々が“UNKNOWN”に遭遇した事実は無かっ…」
「そりゃ無理な話ですよ」
遮ったのはないリヒテンだった。
「またぞろ情報の秘匿なんざしようもんなら、今度こそ物理で首が飛んでもおかしかないですからね。ここに居る全員分のです」
態とらしくブルリと震えて見せたりして。
「だよなぁ。まずはギレン・ザビ総帥閣下に報告の必要があるよな」
ロバートが繰り返し頷いてる。
というか、ガルシア、また情報止めようとするって本気か。2度も同じ“やらかし”を許すほど“ギレン”は寛容じゃないよ。
「報告はするにしてもだ。ムンゾからの増援は間に合わんぞ。俺達だけであれを叩くのか」
ガイアが顎を撫でながらおれを見た。
――んん。お口チャック開けてもいい?
ガルシアが睨んでる。まだダメか。
「知れただけでも大型艦が2隻、軽巡洋艦クラスが6隻だぞ。恐らくはMSの類も積んでおろう。こちらはたった一隻、何ができる? 特攻かね? ここに、この“積荷”がいる状況で?」
忌々しそうに吐き捨ててるけどさ。
――おれを言い訳に使わないでよ。
視線の温度を下げたら、何故かロバートがまたジェリービーンズをくれた……ストロベリー。
「何にしても時間がない。まずは総帥閣下に報告を」
カーティス大佐の提案をガルシア少将が遮る。
「ギレン閣下は休暇中だ!」
「休暇ならもう終わってるでしょう!」
やめて喧嘩しないで。そんな場合じゃないだろ。
「うるせえ!!」
ふぉう。ロバートが真横で怒鳴るから身体がピョンと跳ねた。笑うなリヒテン。ガイアもか。大音声でびっくりしたんだよ。
「ギレン・ザビ総帥閣下に報告だ」
「貴様ら上官に逆らうか!」
「元より、俺は少将殿がこれ以上の隠蔽工作などしないか諸々含めての監視で配属されたからな――必要とあらば造反やむなし、とな」
「……な…なんだと!?」
そこまで狼狽えるほどのことか? 充分に予想できる範囲内だろ。その証拠に誰も驚いてないもの。
「ありえん! 総帥閣下は俺を信頼して、ガルマ・ザビさえも任せて下さったのだぞ!!」
「それだが、俺も頼まれてるぞ。コイツがヤンチャしないように監督しろって、閣下とデラーズの野郎からな」
めちゃめちゃ人が悪い顔でニヤリと笑いかけられて、パチクリと瞬く。
うわ。監視がここにも居たよ。
「それならば、私も言いつかってますな。ドズル・ザビ中将閣下から、弟が無茶をしすぎないように見ていてやって欲しいと」
えええ。ドズル兄貴もかよ。カーティス大佐も監視役ってことなの。
「俺達もだな。ラルから言われてる。くれぐれも野放しにしてくれるなとな」
クツクツとガイアが笑った――まじか。
「俺は、キシリア少将閣下から気にかけてやってくれと」
グレニス・エスコット中尉、あなたもか。
姉様は純粋に心配してくれたんだろう。
それにしたって、なんてこった。包囲網ができてんのはガルシアだけじゃ無かったってことか。
ちょっと遠い目。サイド3から遠く離れて、わりかし自由にやれてたと思ってたのに、実は“籠の鳥”だったってことなの?
ってことは、この艦内でおれが画策したアレコレを、彼らは生温い目で見守ってくれてたってわけだ。
どおりで微妙な風当たりのはずだわ。リノたちの“嫌がらせガード”すら見逃されてたんだろう――おれが酷い目に合うことがないように。
そんな衆人環視を知らんでブイブイ言わせてたんだ。立派な黒歴史。
リヒテンのビンタですらが、調子に乗ってる“ガルマ・ザビ”への躾として黙認されたんだな。
心中で溜息を落とす。
ガルシアの方は、溜息じゃ済まない様子でワナブルふるえているけど。
憤りと哀しみと憎しみが入り混じったみたいな表情――あれだ、闇堕ち。オルタ化しそうな感じ。これは拙い。
「貴様ら! 俺は――俺は……ッ!!」
「ガルシア中将、“ギレン兄様…総帥閣下”は、あなたを疎んじてた訳でも、軽んじてた訳でも、評価してなかった訳でもないです。ただ、スタンドプレーを危惧してただけで」
爆発する前にフォローしとこう。
“ギレン”にとっては、ガルシアも貴重な将官の一人らしいからね。
だけど噛み付いてきそうな顔でこっちを見るから、チワワみたいにプルプルしちゃう。
「総帥閣下は仰ってました。ガルシア少将もまた、大事な将であると。それだけの才があったからこそ、その地位にいるのだと」
だから喰い破るなって制限が掛けられたんだし。
疑わしそうな眼差しではあるけど、一応、耳は傾けてくれてるみたい。
「ですから、どうか、“兄様”の期待に応えて欲しいんです! “UNKNOWN”のことは報告してください。彼らはムンゾにとって脅威になりかねない。閣下のお力で、危機を未然にお防ぎください!!」
「どうしろというのだ!??」
やけくそ気味にガルシアが叫ぶ。
「報告はしてやろう! だが、ガイアが言うように増援などあり得んし、あったとしても間に合わん!! 結局なにも出来ずに無能の誹りを受けるだけではないか!!」
ゼェゼェする少将をチラ見してから、ガイアがこっちに顔を向けた。
「……お前、さっき具体策があるようなことを言ってたな?」
「はい」
「たったこれだけの兵力で、“奴ら”とやりあえんのか?」
「我々のみでは厳しいでしょう。ですが、戦力なら他にあります」
この宙域には、有り余る火力を持ってる奴らがいるだろ。
ニコリと微笑んだら、皆が目を見開いた。
示唆した内容に思い当たったらしい。
「連邦かよ!?」
ロバートが叫ぶ。
「はい」
「馬鹿な! 奴らに見つかれば、これ幸いと我らを排除にかかるだろう」
カーティス大佐は否定するけどさ。
「ええ、エルラン中将ならばそうでしょう。ですからルナ2を頼ります。あちらには、いまワッケイン准将が赴任しています。彼はゴップ派です。いきなり攻撃を受けることはない筈です」
「貴様は同胞を連邦に売るつもりか」
ガルシアの声には嘲りが強かった。そう思うならそれでも良いよ。
「彼らは“海賊”です」
道を踏み外した。戻る意志もない。そこに至った経緯は同情に価する。それでも見逃す理由にはならないんだ。
「偵察任務はどうなる?」
サハン大尉の疑問はもっともではある、が。
「どのみち、“UNKNOWN”の襲撃があれば機密性は失われます。軍事工場の存在は隠し通せない。秘密裏に戦争の準備をしてましたなんて、連邦が認めるはずないし、せいぜい海賊に備えてましたって言い訳が妥当でしょう。だったら、その付近をムンゾの艦がたまたま通過して何がいけないんです?」
偵察だの何だのとワイワイ言い立てるほど、腹を探られるのは連邦のほうだろ。
その辺はタテマエとか駆け引きとかで。
「堂々と見張れますよ」
一通り述べてみたら、皆がポカンとした顔を向けてきた。
それから、リヒテンが頭を抱えた。
「Lead us not into temptation but deliver us from evil!(我らを誘惑に墜とすことなく、邪悪より救い給え!)」
――なんで祈るの?
クリスチャンだったのか、リヒテン・ノビル。だったら人の頬を両方打つんじゃなくて、自分の頬を差し出してよね。
「……これがザビ家か」
これまで殆ど口を開かなかったグレニス中尉がポツリと。
――“ガルマ・ザビ”ですが、なにか。
ブリッジを追い出された。
これから皆で作戦会議らしい。一等兵はお呼びじゃなかろうから致し方ない。
意見を述べられただけで御の字っていったところだね。
ほてほてと向かう先は救護室――だけど、だんだん足が重くなって、あと十数歩くらいのところで止まった。
扉は見えてる。あの中に、ニケが……。
「ガルマ?」
後ろからギュスターヴの訝しむ声がした。
「嗤って罵って馬鹿にしていいですよ! ええ!! 敵は鏖殺とか唱いながら、同期ひとりの負傷に怯んでどうするって!! ホラホラホラ!! ホラ!!」
「うわッ!?? いきなりキレるほどビビってるのか?」
「悪い!? 悪いよね!! 分かってる!!!」
あゝダメだ。助けてキャスバル――こみ上げる怒りで沸騰しそう。
怖かったり悲しかったり追い詰められたりすると、キレる質なんだよ。怒ってた方が動けるから。
だけどこんな時は、怒ってたってどうにもならない。落ち着かなきゃいけないのに。
と、いきなり手を取られてしっぺをくらった。
飛び上がる。ワニだ――なんでしっぺ?
「痛いんだけど!」
「落ち着いたか?」
「なんでしっぺで落ち着くと思ったの」
返したら微妙な顔をされた。解せぬわ。
ぷりぷりしながら扉の前まで――来て、また足が止まった。途端に担がれた。
「ぎゃ!」
「失礼します」
シュンと開閉音。
ジタバタしてるのを物ともせずに、ギュスターヴが救護室に入ってく。待ってちょっと待ってってば!
「今度は誰に殴られたんだね?」
呆れ顔で医官が出迎えてくれたけど、そうじゃないんだ。
「……あれ? ガルマ達も来てくれたのか」
って。
そ、その声は!?
「ニケ工エエェェェェエエエ!??」
「耳元で怪鳥みたいな声を出すな!!」
放り落とされた先に、ニケがいた。
「生きてる! 無事だ!!」
「無事なものか! 痣だらけのコブだらけだよ。MSは大破したし。大事な相棒だったのに。絶対に許さないからな……」
ブツブツと。
包帯にまみれてはいるけど、どこにも欠損はないし、骨折すらしてないみたい。
これなら無事の範疇だろ!
「何があったのさ?」
回避に特化したお前が、こんな風にやられるなんて。
「運が悪かったとしか。避けるのにリュファス隊が邪魔だったんだ。獲物の取り合いしててさ――なんとか直撃は避けたけど、このザマだよ」
ぎりぎりで回避してのけたのか。流石だけど。
「欲張らないでよ」
「……らしくない事したとは思ってる。あいつらにスコアやりたくなかったんだ」
ニケが苦笑いした。
それ、自惚れていいなら、おれのせいだろ。あいつらが嫌がらせしてたからって。
「あ。別にカルマの為ってわけじゃないよ。単純にあいつら気に入らなかったから」
「ツンデレか」
そんな属性なかったはずだろ。
「――でも……生きててくれてよかった」
思ってたより、おれ、同期が大好きだったみたいだ。
「まったくだ。いやもうガルマがピーピー大変だったぞ。ここに来るまでにも、ギャンギャン泣き叫ぶかって勢いでな」
ギュスターヴが横からそんなことを。
「そんなことしてない!」
「なるほど。廊下の騒ぎはそれだったのか」
医官が笑ってる。
「へぇ?」
ニヤニヤするんじゃないニケ。
同期の顔を見て用は済んだと、そそくさと救護室を辞す。
ここには、リュファス中尉は居なかった。まだ処置室を出られないらしい。
彼は部下二人と両足を失ったのだと、医官から聞いた。
嫌がらせをしてきてた相手とはいえ、その不幸を喜ぶ気には到底なれない。
少なくとも彼らはムンゾの戦力だった。“UNKNOWN”との戦闘とも言えない戦闘で、それが失われたんだ。
「“海賊”は敵だ」
後ろにいる奴らはもちろん、奴ら自体も。
情けも容赦も必要ない。どんな過去があろうが関係ない。
「……作戦会議はどうなったんだろう」
「さあな。その辺は上の決定だ」
「もどかしいね」
兵卒とか、下士官とか。
真っ先に命かけてるのに、ただ命令に従うだけだなんて。せめてその命令が、この身を賭すのに相応しいものであればいい。そう願うしかできないなんてね。
――権力欲しいなー。
「お前は本当に……」
「なに?」
「いや。上つ方ってのは、下方の気持ちなんざ、いつだって置き去りだ。今のお前のその悔しい気持ちが、いつか上に行ったときに腐らんと良いと思ってな」
ギュスターヴの声には微かな皮肉と、さらに僅かばかりの願いみたいな響きがあった。
ザビ家の子息が、いつまでも兵卒でいるはずがないって思ってるんだろうけど。
「腐るもなにも、ずっと悔しい思いしてるかもしれないよ。“ギレン兄様”には僕を出世させようなんて気は、欠片もないから」
ふは。乾いた笑いが落ちるくらい。
下手すりゃ終戦まで、階級を上げることを拒みかねないんだからさ。
そうなればなったで、キャスバルに頑張って貰うから良いんだけどね。
✜ ✜ ✜
結局のところ、おれの案が少々修正されて取られる事になったらしい。
艦はルナ2へと進路を変えた。
「ワッケインとの交渉には、お前も出てもらうぞ、ガルマ・ザビ一等兵」
ガルシアが重々しく言う。
「了解しました」
ワッケインとは面識があるから妥当ではあるけど、一等兵の同席は異例のことだよね。
ブリッジで待機してる。
将官佐官尉官居並ぶ中に、兵卒ぞ。
何の飾りもない軍服でちょこんと。見劣りすることこの上ないけど、これもひとつの演出と思おう。
いかにゴップ派といえども、撃たれない保証はないから、皆がピリピリしてる。
あえて存在を隠すことなく連邦の支配宙域に入った訳だが、あちらさんはあちらさんで大慌てしてるみたい。
そりゃね、こそこそ偵察してたはずのムンゾの艦が、堂々と通信を入れてきたんだから。
何やらバタバタしてるらしき気配が読みとれるような雑音の後、モニターがパチリと明るく点った。
映っているのは、ワッケイン准将その人だった。
ガーディアンバンチで会った時と、当たり前だけどそう変わってなかった。ちょっと懐かしい気もする。
「お初にお目にかかるな。ガルシア・ロメオ少将である。貴殿がワッケイン准将であるか」
〈どういうことだ。ムンゾの軍艦が我々のもとへ姿を現すとは〉
険しい表情。
今にも攻撃を命じそうでちょっと怖いね。だけど、ガルシアはニヤニヤと笑っただけだった。
「いやいや、我々も日々市民を守るべく軍務に励んでおる
のだ。その中で、無視できん情報を掴んだゆえ、貴殿らにも知らせてやらねばならぬと思ってな」
ガルシアが偉そうにふんぞり返った。
ワッケインは、わずかに眉をひそめただけで続きを促す。
〈この宙域で、我々が掴んでいない情報があるとでも?〉
「左様。"UNKNOWN"についてだ」
〈それなれば我々も既知のことだ〉
「奴らがこれからサイド7を攻撃することもか?」
〈馬鹿な!〉
「嘘ではない。我々は奴らと交戦した。その時に得た情報だ」
ぶっちゃけるガルシアに、ワッケインが目を剥く。
〈信憑性がない! 罠ではありませんか!?〉
叫んだのは、ワッケインの後ろにいる士官だった。
「どんな罠かね? こんなところに単身やって来て、何ができるというのか?」
ガルシアが笑う。ちょっと自暴自棄な感じに。
〈……なぜ我々に情報を?〉
「ここにいるガルマ・ザビ一等兵が、貴殿に知らせろと譲らなかったのだ。有り体に言えば、ザビ家の御曹司の我儘だな」
ガルシアが顎でしゃくって、緯線を迷わせたワッケインは、一同の中で小さくなってたおれに、ようやく気がついたようだった。
〈ガルマ・ザビ!? 本当に君か?〉
「はい。僕です。ご無沙汰しております。ワッケイン准将閣下」
びしりと敬礼。
ワッケインの目が何度も瞬いて、上から下までまじまじと。
〈…………………本当に兵卒だったんだな、君〉
突っ込むところそこか。へにょりと眉が下がる。
と、ここでそんなことに拘泥している時間はないんだ。
「閣下、ガルシア少将の話は本当です」
〈しかし、奴らは基本的に連邦所属の船舶しか襲わないはずだ〉
「はい。彼らは連邦軍に深い恨みを抱いています。それゆえに我々に、ともにサイド7を襲撃しろと砲門を突き付けて脅してきました」
ここは正直に話すさ。必要あらばその時の通信も公開するからね。
〈自作自演ではないのか!〉
また後ろで士官が喚く。
「我らは同胞を二人失っています」
ピシャリと言い返す。お前うるさいよ黙ってろ。
「閣下、どうかサイド7の警備を固めてください。現時点でも駐在の兵士は勿論居るでしょうが、それでは足りない可能性があります」
〈……君はサイド7に何があるか知っているのだろう?〉
ヒンヤリした声だった。眼差しも冴え冴えと。これは敵将の眼だね。
でもさ。
「はい。同時にあのコロニーにいるのが同胞であることも知っています」
まっすぐにワッケインを見る。
「甘いことをと思いでしょうか? ですが、僕は今この時点で、連邦を敵とは思っていません」
方便ではあるけど、少なくとも開戦してないこの時期、連邦は敵じゃない――まだ。
「あの“海賊”を見逃せば、大きな被害が出るでしょう。それを未然に防げるとしたら、ためらう理由はありますか?」
〈繰り言だ! 耳を貸してはいけません! 我々をサイド7に集結させて、その隙に何か目論んでいるに違いない!〉
「……では貴殿にお聞きしますが、この宙域に、ルナ2とサイド7以外に、連邦にとっての重要施設が?」
ないだろ。
圧倒的になにもないんだよ、こっちの宙域。
〈…………我々の留守中に、ルナ2に何かしか仕掛けるつもりが……〉
「我々も同行するつもりだが?」
とは、退屈そうなガルシアが。
〈他にも艦隊を出して来てるかもしれないだろう!〉
「そしたらすぐさま開戦だな! そもそもそれだけの艦隊を、お前ら感知してるのか?」
出来てねえなら無能もいいとこだが、元々ねえんだから出来るはずねぇんだよ――と、挑発するのはロバート大佐だ。
「どうするんだ? こっちは、コイツがあんまりキャンキャン吠えつくからこんなとこまで出張って来てやったんだがな!」
ワシャワシャと髪をかき混ぜてくるのやめてよ。ボサボサモッサモサになるじゃないか。
「時間がないんです、ワッケイン准将。彼らは今この時も、サイド7へと向かっている」
すぐさま出立しても、襲撃を防げるかどうか。
いまここに居ないエルランを待っていては間に合わないだろうね。
こっちの通信技官が、あっちに“奴ら”のデータを引き渡してる――さあどうするの?
どちらかと言えば官僚的な性格だ。精査してから、さらに上官の指示を仰いで行動したいだろう。
〈サイド7に出撃する。エルラン中将にも通信を入れろ〉
だけどこのとき、ワッケインは即断した。
流石に将に任じられるだけの胆力だよね。
〈閣下! こいつらの言うことを真に受けるんですか!?〉
〈よしんば罠だったとて、何ができる。あちらは艦一隻だ〉
〈閣下!!〉
〈黙れ――貴官らも共に来てもらうぞ〉
部下を黙らせたワッケインが、モニターのむこうで冷たく言い放つ。
「ああ。もとよりそのつもりでおるさ」
ガルシアが髭を撫でて、ニヤリと笑った。
――サイド7。
通称ノア。いつかの世界線では、ジオンの威力偵察を受けたコロニーだけど、この世界では海賊達に襲撃されるらしい。
嫌な修正力。どうあっても被害を受けるってのか。
そこを攻撃したって、ガンダムは出てこないのにね。あれはムンゾにあるんだから。
ワッケイン率いる艦隊の端っこに、ガルシア艦も加えられてる、というか包囲されてるね――“UNKNOWN”討伐が終わるまではご一緒するけど、その後はドサマギで逃げる気満々でいる。
さて、このステージに相応しいパズルのピースはどれだろう。
黙り込んで練ってたら、ロバート大佐に背中をどつかれた。イタタ。
なにすんのさ。近くにいたカーティス大佐が苦笑いしてるじゃないか。
「なんだ、難しい顔して。怖えのか?」
「いつだって怖いですよ。僕、怖がりなんです」
「……怖がりが、俺達を扇動してルナ2に直談判しに行かせたのか?」
「この時点で、一番被害が少ない選択がそれだと判断したので」
自軍を損ねずに、ムンゾへのイチャモンを出来るだけ減らし――皆無にはならないけど――連邦に恩を売ったみたいに見せるにはね。
ロバート大佐は剃り込みを掻きながら、少し考える素振りを見せた。
「まぁなぁ。だが、もしワッケインがエルランの野郎を待つって言ったらどうしてた? 下手すりゃ俺達は捕縛どころか艦ごとふっ飛ばされてたかも知れんぞ?」
「その可能性もありましたけど……ワッケイン少将のお人柄に賭けてみました」
ニコリと微笑む。
事なかれ主義とはいえ、彼は無能じゃない。“UNKNOWN”を放置した場合のデメリットくらい計算できる。
おれたちを木っ端微塵にするよりもずっとウエイトが重いってね。
そのうえ、ワッケインはエルランが大嫌いなんだよ。ガーディアンバンチで何度も聞いた愚痴の中にもあった。
人間だから、どうしたって合う合わないがある。今度のことは、エルランの鼻をあかす機会でもあるし。
海賊狩りで大した成果をあげられず、今回も功を逃すのとになったら、ヤツの面目丸つぶれだろ。
なんて、その辺のことには口を噤んでるのに。
「悪辣だな、お前。閣下とはまた違うがな」
どうしてそんなに楽しそうなの、ロバート・ギリアム。
「……大佐は、よもや“ギレン兄様”のことを悪辣だと?」
「いや。ザビ家のことをだ」
「そんなに堂々と……ドズル兄様もですか?」
家族で唯一人、悪辣とは無縁と見做されそうなのに。
「無論だ。ドズル中将閣下とて作戦となれば、どれほどにも非情になれる。立派なザビ家だ」
明け透けに笑うその顔を眺め上げる。これ、一応褒めてるんだよね?
「悪くないだろう。悪辣で苛烈で辣腕。なによりムンゾを、コロニー社会を護ろうとしている」
あ、褒めてたわ。
「ギレン総帥閣下はそこに清廉が加わる。実に素晴らしい方だと思わんか?」
「身内贔屓で恐縮ですが、家族はみんな凄いんです! もちろん“ギレン兄様”も!!」
激同。拳を握って前のめり。異論は認めん。
うちの家族がどんだけ素晴らしく凄まじくグレイテストなのか、小一時間語……る、暇は無かった。
「サイド7からの通信を傍受! もう戦闘が始まっています!!」
予想より襲撃が早い――先発隊でも居たかな。
「敵の規模は!」
「確認できるだけでも20隻あります!!」
――なんで増殖してんの。
ワッケインたち連れてきてほんとに良かったわ。おれたちだけじゃ詰んでたかも。
「居住区への被害は……」
と、さらに情報を得ようとしたら頭にチョップを食らって蹲る。ぎゃ。
「勝手に仕切るな」
挙げ句にロバートが首根っこを掴んでくるから、猫の子みたいにブランと。
「……申しわけありません」
つい癖で。
ウズウズするけど、黙る。
おれが何もしなくても、ここには歴戦のツワモノ達が揃ってるもんね。
加えて、戦ってるのもおれたちじゃなくて、連邦軍兵士だし。
でもさぁ。
「……叶うなら、民間人の避難を手伝いたいです」
横に居たカーティス大佐が、聞きつけて眉を上げた。
「先程のは建前ではなかったのか」
「本音です。自分の護るべきものがなにかくらい、把握しているつもりです」
カーティスの中では、護るべき=民間人って変換されたかもだが、おれの中では一貫して“大事なものが詰まったムンゾ”だ。つまり“宝物と家族”ってこと。
サイド7の市民たちは、その延長線上に居るんだよ。
「カーティス大佐、ワッケイン准将から許可は頂けませんか? あれでは民間人に逃げ場がありません」
“UNKNOWN”の攻撃は苛烈を極めてる。
これまで連邦軍の艦船を沈めてきたのも頷けるほどに練度が高いんだ。
そして、連邦軍が重点的に守っでるのは軍事工場であって、居住区じゃない。
そろそろ気密漏れを起こしてる区画もありそう。
顔を顰めたおれを、ロバートとカーティスがしげしげと覗き込んできた。
なんなの。
「ザビ家だな」
「そういう問題でもなかろう」
だから何の話さ。
「まぁなぁ。ただ眺めてんのも退屈だしな」
「……MSなどの機密は公にしたくないが、民間人に被害が出るのは見過ごすべきでは無いな」
大佐ふたりが、高みの見物を決め込んでるらしきガルシアを振り返った。
談判に行くみたいだったからついて行こうとしたら、今度はデコピンを食らった。ぎゃ。
「お前はそろそろ“stay”を覚えろ。良いか “stay” だ」
そんな、犬の躾じゃあるまいし。「きゅーん」って鳴くみたいな視線を向けてみたら、すたこらと逃げられた。
――……きゅーん。