ザビ家成り代わり   作:くずみ@ぼっち字書き。

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【成り代わり】another ORIGIN 謀略の"ギレン" 47【転生】

 

 

 

 ガルシア・ロメオの部隊が“UNKNOWN”と呼ばれる海賊と交戦した、と云う連絡が入ったのは、それからややあってのことだった。

 部隊内の“伝書鳩”――有体に云えば、そのまとめであるリヒテン・ノビル――から暗号通信で、そのような報告があったのだ。

 またぞろ情報隠蔽を計ったらしく、それについての文句やら何やら、とともに、現在ガルシア部隊に紛れこんでいる間諜たちの親玉の名も送られてきていた。

 ドズルとキシリアはまぁ想定の範囲内だとして、キュカ・サウリ少佐やマルティン・コンラート少佐、ジーヴル・アンベリール・ギルランド大佐なども、それぞれ手のものを送りこんでいたらしい。どう云うことだ。

「ガルシア部隊は、ある意味スパイ天国か……」

 呟くと、報告を持ってきたタチは、肩をすくめた。

「ちょっと違うような気もしますがね。監査のような連中が山ほど入ってるって方が正しいのでは? 閣下も、“鳩”の他にロバート・ギリアム大佐を投入なさったじゃありませんか」

「あぁ……」

 確かに、“鳩”の他に、目に見えるタイプの重石も必要かと思って、ロバート・ギリアムをガルシア隊に突っこんだ。

 正直に云えば、ガルシアにギリアムはもったいないかとも思った――何しろ、パイロット適性にも優れた佐官は、希少価値が高い――のだが、それくらいの人間でなければ、ガルシア、そして“ガルマ”を抑えることはできるまい。まぁ、ロバート・ギリアムに“ガルマ”が抑えられるかと云うと、限りなく怪しい気はするが。

 ロバート・ギリアムのイメージと云うと、見た目からで申し訳ないが、『Z』のヤザン・ゲーブルを思い出してならない。もちろん、ジオン、もといムンゾの佐官であるからには、ヤザンのような言動はあるまいが、しかし、通常の士官に較べると、何と云うかがらっぱち感がある。そう思うのは、八割方こちらの偏見なのだろうけれど。

「ギリアム大佐ならば、閣下のご意向を読み違えたりはされませんでしょうよ。デラーズ大佐と、親衛隊の長を争われたほどの方ですし」

 タチの科白に、思わず目を見開く。

「そうだったか?」

 こちらとしては、既に――『ギレンの野望』や『0083』などの――イメージとして、ギレン・ザビの親衛隊はエギーユ・デラーズが率いている、と云うのがあったので、まさか他にもギレンシンパなるものがあろうとは、思ってもみなかったのだ。

 ――云っては何だが、ギレン・ザビは、上司に良いかと云うと微妙なところがあるからな……

 悪いとまでは云えぬかも知れないが、あまり人の心を解さないとなれば、良い上司とは云えるまい。

 まぁ、

「――軍総帥の親衛隊長は、名誉な職ではあるだろうからな……」

 軍の中枢に関係するのだ、当然待遇も、他部署よりは良いだろう。

 そう云うと、タチには呆れた顔をされた。

「ちょっと、大佐殿、この人に何とか云ってやって下さいよ」

 と、入室してきたデラーズに云う。

 云われた方は面食らった風で、

「何の話ですか」

 と首を傾げた。

「ロバート・ギリアムの話だ」

「……あぁ」

 デラーズは、わずかに渋面になった。

「あの男が、いかが致しましたか。ガルシア少将とガルマ様の監視として出したのでございましょう?」

 どこか突き放したような口調である。この男にしては珍しいこともあるものだ。

「ギリアムと不仲なのか」

 と云うと、

「そう云うわけではございませんが……」

 と言葉を濁した。ますますもって珍しい。

「では、馬が合わんか」

「……に、近いかと」

「はっきりしない答えだな」

「私も、どのように申し上げたものか、整理がつきませんで」

「珍しい。あまり、他人を悪し様に云わぬものだと思っていたが」

「私も人間でございますので」

「好悪はある、と」

「さようでございます」

 なるほど、確かに謹厳実直そうなデラーズと、ヤザン・ゲーブルに似たギリアムとでは、水と油と云っても良いか。

「まぁ、諍わないでくれれば、別に構わないがな」

 人の心までは、どうにもならぬものなので。

「しかし、ギリアムがどうか? 何か問題でも起きましたか」

「いや、ギリアムが、親衛隊の長の座をお前と争ったと聞いたのでな」

 そう云うと、今度こそデラーズは顰め面になった。

「ギリアムが閣下のお傍に侍るなど――あやつは、前線に出るのが似合いです」

 と手酷いもの云いである。

「そうは云うが、争えるほどの実力はあったのだろう?」

「あやつが親衛隊長では、閣下の御名に傷がつきます」

「過激派ですね、デラーズ大佐」

 タチがにやにやと云う。

「閣下の体目を守るのも、親衛隊長の役目だ」

「体面などはどうでも良いが」

 と云うが、デラーズの表情は変わらなかった。

「閣下の親衛隊長を務められますのは私を措いて他にはございませぬ。ギリアムなどのことはお心にも留められますな」

 とは、タチの云うとおり、なかなかの過激派ではないか。

「――まぁ良い」

 デラーズとギリアムの争いには関わりたくはない。

 それよりも、

「ガルシア・ロメオをどうするかだな……」

 再び情報の隠蔽を計ったと云う一件である。。

 結局はまわりが止めて、報告は遅れもなく上げられてきたが――それもやや粉飾されたものらしく、“鳩”からの報告と較べると、そこここに齟齬が見受けられた。

「流石にこれは降格か」

 二つの報告書を並べて置くと、

「馘にはなさらないのですか」

 デラーズが問うてきた。

「まだ、な。今後の成果次第だ。尤も、降格は免れまいが」

 こちらが許しても、他の将官たちが許すまい。

「ガルマ様を預かるが故に依怙贔屓されている、と思う方もありましょうからね」

 閣下からすれば、依怙贔屓なんかじゃないのはよくわかっておりますが、とタチが云う。

「まぁ、そうだな」

 タチとても、下駄を履かせてやるから“ガルマ”を引き受けろ、と云って、大人しく頷くとも思われぬ――まぁ、タチの場合は二重の意味でだが。

「依怙贔屓で仕事をしているとは思われたくありませんな。私は、自分の仕事に誇りを持っておりますので」

「では、ガルシア少将には誇りはないのか」

「あるでしょう――仕事以外のところに」

「なるほど?」

 確かにそうか。

 モデルの話などを知っているので、過分にその能力に期待してしまうのだが、ガルシア・ロメオ本人は、そこまで能力値が高いわけでもないのかも知れない。それでも少将にまでなったのだからと、そう考えていたのだが――フィルターをかけて見ていたと、そう云うことか。

「……まぁ、“UNKNOWN”とやらの処理の仕方次第では、馘か、辞任と云うことにもなるだろうな」

 同じ過ちを繰り返すのならば、まったく反省などしていないと云うことになる。反省もしない輩を指揮官としておいておく余裕などはない。それならば、現在大佐に任ぜられているものたちのうちから、昇進させた方が良いだろう。

「後釜は」

「良い機会だ、佐官のうちから誰やらを昇進させることにしよう。――どうだ、デラーズ?」

 と傍らの男に問うてみるが、重々しく首を振られただけだった。

「将官となれば、閣下のお傍に侍ることも適わなくなるでしょう。それで、この地位をギリアムなどに引き渡すことにでもなれば、私は死んでも死にきれませぬ……!」

 ――過激派だ。

「では訊くが、誰ならお前の眼鏡に適うのだ」

「……そう、ですな――ラル大佐であれば」

 その名を聞いて、すぐに手を振る。

「それは駄目だ。お前よりも、ラルの方が有力候補だからな」

「では、ラル大佐を将官に。私は、このままの位階で構いません」

 と云うデラーズに、タチが助太刀した。

「私も、ギリアム大佐よりは、デラーズ大佐の方がありがたいですね。ギリアム大佐ですと、面倒が倍くらいに増えそうで」

 と云う、その“面倒”の半分はこちらのせいとでも云うような目つきである。

「お前を、一足飛びに准将にする手もあるのだぞ」

 と云うと、タチは身震いしてみせてきた。

「やめてください! 仕事が増えるばっかりで、良いことなんか何もありませんよ!!」

「待遇は良くなるだろう」

「御免こうむります。第一アンタ、私の後釜についての考えはおありなんですか」

「いや」

「では、なおのこと御免こうむります。後任の案が浮かばれましたら、またおっしゃって下さい」

「……わかった」 

 とにかく、デラーズを現職から動かすのは難しい、と云うことが――タチの方は、昇進自体は吝かではないと云うことも。

「どちらにしても、将官を集めて諮らねばなるまい。会議を招集するか」

 と云ったところで、書類を撒きに行っていたキャスバルが帰ってきた。

「キャスバル中尉、今、近隣にいる将官に、会議の連絡をしろ。そうだな、ガルシア・ロメオを除く将官全員にだ」

 キャスバルは一瞬目を見開いたが、やがて注意深く問うてきた。

「は、どのような会議とお伝え致しますか?」

「そうだな、人事に関する会議とでも銘打っておけ。日時は明後日の午前十時、ズムシティにいるものは軍本部第一会議室、そうでなければ通信で構わん」

「は」

 一礼して、メールを作成しはじめる。

 “ガルシア・ロメオ以外”と云う言葉で、大体のことは知れただろうに、黙々と業務にあたるのは、“ガルマ”のためにも大人しくする、と云う意識があるからか。

 まぁ、そのまま後四ヶ月ほどは、大人しくしていてくれると良いのだが。それを過ぎれば手を離れるのだし、その前にドズルの下に異動だと明かされるのだから、もっとましにもなるだろう。

 ――と、思いたいが。

 しかし、“ガルマ”と組ませたが故に暴走する、と云う可能性は捨て切れない。まぁ、そのあたりのことは、ドズルに悩んでもらうとしよう。

 ともかくも、今は“ガルマ”よりガルシア・ロメオである。“ガルマ”は兵卒であるから、処遇などもどうとでもしようがあるが、将官であるガルシアはそうはゆかぬ。今後の処遇や後任候補など、諸々を皆に諮らねばならぬ。

「面倒だな……」

 溜息が出た。

 これが例えば人事局などの差配でどうにかなるものなら簡単だったが、流石に将官を降格させるとなれば、それは軍総帥などの上層部の判断が必要であるだろう。まぁ、他の将官たちとて、ガルシア・ロメオの降格自体に反対するものはないだろう――それには、やらかしが多過ぎる――が、その先の“どこまで降格させるか”となると、議論が割れることが予想された。甘めから厳しめまで、それはもういろいろと。

 まぁ仕方ないか、ジオンの、ムンゾの将官たちは、いずれも癖が強過ぎるのだ。

 ――“アプサラス”と啼く少将もいると云う話だしな。

 かつて“ガルマ”から聞いた話を思い出す。

 当の本人とは、ほとんど顔を合わせたことはないが、さて、今回の会合には出てくるものか。

 ――出てきたら出てきたで、頭痛の種にしかならんような気もするが……

 しかし、会議の性質を考えれば、そもそも出てこない可能性の方が高いように思われる。他人の進退になど、興味も関心もなさそうに思えるのだ。

 ――まぁ、なるようになるさ。

 逆に云えば、何ごともなるようにしかならぬと云うことだ。

 とりあえずはギニアス・サハリンなどのことは棚上げし、目の前の二つの報告書に専念することにした。

 

 

 

 軍本部第一会議室と云うのは、例のデギン・ソド・ザビの御前会議をするあの広間、ではなく、もう少し普通の、長机で自由にレイアウトできるようなタイプの大部屋である。

 御前会議の部屋を使わないのは、“父”に諮る必要のない軍内部の人事に関する会議であること、それから、本人がいない、謂わば欠席裁判のようなものであること、この二つが理由である。そんなものを、いかにも儀式の舞台に相応しいあの広間でやるなど、少々筋違いのように思われたのだ。

 ところで、懸案のギニアス・サハリンであるが、何と出席だった。入口まで、妹らしき若い女――アイナ・サハリンと云う名だったか――に付き添われて来、割合中央に近い席に陣取ったのだ。

 “ガルマ”が“寝癖ひどい”と云ったとおり、特徴的な髪型で、丁度こちらを真正面に見据えるような席である。机は長方形に配しているのだし、興味のないだろうガルシア・ロメオの、しかも降格を取り沙汰するような会議に、こんな中央の席で出席する意味などあるまいに。

「珍しい方がご出席ですな」

 ドズルと反対側の隣りに腰を下ろしたマ・クベが、小声でそっと云ってきた。

「欠席かと思っていたが――まさか、ガルシア少将の去就に興味があるのだろうか」

「それはないでしょうな」

 マ・クベは肩をすくめた。

「興味があるとすれば、ガルマ様の処遇でしょう。ザビ家と繋がりを持ち、少しでも位階を上げたいものが多いと云うことでしょうが」

「ギニアス・サハリンが、そのような男だと?」

「いいえ。かれの場合は、あるいはニュータイプだと云うガルマ様を、自分の開発する機体に乗せたいと云うことかも知れません」

「なるほど」

 ありそうな話である。アプサラスとやらがニュータイプ専用機だったかどうかは知らないが、技術将校であれば、そのような考えになる可能性もあるだろう。何しろ、専用機でなくとも、原作のアムロも“シャア”も、乗機の能力を最大限に引き出していた。ギニアス・サハリンが、ニュータイプをどう捉えているかは定かではないが、基本的に科学者は、未知のものがあれば実験したくなる生きものだ。そして技術将校も、大枠で云えば科学者の類であるだろう。

「まぁ、ガルマ様の処遇に興味のないものは少ないでしょうな。私は、あの方の“武勇伝”を知っておりますので、御免こうむりますが」

 閣下のおっしゃる以上の方ですな、と云う。どうやら、独自に調べたらしい。

「まぁ、悪魔と呼ばれても仕方がないだろうな」

「士官学校当時は、“魔王”などとも呼ばれていたそうではありませんか」

「それは初めて聞いたな。案外、まわりはわかっているのか」

「閣下にも、ご存知ないことはあるのですな」

 その目が、ちらりとこちらを見る。

「ガルシア少将はともかくとして、ガルマ様については、閣下は何かお考えをお持ちなのでしょう?」

「……まぁな」

 ガルシア・ロメオ云々がなくとも、半年足らずの後には、“ガルマ”は、キャスバルもろともドズル直下に置かれることになる。

「だと思いました」

 マ・クベは、また軽く肩をすくめた。

「となれば、皆の懸念は、ある意味無駄なものになりますが――欲の皮をつっ張らせたものどもの顔を見るのは、それはそれで面白い」

「人が悪いな」

「私はほとんど上がっているようなものなので」

 確かに、マ・クベが今以上の栄達をと考えるなら、それはすなわち大将の位階、そして軍総帥の座を目指すと云うことになる。目の前に大将でありかつ軍総帥でもある人間がいる時に、そのような望みを口にするほど、マ・クベは愚かではないだろう。

「貴官は賢明な人間だな」

「己の分を弁えていると云うだけのことです」

 マ・クベはさらりと云った。

「私は、知略を巡らすことには長けていると思いますが、全軍の頂点に立つ器ではありませんからな。閣下が完全に政界に軸を移されるとしたら、次の総帥はドズル殿でしょう。指揮官としての能力があり、かつ下からの人望も厚い」

「まぁ、そうだろうな。キシリアは峻厳に過ぎるし、“ガルマ”は軍の頂点に立つには視野が狭い」

 戦略面で云うなら、ある意味ドズル以上でもあるだろうが、敵味方を峻別する時点で、頂点に立つには不向きなのだ。“敵”は、味方の中にも存在する。そうである以上、組織の長になるものは、清濁併せ呑む度量と懐の深さが必要だ――自分ができているかはともかくとして。

 会議は、ドズルが主導して、粛々と進んでいった。

 この手のものに限らず、会議と云うものは、発言者はごく限られたものになりがちだ。

 今回にしても、ドズル、なりゆきで議長役を務めることになったトワニング准将、“ガルマ”のことが気になってならないキシリア――と、コンスコンは通信での参加――、それから、どうも突っこみたくてたまらないらしいユーリ・ケラーネ、あたりくらいしか口をきいていない。

 ――まぁしかし、こんなものなのだろうな。

 何しろ降格や懲戒について云々する場である上に、本人不在の欠席裁判である。大半は、招集がかかったので来た、あるいはガルシア・ロメオの処分内容が知りたいだけの野次馬で、真面目に考えようと云うものは、ごくごく少数なのだろう。仕方のないところではある。

 そんな中、ギニアス・サハリンは、じっとこちらを凝視している。睨みつけてきている、と云っても良いくらいだ。

 正直、ザビ家に恨みがあると云うならこの視線はわからなくもないが、それならドズルにも注がれて然るべきだろうに、何故こちらにだけなのか。

 マ・クベも、ギニアスのまなざしには気づいたようだったが、くすりと笑っただけで、何を云うでもない。本当に何だと云うのか。

「……と云うことで、俺としては、ガルシア少将を大佐に降格させる線でいきたいと考えている。無論、現在の任務の結果次第では、留任、あるいはさらなる降格もあり得るわけだがな。――異論のあるものは?」

 ざっくりとした説明を終えたドズルが、一堂を見回しそう云うが、会議室内からは特に声を上げるものはなかった。

 ドズルのまなざしが、モニタの中のキシリア、コンスコンに向く。

〈私からは、特に異論はない〉

 キシリアが肩をすくめ、

〈私もありませんな〉

 コンスコンも肯首した。

 ドズルは、大きく、満足そうに頷いた。

「うむ。――総帥からは」

 振られるが、こちらとしては、云うべきはドズルの口からほぼ出ている。それにつけ加えることなど、特にありはしなかった。

 第一、こちらが何か云おうものなら、その意見に皆を誘導することになる。既にドズルの口からあれこれ云わせている以上、これ以上の誘導は避けたかった。頂点に立つと云うのは、はっきりした敵が外部にいるのでない限り、なかなか不自由なものなのだ。

「構わん」

「では、採決に入ります」

 トワニングが宣言し、採決に入った。木札などのアナログな手段ではなく、手許の端末を操作してである。

 しかし、端末操作での採決は、匿名性に問題が出る。今回は、キシリアやコンスコンが通信での参加なので已むを得ないが、このあたりのことも考えなくてはなるまい。匿名性を担保しなくては、思うとおりの投票はできないだろう。

 結果は、賛成過半数以上、反対少々、棄権数名で、可決。

「……では、ガルシア・ロメオ少将は、大佐へ降格することと決まりました。次の議題は、代替となる人事についてです」

 トワニングが、冷静な声で読み上げていく。

「ドズル中将、お願い致します」

「うむ」

 頷いて、ドズルは声を張り上げた。

「続いては、ガルシア・ロメオの後任と云うか、将官の補充だな。そもそもムンゾ、いや、ジオン共和国は、将官が少ない。昨今は他コロニーから入隊を希望するものも多く、軍の士卒自体は増加傾向だが、それを統括すべき将官があまりに少ない! それで、この機会に将官の増員を行いたいと考えている。俺としては、まずはランバ・ラル大佐、エギーユ・デラーズ大佐、カミラ・キール大佐、ロバート・ギリアム大佐あたりを想定しているのだが、どうか」

「ドズル中将」

 手を上げたのは、マ・クベだった。

「ロバート・ギリアム大佐は、将官にはまだ足りぬかと。それに、かれはMSパイロットとして配属された部分もある、そちらが一定の成果を上げてからの方が宜しいのでは?」

「なるほど?」

 ついでとばかりに手を挙げてやる。

「デラーズは、昇進したくないそうだ。昇進させるなら、後任にランバ・ラルをと云ってきた」

「そ、それは無理な話じゃないか!」

 ドズルの大きな手の中で、書類がぐしゃぐしゃと潰されていった。

「二択なら、ランバ・ラルを昇進させる、そうではないか?」

 何しろ、ザビ家と並ぶ名家の出である。その上、首都防衛の要と云える国土防衛部隊部隊長を長年務めているのだ。

「確かにそうだが……くそ! デラーズめ!!」

「私としても、“鳩”との絡みがある、あまりそちらと相性の良くないものを後任に据えるわけにもいかん。とりあえず、デラーズは保留にしてくれ」

「……仕方ねぇ。では、将官に上げるのは、ランバ・ラルとカミラ・キールで」

 と云うのに頷いてやる。

 他のムンゾの大佐と云えば、フォン・ヘルシング、キリング、ショウジロウ・M・ハツムラ、ジーヴル・アンベリール・ギルランド、ヘルベルト・フォン・カスペン、ノリス・パッカードくらいだろうか。中で、大佐に昇進してからそれなりに経つものはフォン・ヘルシングとキリング、ノリス・パッカードだが、前二人はそもそも将官には不向きに思える――秘密警察やら諜報部員やらに向きそうな風貌の人間を、それ以上の高位の将校に、とは思えない。

 ノリス・パッカードは、それに加えてギニアス・サハリンの副官だそうだから、あの男が手離すまい。

 そこまで考えて、はたと気づく。

 まさかと思うが、ギニアス・サハリンがこの会議に出席したのは、腹心を取られることがないようにと考えたからなのか。

 ――要らぬ心配だったと云ってやりたいが……

 まぁ、会議が終わる頃には自ずとわかることではある。

 と云うか、どうもギニアス・サハリンの、あの狂的な雰囲気が厭なのだ。できれば、あまり関わり合いになりたくない。

 ドズルが、ランバ・ラルとカミラ・キールの名をそれぞれ読み上げ、採決を取ってゆく。

 採決は問題なく終わり、ランバ・ラルもカミラ・キール――こんな名前だが、男である――も、どちらも無事に昇進を認められた。

「後は、キシリア以外の女性の将官が出ると良いのだが」

 まぁ、なかなか難しいのはわかっている。民間企業の社長などとは異なり、軍の上層部ともなると、いろいろ辛い決断をせねばならぬことも増えていく。女性だから繊細である、などとは思わぬが、国と云う抽象的なものに生命をかけるのは、やはりどちらかと云えば男の方であるだろうと思う。

 ムンゾよりも女性士官が多いように思える連邦であっても、やはり女性将校となると名前が上がらないのではないか。

 それは、1stの作られた時代にもよるのだろうが、それ以上に、厳しい選択に晒されるために、ある種の思いこみの激しさのある男の方が、適性があったと云うところもあると思う。中世紀においても、女性の国家元首は見出だせるが、女性の将軍は見かけはしなかったように思うので。

「それは、なかなか難しいでしょうな」

 マ・クベがそっと云ってきた。

「キシリア少将ほどの強靭な精神と、物事を割り切るための強い意志、そしてそれをなし得る賢明さをお持ちでなければ、将官は厳しい職業でしょう。部下に思い入れが強ければ、前線にやって失った時の辛さは筆舌に尽くし難いでしょうからな」

「そうだな」

 キシリア・ザビのような女は、ごくごく稀な例外なのだ。女性たちに耐え得るのは、国家元首としての苦しみまでだろう。まぁ、男どもが鈍感なだけ、と云う見方もあり得るが。

「ではまぁ、あまり期待はせずにおくとしよう」

 どちらにしても、今回の将官昇進も、男だけでしかないわけなので。

 そんな会話をかわしているうちに、会議は無事、予定どおりに終了した。

 

 

 

 ギニアス・サハリンが近づいてきたのは、参加者の半数以上が退出した頃合いであった。

「閣下」

 杖を突きながらやってきた男のすぐ後ろには、淡い色合いの髪の少女が付き添っている。これがアイナ・サハリンなのだろう。アストリッド・キプロードンくらいの年齢だろうか。なかなかに見目良い少女である。

 その割に疲れた顔をしているのは、このような兄に煩わされているからかも知れないが。

「何か、ギニアス少将?」

 会議は終わり、ノリス・パッカードの昇進はなかった。とりあえず副官が取り上げられる心配はなくなっただろうに、この上何の用があると云うのだろう。

 少しばかり首を傾げていると、

「お願いがあるのです。新型兵器開発のことで」

 テーブルに手を置き、そう切り出してきた。

 これはあれか、ここから“アプサラス”と啼くターンなのだろうか。

「何だ」

 開発費の話なら聞けんぞ、と云ってやる。

 現時点で、ムンゾの兵器開発は、MSに大きく軸を移している。

 何しろニタ研の役割が変わりつつあり、またこのラインで行けば地球への侵攻もないので、ゴッグやゾック、スゴック、アッガイなどの、いわゆる水陸両用MSは出番がなくなる。そのためそちらの開発もなく、また、ガウなどの航空機もなくなるだろう。

 ララァ・スンが軍に入る可能性が低いこともあって、エルメスもどうなるかわからない以上、枝サーガのMAに開発費など、正直あまり注ぎこみたくないのだが。

「何故です!」

 ギニアスはテーブルを叩いた。大きな音が上がる。不治の病に罹っているのではなかったのか。

「閣下もドズル中将殿も、あのガラクタにばかり……何故、私のアプサラスには……!」

「――MAは、頑丈かも知れんが、数が作れんだろう。戦艦に搭載するにも場所を取る。それならば、MSの方が良い。コストも低いし、小回りもきく」

 “私の”アプサラス、ときたかと思いながら返すと、さらにテーブルを叩かれた。

「閣下は! MAの何たるかをおわかりではない! MA一機で、どれほどの僚機を救うことになるのかを! 脆いMSを、MAの堅固さと攻撃力によって補うのです! MAが、アプサラスがあれば、幾千、幾万の自軍兵士たちが、より安全に戦うことができる!!」

 ――寝言は寝て云え。

 戦場に“安全”などない。エルメスも、ガンダムによって墜ちた。それこそ、試作機に近い機体であったMSによって。

 ギニアス・サハリンが、開発費のためにそのようなことを云うのであれば欺瞞に満ちているし、本気で己の言を信じているのならば狂人である。

 ――どうしたものか。

 この阿呆を。

 と思っている隙に、マ・クベが薄く笑んで、軽い会釈とともに去っていった。その薄い唇が、“お先に”と声なく言葉を紡いだのが見えた。

 ――逃げられた!

 まぁ、こう云う局面では、マ・クベは決して味方ではないのだが。

「……ギニアス少将、私はな」

 溜息とともに、云う。

「マシンは機動性の高いものが好きだ。MSの配備を拡大する、最大の理由はそれだな。それに、MSと違って、MAは換装も手間がかかるし、戦艦とも違って、戦闘機やMSなども積めぬではないか」

 重厚長大な武器よりも、軽薄短小なものの方が良い、と感じるのは、元々が日本人であるからだろうか。そう云えば、『「縮み」志向の日本人』などと云う本もあった気がする。つまりは国民性と云うものだろう――ムンゾのそれがどうなのかは知らないが。

 軽薄短小と云うには、MSはあまりにも巨大だが――比較対象はあくまでもMAであるので、やや、と云う言葉はつくが、小型であると云っても構うまい。

「アプサラスとて、機動性に問題はありません!」

「それでも、躯体の大きさに見合った鈍重さはあるだろう」

「閣下!!」

 兄の怒声に近い叫びに、少女がびくっと身を震わせた。

「この私の、ギニアス・サハリンの能力が信じられぬとおっしゃるのか! アプサラスは無敵です! 羽虫のようなMSなどに、決して遅れを取ることはない!!」

「だが、戦闘機に近いスピード、と云うわけにはゆくまい?」

 冷静に指摘してやる。

「MSは、戦闘機乗りだったパイロットたちの能力を、最大限引き出すことのできる新兵器だ。その上、戦艦と白兵戦のようなこともできる。あるいは、MWのような仕事に従事させることもな」

 だからこそ、例のククルス・ドアンの島において、ザクが島の環境を整えるのに使われていたのだ。

「MSは、単なる破壊兵器ではないのだよ。それを、破壊兵器でしかないMAと比肩することなどできるはずもない。わかるか、ギニアス少将」

 もちろん、あっては拙いとまでは思わないが、個人的にはなくてもいいとすら思っている。正直に云えば、さほどジオングも好きではない――見た目と云い、手首から先が飛ぶ仕様と云い、古のロボットアニメのようではないか――のだ、況してやMAなど。

「頑迷な!!」

 などと、この男に云われようとは思わなかった。

「私のアプサラスを、そのような一言で片付けないで戴きたい! 攻撃に優れ、防御で勝る、MA、アプサラスこそが、次代の主力となり得るのです!!」

「頑迷はどちらかな、ギニアス少将」

 それに専念している技術者としては仕方ないのだろうが、他ときちんと比較することもなく、ただ己の成果のみを云い立てたところで、こちらの心は動かない。

 実証データで比較するなど、何らかの科学的な根拠を提示してくれなくては、特に予算が絡む場合などは、スルーされるのも無理ないことではないか。

「予算が欲しければ、会計局を納得させるようなデータをよこすが良い。貴官の主観的、感情的な言葉だけで、余人を納得させることができると思うなよ」

「総帥!!」

「私が何もかもを動かしているわけではない。他の将官たちをも納得させ得るプレゼンをしろ。まずはそこからだな」

 そう云って踵を返す。

 会議室を出ると、ドズルと、何とマ・クベが待っていた。

「お疲れ様です」

 などと云う、見捨てて逃げ出したと云うのにだ!

「貴官の援護射撃が欲しかったな、中将」

「いえいえ。私は、どなたにもあまり良くは思われておりませんので」

 などと云うが、あまりに慇懃では、却って無礼にもなり得ると云う、ぎりぎりのところであるように思う。

「助かったぞ、兄貴。俺はあまり弁が立たんのでな」

 と云うドズルの眉は下がっている。さては、今日までに、幾度かギニアス・サハリンに突撃されてきたのだろう。

 キャスバルが多少大人しくなったかと思えば、ギニアス・サハリンか。それは確かに、ドズルが哀れに過ぎる。

「ギニアスは、例のアプサラスとか云うMAに執着しているんだ。ムンゾ国軍としては、主軸をMSに、と云うのは決まった話であるし、その次なら戦艦、と云うのも決定事項だ。それをひっくり返そうと云うんだから、まぁしつこくもなるだろうが……」

「キャスバルの後があれではな。お前に同情せずにはいられんな」

「どちらかと云うと、かぶっていたから、半分減ったんだ」

「それはそれは……本当に大変だったのだな」

 キャスバルの暴挙もなかなかだったが、ギニアス・サハリンもまた、それに負けない圧があった。この二人に同時期に絡まれていたら、それは大変だっただろう。

「キャスバル中尉もとは――ドズル中将、お察しいたします」

 マ・クベが、顔色ひとつ変えずに云った。こう云うところが、ドズルのような武人タイプにとっては癪に障るところなのだろう。

 案の定、ドズルはふんと鼻を鳴らした。

 が、それ以上は何を云うでもなく肩をすくめた。

「とにかく、俺が駄目だと思ったから、それで兄貴に的を移したんだろう。俺も、まさか今日の会議に出てくるとは思わなかった」

「私もだ。そもそも、ギニアス・サハリンは、己の研究にしか興味がなく、軍務は副官に投げっ放しと聞いていたからな。今日出てきたのは、その副官を取り上げられないかと危惧してのことだと思っていた」

「あの男には、副官もどうでもいいんだ。多分、別の奴がきたら、またそいつに投げれば良いと思ってやがる。今の副官が外されたら、困るのはあいつの妹だろうな」

「――今、付き添っていたあの娘か」

 ギニアス・サハリンに、どことなく風貌が似通っていた。まだ若いだろうに、疲れたような、陰鬱な表情だった。

 ドズルは頷いた。

「そうだ。アイナ・サハリンと云うようだな。兄がアレなんで、いろいろ大変らしい」

「あの娘、パプテマス・シロッコくらいの年齢だろう。平日の昼間にここにいると云うのは、学校には行っていないのか」

「多分な。ギニアスの世話を、あの娘が引き受けているらしい。サハリン家は没落しているからな、あいつの世話をする人間を雇うのも難しいんだろう。ギニアス自身も、かなり面倒くさそうな男だしな」

「サハリン家は、どうして没落したのだったかな」

 その理由については、“ガルマ”も詳しくは知っていなかったようではあるが。

 ドズルは、また肩をすくめた。

「さてな。ジオンが死んだあたりの話だったが、あの頃はムンゾ自体が騒がしかったからな。もともと没落しかかっていたのが、完全に駄目になったってところだろう。あと、小耳に挟んだところでは、あいつの母親が倫に悖ることをしたとかで、サハリン家がおちるとこまでおちた、とか何とか」

「……ほぅ」

 それで、ギニアスは家名再興のために、我武者羅に研究に励んでいると云うのか。それにしては、“私のアプサラス”と云う発言は、少々毛色が異なるようにも思われるが。

「……ギニアス少将は、十年ほど前に、宇宙線を浴びたのだとか」

 マ・クベが、記憶を探るような顔つきで、そう云った。

「それ故に、不治の病を得たのだと聞いております。そのせいかどうか、だんだん性格が変化して、最近ではかなり偏執的になっているのだとか」

「それで、“私のアプサラス”などと云い出すのか」

「私は、病を得る前のギニアス少将にはお会いしたことがございませんので、はっきりしたことは申せませんが――恐らくはそうだろうと」

「なるほど」

 まぁ、宇宙線が脳細胞に影響を及ぼしたと云うのなら、そのような可能性もあるかも知れない。

 しかし、そうであれば、

「――あの性格は治らんと云うことか」

「むしろ、病のせいであれば、悪化する可能性もございますな」

「面倒な……」

 しかし確かに、ギニアス・サハリンと云う男は、『08小隊』では悪役だと聞いたように思う。であれば、あの偏執狂は寛解するどころか悪化の一途を辿り、最後には主人公たちにやられてしまうと云うことか。

 ――アプサラスの試作機が完成するなり何なりのタイミングで、ギニアス・サハリンも更迭してしまうか。

 その方が、このラインでは無難な処理であるように思われる。あるいは、最悪、ギニアスが暴走した時には、“ガルマ”たちに狩らせるか。

「どうする、ギレン」

 ドズルが窺ってくるのに、肩をすくめてやる。

「今はまだ、どうこうできるものでもあるまいよ。しかし、あの妹のことは気になるな」

 アストリッドと同じくらいの年齢の少女が、学校にも行けず、病身で偏執質の兄の面倒を見なければならないとは。

「幾ら没落したとは云え、仮にも少将にまでなったのだ。その上、社会保障もある、介護人を雇えぬとも思われんが」

「あの性格だからな、ちょっとでも気に食わないと、すぐに叩き出しちまうらしい。金はあっても居付かんのだろうな」

「それに、そのアプサラスとやらの開発に、私費も注ぎこんでいるとも聞きました。そう云う意味でも、金に不自由しているのでしょう」

「……なるほど」

 それならば、やりようがあるか。

「わかった。では、こうしよう。ギニアス少将は、妹を学校にやる代わりに、少しばかり開発費を上乗せする。妹がいない日中の介助人は自分で賄う。上乗せ分の額は、そうだな、妹の学費と介助人の費用に少しばかり色をつけたくらいか。それができなければ、上乗せ分はなかったことにする」

 今の開発費を倍増させることなど不可能だが、アイナ・サハリンの学費と介助人の給料の合計額に色をつけて丸めれば、そこそこの額にはなるだろう。ギニアスの希望額にはもちろん及ぶまいが、こちらがそれなりの金額を出したと云う事実は残る。

 ドズルは溜息をついた。

「兄貴は意外に甘かったんだな」

「若者の未来は潰したくないのでな」

 軍の少将ともあろう男が、使用人ならばまだしも、実の妹をこき使っていると云うのは、あまり外聞の良いことではない――そして、アイナ・サハリンが女だから、この案を考えたわけでもない。これが例え弟だったとしても、やはり同じような提案を考えついただろう。

「閣下の寛容さが、ギニアス少将を融かすことを祈りましょう」

 マ・クベが云う向こうの扉から、“アプサラス”と啼く男が、妹に付き添われて出てくるのが見えた。

 

 

 

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