ギニアス・サハリンは、こちらの条件を呑んで、開発費の上乗せを選び取った。
何やら文句はありそうだったが、ゼロか一かで一を取ったものらしい。まぁ、ないよりはまし程度でも、出してやったのだから恨まれる筋はあるまい。
アイナ・サハリンは、学校に通うことになった。どうも、セカンダリースクールを卒業したところで、兄の世話係に引きずりこまれたらしく、「また学校に通えるとは思わなかった」などと云って目を潤ませていたらしい。例のノリス・パッカード大佐に礼を云われた。
ノリス・パッカードは、どうやらアイナ・サハリンにとっては父親代わりだと云うことらしい。では、実の兄は一体どんな立ち位置だったのだろう。そのあたり、兄としてどうなのか、ギニアス・サハリン。
そうして、兄から開放されたアイナ・サハリンは、学校に行くとともに、何故かアルテイシアたち女子組に組み入れられることになった。どうやら、アイナの境遇を耳にしたアルテイシアが声をかけたらしい。アイナはアルテイシアより三歳ほど歳上だが、ザビ家次代の女主人として、放っておけないと判断したようだった。
「私は、憐れんであなたを仲間に入れようと云うのではないの」
アルテイシアは、凛と頭をもたげて云ったそうだ。
「私はジオン・ズム・ダイクンの娘として、不自由なく過ごしているわ。でも、私の仲間たちは必ずしもそうではないの。マリオンもミルシュカも、実の親とは絶縁しているし、ララァもそう。でも、皆、誇らかに頭をもたげて生きているわ。私は、あなたにもそうあって欲しいと思ったの。だからお声がけしたのよ、アイナ・サハリン」
そう云って微笑む様は、まさしくジオン・ズム・ダイクンの娘、そしてザビ家の次なる女主人に相応しい態度だったのだそうだ。
アイナ・サハリンは、涙を浮かべながらアルテイシアに感謝の言葉を述べ、そうして少女たちのグループに招き入れられることになったのだった。
と、そう告げてきたのはアルテイシア本人だった。
「ですから、ギレン殿」
にこりと笑って、アルテイシアは云った。アイナ・サハリンが、少女たちに迎え入れられた、その次のお泊り会の時だった。
ちなみに、もちろんアイナ・サハリンはお泊り会には参加していない。それまでに経るべき段階が、まだ幾つもあるからだ。
「この間の“お約束”を果たして戴いて宜しいかしら。私とマリオン、ララァとミルシュカ、それにアイナも良いでしょう?」
「あぁ、構わんよ。ご希望の店はどこかな」
そう答えてやると、アルテイシアは少しばかり意地の悪い顔になった。
「それなんですけれど、ギレン殿、お店の予約は私に任せて戴けますかしら。まだ、いろいろと決まっていないことがありますの」
「あぁ、ではお願いしよう」
アルテイシアの表情からして、それはもう値の張る店を予約されるのだろうが、それくらいのことは想定内である。まぁ、アストリッドにそこそこ使ったわけなので、アルテイシアの想定する“アストリッド・キプロードンに注ぎこんだ額”の倍くらいを想定されそうではあるが。
――8バンチまでの交通費まで換算されたら、堪らんな……
流石に、そこまでお怒りではないと思いたい、が。
アルテイシアは、すっかり大人の女の顔で、ふふと微笑んだ。
「ありがとうございます。期待していて下さいな!」
と云う、こう云う時の“期待して”が、こちらの期待と一致していた試しはないのだが。
まぁ良い、罰ゲームのようなものだと思って甘受することにしよう。
キャスバルはと云えば、まだ秘書官の仕事に四苦八苦しているようだった。
決して能力がないわけではないのだが、こうも苦戦するのは、意識の持ちようの問題なのか。もちろん、仕事の取りこぼしがあるわけではないのだが、他人の動向を絶えず注視し、その望むことを一歩先んじてフォローする、と云う秘書の仕事は、お坊ちゃん育ちのキャスバルにはなかなか難しいことであるようだった。まぁ、こちらも同じことをしろと云われてもできる気はしなかったから、こなしているだけキャスバルの方が有能ではあるのだろう。
とは云え、絶えず意識をこちらに向けつつの慣れぬ仕事は神経を磨り減らすものらしく、いつも疲れ切った顔で退勤しているようだった。
こちらは例によって例のごとく、控室に泊まりこむことも少なくなかったのだが、流石に新人にそれをさせる気はないし、させたところで効率が上がるわけでもなかろうから、そこそこの時間で上がらせるようにしていたのだ。
「お帰りにならないんですか」
いかにもしょぼしょぼとした目を瞬かせ、キャスバルが云うが、管理職と云うか上の方の人間は、定時で終了、とは、なかなかゆかぬものなのだ。
「これが終わらんではな。まぁ、適当に切り上げるとするさ」
「今日こそ帰宅なさって下さいね」
「今日は、タチが追い出しにくるからな、流石に帰宅することになるだろう」
「普通は、毎日家に帰るものだと思いますけど」
「独り身は気楽なものでな」
帰っても待つ人間がないのなら、ここに泊まりこんでも良いかと考えてしまうのだ。
「……では、お先に失礼致します」
と踵を返しかけたキャスバルは、戸口の前で足を止めた。
「――閣下、ガルマは今、どうしておりますか」
前々から訊きたかったことなのだろうが、ここのところ軍の序列を叩きこまれていたせいか、勇気を振り絞っているようにも見える。まぁ、実態はどうだかわからないが。
「“ガルマ”か。あれは、同期がやらかしたそうでな。そのために上官に“修正”されたそうだ」
リヒテン・ノビルからの詳しい報告を見たところでは、例の“鳩”三名がリヒテン中尉に歯向かった、その責任をかれらの前で取ってみせたと云うことらしいが。
まぁ、有体に云えば、予期されたことではあった――“ガルマ”は、己のまわりの人間の意識を理解しない。リノ・フェルナンデスたちが、軍の規律よりも“ガルマ”やキャスバルを優先すること、それが周囲の人間、特に上官たちにどう映るのか、それを理解しないから、能天気にしていられるのだ。
“ガルマ”の同期たちについては、全体にあまり良い噂は入ってこない。擬態の巧いシン・マツナガなどはともかくとして、他は“有能だが反抗的”と云う評価が専らである。無論、キャスバルのようなのは特殊例だろうが、決して評判は宜しくないのだ。
無論それは、軍と云う組織の性質にも拠るところが大きいのだろう。軍においては、有能な反抗者よりも従順な愚者が喜ばれる。
無論、従順かつ有能であるのが最上ではあるが、両者はまま並立しないものなのだ。であれば、どちらをとるかは明白だ――撃ち方止めと命じた部下が、もう少しで制圧できるからと独断で攻撃を続ければ、その咎は上官に降りかかる。有能であれ愚鈍であれ、命令にきちんと従ってもらわなくては、上官自身の進退問題にもなりかねぬのだ。
「何故そんな!」
「位階はともかく、“ガルマ”がかれらを統括していると目されるからだな」
部下の過失は上官に及ぶ。リヒテン・ノビルは、それを最も効果的なかたちで示してやったに過ぎない。
「貴官にしても同様だぞ、キャスバル中尉。貴官が、例えば情報漏洩をしたとすれば、貴官が処分されるのはもちろん、私にも責任は及ぶ。監督責任と云うものだな」
“ガルマ”に情報を流すことでも考えていたのか、キャスバルがわずかに顔を強張らせた。
「そのようなことなど……」
「そうだな、そのようなことなどない、そうあらまほしいものだ。――ともかくも、貴官や“ガルマ”が同期のものたちのトップにいると云うことは、貴官らの上官たちにとっては、コントロールの効かぬMSを抱えているようなものだと知っておけ」
「どう云う意味です」
「有能な阿呆は始末に悪い、と云うことだ」
途端に、キャスバルの目に険が宿った。
それに、肩をすくめてやる。
「違うかね。有能でも、己の立ち位置が見極められぬものを、阿呆以外の言葉で表すことは、私にはできん。――貴官も、己の立場をよく省み、軍において求められるものが何であるかを、よくよく考えるが良い」
突き放したもの云いになるが、仕方ないところはあるだろう。今のままでは、“ガルマ”がどう考えようと、キャスバルらの同期生は、軍内部で異物として扱われるようになる。一般社会の組織とは異なり、軍は、異物を排して先鋭化する傾向があるのだ。つまり、軍規や様々な内規からはみ出し続けるのならば、いずれかれらは軍から排斥されると云うことである。
「“暁の蜂起”の勇士たちを排斥なさると?」
「最低限の規律を守れんものに、武器を取らせるわけにはいかんのでな。市民の安全のためだ」
「私たちが戦うことによって、勝利が早く手に入ったとしても、ですか」
「その判断を下すのは誰だ?」
問いかける。
「貴官か、それとも“ガルマ”か? それは、私やドズル、マ・クベなどの判断より優れていると、確実なのだと断言できるか? ひよっ子どもの判断が?」
無論、“ガルマ”の判断は、戦場においてはこちらより正確だろう。
が、キャスバルはそうではないし、残念ながら、そこまでではない自身の判断力を“ガルマ”と同等以上だと考える節がある。それは、偏にキャスバルを崇拝し続けてきた“ガルマ”のせいであるのだが――士官学校生たちの反乱である“暁の蜂起”クラスであればまだしも、戦艦やMSの行き交う真の戦場で通用するかと云えば、甚だ心許なかった。
――認めたくないものだな、自分自身の若さ故の過ちと云うものを。
復讐に研ぎ澄まされた原作軸の“シャア・アズナブル”ですら、己の力を過信した挙句にそのように呟かずにはいられぬことがあったのだ。況や甘く育ったキャスバルをや、である。
キャスバルは唇を引き結び、こちらを強く睨みつけてきた。
が、反論するでもなく、一礼して退出していった。
「――大荒れですなぁ」
入れ替わるように入ってきたタチが、見送るように視線を送りながら、そう云った。
「“ガルマ”が“修正”された話をしたのでな」
と云うと、タチが微妙に顰め面になった。
「何で云っちゃうんです。こうなることはわかっておられたでしょうに」
「軍隊がどう云うところか、そろそろ理解してもらわなくては困るのだ。いつまでも坊やでいられるほど、ジオン・ズム・ダイクンの子と云う立場は甘くないはずなのだがな」
アルテイシアの方が、次代のザビ家の女主人として、よほど自覚があるように思われる。男女の差もある――大抵の女は、同年代の男よりもずっと“歳上”である――のだろうが、こういうところだけ原作どおりと云うのは、いかがなものかと思わずにはいられない。
「まぁ、キャスバル中尉の影響力を考えますと、閣下のご心配もわからぬではないですがね。ただまぁ、相手はまだ士官学校出たてなんです、あんまり虐めない方が宜しいのでは?」
「だが、数度の失敗を経るには、情勢は逼迫しているようなのでな」
先日受け取ったガルシア・ロメオ、そして“鳩”からの報告の内容を思い返す。
“UNKNOWN”が、どうやら連邦からの支援を受けた“海賊”であること、それからルートはわからないが、RCX-76-02、ガンキャノン初期型が“流出”しているらしいこと、などが記されていた。詳細に差異はあるものの、そのあたりの記述は一致していたから、間違いあるまい。
初期型とは云え、連邦のMSが流出していたとなると、出元は限られてくる。一つ目の可能性はMSの製造元からの流出、もう一つは連邦軍そのものからの流出である。
RCX-76-02の“流出”は、ムンゾにおいてはMS-04ブグ、あるいはMS-05旧ザクの流出と同じであるが――さて、初期型とは云え、未だ実戦に投入されてもいない兵器を、“民間”――海賊をそう称しても良いのなら――に下げ渡すものがあるだろうか?
また、製造元――アナハイムか、或いは他のメーカーか――にしても、軍事機密の塊であるMSを、そうそう流出させるとは思われぬ。
となれば、必然的に導き出されるのは、
――“UNKNOWN”は、連邦が作り上げた“海賊”だと云うことだ。
かつての“レッドフォース号”がそうであったように、ある意味“官製の海賊”と云うことになる。
だが、それにしてもやり方が拙い――どうしてMSなどを“海賊”に与えたのだろう。
ガルシア隊に“協力を申し出た”と云うのが真実だとしても、怪しまれることはないと踏んだのか。その判断の根拠がわからないのだが。
――戦争を仕掛けたい人間は、相手もそうだと信じてしまいがちなのか。
それほど愚かな人間が、連邦軍の上層部にいるとは思いたくないのだが。
「――とりあえず、裏は取ってみるか」
呟くと、
「こちらも、引き続き調査にあたります」
タチからは、そのような言葉が返ってきた。
〈珍しいではないか、お前から連絡を入れてこようとはな〉
ゴップ将軍は、笑いながらそう云った。
久々の連絡を入れたのは、無論、RCX-76-02流出問題について訊ねたかったからである。
ゴップの様子はいつもと変わりなく、話しぶりもリラックスしたものだった。忙殺されているようにも、さりとて暇をかこっているようにも見えはしない。少なくとも、頭を悩ませるような大問題は発生していない、あるいはそのように認識しているのだろう――少なくとも、かれが把握する限りにおいては。
「お忙しいかと思いまして、遠慮しているのですよ」
と云えば、鼻先で笑われた。
〈そのようなタマか、ギレン・ザビ。何の用だ。何かあるのだろう〉
「ご明察」
〈今度は何だ、またガルマ・ザビがやらかしたか〉
「“ガルマ”絡みではありますが、そう云うことではありません」
慎重に切り出す。
「実は、我が方の艦船が、航路外で海賊に遭遇し、かなり深追いしてしまったのですが」
〈またか。よほど海賊に執着しているのだな〉
「皆、海賊嫌いが酷いのですよ。――そのものたちが報告してきたのですが、どうやらその“海賊”、連邦軍の人型汎用兵器を保持していたようなのです」
流石に“MS”の文言は使えない――こちらが同じようなものを開発していると宣言するようなものだ――が、この云い方だとエヴァンゲリオンのようである。
そんなことを思いながら告げると、
〈何〉
ゴップの声が変わった。が、驚愕と不審の入り混じったようなそれは、知って空とぼけているようには思えぬものだった。
〈何故連邦のものだとわかる。MW、あるいは他の所属と云う可能性もあるではないか〉
とは云えそれは、半分はこちらの報告そのものに対する懐疑でもあるようだった。
「RCX-76-02と云う型番が解析できたそうです。形状もMWではあり得ないと。それに、そのような兵器、ムンゾ以外では連邦軍しか持ち得ますまい。ムンゾの士官が知らぬのなら、それはすなわち連邦のものと云うことになる」
そうしてそれならば、兵站担当の将軍であるゴップが咬んでいるか、あるいは何かを知っているはずだ、と云うポーズを取ってやるが、当の本人は低く唸っただけだった。
〈RCX-76-02は、確かにうちのものにある型番だが――見間違いか、あるいは偽装ではないのか〉
そのような話は聞いておらん、と云う、その声は真実であるように響いた。
「片手で足りる数ならば、その可能性もあるかと思いましたが、部下たちが見たのは、三、四十機ほどの隊であったそうです」
〈何!〉
今度こそ、驚愕もあらわにゴップは叫んだ。
〈そのような数が!? それが事実なら、小隊ひとつが丸々盗られたに等しいではないか!〉
「ええ。ですので、閣下が何かご存知ではないかと思いまして」
こうしてご連絡差し上げたのです、と云うと、ゴップは腕を組んでまた唸った。
〈……それが事実なら、由々しき問題だな。――その“海賊”の映像はあるのか。こちらでも確認を取りたい〉
「ございます」
頷いて、記録映像――無論、こちらのMSの映りこむ戦闘シーンは省いてある――を流してやると、ゴップはさらに唸り声を上げた。
〈その映像、こちらにもよこしてくれ。解析して、本当にうちから流出したものか、確認したい〉
「もちろんでございます」
そう云いながら、即座にコピーを送ってやる。デジタルは、こう云う時には便利である――もたもたせずに送れるので、少なくともこの段階では、映像に作為を加えていないとわかるからだ。まぁ、通信の前に小細工を施していない証明にはならないので、あちらでは、それについても念入りに調べるのだろうが。
〈こちらでも、念入りに調査させてもらおう〉
「お願い致します。何かおわかりになったなら、可能な範囲で結構ですので、お知らせ戴ければ」
〈……善処しよう〉
まぁ、それくらいがぎりぎりの返答だろうなと思う。
アナハイムなどの製造元から流出したのならまだしも、実際に連邦軍内の誰やらの関与が発覚すれば、ムンゾ側から追及されることは目に見えている。それを回避するためにも、連邦軍内部のものの仕業であった場合は、こちらに知らされることはないのだろう――まぁ、そのこと自体が、連邦軍、乃至はその関係者の関与を裏付けることにはなるのだが。
ゴップとのルートがあって、本当に良かったと思う。これが外交筋での交渉となると、いくら非公式でやったとしても、話が流出しかねない。情報を掴んでいる人間が増えるほど、流出の可能性は高くなるのだ。そこから一般の軍人たち、あるいは市民たちに話が届くと、即開戦ともなりかねない。こう云う危うい話は隠密理に処理するに限るのだ。
まぁともかく連邦にとって、これは先日のガルシア・ロメオの失態以上の事件であるに違いない。
〈――お前の用と云うのは、これだけか〉
「さようでございます」
〈では、これから早急に調査する。回答できることがあれば、こちらから連絡しよう〉
「宜しくお願い致します」
重々しく頷いて、ゴップは通信を切った。
黒くなった画面を見つめ、今ごろゴップはひとりで怒鳴り散らしているのだろうな、と思う。
こちらの予想では、今回の件にゴップは咬んではいないだろう。また、やはり製造元――恐らくはアナハイム――からの流出も考えにくい。
となれば、最も高い可能性で想定されるのは、連邦軍タカ派の誰やら――あるいは複数――が、意図的にMSを流出させ、“UNKNOWN”と云う官製海賊に使わせていると云うラインである。
兵站担当であるゴップにしてみれば、この“流出”を把握していなかったことは、本人にとって非常に屈辱的でもあることだろう。
何しろ、四十機ほどの最新鋭の兵器を、知らぬうちに“用途外”に使われていたのである。自分の補給したものが、認められた作戦ではないところで使われ、あまつさえそれを“敵”に指摘されると云うのは、上層部の一角にあるゴップにとっては、怒りしか覚えない事態だろうと思われる。
さて、ゴップは連絡してくるだろうか――連絡がなかった場合には、どれほどの人間が内部で処分されるのだろうか。
「……悪い顔をしておられますね」
カメラに入らぬ位置で書類の仕分けをしていたキャスバルが、微妙に厭そうな顔で云ってきた。
「いつもと変わらんだろう」
別に、そう企んでいるわけではないのだ。
が、キャスバルは肩をすくめただけだった。
「そうでしょうか。――そう、タチ少佐からお預かりしている報告書が。ガルシア少将の部隊は、ルナツーのワッケイン准将と共同作戦をとることにしたと」
「ほう?」
“ガルマ”に籠絡されていたワッケインならば、ムンゾと協力して海賊に当たることを厭いはするまい。が、配下の連邦軍士官や兵士たちはどうか。
「場合によっては一波乱あるか」
「……どう云う意味です」
「サイド7からの開戦もあり得る、と云うことだ」
まぁ、ルナツーの連邦軍が、それほど愚かしくないことを祈るのみ、だが。
「連邦と、戦争になると?」
「少なくとも、それを望むものが、連邦の上層部にあると云うことだ」
そうでなければ、“海賊”にMSなど与えるまい。
かれらは、口実を作って戦うことを求めているのだ――回避するなど夢さら考えずに。
「それほどムンゾが目ざわりだと云うことですか」
「まぁ、元々ムンゾは独立の気概に満ちている。それが、コロニー同盟によって、他サイドにまで及ぶことを危惧しているのだろうな」
原作軸では、ジオン公国はサイド3ただひとつで連邦軍と戦ったが、この時間軸では、少なくともルウムは味方になるだろう。リーアは、二股膏薬、あるいは蝙蝠と云うべきサイド6を、無条件に信じるほど愚かではないので棚上げにする。ザーンは連邦寄り、ハッテとムーアはややこちら寄りだが、やはり味方と信じるには弱い。
とは云え、こちらが暴虐の限りを尽くすのでないならば、少なくともザーン以外は、連邦に味方はしないだろう。消極的な行動にはなるが、それでも敵対されるよりはよほどましである。
「当初は火種はルウムになるかと思ったが――ガルシア・ロメオの差配次第では、サイド7から戦いの火蓋が切られることになるのかも知れん」
あるいは、まだ市民の不満が表面化してはいないザーンが、何かのきっかけで爆発するか。
「サイド7には、ほとんど民間人などいないでしょう。そこから戦争になりますか」
「逆に云えば、サイド7は軍関係者ばかりと云うことだ。軍需工場や秘密基地があるとなれば、そこを襲撃すると云うことは、連邦軍に対する攻撃となるな?」
だからこそ、レッドフォース号の折には、まったくの民間船を改造するかたちで“海賊”に仕立て上げたのだが――連邦軍の誰やらは、そのような偽装をする気もなかったのか。
「連邦側は、敢えてそのようなかたちを取って、開戦に持ちこみたいのだと?」
「と、考えるものもあると云うことだ。今の状況は、緊張感を強いられるばかりであるからな、いっそ開戦させてしまえと考える、堪え性のない輩もあるのだろうな」
原作軸でも見たとおり、組織と云うものは、どこでも決して一枚岩ではないのである。ならば、開戦するかしないかのぎりぎりを持ちこたえ続けられない輩もあるだろうし、かれらが“いっそ開戦してしまえ”とばかりに行動しないとも限らないのである。
まぁ、“海賊”を仕立ててムンゾ軍を唆し、サイド7を攻撃させようと云うのは、なかなか荒っぽい策だとは思うが。
あるいはそれは、“海賊”たちの独断でもあったのだろうか――“UNKNOWN”と呼ばれる“海賊”の、恐らくNo.2に、元ムンゾ軍少佐である老女がいると云う報告からすれば、その可能性もなくはない。
――ジウェニア・タージル元少佐、か。
直接知っている名前ではない。が、その名にまつわるエピソードは聞き知っている。
ジオン・ズム・ダイクンが首相になったころのことだ。ファナティックな“信者”を持つジオンが首相になるほどに、ムンゾと連邦の間には一触即発の緊張感があったらしい――それは、今よりももっと緊迫していたようだ。
幾度かくり返された小競り合いの中で、ムンゾ兵と、ムンゾから徴収された連邦兵とが殺し合う事態になり、世論を操る連邦の罠にかかって、タージル元少佐は詰め腹を切らされるかたちで退役したのだと聞いた。
さて、その老兵が連邦の手先である“海賊”一味にいる、と云うのは、連邦が騙しているのか、あるいは“海賊”たちが騙しているのか。
いずれにしても、その申し出をまともに受け取るには、ジウェニア・タージルと云う名にまとわりつくものは多過ぎた。
「まぁ、様子見だな」
その場にいるわけでもなく、またタージル元少佐、そして“UNKNOWN”の言葉を直接聞いたわけでもない。こちらの判断材料など、微々たるものでしかないのだ。
であれば、ここは現場のものに任せるに如くはない――ガルシア・ロメオ、ロバート・ギリアム、そして“ガルマ”の判断を信じるしか。
「指示はなさらないのですか」
キャスバルは云うが、現場にいない人間が事態をこねくり回して、碌なことになった試しがないのだ。
「現場の判断に任せることも、時には必要なことなのでな」
と云ってやると、キャスバルは不審そうな、胡散臭そうな、何とも云い難い表情になった。
「閣下がどこまで本気でおっしゃっているのか、私には測りかねます」
「見たとおりだよ」
としか云いようがない。
皆、勝手にこちらの底を深いものと思ってくるようだが、こちらには大した“底”などない。場当たり的だし、深い考えなどもあまりない。底が知れないのは、かれらが己自身の“底”を覗きこんで、こちらの行動を理解しようとするからなのだ。まさしく“お前が深淵を覗きこむ時、深淵もまたお前のことを覗きこんでいる”なのだ。
「……閣下のことを理解しようと思うのは、無駄なことのような気がしてきました」
キャスバルは云うが、これ以上わかり易い人間もいないと思うのだが。
「それは、貴官自身が見通せていないと云うことだろうな」
誰しも、自分のわかる範囲でしかものを見ることはできないのだから。
キャスバルは少しばかり肩をすくめ、無言で仕事に戻った。“何云ってるんだろうこの人”と云わんばかりのまなざしをひとつよこして。
さて、終わったと思っていたのに終わっていなかった、と云うのは、ギニアス・サハリン、つまりは“アプサラス”と啼く少将である。
妹を学校にやり、それによって得られた金額で満足したかと思いきや、それで済ませる気はさらさらなかったようだ。
「アイナを、閣下の妻に、あるいは愛妾などになさるおつもりはございませんか」
とは、何たるもの云いであることか。
「私は小児性愛者ではないのだがな」
「十七は、“小児”ではございますまい」
ギニアス・サハリンは云うが、アイナ・サハリンが、こちらの望むような精神的に成熟した女性であるとは思われぬ。何ならば、アルテイシアやララァ・スンの方が落ち着いているくらいなのではないか。兄の世話をしなくてはならなかったせいかどうか、アイナ・サハリンは、歳相応と云うには若干不安定なように見えてならないのだ。
「閣下からなら、誰でも幼女になってしまいますでしょう」
とは云うが、ことは実年齢だけの話ではないのだ。
「そもそも私は妻も愛妾も持つ気はないし、アイナ・サハリンはいかにも幼い。安定した“女”ではないのだ。そのような少女をどうこうしようとは、私には思えんのだがな、ギニアス少将」
ちらりと見やると、傲慢な笑みが返された。
「閣下と噂になっていた、ザビ家預かりの少女ほど若くはございますまい」
なるほど、それを持ち出せば、こちらが動揺するとでも思ったか。
――だが甘い。
「ララァ・スンのことか。しかし、精神的な部分だけを云えば、アイナ・サハリンよりもララァ・スンの方が安定しているようだがな」
元々は地球で働いていたのを“ガルマ”が拾って帰ってきたようなものだから、と云ってやる。
「そのララァ・スンよりも、アイナ・サハリンの方が庇護すべき子どもであるように思われるな。そうであるならば、妻だの愛妾だのはまだまだ早い話ではないか」
ある程度伸びやかに育たなければ、幼少時に形成された歪みがそのまま大人になっても残存することにもなりかねぬ。その良い例が、『逆シャア』における“シャア・アズナブル”の態度なのではないかと思う。何だ、“ララァ・スンは私の母になってくれたかも知れない女性だ”とは。
「女としては見られぬ、と?」
「父親のような気分になってしまってな」
とてもそれどころではない、と云ってやる。
「アイナ・サハリンが、まともな学生時代を過ごし、少女から、成熟した女性に成長した上で、なおそのような希望があるならば、一考の余地はなくもないが、今はそれどころではないだろう。いずれにしても、今の段階でどうこう云う話ではあるまい」
そう云ってやると、ギニアス・サハリンは、とりあえず引き下がった――とりあえず、今日のところは。
「……どうしてこう、誰もかれも閨閥政治に走りたがるのか」
呟くと、キャスバルとタチは顔を見合わせた。
「そりゃ、権力への一番簡単な近道だからでしょうよ」
タチが云う。
「閣下はリーアでも、首相令嬢にアプローチされてたじゃありませんか。まぁ、ご本人は、相手がギレン・ザビだとは思ってなかったでしょうけどね」
「引く手数多じゃありませんか」
などとキャスバルは云うが、つまりこれは、現役で権力の座にある人間に対する誘いであって、それ以上でもそれ以下でもない。アストリッド・キプロードンは、権力と云うよりは“財布”だが。
「まぁ、そうか――ギニアス・サハリン、ランク・キプロードン、それからマハラジャ・カーン……数え上げてみれば、それなりにいるな。積極的なのは、いずれも“保護者”の方だが」
まぁ、“ガルマ”より幼い少女たちを差し出そうと云う、その権力欲には感心するより他ない。そして、かれらに差し出されようとしている少女たちには、同情を感じるより他。何が悲しくて、若い身空で父親のような歳の男との縁談を勧められねばならぬのだろう。
「閣下が権力の中枢におられ、かつ独り身だからでしょう」
などとキャスバルは云うが、
「数年後には、貴官がそのターゲットになるな、キャスバル中尉」
ジオン・ズム・ダイクンの子であり、相手もまだ定まってはいない若い男子で、成績優秀かつ美少年、となれば、父親ばかりか娘も狩人の目になるに決まっている。
そして、キャスバルがその“狩り”の“獲物”に認定されたなら、晴れてこちらはお役御免となるわけだ。
「……何か厭なことを考えておられますね?」
「貴官にとってはそうかも知れんな」
それ以外のものにとっては――まぁまぁ、それなりに幸せになれるラインかも知れない。尤も、ライバルとの戦いが激烈になるだろう親と娘にとっては、違う厳しさがあるのかも知れないが。
「若く、麗しい顔貌の男が婿であった方が、皆嬉しいものなのではないかな」
が、タチは全面的な肯定はしなかった。
「どうですかね、そこは相手次第じゃありませんか」
リーア首相のご令嬢は、キャスバル中尉とは合わなさそうな気がします、と云う。
「……ああ云うタイプは御免被る」
やりたい放題される予感しかなく、こちらも旅先でもなければやさしくしてやれそうにないと思う。
「ああ云うタイプはお嫌いでしたか」
「人間としては嫌いではないが、妻にしたいとは思えんな」
「おやおや、では、例のララァ・スンや、アイナ・サハリンあたりはいかがです」
「三択なら、ララァ・スンか――しかしあの少女は、そもそも別に相手を考えていたのでな」
「あぁ……」
タチは頷き、微妙なまなざしをキャスバルに向けた。
「まさか、私にあの少女をと?」
キャスバルが、微妙に厭そうな顔で云った。
「どうしてそんな厭そうな顔を?」
タチの問いに、
「向こうが厭がったのですよ」
と肩をすくめてくる。
「厭がったわけではないだろう」
“私はあの人に必要かしら?”とは云っていたが。
「ガルマが推してきたのですが、向こうの反応が良くなくて――私もそこまで追いたいとは思いませんでしたので、そのままに。そうこうするうちに、ララァ・スンは閣下に走った、と云うわけです」
「あぁ、なるほど」
と、そこで頷くのはどうなのだろうか。
「まぁ、キャスバル中尉は子どもだと思われた、と」
「酷い仰っしゃりようですね、タチ少佐」
「そう云うことだろう? 中尉では食い足りなかったと云うことだ」
「……まぁ、女の方が精神年齢は高いと云うからな」
と云ってやると、キャスバルは顔を顰めた。
「閣下も、私は子どもだと?」
「大人は、人事が気に食わんからと云って、直属の上官の頭を飛び越して直訴してきたりはしないものだ」
沈黙。
顰め面であるのを見るに、多少は自覚があると云うことか。
さて、あと三月ほどの間――つまり、“ガルマ”とともに、ドズルの下に組みこまれるまでの間――に、これが多少なりとも大人になるものか。
「そう云えぱ」
とタチが云った。
「ガルシア少将の部隊ですが、ルナツーのワッケイン准将と協力して“UNKNOWN”を迎撃後、サイド7宙域から離脱したとのこと」
「つまり?」
「いろいろあって、ムンゾに一時帰還すると云うことです」
タチのもの云いは厭そうなもので、こちらの気分と完全に同調したものだった。
「帰ってくるのか!!」
ガルシア・ロメオと云うか、“ガルマ”たちが。
正直に云って、碌なことにならない予感しかしない。束の間の平穏が、予定よりも早く破られる、この気分ときては。
「ガルマが帰ってくるんですか!!」
キャスバルも叫んだが、その意味合いはこちらと真逆のもので間違いなかった。
喜色もあらわなその様子に、タチがますます渋面になる。
「どうなさるんです、ガルシア少将の処分のこともありますよ」
「……乗りこませた“鳩”からの報告は」
「詳細はまだ。まぁ、帰り着くと同時に提出してこれそうですがね」
「ガルシア・ロメオよりは早いな?」
「当然です」
「よし」
それならば、“鳩”の報の裏を取る暇も、多少はありそうである。
「結局、ガルシア少将はいかがなさるおつもりで?」
「少々悩んでいる。その処遇決定のためにも、“鳩”の報告が肝要なのでな」
確かに今回は、情報隠蔽はされなかった。が、どの程度盛った報告をしてくるのか定かではないし、そもそも隠蔽しなかったからと云って、するべき時にきちんと報告してきたかと云えば、怪しいとしか云いようがない。
となれば、“鳩”からの報告と照らし合わせ、ガルシア・ロメオのあれこれを精査する必要はあるだろう。
「厳しいですな」
「一度やらかしているからな、それは厳しくもなるだろう」
「それはそうですな」
「ともかく、それ次第では降格がなくなる可能性もなくはない、と云うことだ。皮一枚で首が繋がっている程度にはなるだろうがな」
その後で、何かひとつ――それこそ、さらなる軍関係者以外の艦内への引き入れ――でもやらかせば、その時点で即降格、と云うことになる。
まぁ、ガルシア・ロメオが好き放題していることには、他の将官、あるいは下についたことのある士官たちからも苦情めいたものが出ているので、灸を据える意味でも降格が妥当だろうとは思うのだが。
「思いこみだけで動きたくないとお思いなのは美点でしょうけれど、“兵は拙速を尊ぶ”とやら、スピードも大事なんじゃありませんか」
「やられる当人にとっては、精査はいくらでもしてほしいだろう。まぁ、ガルシア少将の場合はどうだかわからんがな」
叩けば埃が出る可能性は高いだろう。
「そうしますと、暫くはムンゾに留め置く感じですかね」
「そうなるだろうな。連邦の目もある、暫くは本部で内勤でもしてもらおうか」
そんな会話をしていると、
「――では、この書類を戻して参ります」
キャスバルが云って、部屋を出ていった。
扉がぱたんと閉まったのを確かめ、
「……さて、どれくらいで戻ると思う?」
タチに問うと、
「さて、小一時間はかかるんじゃありませんか。どうせ“お仲間”に連絡するんでしょうからね」
「女子か」
何と云うか、上がった後の約束を、仕事を抜け出してするOLのようだ。まぁ、堂々と仕事中にやる男どもよりましなのか――本当にましだろうか?
「正直、“ガルマ”をズムシティに置く気はないぞ。キャスバルたちと、何をやらかすものだか知れんからな」
“ガルマ”が自重したとしても、まわりがそうとは限らないのは、リノ・フェルナンデスたちの件でも知れたことだ。
タチは、肩をすくめた。
「こちらもです。あの三人は、引き続きリヒテン・ノビルに任せますよ。ガルマ様と一緒にしたら、どんなことになるか空恐ろしいです」
「では、異動前に同期となるべく接触させんよう、“ガルマ”はダークコロニーにでもやるか」
ケリアン・ラウは厭がりそうだが、何、そう長いことでもない。
「ガルマ様の同期で、同時期にダークコロニーに行くものもあるかも知れませんが、そこは宜しいので?」
「そこは構うまい。とにかく、異動前におかしなことをされては困る。特にキャスバルだ。あそこと引き離しておけるなら、他は多少の接触があっても構わんさ」
「困った坊ちゃんにお育ちになりましたねぇ」
と云う、その溜息の相手は、もちろんキャスバルである。
「まったくだ。少々反省している」
さて、この先“ガルマ”と一緒にして、あの“依存症”は良くなるのだろうか?
まぁともかくも、“ガルマ”が帰ってくるのは動かせない事実なのだ。残念ながら。
「せいぜい、悪あがきしてみるさ」
呟くと、タチが真面目な面持ちで頷いた。