「ただいま戻りました」
ニコリと微笑むその先で、“ギレン”の眉間は相変わらずグランドキャニオン。険峻たる表情である。
「うむ」
「……ガルシアを監視して、連邦の工場にダメージいれて、周辺宙域の海賊討伐して、民間人の避難まで手伝った弟に対してそれだけ? あんなに頑張ったのに?」
ぷくりと膨れる。
一体どれたけ頑張れば褒めてもらえるのか――地球から戻ったときすら素っ気なかったもんな。
「やりすぎだ」
「“UNKNOWN”の襲撃までは予期してなかったもん。不可抗力でしょ」
「どうだかな」
お前ならそれこそ利用しそうだ、なんて、ひどい評価。
そりゃ少しは考えてたけど、奴らはその範疇を超えてたんだ。おそらく、連中を飼ってるやつにしても想定外だったんじゃないかな。完全に暴走してる――もしくはそれさえ織込み済みなのか。
「報告書見たでしょ?」
「ああ」
「ガンキャノンとか、他諸々武器、どっから流出してるの?」
“鳩”に探らせたんだろ。
「それを調べるのはゴップの役目だ」
「……えぇー」
――真っ正直に話しちゃったのか。
ため息。うん。“ギレン”のそうゆうとこ、人間としてはすごく好き。でも、あのゴップ相手にイニシアチブ取れたかも知れなかったのになー。勿体ない。
まあいいや。なら別の手だ。
“ギレン”の目が眇められた。
「悪巧みも大概にしろ」
「謀略と策略はむしろ“ギレン”の十八番だろ」
こちとら、ただありったけの知恵を絞ってるだけ。
だって連邦は生易しい敵じゃない。いつかの世界線で、コロニー落として勝てなかった相手だぞ。
勝算があるとすれば短期決戦。だからこそ"勝てる戦場"を作らないといけないんだ。
「戦端は、きっとザーンで開かれるよ」
「何故言い切れる」
「見当ついてるんでしょ」
海賊どもの襲撃でサイド7の開発は頓挫した。ルナ2を前衛基地にするには分が悪くなったもの。
そのあたり、“UNKNOWN”どもの働きは悪くなかった――味方には絶対にカウントしないけどね!――そういや、奴らが討伐されたって話は聞かないから、アッチもまんまと逃げおおせたってことか。
それに比べてザーンの不穏なこと。抑圧と反発による不平と不満を煮詰めたみたいだ。
いつ爆発してもおかしくない。
連邦から見た時、ザーンは、いまや唯一残っているコロニー同盟切り崩しの足がかりだ。
市民がどれほど望んでも、同盟への加入を奴等が許すはずがない。
連邦政府に首根っこを掴まれてるザーンの政権に、憎しみさえ募らせてるテロリスト一歩手前の若者たち。
ひとたび“事件”が起これば、これ幸いと治安維持法が持ち出されて、以前のルウムよりも酷いことになるだろうね。
「まるでそれを望んでいるような口振りだな」
吐き捨てる語調。
「悲劇を望むわけないだろ。叶えば回避したいさ」
させてくれないのはアチラさんだ。
“ギレン”曰くのおれは、“平時には役に立たない存在”らしい。だからって争いごとが好きなわけじゃない。大嫌いって言っても良い。面倒くさいし、痛い思いなんて誰だってしたくないだろ。
加えて士官学校時代の同期にはザーン出身もけっこう居るんだ。
彼らが泣くのを見るのは辛い。人並みの感情だって持ってる。
それでも。
「……戦場を広げるわけにはいかない」
軋るみたいな声が出た。
十全に“武力”を振るうために。敵にとって“圧倒的な地獄”を作り出すために。
「負けられないなら、“勝つための条件”を揃えるよ」
そこに内包される未来の惨劇を知っていても。
“ギレン”は深いため息を落として、首を横に振った。
「……お前の悪知恵で、ザーンが沈まんことを祈る」
「酷いなぁ」
「自分の所業の数々を思い返してみるがいい」
だから、こんなにアレコレ粉骨砕身頑張ってるじゃないのさ。
このうえ、なにをどうすれば良いのだと?
単身で地球連邦軍滅ぼすとか、そこまでしないと褒めてもらえない流れなのかこれ。
「……云っても無駄だったな」
だからなんで溜息つくの。
「ともかく、お前はガルシア・ロメオ配下からは外すことにした。次の所属先の内示まで、まだ間があるのでな、その間、ダークコロニーで教官でもしろ」
――うぇッ!?
「ちょっと待ってよ。せっかくここまで早く切り上げて帰ってきたんだよ!?」
キャスバルだって『さっさと帰ってこい』って言ってたし。アムロやゾルタン、フロル達も構いたいし、姫君たちのご機嫌伺いとか色々予定が! ががが!
「お前を遊ばせておくつもりはない。きりきり働け。ちょうど、ジョニー・ライデンがダークコロニーで研修に入るようだ、そちらと旧交を温めたらどうだ」
「ライトニングが……?」
うぬ。やはりパイロットになる方向なんだな。“赤い稲妻”はこの世界線でも爆誕するらしい。
だがだが、でもでも、と一通り駄々を捏ねてみるけど、“ギレン”は揺るがなかった。
仕方ないなぁ。
「ちぇー………りょーかい。とりあえずは教官(仮)頑張ります」
「何だ、その(仮)と云うのは」
どのみち長い期間じゃないだろ。次の内示があるってさっき言ってたし。
「ケリアン・ラウ少佐は、期間が過ぎたらさっさと帰れ、って云いそうだからね」
取り敢えず、家に顔出してから出立の準備をするよ。
「わかったら、行け。すぐにだぞ」
ちょ、なんたる!?
「せっかく帰ってきたのに、ほとんどズムシティにいられないじゃないか、ケチ!!」
ドケチンボ! 根性悪! 最近オデコ広くなってきたんじゃないの!?
「……何とでも」
ぐぬぬ。アーアーアー聞こえなーいモードに入った“ギレン”には何を言っても無駄なんだよな。
仕方がないから、ぴしりと敬礼だけして部屋を出た――ら、
「ダークコロニーまでお送りいたします」
って、親衛隊員一同が。
――ここまでするの“ギレン”!?
いつの間にコイツら待機させてたのさ。
「……一度、家に戻ってから……」
一応言ってみるけど。
「なりません。艇の出発に間に合いません。外に車が待っておりますのでお早く」
やっぱり強制連行じゃないのさ。
お家に帰しておくれよぅ……ドナドナされていく車窓から、そっと涙を絞った。
嬉しいコトと悲しいコトがあった。
まず悲しいコトから言うね。
またリノたちを取り上げられた。
彼らは今後、リヒテン・ノビルの下につけられるらしい。
ほんとに“ギレン”、なんでこんな仕打ちをするの!?
ついでにマリアンも引き抜かれたとかで、“鳩”入りをするとか。大丈夫か、キュカ・サウリ少佐のリード紐はちゃんと切れたの――その辺りのことはタチが何とかしたんだろうけど。
嬉しいコトはといえば、位階が上がった。
まだ伍長だけど。それでも2階級アップ。これでやっと下士官の端くれ。士官への道のりは遠いね。
カーティス大佐とロバート大佐は、もっと上げてって推薦してくれたみたいだけど、“ギレン”が承知しなかったそうな。
ほんとに“ギレン”、なんでこんな仕打ちを以下同文!?
帰宅もままならないまま、暫定的に送り戻されたダークコロニーで、臨時の教官を務めることになった。
おれの操縦技術はともかくとして、実戦経験があるMSパイロットはまだ貴重だからね。
久々にイアン先輩たちにウェルカムされて、腰が引けたのは条件反射。
骨身に沁みた恐怖は拭い去られることがないんだよ!
ケリアン・ラウ少佐は乾いた声と表情で、案の定「臨時」を繰り返し強調してた。
そして、ここでも再会が。
「てめぇ、こんにゃろ、ガルマ!!」
「ライトニング!?」
ふぉお。出会い頭に物理吊し上げってなんなの。
ジョニー・ライデン、士官学校時代の“お仲間”のひとりだ。“ギレン”から聞いてたとおり、パイロット訓練生として送り込まれてたわけだ。
「ちょっ、ここは感動の再会のハグとかなんじゃ……ぎゃ!?」
ベアハグすんな!
「お前が最初にリミット解除しやがったって聞いてるぞ!」
「それとこの扱いに何の因果が!?」
「後進のハードル思い切り跳ね上げやがって!」
「必須じゃないでしょ!」
「教官墜とすにゃマストだ!!」
――そりゃまぁ。イアン先輩たち相手だし。
「で、ライトニングはできてるの? リミット解除」
「当たり前のことを聞くな」
「ならいいじゃないか」
「他の連中の恨みも入ってるんだよ!」
「ぎゃー! 内臓潰れる潰れる!」
ギャンギャンと。
クタッとしたところでやっと解放された。
「……他にもいるの?」
「あぁ?」
「リミット解除したひと」
「――ショウ・レッドグレイヴ大尉だな」
なんでそんな渋い顔してんの。
「……嫌なやつなの?」
「強ぇな」
「ふぅん」
負けず嫌いのライトニングらしいことだね。
そんな戯れ合いを経て、教官らしく訓練生のデータを分析。
全体から見ると、リミッターを解除できるのは0.1%足らずだった。
以前とは違って、当人の希望で外せるわけじゃなくて、適性を見極め、訓練とテストを課してようやく解除に至る――悲惨な事故を減らすためにそう定められたとか。
だから、対象は100人の中に一人いるかどうか。それを考えると初期メンバーは稀有の集まりだったみたい。
それでも、いつかの世界線で、たった一人“赤い彗星”だけが成していたことを思えば、その人数は跳ね上がる。
とはいえ全員が全員、3倍速で動けるはずもなくて、せいぜいが1.5倍から2倍。
だとしても、MS部隊の機動性は恐ろしいものになるよね。
それにしても。
「……ふぉう」
ライトニングと例のレッドグレイヴ大尉の訓練成績はズバ抜けていた。まさに3倍速。
おれが訓練生だった頃のそれを、軽く凌駕してる。
悔しいことではあるが、“ガルマ・ザビ”のMSパイロットとしての技量はエースには届かないんだろう。単体で戦うならね。
「……あー。なんでみんなここに居ないの」
ギュスターヴ、コウガ、ニケ、それからモブリット。頼れるメンバーは、早々に配属先に突っ込まれてった。
盾も鎧も武器もへっぱがされた気分。
――せっかく帰ってきたのに、キャスバルとも引き剥がされたままだし……。
だから“ギレン”なんでこんな仕打ちをDo you repeat……?
おのれ額に「肉」って書くぞ。あと瞼にパッチリお目々。頬に渦巻きと、鼻の下にヒゲね。
アタマにリボンもつけよう。
タブレットを引っ張り出して、演説中の“ギレン”のお顔に描き描き。
なんだか楽しいお絵描きである。
描き込みをムーブに上乗せすれば、お茶目な姿で演説をぶち上げる“ギレン・ザビ”が。
「おい、ガルマ……ぶッ」
自室のドアが開いて、イアン先輩が入ってきた。ふぉ。熱中してて気がつかなかった。
先輩はタブレットを一瞥したあと吹いて、さりげなく視線をそらした。
映像はそのまま破棄。
「どうしました?」
何事もなかったかに、にこやかに尋ねる。
「……………いや。この後の戦闘訓練に参加しないかと思ってな」
「それ、ライトニングが出るんですよね?」
「ああ。レッドグレイヴ大尉もな……彼らに訓練が必要かどうかは迷うところだが」
「そんなに?」
皆が口を揃えて凄いって言うし、成績見てるからある程度は予想してる。でも、“神速の悪魔”たる先輩が評価するほどなのか。
「一度見ておくといい。俺たちにとっても参考になる」
「……何故でしょう。いま背筋が寒くなったんですが?」
ぶるっとした。危機察知アンテナがピピピと反応してる。
イアン先輩は大きく口の端を吊り上げた。
「楽しみだな」
――……なにが?
「『あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”!!』」
〈うるせぇ! なんて声出してんだ!!〉
知るかそこどいてライトニング!!
「『あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”!!』」
来ないでこっち来ないでレッドグレイヴ!!
「『あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”!!』」
助けてイアン先輩!! アルフ先輩!!
〈頑張れよ、ガルマ!〉
〈相変わらず回避力高いな!〉
激励じゃなくて助けてってば!!!
教官たちはなぜか高みの見物で、ベレスあたりからは笑い転げてる通信が。
テメェは後で〆るからな!
「『あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”!!』」
言語中枢が崩壊するほどの恐怖である。ヤダヤダ撃ってくんなギャーーー!!!?
「『あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”ーーー”!!!!!』」
墜とされた。
なんなのレッドグレイヴNTなの!? 今のところ繋がらないけどNTなのか!?
真っ先に狙いやがって。執拗に狙いやがって。
「ギュスターヴ連れてきて!!」
おれの盾返してよ“ギレン”!!!
叫べば教官たちがどっと笑った。
「どうだ、彼は凄いだろう」
「今すぐに出荷してくださいよ。訓練いらないじゃないですか!」
「そうはいかんだろう」
ワキャワキャと皆で食事中のことだ。
以前は下士官以下の訓練生用のテーブルにいたけど、いまは教官用。
とはいえ位階は伍長だから、訓練生よりも下なんてざらなんだよ。ちょっと肩身が狭いよね。
最初は兵卒フロアで過ごそうとしてたけど、毎回イアン先輩たちに引っ張ってこられるから諦めた。
そういやレッドグレイヴも大尉だっけ。つまり、中尉であるイアン先輩より上ってこと。
やりにくくないのかな。
「階級たてに何か言われたりすること無いんですか?」
「あるな!」
そんな爽やかな笑顔で言い切るかアルフ先輩。
「レッドグレイヴ大尉はそういうことは無いがな」
ベレス中尉がうんうん頷いてる。
「……彼は…寡黙だ」
あなたのほうが寡黙だけどね、メロ中尉。
「ガルマ、お前はできるだけ一人になるなよ」
「馬鹿はどこにでも居るからなー」
先輩たちの目はあんまり笑って無かった。
まぁ、そうだろうね。
「ガルシア艦にも居ただろう? まぁ、あれは上からの指示だったようだが」
「…………そのはなし、どこまで広がってるんです?」
ガルシアが仕組んだマッチポンプ、行く先々の人間が知ってるみたいなんだよね。吹聴して回った覚えは無いのに。
「お前と時期が重なってる士官学校卒なら皆知ってるんじゃないか?」
「そうそう。“魔王陛下”がお怒りで“万魔殿”が揺れたからな」
「……は?」
一瞬、思考がストップしかけた。
――なにやっちゃってんの、キャスバル!??
士官学校卒が“魔王陛下”と呼ぶのはキャスバルで、“万魔殿”は同期生のことを指すんだよ。
おそらくはリノ達からリークされたってことなんだろうけど。
「……まさか、それで上官に噛みついたりとかはしてないですよね?」
例えばガルシア・ロメオについて言及するとか。
あれでも腐っても鯛というか、腐ってても少将だぞ。つまり将軍。軍の中ではド偉いヒト。
間違っても、士官学校出たてのヒヨッコ共が、ピーピー突付いて良い相手じゃないんだ。
余程に恵まれた出自とかで、かつ正当な理由があれば目溢しもあろうが、いかにジオン・ズム・ダイクンの息子であっても、これはアウト。
マッチポンプはあくまでも疑惑にすぎず、いくら報告されたところで取るに足らない案件だ。
ザビ家とはいえ、おれは兵卒。
悪しき慣例ではあれど、“新兵のかわいがり”なんて、軍じゃ掃いて捨てるほどあるからさ。
なのに。
「異動願いをギレン総帥閣下に直談判してたな。自分も行くと」
「パイロット候補生になるって申し出もあったはずだぜ」
いやいやいやいや。
「………そんなはず……」
無いでしょ。無いよ。ナイナイ。
無いはず……でしょ?
見返す先輩達は肩をすくめて苦笑してる。
視線を移せば、他の教官たちも渋い顔。
「…………………………ほんとに?」
「ああ」
「ホントホント。俺らも冷や汗かいたからな!」
そりゃそうさ、かくよ冷や汗、現在進行系でダラダラしてきてるし。
だって、前にも念押ししてたし、そんな素振り見せなかったじゃ……あ、あったかも。
そういやゴネてたわ。
だからって――うわぁ、これは修整必須だよね。
瞬時に顔色をなくしたおれの肩を、先輩たちがポンポン叩いた。
「頑張れよ“堕天使長”」
「“万魔殿”を仕切ってるのはお前もだからな」
ふざけた口調だけど、要は「しっかりしろ」と釘を刺されてるんだ。
ズムシティに帰還したら、当面は“仲間たち”を――誰よりも、キャスバルを締め上げるとこからスタートしなきゃダメみたい。
――“敵”と戦うより骨が折れそう。
すでに、この時点でココロが折れそうなんですが、がが?
バグりそうな思考を抱えたおれを見る先輩たちの眼差しは、いつもより余計に生暖かいものだった。
そんなこんなの悩みを抱えつつ、教官生活である。ふぉう。目が回るほど忙しいんだけど!
単純にMS操縦指導とかだけかと思ってたのに、スケジュール作成やら個々の適正判断やらメンタルケア諸々まで。
最後のは資格者に任せなよ。なんでおれに言いにくんの。ザビ家の権限なんて無いに等しいからね? まぁそれが必要な案件無いけど。主に愚痴聞き係。
ついでに自分用のレポートも作成中。主にMSの有用性と作戦について。
毎日くたくた。くったり。
それでも、当初想定してたより有意義だった。
指揮を執る訓練になるというか。相変わらずレッドグレイヴには墜とされてるんだけど、でも反対に討ち取れることも増えてきたし。
なにより、この時期にダークコロニーに居られるってのは、未来のMSパイロットと面通しできるチャンスで、うまく関係が築ければ今後の“ガルマ・ザビ”、ついてはキャスバル・レム・ダイクンの影響力の増大に繋がるからね。
ポケモンの如くゲットしてやろうじゃないのさ。
フラフラしながら自室に戻る道すがら。
「弱者ほどよく群れる。そうは思わないか、ザビ伍長?」
わぁ。唐突だな、パストール・フリアン准尉。
廊下の途中でバッタリ出くわしてのセリフがそれってどうなの。
言い方はアレだけど、これでケンカ売ってきてるとかそういうことじゃないんだよね。もとの物言いがこんな感じ。
黒光りするみたいな肌が、アフリカ系の血筋を知らしめてた。チリチリした髪も目も黒い。歯の白さが際立つよね。歳はあまり変わらなかったはず。つまりは若造。
母親がムンゾ人ってことだけど、父親はアースノイドって聞いてる。見た目のイメージだけなら、アフリカスイギュウみたい。
「一概にそうとも言い切れません。群れる生き物は様々ですし、その構成や目的も異なります」
パストールが言ってるのは、多分、イワシとかムクドリとかのことなんだろうが、狼だってライオンだって象だって群れをつくるからね。
そういやアフリカスイギュウも群れを作る生き物だっけ。
「なるほど。だが真に強者であれば群れる必要などないのではないか?」
「それも意見の分かれるところでしょうね。ところで、どうなさったんです? そろそろ就寝時間になりますが」
ほらほら。ここで群れ談義なんてしてないで、お部屋に戻ってお休みしようよ。
言外に諭してんのに。
「訓練だ。訓練がしたい」
ってさぁ。
「時間外です。MSもMWも使用許可が下りません」
「シミュレーターなら問題なかろう」
「シミュレーションルームも閉まってます」
「そこを何とかするのが教官だろう」
いやそれ範囲外な。首を横に振る。
「……ザビ家の力で」
「生家の権力は、個人に便宜をはかるものではありません」
そこはキッパリと断るからね。
コロニーの名家って前時代の貴族的な扱いで、持てる権力は結構強い。例えばザビ家なら、ムンゾの行く末に影響を及ぼせるほどに。
だからって何でもできるわけでも、何をしても許される訳でもない。
こんなしょーもないことに使いたくもないし。
「そもそも、僕の我儘で使えるようなものではありません」
もとより実家の権限なんてほとんど持ってないんだ。というか“ギレン”に制限されてるし。
「だが、お前はガルシア少将さえ動かして、ルナ2のワッケイン准将と共闘させたと聞いているぞ」
「どなたがそんなことを? あれはガルシア少将閣下の判断ですし、僕が同席したのは、単にワッケイン准将閣下と顔見知りだったからですよ」
少なくとも報告書ではそうなってた筈だがな。
きょんと首を傾げれば、パストール准尉はつまらなさそうに唇を尖らせた。
「シュミレーションルームの開放くらい…」
「ダメです」
被せる勢いでスッパリ。
「パストール准尉、身体を休めることも大事な訓練ですよ」
「……ザビ伍長、俺は強くなりたい」
「だったらなおさらちゃんと休んで、英気を養ってください」
「なぜ俺を鍛えない」
「教官として鍛えているつもりですが?」
「お前に選ばれた奴らは強くなれる」
何を言ってるのかよくわからない。どうしてゴネ始めたのさ。
見上げる先で、パストールは苛立っているように見えた。
「“暁の蜂起”の勇士たち、それからお前の同期のパイロット達、どれもお前が研ぎ上げたと聞いている」
それはどうかな。確かに士官学校時代の同級生たちについては磨き上げたけど、パイロット同期生たちは最初から素養があった。
別にパストール准尉は弱いわけじゃない。このダークコロニーに選抜されてきたんだ、MSパイロットとしての資質も技量もそれなりにある。
だけど、現時点ではその中で突出するものじゃない。
例えばライトニングみたいに、そしてレッドグレイヴのように。イアン先輩やロバート大佐、“黒い三連星”もそうだね。
正直言って、彼らはある種のチートだと思う。あんな風に動ける奴らがそうそういるはずないだろ。
「強さを追ったらきりがないですよ」
ため息と一緒に疲れた声が出た。
「例えばこの僕も、エースパイロットには遠く及ばない。悔しいし残念だけど、努力だけでそれを覆せるとはちょっと思えない」
それほどに彼らは際立ってる。
「だが俺は群れたくない」
何故かたくなにそこに拘るか知らないけど。でも今すぐどうこうできる問題じゃない。
「訓練に付き合え」
「時間外です」
「伍長が准尉に逆らうか」
「規則に従っております。明日、ちゃんと手続きしますので、今日は休んでください」
「ザビ伍長!」
掴みかかってくるのを躱す――前に、誰かの腕がパストールを止めた。
「なっ!? レッドグレイヴ大尉!??」
うわ出たよ。チート野郎のひとり。
抑えられた照明にも鮮やかな緑の眼は、人類2%の稀有の色合い。少し癖のある黒髪、高い頬骨、不摂生が見てとれる肌の青白さに反して、鍛え上げられて鋼みたいになった総身。いわゆる細マッチョ。
ヘビースモーカーらしく、タバコ臭いことを除けばバルス級のイケメンだ。
「どうなさいました、レッドグレイヴ大尉。あなたも訓練とおっしゃる? でしたらダメですよ」
思わず出たツンツンした声に、面白がるような視線が返ってきた。
「……いや。ケリアン・ラウ少佐が呼んでいるぞ。ドズル・ザビ中将閣下より火急の報せだとか」
ぴしりと緊張が走る。
どういうことなの。なにか不測の事態でも生じたのか――でも、なんの兆候もなかったのに。
「パストール准尉、明日、訓練に組込みます。しっかり休んでコンディションを整えておいてください」
「お、おう」
言い置いて踵を返す。
「参ります、レッドグレイヴ大尉」
ほらほら早く早く。兄貴は忙しいんだよ、待たせちゃダメだろ。はよはよはよはよ!
足早にラウ少佐の執務室へ向かう途中で、レッドグレイヴが急に足を止めた。
ちょっ、なんで止まるのさ。あやうく背中に鼻をぶつけるところだっただろ!
「君は幼児か?」
「は?」
「身内が呼んでいると言われてのこのこ付いてくるとは、危機管理はどうなっているんだ?」
って、呆れ声で何を言ってんの。その「心配だ」みたいな眼差しやめてよ。
「………騙したんですか?」
ギリッと睨みつける。
「人聞きの悪い。助けてやっているのさ」
パストール・フリアンからか。でも、あの程度ならおれでも捌けた。
とはいえ穏便に済んだのも事実。
「確かに助かりました。睡眠時間を確保できます。ありがとうございました」
素直にペコリと頭を下げたのに、返ってきたのはわざとらしい溜め息だった。
それすらサマになるのが妬ましいし憎らしい――Perish, handsome!
「自室に戻ります」
「送っていこう」
なにサラリとエスコートしようとしてんの。
「幼児じゃありません」
「ほぅ、そうか。この先にパストールよりも質の悪い連中が待ち構えていてもか?」
「えぇ〜」
なんなの。まだいるのか。訓練してして集団。“意識”で探ってみる……あ、ほんとだ部屋の近くに何人かいる。
――……ムリ。もう眠たくてムリ。
「…………ひとつ伺いますが」
「何かね?」
「この先に待ち伏せがあるとして、あなたが一味じゃないって証明できるんでしょうか?」
「いい質問だ。証明する手段があればな」
小馬鹿にした喋り方が癇に障りまくる。
片頬を上げて嗤われるから、にこりと可愛らしく微笑んでみた。
顔面偏差値高いからってなんでも赦されると思うなよ。お前なんかキャスバルと比べたら下だから。
タバコ臭消してから出直してこい、と、ココロの中で罵倒。
「ひとりで戻ります」
「お勧めできないな」
――ローラ姫か。
断る意味がない会話ってさ。
「誰のことだ?」
お、また口から出てたみたい。
「竜王に攫われた姫君ですよ。後に逞しく勇者をひっ捕まえる」
「自身をプリンセスに喩えるのはどうかと思うぞ?」
いや、お前だよ、お前――って言葉は辛うじて飲み込んだ。
✜ ✜ ✜
――数日後。
「君のレポートを、ドズル・ザビ中将閣下に送った」
呼び出された執務室で、ケリアン・ラウ少佐からそう告げられた。
レポート……って言ったらアレか。
MSの有用性と、それを駆使した作戦について書きなぐってたやつ。
実際にパイロットになってみて、周りのパイロット達に混じって戦闘した体験をもとに、考察と考案を纏めていたわけだが。
「……まだ書きかけだったんですが」
誰が提出しやがったの。
ライトニングに見せるためにプリントしてたやつだろ。一緒に見てたレッドグレイヴかな。こういうコトするのは。
「既にかなりの情報量だったが?」
「あと10項目くらいありますね」
「追って提出するように」
「はい」
敬礼して、これで開放されるのかと思いきや、少佐は、退出を命じなかった。
ふと、視線が合ってることに気付いてびっくり。
え、訓練生時代は「絶対に合わせないぞ」くらいに逸らされてたのに、どうしたの?
「私も君のレポートを読んだ」
んんん。これ、褒めてくれる流れじゃ無さそうだよね、だって、少佐の目が据わってるんだよ。
「あのような作戦を実際に遂行するには、君の同期パイロットクラスの技量を持つものを、いったい何人輩出すれば良いのだろうな?」
地を這うような重低音だった。虎が唸ってるみたいで怖いんだけど。
「…………それは、エースパイロット級のチームでの作戦ですよね? 他にも汎用性の高い作戦を色々と…」
「ドズル・ザビ中将閣下が特に関心を示されてな。激励されたよ、今後も優秀なパイロットを期待すると」
うわぁ。一番派手な作戦がお気に召したのか、兄貴。
「ですが、ダークコロニー出身者が優秀なのは確かですよ。“黒い三連星”とか、ロバート大佐とか。グレニス中尉とツァニン中尉もですね、ここの教官勢と僕の同期達も含めるとそれなりに居ます。最近ではライトニ…ライデン准尉やレッドグレイヴ大尉も」
「…………彼らのような存在がそうそう居るわけなかろう」
少佐がガックリと項垂れた。
「君がここを離れてから、何故か訓練生の粒が揃わずにいてね。レッドグレイヴ達は久々の逸材だよ」
――そうなの?
貰ってた資料を思い出す。そういや、おれが離れてからは事故が増えてて、リミッター解除の条件が厳しくなってた。
それでもさ。
「僕が離れたのは4ヶ月足らずですよ? 決めつけるのは時期尚早では」
「そうあって欲しいものだな」
フンと鼻を鳴らしたラウ少佐は、真っ直ぐに顔を上げた。面白くなさそうな、それでいて面白がるような、なんとも言い難い表情がそこにあった。
「君が鍛えたまえ。君の考案した作戦を遂行するかも知れん人材だ。自ら揃えるのが筋だろう」
って、臨時教官にどんな無理無茶無謀難題を突き付けてくれるのさ。
「お忘れかも知れませんが、士官学校を卒業してまだ一年経たってないんです」
「その間に、よくもここまでやらかしてくれるものだな。ガルシア少将のもとでの騒動も聞いている。私としては、ただ穏便に君が出ていってくれることを祈るのみだよ」
ってさぁ。思わず苦笑。ほんとに率直だよね。
「それでも僕に訓練を任せようと?」
ある程度の権限を許可してくれるってことでしょ。
「希望者が多数出ている。最大限の成果をあげてくれたまえ。結果が良ければ、私からドズル中将閣下はもちろん、ギレン総帥閣下にも、よくお伝えしよう。優秀な教官がいつまでも伍長のままというわけにもいくまい」
うわ。鼻先に人参ぶら下げてやるから走れと。
ラウ少佐は、これまで見せたことがない人の悪い笑みを浮かべた。
なるほど、流石に佐官まで出世してきただけのことはあるね。ここへきておれを利用する方向に舵をきったみたい。
少佐から推薦があったって、それで位階がすぐ上がる訳じゃない。現にロバート大佐達の推薦は“ギレン”に蹴られたんだ。
それでも、複数の佐官の推薦はある種の圧力になるだろ。
にこりと微笑んでぴしりと敬礼。
「精いっぱい努めます」
まずはメンバーの選別からかな。
脳裏でリストをスクロール。目指すは夢のオールスターズだ。
さあ、最強の武力を練ろう。強く、毅く、豪く、剛く――総てを穿ち、決して破られることのない、伝説みたいな軍神の群を。
なにものもムンゾを踏み荒らすことは出来ぬと、そう世界に知らしめるために。
と、やる気満々で、ふと気づく。
――そういやジオンになるんだっけ。
あちこち遠征してるうちに、いつの間にか国名が変わることになってたんだよ。
ジオン共和国だって。
ずっとムンゾって思ってきたから、ちょっと違和感。
ジオン軍――その名前は、いよいよ迫る連邦との戦いを予感させて、この身が小さくぶるりと震えた。