“ガルマ”が帰ってきた。
本当に随分早い――内示までも、まだ二ヶ月はあるだろう。
「ただいま戻りました」
ではない。この、無駄なにこやかさは何だろう。
本当にこの“弟”は、自分の配下の様々なやらかしを何と思っているのか。
とは云え、まぁ今回は被害が少ない方ではあったので、とりあえずその挨拶に頷いてやる。
「うむ」
途端に、その頬がぷくりと膨れた。
「……ガルシアを監視して、連邦の工場にダメージいれて、周辺宙域の海賊討伐して、民間人の避難まで手伝った弟に対してそれだけ? あんなに頑張ったのに?」
不満げな声。
――フグか。
いつも思うのだが、“ガルマ”の“頑張り”は、大体方向性が明後日なのだ。
確かに連邦に多少のダメージは欲しかったが、それは向こうにはっきりそれと知られぬかたちを求めていたのであって、こちらがサイド7まで出向いていたことを明示して欲しかったわけではない。あくまでも隠密行動せよと云うことだったのに、そちらはどうなった。
その上、
「やりすぎだ」
端的に云って、ワッケインを引きこむところまでは想定していなかった。
と云うか、こちらが想定していたのは連邦の動きの偵察くらいであって、海賊とドンパチやるとか、そう云うことはまったくの想定外のことだったのだ。
どこのどいつが、領空――“領宙”と云うべきか――外のサイドまで行って、戦闘をくり広げると云うのか!
睨みつけるが、“ガルマ”は肩をすくめただけだった。
「“UNKNOWN”の襲撃までは予期してなかったもん。不可抗力でしょ」
「どうだかな」
あのわけのわからない情報網を駆使すれば、サイド7で怪しげな“海賊”と遭遇することも、ある程度予測できたのではないか。
お前ならそれこそ利用しそうだ、と云うと、また不満げな顔をされた。
「報告書見たでしょ?」
「ああ」
「ガンキャノンとか、他諸々武器、どっから流出してるの?」
話題を逸しにかかってきた。
「それを調べるのはゴップの役目だ」
「……えぇー」
などと云うが、そう云うものだろうと思う。
こちらで不用意に動くなら、それこそ開戦の火蓋を切ることにもなりかねぬ。こちらが調べぬわけではないが、喧嘩腰でいくなら即開戦である。
それを考えれば、あまりこちらが連邦にわかるように動くのは、得策とは云えぬだろう。
その点、連邦内部の人間であるゴップならば、ある程度調査しようと不思議はないし、こちらとは違う理由で流出案件をなじることもできる。
とりあえずまだ開戦を回避したいこちらとしては、穏当なラインであると思うのだが。
それに不満を抱くとは、“ガルマ”の中の“既定路線”とはどんなもので、そこに導くためにどのような画策をしていると云うのか。
まったく、
「悪巧みも大概にしろ」
「謀略と策略はむしろ“ギレン”の十八番だろ」
とは、どの口が云うのだろう。
政治方面の謀略は確かにこちらの仕事だが、そうでない謀略、あるいは政治的な謀略すらも、“ガルマ”はこととしているではないか。
「戦端は、きっとザーンで開かれるよ」
“ガルマ”は平然と云った。
「何故言い切れる」
「見当ついてるんでしょ」
もちろん、見当はついている。何しろ、実際にザーンには行ってきたのだから。
民意と政府の乖離、と云う事態は、ザーンの先行きに影を落としている。
悪いことに、ザーンは他サイドに特に緊密なところがない。ルウムに何かあった時にはムンゾが出ていくが、ザーンには、そのようなところはないのだ。敢えて云うなら連邦こそがそれだろうか。
もしもザーンで内乱にでもなろうものなら、ムンゾから遠く、また政府も連邦寄りであるあのサイドの市民たちは、連邦軍によって蹂躪されることになるだろう。
コロニー同盟は、それぞれの自治体の内政に干渉するようなものではない。ザーン政府が連邦軍の行動を良しとしているのならば、こちらが動くことはできないのだ――例え、それで幾多の市民たちが殺戮されることになったとしても。
内乱が起きたとしても、ザーンはルウムとは違う。ムンゾは兵を出すことはできない。それを知る、ザーンの市民の大半は諦めている。
そんなところで“戦端が開かれる”だと?
「まるでそれを望んでいるような口振りだな」
「悲劇を望むわけないだろ。叶えば回避したいさ」
「どうかな」
そのあたりの信用はまったくしていない。
ザーンは、サイド7ほどではないがムンゾから遠い。“ガルマ”としては、そのような場所で戦端が開かれるならムンゾの被害は少ないと、そう考えている可能性は否定できない。
だが、ザーンにとってはいい迷惑ではないか、連邦とコロニー同盟の戦場が自サイドになるなどと。
だが、“ガルマ”にとっては、ルウムでないからまだ良い、と云うことなのだろう。
この“弟”に、博愛精神や人類愛などないことは、死ぬほどよくわかっている。
良く云えばものごとの取捨選択がはっきりしているのだ――悪く云えば、身内しか可愛くない。
「……戦場を広げるわけにはいかない」
軋るような声で云うが、その声音を信じることなどできはしなかった。
「負けられないなら、“勝つための条件”を揃えるよ」
だが、“ガルマ”のその言葉は、こちらの耳には不吉な託宣のようにしか響かなかった。
「……お前の悪知恵で、ザーンが沈まんことを祈る」
「酷いな!」
酷くはない。
「自分の所業の数々を思い返してみるがいい」
と云ってやるが、きゅるんとしたまなざしが返ってきただけだった。しかも、これは作った表情ではない。真剣に、心から、自分は間違ってなどいないと思っているのだ。本来的な意味での確信犯である。
「……云っても無駄だったな」
思わず溜息がこぼれる。
「ともかく、お前はガルシア・ロメオ配下からは外すことにした。次の所属先の内示まで、まだ間があるのでな、その間、ダークコロニーで教官でもしろ」
「ちょっと待ってよ。せっかくここまで早く切り上げて帰ってきたんだよ!?」
せっかくキャスバルたちと過ごせると思ったのに、などと云うが、もちろん、それを回避するためのダークコロニー行きである。
「お前を遊ばせておく気はない。きりきり働け。ちょうど、ジョニー・ライデンがダークコロニーで研修に入るようだ、そちらと旧交を温めたらどうだ」
「ライトニングが……?」
微妙な面持ちだが、どうせ三ヶ月後にはキャスバルと同じ所属になるのだ。今は引き離しておくにしくはない。
暫くごねる様子をみせた後、“ガルマ”は溜息とともに頷いた。
「ちぇー………りょーかい。とりあえずは教官(仮)頑張ります」
「何だ、その(仮)と云うのは」
「ケリアン・ラウ少佐は、期間が過ぎたらさっさと帰れ、って云いそうだからね」
なるほど、そうだろう。
ケリアン・ラウには貧乏籤を引かせたところはある。
――まぁ、ほんの数ヶ月のことだ、許せ。
次の配属先はドズル直下だ、今までよりは被害も少ないだろう。
「わかったら、行け。すぐにだぞ」
「せっかく帰ってきたのに、ほとんどズムシティにいられないじゃないか、ケチ!!」
「何とでも」
“ガルマ”は少々文句を云っていたが、こちらが言を翻す気がないと見るや、敬礼ひとつして退出していった。
キャスバルが他部署回りをしたいる時で良かった、と思いながら、手許の書類に目を落とすと、扉が叩かれた。
「閣下、宜しいですか」
タチの声だ。珍しい、このようなノックの仕方をする男でもないと思っていたが。
「……入れ」
「失礼致します」
入室してきたところを見て、わかった。
タチはひとりではなく、随伴者があったのだ。そのものの前で迂闊なことはできぬので、それできちんとノックして入ってきたのだ――普段は、こちらの返答も待たずに入ってくるくせに。
「閣下、キャスバル中尉の同僚になる予定のものを連れて参りました。トール・A・フォルタ中尉です」
云われて、タチの後ろに控えるものを見やる。
ごく若い、なかなかハンサムな男だ。二十代前半だろうか、金髪碧眼だが、肌は健康的に焼けている。人工太陽でこのように焼けるとは思われぬので、わざと印象に残るように焼いているのかも知れない――漂白してしまえば、同一人物と思われぬように。
笑顔や声の使い方の端々に、誘惑するような気配。
若者は、軍靴の踵をかちりと合わせ、敬礼してきた。
「トール・A・フォルタ中尉です、キャスバル中尉、及びガルマ伍長の監視役を拝命致しました」
「“鳩”か」
「そうです」
答えたのはタチだった。
「なかなか優秀な男です。閣下のお役に立てるかと」
とは云うが、面持ちは微妙だ。どうも何かあるらしい。
「ふむ。――キャスバルは手強いぞ。ドズルを煩わせんようにな」
敢えて“ガルマ”の名を挙げなかったのは、伍長であるからにはフォルタ中尉には従わざるを得ないところがあるだろうから、それと、キャスバルと一緒になれば、暴走する可能性が高いのはキャスバルの方だと思われたからだ。“ガルマ”は、少なくとも作戦の遂行に関しては真剣だ――そのやり方に問題がある場合はあるにせよ。
「は、鋭意努めます」
「よく励め」
敬礼をしてフォルタ中尉は退出し、タチは残った。
フォルタ中尉の気配が遠くなるや、深い溜息がその口からこぼれる。
「大分難儀しているようだな?」
「えぇ、まぁ……優秀は優秀なんですがね……何と云うか、暴走しがちな男で」
元々ハニートラップ要員なんですよ、と云われ、腑に落ちる。いかにもな誘惑者のにおいは、そのせいかと。
「“ガルマ”やキャスバルにつけるのは、毒を以て毒を制す、と云うものか」
「そうあってくれれば良いと思っていますがね」
また溜息。
“ガルマ”の暴虐に慣れているはずのタチがこれとは、トール・A・フォルタと云う青年は、なかなか曲者のようではないか。
「“ガルマ”たちとそれほど変わらんのだろうに、優秀かつ暴れ馬で、よく中尉になれたな」
「いえ、フォルタ中尉はもうじき三十です。私の方が歳は近いですよ」
と云われて驚く。
流石に新卒の初々しさはないが、それでもかなり若いように思っていたのだが。
「そんな歳なのか」
「だから、ハニトラ要員なんですよ。皆、若僧だと思いこむので、特に年配の標的だと、あの生意気そうな感じも可愛く感じるようで」
「“そう云う”ハニートラップか」
「いえ、そこをベッドまで行かずに情報を抜いてくるので……だから、優秀ではあるんです」
優秀ではあるんですけれどね、と云う、タチは本当にげんなりしているようだ。
「なるほどな」
確かに、肉体関係も持たずに相手を落とすのなら。諜報員としてはとても優秀だろう。
しかし、“ガルマ”と合うかと云うと、限りなく怪しい、と云うよりも、はっきり対立しそうな気がする。
「ドズルの苦労が、今から察せられるな……」
“ガルマ”やキャスバル、そしてあのフォルタ中尉をまとめられそうな佐官をつけるしかないだろうが――さて。
――そう云えば、ジオニストの佐官があったな。
確か、ファム・ヴァン・ロン中佐と云ったか、ザビ家を歯牙にもかけぬ男だと、キシリアから聞いたように思う。そのくせドズルには親愛と云うか敬愛と云うか、好意的であるのだとも。
ファム中佐ならば、“ガルマ”の暴虐、キャスバルの傲慢にも、またフォルタ中尉の悪辣さにも対抗し得るのではないか。少なくとも、ザビ家だから、ダイクン家だからで忖度することはないだろう。
しかし、
――これは、異動させるならドズルの口から云わせた方が良いだろうな。
こちらはザビ家を体現するような男である、ファム中佐が唯々諾々と命令を聞くとも思われぬ。
――まぁ、そのあたりは、ドズルが巧く云うだろう。
“ガルマ”たちの上官の目星をつけると、気持ちが軽くなった。まぁ、下につく本人たちの感想が、どんなものになるかは知らないが。
「……何やら思いつかれました?」
タチが訊いてくる。
「“ガルマ”やフォルタ中尉の上官の人選をな」
なかなか良いのではないかと思うぞ、と云ってやると、返ってきたのは深い溜息だった。
「そうあれかしと思いますよ」
「まぁ、心配するな」
大丈夫なはずだ、多分。
そう云ってやるが、タチから返ってきたのは、やはり深い溜息でしかなかった。
ファム・ヴァン・ロン中佐の異動については、割合スムーズに決定した。
ドズルから内々に打診したのが良かったのだろう。弟大事なドズルが、“武人として育ててやってくれ”などと云ったのが、功を奏したらしい。
まぁ、“ガルマ”に武人も何もあったものではないが、キャスバルにとっては、ファム中佐のような、何も忖度しない上官を持つのは良いことであるように思えた。
“ガルマ”たちの件は、内示、そして発令までまだ間があるのでひとまず置くとして、次の“山”は、アルテイシアたちに約束したお茶だった。
案の定、アルテイシアが予約をした――手配したのは、ラル夫人となったクラウレ・ハモンらしい――のは、ズムシティでも五指に入る高級ホテルのラウンジの、アフタヌーンティーだった。アルテイシア、マリオン、ララァ、ミルシュカ、そしてアイナ・サハリンの五人を引率しろと云うわけだ。
紅茶はおかわり自由――もちろん、数種類の中から、どれをどのくらい飲んでも良い――、スコーン、数種の焼き菓子、ローストビーフやスモークサーモン、クリームチーズなどのサンドイッチなど、ハイティーではないが、そこそこに食べごたえのあるメニューである。
当然、そこそこに根が張るもので、アストリッド・キプロードンの件の意趣返しと云うか、そのようなものであるのは確実なことだった。
アストリッドのアフタヌーンティーにかけた額の三倍以上――しかもそこに、さらにサービス料などが加算される――だが、つまりはそれを選ぶほどにお怒りだと云うことだ。まぁ、主にアルテイシアが、と云うことだろうが。
ホテルのラウンジなので、スーツで来るように、但し軍服や、議会で着るようなものは禁止、と云うご下命もあった。多分ドレスコードがあるようなところだろうしと、議会に行くよりはくだけた、しかし例の“ガルマ”との“密会”の時よりはきちんとした、つまりはネクタイはするようなラインが良いと云うことだろう。お姫様方は、いろいろと注文をおつけになるものだ。
何やかんやで当日ホテルに出向く。
少女たちは既に揃っていて、その場だけ、花が咲いたように見えた。
アルテイシアは淡いブルーのワンピースで、いつもと違って後ろ髪を髪飾りでまとめているようだ。青系のストーンのついた、あれは多分“ガルマ”が贈ったものだろう。
マリオンも青系だが、こちらはもう少し深い色合いである。ロマンチックなアルテイシアの装いとは異なり、既にマニッシュな雰囲気であるのは、クラウレ・ハモンのセンスだろうか。マリオンの雰囲気によく似合っている。
ミルシュカは、幼さに見合った明るい色、オレンジ系のワンピースである。同系色の髪飾りで、少し背伸びしたようなまとめ髪にしている。
アイナ・サハリンは、アストライア、あるいはアルテイシアの差配なのか、サーモンピンクのワンピースだ。兄の傍に控えていた時とは違い、明るい笑顔を見せている。最年長として、ミルシュカたちを気遣う風だ。
そしてララァ・スン。黄色系のワンピースなのはいつもどおりだが、いつものエスニックな雰囲気ではなく、スクエアカットの、ウエストも絞ったものである。髪型も、いつもの簡単なシニヨンではなく、複雑に編み込みをして、その先をくるりと輪にして髪飾りで留めている。昔見た『赤毛のアン』のアニメのダイアナを思い出させるような。
と、アルテイシアに小突かれた。
「ギレン殿、何か一言あっても宜しいんじゃありません?」
女だな、と思う。
「皆、美しいな。花畑が広がっているのかと思った」
と云うと、アルテイシアとララァには不満そうな顔をされた。
が、未成年相手ならば、これくらいがせいぜいだろう。
少女たちを伴い、ラウンジに入る。
ここで、アルテイシアの企みがわかった。
人数が人数なので、テーブル二つになるのは想定内だったが、アルテイシアは、マリオンやミルシュカ、アイナを引き連れ、さっさと四人席に坐ってしまったのだ。残るは自分とララァ・スン、つまり、この二人でひとテーブルと云うことになる。
――やられた……!
予約を買って出たのも、半分はこのためだったに違いない。
ララァ・スンは、きらきらした、期待に満ちたまなざしでこちらを見ている。
仕方ない。毒を食らわば皿まで、とは、こう云うことを云うのだろうか。
にこりと笑うララァに微苦笑を返し、姫君にするように手を取ってエスコートする。履き慣れない、バックストラップの踵の高いサンダルの少女を支えるように。
少女はわずかに頬を染め、ウェイターの引いた椅子に腰掛けた。
アフタヌーンティーのコースは予め注文されていたらしく、ウェイターが差し出してきたのは、コースで提供されるドリンクのメニューだった。
「こちらがドリンクのメニューになります。お食事は順にお持ちしますが、スコーンはいかが致しましょうか。本日のスコーンは、プレーン、アールグレイ、ブルーベリー、ウォールナッツ、干しいちじくの中からお選び戴けます」
ララァか迷うように首を傾げ、こちらを見た。
「好きなものを頼めば良い」
「ギレンさんは何を選ぶの?」
「アールグレイと干しいちじくだな」
「美味しい?」
「私は好きだ。だが、気になるものを頼めば良い、私の分は味見させてやろう」
と云うと、ララァは目を輝かせて、ブルーベリーとウォールナッツのスコーンを頼んだ。
紅茶はキームンベースのキャラバンを、ララァはオレンジアールグレイを、まずはオーダーした。
「ギレンさんが、アールグレイが好きだから」
などと云う。
いじらしいのは確かだが、何と云うか、“女だな”と思ってしまう。好きだと思った相手に染まりたいと思うのか――まぁ、そのあたりは多少わからぬでもないが。
アルテイシアたちのテーブルを、目の端で見る。
マナーのわからぬミルシュカに、アルテイシアとアイナが二人がかりでレクチャーしているようだ。マリオンはと云えば、クラウレ・ハモンがある程度教えておいたのだろう。澄ました顔でアフタヌーンティーを堪能しているが、時折目が見開かれるのは、アルテイシアたちの豆知識に耳をそばだてているからか。
先に供されたサンドイッチや、マカロンやマドレーヌなどをつまみつつ紅茶を愉しんでいると、焼きたてのスコーンが、ジャムやクロテッドクリームとともに運ばれてきた。
「わぁ……!」
熱々のスコーンなど、ザビ邸でも時々出されているだろうに、ララァは嬉しそうに顔をほころばせた。
こちらの選んだスコーンも気になるようなので、少しずつ割って皿に載せてやると、やはりきらきらしたまなざしを向けてくる。こう云うところは、まだまだ子どもだと云うべきか、あるいは女子は幾つであっても甘いものには目がないのだと云うべきか。
「リーアで食べたのも、こんなのだった?」
「いや、ここまで豪華ではなかった」
何と云っても、“オルガ・イツカ”は“火星の建設現場で働く警備員”なのだ。このような高級ホテルに足を踏み入れるタイプではない。
「それに、あの時は他も一緒だったからな。こう云うところで、かれらの分まで持ってやるほど裕福ではなかった」
もちろん、“ギレン・ザビ”ではなく“オルガ・イツカ”が、であるが。
それを聞いたララァは、満足そうににこりと笑った。まったく、女と云うものは!
それからは、例によって例のごとく、とりとめのない話を語られる。行きはじめた学校のこと、アルテイシア同学年なので、それで一目置かれるようになったこと、普段の生活、アイナ・サハリンのこと。
「あのひと、名家の出だって聞いたけれど、私のお母さんみたいに溜息ついているの。アルテイシアがいつも心配しているわ」
「名家と云っても、サハリン家は没落しているのでな。その上、兄は自分の研究にしか興味のない男だ、それは溜息もつきたくなるだろうな」
「ギレンさんにすごく感謝してるっていってたわ。ただ、まだ何か心配ごとがあるみたいだけど――私たちには話してくれないの」
「なるほど?」
まぁ、あの兄である、素直に妹を解放するわけはないとは思っていた。多分アイナは、何がしかのミッションを兄から与えられているのだろう。
その内容は、あまり知りたくない――どうせ、関わらざるを得ないに決まってはいるのだろうが。
焼菓子やスコーン、その後供された生菓子――ガトー・オ・フロマージュ・クリュやガトー・オ・フレーズ、ザッハトルテなど数種の見本が銀盆に載せられていて、そこから選ぶと、新しいものが運ばれてくる――などを食べる頃には、かなり腹が膨れていた。その上、ティーポットも幾度か入れ替わっているから、それは腹もふくれようと云うものだ。
それでも甘いものは別腹なのか――しかし、今までで食べていたのも菓子類が主である――、ララァはタルト・オ・フレーズとガトー・ド・ボワの二種類を選んだ。こちらは若くはないので、クレームブリュレのみである。これもまた、味見したそうな顔だったので、スプーンを借りてひと掬い与えてやると、表情がぱあっと輝いた。本当にわかり易い。
ちらりと見やると、アルテイシアたちもどうやら満足したようだ。まぁ、あの様子では、今晩は夕食は抜いた方が良いだろう。
時間も良いし、そろそろ出るか、と思ったところで、ララァがもぞもぞしているのに気がついた。
いや、別にもよおしてきたようだと云う訳ではなく、正確に云うなら足を気にしている。慣れない靴を履いたので、靴ずれでもしたのだろうか。
とりあえず、手を上げてウェイターを呼ぶ。アルテイシアたちのテーブルも含めて会計をすると、その動きを察して少女たちは帰り支度をはじめた。
カードを切ってサインをし、立ち上がる。
ララァもおたおたと立ち上がるのを、横合いからすくい上げるように抱き上げた。
きゃあっと、アルテイシアとマリオンが声を上げる。
「ギ、ギレンさん!」
「靴ずれしているのだろう」
と云いながらくるぶし近くを見ると、やはり擦れて赤くなっていた。もしかすると、水ぶくれができているか、それが潰れているのかも知れない。
「え、えぇ、でも」
「立つのも辛いだろう、遠慮するな」
こう云う時に相手が気づいてくれないと、恨めしい気分になるものだ。
幸い、こちらは体格も良く鍛錬も過去それなりにしており、腕力もある。そして成長途中の少女の身体はそこまで重くもないものだ。気絶しているわけでもないので、きちんと抱きかかえられていてくれるのだし。
“お姫様抱っこ”と云うよりは、幼い子どもを抱えるような格好に近いが、まぁそこは仕方あるまい。
とりあえず、ホテルの中のショップのひとつで、少女がいつも穿いているようなサンダル――草履に似たようなかたちの、トングサンダルと云うもの――を買い与えてやる。手触りの良い革でできたものである。
「そんな高いの……」
ララァ・スンは、その値札を見て尻ごみしていたが、歩けない方が問題であるし、高級ホテルのショップにそうリーズナブルなものは置いていない。
「まぁ、普段に履くと良い。それなりには丈夫なはずだ」
少なくとも、雑貨屋で買うようなサンダルのように、すぐに壊れたりはしないだろう。
履いてきた方のサンダルを包ませ、少女に持たせる。
「歩けるか」
「……大丈夫」
今日の装いとは多少ちぐはぐだが、まぁあり得ないほどでもない。
「ありがとう、ギレンさん」
はにかむように云う背中を押して、アルテイシアたちと一緒の車に乗せる。
車が走り出すのを見送って、迎えにきたデラーズの車に乗りこんだ。
しかして。
ギニアス・サハリンの“企み”を知ったのは、その翌週のことだった。
アルテイシアから、深刻な声で連絡があったのだ。
〈アイナが困っているようなの。あのひとのお兄さんが、無理難題を云ってきているみたいで〉
私も同席するので、一度話をきいていただかないかしら、と云う。
アルテイシアが同席するのはララァ対応だろうな、と思いながら承諾すると、
「すぐに伺って宜しいかしら」
と云われる。
流石に軍内部で少女たちと面談しようとは思われないので、仕事後に“実家”で会うことにした。軍本部にはギニアス・サハリンもいることだし、見つかればいろいろ厄介である。
“父”がいないことを確認して――そのあたりは、アルテイシアが考慮してくれたようだ――、ザビ邸に戻る。
“ガルマ”のことがあるからかどうか、メイドたちの反応は微妙だったが、どうせ泊まる気もないのだ、話さえ済めば帰るので構うまい。
コンサバトリーにティーセットや菓子を持ちこむと、
「早速ですけれど」
とアルテイシアが切り出してきた。
アイナ・サハリンはと云うと、指を組んで、唇を噛みしめている。
「まぁ待て、まずは茶を一杯」
流石に、一息つきもせずに本題、と云うのはどうかと思う。これが慶事の相談ならともかくとして、アイナの表情を見るだに、とてもそうは思われぬ。
アルテイシアにしても、茶でも飲んで、少し肩の力を抜くべきだ。
しかし、茶を飲んだ後も、アイナ・サハリンの顔色はすぐれなかった。
「閣下……」
組んだ指を揉むようにして、こちらを見るまなざしは苦悶に満ちていた。
「申し訳ございません、閣下――兄が……兄がその、私に、閣下を誘惑しろと……」
カップを置いた後で、本当に良かった。口でもつけていようものなら、間違いなく茶を吹き出していただろう。
「誘惑、とは」
思わず問い返すと、アイナは気まずそうに視線をアルテイシアに投げ、それからゆっくりと頷いた。
「えぇ、その――ご想像のとおりです。閣下を“そのような意味”で誘惑できれば、アプサラスの研究費の増額も容易だと、兄は考えているようなのです」
「馬鹿々々しい」
溜息が出る。
「私が、そんなことで動く人間だと思っているのか、あの男は。他人を舐めるにもほどがあるな」
「も、申し訳ございません……」
アイナは小さくなるが、この娘には非はないのだ。謝罪すべきは、間違いなく兄の方である。
釘を刺しておくべきか――しかし、それで聞くようなら、このような馬鹿々々しい指令など出さぬだろう。
さて、本当にどうしたものか。
「しかしまぁ……何をどうしたら、成人前の自分の妹に、倍以上の年齢の男を誘惑してこいと云い出すことになるのだ……」
よく考えなくても犯罪だ――いや、敢えて犯罪になるようにもっていって、逮捕でもさせるつもりなのかとも考えられる。それはそれで、どうだとしか思えないのではあるが。
さて、しかしこれはどうしたものか。
「――とりあえず、やっている体を装ってはどうか」
投げやりな提案だが、これくらいしか思いつくことがなかった。
案の定、
「はぁ!?」
とアルテイシアが目を剥いた。
「これを放置なさるんですか、ギレン殿! これは、家族であっても許し難い事態ですよ!!」
とは云うが、
「しかし、云って聞くような男では、ギニアス・サハリンはないぞ」
そもそも聞くような男なら、アイナをこちらによこす以前に、少なくとも妹を使い潰すようなことはしないだろう。金を積んで、渋々解放するような人間である、
「どうせ、ザビ邸の人間で、ギニアスに情報を流すようなものなどあるまい。そうだな、お前が他の子どもたちと一緒に、“お泊り会”に参加すれば良い。私の部屋に入ったと云えば、あの男も多少は信じるのではないか」
「それは雑なんじゃありませんこと?」
アルテイシアは云うが、
「何もないよりは信憑性が出るだろう」
当分は、やっている感が出れば良いのだ。
元々、こちらはゲイセクシュアル疑惑もある。セシリア・アイリーンを追い出した時から、それはもう、あることないこと書かれているのだ。まぁそのお蔭で、先日の少女たちとの“お出かけ”は、父親と娘たちのような、微笑ましい光景扱いで良かった――ララァ・スンは不満気だった――のだが。
「お前の云うようが正しければ、たとえ真実を知ったとしても、ノリス・パッカード大佐はギニアスにそれを告げはするまい? ならば、ギニアスにがたがた云わせんためにも、ふりだけでもしてみるのはどうだ」
「でも……」
アイナは逡巡する風だった。
「宜しいのですか、私がお泊り会に参加して」
云われてアルテイシアを見やると、肩をすくめられた。
「問題ない、とは云えませんけれど……ゾルタンは大丈夫でしょう、ミルシュカが懐いていますから。フロルも、マリオンと仲が良いから平気だと思います。心配なのはアムロですけれど、ゾルタンとフロルが平気なら、そのうち慣れてくると思います」
「そうか。ならば大きな問題はないな」
女子たちは、先日の“お出かけ”の様子を見ても、それなりにうまくやれているようだったが、男の子の方は意外に繊細――まぁ、ニュータイプと云うのは、そう云うところがあるようだ――なようだから、どうなることかと危ぶんでいたのだ。
が、女主人たるアルテイシアが云うのならば間違いあるまい。はじめはぎこちなくとも、そのうち馴染んでいくだろう。
そう云えば、
「シロッコはどうなのだ。一番年齢も近そうだが」
と云うと、アイナは微妙な表情になり、アルテイシアはまた肩をすくめた。
「パプテマスは、いつも“ああ云う”調子ですもの。アイナが加わったって、気にもしませんわ」
「そんなものか」
意外に気にしそうな気もしたのだが――しかし確かに、“お泊り会”でも書斎にいることの方が多いので、気になるようならそちらにこもりきりになるだけか。
「では、問題ないと云うことで良いな。実際の差配はあなたに任せよう」
「ありがとうございます」
「……本当に宜しいのですか」
アイナは、まだ不安そうな面持ちだった。
「心配なさらないで」
微笑んで答えたのは、アルテイシアだった。
「ギレン殿が決められたことですもの。それに、私も――私たちがあなたを守るわ。どうそ安心なさって頂戴」
「アルテイシア様……」
「様、なんて。どうぞアルテイシアと呼んで下さいな」
「――はい、アルテイシア」
と云う姿は、どちらが歳上かわからないくらいだ。
「まぁ、そうだな、ザビ邸にいる限り、ギニアスは襲撃できんだろうしな。心安くいれば良いさ」
「ありがとうございます」
これで大体話はついたので、コンサバトリーを出る。
ララァ・スンが、やきもきした顔で待っていたが、その頭をひと撫でして、ザビ邸を後にする。
ララァにもアルテイシアにも、一緒に食事をしていけば良いのに、と云われたが、そうしているうちに“父”が帰ってこようものなら大変なことになる。
実際、ドズルと婚約者のゼナ・ミアが帰ってきもしたし、油断はできない。
やはり引き止めてくるドズルたちにも礼だけ云って、自分の部屋に戻った。ありもの――パスタやレトルト、乾きものならそこそこある――と軽めのアルコールを摂って、この日は早々に寝た。
翌日、昇進の決まったランバ・ラルが執務室にやってきた。
「どうした、ラル大佐、いや、もう准将か」
少し冷やかすように云ってやると、渋い顔が返ってきた。
「お前らにハメられたな。責任ばかり重くなって……」
キャスバルの敬礼を受けながら、そんな風に文句を云うが、
「何を云う、お前の部下たちは喜んでいるだろう」
何しろ准将、将官である。無論、上官が出世したからと云って、かれらの位階などが即上がるわけではなかろうが、いずれは、と云う高揚感はあるはずだ。実際昇進するものもあるのだろうし。
「このままだと、タチ・オハラに抜かされる可能性もあったからな。まぁ、クラウレも喜んでくれたし、それは良いんだが」
「それなら構わんだろう」
「まぁな。しかし、問題はガルシア・ロメオだぞ」
ラルは声をひそめて云った。
「あいつがおとなしく従うか? 第一、ガルマはどうする」
その言葉に、キャスバルがぴくりと反応した。
このまま、ここでしていい話ではない。
「――キャスバル中尉」
「は」
「すまんが、この書類をサスロに届けてくれ。今日は確か、議会の委員会に出席しているはずだ」
そう云ってやると、明らかに不満げな顔になったが、しかしもちろん逆らえるわけもなかった。
「は、では」
敬礼し、書類を抱えて退出する。
それを見送ったラルが、
「あからさまに追い出したな。何かあるのか」
と訊いてきた。
「あると云うかな――実は、“ガルマ”をダークコロニーへやっている」
「またか! 今度は何だ」
「あれをドズルの下につけるだろう、それまでの穴埋めのようなものだ。野放しにしておくと、当人も何をやらかすかわからんし、何よりキャスバルがな」
「あぁ……」
渋い顔で頷かれる。
「確かにな。それで、今度はどうする気だ? ドズル中将の下につけると云っても、あいつはまだ伍長だろう。キャスバルも中尉だ、あの二人を直下に、とはいかないんじゃないのか」
「それだがな、ファム・ヴァン・ロン中佐の下につけることにした。あの男なら、ザビ家のダイクン家のに振り回されることもあるまい」
「確かにそうだがな……何と云うか、狼の群れに虎を放つみたいな人事だな」
「どう云う意味だ」
「殺し合いになりそうだと云うんだ」
「そうか? だが、本当にいい加減、キャスバルは自重をおぼえるべきだと思うし、組織内での振るまいを身につけるべきだとも思う。そのためには、甘えが出るわれわれ“身内”や、忖度するような輩以外を、あれの上官につけるべきだ」
リノ・フェルナンデスたちは、リヒテン・ノビルの“修正”によって多少意識を変えたようだが、キャスバルについては従順なふりも今ひとつである。このあたりで所謂“軍隊式”を叩きこんでおかなくては、本当の戦時に何をやらかすか知れたものではない。そうしてそうなれば、ダイクンの子と雖も粛正の対象にもなりかねない――余裕がなければ、あらゆる突出したものは切り捨てられてしまう。
キャスバルは、ファム・ヴァン・ロンに、軍での振るまいを教わるべきだ。それは残念ながら、自分やランバ・ラル、そしてもちろんドズルにもできないことである。
ランバ・ラルは溜息をついた。
「まぁ、お前の云うようはわからんでもない。確かにキャスバルは問題だからな」
「そうだろう」
「だがな、お前、連邦との戦い云々と云っていたろう。それを、ファム中佐で乗り切らせるつもりか?」
あいつは、ガルマたちの好き勝手は許さんだろう、と云う。
「流石に、開戦したら変更する」
臨機応変が必要であるのに、それができないでは意味はない。
が、
「しかし、その前に軍の規律を叩きこんでおかなくては、“ガルマ”はともかく、あれのまわりは使いものにならなくなるぞ」
開戦後に、例の“暁の蜂起”組を“ガルマ”まわりに集めたとして、そこでも勝ちを収めれば、かれらの増長は限りないものになるだろう。それでは、戦いに勝ったとしても、いずれかれらを軍から放逐せざるを得ないことになるだろう。
そこはそれでも良いが、しかし、放逐した輩を他に――特に連邦軍に――引き抜かれるなら、それはそれで拙いことになる。無駄に優秀な連中であるからだ。
だからこそ、開戦前の今のうちに、軍紀を叩きこんでおくべきだと考えるのだ。
「うむ、まぁ、そのあたりはいろいろ聞いているが」
「私とて、永遠にファム中佐に任せようとは考えておらんよ。ただ、キャスバルたちのことを考えるとな……」
「確かに、悩ましいところだな」
軍の今後を考えれば、開戦前に馴化させておかねばなるまい。
「まさか、獣の群れを抱えることになろうとはな」
「戦時にはそれでも良いが、平時には従順な“犬”であってもらわねば困る。そのための差配だ」
「まぁ、ガルマに感染しても、身の処し方を知ると知らんとでは、いろいろ違ってくるからな」
「はは」
“感染”か。ラルも段々わかってきたようだ。
「まったくだ。つまりは、キャスバルたちが軍を退いた後も、かれらが何とか軍に残れるよう教育してやりたい。私のやるのは、そう云うことだ」
「なるほどな、そこまで云うなら、俺はもう口出しせんぞ」
ラルはにっと笑った。
「まぁ、ファム・ヴァン・ロンの奴も、ちっとはキャスバルたちに振り回されてみれば良いんだ。そうしたら、奴もジオニズムがどうのとばかりは云っていられんだろうからな」
「それで、ファム中佐がノイローゼにでもならんことを祈る」
「そんな奴が、中佐になぞなれるものか。お前の差配がうまくはまることを願ってるぞ」
そう云うと、ランバ・ラルは大きく笑って帰っていった。