ムンゾ…いや、もうジオン共和国って呼んだほうが良いのかな。
正式な変更は2年後だけど、市民は早くもそう認識してるみたい。手紙の類は“ジオン共和国”で出しても、送れるし届くそうな。
連邦からの独立って訳じゃないはずなのに、“自治”って言葉が消えたことが余程に嬉しいのか、連日お祭り騒ぎらしい。すべて伝聞なのは、おれがダークコロニーから帰れてないからだ。
おかしいな。休日はあるはずなのに。
「訓練だ!」
「訓練! 訓練を!!」
――ねぇ。訓練って中毒性があったの?
パストール・フリアンをはじめ、選抜メンバーが口々に訓練をと訴えてくる。
「……本日、本官はお休みなんですけどー?」
「特別訓練を! 先週はしてくれたじゃないですか!」
――だから今週は休ませろよ。
ジト目で見やる先。
「ほら、頑張れよガルマ、ラル准将も応援してるぞ!」
「そうだそうだ」
囃し立ててくるのは、出世して将官になったランバ・ラルの部下達と、古参の曹長――デニムって言ってた。
彼らもMSパイロット適正有りってことで送り込まれて来たわけだが、顔見知りなのもあって――というか数人はおれとキャスバルの子供の頃を知ってるから――気安いったらないね。
当時は「ガルマ様」って呼んでた連中も、今じゃ呼び捨て。みんな歳上だし階級も上だからさ。
それでも帰宅すると「ガルマ様」に戻るこの不思議よ。
ともあれ。
「みんなメジャナ中尉に扱かれた後じゃないですか。まずは休憩しましょ」
鬼教官にビシバシやられてるってのに、なんでそんなに元気あまってんの。
「その後に訓練だな!」
「15分だ!」
「……一時間とります」
「そんなにか!?」
「昼ご飯食べたいです」
生憎、寝食犠牲にするタイプじゃないんだ。
「直ぐに摂るんだ!」
せわしいなぁ、もう。
「第4シュミレーションルームに集合しててください」
「了解した!」
即時にぞろぞろ移動してくけど、一時間後だからね。
食堂に行きがてら、発見したライトニングとレッド・グレイヴ大尉をひっ捕まえる。
最近このふたりはもっぱら助手扱いなんだよね。
「一緒に昼を摂りましょう。その後、特別訓練に付き合ってください」
絶対に逃さんから。
やや開き気味の瞳孔を向ければ、ライトニングがやれやれと肩を竦めた。
「またかよ。今日は休みじゃねぇのか?」
「休みだよ! 休日! 公休日!」
なんで働かなきゃなんないのさ。
レッドグレイヴが鼻で笑う。
「熱心な事だな」
「……みんながね」
もちろん悪いことじゃない。鍛えれば鍛えるだけ、彼らは、熱されて打たれた鉄みたいに強さを増していくから。
基本的なカリキュラムは、今までと同じようにビリー・メジャナ中尉達で行ってる。
おれが請け負ってるのは、そのちょこっと先。“黒い三連星”やロバート大佐達から教わったことを伝えてるだけなんだよ。
何事も、最初が一番難しい。だから前人未到なんて言葉があるんだし。だけど人間は模倣する生き物だろ。
誰かが難関を突破すれば、それはノウハウとなって、後進を助けてくれるんだ。
幸いにも、おれたちの前には、最高のテストパイロットたちがいた。加えて、目の前にはライトニングとレッドグレイヴっていう、すこぶるつきのお手本も居るんだ。
全てを模倣することはできなくても、できるところは真似して、自分に合うようにアレンジして身につけるだけでも、地力は相当底上げされる。
訓練生達の動きを実際に見て、何が得意なのかを探ったら、いくつかの課題を出す。クリアできたら褒め称えて、また次を。
先の課題をクリアしたまま、次の課題もクリアできたらまたその次、出来なかったら相応の対策を考える。この繰り返し。
そんなに難しいことはしてない――こなす方は必死だけどさ。
最大限のベストをキープさせ続けて、それを常態にするってのは定石だろ。
あとは潰さないように個々を管理する。奴らはやる気が有りすぎるから、ケツを叩いてやらせる方向じゃなくて、尻尾を引っ張って走り過ぎないようにさせる感じ。
――なぜそんなにも走りたいんだ、前世は競走馬かなにかだったの?
「化けんのが楽しいんだろうぜ」
昼飯をかっこむ隣で、さらに大盛りの飯をかっこんでたライトニングが小さく笑った。
「士官学校でもそうだっただろう。お前らに付いていけば、昨日出来なかったことが、今日はできるようになってるんだ。まるで別の生き物に生まれ変わるみたいにな。今も同じだ。楽しくねぇはずがねぇんだよ。ちなみに俺もHit and Awayの精度とスピードが上がった!」
それだよ。
もともと速いのに、まさに爆速。ニケと競っていただきたい。そろそろ3倍速超えてんじゃないの?
イアン先輩とアルフ先輩も加えると、“赤い彗星”級が既に四人爆誕してるんだが。
「ライトニングはそろそろ“Lightning Emperor(雷帝)”に進化しつつあるよね」
「なんだそりゃ」
「レッドグレイヴ大尉は、獲物を墜とすまでの時間が確実に短く………ゔゔぅ“〜なんで僕ばっかり墜とすの!」
「一番いい的だからだな」
なにをシレッと答えやがるかな。
いつの間にメシを食い終わっていたのか、不味いコーヒー(劇物)に眉を寄せているレッドグレイヴを睨む。
「Lad den være forbandet ! Harold den stive!!(呪われてあれ! 剛腕のハロルド!!)」
「どこの言葉だ?」
罵られていることだけは分かると、レッドグレイヴが顔を顰めた。
「……さぁ」
「ハロルドってなんだ?」
「伝説の“大鴉”を撃ち落として呪われた剛弓の狩人だよ」
ライトニングの質問には回答。
「君は、姫君になったり鴉になったり忙しいな」
「姫君は誤解です」
そのネタいい加減に忘れてよ。
「ほう? 食べ終わったのなら、シュミレーションルームへ移動するか。皆が首を長くして待っているだろうからな」
「……ですね」
ふぅ、と溜め息。
さぁて。今日はどこまで研ぎ上げようかね。
シミュレーションで勘所を押さえさせてから、MWで拠点近くの宙域に移動。
良い感じにドンパチ模擬戦をしているときだった。
総毛立つような怖気が走って、危機察知アンテナがサイレンを。
「『総員警戒態勢!』」
――なんだ? なにがくる??
最近、こんなんばっかり。ろくなこと無いんだよな。
“意識”を広げる。ダークコロニーが、よもや連邦や海賊どもに嗅ぎつけられたなんてことはあるまいに。
「『ライトニングは迎撃準備、パストールとガバラ、カワハヤは支援を。レッドグレイヴは狙撃用意。デニムはジーンとスレンダーを指揮してレッドグレイヴに闖入者を寄せないで。アコース、ギーン、イリューシン、僕の前へ』」
一息で指示を言い切る。
“了”の返答とともに、一糸乱れぬ動きで全員が配置についた。2週間足らずとは思えないほどに練れた動きだった。
〈ガルマ、もう少し下がっていろ〉
〈お前になにかあっちゃラル准将に顔向けできねぇからな!〉
〈前に出んじゃねぇぞ!〉
アコース達は、もともとランバ・ラルの配下だからか、すすんで護ってくれようとするんだよね。
でも、反対に訓練中に彼らに何かあったら、ランバに顔向けできないのはおれの方だからな。
――さぁて、なにものだ?
このときになって、センサーが拾ったのは――ザクⅡ……?
でも識別コードが訓練機に一致しない。
――“外”から来た……?
この機密だらけのコロニーにか。
次の瞬間、視覚センサーに飛び込んでしたのはクリームイエローの――なんかカスタマイズされてるんだが――パーソナルマークは……あれ、似たようなの見たことある気がする?
――んんん?
なんだろ。嫌な予感しかしないんだけど。
「『停止しなさい。訓練中です』」
一応呼びかけてみるものの、聞く耳持たない感じ。ギュンギュン来やがるね。
「『……こちらガルマ・ガルマ伍長。未確認のザクⅡが突っ込んで来ます。パーソナルカラーはクリームイエロー。識別コードを送信』」
基地に報告を。アチラさんでもザワついてるから、直ぐに誰か駆けつけてくれるだろ。
「『止まりなさい』」
再度警告。
「『これ以上は敵対行為と見做し反撃します、止まりなさい…ッ、散開!』」
ふぉう、なんで突っ込んで来やがるかな。しかも得物振りかぶって――巨大なハンマー。
敵なの? ねぇほんとに敵なの??
一斉に距離を取るけど、やだー、しっかり追尾してきやがるし。
〈ガルマ!〉
アコースが叫んだ。
狙いはおれかよ。
全く躊躇いの無い勢いでハンマーが振られる。当たればMWの装甲なんかひとたまりもない。
――当たれば、ね。
躱す、躱す、逃げる、躱す、躱す。ん。我ながら回避力が上がってる。
レッドグレイヴやイアン先輩達に日々追い回されてるんだ。これくらい振り切れないわけないだろ。
味方の包囲網の中に誘い込んで。
「『ライトニング、攻撃を許可する』」
ヤッチマイナー。
〈っしゃあ!〉
MWとは思えない機動でライトニングの攻撃が――凄え。性能に勝る敵機(仮)を圧倒する勢いだよ。
そしてすぐに離れる、瞬間に今度はパストールが、そしてカワハヤとガバラが波状攻撃を仕掛けた。
んー。硬いな。あのシールド何で出来てるの?
「『アコース、ギーン、イリューシンも加わって』」
〈了解!〉
ん、いい連携。訓練の成果が確実に出てる。
乱入者が反撃しようとしても、さらに別の機体に邪魔されるし、こっちを追うことも出来ずにいる。
だけど訓練機が装備してるのは模擬弾に過ぎないから、実弾装填してるらしきザクⅡ相手には分が悪いんだよな。パワーも段違いだし。
「レッドグレイヴ、センサーを狙…ってましたね」
言う前から放たれた弾が視覚センサーをはじめ、各種のディテクターを潰していく。
模擬弾でも直撃すればそれなりに破損する。
――……うわぁ。
あの小さい的をいともたやすく撃ち抜く腕なら、そりゃおれだって毎回墜とされるよね、なんて。
さて、敵(仮)さんはどうよ? ニュータイプでもなけりゃ、これで目隠しに耳栓までされたみたいでしょ。
動きを鈍らせたMSなら、MWでも制圧は難くない。
なにより多勢に無勢。一機だけじゃどうにもできないさ。
動きを鈍らせたザクⅡを捕獲したところで、通信が来た。
〈墜とすな! 墜とすんじゃないぞ! いま回収に向かっている!!〉
ラウ少佐か。そんなに慌ててどうしたの?
「『捕獲しただけです』」
〈相手はバーバラ・ シャノン・ウッドヴィル少佐だ!〉
――………って、これの中身、ウッドヴィル家の“ご令嬢”なの!?
瞬間に背筋を走ったのは戦慄だった。
「『なんで居るの!??』」
〈貴方に会いによ、ガルマ・ザビ。Mon cher et tendre. J'ai hâte de voir ta tête.(わたくしの可愛い人、早くお顔を見せてちょうだい)〉
いままで沈黙してた機体から、鈴を鳴らしたような可憐な声で通信が。
その直後、おれの喉から迸った叫びを、後日、レッドグレイヴは、暴漢に襲われた乙女の悲鳴に喩えてくれやがった。
バーバラ・シャノン・ウッドヴィルは、ムンゾ屈指の名家の一人娘だ。
父親は、確かムンゾ議会の議長とも昵懇の間柄で、デギンパパともそれなりの交流があったはず。
跡取り娘だってのに、何をとち狂ったか軍に入隊して、生家の力もあって早々に少佐に昇進したんだよ――羨ましいことに。
「ガルマ!」
ダークコロニーの格納庫に牽引されたザク II から、華奢な影が一つ飛び出してきた。
クリームイエローのパイロットスーツ。ヘルメットを脱ぎ去れば、長い金糸の髪がたゆたった。
輝かんばかりの微笑み。
だけど、それに笑み返したりはしないからね。
「レディ・ウッドヴィル、どういうおつもりですか?」
唇を割った声は厳しかった。
「嫌だわ、怖いお顔。久しぶりなのにひどいわ。それに、バービーってお呼びになってって、いつも言ってるじゃないの」
バーバラは、白い指先を唇に当てて上目に見てきた。
人形のように整った造作。透き通るかに滑らかな肌。菫を思わせる深い紫の瞳は、澄んだ光を浮かべている。
すこぶるつきの美人だけど、これで問題の多い人物なんだ。
なにせ社交界に出禁だからな。
二つ名は“バトル・バービー”、“ムンゾの雌虎”、“血濡れのアマゾーヌ”、“レディ・バーサーカー”等々。美しい外見からは想像も出来ないほど凶暴なんだよ。
「訓練中に乱入するなど、事故を引き起こしてもおかしくなかったのですよ。どうかご自重ください」
ほんとにさ、練度の高い奴らだったから凌げたけど、訓練したての新兵だったら、ザク II のパワーに機体を破損させて、下手すりゃ大惨事だ。
「でもあなたなら平気でしょう。現に問題なかったわ。最新装備でカスタムしてたのに堕とされたもの」
「そういう問題では…」
「やっぱり強いわね。素晴らしい指揮だったわ」
かぶせ気味に言われて、ずいと顔を近づけられる。
「あなたとわたくしの子なら、とても強い子になると…」
「思いません」
きっぱりと。最後まで言わすものか。
「以前にも申し上げておりますが、僕にはアルテイシアという婚約者がおります。そのようなお話は…」
「大丈夫。わたくしは心の広い女よ。そんなこと気にしませんわ」
「僕が気にします」
「まあ、矢車菊のように繊細な方ね」
「矢車菊は繊細じゃありません」
麦の天敵ぞ。蔓延れば麦畑が壊滅するほどの。
「あら、そうなの? 博識ね。ますます素敵」
プリンセス・ローラがここにも居るんだが。
「どうしてそんなに僕にこだわるんです、あなたの好きな強い男なら、他にもいっぱいいるでしょう。あの辺とかも」
と、指を差す先に、ライトニングとレッドグレイヴたちが。ほーら、良い男たちがあそこにいるよー。
だけど、ちらりと視線を走らせたバーバラ・シャノン・ウッドヴィル・ローラ姫は、眉を寄せて首を振った。
「わたくしにも好みがありますわ。……だって、あんなに本気で投げ飛ばされたことなんてなかったんですもの」
って、それ頬を染めるような内容か?
ライトニング達がギョッとしたような顔でこっちを見るけどさ。
「お言葉ですが、子供達を引率中に、突然飛び蹴りをかまされたら投げます」
連邦からの刺客か、野獣の急襲かと思ったんだよ。まさかうら若き女性だったとは。
子供らにせがまれてホテルのプールに遊びに来てた時だった。プールサイドでいきなり襲われたから、力の限り投げ飛ばしたんだ。
派手な水飛沫と子供らの悲鳴が上がる中、ずぶ濡れで、眼をギラギラさせてこっちを見てくる様は、まさに“妖怪磯女”だった。
ミルシュカなんて泣き叫んだんだぞ。あの子らのトラウマになってたらどうしてくれるの。
「鋭い目つきが素敵でしたわ」
「だからって更に襲いかかってくるのはどうかと」
めちゃくちゃ戦闘になった。
必死に子供達を逃がしていたら、なぜか“ギレン”も逃げてってた。
後で知ったことだけど、彼女と“ギレン”との顔合わせの際のハプニングだったらしい。
「何がどうして、“ギレン兄様”とのお見合いの席で、僕がターゲットになったんですか」
「運命かしら」
「ありません」
そんな遣り取りのあと、バーバラ・シャノン・ウッドヴィル・ローラ姫・磯女は、すっ飛んで来たラウ少佐とその仲間たちにしょっ引かれて行った。
あぁ……こわかったー。
✜ ✜ ✜
ガルシアのところに放り込まれてたのが、およそ2ヶ月。
ダークコロニーに再び押し込まれてから、さらに2ヶ月近くになる――ってことは、8週間近く皆から引き剥がされてるってことだ。
――おのれ“ギレン”め。
なぜこんな仕打ちをGentagelse?
とは言え、ここには士官学校の同期や先輩達も送り込まれてくるから、旧交は温め放題。さり気なく同期たちに、「キャスバルがヤンチャすると、僕がいつまでたっても帰れないから、あんまり我儘言わせないでね。言っても聞いちゃダメ!」ってお願い(指示)したところ、“暁の勇士たち”の各方面での評価が短期間で爆上がりした。
ちょっと大人しくなっただけでコレである。
――……ほんとーになにやっちゃってたのさ、キャスバル!??
帰ったら小一時間問い詰めなきゃならん案件だよね。
それはそれとして、目下の課題は訓練生達の練度を上げることである。
今以上に訓練環境を整えるべくラウ少佐に相談したら、ドズル兄貴を飛び越えて、直接“ギレン”に言えと返ってきた。
直通回線までお膳立てしてくれる辺り、これ、あわよくば整えたいって腹が透けて見えるよね。でも、無理言って叱責は受けたくないって。
待つこと十数分。モニターに“ギレン”が映った。
あいも変わらず艱険たる眉間。なんで話す前から青筋浮いてんだろうね?
「お久しぶりです、“ギレン兄様”。ボロボロにしても良い巡洋艦ちょうだい」
〈……あると思うのか?〉
「じゃあ、海賊狩りに行ってきて良い?」
〈……良いと思うのか?〉
「訓練に必要なんだよ。頼むよー。対モビルスーツ戦の練度は上がってるけど、メインは戦艦! いきなり実戦で勘掴めとか鬼だろー? メガ粒子砲の攻撃範囲とか、掃射のタイミングとか、いまのシミュレーションだけじゃ身につかんからさー。ねーねーねー」
“ギレン”は眉間を抑えて、蒸気機関車みたいな溜め息をついた。
なんでさ。溜め息つきたいの、こっちなんだけど。
「だって、おれをここに放り込んだの、モビルスーツパイロットの練度を上げるためだろ? ジオン軍の強化に必要だから」
ミノフスキー粒子散布によりセンサーを封じられるだろう戦艦は、超長距離砲撃によるイニシアティブを失う。
だからこそ、近接戦闘に特化したMS部隊こそが主戦力になる。それを繰るパイロットの腕次第で、戦局さえ左右しかねないんだ。
「………確かに、そう云う面もあるな」
言い募っても、“ギレン”はまだ眉間を揉んでいる――そんなことしても、もう峡谷は浅くならんと思うけどな。
「ねぇ、“ギレン”。訓練で艦が一隻ボロボロになるのと、モビルスーツパイロットが百単位で墜とされるのと、どっちを取るかなんて明白じゃないの?」
〈どこで訓練するつもりだ〉
「デブリ帯で。掃海にかこつけてやるよ。MWでさ。そしたら連邦にも見つからずに済むだろ」
良さそうな座標も見つけてあるんだ。
それなのに。
〈駄目だ〉
「なんでさ!?」
なんで反対するの、“ギレン”。
〈無駄にできる艦など無い〉
無駄にするんじゃない。兵を鍛えるのに使うんだ。使い捨てにするつもりもない。実弾を使用する訳でなし――だけど、訓練で使えばどうしたって損傷する可能性があるってだけ。
「一隻ケチって何人死なせるつもりだよ!」
〈訓練で身につくところなど高が知れている〉
「その“高が”でも確実に生還率があがるんだよ!」
唸り声が喉から零れた。
できるだけ失くしたくないんだ――あいつらは、きっと命も惜しまずに突っ込んでいくから。
「……自軍を削りたいの?」
〈そんな訳があるか〉
「たったら、十全に研ぎ上げさせろよ。それだって折れる刃はあるだろうけど、鈍らを叩きつけるより遥かにマシだ」
――ねぇ、連邦軍舐めてる訳じゃないよね?
地上に降りてた頃、連邦軍の、その規模の一部に触れてさえ戦慄した。一つのサイドで挑んで勝てるような相手じゃ無いんだよ。
ガンダムが無くたって、奴らは強大だ。
そもそも、ガンダムが一機あったから連邦が勝ったって訳じゃない。戦争の一部分を切り取って語られた物語があれだっただけ。
コロニー同盟があって、ようやく相対できる“敵”――そうであっても、なお武力は足りてないってのに。
〈我々は兵力を蓄えた。同盟も整えた。お前がかつて言ったように、月さえも抑えてある。そうやって闇雲に敵を恐れるのはやめろ〉
「――……闇雲?」
なに言っちゃってんのさ、“ギレン”。
「本気? 兵力が足りてるって? 同盟は万全だって?? そんなの、覆そうと思えば、100も200も手はあるんだよ!!」
奴らがそれをしないだなんて、どうして信じられるの?
いまこのときも世界は薄氷のようで、足元は常に危うい。
時々思うんだ。
いっそコロニーを落としてやろうかって。
地球なんて重力の発生装置として存在すればいい――その後で、聖域でも何にでもなればいい。
いつかの世界線よりもっと、もっと壊し尽くしてやったら――……。
息苦しさを覚えて肩で息をする。
やばい。“剥離”しそう――発作みたい――最近多いな。
“ガルマ・ザビ”でいたいのに、“ノイズ”が邪魔してくるんだ。
〈落ち着け…………お前のような“悪知恵”を持つものが、そうそう居てたまるものか〉
「……おれを賢いなんて思ったこと無いくせに」
いつも馬鹿だの阿呆だの罵ってくるくせに。
巷に5万といる“賢人”どもに、どれほど苦々しい思いをさせられてると思ってんの。
仕方ないだろ。おれは、“ギレン”みたいな卓越した頭脳なんか持っちゃいない。どんなに遠い目的も道のりも、短絡思考の積み重ねでしか対処できない。
小細工に小細工を重ねて不格好になった“計画図”は、その目にはさぞかし愚かしく映ってるんだろうよ。
でもさ、どのみち平時には役に立たないんだ。だったら、最大の戦果を上げるためのレールを引くのが、なんでダメなの。
“ギレン”が首を横に振って、また溜め息をついた。
〈――……落ち着けと言ってるだろう。じきに呼び戻す)
苦虫どころか、ヤベエものを噛み潰したような声と表情だった。
〈艦はくれてやれないが、それ以外の方法で訓練ができるように図らせよう。お前は余計なことを考えずに、あとひと月、教官を全うしろ。良いな〉
コレが最大限の譲歩なんだろう。
なら――……仕方がない。
これ以上ごねたってどうにもなりそうにないから、受け入れるより他にない。
「……おれ、戻れんの?」
のろのろと顔をあげる。
〈その予定だ〉
「その後はどこに飛ばす気さ?」
あんまり信じてないんだよ、もう。
〈中央に戻すつもりだが〉
「……位階は?」
〈上がると思うのか?〉
「………ラウ少佐から推薦は?」
〈来ている〉
「……ロバート大佐とカーティス大佐からは?」
〈来た。プロホノウ操機長からもな〉
「……ぜーんぶ蹴るんだ」
〈いまお前に権限を持たせると碌なことにならん〉
「――………………“ギレン”じゃなかったら、クーデター起こしてんね?」
〈そういうところだ!〉
怒鳴って、“ギレン”は通信をぶっ千切った。
どうやら、あとひと月で呼び戻されるらしい。
飛ばすんじゃなくて、戻すと言ってるからには、ズムシティに帰れる公算が高い。
と、なれば、今のうちに引き継ぎをしておこう。
「メジャナ中尉、こちらの課題表をお願いします」
差し出してみたら、ビリー・メジャナ中尉はギョロリとした両目をさらに見開いて顔を歪めた――ちょっと怖い。
「……今更だが、こんなものを訓練生にこなさせていたのか」
「ええ。みんなクリアしてましたよ」
バリバリやるし、バリバリ要求してくるから、バリバリ課題を出しただけ。
横から覗き込んだベレスが「うげっ」と吐く真似をした。やめてよね。
特別訓練に参加してたのは、教官達から推薦された面々と、気になってピックアップした奴等と、“万魔殿”はもれなく全員。
各個人の成績は、訓練の前後で大幅に向上してる。
艦はくれなかった“ギレン”が代わりにと、めちゃくちゃリアルなシュミレーションシステムを突っ込んできたからね。
ドズル兄貴が指示して作らせたんだって。さすが兄貴!
あんまりリアルすぎて、撃墜されて失神したやつまで出たんだ。
これなんと、ミノフスキー博士とテム・レイ博士の共同作品かつ、さらに複数の科学者と技術士官が、突貫とは思えないクオリティーで仕上げてきた代物なんだよ。
とんでもなく凝ってて、設定の種類が目が回るほど細かくて、最初は泣いたけど、慣れてみればこれ以上凄い物って中々ない。
訓練生はもとより、教官や、既にパイロットとして登録されてる連中も、自分磨きに使ってる。『“意識”で探る』が効かない分、おれの訓練にもなるし。
「差し支えなければ、今後のカリキュラムに追加してください」
「こんなの誰が指導するんだよ」
そりゃ教官みんながだよ――でも、ベレスはやりたくなさそうだから。
「イアン先輩とアルフ先輩ですかね」
「俺達がか?」
「うわ面倒くさいのきたな!」
そんなに顔を歪めないでよ。アルフ先輩は本音ダダ漏れだし。
「モビルスーツは間違いなく第一線での戦闘に駆り出されます。どれほどに磨き上げても足りるなんてことは無いんですよ。だったら個人の最大限まで能力を高めておきたいんです。生還率もあがるし」
「分かっちゃいるがなぁ」
「せいぜい頑張らせてもらうとするか……」
苦笑してる先輩たちにペコリ。よろしくお願いします。
げんなりしている教官たちとは裏腹に、ケリアン・ラウ少佐はホクホクとした顔だった。
出荷するパイロットの質が確実に向上してるからね。新米でも中堅なみ。何より冷静さを叩き込んでるから、不測の事態でも、結構持ち直すんだ。
加えて、狙い通り、教官たちとも訓練生たちとも良い関係を築けた。ちょっとくらいの無理なら聞いてくれるほど、親しくなったし。
最初は群れたくないなんて言ってたパストールだって、今じゃワニと並ぶ程、おれの“盾”のひとりだからさ。
ふふふ。盾も複数名に増えたから、レッドグレイヴも攻めあぐねることが多くなったしな!
訓練生同士も、耐え難い扱きを共に耐え抜き、同じ釜の飯と劇物みたいなコーヒーを飲み食いすることによって、謎の一体感を作り上げている。
彼らが配属先に戻されても、ある種の同類意識は消えずに残るように仕向けてきたからね。
みんな、おれの“声”に条件反射で従うんだ――先輩達から言わせると洗脳だって。人聞きが悪いな。
――ん、良い感じに勢力拡大できてる。
生家のアドバンテージもあって、伍長といえど、“ガルマ・ザビ”の軍部での影響力はじわじわと浸透しつつある。
もちろん、元から仕切ってる“ギレン”やドズル兄貴、キシリア姉さまには及ぶべくもないけどね。
それでも水面下じゃ、佐官以上での“ガルマ・ザビ”争奪戦が始まってるくらいには、無視できなくなってきてるみたい。部下につければ、すなわちその影響力も上官として掌握できるから。
――さて、誰になることやら、ね。
おれの上官。どうせ、どれだけ争ったって、もう“ギレン”が決めてるだろうし。
――手強そうだな〜。
手綱を取らせる気が満々だろうから、お硬そうな辺りを付けてくると見た。
親ザビ派は候補から外れるだろうし、野心家も遠ざけられるだろう。
懐柔できると良いんだけど――できなそうなら、それなりに対策を講じなきゃならんし。
なんにしても、忙しくなりそうだよね!