凪絆は、更衣室に行くため廊下を歩いていた。
かけられたのが牛乳だったため、髪や制服などが白くなっており、臭いもきつい。
廊下を歩く生徒は、そんな彼女を避け、面倒なことに巻き込まれないように遠巻きにしていた。
溜息をつき、彼女は急いで更衣室に向かおうと駆け足になっていたため、曲がり角から来ていた男性を避けきることが出来ず、ぶつかってしまった。
「わっ!!」
「っ、大丈夫?」
勢いよくぶつかってしまった。そのため、凪絆は後ろへ転びそうになってしまったが、ぶつかった男性が瞬時に腕を掴んだため、転ばずに済んだ。
「あ、ありがとう」
「いえ」
男性は彼女より身長が小さく、頭一個分位の違いがある。
そんな彼は、目を合わせないようにしているのか顔を逸らし、短くそう返事する。その声は高く、中性的な声だった。
「…………くさっ」
「本当だよね。私、めっちゃ牛乳臭い」
「自分で言うんですね」
「事実だからね。それより、牛乳付いてない? 大丈夫?」
彼の制服に牛乳が付いていないか確認するため、凪絆は身長を合わせるように少し膝を折り、目線を合わせた。
その時に彼の顔を見ることができ、思わずガン見してしまう。
耳が隠れるほどの黒髪で、前髪は長く右側に流しているため、右目がほとんど見えない状態になっている。
その右目も怪我をしているのか、ガーゼが付けられており、真紅の瞳は左目しか見えない状態になっていた。その瞳も、ずっと見ていると吸い込まれそうなほど澄んでおり、逆に目が離せない。
ずっと見られていることを不快に感じたのか、彼は眉間に皺を寄せ、彼女を思いっきり押した。
「わっ、え、なに?」
「見すぎ。なに、気持ち悪いんですけど」
「そんなに見てたかな。ごめんね。とりあえず、牛乳はついていないみたい。良かった」
安心したように笑いかける凪絆を、彼は表情を変えずに見返し、そのまま彼女の横を通り過ぎようと歩き出した。
「あ、ぶつかってごめんね!」
最後の凪絆の言葉にはなんの反応も返さず、彼は廊下を進み続けてしまった。
その事に少し肩を落とした彼女だが、授業が始まる鐘が鳴ってしまい、着替えるため慌てて更衣室へと向かった。
その際、歩き去ったはずの男性が曲がり角で立ち止まり、ジィっと彼女を見ている。
「ほんのり香る甘い匂い。でも、まだ俺好みには熟していないな。もう少し待ったら──」
口元に歪な笑みを浮かべ、彼はそのまま姿を消した。
☆
次の日、またしても凪絆は麗葉に牛乳をかけられ、濡れてしまっていた。
「ごめんなさいね。まだ残っていたなんて思わなかったの」
笑いながらわざとらしく謝罪を口にし、麗葉はそのまま牛乳パックをゴミ箱に捨てて「それじゃぁね」と去っていく。
「ちょっと! 絶対にわざとでしょ! ふざけんじゃないわよ!!」
「落ち着いて莉津。仕方がないよ。わざとかわざとかじゃないなんて、今の私達には分からないわけだし。気にしたところで不快になるだけだよ」
「今の私は充分不快な気持ちだよ!!」
莉津はそう抗議しているが、凪絆はそんな彼女を鎮め、またしても更衣室へと向かった。
「…………はぁ。なんなんだろう。めんどくさいなぁ」
唇を尖らせ、不貞腐れたようにそう零しながら、少し乱暴に歩みを進めている。
さすがに、昨日と同じことをされ怒りが芽生えているらしく、ドタドタと足音を鳴らしながら廊下を進む。すると、また同じ角で前回と同じく、1人の男性が姿を現した。
「おっと。あ、前にぶつかってしまった人だよね」
「…………今日も臭いね」
「挨拶はしっかりして欲しいんだけど」
「それじゃ、失礼します」
そのまま去っていこうとする彼を見届け、腕時計を確認し、凪絆は駆け足で更衣室へと歩き出した。
☆
人通りの少ない廊下。そこには、凪絆に牛乳をかけた麗葉が壁によりかかりながら、スマホのLI○Eトークを眺めている。
相手は、凪絆に告白をした颯斗という男子生徒だ。
トークは相手の既読で終わっており、返信はない。
その画面を目にし、彼女は下唇を噛み、スマホを強く握る。
「…………ちっ。学校に来んじゃないわよ。あんたがいなかったら、私のモノなのに」
その声には負の感情以外何も感じ取れず、黒く渦巻く何かを纏っているように見える。
そのまま麗葉は、スマホをスカートのポケットへと戻し、いらただしげに廊下を歩き出し、自身の教室へと戻って行った。
その姿を見ていた1人の男性が、去っていった彼女の背中をジィっと見届けている。
その男性は、凪絆のぶつかりそうになっていた赤目の彼だった。
「あの女の方が
目を細め、口元に笑みを浮かべながら彼女を見たあと、男性は流れる涎を拭きながら、鼻歌を口ずさみ、姿を消した。
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