その日から、凪絆へのいじめは日に日に酷くなっていくばかりだった。
最初は、牛乳をかける程度で終わっていたが、そのうち教科書が隠されたり、ノートが破られていたり、机に落書きされていたりと。
徐々に見過ごせない事態になっていき、凪絆もやられっぱなしというのが気に触るらしく、何度も注意しているが、聞く耳を持ってくれず、それが1ヶ月以上続いていた。
「はぁ。本当にめんどくさいな」
「本当だよね。マジでふざけてる。いっそ同じことしてやればいいんじゃないの。いや、それよりもっと酷いことを──」
「落ち着いて莉津。あんな人と同じ土俵になんて立ちたくないよ」
「……稀莉の言葉って、ある意味鋭いよね。私よりキツい」
「そうかな?」
今は放課後で、莉津と2人で帰っていた。
「はぁ。殺りたいな」
「賛成!!!! と、言いたいけど、さすがに殺るのはダメだよね。こっちが捕まる」
「だよね……」
2人は大きくため息を吐き、とぼとぼと歩き進める。すると、後ろからいきなり呼ばれたため、その場に立ち止まり後ろを振り向いた。
「あれ、君は──」
後ろに立っていたのは、2回ほど凪絆にぶつかりそうになっていた男性だった。
「知り合い?」
「知り合いという訳でもないよ。ただ、数回会話を交わしただけ」
凪絆と莉津がそう話していると、男性が2人に近づき、口を開いた。
「お腹すいたから、協力してください」
「……………ん?」
男性のいきなりの言葉に、凪絆は首を傾げてしまう。莉津は「何この子」と言ったように顔歪め、自身より小さい彼を見下ろしていた。
「えっと、家に帰ってご飯食べたらいいんじゃないかな」
「普通のご飯じゃ空腹が満たされないんですよ。ひとまず、話だけ聞いて貰えますか。俺に協力して欲しいです」
その言葉に、2人は顔を見合せ口を結ぶ。なんて答えようか迷っているのだろう。
彼の言っている意味が理解できないのと、何をすればいいのか分からないという疑問が、2人の頭を埋めつくしていた。
「詳しくは後で話しますから。とりあえず今は、落ち着ける場所に移動しませんか」
「わ、わかった。危険なことじゃないよね?」
「その危険は、俺にとっての危険度を表していますか? それなら、危険では無いので安心してください。貴方にとっての危険がどの程度か分からないので、そのように口にすることしか今はできません」
難しい言い回しをされ、莉津は苦笑いを浮かべるしかできなかったが、凪絆は顎に手を当て、少し考える。
「…………話を聞いてから断っても良いのよね」
「まぁ、そうですね。それはお任せしますよ」
「わかった。なら、話だけ聞こうかな」
「ありがとうございます」
凪絆は話を聞くことにしたらしくそう口にし、彼の後ろをついて行こうとする。そんな彼女を、莉津は腕を掴み止める。
「待って。いきなりあんなことを言ってくるなんて危ないかもしれないよ。やめておいたほうがいいと思うんだけど」
男性に聞こえないように小さく、心配そうに声をかけ、凪絆を引き留めようとするが、彼女は表情を変えずに淡々と言葉を返した。
「話を聞くくらいなら大丈夫だと思うよ。それに、私より結構小さいし、力技でなにかしようにも、勝てる自信はある」
そう口にしている彼女の身長は172。協力を仰いでいる男性は、見た目だけで判断すると150前後だ。
結構な差があるため、返り討ちにできると思っているらしい。
それでも心配らしく眉を下げ、俯いてしまう。だが、すぐに顔を上げ「なら、私も行く」と言い切り、結局莉津も一緒に行動することになった。
☆
彼は、2人を案内して1つのカフェに辿り着いた。
そのカフェの名前は【
黒と白を主体としており、落ち着いた印象を与えるお店だ。
そんなカフェを見上げている2人を気にせず、彼はドアノブを回し、カランと鈴の音を鳴らしながら室内へと入っていく。
残された2人も置いていかれないように、慌てて中へと入り彼に付いて行った。
「いらっしゃ──おや。来たんだね、お疲れ様
「
「空いているよ」
「なら、そこにいつもの持ってきて」
「わかった」
室内も落ち着いた雰囲気が広がっており、肩の力が自然と抜ける。
中はそこまで広くない。カウンターとテーブル席が準備されていた。
モノトーンの壁紙に、白いテーブルクロス。壁側には、レトロな本棚と厚めの本が並んでいる。
2人は、そんなおしゃれなカフェに入ったことがないのか、興味津々に周りを見回していた。
そんな彼女達を、彼は「早く座ってください」と声をかけ、お店の一番奥の席に腰を下ろした。
「こんなところにカフェがあったなんて……」
「ここはそこまで目立ちませんから。穴場なんですよ」
「そうなんだね」
そう会話を交わしていると、先程千津瑠と呼ばれていた、黒いエプロンを身につけた爽やかな男性がお盆を片手にやってきた。
「初めまして。暁がお世話になっているようだね」
「今日会ったばかりだけどね」
「そうなのかい。では、今日は出会い記念ということで、暁の奢りだよ。有難く食べて欲しい」
そう言って、3人分のリンゴパイと、紅茶をテーブルに置く。
千津瑠の言葉に暁は何も言わず、眉間に皺を寄せるだけなため、2人は戸惑いつつ彼を見る。
「…………まぁ、今回はこっちがお願いしたので。どうぞ」
「え、でも」
「その代わり、協力をお願いします」
鋭く光っている真紅の瞳を向けられ、凪絆は息が飲み、目を泳がせながらも、小さく頷いた。
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