乙骨憂太は孤独にグルメしたい。   作:新崎 花伸

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呪術廻戦0巻の直後くらいの設定です。
キャラ崩壊しないよう、気をつけて書きたいです。


第1話 廻

 ひとりでお寿司の店に来るのは初めてだ。

 

 基本的に、家族であったり、友達であったり。まあ、僕個人としては、後者は経験したことがないため、憶測での話になってしまうが。回転寿司屋さんなんてのは、誰かと来るのがセオリーであろうと決めつけていた自分がいた。

 

 しかし、僕の『今の学校での』同級生に聞いたところ、最近は『おひとり様ブーム』なんてのが来ているらしい。ひとり焼肉。ひとりカラオケ。ひとり花火。ひとり飲み。ひとり旅行。

 

 にしても、回転寿司屋さんにひとりで行くのには少し抵抗があった。座席とか、明らかにファミレスくらいに家族を意識した広さじゃあないか。

 

 いや。これも僕の思い込みというか、先入観によって見えていなかった部分を無視しての意見だ。最近気にするようになったのだが、回転寿司屋さんの殆どの店舗には、『カウンター席』がついている。

 

 存在自体を全く認識していなかったほどに周りが見えていないわけではないが、あれが半ばおひとり様専用だとパンダくんから聞いた時は、スカスカ気味だったカウンター席の謎が解けたようでスッキリしたものだ。

 

 昔、銭湯の水風呂と、外にある椅子の意味が分からなかった。そんなようなもの。なのかも。

 

「……お冷…………」

 

 僕は今、そのカウンター席にいる。着席して5分してから、何も飲み物を調達していないくらいには緊張している。どこか落ち着かないが、思えばひとりで出かける時はいつもそわそわしっぱなしだ。

 

 冷水機はカウンター席から比較的近くにある。腕を組んで横に並んで歩く若いカップルに道を譲り──こういう時に壁と化すのは慣れっこだ──僕は自分の席に戻る。

 

 さて、寿司には『好ましい食べる順番』なんてものがあるそうじゃあないか。

 

 勿論、それは守らないと客や店主に眉をしかめられるようなものではない。あくまでその順番とは、自分が寿司を100%に限りなく近く満足できるようにできたものである。

 

 その順番にも色々あるのだが、全体的には『味の淡白めなネタ』から食べるのが良しとされている。そう、例えば白身魚やイカなどが好ましい。脂の多いものや、味の濃いめなものから食べてしまうと、後に食べるものが薄く感じてしまう。甘いチョコレートを食べてからオレンジジュースを飲むと、オレンジの味をあまり感じられず、むしろ酸味だけしか味わえないことがある。僕はそんな感じの認識でいるが。

 

 僕は片手で数えられるぐらいしか、いわゆる『回らない寿司』を食べたことがないのだが、そこで親が頼むネタの順番は決まって、先述した『好ましい食べる順番』だった。回る寿司でも、基本的にはそう。

 

 僕なんかは、回転寿司屋さんの寿司じゃないメニューが好きなので、ラーメンなりフライドポテトなりプリンなりを〆に食べるような食べ方をしてきた。順番を意識することすら無かった、ということだ。

 

 今回くらいは、きちんと……食べてみることにするか。

 

 そう思って頭の少し上あたりにあるタッチパネルを見ると、期間限定の『マグロのトロ3種盛り(250円)』の表示が真っ先に目に入った。入ってしまった。

 

 ああ……『脂がたくさん乗ったトロ』だ。

 

 昨日のこととはいえ、まだ慣れない呪霊退治に疲弊しきった身体。たまの休日にこんな冒険をしてしまう、興奮するスリル。カウンター席にひとりしかいないという、少しワクワクしてしまう環境。そう、ひとりしかいないのだ。やりたい放題ができる。できてしまう。

 

 いやいや! 寿司は我が国、我らが日本の伝統食。その伝統のある作法を堂々と破って食う寿司が……美味いのか……? 

 

 今や当たり前となった、タッチパネルでの注文を躊躇う。

 

 注文確認欄には、『トロ3種』の文字が映る。下の赤い確定ボタンに、恐る恐る、しかし正直に指を伸ばす。

 

「…………やってしまった」

 

 ほどなくして、色の違う3種類のトロが、僕の元にレーンを使ってやってくる。他とは少し雰囲気の違う、金色があしらわれた皿。

 

 学校と言えど、呪霊を祓う任務をこなすと給料が払われる。もしかしたら、前よりも贅沢をしているかもしれない。この前だって、自分で作るカレー用のスパイスを一通り買ってしまった──仮住まいのキッチンの居心地がよくて料理が捗るんだ、これが──ばかりだし。

 

 まあ、とにかく。今の僕なら、回転寿司屋さんで少し贅沢をすることも許されるだろう。何より今の僕は、ヘマをすれば今まで通りの生活ができないと言われた。このくらい……このくらいなら。

 

 250円の皿を堂々と頼むくらいなら。

 

 ぼくの初・ひとり回転寿司。言わば口火を切るネタは、今までにない高級寿司であった。

 

 レーンから皿を取ると、蛍光灯に照らされてトロが光り輝く。僕はステーキの端っこにある脂身は好きじゃあない。しかし、こういった海鮮系の脂は好きだ。

 

 小皿をふたつ取って、ひとつにガリ、もうひとつにしょうゆを注ぐ。

 

 僕はキレイに並んだ『カマトロ・大トロ・中トロ』を見て、いつの間にか口内で溢れるくらいにたまった涎を飲み込む。喉が、その先の食道が、さらにその先の胃が。いや、全ては僕の脳。脳が、目の前のトロを食べ尽くさんと叫んでいる。

 

 本能だ。

 

 米を巡って争いを起こす、そのもっと前。狩猟を主な食糧調達方法として暮らしていたご先祖さまたちのDNAが、超未来・平成に生きる僕に囁きかけている。コイツは美味い。

 

 よし。

 

 焦らず、まずは手を合わせる。この世の全ての食材に感謝を込めて。

 

「いただきますッ」

 

 まずは『中トロ』。濃ゆい赤の刺身。しかし、普通の赤身よりは脂がのっている……そんなネタ。

 

 隣に箸を用意しておいたのだが、情けないことにそれを忘れて、僕は手で中トロを掴んでしょうゆを付ける。それを、ひと口で。

 

 勿体ないなんて感情は、今も、そしてこれからも浮かんでこないだろう。

 

「…………ん……」

 

 こんなに『美味しい』んだからさ。

 

 正直、驚いた。僕の中での大トロ、つまり大トロとはこんな味であろう、そんな想像さえも、この中トロは軽々と超えていったのだ。

 

 超サイヤ人になったベジータを人造人間が軽々と倒していくほどの。いや、それよりも凄い……味覚の『インフレーション』が、この回転寿司屋さんで行われているのだ。青天井。まさにサイヤ人のバーゲンセール。

 

 いつも食べているマグロとは違う。何かが。

 

 落ち着いてガリを口に放り込む。ああ、今や食べ慣れたこの味でさえも、慣れない生活に疲れを訴えていた身体には染みる。真希さんに見られたら、なんかオジサンっぽいって言うかな。

 

 次は……あえて、『大トロ』。決して最上級の値段のネタを我慢できないわけではない。単に僕は、皿の上に並んだトロたちを右から順番に食べているだけ。

 

 それに、僕はまだ『カマトロ』というものを食べたことがない。それが僕の口に合うかどうかは、最早どうでもいいのだ。今はただ、新鮮な経験を後に回しておきたい。

 

「ッ……」

 

 動物界で言うところの、ライオン。つまるところの王である。大トロとは、寿司の中では、そういうものだと僕は思っている。だってもう、違うもん。色が。赤身魚じゃあないよ。さながらゴリラのシルバーバック。

 

 ひと口。キレイな寿司の長方形を、かじるように、半分だけ口に運ぶ。

 

「…………おぉ」

 

 月並みな表現になってはしまうが、この大トロ。噛まずとも飲み込めてしまいそうな、そんな……液体にも近いと言っても過言ではないような、そんな柔らかさ。思わず口から、感嘆の声が漏れ出る。これもまた予想以上の美味しさ。

 

 もうひと口で、手に残ったぶんを食べ切る。ああ、こんなもので蕩けているようでは、僕は回らない寿司に行った暁にはスライムぐらいにドロドロに溶けてしまうのではないか。

 

 今までと違う意味で、今までの暮らしができなさそう。

 

 さて、最後には『カマトロ』。

 

 このネタは、他のメニューを見てもどこにも載っていないあたり、もしかして大トロよりも希少な部位なんじゃあないか。そう思って調べてみたところ、どの魚についているカマ──魚の胸びれあたりのことだ──も、基本的に1匹から2つしか取れないという食材だそうだ。

 

 寿司のネタになるものはマグロくらい。他は塩焼きや煮付けにするのが一般的だそうだ。

 

 脂のりは……大トロか、それ以上。

 

 ごくり。

 

 僕はそんなカマトロを、一気にひと口で食べてしまった。いったん前歯で噛んでみると、普通の赤身にありそうな少しの『スジ』が、ひとつも見当たらない。

 

 僕の舌は、粗探しをするように口内を練り歩くも、このカマトロはまるで欠点が見つからない。

 

「んふふ」

 

 僕の負けだ。

 

 そうそう、こういうの。こういうのでいいんだよ。食べてて笑顔になる。これが、人間の三大欲求たる『食事』に課せられた使命なんじゃあないだろうか。人間自身にある、生きなければならない、生きている意味とも言えるような。

 

 とうとうタッチパネルを触る僕の指は、誰にも止められなくなった。赤身、白身、巻物。関係ない。一気に注文してしまおう。自分が単に好きで毎回食べている鯛。前に行った時に食べ損ねた鉄火巻。

 

『えび天寿司』。こういうのもあるのか。僕はそれらのボタンをタップしてから、注文ボタンを押す。

 

 僕は湯呑みを取り、それにお茶の粉を入れ、固いトリガーを押してお湯を注ぐ。

 

 寿司屋さんの湯呑みは、何十年、はたまた何百年と前に寿司の屋台をしていた人が大きくしようと考えたそうだ。江戸時代くらいの寿司の屋台は基本的にワンオペなので、少しでも手間を省くため、湯呑みを大きくしてお茶を入れられる容量を大きくした。らしい。

 

 アツアツのお茶を入れ、それを冷ましている間に、もう注文した寿司は、専用レーンを通じて僕のもとに届いた。

 

 真鯛。炙りサーモン。ハンバーグ。鉄火巻。茶碗蒸し。いなり寿司。あさりの味噌汁。

 

 えび天は揚げるのに時間がかかるそうで、他よりも遅れて来るらしい。いいさ、主役と豪炎寺は遅れて来るものだ。

 

 さあ、さあ! ここに揃うは、歴史は違えど、同じ回転寿司屋の中に生まれた兄弟、いや同じ国の者。

 

 種類・歴史・主義を受け入れる強さと、まるで作法を気にせずにいられる矜恃を持つ国。僕はここに独立の宣言をする。このカウンター席は、『寿司の合衆国』だ。

 

 続々と食べ進めていると、合成音声のアナウンスと共に、えび天寿司がやってきた。

 

 ここのタッチパネル注文の専用レーン、皿を載せるトレーを新幹線に見立てているのが面白いんだよなあ。子供の頃、来る度に無性にワクワクしていたのを覚えている。こういうのは、子供の心を失っていない素敵な大人じゃあないと考えつかないよな。

 

 手を近づけると、まだ天ぷらが暖かい。嬉しいなあ。たくさん動いた後の暖かいご飯っていうのは、夏でも嬉しいものだ。

 

 むしろシャリのサイズには合っていないくらいの、アンバランスな大きめのえび天。その先っぽをシャリと共に、がぶり。

 

 シャクッ、と、噛み心地、音、そして暖かさ。全ての情報が一気にシナプスを喜ばせる。美味しすぎる。なんで今まで食ってこなかったんだ。

 

 塩をかけて、もう一貫を食べる。やはりえび天。寿司屋さんという状況にかき消されないほどの、圧倒的な揚げ物感。しかし、えびも魚介類。思えばここに居るのは、ごく自然なことなのかもしれない。

 

 酢飯と言えど、米。天丼という料理があるくらいだ、流石に天ぷらには合う。それでいて、天丼とはまた違う美味しさ。約束された勝利のネタだ。

 

 とはいえ、食べてみなければ分からない。それは、一見遠慮してしまいがちな見た目をしたネタにも同じことが言える。見た目で判断するのは良くない。例えば、さっき予想以上に美味しくて、ココ最近で一番驚いてしまったハンバーグ寿司とか。あの上にマヨネーズを載せた人は、何らかの勲章が与えられただろう。

 

 たかが『ちょい足し』、されど『ちょい足し』。少しの工夫で世界が変わる。袋麺なんてのは、カスタマイズの幅がLBXくらい無限大だろう。

 

 どこで食べても優しい味わいの、まるで実家のような安心感の茶碗蒸しを食べながら、タッチパネルを見ていると、これはいかんと思っても、注文する指が止まらなくなる。

 

 回転しているレーンからもコーンと漬けマグロを取り、着実にお腹を満たしていく。

 

 僕の計算は、恐らく完璧。先程運ばれてきた炙りチーズカルビとえんがわ、フライドポテトを半分ほど食べ進めた頃に、アイツは来るはず。

 

『〜♪』

「よし」

『間もなく、ご注文の品が届きます』

 

 役者は揃った。クライマックスといこうじゃあないか。

 

 最後に頼んだのは、『濃厚煮干ししょうゆラーメン』。寿司と一緒に食べることを想定しているからか、量としてはラーメン屋さんの小ラーメン、くらいの感覚か。

 

 レンゲで、もはや富山のラーメンみたいな黒に近づきつつある、こげ茶色のスープをすくってみる。香りからして、もう濃厚。

 

 すすって、まず口内で右に。左に。口全体に馴染ませ、飲み込む。これはあくまでワインなんかの味わい方だが、やってみて大正解。煮干しとその他の魚介の味、そして奥に鎮座するしょうゆラーメン独特の美味しさが見えてくる頃には、表情筋は溶けたアメのように緩みきっていた。

 

 たまらないな。

 

 麺もラーメン屋さんに負けず劣らず。作りたてのアツアツのスープが絡まった、黄色い中太ちぢれ麺を、海苔と一緒にすする。歯ごたえもしっかりしているな。しかも炙りチャーシューまで。美味い。美味いぞ。

 

 流石だ。流石は寿司屋さん。回っていようがいまいが、海鮮系においてはやはり、ひと味違うと言ったところか。むしろ、こいつは回っている寿司屋さんにしかない魅力だ。

 

 フライドポテトをスープに浸し、大地の恵に魚介の旨味をブレンド。気分はマッドサイエンティストだ。うん、これもまた美味い。

 

 スープを丼ごと、レンゲを使わずに直接口をつけて飲む。身体の芯のところが、気の利いた空調に冷やされた身体全体をみるみるうちに暖めてしまう。額に汗が滲むのがわかった。

 

「っは……ぁあ〜〜……っ」

 

 塩分にそこまで厳重に気を配らなくていいのも、学生に与えられたモラトリアムのひとつだ。

 

 温くなったお茶で口の中をサッパリさせ、もう一度スープに手をつける。今度は完全に飲み干してしまった。

 

 あぁ。ひとり寿司、楽しい。

 

 丼を置いて、静かに手を合わせる。

 

「ごちそうさまでしたッ」

 

 結局、今日は、寿司だけで12皿、サイドメニュー3皿を平らげた。自分にしては、かなり多い方だ。食べ盛り、というやつだろうか。高校生になったし、身体の成長もそれなりにしている……はず。一応。たぶん。

 

 支払いを終えて外に出ると、陽が沈みかけていた。そろそろ高専の方に戻らなくちゃ。

 

 今日の夕ご飯は、少なめにしよう。そう誓い、僕は九割五分埋まった腹を抱えて『今の僕の家』に戻るのだった。

 

 

 




次回、第2話『辣』。
美〜味しいよっ。
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