『うちはマダラ・ラスボス化計画』   作:飴玉鉛

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第10話

 

 

 

 

 

 今は昔。酔いどれの冠者(くゎじゃ)といふものありけり。うちはに混じりて酒を飲みつつ、よろづのことに酒振る舞いけり。名をば、大筒イブキとなむいひける。今日もうちはの館に忍ぶなり。

 うちはの者、気配あやしがりて寄りて見るに、一人酒盛りしたる冠者見つけたり。盃傾けるに酔いどれの冠者、笑いて手招くる。

 

「……何をしている、義父(おやじ)殿」

 

 ――マダラは自身の屋敷の屋根上で、月見酒と洒落込む一人の男を見つけて呆れ返った。

 その男は外見年齢上ではマダラと同年代に見えるが、その実一回りも歳上であることをマダラは知っている。彼の者は大筒家の首領であり、火の国の影の支配者であった。断じてこんな所に一人でいていい人物ではないのだが、その男の力をある程度知るマダラは呆れこそすれ、特に咎めようとはしなかった。うちはの集落に忍び込むということを何度もしているのを知っているからだ。

 何度も侵入を許すうちはの警戒網を嘆くべきか、どれほど警備を固めようと容易く忍び込んでくるイブキの実力に感心するべきか……こうして密かに顔を合わせる度にマダラは悩んだ。

 しかし人知れず会いに来るこの男のことを、どうにもマダラは邪険に出来ない。愛する妻の父親であり、自身の義父であるからというのもある。うちはが仕える主家の血統も関係しているだろう。だがそれとは別に、イブキはマダラへの好意を隠さないのだ。邂逅する度に言葉を交わす内に、マダラはもうイブキに自然体で接するようになってしまっていた。

 

「おう、やっと来たかマダラよ。待ちくたびれたわ。どれ、駆けつけ一杯」

「……はぁ。オレは何をしていると聞いたんだが」

 

 盃を差し出され、嘆息したマダラはイブキの傍らにどかりと座り、胡座を掻いて盃を受け取る。

 ぐいっと一気に酒を呷ると、喉を焼く強いアルコールを感じた。

 眉を顰めたマダラに笑い掛け、イブキはなんでもないように言う。

 

「孫をな。見に来たのよ」

 

 屋根上から見下ろした先には、マダラのチャクラを感じる大火を囲み、うちはの人々が丹念に木片を削り仏を彫っていた。

 今宵はうちは伝統の『火祭り』の日。当主が舞を踊った後に火を灯し、戦場に散った家族を各々が懐かしみながら仏として彫り、大火で燃やして鎮魂するのだ。

 いつしか廃れゆく、戦国の世の小さな儀式の一つである。大筒イブキが見たのは、叔父のイズナに背負われ、彼が仏を彫るのを小さな手で邪魔している赤子だ。単に叔父が何をしているのか気になって仕方ないといった様子であり、イズナは困ったように笑いながらもされるがままになっている。微笑ましい光景だ、パチパチと音を鳴らす薪と相俟り、良い夜だと感じる。

 眩しいものを見るような義父の目に、マダラは呟くように相槌を打つ。

 

「……そうか」

 

 現在の大筒家の人間は、ナルハタを含めて五人。イブキの嫡男である当主のシュテン、他にナルハタの兄がいて、弟がいる。母親はいない。誰もまだ子宝に恵まれておらず、マダラとナルハタの長子――オビトと妻が名付けた子が、イブキにとっての初孫となっている。

 しかし、忍の子なのだ。オビトはうちはなのである。大筒家の継承権は有しておらず、公の場でイブキとオビトが出会う機会は早々ない。あったとしてもオビトが大人になってからだろう。そして会えたとしても、その時は主従の関係である。

 難儀な家に生まれたものよ、そう呟くイブキにマダラは何も言えなかった。こういう時、イズナやナルハタだと気の利いた言葉を捻り出せるのだろう。口下手な自分が、未熟に感じられた。こんなだからオビトを抱いてやる度に泣かれるのかもしれない。

 

「……ナルハタはな」

 

 不意に、イズナに背負われているオビトを見ながら、囁くようにイブキが呟く。

 妻の名が出たことで、ちらりとイブキに視線を向けた。

 

「ナルハタは……母親を知らん。儂の妻は女だてらに戦に出向く豪の者でな、儂に代わり総大将を務めることもあった。元々儂の家臣として軍功を上げ、見初めたのが始まりだったが……ナルハタを産んだ後からどうにも生き急ぐようになった。そうして……なんてこともない小競り合いで死んだのよ。流れ矢に当たっての呆気ない死に様だった……夜叉姫の名に似合わぬ最期よ」

「………」

「故にな、彼奴めが立派に母親をして……女をしておるのを見るとな、どうも感傷的になってしまう。贔屓目なしに、佳い女になった。マダラ……そなたに娘を託した儂の目は確かだったようだ」

 

 鼻の頭が痒い。こういうのを、面映いというのか。マダラは誤魔化すように盃を傾けようとして、空になっているのを思い出し手を止めると、身を乗り出したイブキが酌をしてくれた。

 する側される側の立場が逆である。苦笑するマダラだったが、どぶろくを口に運んだイブキに気にした様子はない。こういう何気なさが憎めないのだ、心の距離を詰めてくるのが上手い。イブキは前大名だ。これが人心掌握に長けた大名というものなのだろう。

 ややあって、イブキが切り出した。緊張感の欠片もない、穏やかな口調で。

 

「そういえば、あの報せを聞いたぞ」

「……ああ、あれか。義父殿はどう思った」

「荒唐無稽。この一言よな」

 

 なんてことはない、雑談みたいな。

 しかしこの後に控えた戦に関わる、重大な話。

 

「尾獣。これは時代の節目に現れる災害よ。謂わば自然の擬獣化そのもの。そんなものを人が操れるものなのか……()()()()()もなしに」

「………」

 

 そう。それだ。先日のあの会議で、扉間からの情報提供を受けたマダラが最初に不審に感じたのがその点である。己の写輪眼でなら尾獣であろうと操れると自負するマダラだが試した事はない。

 誰が、どうやって? うちは一族にマダラを超える瞳力の持ち主はいない。イズナですら一枚格落ちしている。そもそもうちはが尾獣を手に入れていたなら、とっくの昔に戦線に投入していた。

 

()()()()

 

 月を見上げ、イブキは吐き捨てる。彼は言った。

 

「千手柱間と、千手扉間。この二人が儂の倅に会ったという話は聞いたか?」

「……ああ、聞いた」

「儂は彼奴らを好かん」

 

 予想外の評に、マダラは意外な念に駆られる。扉間は分かる、マダラも正直なんとなく気に食わない。しかし柱間が気に食わないと他者から評されているのは初めて聞いた。

 どういうことだと視線で問うと、彼はやはり穏やかに続ける。

 

「柱間。個人として見れば、なるほど快男子よ。まさに豪傑、まさに大樹、あの者の庇護下にある者は大いなる安心を得るだろう。だが……それだけだ」

「………」

「彼奴に政治は分からん。その感性が致命的に欠けておる。だがそれだけなら別に構わんだろう、下の者が支えればよいだけのこと。そして彼奴には人に支えられる才がある、逆に政治音痴だからこそ真心でぶつかっていく姿勢が功を奏することもあろうよ。だが、故にこそ断言できる。儂に彼奴が語った、忍の里システムとやら……彼奴は戦国に擦れる余り、里を第一とする者となろう」

「柱間が話したのか、里の創設を」

「馬鹿め。火の国の土地に里を作ろうというのだ、大筒家に話を通すに決まっておろうが。シュテンめと話しておるのを儂は隠れて聞いておったのよ」

 

 からからと笑い、苦そうにイブキは目を閉じる。

 その目蓋の裏側には、きっと柱間の顔が思い浮かんでいるのだろう。

 彼の語り口には人を惹きつける力があった。まるで、ナルハタのように。

 イブキは断言した。

 

「いつしか柱間めの思想は里とやらに根付き、癌となる。闇……と言えるものにな」

「闇だと? あの柱間の思想が?」

「里とは話に聞くに小国のようなもの。国とは国に住む者を第一とする。しかし柱間の思想は里の為に……必要とあらば友も、妻も、我が子さえ切り捨てる非情さを秘めておった。儂が予言してやろう。そんなものが後世に続けば、未来の里には悍しい闇が宿るとな。里の存続の為には、里に住む者であろうと犠牲にする、本末転倒としか言えぬ矛盾の闇が」

「………」

「……そして彼奴自身にその自覚がない。アレの目指す政治は徳治だ、国に必要なのは法治であるのは自明。法による統治こそ国には必須……半端に甘ったるい政治信条など反吐が出るわ。彼奴は夢を夢のまま追い求める余り、未来を思い描き想定することが出来ておらん。柱間は大器であるが、土を枯らす砂漠の太陽そのもの……自ら気づけぬようでは人の上に立つべきではない」

 

 柱間への批判は耳が痛く、気分が悪い。しかしイブキが言うからこそ聞く耳を持てた。

 彼は柱間を詳しく知らない。だから政治という一点で客観的に物を捉えられる。それに何より、彼の説く政治思想はマダラが納得するものだ。根がルールを重んじる厳格な性格であるマダラにとって、集団を律するのは情けではなく法であるというのは肌に合うのである。

 そうしてマダラが密かに同調しているのを知ってか知らずか、滑らかに彼は告げた。

 

「そして扉間よ」

「!」

 

 イブキはマダラに目を向けていた。彼の目に宿る冷気に、不意に緊迫感を覚えた。

 

「アレは論外だ。扉間めは切れ者であり、柱間に足らぬものを補える。互いに信頼し合っていよう、二人三脚で里の発展を現実にし得る。合理に傾き、されど情を疎かにせず、法の整備も恙無く完了させてしまえるやもしれん。まさに理想的な補佐官になるやもな」

「……その何が悪い?」

「彼奴が柱間の弟であること。この一点に於いて評価は反転し最悪になる。彼奴は根本的な部分で柱間めの思想に同調しておろう。扉間の本質は法治であるのに、柱間が頂点に立てばその遣り方を継承して徳治に舵を切る。抜群の政治感覚でバランスを取るだろうが……それが歪みを生むのさ。ああ、これも断言しておこう。やはりうちはと千手は水と油だとな」

「……義父殿はこう言いたいのか。千手が栄えればうちはは衰退し、うちはが栄えれば千手も同様の道を辿ると? 同じ里に属する限り、両者が共に栄えることなど有り得ない……」

「左様。ま……儂の予想に過ぎんがな。ただし、()()()()()()()()()大大名(だいだいみょう)の予想だ」

 

 まるで未来を覗いたかのような、克明に過ぎる未来予想。

 彼の経歴を思えば拭い難い説得力があった。

 腸の中に重い物を敷き詰められた気分で沈黙する。

 そんなマダラに、立ち上がったイブキは背を向けた。

 

「……ま、どう言ったところで予想は予想。真に受ける必要はない。風の国への潜入に、うちはの者も加わっておるのだろう? 扉間の情報が真なら、儂もシュテンに風の国を攻めるよう言い含めようとも。儂は隠居した身、陰ながら助けてやることしか出来ん。……後のことは後で考えてもよかろう。儂は帰るが、余り悩み過ぎるなよ、マダラ」

「義父殿、忘れ物――」

「要らん。その盃はそなたにくれてやる」

 

 立ち去っていくイブキの背に声を掛けるマダラだったが、その途中に盃の裏へ貼り付けられている物があるのに気づき言い淀む。イブキは振り返りもせずに去った。

 マダラはその背を見送る。夜の闇に消えていく姿を。

 彼は忍としての勘で盃を懐に隠し、イブキが帰ったのを確認してから、屋敷の自室に籠もると懐から盃を取り出した。

 

 その裏には、一枚の紙が貼られている。剥がしてみると、口寄せの術式が刻まれていた。

 

「――――」

 

 人知れず口寄せする。現れたのは、一つの巻物と、手紙。

 先に手紙を開くと、冒頭で巻物の内容に関して記されていた。

 この巻物には感知結界を短時間だけ発動する仕組みがある。今のマダラは何者かが監視している故に、この結界を使って監視されていないか確かめてから手紙を読めと書かれてあった。

 このオレを監視だと? オレに気づかせもせずにか? マダラは疑わしく思うも、一先ず感知結界を自らのチャクラで作動させてみる。すると――()()

 

 まだ遠いが、少しずつ近づいてくる、()()()()()()()が。

 

「――――!!」

 

 断じてうちは一族の気配ではない。

 悍しい悪意に目を瞠り、マダラは咄嗟に手紙と巻物を懐に隠した。

 そうして何食わぬ顔で外に出て、ナルハタとイズナに「少し外を見てくる」とだけ言い残し集落から出る。そして訝しむ者達を捨て置いて全力で走った。

 暫く走り続け、また感知結界を作動させる。……悪意の気配は、ない。

 マダラは急いで手紙を開いた。

 

 すると、驚くべきことが記されてあった。

 

 月の眼計画――その全貌である。

 ただしうちはの石碑に記された内容は、あの悪意を持つ者が改竄したものであり、この月の眼計画は大筒木カグヤを復活させるための計画に過ぎないのだと書かれてある。

 マダラはまだ永遠の万華鏡写輪眼を持っていない。故にまだ解読できていない部分もあるが、既に読み取ったことのある部分と手紙は符合している。大筒家にも同様の石碑があることは聞いているし、なんなら見せてもらったことも以前にある。故に信憑性は高かった。

 何よりマダラはイブキを信じている。このお伽噺めいた月の眼計画とやらも信じられた。

 

 そして義父が以前語った、世界統一後の展望。戦争のスケールダウン計画について。

 

 件の計画についても詳細に記されている。そして手紙の末文には、こう記されていた。

 

 

 

『――儂が死んだら、そなたに全てを託す。儂の計画をなぞるもよし、なぞらぬもよし。ただこれだけは約束して欲しい。ナルハタを幸せにしてやってくれ……儂の望みはそれだけだ。

 封筒の底に、紙の切れ端があろう。それには儂のチャクラを染み込ませてある。これはチャクラの持ち主が死した場合、燃え尽きるようになっておる。遠くに在りても生死を知る事の能うものだ。

 一応、誰のチャクラも染み込ませてない物も同封してある。機会があれば試すと良い。それから言うまでもないことだが、手紙を読み終えたら燃やして捨てよ。誰にも知られるな』

 

 

 

 まるで――自らの死期を悟ったかのような手紙だ。

 

 マダラは嫌な予感を抱く。

 

「義父殿を……何者かが狙っているのか……?」

 

 誰だ。誰がイブキの命を狙う。あの……悍しい悪意の主。アレが……このマダラにすら気配を悟らせなかった何者かがイブキを狙っているのだろうか。

 嫌な汗が流れる。

 納得したのだ。不可解だった事に。

 マダラが力の底を見切れないイブキが、なぜ戦場に出て来ないのかずっと不思議に思っていた。風の国との戦でも、イブキが居たら心強いだろうに。なんとなれば総大将も任せられる。大名の座を息子に渡し、政権が安定している今なら、表に出てこられるはずだろう。

 

 ――出て来ないのではない。出られないのだ。

 

 ――大筒イブキはあの悪意と、人知れず暗闘を繰り広げているのである。

 

「ッ……!」

 

 脳裏を過るのは、愛する妻の顔。

 いつか平和な世になったら、オビトを連れてお父様に会いに行きたいです。

 そう言った、父親を愛する娘としての顔。

 マダラは約束したのだ。一緒に会いに行こう、と。

 こんなところでもたついていてはいけない。風の国などすぐにでも蹴散らしてくれる。

 

 風の国の陰謀? 輪廻眼? 月の眼計画、全ての尾獣、羽衣天女?

 それがなんだ。マダラの力で、危機に陥っているらしいイブキを助ける。

 邪魔は赦さない。万難を排して、駆けつけよう。

 マダラにとってイブキはもう、大事な身内なのだから。

 

 父親を慕う娘――愛する妻のためにも必ず救い出す。

 

 うちはマダラは、そう誓った。

 

 

 

 

 

 

 




※マダラとナルハタの息子オビトは、原作キャラのうちはオビトとは一切関係ありません。

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