千手扉間は、幼少の頃からずっと周りの大人が馬鹿に見えていた。
それは己の父ですら例外ではない。
いつまで戦争をしている? 無駄な犠牲を生むだけで、生産性の欠片もない行為に没頭するのは何故だ? 何十、何百年も戦争をして……愚かだと思わないのか? 何故同じ愚行を繰り返す?
兄弟が死ぬ。くだらない戦争で。
扉間は憤った。馬鹿な大人の始めた馬鹿馬鹿しい戦争で、なんの罪もない子供が――兄弟が命を落とし、生き残ってもいずれ馬鹿な大人の仲間入りしかねない現状を変えたい。扉間はそう思った。
兄である柱間の唱えた理想論に同調したのは、兄の形ばかりの理想に中身を詰められるのは自分だけだと思ったからだ。純粋に同じ志を持っていたという面もある。柱間は馬鹿だが理想を本気で追い求める強さがある。力ではなく、心が強い。扉間はその強さに賭けることにしたのだ。世界の平和と安定を築くため、扉間はなんでもする覚悟を決めた。
時は流れ、扉間はうちは一族と和平を結べた段階で、既に柱間の夢の形に中身が伴うようになることを予見した。
宿敵だったうちは一族は火の国の家臣として召し抱えられており、うちは一族を味方に出来た時点で『隠れ里』の完成は容易いと見抜いたのである。
問題はそこからだ。千手とうちはの力は拮抗して
しかしイズナは生きている。扉間が写輪眼対策の奇襲技、飛雷神の術を完成させる前に和平は成立し、戦う理由は現状で無くなったと言っていい。こうなると『隠れ里』の構想は変わってしまう。
扉間は確信した。今は名もない隠れ里の長の初代は、
火の国との関係性から、そうするのがベストなのである。そして柱間は二代目の長になるのだ。複数の忍一族が集って里を形成する以上、長には任期が設けられ、一定周期で長を交代するのが安定を築くことになる。マダラという厳格な男の下、峻厳なる法を築き、柱間の代で政治に情を交えさせるのである。この二代にて隠れ里は完成を見るだろうと扉間は予見した。
この先見は、的を射ている。隠れ里は扉間の予想通りに推移するだろう。
マダラは色々と脇が甘いが、隠れ里を創設するに際してのうちはの動向を調べた限り、大筒家から降嫁してきたナルハタ姫がいれば盤石だ。あの姫の切れ者っぷりは、扉間をして安心させるほどの域にあるのだ。ナルハタ姫の知略、政治感覚があればマダラが統治に失敗することはないと信頼できる。となると――扉間はこう判断せざるを得ない。
――
合理的な判断である。神算と言えるほどの智謀の持ち主、千手扉間はそう考えたのだ。
何故ならマダラ、柱間の後を継げる三代目として、扉間を於いて後を継げる者はいない。後にこれはと思う逸材が出現するかもしれないが、現時点でいない者をあてには出来ない。
イズナは論外だ。千手憎しの心を隠しもしないあの男が三代目になれば、千手は必ず反発し勢力内の動揺は免れまい。となると柱間の後を扉間が継ぐのがベストになる。仮に扉間の代わりに、あるいはそれ以上に三代目に相応しい者が現れたとしても、千手とうちはのバランスを取れるかと言えば不可能だ。火の国はうちはを優遇する――対抗できるのは千手のみなのだから。
そういう意味だと日向が有力視できるが、あの一族の思想観念として宗家が分家を呪印で支配する関係を持っている以上、平和な世になればいずれ分家側との亀裂は無視できないものになり、隠れ里の長になるどころの話ではなくなるだろう。よって論外である。
うちはにマダラに並ぶか、イズナを超えるレベルで求心力を持っている者などいない。マダラの子オビトが成長したら見込みはあるが、それだと早くても四代目だ。
うちはから長に相応しい者が出なければ、千手の扉間が長になるしかない。初代から三代目までで隠れ里の今後は定まるはずだから、扉間を除けばその大任を果たせる者がいないのである。
しかしそうなるとうちはが暴発する。千手から二代続けて長が選ばれてしまえば――またその可能性があると思われた時点で――暗闘が始まる。
故に扉間は己が邪魔だと断じた。だからこそ
ならば――
恐らくインドラ討伐のゴタゴタに紛れ、扉間を後ろから刺すつもりだろう。それでいい、扉間は暗殺を受け入れるつもりだった。とはいえ死ぬつもりはない、己の死を偽装して潜伏し、柱間の相談役として闇の中で生き残るつもりでいた。それが失敗しても構わない、既に信頼の置ける者に扉間は遺書を渡してあり、扉間が死ねば柱間に渡る手筈になっている。
その遺書にはうずまき一族の手を借り封印術を掛けてある。遺書に穢土転生の印と使用法を記しているのだ。柱間に扉間を穢土転生してもらうのである。残念だが三代目には別の一族の者を起用するしかない。扉間が陰ながら支援するつもりだ。そして柱間が穢土転生を拒否するならそれでもいいし、穢土転生したとしても柱間が死去すれば――己もあの世に還ればいいのである。
扉間の計算通り、事は進むだろう。
表世界の者とは異なる道理が、忍界にはある。
彼の策略は確実に実を結ぶのだ。
千手扉間は知恵者である。忍界随一と言っていい。
だが。
扉間の生涯最大の誤算は、これまで彼が知る術もなかった存在が。
彼という男を知悉し、調べ上げていたことだった。
もし扉間が輪廻眼の存在に辿り着いていれば。
もし扉間が六道の力を知っていれば。
情報アドバンテージ。この一点で、扉間を以てしても、してやられたのだ。
――大筒家が内密に千手一族に召集を掛けた。風の国の、大筒木インドラ討伐戦の前にだ。
これに対し柱間が出向こうとするのを扉間は止めた。なぜなら柱間は馬鹿であるし、戦の支度もしないといけない。大筒家とうちは一族が繋がっている以上、政治的な観点からの話が出れば柱間では対応できず、丸め込まれる恐れがある。かといって他の者では実力不足だ。
そこで扉間は自身を兄の代理とし火の国に出向いた。一番それが確実だからだ。飛雷神を使えばすぐにでも帰還できるという目算がある事もあり、彼のフットワークは軽くなっているのである。
そうして、扉間と会ったのは、大名の大筒シュテンではなく。
英傑の名声を有する、当代一の覇者――
「――儂が大筒イブキである」
火の国の前大名。彼の代で火の国の版図を倍以上に拡大していながら、国内の統治を完璧に安定させた傑物である。その戦争指導、内政手腕、外交手段は扉間も参考に出来ると目していた男。特に怨みを多く買う立場の覇者でありながら、次代へとスムーズな政権移譲を成功させた手腕は瞠目に値する。称賛するべきなのは、裏方に回ってからは全く出しゃばらない精神性だろう。
この男の存在があり、後継者のシュテンが存在しているから、今代でうちは優位を崩すことは出来ないと思ったのだ。マダラを初代の長にするしかないと扉間でも思わされたのである。
だが。
(若い)
外見が、余りにも。
扉間の目には、イブキは若く見えすぎた。己より少し上、柱間と同年齢に見える。
柱間は今、28歳だ。マダラも似たようなもの。そしてその妻は25だ。大筒家の長男であるシュテンが30であり、逆算するとイブキは若くても42から50歳であるはずだ。
50歳ともなれば、この戦国の世では老人と言える。にも拘らず、こうまで若さを維持しているのは異常に見えた。彼の血筋が関係しているのだろうか。
イブキと対面する扉間は思案しつつ、用向きを訊ねた。彼に会うことになる前は、太刀風インドラを奇襲することが出来るかもしれないと聞かされていたのだ。イブキの若さは気になるが、今はそちらを優先するしかない。これでも急いでいるのである。
しかしイブキは挨拶や身の回りの話をすることで、のらりくらりとして本題に入らなかった。そして丁度いい話の接ぎ穂を見つけると、やっと彼は語り出す。
扉間は、焦れていない。辛抱強く聞く側に徹してイブキの真意を探った。
「――さて。長くなったが、そろそろ実りのある話をしようではないか」
「……は」
「そなたや猿飛の報せは聞いた。眉唾物の話だったが、現実とはえてして有り得ぬと思うようなことが起こるものよ。六道伝説がお伽噺ではなかったというのも、頭ごなしに否定はすまい」
「………」
「だが、尾獣。これに関しては、そなたも勘付いておるのではないか? あるいはそなたの調べ上げた情報に含まれておるやもしれんが――尾獣を操るなど優れた瞳力を宿す写輪眼がなければ、到底不可能であろう」
「……ご賢察でありますな」
畳の間の、上座。肘おきに凭れながらイブキは言う。扉間の世辞を聞き流して。
「インドラめは間違いなく写輪眼を有しておる。これに対する事前知識は多いに越したことはあるまい。長きに亘りうちはと相争ってきたそなたらなら、写輪眼対策の一つや二つは知っていようが……写輪眼には先がある」
「万華鏡写輪眼ですな」
「左様。これがちと曲者でな……儂ら大筒家もうちはと付き合う関係上、写輪眼対策――というより幻術対策は万全にしてあるが、万華鏡ばかりはそうもいかん。これには個々人で異なる瞳術を発現するのだ。インドラへの奇襲策を話す前に、そなたに万華鏡の固有瞳術を、儂が知る限りの全ての情報を渡そうと思う。事前にこういうものがあると知れば、対応力も変わるであろうからな」
「それは……助かりますな。是非ともご教授願いたい」
代々うちはと主従関係を築いてきた大筒家なら、確かに写輪眼について詳しく知っていても不思議ではない。扉間はイブキの発言から、彼が思っていたよりうちは寄りではないのかと思った。
半信半疑だが、そうでもないとうちは秘中の秘である写輪眼の情報を出すわけがないのだ。 ともすると隠れ里の構想を聞いた彼は、うちは一強はマズイと判断を下した可能性はある。
だとすれば有り難い話だ。聞く価値はある。
「万華鏡写輪眼の固有瞳術には、様々な名が付けられる。名が付けられるという事は――
道理である。
――後世、出現する瞳術。天照、月読など。そうしたものを最初に目覚めた者が名を付けた。
そう考えるのが自然である。
「儂の知る万華鏡の瞳術は、肉体に宿る須佐能乎を除いて――まずは天照だ。これは対象を燃やし尽くすまで決して消えぬ、炎遁の性質変化である黒炎を発生させる。視点にしか機能しないという弱点はあるが強力だ、黒炎は封印術で消すのが手堅かろう」
「……なるほど」
「次に月読。これは幻術よ。普通の幻術は時間経過が現実に即しておるが、この術は幻術世界での時間も術者が自在に操れる。普通の幻術ならば仲間が居ると対処できるが、月読なら現実時間での一瞬、幻術世界では数日間も攻撃する離れ業が能うな。精神の消耗は免れまい」
「目を合わせた時点で詰むなら、確かに強力な幻術ですな……」
「他には神威というものもある。時空間忍術に分類されるらしいが……専用の時空間に自他の対象を転送できる、ということしか儂も知らん。そしてもう一つ、これが儂らにとっては最強最悪の瞳術だろう。もしインドラめが持っておると最悪の事態を想定せねばならん。故に扉間よ、よく聞け。そして万が一に備え対策を練っておくのだ」
「は……」
思っていたより遥かに詳細な説明に、扉間も身を乗り出していた。
なにせ千手にとってうちはは最強の仮想敵である。何代にも渡って戦ってきた経験が、うちはの能力への関心の強さを育んでいるのだ。扉間はそうした意識とは別に、隠れ里創設後を見据えて、少しでも情報を欲していたという事情もある。
果たして扉間は――
「その幻術の名は
「――――」
万華鏡写輪眼――大筒イブキの目がそれに変化した瞬間、扉間は術中に嵌ってしまった。
――瞳術に名が付いているということは、先に開眼している者がいるということ。
うちはイタチ固有であるはずの天照と月読を、弟であるうちはサスケが扱えた事から、固有瞳術も遺伝する可能性は高い。故にイブキ、否、うちはインドラはうちはシスイの先祖が別天神を開眼する可能性も想定していた。故に遥か昔に継続的・計画的に乱獲した写輪眼の中に、うちはシスイの先祖が混じっていたと知った時、彼は歓喜していたのだ。
インドラは、ニヤリと嗤う。
「セカンドプラン――最重要項目、これでクリアだ」
六道仙人かカグヤが全ての瞳術を網羅していて、知識として残していた可能性も無きにしも非ずかもしれませんが、本作ではこういう設定です。