『うちはマダラ・ラスボス化計画』   作:飴玉鉛

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冒頭、課金族さまからいただいたイラストを載せてます。
闇に呑まれよ!(感謝の意)


『マダラの願いの道』 前編

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 在りし日の、写真。

 大筒家が開発した最先端の技術の結晶、カメラなる器械によって映し出された一枚の紙。

 まだ息子が生まれておらず、夫婦になったばかりの頃の記憶のカタチだ。うちは一族の当主の証すら置いてきたマダラが、唯一持ち出した宝であり――罪の在り処でもある。

 木陰にある岩に腰を下ろして、世捨て人のように各地を回るマダラは、日に一度はこの写真を眺めていた。そうして記憶を風化させないようにしている。愛する妻の顔だけは、決して僅かでも忘れないように。妻の顔さえ覚えていれば、息子のことも忘れないだろうから。

 

 マダラは無言で影に佇み、影の中を歩む。

 

 近年、世界は急激に平和に向かいつつあった。忍界は里の完成に伴い、新たな生活を築く苦労で争い合う余裕はなく、表世界も度重なる戦争に疲弊し、各国は休戦した。

 だがそこかしこに怨嗟と涙の海は溜まっている。近い内にまた戦争は始まるだろう。平和とは次の戦争の準備期間である、と敬愛する義父は言っていた。まさにその通りになりつつある。

 酒を酌み交わし、争いのない世界を夢見た日々。義父との語らいは若きマダラに多くの学びを齎した。人は争い続ける生き物であり、たとえどれほど時を経て、真理を得ようと戦争を求めるのだ。

 故に戦争そのものを支配し、戦争の規模を改革することで、血を流すことなき戦争を主題とする。義父の語る世界統一後の展望は、夢物語でありながら、この人なら実現できるとマダラは思った。

 まさに、夢。理想と現実をすり合わせた、最終解答の一つ。

 

 全てが遠い、夏の日の陽炎のような過去だった。

 

 これまでの人生を懸け、追い求めたもの。争いの火種が燻るのを見て、平和の意味を考える。平和の価値を想う。義父の説いた夢を想う。しかし昔のように、平和を求められるだけの気魄はない。

 かつて望んだ全てを手に入れ、何もかもを失った。ただ一人残された自分は義父の志を継ぐべきなのかもしれない。だがそんな大望は抱けなかった。どうでもいいとすら感じている。

 義父は己を叱るだろうか。失望するだろうか。なぜ夢を継がないと憤り、己の節穴さを嘆くだろうか。色んなことを想い、思う。だがどれもしっくりと来ない。多分……義父は「是非もない」とだけ宣い、あっけらかんとしているだろう。あの人はまさしく怪傑だったが、どこか全てを他人事に捉えている節があったように、今更ながら思い至った。

 

 己には、願いがある。夢ですら無い、ささやかで、大それて、自分勝手な。

 

 だがマダラにはその道を歩む決意が足りなかった。

 力はある。道を見る眼も、実現する計画もある。

 邪魔な繋がりは全て絶ち、やろうと思えばすぐにでも始められた。

 

 マダラは柱間を倒した。柱間ですら、己を止められなかった。即ち見つけた道を進む事を躊躇う必要はない。――あの戦いは、己の中の絶望と憎悪を、全て吐き出したものだ。柱間はマダラの募った負の感情を、根こそぎ受け止めたのだろう。故に八つ当たりは終わった。

 此の世の何かに怒り、怨みを持つのに疲れてしまったのだ。

 故にあの戦いはマダラの勝利であり、同時に敗北でもあったのだろう。怒りと憎しみは、計画を開始するための動機には充分なのに、それを受け切られてしまったのだから。

 今のマダラは、願いの為に動く決断を下せない、優柔不断な凡夫である。世捨て人のように世界を彷徨い、悟ったように漫然と時を浪費する様は、ただ只管に無意味で愚かだった。

 

 匪賊に襲われる人々を救い、目の前の命だけを守り。守るために人を殺すのも億劫で、その国の官憲に生きたまま引き渡す。そんなことを繰り返して、同じ土地に定住せず流離う伽藍洞。

 虚しかった。眩しかった。気紛れに救った夫婦とその子供の、安堵の涙と感謝。そこに嘗ての自分を重ねて、自分だけ勝手に救われた気持ちになるなんて……滑稽過ぎて己を殺したくなった。

 十年も過ぎた頃、千手柱間の訃報を遠く離れた地で伝え聞く。どうも己が付けた傷を癒やさず、衰えていきながら激務に臨み、やがて過労の末に息絶えたのだという。そうか、とだけ呟いた。

 それで終わり。何も思わない。友情は、捨てていた。……後十年で扉間も死ぬなと予見する。果たしてそれは当たり、扉間は自らへの不信感を道連れに死ぬのだが、やはり何も感じなかった。

 

 戦争がまた始まっている。目に見える人、手の届く範囲の人だけを、その場限りで無責任に救い、その後の面倒も見ずに立ち去ることを何度もした。何故だろう……何故こんなことをしている。

 いたずらに偽善を振りまき、贖罪でもしているつもりなのか? 願いの道の先に見える――妻の姿を直視するのが怖いから。だからこんな、煮え切らない事を繰り返しているのだろうか。

 マダラも齢70を超えている。このまま何も成せず、為そうともせず、ただ朽ちるのを待つだけなのだろうか。柱間と対決までして願いに向け動けるか試したのに……何もしないのか?

 

 マダラは煩悶としたまま歩み。そして、出会った。

 

 

 

「――なる、はた……?」

 

 

 

 火の国。武装した侍が数多く警邏しており、物々しい空気を醸す町中にマダラは来ていた。これまで避けてきた場所を、体が衰え長旅に耐えられなくなった今、最後に見ておこうと思ったのだ。

 雰囲気は、悪い。偉大な大大名、大筒イブキ存命の頃には考えられない。発展が全く見られず、大筒家の求心力が落ちつつあるのが分かる。それも自然な流れだ。表世界と忍界の関係は、ほぼ同等と言える関係になっている。表世界で戦争の火種がなかったとしても、忍界の情勢が乱れたら影響を受けるようになってしまっているのだ。

 忍界では里同士の第一次忍界大戦が終結し、第二次忍界大戦が勃発しようとしている。度重なる忍界からの飛び火により、表世界の国々も荒廃しているのだろう。自国の抱える忍び里を用いた代理戦争に近い様相を呈してしまい、忍達はかつてと異なり表世界にも攻撃するようになったのだから。

 

 しかし、渦中にある火の国の首都で、一箇所だけ雰囲気のいい場所がある。

 

 和やかで、人々は安心して寛ぎ、和気藹々と雑談に花を咲かせているのだ。まるでそこだけ別世界の光景を切り取ったかのような様子に惹かれ、なんとなしに足を向けたのだ。

 すると、そこにいた。

 嘗てマダラが青年で、愛した人が少女だった頃。

 ナルハタ姫の生き写しそのものの、余りに美しい黒髪の少女が。

 呆然と佇む、黒衣の老マダラの視線の先で、少女は華やかで明るい雰囲気を放射している。少女は茶屋の店員らしく、客たちに商品を配膳していた。客たちは老若男女の境なく、皆一様に笑顔で少女に話し掛け、少女はくるくると表情を変え、ころころと笑っていた。

 

「――――」

 

 無意識に茶屋を訪ね、卓につく。

 我が目を疑い幻術を解こうとするが、老いたりとはいえマダラに幻術を掛けられる者はいない。

 解印は空振りに終わり、ならばと周囲を写輪眼で視た。

 ……誰も幻術に掛けられていない。

 あの少女も、()()()()()()()()()()()()()チャクラの質をしていた。

 

 ナルハタではない。

 

 当たり前なのに、マダラは落胆を禁じ得なかった。

 そもそも歳が違う。ナルハタが生きていたとしても、10代前半の少女でいる訳がないのだ。

 だが……見れば見るほど似ている。本人にしか見えなかった。

 店員として客のマダラへ注文を聞きに来た少女に、堪らず口を閉ざす。

 

「お客様ー? あのー、注文はどうします?」

「………」

 

 そういえば、今までまともに会話した覚えがなかった。

 若き頃より対人交渉力を低下させ、驚天動地のコミュ障に退化していた老マダラは、脈絡なく問を投げる。

 

「……娘。名は?」

「へ?」

 

 不審者である。フードを目深に被り、顔を隠しているマダラは完全無欠に不審人物だ。

 始末に負えないことに、とうのマダラは全く自身のおかしさに気づいていない。

 しかし少女は少しも気分を害した様子を見せず、にこやかに応じてくれた。

 

「私? 声からしてお爺ちゃんなのかな? うーんとね……私は群雲(ムラクモの)かぐやっていいます。奇妙に聞こえるかもだけど、かぐやが苗字で群雲が名前だよ。ムラクモって呼んでいいからね」

「……かぐや一族」

 

 その名の響きに、落胆する。

 もしかしたら、大筒家の落胤なのかと思った。

 そうだったら彼女はナルハタの親族という事になるのだ。

 ……親族だったら、どうだというのだろう。

 なんであれ、かぐや一族が此処にいるのは不自然だろう。マダラは続けて問いかけた。

 

「なぜかぐや一族が此処にいる」

「んー? 私があの一族の出だって分かるってことは、お爺さんって忍なの? あはっ、全然そう見えないねっ」

「………」

「あ、気を悪くさせちゃった? ごめんごめん! なんで此処にいるのかって言われてもさ、単にお父様達の都合かな。あ、こう見えて私ってば、このお店の用心棒もしてるんだよ? 元忍だからって悪いことをしたら、懲らしめちゃうから気をつけてね!」

「………」

 

 マダラは無言で、フードの下から少女の顔を見る。食い入るように。

 席を立った。

 

「お爺さん? もしかして冷やかし?」

「……フン」

 

 鼻を鳴らし、マダラは去った。他人と分かれば用はない。

 ちょっとー! という声を無視して、マダラは火の国を去った。

 

 老人は自己嫌悪する。

 幾ら群雲が瓜二つとはいえ、似ているだけの他人にこうまで心を揺さぶられた己を呪った。

 ナルハタ、と呟く。

 彼は風化した写真を懐から取り出す。年月の経過で、摩耗した写真を。

 覚えているつもりだった妻の顔。それを、あんな小娘に鮮明に思い出させられ、彼は再び燃え上がる願いの火を感じたのだ。

 諦められない――この願いを、捨てられない。マダラは枯れない涙を一筋流し、また呟いた。

 

「ナルハタ……!」

 

 遅い。遅すぎる。もう自分には時間がない。なのに――なのに……この期に及んで、老人は長年空想に貶めていた計画に手を付けた。

 積年の孤独と、老人になったことで、心が弱くなっていたからだろう。

 マダラは今まで無為に浪費した時間が嘘のように、懸命に計画を練って、行動していた。

 

 だが全て無駄だ。何もかもが無為である。マダラには時間がない。なりふり構わず延命すれば、まだ二十年は生きていられるだろう。だがそれでも時間が足りないのだ。

 マダラは地下()に籠もった。そこで計画を進めた。必要な手駒の選定もして、二十年間を只管に己の願いのために費やした。それでも……それでも、せめてあと四十年。無駄にした四十年があれば、何もかもをマダラは一人で達成していただろうに。時間が、ない。

 

 己の寿命と、延命の限界を悟ったマダラは、地下で独り虚しく笑った。

 

「ハハ……ハハハ……」

 

 計画は何もかも上手くいく。老成したマダラの眼には、願いの先が見えていた。

 だからこそ笑うのだ。己を嘲笑い、計画と研究の全てが無為になることを、悔やんだ。

 

 そうしてマダラは独りで朽ちて死ぬ。誰にも看取られず、誰にも知られず。

 お似合いの最期だ、相応しい醜態だ。マダラは皺だらけの貌に、泣き笑いを浮かべ、無駄な人生を過ごして。それでもなお、計画を進め続けた。

 何もかもが無駄になると知りながら。

 あらゆる全てが無価値になると分かっていて。

 それでも、願いの道を走らずにはいられなくなっていたのだ。

 

 ――だから。

 

 それは運命だったのだろう。

 

 地下にいる老人のもとへ、地上から地面をすり抜けたように、少年が落下してきたのは。

 

 マダラは、人生の最後に、運命と出会った。

 

 誰にも謀られず、何者にも誘導されていない、本当の運命。

 

 うちはオビトと、うちはマダラは邂逅したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 




※マジのガチで黒幕気取りは関知してません。

※明日は本当に休むので更新は無しです。

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