第21話
――うちはサスケは、名門うちは一族の宗家の人間である。
名の由来はうちは一族の盟友、猿飛一族から輩出された二代目火影・猿飛サスケだ。彼の如く優秀な忍となってほしいという願いを込め、父フガクにより命名されたという。
そんなサスケはうちは最強の英雄、マダラ以来の天才と称される上忍のイタチを兄に持ち、サスケは優秀な兄に負けないように努力を重ねていた。努力の甲斐もあり、同期のアカデミー生の中でサスケに匹敵する忍者見習いは
サスケの目標は兄を超える事。何かにつけ比較されている――という事は特にないが――イタチに微かな劣等感を持ち、彼を超えることで父フガクに認められたいと願っているのだ。
故にアカデミーという舞台で、自身に匹敵する存在が目障りだった。
イタチはアカデミーをダントツの成績で卒業している。自分も同じぐらい圧倒的な力を示し、卒業したいと思っていたというのに――同期に
逆上に近い対抗心を燃やし、対峙する相手を睨む。
サスケと相対しているのは、座学を除き体術・幻術・忍術の成績で己を凌駕する少年だ。眩い金色の髪を自然体に伸ばし、渦潮隠れの里の印を背中に刺繍された蒼い上着と、丈夫な黒いズボンを穿いている。その少年はうちはと同等の名門うずまき一族の血を引き、うちはの怨敵とも言える千手と、五代目火影候補と目される上忍の血を受け継いだ少年だった。
名を、
特筆すべきなのは、英雄マダラのライバルだった千手柱間以来、使い手のいなかった天然物の木遁使いでもあるということ。写輪眼に匹敵、あるいは凌駕する血継限界を有しているのだ。
どの術も一流の忍にとっては『使えてはいる』といった程度の練度である。しかし使えるだけでも十二歳という年齢を考慮すると破格の実力だろう。ゆくゆくは陰遁を除く全ての性質変化を扱えるようになるかもしれない――千手の中で唯一誰からも敬愛された男のように。
忍の神の再来――大成すれば千手柱間に匹敵する存在へ成長するだろうと、大人達の誰もが注目する若手のホープ。それが波風ナルトであり、サスケがライバル視する同期の少年だった。
柱間は千手一族として木ノ葉隠れの里で尊敬され、畏敬の念を向けられる唯一の英雄だ。終末の谷の戦いでマダラに敗れはしたものの、当のマダラに命を繋げられたという事実を歪曲せず、うちは一族は受け止めていたのである。柱間はマダラの友だった尊敬すべき男だ。故に木遁使いは嫌悪の対象ではなく、うちは一族にとって超えるべき壁として認識されているのであった。
サスケにとってもナルトは壁だ。
「――ナルト! 今日こそお前を倒してやる! 今日はアカデミー最後の忍組手だ、この時のためにオレは兄さんと猛特訓して来た!」
甲高い少年の声で、サスケは宣言した。外野である同期のアカデミー生達の声など意識の外、今のサスケにはナルトしか見えていない。
ナルトは、にかりと人好きのする笑顔を浮かべた。
太陽のように翳りのない、人を惹きつける笑顔だ。同期生達の中心に何時もいて、不思議な人徳で男女の別なく好きになってしまいそうな存在感がある。サスケも例外ではない、だからこそ対抗心をより一層燃え上がらせてしまう。伝え聞く柱間のような少年が、うちはサスケを指してオレのライバルだと言っていたのを聞いたことがあるから、なおのこと。
サスケはイタチを超えたい。父に認められたい。――だが同時に、本人は決して認めないが、ナルトのライバルとして恥ずかしくない忍になりたいと思っていた。
「特訓してきたのが自分だけだと思うんじゃねえってばよ。オレだって父ちゃんと母ちゃん、それと
間に立つアカデミー講師の中忍、うみのイルカが片手を振り上げる。
始まるのだ、下忍になる前の最後の戦いが。
集中力を高めるサスケと、ナルト。
アカデミー生のツートップの二人の対決に、同期生たちもそれぞれ声援を送った。
「忍組手、はじめ!」
イルカが合図を出す。瞬間、真っ向から二人の少年は激突した。
うずまきナルト――改め波風ナルト。
シズメの目論見通り、血継限界『木遁の術』に目覚めている少年は天才だった。
両親が健在で友人も多く、九尾の人柱力ではない故にチャクラコントロールに難もない。おまけに両親の縁を借りて豪華な指導陣の指導を受けている。劣悪極まる環境とは正反対の、恵まれた環境に身を置いているナルトは、少年期にして大器の片鱗を覗かせていた。
落ちこぼれの嫌われ者なんて姿は微塵も想像できまい。本来ならサスケの影も踏めないような底辺、諦めないド根性だけが取り柄の下忍などとは、誰も結びつけて見れないだろう。
ナルトは天才である。体術に限った才能だけを見てもトップクラスだ。原作初期のハンディキャップじみた境遇さえ無かったら、ナルトはここまで化けるのだという可能性を示していた。
現に見るといい。ナルトは体術のみでサスケと互角以上に渡り合えている。――否、必死の猛攻を仕掛けるサスケに対し、ナルトは余裕を残していた。サスケもあの歳にしては充分な腕でナルトにも負けていないが、うずまき一族と千手一族の血を引くナルトのスタミナは化け物じみている。サスケが息を乱し始めているのに、ナルトは全く疲弊した様子を見せていないではないか。
「――やっぱり此処にいたんだね、シズメ」
「随分と暇そうじゃな?」
アカデミー校舎の屋根上で忍組手を見下ろしていると、隣に二人の男が降り立った。
対照的な二人だ。爽やかな甘いマスクに碧い瞳、金色の髪の男は波風ミナトだ。そしてもう一人は老齢に達し、隠居の身分を楽しんでいる猿飛ヒルゼンである。
ナルトが生まれてから十二年。シズメは二十六歳になっている。当時の地味な和服姿からイメチェンし、スリットの入った黒い袴と黒い胴衣を纏い、薄紅色の羽織を肩に掛けた姿になっていた。
多様な忍具の収まった革のポーチを腰帯代わりに締め、腰帯に真紅の鞘に収まった小太刀『油田』を差し、漆黒の鞘に収まる太刀『閻魔刀』を背中に負っている。どちらも業物たるチャクラ刀だ。
絶世。傾国。大和撫子。美辞麗句の悉くを体現する美女となったシズメは、ちらりと色のない視線を二人に向けた。
「此処にいては駄目か、ミナト。それに暇なのはヒルゼン様の方だろう」
木ノ葉の黄色い閃光、最強の火影、飛び華道。ここにいる三人だけで小国を落とすのも容易い。三人ともが影クラスの忍であり、断じてアカデミー生の修行を見ていていい者ではないだろう。
最強と言われる度に、初代達の時代を知るヒルゼンは苦笑を禁じ得ないわけだが、それはさておくとして。ヒルゼンはますます色香を増し、魔性のくノ一と化したシズメに言った。
「ワシは隠居の身。後進の者達が頼もしいお蔭じゃ、こうして子供達が励む姿を見る時間がある。だがシズメよ、お主は違うはずだと思っておったが?」
「つい最近、火影様からS級任務が割り振られたはずだけど、それはどうしたんだい?」
ヒルゼンは手の掛かる孫を見るような目をしている。
しかしミナトは素直に心配の色を浮かべていた。
あからさまに年上の自分にタメ口を叩くシズメに、人が出来ているミナトは不快感を抱いていない様子である。それもそうだ。ミナトの認識だとシズメは師である自来也の一人娘であり、性質変化を加えた螺旋丸の完成を手伝ってくれた、歳の離れた友人であるのだから。
ミナトもまだ『男』だ。シズメの美貌に魅了されてもおかしくないというのに、彼にはそんな様子は全くと言っていいほど見受けられない。幼い頃から妻のクシナ一筋なのである。
そんな二人に、シズメは鼻を鳴らした。
「フン、何がS級任務だ。あんなもの、昨日までに片付けている」
「ほう……」
「流石だね。こっちには飛雷神で帰ってきたわけか」
「帰りに観光してくるぐらい許されるだろうに。相変わらず遊びがないのう」
シズメに任された任務は、嘗て放浪していた伝説の抜け忍、うちはマダラが戦火から救ったとある大名一家に纏わるものだった。強烈なマダラのシンパと化した当時の姫が、現在の水の国の女性大名となっている。その女性大名は、軍備の拡張に邁進する田の国という小国を外交戦略で傘下に収め、火の国に対する橋頭堡として確保しようとしていたのだ。
シズメはこの流れを阻止するために、火影である大蛇丸から工作を命じられた。斯くして単独で任務に当たったシズメは、水の国の水面下での活動を多方面にリークし、なおかつ雲隠れの額当てをした忍に変化した上で、水の国の女性大名暗殺未遂を起こした。
水の国の国内から飛雷神を使わず、手練の追手と命懸けの鬼ごっこに興じながら雷の国に逃げ込んで、シズメは雷と水の国に緊張状態を作り出したのだ。そうして田の国が脅かされる状況を打破して任務を完了させたのである。この流れの中だけでも大スペクタクル物だ。
単独で当たるには難易度が高すぎる。忍としての高い技量と、情勢への深い理解、国家間のパワーバランスの調整力、いずれか一つでも欠けていたら成し遂げられないものだった。
それを容易い任務だったと言外に吐き捨てたシズメに、ヒルゼンとミナトは感心する。流石は現在木ノ葉隠れにて最優最強の忍と目されるくノ一だ。
「そんなことより、二人は聞いているか? 大蛇丸先生は私に部下を付けたいらしい」
「え? いや、僕は聞いてないな。ヒルゼン様は?」
「いや……しかし察しはつく。大蛇丸め、ますます火影らしくなったのう」
ミナトは火影候補とはいえ一介の上忍である。まだその手の人事に関われる立場ではない。
だが火影として、木ノ葉という里を完成させたと言っても過言ではない、偉大な火影だったヒルゼンには
「大蛇丸はお主に部下をつけ、部下と同時にお主も成長させようとしておるのだろう。――恐らくお主にとって初の部下となるのは、あそこのナルトだな? シズメよ」
「そうなのかい?」
「……ああ。そなたの息子は木遁に目覚めていると聞く。不本意ながら今期卒業生の第一班の長となるよう、先生から内々に告知されている。班員も既に決定済みだ。ナルトは私の部下になる」
「へえ……良いんじゃないかな? ナルトも君を慕ってる。この間なんて多重影分身まで教えて……シズメ姉ちゃんって呼ばれて満更でもないんだろう?」
「何? 多重影分身を教えたのか、シズメ!」
「――ミナト! それをヒルゼン様の前で言うなと言ったであろうが!」
多重影分身は禁術である。眦を吊り上げて怒りを見せるヒルゼンに、シズメは逆上の勢いでヒルゼンの勢いを呑み込んだ。ミナトは声を上げて笑った。
「大丈夫ですよ、ヒルゼン様。ナルトのチャクラ量は現時点でカカシの四倍はありますし、多重影分身の危険性はナルト自身も自覚してます。チャクラコントロールに関して右に出る者のいないシズメが師匠なんです、僕から見てもリスク管理は完璧でしたよ」
「む、むう……しかし禁術は、安易に教えるべきでは……」
「老いぼれて頭が固くなったな、ヒルゼン様。そんなだから大蛇丸先生からも煙たがられる」
「シズメっ! それは元はと言えばお主が――!」
「んっ、二人とも! ナルトが勝ったよ!」
シズメに詰寄ろうとする老人を無視する形で、空気を読めないミナトがアカデミーの広場を見る。
すると倒れたサスケを助け起こそうと、ナルトが手を差し出しているところだった。
流石は僕達の子だ、と嬉しそうにするミナトに毒気を抜かれたのか、ヒルゼンは露骨に嘆息して怒りの矛を下ろした。とうのシズメはどこ吹く風である。
「まったく……ところでシズメよ、お主から見てナルトはどうなんじゃ」
「あ、それは僕も気になるね。自慢の子だ、師匠である君からの評価を聞いておきたいかな。クシナへの土産話にもなる」
「……一言で言えば『誰だお前』だな」
「え?」
ポツリと呟いたシズメに、ミナトとヒルゼンは目を見合わせた。
適当に男子三日会わざればなんとやら、と言い足すと二人は納得したような素振りを示す。
しかしシズメの本意は違う。そういう意味ではないのだ。
本当にあの波風ナルトは、『うずまきナルト』とは完全に別人なのである。
――波風とうずまきのナルト。双方の最も異なる外見的差異は、波風の方には特徴的な髭みたいな三本線が頬にないことか。成長すれば結構な男前になりそうである。
まあ外見的変化などはどうでもいい。
初期能力と環境の変動が、吉と出るか凶と出るか、まだ誰にも分からない。
シズメは無表情の裏で、将来が楽しみで仕方ないといった想いを抱いていた。
「ところで、シズメの初の部下になる残りの二人は誰じゃ?」
興味本位で訊ねてきたヒルゼンに、シズメは淡白に答える。その視線は女子達の後ろで小さな声援を送っていた少女と、最前列で少年達の両方を応援していた赤髪の少女に向けられていた。
「
わたし頑張ってるよ……感想と評価で褒めて褒めて!(現金主義幼女)