『うちはマダラ・ラスボス化計画』   作:飴玉鉛

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第22話

 

 

 

 

 

 日向ヒナタにとって、波風ナルトは『良い人』だった。

 

 アカデミーの中でも地味で、暗くて、自分に自信がない。五歳年下のハナビと比べてすら才能がなく、父から跡継ぎの資格なしと見限られて冷遇されても仕方ないと受け入れていた。

 そんな自分と比べて、ナルトは何もかもが正反対だ。一番優秀な同期で、皆の中心で、明るく自身の言動には常に自信がある。両親から愛されていて、跡継ぎだのなんだのと悩むこともない。

 置いてけぼりにされがちな自分を見かねて、彼は沢山話を振ってくれる。仲間外れにされないように気を配ってくれる。嬉しいけど、ちょっと困らされていた。

 変に仲間の輪に誘われても、どうしたらいいのか分からないからだ。ナルトはヒナタにとってまさしく憧れで……ヒナタにはナルトが眩しく見えて仕方なくて――だからそんな『良い人』と自分が同じ班になった時、ヒナタは肩身が狭い思いをしていた。

 

「あーあ、なんでナルトなんかとウチが同じ班なんだ。どうせならサスケと同じが良かったな」

「はあ? なんだよ香燐、お前ってばオレよりサスケが良いってのか!?」

「そうだよ、そう言ってんだウチは。文句あんのか、コラ!」

「ケッ! 何かにつけてサスケサスケサスケ! 耳にタコが出来てんだってばよ! お前のせいで昨日の夢にサスケが出て来ちまったじゃねえか! 今日も出て来たらどうしてくれんだってばよ!」

「はぁ!? なんだそれ羨ま……いやウチのせいにしてんじゃねぇよ! この単純馬鹿!」

「だぁーれが馬鹿だ、オレより座学の成績悪いくせに!」

「テメェとウチはほぼ同着だろうが! なに勝手に格付けしてんだ馬鹿!」

 

 下忍になって担当上忍がつく事になった、第一班。空いている教室で、その担当上忍が来るのを待っている最中、班員になったナルトと香燐が怒鳴り合っていた。

 彼らは親戚同士だ。うずまき一族の母を持つナルトと、純粋なうずまき一族である香燐は、謂わば幼馴染というもので気心の知れた仲だった。故に互いへ全く遠慮がなく、露骨に悪態を吐き合える。彼らには兄貴分がいるらしいが、その人との関係も良好らしい。

 ……親戚とそうした関係になれるところも、自分なんかとは全然違う。席について俯いたまま、劣等感と羨望を隠している自分自身がヒナタは嫌だった。

 

 互いの胸倉を掴み睨み合う二人を、どうやって止めようかと慌てるだけで、声の一つも掛けられない。うじうじうじうじ……本当、嫌になる。

 

 香燐は凄い。どうして自分より何もかも優れている人に、ああも食って掛かれるのか。どうして香燐は、()()()()()()()ナルトという太陽へ、愚直に接する事が出来るのだろう。

 うちはサスケ。ナルトがライバルだと言っていた少年だ。

 彼も凄い。ナルトと対等に競い合えるのもそうだが、何度も負けてるのに諦めず挑めている。

 正直、ヒナタはナルトとサスケなら、サスケを応援したい。異性としての好意はないけど、挑戦し続けている姿勢は尊敬できた。いつかナルトにも勝てたらいいなと思っている。

 

 ……自分は?

 

 応援している、サスケを。羨んでいる、香燐を。

 ……落ち込んでいる、ナルトと自分を比べて。

 変わりたいと思っていた。

 思っているだけ。行動できない自分が、嫌いだ。

 

「――喧しい。黙って待つ事も出来んのか、貴様ら」

 

 やがて指定された時間通りに、扉を開けてその人は来た。

 

 ピタリとナルトと香燐が止まる。

 綺麗な人だった。肩口で切り揃えた絹のような黒髪の、黒い瞳の女の人。

 黒胴衣と黒袴を身に着けていて、スリットから覗く太腿が目に眩しい。

 薄紅色の羽織を纏い、小太刀と太刀を携えた姿は凛々しかった。

 木ノ葉の額当てを首に提げた女の人、その人の名前と顔を知っている。

 

 飛び華道――木ノ葉最強の上忍。

 

 彼女に憧れるくノ一は数知れず、年頃の青少年も数知れない。教壇の前まで来たその人は、奈落のように何も映さない顔色でヒナタ達を睥睨した。

 

「シズメ姉ちゃん! なんだよシズメ姉ちゃんがオレ達の担当になってくれんのか!?」

「うげぇ……よりによってシズメさんかよ。長門さんがよかった……!」

「………」

 

 香燐とナルトは正反対な反応を示した。片や大歓迎、片や敬遠。ここまで分かりやすくクッキリ反応が分かれると、却って小気味よいほどだ。

 二人は華道シズメと顔見知りなのだろう。しかし初対面であるヒナタは、ますます自分が場違いな気がして辛くなった。シズメは木ノ葉屈指の英雄だ、自分でも知ってるレベルである。

 なんで私なんかが此処にいるんだろう……一人で勝手に疎外感を覚えたヒナタが俯くのに構わずに、華道シズメは香燐に視線を向けた。ビクリと肩を跳ねさせた香燐をシズメは見詰める。

 

「聞こえているぞ。香燐、貴様は長門の方が良かったか?」

「あ、いや……あはは、ウチがそんなこと言うわけないじゃないですかぁ! いやぁシズメさんの班になれてウチも安心だなぁ! 昔みたいにシズメさんに師事できるなんて光栄に思いますよ!」

「それなら良かった。長門は来期の卒業生を受け持つ事になっている、私が嫌ならアカデミーに戻ってもらうところだったぞ」

「ぁ、はは……すんませんっしたぁ! それだけは勘弁してください!」

 

 机に手をついて頭を下げる香燐を、横のナルトが「ぷくく……口を滑らせるからそうなんだってばよ」と小馬鹿にした。香燐は頭を下げたままコメカミに血管を浮かび上がらせている。

 そんなナルトを無感動な視線一つで黙らせたシズメは、数秒の間を置いてから話し出した。

 

「……二人は知っているが、一応自己紹介をしておこう。私は華道シズメ、貴様らの担当上忍となる者だ。そして貴様らは私が持つ初めての部下となる。私の部下となったからには、途中下車は絶対に許さん。貴様ら全員を一流の忍に育て上げ、木ノ葉の忍として恥ずかしくないようにしてやろう。……どうした貴様ら、感謝の言葉が聞こえんぞ」

「ありがとうございございます! ご指導ご鞭撻のほど、何卒よろしくお願いします!」

「お、お願いします……」

 

 二人が同時に立ち上がり、深々と頭を下げ大声で感謝を口にした。

 ヒナタも釣られるが、声は小さい。

 雲の上の人であるシズメは、そんなヒナタを見た。

 

「一人、愚図が交じっているな。喜べ日向ヒナタ、特別貴様には目を掛けてやろう。泣いても笑っても手放さん、日向の名に恥じぬ達人にしてやるぞ」

「ぇ、ぁ……はぃ。ぁりがとぅ、ござぃます……」

「フン……無性に可愛いな。可愛すぎて抱き締めたくなる」

「ぇ……?」

 

 何故か気に入られたようで、困惑する。ジッと見られて冷や汗が浮かんだ。

 席にはヒナタ、ナルト、香燐の順で横並びになっている。故に隣のナルトが耳打ちしてきた。

 香燐もまた憐れむように、小声で囁くナルト越しにヒナタを見てくる。

 

「あのさ、あのさ……ヒナタ、よく聞いとけ。先人の助言だってばよ」

「え、な、なに……? ナルトくん……」

「シズメ姉ちゃんは年下に矢鱈優しくて厳しいんだ。色んな意味で。だから気をつけるんだってばよ、変にシズメ姉ちゃん基準で可愛かったら、香燐みたく()()()()()にされちまうぞ……!」

「そ、それってどういう意味……」

「――ナルト。貴様はこの班での黒一点だ、気合を入れておくがいい。これまでのお遊びじみた修行ごっことは違う、本物の修行を付けてやろう。泣いたり笑ったり出来ると思わぬことだ」

「げぇーっ!?」

 

 密談が気に食わなかったらしい。ドスの利いた声音で言われ、ナルトは悲鳴を上げた。

 しかし、どこか嬉しげである。嫌がってるのに嫌がってない。

 ヒナタはなんとなく、これから上手くやっていけるのか不安になった。

 無意識に両手の人差し指をツンツンと合わせながら呟く。大丈夫かなぁと。

 

 大丈夫じゃなかった。

 

「貴様らの自己紹介は不要。私は貴様らのデータを頭に叩き込んである故な、わざわざ聞いてやるだけの時間は割かん。表に出ろ、第三演習場にて今の貴様らの腕を測ってやる」

 

 言うだけ言って、さっさとシズメは出て行った。

 シズメが出て行くのを見送り、完全に姿が見えなくなった途端、ナルトと香燐はやはり同時に立ち上がってヒナタを急かした。

 

「――行くぞナルトォッ! 日向もチンタラしてんじゃねぇぞ!」

「急げ急げ急げぇっ! シズメ姉ちゃんはこういう時、ぜってぇ時間を計ってるってばよ! 早く行かねえと()()()()()になっちまう!」

「え? ……え? ……ま、待ってよ二人とも!」

 

 走り出すのが遅れたヒナタを置いて、香燐は必死の形相で走り去っていく。

 ナルトは出遅れたヒナタを見かねたらしく、強引に手を取り引っ張ってくれた。

 少年に手を引かれながら少女は懸命に走る。

 この二人がそこまで怖がる、お気に入りってなんだろうと思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よく来た。期待通りの早さだと褒めてやる、可愛いぞ」

 

 どれだけ必死に走っても、影すら見えなかった。シズメは第三演習場の中心に立って待っていたらしく、息を切らしている香燐とヒナタに冷めた目を向けている。

 全く疲れていないナルトには一瞥もせず、豊かな乳房の下で腕組みをした。

 

「早速だが演習を始める。各々質問があるなら済ませろ」

「はい!」

 

 テンポの早い展開について行けていないヒナタをよそに、額の汗を袖で拭いながら香燐が勢いよく挙手した。ピンと伸びた腕と指先が美しい。

 香燐はとにかく情報を求めている。ナルトも続いた。

 

「演習の内容はなんですか!」

「基本的な質問だが、良い質問だ。何も訊かなかったら何も伝えずに演習を開始していた。情報を開示する、これからする演習は実戦式の組手だ。なんでもありの形式で行う」

「うげっ……しょ、勝敗の条件はなんでしょうか! 目標とかあってそれが達成できなかったらペナルティがあるとか、そういうのは!?」

「貴様ら三人が連携し、私に挑めばいい。勝利も敗北もない、演習だからな。ペナルティも特に設けていない。他に質問は?」

「ハンデはどうすんだってばよ、シズメ姉ちゃん!」

「私は写輪眼、木遁、屍骨脈の血継限界を使わない。飛雷神もだ。使用する忍術は基本の土遁のみとし、体術も足技は用いない。防御に使うのみとする。両耳を耳栓で塞ぎ、右目も閉じよう。貴様らは何をしてもいいが、代わりに腕の一本や二本は折られる覚悟をしておけ」

「治療はどうするんですか!?」

「貴様の医療忍術のいい修行になる。冗談抜きで折る故、精々気張れ」

「制限時間はありますか!」

「一時間だ。演習場内にいる限り逃げてもいいし、隠れてもいい。ただし貴様らが逃げ隠れに徹した場合、私は十分ごとに自らに掛けた制約を解く。木遁、飛雷神、写輪眼、屍骨脈、その他の忍術といった順だ。最初は余り追わんが、逃走は計画的に行うように。――次」

「はい! はい! 作戦会議の時間をくれってばよ!」

「よかろう。質問タイムは打ち切りだ。作戦会議に十分の時間を設ける。その後、更に五分の猶予を与える故、合計して十五分後に演習を開始しよう。なお私は今から耳栓をする。話し合え」

 

 言い終わるや否や、即座に香燐がヒナタの手を握った。先程のスタートダッシュの遅さで、彼女がまだシズメの指導に慣れていないことに思い至っていたのだ。

 大急ぎで距離を離し、顔を寄せ合う。全員がシズメに背を向けていた。

 

「あ、あの……」

「おい馬鹿やめろ何も言うな。シズメさんは口の動きで会話を盗み見れる!」

「う、うん」

 

 シズメの様子を伺うようにヒナタが振り向きかけると鋭く制される。

 読唇術。忍にとっては基本的な技能だが、昨今の下忍でこれが出来る者は滅多にいない。

 平和に慣れ親しんだからだろうか。それとも潜入を始めとする諜報任務を、『根』などの暗部が専任して務めるようになったからだろうか。……恐らくその両方だろう。

 香燐が仕切って会議を始めた。

 

「ウチとこの馬鹿はお互いの手の内を大体知ってる。けど日向、お前の事はウチも余り知らねえ。お前は何が出来るんだ?」

「え、えっと……白眼、使える……かな」

「それはそうだ。お前、『日向』だからな。で、それ以外は」

「柔拳を、少しだけ……」

「……幻術は? 五大性質変化の術は?」

「………」

 

 俯いてしまうヒナタに、香燐は腰に手をあて嘆息した。

 香燐には別に責める気はない。アカデミーを卒業したばかりの少女に多くを求める方が酷だ。

 しかし香燐のその素振りはヒナタから余計に自信を奪った。失望された、と思ったのだ。

 

「じゃあ、ウチの手札を教えとく。日向もウチが何が出来んのか知っといてくれよ」

「……うん」

「ウチは簡単な封印術をほんの少し、指先を視認させた相手に掛ける金縛り系の幻術が一つ。それと気絶とか死んでさえなけりゃ大体なんとかする医療忍術だ。感知とパワーもある」

「んじゃ、次はオレだな」

 

 ナルトはヒナタが落ち込んでいるのを察しつつも、どう声を掛けたものか判じかねている。

 とりあえず後で一楽のラーメンでも奢ってやるかと軽く考えながら言った。

 

「オレは風遁と水遁、土遁と木遁、そんで封印術もちょっとやれる。けど付け焼き刃だからよ、今回は得意な水遁と土遁しか使わねぇようにするってばよ。あ……後、最近シズメ姉ちゃんから多重影分身習ってっから、ソイツで人海戦術も出来なくはねぇかな」

「……また手札増えてんじゃねえか。相変わらずブッ飛んでんな。ルーキーの中でお前に勝てる奴なんかいないんじゃねぇの?」

 

 呆れた素振りで肩を竦める香燐をよそに、やっぱりナルトくんは凄いなぁ、と余所事めいてヒナタは思った。自分なんかと全然違う。

 ナルトは緊張を前面に押し出しつつ、ヒナタ達の顔を見渡した。

 

「……まず、目標を決めるってばよ。シズメ姉ちゃんは容赦が()ぇ、どんだけハンデもらってもまともにやり合ったら五分も立ってらんねぇぞ。シズメ姉ちゃんを倒そうなんて考えねぇで、とにかく一時間を使い切るってばよ。ヒット&アウェイで逃げながらなら、シズメ姉ちゃんが素手な分たぶんなんとかなるはず……」

「な、ナルトくん……」

「んぁ? なんだってばよ、ヒナタ」

「あ、あれ……」

 

 言ってる途中で控えめにヒナタから袖を引かれ、背後を見る。

 すると――離れた場所で太刀『閻魔刀』と小太刀『油田』を素振りするシズメがいた。

 

「メッチャ刀抜いてるーっ!?」

 

 ガビーン、と効果音が付きそうな顔で驚愕するナルトに、香燐は悪態を吐いた。

 

「そういや武器を使わねぇとは言ってなかったな、クソが!」

「ど、どうするの……?」

「ああ!? それを今から話し合うんだろうが!」

「ひっ、ご、ごめんなさい」

「だぁぁ! ヒナタに当たってんじゃねぇってばよ! 流石に斬りはしねぇはずだから、ちょっと腕が長くなったぐらいに思っとくしかねぇ!」

 

 そう言ってナルトが作戦を練り、香燐がダメ出しをしながら修正案を出す。

 ヒナタは意見を戦わせる二人の横で、黙って聞くことしか出来なかった。

 大丈夫かなぁ、と。ヒナタはまた呟く。

 

 当然、大丈夫じゃなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヒナタはまだ誰も好きになってません。
が、最初からほの字でいるより、徐々に仲を深めるのもいいんじゃないかなって。
ナルトの精神性は環境によるものではなく、先天的な鋼メンタルの素養があったものと作者は考えています。普通なら木ノ葉であんな迫害受けてたら絶対悲劇に繋がってますからね……。イルカ先生がいても。

よってうずまきナルトに比べたら、ちょっと打たれ弱いところはあるかもですが、波風ナルトは後々にはうずまきナルトに匹敵する精神強度に至るものと考えております。あと、他に言いたいのは、ナルヒナはいいぞ……ってことですね。

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