横向きにされた刀身が、目線の高さに掲げられる。磨き抜かれ、鏡のように綺麗な刀身に、
きらり、と鋼が日差しを反射した。眩しいと思った時には遅い。僅かに目を眩ませたほんの一瞬の間に、踏み込んだシズメがヒナタの腕を強打したのだ。
太刀を用いての峰打ちである。だが、2キログラムもの重量を有する金属の塊を叩きつけられ、チャクラも帯びていない人体がタダで済む訳がなかった。骨の砕ける音を聞き――ヒナタの脳が激痛の信号を受け取る寸前に、シズメの拳が少女の腹を深々と抉る。
吐瀉を溢して崩れ落ちたヒナタから意識はなくなっている。痛みを知覚するより先に意識を断ったのはせめてもの慈悲か、飛び華道らしからぬ余分な動きだった。
「ヒナタぁっ! くっそぉ――!」
演習開始の時間が到来した途端、ナルト達は三人同時にシズメへ襲いかかっていた。ヒナタがシズメの左眼側から、ナルトが正面、香燐がシズメの死角である右眼側だ。シズメは右眼を閉じたまま、目にも留まらぬ早業で三人を迎撃している。
香燐は医療忍者である。だが自衛手段のない医療忍者を育てるようなシズメではない。シズメは木遁に目覚めたアカデミー時代のナルトを指導し、うずまきクシナの許へ挨拶に来ていた香燐の両親から、香燐の指導も頼まれていたのだ。その際チャクラコントロールによる怪力の業の片鱗を伝授している。故に香燐は少女の身でありながら、忍の成人男性級の威力を秘めた拳を放てた。
小太刀を手放し、掌で易々と香燐の拳を受け止めたシズメは、そのまま香燐の拳を握り少女の体を鞭の如く正面のナルトに叩きつけ、技も何もない力任せの一刀でヒナタの腕を折ったのである。そして香燐をナルトに叩きつけ、二人がもんどり打って転倒した0,5秒未満の間にヒナタの意識を奪った。
だが――シズメの足元が突如として割れる。勢いよく地面から飛び出したナルトが、アッパーカットの要領で拳を振り上げた。それを難なく空いている右手で受け止めるシズメの半視界の隅で、ヒナタの姿が消えた。影分身による変化の術で、ナルトが化けていたのだ。
同時に、シズメの四方を囲うように、地面から四人のナルトが現れ襲い掛かる。左足を軸に独楽の如く回転したくノ一が計五人のナルトの首を瞬時に刎ね飛ばした。その隙に立ち上がっていた本体のナルトと香燐が、それぞれ印を素早く結んだ。
「土遁・礫千本の術!」
「水遁・水鉄砲の術!」
香燐の足元から千本という針を模した礫が多数、シズメ目掛けて飛翔する。更にナルトが翳した人差し指から、人体を容易く貫通する水弾が放たれた。シズメが伝授した、鬼灯一族の水遁だ。
シズメは
「ひとつ、忠告だ」
よく響く声だった。
――頭上から落下し渾身の拳打を浴びせようとする香燐と、白眼を発動し点穴を狙うヒナタ。眼前の土流壁の内側から、ピンポイントで落下中の香燐目掛け、先端の尖った土の槍が伸びる。香燐は目を見開き、咄嗟にその土の槍に目標を変え拳を振るった。
砕け散る土の槍。逆手に持ち替えた太刀の切っ先に土塊を纏わせ貫通力を殺すと、振り向きもせずヒナタの鳩尾を穿った。直後、香燐には上段回し蹴りを見舞いガードさせ、そのまま吹き飛ばす。
「ひ、ヒナタ……!」
今度は本体だった。少女は容赦ない一撃で倒れ、腹を抱えて悶え苦しんでいる。戦意を喪失した証拠だ。香燐とナルトが歯噛みするのに、シズメは淡々と指摘する。
「
見落としていた弱点である。影分身は白眼ですら本体と見分けが付けられない。万華鏡写輪眼であったとしても、極めて強力な瞳力を持つ者でしか見抜けないだろう。だが視覚に頼るから分からぬのだ。影分身はどこまでいっても分身であり、分身とは映像だ。実体を持った映像といえど体臭まで再現できる道理はない。仮に出来たらそれは分身ではなく『分裂』だ。
そこまで説いたシズメは、冷淡な眼差しで戦意喪失し、腹を抱えて苦しむヒナタを見下ろした。
「レクチャー1、立てた作戦の通り事態が推移するとは限らん。不測の事態には常に備えよ。場に即した策を立てられぬなら最悪、心構えだけでもよい」
「し、シズメ姉ちゃん! もうヒナタは脱落だってばよ!」
「脱落? 寝言を垂れるな。実戦形式だと言ったはずだ。貴様ら全員が戦闘不能になるまで続ける。レクチャー2だ、集団戦の際には最も弱い者から狙われる。倒された仲間が死んでいるとは限らん。敢えて生かす事で、残った相手の荷物にしようとする敵の意図を想定せよ」
言いながら、シズメはヒナタの足に太刀の峰を振り下ろした。
骨の砕ける音。悲鳴が上がった。コメカミに血管を浮かび上がらせ、怒りに突き動かされたナルトが瞬時に飛び出す。地面に身を投げながら多重影分身により増え、水鉄砲の術を土流壁で弾かれ濡れた土を全身にまぶし、臭いを誤魔化しながら突進してくる。先程の指摘をすぐさま取り入れての、怒りを覚えつつも我を見失っていない行動だ。しかし香燐が叫んだ。
「馬鹿ナルト! 日向は見捨てろ!」
更にヒナタへ一撃を浴びせようとするシズメに五人のナルトが飛びかかる。本体はヒナタを抱えて地面を転がり、立ち上がり様にチャクラを足に纏わせて反発力を高め、跳躍して離脱しようとした。
しかし五体の影分身は二刀を繚乱させたシズメに一振りずつで始末された。小太刀は高密度の火を帯びて光の刃と化し、太刀は高周波を帯びた振動刀と化している。チャクラの形態変化だ。――形態変化を使わないともシズメは言っていなかった。共に防御不能である。
ヒナタを抱え動きが鈍ったナルトに、形態変化を解いた刀の峰を向ける。だがそこへ香燐が迫り、背後から踵落としを見舞った。片腕を掲げて受け止めたシズメが微かに苦笑した。
踵落としを受け止められた反動を利用し、軽妙な体捌きで後方にバク転し距離を置く。そんな香燐を尻目にナルトもまた距離を稼いだ。
「……言ってる事とやってる事が違うな?」
「アンタを相手に一人でも欠けたら詰むんだよ! 助けるに決まってんだろバカヤロー! ――すんませんっ! 口が過ぎました! ウチを狙うのは勘弁してくださいっ!」
「………」
勇ましいのか卑屈なのかよく分からない態度に、やや毒気を抜かれたようにシズメは肩を竦める。
気を持ち直して、彼女は言った。
「レクチャー3、敵の土俵に上がるな。ブラフでもよい、敵が味方を人質に取れば、人質を見捨てる判断を即座に下せるようにせよ。折よく人質を救出できたとしても、荷物になった味方をどうするかぐらい考えておけ」
今度はシズメから動いた。ヒナタを抱えたままのナルトを狙う。少年はまた影分身を一体出してヒナタを預け離脱させた。そちらを狙うシズメを止めるために素早く印を結び大規模な術を使う。
「土遁・黄泉沼!」
シズメを中心に半径二十メートル以内を底なし沼に変化させた。すると直前に跳び上がったシズメは二本の刀を鞘に収め、両手でそれぞれ別の術の印を組む。
片手で印を組めるのは血継限界ではない。とある一族の秘伝を単なる技術に落とし込み、今や木ノ葉の中でも数人ほど扱える者はいる。だが全く別の術を同時に行使できるのはシズメだけだった。
「土遁・土流壁――土遁・乾き砂上」
口から大量の土を吐き出して足場を固め、着地するや沼に手を触れる。途端に沼から水気が吸われ元の地面へと回帰した。土遁・黄泉沼は自来也の術だ、対策を持っていない訳がない。
土遁・乾き砂上はシズメが開発した対水遁忍術。水分を含んだ術には無敵に近い性質があった。代わりに取り込んだ水分をすぐに排出しなければ、体調を崩してしまう恐れがある。
シズメは指先の点穴からチャクラに転化した水分を放出する。ナルトも使った水鉄砲の術だ。一条の水弾は凄まじい水圧を宿している――ナルトはこれを躱し、ちらりとヒナタを見る。
影分身はヒナタを香燐の許へ運んでいた。香燐はシズメ直伝の独特な医療忍術を使う。ヒナタの首に噛みつき、彼女の体内に自らのチャクラを浸透させると、折れていた脚を修復した。
原理は細胞の急激な活性化だ。無理矢理に癒やすその術は、短期間で多用すれば術者と患者の双方が肉体を壊死させてしまう。だが週に一度のみの使用に留めるなら、怪我を治すのに不便しない。
――高難度の医療忍術だ。嘗てシズメの
ここでペースを握るつもりだ。出来なかったら一旦逃げるつもりでもある。
「香燐、ヒナタ、今だってばよ!」
「――応!」
「う、うんっ」
今まで地中に潜んでいた影分身が四体。シズメを遠巻きに包囲する形で地上に飛び出した。
四体の影分身が両手を重ね合わせる独特な印を結んだ。木遁の術――影分身達の足元から生えていく樹木がドーム状に広がり、シズメを捕らえようと鞭の如く撓った。
練度は、使えるだけ、といったもの。
しかし武器は使い方次第だ。まだ習熟が済んでいない木遁でも、シズメの行動範囲、可動域を制限するぐらいは出来る。香燐とヒナタはナルトの合図で今度こそ有効打を叩き込もうと迫った。
これに、シズメはしかめっ面で言った。
「総評、六十点だ。――レクチャー4、初めの状況設定を鵜呑みにするな、戯け共。忍なら裏の裏を読むのだ。敵が強力な術を用いてこない場合、
――瞬間。シズメの足元から高速で伸びた樹木がヒナタと香燐を捕らえる。全身を次から次へと生えてくる太い樹木で圧し、悲鳴を上げる少女たちに振り向いたシズメが太刀を抜いた。
閻魔刀が振動する。殺気を漲らせるシズメに、ナルトは強張った声を掛けた。
「し、シズメ姉ちゃん……? な、なにすんだってばよ……?」
「よく見ておくがいい。ナルト、これが不覚を取った忍の末路だ」
「や、やめろぉっ!」
止めるために走り出したナルトの目の前で、シズメが刀を一閃する。
少女たちの首が飛んだ。信じられないといった顔をしたまま、血を吹きながら地面を転がる少女たちの首……ナルトは立ち止まり、呆然と香燐とヒナタの生首を見下ろした。
そして音もなくナルトの背後に回り込んだシズメが吐き捨てるように呟く。
「止まるでないわ。味方の死に気を取られ過ぎであろう」
瞬間、ナルトの頭頂部から股下まで、刀身が素通りしていく。体を縦に両断され――
「っっっ――!?」
――気がつけば、ナルトは演習開始直後の立ち位置に戻っていた。
香燐とヒナタもいる。二人とも青褪めた顔で首を擦り、他に異常がないかを反射的に調べていた。
やっと悟る。今までの光景は、全て幻術だったのだ。
呆気にとられたまま、ナルトは深く安堵して。しかし訳が分からず目の前にやってきた担当上忍に問い掛けた。
「い、何時から……?」
それは、いつ自分たちを幻術に掛けたのか、という問いだった。
シズメは無表情に鼻を鳴らす。
「最初からだ。私は写輪眼で貴様らに幻術を掛けた。レクチャー4で言ったろう、状況設定を鵜呑みにするなと。それに幾ら実戦形式とはいえ、演習で可愛い部下を殺す上官がいてたまるか。二人の首を刎ねた時に幻術だと気づけ、戯けめ。十点減点だ」
「そ、そりゃないってばよ……シズメ姉ちゃん……」
堪らずへたりこんでも仕方ない。ナルトは地べたに座り込み、溜め息を吐いた。
少年少女の身には酷な幻術だっただろう。
何せ自分達が幻術下に置かれていると悟れるレベルではなかった。あくまで現実の状況を推移させたかのような自然さで、あれを実戦中に幻術だと見抜けるのは一流以上の忍達だけである。
これがシズメなりのくノ一からの下忍昇格の洗礼だった。ナルト、香燐、ヒナタの三人は、リアルに再現された死の感触に、薄ら寒い怖気を覚えブルリと震える。一生ものの思い出になるだろう。
「最終総評五十点。アカデミー生卒業したての下忍としてはまあまあだ。配点はそれぞれの評価として述べよう」
少年少女が精神的な疲労で疲弊しているのにも構わず、まずシズメはナルトを見た。
「波風ナルト。三十五点。作戦の主要な役割を担い、中忍レベルの戦闘を熟した点は特筆に値する。下忍レベルはとっくに超えているであろう。流石は私の弟子一号だ、褒めてやる。誇れ」
「へへ……て、照れるってばよ」
頭に手を置かれ、優しく撫でられたナルトは表情をだらしなく緩める。
褒める時にはしっかり褒める、シズメの教育指針だ。褒め方が幼子を相手にしたようなものだが、シズメほどの美女に撫でられて嬉しくない男の子はいない。
次に担当上忍は赤髪の下忍を見た。
「ほぼナルトのみで成り立った作戦行動だったが、要所要所に自分を組み込み評価を狙う打算的な行動が目立っていたな。この小賢しさは貴様の作戦であろう」
見透かされてる……香燐は愛想笑いで誤魔化した。
「だが正しい戦術だ。格上を相手に決して正面には立たず、終始正面以外から攻撃を仕掛けようとした点は評価してやる。惜しむらくは作戦立案をしておきながら、私の述べた状況設定の裏の意図を読めなかったことだ。額面上のルールなど無いに等しいと心得よ。十五点」
香燐も頭を撫でられる。逆らっても良いことはないと知っているためか、香燐は大人しくされるがままとなった。――が、総評五十点であるのに、自分への配点で打ち止めとなった事に気づく。
ナルトも気づいたのだろう。香燐ともども憐れむようにヒナタを見た。香燐など両手を合わせて拝むように祈りを捧げている。
「――日向ヒナタ。零点だ」
「………」
地面に座り込んだまま俯く少女を、シズメは立ったまま見下ろし淡々と告げる。
「貴様は何をした? ナルトのように主軸を担うでもなく、香燐のように自らの意見を反映させた行動を取るでもない。かといって作戦行動でなんらかの役目を果たしてもいない。幻術に支配された状況下とはいえ、脚の痛みなどで戦意喪失する惰弱さも目立つ。評価すべき項目がまるで見当たらん」
「……ご、めんなさ……い……」
「なぜ謝る? 顔を上げろ日向ヒナタ。私は
「えっ……?」
平坦だった声が弾んでいる。どこか朗らかな声音に驚いて、言われるがまま顔を上げたヒナタの目に飛び込んできたのは――極上の笑顔を浮かべる華道シズメの姿だった。
絶世の美女の満面の笑み。同性なのに見惚れてしまったヒナタに、彼女は言葉通り嬉しそうにしている。……傍らの二人は何を思い出したのかガクブルと震えだしているのにヒナタは気づかない。
「何から何までダメダメだ。戦術立案能力、戦術遂行力、戦闘力、性格、どこを見ても評価に値するものが何もない。――
「え? ……え?」
「名門の者としてはまさに落ちこぼれ、下の下の下。なんのために忍になろうとしているのか全く分からん酷い有様で、貴様以上に無様な者もそうはいなかろう。……落ち込むな。褒めているんだぞ」
「ほ、褒めてるんですか……?」
「そうだ。これは喜ばしい事だ。何せ日向ヒナタ、貴様は
いや、と。シズメは言い直した。
「いや――私が絶対に強くしてやる。身も心も強く、しなやかに、折れず曲がらず砕けない、最高のくノ一の一人に育て上げてやろう。ああ、私の気持ちを率直に表すなら――
ニヤァ、と歪む口角。
華道シズメの笑顔に、ヒナタは背筋が凍った。
本能的に助けを求めてナルトと香燐を見るも、二人はサッと顔を逸らす。
それで悟った。
あの二人も
「喜べヒナタ。私が貴様を日向一族随一の実力者にしてやる」
――この日、日向ヒナタは未来を悟った。自身に迫りくる過酷な修行の日々を。シズメに気に入られたが最後、一流の忍になる道は約束されてしまったも同然なのだ、と。
少女は怯える小動物のように、かたかたと歯を鳴らすのだった。
オビトの動向を考慮してのインドラの行動、何も考えてなかったけど、我ながらヤバい案を思いついてしまった……。今更? しかし作者も躊躇うようなインドラ(偽)印の外道行為なのだ。
なのでアンケートや!
状況の打破のため吐き気を催す邪悪行為に手を染める、染めない(インドラが)
-
染める
-
染めない
-
構わん、いけ