(――よりにもよってシスイかよ、間が悪過ぎて笑えてきた。……笑ってる場合じゃねぇ!)
忍刀を手に襲い掛かってくるシスイの剣撃を、シズメが捌く。名門うちは一族でも有数の忍だけあり鋭い太刀筋だ。達人の域にあると言ってもよい、流麗にして力強き剣閃である。
だが、相手取るのは木ノ葉隠れの里最強と名高き忍頭だ。
返す刃の鋭利さよりも、げに恐ろしきはその立ち回り。シスイが距離を置こうと身体にチャクラを纏うも、絶妙に刃を置き、足を運び、呼吸を合わせ、決して白兵戦の距離から逃さないのだ。
写輪眼でこちらの太刀筋を見切りながら襲い来るシスイの首を、僅か三分の剣舞を経て刎ねる。くるくると宙に舞った首を眺めもせず、胴体を含め火遁・豪火球の術で跡形も残さず焼却した。
「ウソだろ……」
後ろで見ていたシスイが唖然としている。本物のシスイが、だ。消されたのは偽者である。
――うちはシスイは驚愕していた。あの太刀筋は間違いなく自分のものだった。体捌きも、足運びも、両眼の万華鏡写輪眼の紋様も。にも拘らず、自身に匹敵する技量の偽者を相手に、木ノ葉最強の忍頭はいとも容易く討ち取ってのけたのだ。剣による間合いから逃さず、印の一つすらも結ばせず、徹底的に白兵戦を強制してほんの短時間の内に始末を付けた。
変わり身も、瞳術も、忍術も使わせない神速の剣捌き。これが敵対者に対する本気の『飛び華道』なのかと戦慄させられる。もし自分が戦っても、偽者と同じ結末を辿っていたと確信させられた。
もし仮に対シズメ戦を想定して戦術を練るなら、最初から白兵戦を仕掛けはせず、得意の瞬身を使いヒットアンドアウェイに徹する他にないだろう。もしそうしても、シズメも忍術を使ってくるだろうから結果は変わらないかもしれない。仕留められるのが遅いか早いかの違いしか出て来ないのではないだろうか。シスイはそう考え、背筋に冷たい汗を流した。
「流石、シズメさん。相手もかなりの手練――」
「――来るな。
自分の偽者の正体は気になったが、跡形もなく消え去った今は気にする事はない。シズメを称賛しながら、あの偽者は何者なのか考察しよう。そう考えた青年を、しかし最強のくノ一は制止した。
険しい顔で、消し飛んだシスイの偽者のいた地点を睨む。シズメのその顔を見て、香燐が訝しげに声を掛けて来ようとして、言葉の途中で驚愕に目を見開く。
「シズメさん? どうかしたんです――は、はぁっ!?」
塵が集まってくる。塵としか言い様のないモノが、何処からともなく集り、偽シスイの肉体を形成していくではないか。この段になって遅ればせながらシスイも理解した。
よく見れば偽シスイの肌は粗く、白目に当たる部分が黒い。発想すら湧いていなかったが、一度思い当たるとこれほど分かりやすい特徴もない。これは、穢土転生体だ。
不死身の敵。無限のチャクラ。意思なき瞳は殺戮人形の如し。シズメは改めて小太刀の柄を握りしめると、動揺する下忍達を一瞥する事なくシスイに告げた。
「シスイ。貴様は部下達のお守りに集中しろ。話し合うのは後だ、今は何があるか分からん」
「――了解」
穢土転生の術。悪名高きその術は、禁術の中の禁術として封印されていたものだ。開発者はあの千手扉間。しかし彼はもう死んでいる。一体何処の誰がこんなものを用いているのかと、シスイは嫌悪感も露わに顔面を歪めた。もしや木ノ葉が奪取された機密情報とは、この穢土転生の術なのだろうかと、最悪の可能性に思い当たった。
もしこの術が外部に流出したら一大事どころではない。もし他里が軍事転用したら――あるいは穢土転生の術を盗み出した輩が他里に仇を為したら――どちらであっても非は木ノ葉にあるとして、責任問題を超えて戦争に繋がりかねない。
なんとしても下手人を捕らえるか、殺さねばならなくなった。
元よりそういう任務だったが、危機感が数百倍にも膨れ上がる。
復活した偽シスイがチャクラを練る――解らないのはこの偽者もだ。一度消し飛ばされた以上、変化の術を用いていたとしたら解けているはず。なのに姿形はシスイそのもの。
生前、たまたまシスイと瓜二つだったのか、もしくは整形してシスイと同じ姿になったのか。どちらにせよ、万華鏡写輪眼の紋様までシスイと同じなのも不気味だった。
なぜ万華鏡写輪眼を持っている?
シスイの先祖か何かなのか?
自らも万華鏡写輪眼を発動し、うちはシスイは偽シスイを注視する。
正体を見極めんとするシスイの眼前で、戦闘が再開された。チャクラで肉体活性を行った偽シスイが、目にも留まらぬ超高速で動き出したのだ。シスイが目を見開く。自身の目でも殆ど何も見えないほどの――ほぼ瞬間移動に等しい速度だ。それは、純粋なスピードだけなら波風ミナトや華道シズメを凌駕すると謳われた自分の術――限界まで極めた瞬身である。
「何ッ!?」
堪らず驚愕の叫びを上げてしまったシスイの前で、咄嗟に身を傾けたシズメの左肩が裂ける。偽シスイの忍刀が浅く切り裂いたのだ。下忍達には何があったのか見る事すら叶うまい。
シズメが写輪眼を開眼した。偽シスイの速度に対応するためだろう。だが写輪眼を以てすら、偽シスイの瞬身を見切るのは不可能である。――不可能であるはずなのだが――あっさりと、シズメの小太刀が忍刀を受け流し、空けていた反対の手で偽シスイの腕を掴み引き寄せるや、鳩尾に膝蹴りを叩き込んだ。そのまま流れるように掴んでいた腕を圧し折り、側頭部を蹴り飛ばす。
余りの早業に写輪眼でも見切れない。万華鏡で戦況を見守っていたシスイもなんとか見えたレベルであった。チャクラによる肉体活性はシスイの専売特許ではない、肉体活性で人間離れした瞬発力と怪力を得られるシズメなら、微かにでも目で追えると対応できるのだ。
しかしシスイに匹敵する偽シスイもさるもの。彼は咄嗟にシズメ渾身の脚撃を防いでいた。
緑のチャクラ体――あの一瞬でなんとか捻り出したのだろう。剛力無双たるシズメの一撃を、部分的に展開した須佐能乎を破損させながら防いだのだ。
距離を置きながら、偽シスイが須佐能乎を完全展開する。
今度こそシスイは言葉を失った。あの緑の須佐能乎――両側が張り出した形の頭部を持つ鬼神は、本物のシスイと全く同じ須佐能乎なのだ。鬼神が手に持つドリルの如き槍まで同一である。
だが困惑する事なく、今度はシズメから仕掛けた。
「どうやら省エネがてら、手加減してもいい敵ではなさそうだな。時を掛ければジリ貧は必至、速攻で片をつけてやろう」
パンッ、と音を立てて両手を組み合わせたシズメの目元に、微かなアイラインが入る。淡い薄桃色の化粧の如く、余りに緻密な自然エネルギーの具現化。隈取ではなく化粧のようで、美しき華道シズメが仙人モードに移行した。一瞬の出来事である、偽シスイが須佐能乎を纏い螺旋槍を突き込んだ。刹那、颶風を纏う螺旋槍の穂先を小太刀で跳ね上げ、衝撃波が周囲に吹き荒ぶ。
薄桃色の羽織を靡かせ、シズメが腰のポーチから一つのマキビシを取り出した。数段跳ね上がった怪力による打ち上げで、須佐能乎が揺らぎ足を止めた偽シスイの隙を見逃さない。最強のくノ一はマキビシを偽シスイの頭上に放り投げると印を組む。
「仙法――
自然エネルギーがふんだんに込められた忍術である。
マキビシの総数が千を超え、偽シスイの須佐能乎目掛けて落下していく。こんなものの落下を受けてもダメージは皆無だが、何が目的か読めなかったのか螺旋槍で打ち払おうとする偽シスイ。
しかしそうした対応は無駄だ。あのマキビシのオリジナルには飛雷神の術のマーキングをしているのだ。仙法を用いたのはマーキングまで複製するためでしかない。
偽シスイの須佐能乎が螺旋槍を動かした瞬間、飛び華道の異名の本領が発揮された。
完全に零秒でシスイの背後に移り、抜き放った太刀『閻魔刀』を高周波で振動させ須佐能乎の背部を両断する。咄嗟に反応したシスイが振り向けばまた背後に飛雷神で跳び、須佐能乎の鎧を崩す。それを数回繰り返すだけで絶対防御を謳われる堅牢な須佐能乎が剥がされ、最後に頭上に転移したシズメが偽シスイの頭頂部から股下までを、太刀のひと振りで真っ二つにしてのけた。
相手は不死身だ。ここで終わりではない。
シズメは体を二つに分けられた偽シスイの隙を逃さず、零距離に再び転移すると二刀を手放し空手となった両掌に莫大なチャクラを放出・圧縮・乱回転させる。それが更に肥大化し、炎を纏った。
「仙法火遁・超大玉螺旋多連丸」
全身を呑まれ、劫火により灰も残らず、さらにシズメが制御を切り離した螺旋の渦はその場に残り続ける。だが永続的に残る炎渦ではない、シズメはポーチから巻物を取り出して印を結び――
「仙法・封火法印!」
――自来也直伝の、火遁専用の封印術にて炎の渦ごと偽シスイを封じ込めようとした。
怒涛の如き決着だ。
これが飛び華道の本気。戦慄を超えて感動すら覚える、鮮やか極まる手並みだった。
だが。
偽シスイを封印した巻物を回収した直後、
「ッ……」
巻物をポーチに入れたのと同時だった。突如としてシズメの足元から
咄嗟に跳び退いたシズメを触手のように撓る蔓が追う。それを跳び退き様に二刀を蹴り上げて掴んでいたくノ一は切り払った。そうしてシスイ達の許へ戻るや、くノ一はナルトを一瞥する。
ナルトは勢いよく首を左右に振った。自分じゃないと全身で訴えている。
だが
では誰が――? そう怪訝に思った矢先だった。
――
その男は、桁外れのチャクラを内包している。
黒衣を纏い、その上に真紅の甲冑を纏った、長い黒髪の男。
「ソレを封じられては困る。その巻物をオレに返してはくれんか?」
呑気に。のほほんと。緊張感のない、場違いに明るい声。
そして――相反して凄まじい殺気だった。
幻術を使われたと錯覚するほどに、死を想起させる津波のような邪気。
それに、ナルト達は鳥肌を立たせる。
全身を切り刻まれたかのような感覚。息苦しさを覚え、下忍達は膝をつく。
シスイほどの手練ですら体が強張る凶悪な殺意だ。
その顔を見た。
全員が、殺気に怯みながらも我が目を疑う。
木葉隠れの里の者なら、誰もが知っている顔だったのだ。
「さすれば、今回は見逃してやるぞ?」
「………」
悠然と、男は余裕を滲ませて嘯く。
シズメの頬に、汗。忍頭をして動揺を隠せない。
だが動揺すれども忍の本分は見失わず、彼女は誰何した。
「……何者だ」
距離にして五十歩。シスイやシズメにとっては無に等しい。
しかし、それはこの男にとってもそうだ。
男は――
「
「………」
「オレはそれを盗んだ。そしてお前たちは
男。初代火影、千手柱間はそう名乗った。
「デタラメを言うなッ!」
シスイが怒号を発する。木ノ葉の忍として、正しい怒りだった。
だがそれを無視して、シズメは問う。
「先程の忍……このうちはシスイと瓜二つの力と姿をしていた。あれも貴様の仕業か」
「応とも。中々の出来だっただろう? アレは紛れもなくうちはシスイの肉体だ。貴様らのよく知る穢土転生の術を改良し、オレ好みにした代物よ。名付けるなら『口寄せ傀儡・穢土転生の術』とでも言ったところだな」
穢土転生は口寄せ対象のDNAを一定量集め触媒とし、生贄を用いて浄土から本人の魂を呼び出し復活させる代物だ。だがDNAさえあれば、本人と寸分違わぬコピー体を作り出せることを意味する。
穢土転生を改良し、本人の魂、経験が入っていない、傀儡を作り出せるようにした。何も穢土転生した対象の魂など必要ないのだ。魂のない木偶なら反逆される心配もないのだから。
後は穢土転生体を、傀儡の術で操ればいい。些か手間でも強力なのは確かである。そう宣う男に自らのコピー体を作り出されたシスイは怒りを抱く。コメカミに青筋を立て、背負う忍刀を抜いた。
「テメェ、初代様の姿でよくもそんな巫山戯た真似をしてくれたな。本性を見せろ、殺してやる」
「瞬身のシスイか。お前が此処に来るのは予想外だったが……いい機会だ、礼を言っておくぞ。お前のDNAを集めるのは中々苦労したからな? お蔭で使い勝手のいい傀儡を手に入れられた。手に入れた矢先に封印されてしまったが、返して貰えるのだから水に流そう」
「誰が返すかッ! シズメさん、やりましょう! ……シズメさん?」
始末をつけようと気炎を燃やすシスイだったか、シズメは写輪眼を発動したまま男を見ていた。
シズメの様子がおかしい事に気づいたシスイが様子をうかがう。
すると、彼女は険しい表情で男に訊ねた。
「貴様……その体は、まさか……」
「気づいたか。流石と言ってやろう」
「……シズメさん。奴がどうしたんです」
「シスイ。よく見ろ。――
まさかの台詞に意表を突かれ、シスイは驚きながら男を注視する。
男は、嗤った。
「良い眼を持っているな。その通り――
男は言う。
隠し立てせず、見せびらかすように。
興奮も露わにして、高揚を隠しもしていない。
曰く。千手柱間は、死後何十年も経った今ですら、遺体は腐らず、朽ちず、死後そのままの状態で現存していた。肉体の驚異的な生命力が原因だ。故に、
魂の入っていない遺体であろうと、肉体的には死んでいない部分も多い。男は規格外の医療忍術で遺体を活性化させ、自らの脳を千手柱間の肉体に移し込んだのだ。そうして、
「お前たち木ノ葉には感謝しているぞ。オレが転生し、器を手に入れるまでの間、この体を大事に取っておいてくれたのだからな」
「貴様……」
「最終通告だ、華道
柱間はそう言って、邪悪に嗤った。
中ボス、千手柱間(inインドラ)がログインしました。
シズメの「死んでさえいなければ」治癒・蘇生できる医療忍術をインドラくんも使える。お、そこに生前のままの姿の新鮮な遺体があるやん! 遺体が腐ってないってことは遺伝子は生きてる、つまり蘇生可能! 生き返らせる為にクチュクチュするよ! 万が一にも柱間の魂が邪魔をしないように、事前に穢土転生で復活させた直後に封印するよ! ついでに大筒木イッシキに使う予定の封神術を試した! これで安全に柱間の体を使えるぜ!(inインドラ本体)
というのが、アンケート結果。
要約すると死人の遺体を使う倫理無視。
一言で纏めると呪術廻戦のメロンパン作戦である。
読者諸兄にとってはその程度かよと思うかもしれないが、作者にとってはキツイ作戦。思いついた時はメロンパンを食ってました。