遂に来たと言うべきか、やっと来たと言うべきか。
どちらにせよ俺がインドラ転生体たるマダラと直接接触したなら、俺がどんな奴なのか観察しに来ることは分かっていた。あわよくば利用してやろうと考えることも。
故に相手が隠密性に優れた存在であろうと、俺はその存在を感知できる。この時のために、
「ナ、何故オレニ気ヅイタ……!?」
大筒家の使用人の中で特に俺が重用していた執事。
黒ゼツの為だけに、オレを観察しやすい立場の者を用意しておいたのだ。謂わばゴキブリホイホイである。色的にもゴキブリっぽい黒ゼツを、俺はまんまと捕らえる事に成功していた。
俺は執事に幻術を掛け金縛りし、その体の中に寄生して潜んでいた黒ゼツに語り掛ける。「居ることは分かっているぞ、カグヤの意思よ」と。まさかの名指しに驚愕し、潜み続けるのは不可能と観念したのか、幻術で気絶した執事の体から上半身だけ外に出してきた。
「オレニ気ヅイタダケデハナク、何故カグヤノ意思ダト……!?」
観念しただけではない。
誰にも明かしたことのない正体を言い当てられ、ソレは酷く動揺していた。
さにあらず。俺は超然としているように見える佇まいで居る。
――感知タイプの忍や、白眼ですら感知できない黒ゼツを見つけた術は、原作中唯一黒ゼツの存在を感知できた主人公、うずまきナルトの九尾チャクラモードをヒントに開発していた。
ナルトは黒ゼツの悪意を察知していたのだ。であるなら感情の機微や生命反応を感じ取れるようになればいい――俺はそう考え自然エネルギーを先天的に有する原作キャラ、重吾の一族を探し当て、人体実験により仙人化のメカニズムを解明して体得したのである。
そうして仙術と結界術を併用し、感情の動きを感じ取れるようにした。果たして粘性の悪意を感知できたのである。黒ゼツは観察を終えると、今度は執事から俺に寄生対象を移すことを考慮していたのかもしれないが、思っていたより呆気ない結末に失笑してしまう。
「カッ! 所詮は術も知らぬはずの輩と侮ったな。だが儂を出し抜こうとしても無駄よ。貴様では儂の裏を掻くことはできん」
「オマエハ何者ダ! コレホドノ幻術ヲ、何故オマエハ……イヤ、ソモソモ何故オレヲ知ッテイル!」
「……呆れたな。貴様は儂に捕らわれておるのだぞ。今の貴様はまな板の上の鯉よ、貴様の生死は儂の指先一つで決定する。物言いには気を付けた方が賢明だと思わぬか?」
「グ……!」
「このまま殺してしまってもいいが……」
言うと、黒ゼツは壮絶な殺意を隠しもせずにぶつけて来る。
その形相は見た目とも相俟って悪魔のようだ。
だがその程度で怯んでいては黒幕気取りの名折れ。嘲笑してやった。
「カグヤの意思よ。この期に及んでなお、儂の面相に気づかんのか?」
「ナンダト? オレハオマエナド知ラナ――ッ!? オ、オマエハ!? マサカ、カイン!?」
この肉体の名を出され、俺は噴き出した。
マダラが庭に向かい、
うちはカイン。それがインドラを自称する俺の体の名前だ。大筒木インドラから連綿と続く、インドラ転生体の内の1人であり、中でもカインは黒ゼツに輪廻眼の開眼を期待されていた個体である。
だから覚えていたのだろう。覚えていてくれて有り難い、お蔭で話を進め易くなった。
「オマエハ、死ンダハズダ――コノ眼デ確カメタ!」
「応ともよ。うちはカインは死んだ、それは間違いない。だが儂のこの体は紛れもなくうちはカインのものよ。それがどういうことか、貴様に分かるか?」
「……イザナギカ」
「違う。それからそのわざとらしいカタコトはやめよ。儂は貴様が流暢に話せることを知っておる」
「……お前、本当に何者なんだ……?」
急に普通の口調で話し出した黒ゼツに、俺は笑いかける。黒ゼツに掛けていた金縛りを解除してやると、真っ黒なGみたいなソイツは執事の体から出て、俺の前に自らの足で立った。
その顔にはありありと困惑と不信が現れている。なぜ自由の身にしたのか分からないのだろう、そんなことをする理由がない。だが俺にとっては理由はある。黒ゼツは雑魚だ、例え上手く
捕らえたままだと心象が悪い、ただそれだけである。俺はGの問いに意味深に嗤い、告げた。
「儂は貴様の兄弟よ」
大嘘である。真っ赤な嘘である。そんな事実は天地をひっくり返しても出てこない。
案の定、黒ゼツは呆気にとられたようだ。何を馬鹿なと言いたげである。
だが信じさせる。信じざるを得ない情報を出す。
「貴様が儂を知らぬのも無理はない。貴様は母上が月に封印される間際に、儂以外の何者にも知られぬまま産み落とされた者であろう」
「………!」
これこそがまさに、黒ゼツしか知らないはずの事実だ。
驚愕して声を無くしたGに、笑みを浮かべたまま俺は嘘八百を並べ立てた。
「儂の名は大筒木イブキ――今や六道仙人と号されるハゴロモと、日向一族の祖たるハムラの兄よ」
「な――に……?」
「貴様も儂を知るまい。何せ儂は母上の味方であった。故にハゴロモらは母上に反旗を翻す前に、母上の味方であった儂を不意打ちし、殺してのけたのだからな。だが儂は首を取られる前に、自らの霊体を現世に縛り付けることに成功した。そうして彷徨っておると、儂はハゴロモの子であるインドラ――その子孫が瀕死で打ち捨てられているのを見つけ、新たな器として乗っ取ったのよ」
つまりハゴロモ、ハムラと同じく、ゼツの兄という事になるな――そう言うと黒ゼツは完全に俺を疑っていたが、真面目に頭を働かせて俺の話の中に矛盾がないか思案し出した。
六道仙人の時代に大筒木イブキなる者がいたという伝承はない。当たり前だろう、実際いないのだから。だがそれに関しては、実の兄を不意打ちで殺したという醜聞を嫌った六道仙人が、兄の存在を隠蔽したと考えれば辻褄は合う。六道仙人はそんな真似はしないだろうが、実際の人柄を黒ゼツは詳しく知らない可能性がある。黒ゼツみたいに性格が悪いと、有り得ると感じる話だ。
それに俺の話した内容は薄っぺらい。薄すぎて矛盾が出ないほどに。だから本当のことのようにも聞こえてしまう。嘘だと断じるには、俺は余りにも事情通すぎるのである。
「……お前が、オレの兄貴だっていう証拠を見せろ」
「なんだ。儂を信じられんか? まあよい……証拠だな、見せてやろう」
――だから黒ゼツが何を要求してくるかなど火を見るより明らかだ。俺は口角を歪めたまま、瞳を写輪眼に変える。次いで永遠の万華鏡写輪眼、更に輪廻眼へと推移させた。
「……り、輪廻眼!!」
そう。輪廻眼だ。黒ゼツが開眼者を求め続け、母カグヤの復活のためには必須である存在。
驚くのも当然だろう。カグヤが『チャクラの分散体』と呼ぶ連中の中では、インドラとアシュラのチャクラを融合させないと、この最強の瞳力は開眼しないのだから。
ちなみに俺がカグヤという名前を思い出せたのは数百年前だ。かぐや一族の名前を聞いて、その一族がカグヤの子孫であり、大筒木カグヤというのがチャクラの祖の名前だと思い出したのだ。
「如何にも。愚弟ハゴロモが開眼したものを、儂が開眼できぬ道理はない。これこそが何よりの証拠であろう? 肉体が異なる故に弱体化こそしているが、地上に儂以上の瞳力を持つ者はおらん」
「……信じざるを得ないだろ、そんなの。本当に、お前はオレの兄らしいな」
「結構。であれば、本題に入ろう。なにゆえに儂が貴様をおびき出したのか、話してやる」
おびき出してなんていないけど。マダラと対面したら対面が避けられないから、こうしてそれらしい場を演出しているに過ぎない。交渉という名の通告をして、場合によっては始末するつもりだ。
「貴様は母上が自らを復活させるために地上へ落としたカグヤの意思だ。だがな、儂の目的は母上の復活などではない」
「なんだと……? お前は母の味方だったんじゃないのか」
「嘗てはそうだった。だが……不意打ちなんぞで儂を殺し、あまつさえ
拳を握り締め、憤怒の表情を浮かべる。必死に荒ぶるチャクラを抑えるような素振りで、黒ゼツを威圧した。実際には出鱈目しか言ってないので六道仙人ごめんなさいな気持ちだけど。
間近に居る黒ゼツにだけ、俺のチャクラの膨大さが伝わるように、チャクラを精密にコントロールするのは大変だが……密かに結界を張ってあるので、外に居るマダラも気づいてないはずだ。
力の一端を見せることで黒ゼツを怯ませ、力の強さという点で俺の嘘に説得力を持たせる。
そして言った。
「儂は儂の目的を果たすまで、母上を復活させん。歪んではいるが、母上はアレで我ら息子らを愛しておったからな……儂がハゴロモらを殺そうとしていると知れば止めるだろう。ワラワの所有物を勝手に壊すな、とでも言ってな」
「………」
「故に……貴様に警告する。儂の計画の邪魔をするな。儂がハゴロモらのチャクラを見つけ出し、滅ぼした後でなら母上を復活させるのも吝かではない。よいな?」
「……お前の計画って、なんだ? 何をしたら邪魔したことになる?」
「計画については教えてやらん。どうせ儂が何を言ったとて、貴様は母上の復活を優先するであろうが。貴様はただ、儂の周りに近寄るな。儂のしていることを邪魔するな。それだけでよい。もしも儂が、貴様が邪魔をしていると判断すれば――」
言いながら瞬身の術で黒ゼツの背後に回る。コイツでは到底反応できない速度で回り込み、頭に触れた。
今だ! 黒幕気取りにあるまじき、されど黒幕気取りしか出来ない舞台裏の脅迫!
「――殺してしまうぞ?」
イキるのって気持ちイィ! 癖になりそうだ!
けど情けないのでイキるのは出来るだけ回避したい。
ゾッとしたように振り返り、俺の手を振り払った黒ゼツが、血走った眼で睨んでくる。
「っ! 何をしたんだ!?」
「印をマーキングしてやったのよ。自力で解除を試みるのはお勧めせん。下手に解除すれば、ボン、と頭が弾け飛んでしまう故な」
「………!」
「儂の邪魔だけはするな。よいな、愚弟よ」
黒ゼツの後頭部に刻んだのは
とは言っても、この呪印は単なる印でしかなく、特別な力は何もない。何もないからこそ黒ゼツみたいな慎重派は手出しできない。輪廻眼を開眼した奴の呪印が、なんの力も秘めてないわけがない、何も呪縛を感じないのが逆に恐ろしい……そう感じるだろう。
うん、ただのイタズラなんだ。油性ペンで落書きしたようなもんである。
睨みつけてくる黒ゼツは、悔しそうに床に溶けていった。退散するのだろう。
「……分かった。だけど、そっちもオレの邪魔はしないでくれよ」
「保証できんな。なぁに、安心せよ。仮に貴様が道半ばで果てようと、いずれ儂が母上を復活させてやってもよい。達者でな? 次に会うことがあれば、楽しいお喋りにでも興じようぞ」
消えていった黒ゼツを見送り、感知結界に意識を向ける。……うん、本当に去ったみたいだ。
黒ゼツの強みは、『誰にも知られていないこと』である。もし知られていたらあの程度の力しか無い黒ゼツなど、簡単に殺されてしまうだろうから、隠密に特化しているのも無理はない。
しかし『誰にも知られていない』からこそ、俺の吐いた嘘八百が黒ゼツから漏れる心配はなかった。一応はカグヤ復活の同志になれるよみたいなことを含ませたから大丈夫である。
ベストなのは黒ゼツをここで始末しておくことだが、そういうわけにもいかない。
何せ表世界は概ね掌握しているが、忍界はまだ手つかずな部分が多い。忙しいのだ、俺は。そんな手つかずの部分を任せて、マダラの檜舞台を造る役割を果たせるのは黒ゼツだけなのである。
利用する。是非頑張って欲しい。原作通り、マダラが柱間と共に木の葉隠れの里を作り、里抜けした後、柱間と戦い
そこからが本番である。黒ゼツはカグヤ復活を諦めない、俺が本当に協力してくれるか分からないのだ、奴は今まで通りの計画を推進するだろう。マダラが輪廻眼を開眼するように必ず仕向ける。
呪印(張りぼて)と俺の感知術を警戒して、黒ゼツは俺の周辺には近寄らない。
これで不確定要素だった黒ゼツの動向に指向性を持たせられた。上首尾な結果と言える。
これから暫くは、俺は表世界の戦争の主導に集中しよう。木の葉隠れの里が創設される頃までに、世界征服一歩手前にまで持っていくのだ。
後のことはナルハタに任せる。アレなら上手くやるだろう。何せナルハタは俺の最高傑作だ。
特に大筒家の先祖である、かぐや一族の血継限界を発現しているのが最高の由縁である。
なんせナルハタはペインやうちはオビト、マダラなどが使用していたあの黒い棒――チャクラの送受信を可能とする物を、かぐや一族の血継限界『屍骨脈』にて体内に隠せるのだ。
お蔭で外見で気づかれる要素はない。白眼対策としてあの黒い棒は脊髄の一部に擬態させてあるし、こちらからチャクラと思念を発さない限り写輪眼や白眼でも見抜けないだろう。
両目はインドラ・クローンから移植した輪廻眼で、肉体はかぐや一族の血継限界と、うずまき一族由来の生命力を具えている。うずまき一族特有の赤い髪はないが、うずまきナルト自体が金髪なのだから気にしなくてもいい。生命力の高さ、チャクラ量の豊富さは
精神もまた申し分ない。アレの心は物心つく以前から入念にすり潰し、丹念に幻術による洗脳を行ない、廃人化させた後に心の修復を経て、また廃人にして心を修復する工程を経た結果、あらゆる情動は摩耗して人形になっている。アレに自我など無い、悪意も善意も好意も無い。俺に入力された指令を淡々と熟すだけだ。計画を推し進める中で非常に有用な駒になると確信している。
何かの間違いでマダラとの愛に目覚め、自我を獲得して俺に歯向かうようになっても――有り得ないが――対策も完備してあった。
アレが罷り間違って反逆しようとしても、アレの眼は常に俺の木遁分身の輪廻眼とリンクしている。不穏な思惟を働かせようものなら……ちょっと悲しいことになるだろう。
「ん……仲睦まじくて実に結構」
縁側に出て、遠目にマダラ達を見た俺は微笑む。
幸せにおなり、マダラ。俺はマダラの幸福を祝福する。
人生山あり谷ありだ――どうせ登るなら、高い山の方がいいだろう。