『うちはマダラ・ラスボス化計画』   作:飴玉鉛

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第7話

 

 

 

 

 

「儂が風の国の大名、太刀風インドラである。よく来たな、千手一族の当主とその弟よ。歓迎するぞ」

 

 武家屋敷の広間にて、一人の男が忍界の英傑達と対面していた。

 英傑達の名は、千手柱間、千手扉間。

 共に武と知の面に於いて最上位に位置し、彼らに優る者はいないと言える。

 唯一弱みがあるとするならば、それは彼らがまだ若輩の身であることだ。

 柱間が二十三歳、扉間が二十歳である。肉体面はともかく、その他の要素では未だに成長途中で、全盛期に達していないのだ。戦争での戦闘経験は豊富でも――陰謀の分野では若造だった。

 故に、見落とした。冷酷無比な知性の刃を有する、感知タイプの扉間ですら――否、感知タイプであるからこそ、柱間よりも眼を曇らせてしまったのだ。

 

 太刀風インドラと名乗った大名は()()()()。しかし本来の肉体は柱間らと同年代である。

 つまり彼は今、変化の術で姿を偽っているのだ。

 写輪眼や白眼を有していたら正体を見ることが出来ただろうが、彼らは千手一族であり瞳力を持ち得ない。察知できる可能性がある扉間も、この男の正体を看破できなかった。

 無理もない。

 何故ならインドラは、柱間よりも扉間を警戒していたのだ。扉間が感知タイプの才覚を有し、忍界一の知力を誇ると知るからこそ、彼にだけは如何なる違和感も与えてはならないと考えていた。

 

 インドラは、秘めたるチャクラを完全解放している。これでもかと全力で威圧していた。その上でまだまだ自然体であると見せ掛け、余裕の表情を浮かべているのだ。これが力の底ではないと強がりながら。感知タイプとしても最高位に近い扉間だからこそ、そのチャクラに目が眩み変化の術に特有のチャクラの気配に気づけなかった。それほどまでにインドラの全力のチャクラ放出は強大で――そして()()()()()()()()()()()()のだ。

 ドス黒く、錆付き、腐敗し、蝕まれている。肉体のより根源的なところから発される腐臭が余りに強すぎた。瞳力では読み取れない、色や性質ではない匂いの部分で、禍々しさが放射されている。

 

 怪物。一言で言ってしまえばそれだ。そうとしか言えない。風の国には怪物が棲んでいた。

 

(これは――人か?)

 

 扉間をして戦慄させ、嫌悪させ、同じ生き物かを疑わせる。彼の感覚をも惑わせたチャクラ量も合わさり、顔を伏せたまま横目に視線を交わし柱間と認識を共有した。

 

(兄者。この者は――)

(――ああ、()()()()()()()。よもや大名の身でこれほどの力を有しておるとは……魂消たぞ)

 

 それもまた若さ故の錯誤である。

 ()()()()()()()()()貫禄と威厳を演出し対面したインドラこそ戦慄(ドン引き)していた。

 

(これが千手柱間か……現時点で()()()()()とかどうなってんの? コイツってホントに人間? 実は中身が十尾だったりしない?)

 

 インドラの体感時間は狂っている。自分はまだ八百歳ほどだと思っているが、実際には千年以上の時を生きている。その内の半数年以上は相応に研鑽を積み、力を蓄え、術を開発していた。

 自惚れのようで決して口外していない。

 表舞台での直接戦闘を演じる気もない。

 だが、己の実力は現時点だと忍界でも頂点だと思っていた。

 しかし一応。あくまで念の為、重要キャストを生で見ておこうと考えて対面した瞬間、インドラは彼我の戦力差を正確に把握してのけて、柱間の強さに内心瞠目していたのである。

 

 観察眼の確かさは、輪廻眼を元にする瞳力ではなく、数百年も暗躍してきた老獪さによるもの。

 

 インドラの正確な見立てを解剖すると、柱間は彼固有の血継限界『木遁』は元より。五代目火影・千手綱手以上の回復力、綱手以上の怪力、仙人モードを基礎として。原作終盤の主人公、うずまきナルトが九尾のチャクラを忍連合に分け与えた際に『チャクラ量はオレと張るの』と宣った台詞と、インドラが実際に見て取った力を鑑みるに、九尾チャクラモードのナルトとほぼ同等であることが判明した。加えてそのチャクラ総量も、柱間は仙人モードで一瞬にして全快させられる為、スタミナ切れを起こさない限りチャクラは実質無限だと言える。しかもアシュラ由来の強靭な生命力と、創造再生による回復力とが合わさりスタミナ切れもチャクラ切れも望めない。まさにバグだ。

 

 インドラも同等のチャクラ量はある。しかし再生力で劣っているだろう。つまりインドラにはスタミナ切れがあるのだ。輪廻眼の力を込みでやっと性能面で上回るだろうが――インドラ個人の戦闘センスは柱間に劣る。総合して見た場合、柱間に軍配が上がるだろう。

 ()()()()()()()()()()()

 これが柱間。忍の神。全身柱間細胞。原作終盤で穢土転生された際、ややスペックダウンしている状態で、全盛期以上に強くなっていた輪廻眼のマダラと互角に渡り合えるのも納得だ。

 全てに於いて規格外。死後五十年経っても遺体が全く腐敗しておらず、生前のままの姿を保ち続けていただけのことはある。まさに化け物だ。インドラとてアシュラ転生体の細胞を取り込み、木遁忍術に目覚めているのにこの差はなんだ。何かが致命的におかしいだろう。

 

(――軽い気持ちで本物を見ておこうと思ったんだがな。これは見て正解だ。紙面の上で知ってるのと、実際に感じて知るのとじゃ全然違う。コイツを九尾の人柱力にして六道仙人が力を渡したら、封印するまでもなく単独でカグヤを殺せるんじゃないか?)

 

 性能面ではカグヤが格上だろうが、カグヤは戦闘者としては三流だ。超一流の柱間の足元にも及ばない故に、あながち有り得ないとは思えなかった。つまり、インドラでは逆立ちしても勝てない。

 戦う気は端からないが、原作前の戦国時代でマダラをラスボスにするのは無理だ。こんな化け物に外付け卑劣回路・扉間が付いているのである、こんなの無理過ぎて笑えてくる。

 インドラは計画のメインプランを、柱間に会っただけで捨てた。見積もりが甘いと素直に認め、スペアプランの幾つかを複合して進める事にする。同時に計画の修正もしよう。今ならまだ無理はきく……むしろ今の段階で計画を変更しなかったら破綻すると確信した。

 

 うちはマダラは感知タイプではない。しかしうちはカイン――インドラの肉体は感知タイプだ。故にこそ元々持っていた原作知識とも合わせて、ここまで大胆に決断できた。

 この時点で柱間に会った目的の七割は果たせたと言える。彼は慎重に、言葉を紡いだ。

 

「今日貴様らを呼び立てたのは他でもない――」

 

 言いながら考える。柱間は馬鹿だ、腹芸の場では無能と断じられる。しかし戦闘面では鬼、内政面では神、忍術開発では悪魔、基本タイプ卑劣な扉間は警戒しないといけない。万が一にも本当の狙いを悟られてはいけなかった。些細な違和感すら与えてはいけない。

 インドラはわざと己の暗黒面、中身の我輩(オレ)の気配を出している。性根の腐り果てた奴だと気づかれているだろう。むしろ気づいて貰わないと困ってしまう。

 

「――貴様らが受諾した依頼。()()()()()()()()()()()、防衛戦の内容を詰めるためだ」

 

 千手一族は風の国からの依頼を受けている。一度依頼を受けたのだ、信用問題に関わる以上は断れない。だがインドラを知った今、以後は風の国とは距離を置くだろう。

 故に、この一回だ。この一回でなんとしても、千手柱間に風の国側でやってもらいたいことがある。顔を伏せたまま何も言わない千手一族に、インドラはあくまで支配者面して告げた。

 

「攻められる前に攻める。逆侵攻よ。我が国を戦場にして荒廃させられては堪らんからな……貴様らには火の国の忍衆『うちは』と戦ってもらう。奴らに我が国の敷居を跨がせるな。よいな」

 

 常識の範疇にある作戦、常識的な判断。奇抜さがない故に断れる要素のない依頼だ。

 ――インドラが明確に千手兄弟より上回っている能力。それは陰謀である。

 伊達に数百年間も世界の闇の中で暗躍していない。この経験値だけは、世に忍ばず戦争をしている忍の世代では覆せない差があった。根本的な知力では扉間に劣ろうとも、政治力を含めた腹芸では世界の闇そのものと化している人外外道には及ばないのである。

 インドラもまた自らの強みを理解している。千手兄弟の排除も選択肢として考えていたが、それはすっぱり諦め、徹底的に陰謀で立ち回るスタンスに変更していた。

 

 果たして千手一族は、またしてもうちは一族との対決を余儀なくされる。

 

 今までも必死で、本気だったが――更に深度の増した気迫を以て立ち塞がるマダラを、柱間は苦戦しつつも確実に超えてのけるだろう。そうして火の国の侵略を跳ね除け名声を高めるのだ。

 

(……どれほど力があり、知恵があっても、一族を率いる立場の責任が行動を縛る。扉間の数少ない弱みはそこだ。世界一無責任な俺が遠慮なく弱みを突いてやろう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風の国の首都から千手の森に帰還する途中。珍しく険しい顔をしている柱間に、扉間は言う。

 

「兄者」

 

 確かに扉間はまだ若い。

 その知恵の殆どは戦場と、忍界の情勢を読むのに費やされている。

 策謀への経験が足りず、特に思い悩む必要性にも迫られたことはなかった。

 ――確かに彼は陰謀の面で、まだ忍界の黒幕に劣っているだろう。

 しかし、それでも。それでもなお、だ。

 彼は忍界史上最高の知恵者であり。

 柱間やマダラさえいなかったら、時代の名を冠するほどの英傑だった。

 

「――()()()()()()()()()()()()()

 

 己らをわざわざ呼び出した意図。依頼の内容。あの視線。扉間は当然の如く気づいていた。千手一族の――正確には己と兄の柱間が品定めされていることに。

 何故? 何のために? 理由は定かではない。見た目で言えば初老だが、柱間に匹敵するほどのチャクラを持つ男を、何故今の今まで扉間達は知らなかったのだ。

 あれだけの力があれば、表世界でも勇名を馳せていないとおかしい。なのに風の国の大名の武勇なんて噂にもなっていない。これは明らかにおかしいだろう。特に忍界でも情報は重要だ、風の国の大名に関して噂の一つも出回らないのは不自然を通り越して異常だ。

 

 扉間が呟くように言うと、柱間は頷いた。

 

「そうだな。付け加えて、()()()はオレと扉間が値踏みされていることに気づいた事に気づいておった……いや、違うな。()()()()()()()()()()、か?」

 

 あの者。柱間が大名を指してあの御方ではなく、ざっくばらんとした指し方をするのに、扉間は兄の勘が働いたのを悟る。

 柱間も気づいているのだ。論理的にではなく、感覚的に。

 故に彼の勘が信頼に足ると知る扉間は、自身が気づいていなかった点に関して訊ねた。

 

「どういうことだ」

 

 柱間は顎に手を当て、自らの感じたものをどうにか言語化しようとする。

 悩ましげに眉根を寄せ、唸りながら彼は言の葉を捻り出した。

 扉間なら己の感覚を解読してくれるだろう、と。

 

「うーん……そうさな。……オレにはあの者が縄を持っておるように感じた」

「縄だと?」

「ただの例えよ。実際には縄など持っておらんだろう……それを、こう……オレ達に投げようとしたが……直前で諦め、漁の仕方を……そうだ! 漁だぞ扉間! 鵜飼漁だと思うぞ!」

「……つまり彼奴(あやつ)は、オレ達の首に枷を嵌め、好きに操ろうとしたが断念した。代わりに放し飼いする方へ方針を転換し、オレ達がどう動くかを見極めようとしている、そういうわけか」

「そう、それよ!」

 

 笑顔で肯定した柱間が頭を撫でてこようとするのを鬱陶しげに振り払い、扉間は思案した。

 風の国からの依頼でうちは一族と戦う事。これはいい。

 言われるまでもなく十年、百年、更に古くからも争い続けてきた不倶戴天の敵同士である。殺し合いの歴史など馬鹿馬鹿しいが、国側からの依頼としておかしな点はなかった。

 しかし柱間の勘が正しいなら、何か裏の意図があることになる。枷を嵌めようとした……しかし諦めて方針を変えた……何故だ? 何故千手に首輪を嵌めようとした。超大国の火の国に仕えているうちは一族を知って、対抗馬である千手一族を引き込もうとしたのか……。

 それにしては依頼の仕方が杜撰だった。柱間達を呼び寄せたのも強引な論法であり、引き込もうとしているとは思えない。それにそんな真似をせずとも、精鋭の侍と腕利きの忍をあの男が率いたなら、それだけで赫々たる戦果を上げられそうである。なのにそれをしていない。

 何故? あの男が特別臆病だっただけか? いやそんなはずはない。扉間はあの男、太刀風インドラから底知れぬ自負を感じていた。まるで己が死ぬわけがないと確信しているかのような……加えてあの邪悪なチャクラだ。少なくとも腰抜けなどでは断じてない。

 

「……情報が足りん、か。いずれにせよあの男を調べ上げねばならん」

「そうだな……それと扉間よ、オレはもう風の国の依頼は受けん。いいな?」

「ああ。オレも賛成だ。調べることは調べるが、距離を置いた方がいい。今回の依頼で縁切りよ」

 

 一族を守るためだ。この判断は正しいと千手兄弟は確信していた。

 帰ったらまずすることは戦の準備である。依頼通りにうちはと戦わねばならない。

 羽衣一族とうちは一族、この二つだけは、うずまき一族と同盟した千手一族をして油断できない大敵だ。準備不足が祟って負けましたなんて事になったら目も当てられない。

 そうして急ぎ帰還していく中、柱間は不意に扉間へと言った。

 

「――扉間」

「なんだ、兄者」

「太刀風インドラを調べるのはいい、だが深入りするな。お前一人で動けば恐らく()られる。どうしても深入りせねばならん時はオレに声を掛けよ。これは兄としてではない、当主としての命ぞ」 

「……分かった。肝に銘じていよう」

 

 拒否を許さぬ強い目だ。余程のことがない限り見せない、本気の瞳。

 扉間は素直に頷いた。柱間が弟を信頼するように、扉間もまた兄を信頼しているのである。

 

 二人は英傑である。

 長き歴史の中でも両名に匹敵する者は片手の指で数えられるかどうかだ。

 

 片方は勘で。片方は論理で。闇に潜む邪悪の気配を感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

 ――そして。それでもなお。二人がインドラへの警戒心を持ち、どのように思われようと。とうのインドラは今後の動向を()()()()()()()()

 インドラは二人の知力と勘の良さを知っている。出鱈目ぶりも知っている。故に柱間が己を危険視し、扉間が己を調べる事は――インドラが捨てたメインに次ぐ、セカンドプランを辿る事に繋がる。

 

 後年。柱間と扉間は、インドラに辛酸を舐めさせられたことを、()()()()()()()()()()

 

 忍界を覆う闇は、人智を超えた深淵へと達していたのである。

 

 

 

 

 

 

 




完全犯罪は黒幕気取りの嗜み。

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