国が違えば常識も違う。地域が違っても常識が違う。時には家が違えば常識が違う。これは一人の青年が世間一般からすればあまりに非常識な家に迷い込んでしまった時のお話。
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冬の寒空の下、ランニングを終わらせた要は帰宅した。
「ただいまー」
「お帰りなさいあなた。冷えたでしょう。今日はお鍋ですよ」
「いいねぇ。流石すずか。酒は?」
「ありますよ」
人外の要であっても寒暖はしっかりと感じる。とはいえ低体温症などにはならないのだが。
要が食卓につくと、すずかはグツグツ煮えたぎる鍋を運んできた。体を暖めるためかキムチが多めに入ったキムチ鍋だ。
「はい、今日のお酒です。あまり飲みすぎないで下さいね」
「ははは、なら五杯くらいにするかな。じゃあ」
「「いただき」」
ーーバシャッ!!
「あっぢぃぃぃいいいいいいいっ!!? かれぇぇっ!!? め、め、目に汁がががががががががっ!!!??!?」
「…………今日の鍋は人肉入りか?」
「血液ならともかく、人肉はちょっと」
早速鍋を食べようとした時、何もなかった鍋の真上から青年が鍋へと顔面ダイブした。先程も言ったようにグツグツ煮えたぎる鍋だ。しかもキムチ鍋だ。一言で言えばヤバイ。
「ほれ、風呂場はこっちだぞ」
暴れまわる青年の首根っこを掴んだ要はそのまま風呂場へと向かい、すずかは散らかった食卓を片付けていた。
数分すると目が充血した青年が申し訳なさそうに歩いてきた。
「あのー、すみませんでした。お食事の邪魔をしてしまって。しかも風呂場と服まで」
「いいのよそんな事。何があったのか分からないけど、少しはゆっくりしていくといいわ。はい、お茶」
「そうそう。こうやってやってきたのも何かの縁だ。飯でも食っていけ。なんで空中から降ってきたかも聞いておきてぇしな」
「言っても信じてもらえるかどうか」
「衛宮心。IS学園一年一組所属。聞いた事のない学園ね。どこの世界かしら? 名前からして日本人だと思うけれど」
「俺の生徒手帳! いつの間に?」
「転がっている時に落としてたから勝手に見ちゃったわ。ごめんなさいね」
「あ、いえ」
笑顔で生徒手帳を返された青年、衛宮心は気が付かなかったが、実は風呂場へ運ばれている途中で要が抜き取ったものだ。
「俺は衛宮って名字の方が気になるな。すずかは知らないだろうけど、衛宮は俺の前世にあった作品の主人公の名字なんだよ。だからこいつもその関係者か、主人公に憧れた転生者辺りじゃね」
「ブフォッ!!?」
「あら大丈夫?」
「ゲホゲホッ! な、なんで転生者の事を!? ってか前世ってまさか…………!」
「そうでーす! おじさんも転生者でーす!」
「おばさんはこの世界の人間よ」
どこからかジャジャーンというSEが鳴り響き、無駄に花吹雪が舞う。心の混乱はそのくだらない演出によって完全に冷めた。
「でもだからって転生者に対する反応薄すぎだろ」
「友人や知り合いに多いからな。息子もダチの転生者の子と結婚してるし。しかし冷めてんなー。最近の若者はこんなもんなんかね」
「いやいくつだよあんた。転生の時に不老不死でも願ったか?」
「なかなか砕けてきたじゃねぇの。いいぞ素の態度は。さて質問だが、俺は67歳。孫も数人。転生の時に願ったのはある生物の力だけだ」
「生物?」
「少し見せてやろう。解放」
「ブッハッッッッ!!?!?」
要の手のひらからニョキッと生えた蜘蛛のような脚を見て先程よりも盛大に、虹が掛かるほどに心はお茶を噴き出した。心自身が実物を見た事があるわけではないが、彼の中の力がそれを知っていた。
「お、おお、おっ、ORT!!?」
「イエス」
「正気じゃないぞそんなもの貰うなんて!!!」
「前世は正気で過ごしたからな。狂気が混ざった人生も悪くない」
「もうあなたったら。前世だってヤンチャしてたって言ってたじゃないですか」
「そうだったな。ははは」
「笑ってる余裕がよくあるな…………」
転生者である要はともかく、すずかはこの世界の人間。ORTなどという怪物を見て笑っていられる余裕があるのがおかしいのだ。そのおかしいと感じる感性がこの家ではおかしいのだが。
「そうそう、お前はどんな力の持ち主よ」
「い、一応、英霊の力は…………」
「名前からしてエミヤか?」
「それと、クー・フーリン」
「なかなかいいもん貰ってんじゃねぇか」
「望んだわけじゃないんだけどな…………」
「くく、そうかそうか。大変だな。さて飯食ったら帰ろうぜ」
「えっ、そんな簡単に帰れるのか?」
「おじさんに任せなさい」
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旨かった。まさしく家庭の味って感じなんだが、一流の店にも劣らない下拵えによって食材の味が最高まで引き出されている。お金を出してもいいレベルだ。だというのに…………
「すずかー、酒ー」
「さっきも呑んだでしょう」
「食前、食中、食後は別だぜ」
「全くもう。お客さんが居るんですから自重して下さい」
「そう言いながらも出してくれるすすがが好きだぜ」
この男は料理の味を楽しんでいるのか? 普段から食べているとこうなってしまうもんなのか。
「しかしわりぃな、あんな包丁貰っちまって」
「所詮投影品だから気にするな。壊れたら消えるからな」
「ゴミが出なくてむしろ助かる。さて、そろそろ行くか?」
「その事なんだが、本当に帰れるのか?」
「大丈夫だって。変なとこに行ってもチョチョイと世界の壁を破るだけだし」
「? それはどういう」
ーーサクッ
とても軽い、そう、まるでハサミで折り紙を切ったような音がした。のお音がしただけで目の前の空間がポッカリと口を開けていた。
「こんな感じだ。世界の壁程度なら素手で切れる」
「まさか! そんなの有り得ない!!」
もし俺が同じ事をしようとすればどれだけの手間暇が必要か。いや、仮に準備が出来たとしても世界間の移動なんて出来るかどうか。
それを目の前の男は素手だけでやってのけたのだ。魔法使いも面目丸潰れだ。ってか原理はなんだ。ORTの力ってそんなのだっけ?
「筋肉があれば不可能はないのだよ明智くん」
「……………………」
開いた口が塞がらないとはこういう事を言うんだろうな。脳筋こじらすと最終的にはこうなってしまうのか。
「よっしゃ行くぞ。掴まってろよ」
「待て待て! この先の空間は本当に俺の居た世界なのか?」
「……………………行くぞ!」
「返事しろよぉ!!」
よくよく考えたらこいつが開いた空間は力づくでこじ開けたものだ。こんなのどこに繋がって、うぐっ!? か、体が……引き裂かれそう、だ。こっちはこんな思いしてるのにこいつは鼻歌を歌ってやがる…………
「着いたぞ。この世界か?」
「こ、こんな、成層圏で……判断出来るかあぁぁぁあああああああッッッ!!!!!」
「千里眼で見えないのか?」
千里眼は確かに持っているが、こんな状況で冷静に陸地なんか見てられるか!!
「じゃあ見やすくするために加速するか」
「はっ? うおおぁああああぁぁぁぁぁぁぁ…………!!?!?!!」
く、空気を蹴って加速を…………咄嗟に強化してなけりゃ、体が潰れるところだったぞ!
「あれじゃね、IS学園とやらは」
「それだそれ!! だから減速しろ!! クレーターでも作って学園を潰すつもりか!?」
「大丈夫だから掴まってなって」
どう見ても大丈夫な速度じゃねぇよ!! 残り500mくらいか! 駄目だ、ぶつかる!!
「……………………?」
「ほい、到着。な、大丈夫だったろ?」
「どうやって…………?」
「全部俺の筋肉で吸収した」
…………納得出来るか!! ORT持っているのがおかしいと思っていたがそうじゃない。こいつの思考と肉体が一番おかしい!! それと校庭のど真ん中に降りるな!! みんな見てるだろ!!
「そこの不審者! 両手を上げて心から離れなさい!!」
「なんか不審者扱いされておじさん悲しい」
「当然だろ。リーリー、これはおかしいが俺を連れてきてくれた奴だ。ほどほどに警戒すればいい」
「警戒確定かよぉ」
むしろお前以上に警戒しなければならない相手はいないだろ。
「探したぞ心!」
「ああいっちー、みんなも心配かけて「御主人様ぁ!!」ぐふっ!? キャス狐、さん、ダイブはやめて」
「それだけ心配したのだ。私だって抱き付きたいほどだぞ」
「ごめん箒嬢」
「さあさあ円満解決したところで、俺は帰らせてもらうぜ」
「そうか。色々あったけど、お前がいなけりゃ帰ってこれなかったし礼は言うよ。ありがとう」
「巻き込んだ責任があるからな」
…………巻き込んだ、だと?
「実はすずかが料理の片手間にワームホール作る実験しててな。あ、ワームホールってのは異世界への入り口みたいなもんな。たぶんお前はそれに巻き込まれたんだよ」
「つまりは、最初から最後までお前に振り回されたって事かぁ!! そこから動くな!! 叩き斬る!!!」
ーースカッ
「残像だ…………よし、人生で一度は言いたかったんだよな、この台詞。ではさらばだ青少年!!」
「…………逃げられた」
「あれ、御主人様。何か置いてありますよ?」
「本当だ。なんだこれ?」
要に集中していたから全く気が付かなかった。少し大きな木箱。解析してみたがただの箱だ。中に瓶のようなものが入っているらしい。
「安全みたいだし開けるか」
「これはお酒ね。ジュースもあるわ」
手紙も入っている。えっと
『一条酒造自慢のお酒です。料理をされる方のためにみりんを。お酒を飲まれない方のためにジュースを入れておきました。皆様でお楽しみ下さい。それと心君の服も洗濯して入れておきました。
一条すずか
P.S.ワームホールに巻き込んでごめんなさい』
「何であんなのの奥さんなのに、こんなにいい人なんだろう」
世の中ってのはバランスが上手く取れているんだと思った瞬間である。とりあえず要は機会があれば殴っ血KILL(ぶっちぎる)。
心君、弄りすぎてすまぬ…………扱いやすい子だとつい苛めたくなる小学生のような癖が出てしまった
魔女っ子アルト姫様、この度はありがとうございました。