昨日ある鎮守府から手紙が届いた。簡単に内容を纏めると自分の鎮守府に視察にきてもらいたいらしい。俺でいいのか甚だ疑問だが、招待された以上行かないのは無礼だ。とりあえず俺と長良で訪ねる事にした。
「それで相手はどんな提督か調べてくれたか?
「はい。神田麟子提督、25歳。階級は司令官と同じく少将。顔に大きな傷がある女性で、武闘派としても有名です。何でも軍刀で深海棲艦の50体切りをしたとか。所属している艦娘も殆どが帯刀しているらしいですよ
「面白いな。噂だとしてもそれなりに実力がなきゃそんな噂は立たない」
そんな武闘派だったら俺を知っていても当然かもしれねぇな。俺ってそういう界隈だと有名人だし。ちょっと気になってきた。少しだけ飛ばすか。
「きゃっ! ちょっと司令官、車は安全運転して下さい!」
「バレなきゃいいんだよ!」
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一方要が向かう鎮守府では朝から全艦集めての朝礼が行われていた。前に立つ女性は噂の神田提督。黒の長髪でモデル体型。顔に斜めに走る大きな傷がなければモテモテだっただろう。
「本日は予定通り一条少将が視察に来られる。少将は非常に厳しい方と聞く。貴様ら、覚悟しておく事だ」
「提督、しつもーん」
「北上、貴様は秘書艦だというのに弛みすぎだ。まあいい。質問を受け付けよう」
「一条少将は何やるとか決まってるの?」
「基本自由にしていただく。許可をいただけたなら貴様らの指導をしていただくつもりだ」
「うへ、めんど」
「レ級の主砲を素手で弾いた方だ。得るものは大きいぞ」
「大きすぎてあたし達に収まりそうにないんだけど」
そんな朝礼の最中、一台の車がやってきた。予定よりは早いが、要が到着したのだ。神田提督は北上に指示して迎えに行かせる。
「おーい、そこな人。一条少将で間違いない?」
「間違いない。今日はよろしく。あ、これ手土産のシュークリーム」
「ほほー、気が利くんだねぇ。もっとゴリラみたいな人だと思ったよ。うちの提督より女子力あるんじゃない」
「妹がいるもんで」
「ええっ! 司令官って妹さんがいたんですか!?」
「言ってなかったっけ? まあいいじゃねぇか。奴さんも待ってるし行こうぜ」
「そうしてもらえるとあたしも助かるよ。提督怒ると五月蝿いからさぁ」
「そりゃ急がないとな」
北上から見ての要の印象は普通だった。特別強そうと言うわけでもなく、噂のようにレ級の主砲を弾いたという風には見えない。
「神田少将、本日はお招きいただき感謝します」
「初めまして一条少将。お会いできて光栄です」
北上と同じような印象を神田提督も感じていた。正直ガッカリしている。神田提督が要を呼んだ一番の理由が自分よりも強い者に会いたかったというだけなのだ。
そんな神田提督に要は手を差し出した。
「? ああ、握手ですか」
「ええ。よろしくお願いします」
「こちらこそ……!?」
「どうしました?」
「…………いえ、何も」
ただの握手をしただけで神田提督の体が震えた。明らかに要に対して恐怖していた。蛇に睨まれた蛙のように動けなくなり、要に声を掛けられてようやく何とか動いた。
「まずは何から見せてもらいましょうか」
「では訓練風景などどうでしょう?」
「いいですね。そうしましょう。そうだ、撮影してもいいですかね?」
「構いません」
「ありがとうございます。長良、カメラかビデオを準備しといてくれ」
「分かりました」
「北上、案内を。私は後から向かう」
「りょーかい」
歩いていく要の姿を見て神田提督は軽く溜め息をついた。それは落胆などではなく、歓喜のものであった。触っただけで感じる圧倒的力の差。それだけで神田提督が恋に落ちるには十分すぎた。
だがそんな様子をよく思わない艦娘が一人。秘書艦の北上と同時期に加入した大井だ。
「なんであんな男の案内を北上さんが…………しかも私の提督が明らかに様子がおかしい。何なのよあの男は!」
北上と神田提督を愛している大井にとって要は単なる敵でしかなかった。
「あんな男より私の方が上って教えてやるんだから!」
そんな大井の殺気を完全無視しながら要は視察を続けた。
視察始めには警戒していた艦娘達だったが、要が想像以上にフランクだった事もあり、昼には既に要の周りに集まって質問攻めをしていた。こういうところは非常に女性的だ。
「えぇい! いい加減にせんか貴様ら!! 一条少将はこれより昼食を取られる。質問はそこでしろ!」
「まあまあ神田少将、あんまり怒鳴らずに。でも質問は一旦ここで締めようか。最後に、大井。何かありそうな顔をしているがどうかな?」
突然指名された大井は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに冷静になり要の言葉の意図を考えた。自分はここまで微々たるものとはいえ殺気を出し続けた。それをここまで無視した要が初めて声をかけてきたのだ。
「そう、ですね。質問というよりはお願いでしょうか」
「言ってみ」
「一条少将は特殊な兵装により艦娘と同じように水上移動が可能で、更には海戦まで行うと聞きます。是非とも実力のほどを見せていただきたいので、一つお手合わせを願えませんか?」
「大井一人でか?」
「はい」
少し困ったように頭を掻きながら神田提督に目配せする要。神田提督も暫く悩んでいたがしっかりと頷いた。
「んじゃやろうか。元々は艦隊と神田少将を同時に相手をする予定だったが、それが希望じゃしょうがない」
「随分と自信があるのですね。こちらの艦隊を嘗めているのでは?」
「まあ正直そうだ。それでいつやる? 飯食ってからか?」
「今からでは?」
「いいぜ」
完全に馬鹿にされている。大井がそう感じても仕方のない反応だった。艦娘は兵器。人が敵う相手ではない。だというのに要は自身らを嘗めているのだ。神田提督に鍛えられ、並みの艦娘や深海棲艦など相手にならないほどの練度を持つ大井にとってこれ以上ない侮辱であった。
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演習は鎮守府近海で執り行われる事となった。いくらレ級の主砲を弾いたという噂があるとはいえ噂は噂。神田提督の艦娘達は全員が大井の勝利を疑っていなかった。
『双方、準備は良いか?』
「いつでも行けますよ提督」
「開始はそっちに任せるぜ」
『ではあまり無理はしないよう。特に一条少将、貴方は生身の人間なのですからね』
「心遣い感謝致します」
『…………始め!!』
神田提督の合図と同時に大井の開幕雷撃が放たれる。いくら演習用とはいえ生身の人間に直撃すれば即死は免れない一撃だ。
「いよっ、とぉっ!!」
「と、跳んだ!?」
そんな強力な開幕雷撃を要はジャンプすることによって回避した。いくら艤装を付けていて海上を走り回れるとしても、海上と地上は違う。ジャンプなど一部の艦娘でも不可能。可能な艦娘も1、2mが限度だ。それを要は 5mは軽く越えるジャンプを披露してみせた。
それを見た大井の目の色が変わる。これまで自信過剰な男としてしか見ていなかったが、この男には言うだけの実力が備わっている。本気でやらなければ殺られる。
まだ空中にいる要に向かって即座に対空射撃を放つ大井。雷撃よりは威力や練度は劣るが、それでも何百という艦載機を撃ち落としてきた射撃だ。だが要は空中とは思えない身のこなしでそれらを回避し、回避が不可能なものは素手で掴み取っていった。そして無事着地。ちょうど大井の真後ろだ。
「化け物め!」
「そうですが何か? さあこの距離でどうす、っとぉっ!?」
「信じられない…………提督直伝の居合いを避けたなんて」
「そういや帯刀してたな。忘れてた」
腕がぱっくりと裂けて流血しているが要は気にも止めていない。神田提督によって訓練を受けてきたここの艦娘は殆どが帯刀している。それは飾りではなかったという事だ。
「今のは忘れていて不意を突かれたが、もう問題ない」
「…………そのようで」
今の要には隙がない。この距離では重火器など使い物にならず、頼みの軍刀も要相手では頼りないものになってしまっている。どうすればいいか。大井の思考の瞬間が要相手では隙となった。
「ドラァッ!!!」
「はっ!?」
速すぎる接近、速すぎる攻撃速度。振り上げられた要の腕は大井にはまるで巨岩のように見えた。それが一直線に降り下ろされる。目を瞑る時間すらも与えない。そんな一撃が突如として降り下ろしから凪ぎ払いに変化し、大井を弾き飛ばした。
「きゃぁっ!?」
海面をバウンドする大井の耳に爆音が響いた。自分等がよく知る砲撃が直撃した時の音だ。すぐに立ち上がった大井は周囲を見回し、そしてあるものを見てしまった。
「無事、みたいだな。くそが…………完全にイカれてやがる」
「あ、あ…………う、腕…………」
要の右腕は血塗れで、一部からは白いものが見え隠れてしている。どう見ても無事ではない。もう腕として機能しないであろう。
『大井! その海域に深海棲艦が侵入した! 演習は中止だ!!』
「あ、あ、てい、とく…………」
『どうした大井! 通信が乱れてそちらの映像が届かないのだ! 何があった!?』
神田提督からの通信を受けるものの、動揺した大井はまともに応える事ができない。元々大井は要に多少の怪我をさせてもう近寄らないようにしてやろうという気持ちはあった。だが目の前で体が機能不全になるほどの重傷を負った要を見た瞬間に足がすくんで動けなくなってしまった。
「重雷装艦大井!!」
「ひゃいっ!?」
動けなくなっていた大井へ要の一喝が飛ぶ。思わず変な声が出てしまった大井を要は笑っていた。
「くはは、なんだその声は」
「な、何も笑う事ないじゃないですか!!」
「すまんすまん。これから指示を出すが、従えるか?」
「えっ、は、はい」
「撤退だ。殿は俺がやる」
「!? それは出来ません!」
「やれ。確実に撤退するためにはどっちかが残るべきだ。怪我人なんて捨てておけ。それにな、片腕が使えなくてもお前よりかは強いつもりだぜ」
「…………嫌です」
「兵器のくせに言う事が聞けないか?」
「聞けません。これより私は貴方の右腕になります」
そう言って要の右に立つ大井。一瞬だけポカンとした顔をした要だが、すぐに大笑いした。
「はーはっはっは!! お前が右腕? 頼りねぇなぁ!!」
「な、な、なんですって!!」
「くく、まあこの場は任せてやる。長良だったら安心なんだがなぁ。贅沢言えねぇか」
「悪かったですね。来ます」
「わーってる」
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死にかける、という経験をしたのはいつぶりか。確か学生時代にたまたまやってきた元帥に悪戯して脳天かち割られて以来だと思う。
「一条少将!! 遠い目をしても許しませんよ!!」
「うん、ごめんなさい。分かったからもう足崩させて…………正座で死ぬ」
「許しませんと言ったばかりでしょう!!」
人間慣れない正座を十時間以上続けると死を覚悟するんだな。勉強になった。深海棲艦よりよっぽどこえぇわ。でも強気な女性が涙目になるのを見るのは悪くない。
ちなみにあの後の展開だが、俺と大井は襲ってきた深海棲艦を無事殲滅。といっても大井は大破していたけどな。残党は応援に来た神田少将の部隊が倒してくれた。
「てかさ、俺右腕が死んでる重傷人なんですけど」
「重傷人は片手でレ級のフラッグシップとエリートを大破撤退させたりしません! それにもう治療は施しました! もう、動きませんけれど…………」
「今回の件は誰も悪くないですから、落ち込まないで下さい」
「いえ、悪いのは私と大井です。本来守るべき一条少将に守られ、その上一生ものの怪我までさせてしまっている。本来ならば私は提督を辞任し、大井は解体されるべきです」
「そんな事してみろ。許さねぇぞ?」
今回の怪我は俺の未熟さ故の怪我だ。その責任で他人がどうこうなるのを見逃せるかっての。まあ神田少将はそれを認めないだろう。
「分かっています。なので、せめて大井をそちらへ派遣させて下さい。一条少将の右腕になれるとは思いませんが、少なくとも何かしらの補助は出来るはずです。こき使ってやって下さい。それと念のため一条少将の経過観察のために定期的に写真や映像を撮らせて頂きたいのですがよろしいですか?」
「医者じゃないのに熱心ですね。まあそのくらいはいいですよ」
「ありがとうございます。帰りの車はこちらで手配しますね」
「いや結構。自分の車で帰りますよ。あ、もう正座を崩しても」
「まだ許してはいないのですが、いいでしょう」
あー、やっと解放される。立っても足の感覚がねぇから浮いてるように感じちまう。これ少ししたら血が回り始めて痺れが一気に来るやつだ。
「そういえば長良を見ていないのですが」
「長くなりそうという事で走って帰宅したようですが。流石一条少将の秘書艦ですね。相当な距離があるというのに笑顔で走っていきましたよ」
「そーですか。明日の秘書艦は戦艦棲姫だな」
北上「提督~、大井っち行かせちゃって良かったの?」
神田「問題ない。大井のいない穴くらいは埋められる」
北上「そっか。まあ大井っちが行かないと一条少将の生写真が手に入らないもんね」
神田「ぶふっ!!? な、何を言っているんだ貴様は!!!」
北上「まあまあ、そんな照れなくても。でも本当に大井っちで良かったんだ」
神田「なんだ、姉妹が居なくなるのがそんなに寂しいか?」
北上「んにゃ、そういう意味じゃなくて…………恋敵送っても良かったのかなって」
神田「なん、と、言った?」
北上「大井っち、一条少将に惚れてるよ?」
神田「今すぐ大井を連れ戻せぇぇ!!!」