ーーガション
「あっ、壊れた」
「あなた、何か大きな音が……ってまたトレーニング機材を壊したんですか。修理だってタダじゃないんですよ」
「すまん、すずか」
「もう。暫く出掛けてて下さい」
肩身せめぇなぁ。これでも亭主なのに。とはいえ妻を不機嫌にさせるのは夫としてはいかんよな。大人しく出掛けよう。
さて、何をするか。一般のトレーニングジムなんて暇潰しにもならねぇ。ギャンブルの類いはやらねぇからパチンコや競馬は除外。他の遊技場でおっさんが一人で遊ぶのも寂しい。何か食うか。これがベストだ。
「昼間から酒も悪くねぇが世間体が気になるな」
「お前でも世間体が気になるんだな」
「一人ならともかく家族が出来ちまったしな。それで何のようだ、シ…………シ……シオン」
「シノンだ。シノン・ガラード」
「そう、シノンだ。ってかお前よく俺って分かったな。初めて会ってから大分経つのによ」
「雰囲気とかは基本変わってないからな」
心外だな。これでも祖父になって落ち着いた方だってのに。まあそんな事はどうだっていい。ナイスな暇潰しがやってきた。こいつは前会った時から成長していないみたいだが、バトル以外でも楽しみは十分にある。
「飯食って駄弁ろうぜ」
「ああ」
「っと聞き忘れるところだった。なんでこの世界に来たんだ?」
「それが分かれば苦労しないんだが」
どっかに世界の歪みがあるのかもしれないな。神様に報告して修復してもらうか。いやいや、俺が居るだけで歪みが発生しそうだから意味ないか。
「何食う?」
「不味いものでないならなんでも…………」
「どうした?」
「昔を思い出してたんだ。食材を調理したら兵器にする仲間が何人か居てな」
「なんだそりゃ」
食材から兵器を作れるとかすげぇな。戦場に送り込まれたら重宝されそうだ。それはいいとして、一先ず飯はラーメンにでもするか。最近近所に旨いのが出来たらしいしな。
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たまにはジャンクフードも悪くない。そう思っていたが、このラーメンはジャンクフードと称していいものではない。
見た目は透き通った塩ラーメンだ。しかし口に含んだ瞬間に鼻から抜ける濃厚な魚介の風味。麺を啜り終わってからはあっさりとした塩が口をリセットし、また魚介を感じたくなる。
「うん、旨い。噂通りだな」
「人生の中でもトップ10に入るくらい旨いな」
「そいつは良かった。それでこれからどうする? 帰りたいならすぐにでも帰らせてやるが」
「こんな機会はあんまりないし、少し話してからでもいいじゃないか。互いに違う場所から来たんだし、前居た場所の話なんかどうだ?」
「そんなのでいいのか? 恋愛話とかなら相談に乗ってやれるのによ」
「そういうのはいいや」
恋愛話とかは苦手だ。というか下手に話すと嫌な事が起こりそうな予感がする。
「そっか。んじゃ前居た場所の話をするか。といっても俺は平凡だぞ。並行世界の魔法も何もない地球だったからな」
「一般人が知らないだけじゃないのか?」
「かもしれないな。そんな世界で俺は普通に育った。武術家の親父。なんでかそんな親父より強いお袋。才能に溢れる妹も居たな。その中でも俺は凡才でな。いやぁ、あの頃は我ながら弱かった」
とても懐かしそうに語る要に未練らしきものは感じなかった。本当にただの思い出になってしまっているのだろう。しかし滅茶苦茶な要が弱かった時代か。イメージ出来ないな。
「ガキの頃はとにかく強くなろうとしてた。才能もないくせに努力して努力して…………最後は諦めて逃げた」
「お前が?」
「流石に人の数百倍努力して、人並み以下の努力しかしていない妹に負けちまうとな。そこで鍛える理由を見失っちまった」
笑って話しているけれど、そんな軽い話じゃないはずだ。年下の女性、ましてや実の妹に完敗したなんて、いくら時間が経っても悔しくて簡単に話せるようなものには思えないのに。
「もしかしたら技術で争ったら今でも負けるかもな」
「そこまで実力があるのか!?」
「ああ、自慢の妹だ。その後はグレて、単身で関東制圧して、引退して、リーマンになって、土砂崩れで死んで、こっちに転生した」
「途中とんでもない話が混ざったように聞こえたけど」
きっと要は凡才じゃなく天才だ。ただ件の妹が歴史上に1人いるかどうかっていうくらいの鬼才だったんだ。そうでもなきゃ単身で一部地域を制圧するなんて無理だ。
「そんでそっちの世界ではどうだったんだ? ORTが言うにはお前は同類らしいんだが」
「ORT?」
「星から創り出された星の守護者みたいなものだ。人みたいなお前と違って限りなく化け物だがな。お前も何かから創られた世界の守護者とかじゃないのか?」
これには驚いた。そんなものが居るなんて思いもしなかったからだ。というか要はそれと知り合いなのだろうか。そしてそれは言葉を話せるのか。
「あながち間違いじゃない。俺の世界にはディセンダーという存在がいて、世界を破滅から救うために世界樹って巨大な樹から生み出されるんだ。俺も同じ世界樹から生み出されたんだけど、俺はディセンダーではなく、世界樹が世界を視るための触覚として生み出されたんだ」
「ほほう、真祖に近いな」
「真祖ってのは知らないが、俺はディセンダーが生まれた時点で役割が終わっていたんだ。幸い戦闘能力はあったから、みんなと最後まで戦えたんだけどな」
もし力がなかったら指をくわえて世界の行く末を眺めているしか出来なかっただろう。世界樹の眼として世界を視るためとはいえ、最低限の力を貰えたのは感謝しないと。
「その世界で最後はどうなったんだ?」
「仲間を守ったらヘマしちまった」
「そーかそーか! 最後は自分の生き様を見つけたか! いいじゃねぇか。今は役目からも解放されて自由じゃねぇか。やりたいことを目一杯やれよ。人生は短いんだ」
「そういえば俺の寿命ってどうなるんだ?」
「ふむ、普通は世界に創られた存在は世界が死ぬか、何らかの要因で肉体が崩壊するまでが寿命だな。パッと見人基準で創られているお前なら人並みの寿命じゃないか?」
「そういうもんなんだな」
確かに世界樹が傷付けられたりしたら、その痛みは俺達の肉体にフィードバックされたような記憶がある。今は世界樹はないし、要が言うように人並みの寿命なのかもしれない。
「ま、なんだっていいさ。ただ人生満喫するのはいいが、トラブルには注意しろよ」
「もう巻き込まれているさ」
「なら結構。それとまだこっちに居るか? 神様から連絡があって帰るならすぐにでも帰れるってよ」
「そうなのか。その神様とやらの手を煩わせすぎるのもなんだし、帰るかな」
「おう、またな」
「ああ、また」
本来こんな簡単に再会を約束できるような距離じゃないのにな。でも要相手だとそれも簡単な気がする。事実要からすれば簡単なんだろうな。もしこっちに乗り込んできたら…………考えるのは止めよう。