また君と、今度はずっと   作:スターク(元:はぎほぎ)

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【Ep.52】における柴畑氏と雄馬氏の会話を少し変更しました。ご迷惑をお掛けします
そして台風、なんか凄まじいっすね…通過地域の皆さまはお気を付けください。スタークはメイドインアビスを10巻纏め買いする程度には無事ですので


あと、今回の話の馬要素は無茶苦茶希薄です
ウマ娘要素に至っては完全な(ゼロ)です


【Ep.70】断絶

「この度、わたくし宮崎雄馬がこの宮崎商事の社長の座に就く事となりました。皆様方のご期待に沿えるよう粉骨砕身を尽くしてまいりますので、今後ともどうぞよろしくお願いします」

 

堅苦しい、感情の乗らない挨拶。対して返されるのは、盛大ながらも当然、抑揚のない拍手であって当然で。

だがしかし、ここは現代の財閥こと宮崎商事主催の場。めでたい雰囲気を皆一様に醸し、そしてその裏で思惑を交わして互いを見定め合うのだ。

…そんな中で。

 

「なんで私達まで招かれたんですかね」

「俺だって知るか。理事、何か事情などは」

「分かりませんな。支援を断たれて久しいJRAが招かれたこと自体が、いったい何の思惑があるのかと……」

 

JRA理事、そして彼の横に控えた奥分幸雄と柴畑奉一の姿。パーティ会場で、最低限の会話を他の参加者と交わしながらも、二人は所在無げに視線を右往左往させる。舞台上の挨拶も終わり、多くの人々が主催者である宮崎雄馬を取り囲んで見た目だけ和気あいあいと談笑していた。

 

「前社長———斗馬さんの夫人の代から、商事とJRAの縁はほぼ無いようなものでしたから。それが呼ばれたとなると、投資を再開してくれる可能性…?」

「……」

「ああ、すみませんね。貴方がたにとっては受け入れ難い話でしたか」

「気にせんでください、流石にそこで駄々こねるほど餓鬼じゃありません。ただその場合、余計私達が呼ばれた理由が分からなくなると言いますか」

 

柴畑の問いかけに、隣で奥分も首肯。ビジネスの話ならば、ネームバリューがあるとはいえ一介の騎手に過ぎない自分たちが此処にいる意味は無いはずだ。

そんな彼らの疑問に対し、理事も「斗馬さん関連で何かある…とかでしょうか?」と首を捻るばかり。と、そんな折の事だった。

 

「それは無いだろう、宮崎君!」

 

大声。形だけでも華やかなこの場に不似合いな、怒りを孕んだ音だ。思わず3人揃って振り向けば、輪の中心で新社長に怒鳴りつける初老の男性の姿。

 

「もうこちらの事業は始まっているんだ、なのに投資打ち切り!?契約違反だぞ!!」

「……違反、ですか」

「そうだとも!」

 

青筋立てて唾を散らすその姿からは、これ以上ないほど分かりやすく怒りと焦りが見て取れる。それに周りがドン引きしながら様子をうかがう中、怒号を真正面から食らっている宮崎雄馬、その当人は。

 

「……察していただけないとは残念だ」

「なに!?」

「これを」

 

全く動じず、表情を憮然と崩さす。目の前の相手に、懐から取り出した紙束を差し出す。

男はそれをひったくり、表紙を目にした瞬間——蒼褪めた。

 

「……ぇ……」

「流石にお分かり頂けたでしょうか」

「な、こっ…まさか!?」

 

急かされたわけでもないのに大慌てで読み進め、ページをめくるたびに更に青白さを増す男の顔。事態の異常さに周囲も気付き、ざわめきが広がっていく。

やがて男が読み終わり、膝を震わせ…そのタイミングで、雄馬は告げる。

 

「ここまでくればお判りでしょうが、先に違反したのは其方だ。この情報がもs」

「分かった!分かったから、どうすれば良い!?」

「分かってないじゃないか…単純な話に過ぎない。出資取りやめの件に承諾していただければそれで」

「……!」

 

拳を震わせ……やがて、頷くようにうなだれる男。その様を見届けてから、宮崎雄馬は未だ困惑収まらない周囲を一瞥・一礼して言い放った。この場を制するトドメの一撃を。

 

 

「皆様、お騒がせしました。皆さまにも“抱えるモノ”の一つや二つお有りでしょうが、()()()ではどうぞ御構い無く。気楽に楽しみ、そして我が社を今後ともご贔屓にして頂きたいと願うばかりです」

 

 

喧騒がやんだ。

 

「アイツ…!」

「“掌握”、した……」

 

恐怖が、全てを抑えつけたのだ。

なんてド直球の脅迫だ、とJRA理事は目が眩む。ここは一癖も二癖もある経済界の重鎮が集う場、そこであろう事か()()()()()暴挙に。

瑕疵をバラされたくなければ、するな。背くな。抗うな。実例と共にそう突きつけて。

 

「どこまで掴んでると思う」

「さぁな。だがハッタリではないだろ」

「…理事。貴方も呼ばれたという事は、まさかとは思いますが」

「誓って不正はやってませんよ!?」

 

暫くして、再び人々は動きを取り戻す。どこかぎこちなく、主催者へ向ける視線に畏怖・崇拝・敵視をそれぞれ乗せながらも賑やかに。

その中心で、平気な顔でワイングラスを傾ける()()の後ろ姿に、柴畑は思わず毒づく他無かった。

 

 

「トウさんの種から生まれたとは思えん修羅だな」

 

 

その、瞬間。

グリンッ、とねじ曲がり振り返る雄馬の首。奥分達の目には、180度回転したように見えるほど勢いよく。その視線が向けられる先は無論、自分達に他ならない。

射止められ、思わず足がすくんだ。動けない。そんな彼らにツカツカと歩み寄り、宮崎は虚無の表情のまま頭を下げた。

 

「ようこそいらっしゃいました、JRAの皆様方。お楽しみ頂けているでしょうか?」

「…っ。こちらこそ、このような場にお招きいただき感謝しております」

 

何とか動けた理事が辛うじて挨拶。それを受けてから、宮崎は理事の隣に控える奥分・柴畑へと視線を移す。その表情からは依然、感情らしき感情は読み取れない。

宮崎が口を開き、何を思ったのか噤んで……その沈黙を経てから、ようやく。

 

「柴畑氏」

「…なんだ」

「父の名誉のために言うが」

 

放たれたのは。

 

 

「私は宮崎斗馬の血は継いでいない」

 

 

その瞬間、誰にも理解出来なかった。

奥分も、柴畑も、理事も。周囲を取り囲む政財界の重鎮達も。

全ての前提を崩落させる一手が、あまりにも軽々しく打ち込まれたから。

宮崎の顔には依然何も無い。笑みも嘆きも、怒りも堕落も。

 

「……どういう事、だ」

 

奥分がよろめきながら絞り出す。対し、雄馬も応じる。

 

「そのままの意味だ。私と宮崎斗馬は血縁関係に無い…高確率で、だが」

「だっ、だから!それが、どういう意味だと——」

「母の不貞だ。私の誕生の10か月前に多数の男と関係を持っていた。父の優秀な遺伝子はその中に埋もれ、この世に遺されなかった可能性が非常に高い」

 

理事が尻餅をつく。彼もまた、宮崎斗馬に助けられた人間だったが故に。

周囲を取り巻く者たちも瞠目の色濃く、そして崩れ落ちるものが多数いた。彼らの多くが、斗馬と親交の深かった者達だった。

 

「…お前…」

 

その内の一人が言う。罵る。

 

「お前……どのツラ下げて社長(その座)に収まるつもりだ…!」

「発言は自由ですが、自由には責任が付き物ですよ。久遠建築社長の駒田氏。例えば、そう…あれだ、S市のランドマークタワー。()()()()()()()()そうで」

「~~~!?」

 

だが次の瞬間には、声にならない悲鳴を上げてもんどりうっていた。今言われた建造物に関して致命的な弱みを抱えていたのだろうが、他人にそれを知る由は無い。

いずれにせよ、宮崎雄馬の先ほどの宣告は真実味を帯びるばかりだ。

 

「宮崎斗馬は他人に甘すぎた。母は自分に甘過ぎた。全員とは言いませんが、だからこうやって悪い虫が入り込むものです。だが私は違う……この方針を、ゆめゆめお忘れなきよう」

 

全てが彼の独壇場。そんな中で、柴畑が顔を上げる。震える手で、自らの懐から紙切れを取り出す。

それを目にした雄馬の顔が、やっとわずかに強張った。

 

「……ただのレプリカだぞ。なに勘付いてんだ、化け物が」

「いや。この局面で貴方と奥分氏のどちらかが…()()を持ってきているという予感は既にあった。そして持ってきているなら、私に突き付けてくるだろうと」

「当たり前だ!!」

 

そう叫びながら突き出された、一枚の手紙。ただ、普通のそれと違うのは———最後に(したた)められた、執筆者の名前である。

宮崎斗馬、と。

 

「あの日……トウさんが残した遺書だ!何と書いてあったか、忘れたとは言わないよな!?」

「もちろん。ただ我が子の健やかな成長を願う、と……彼らしい遺言だ」

「お前がアイツを語るなァッ!!!」

 

喉への頓着など無い叫びを吐き捨て、柴畑は睨んだ。燻っていた炎が今、彼の瞳の奥で熱を上げた。

憎悪の炎だ。

 

「アイツは心から家族を愛していた!」

「ああ」

「お前達の為に心血を注ぎ惜しまなかった!!」

「その通りだ」

「信じていた!我が子だと信じていたから祈ったんだ!!」

「そうだろうな」

「それに対する仕打ちがコレかァ!!!!」

 

ある者は瞠目し、あるものは目を逸らす。

直視しがたい悲劇を前に、誰もかれもが狼狽える事しかできない。その渦中で二人、冷徹と苛烈の視線が交わるのみ。

柴畑は、止まらない。

 

「宮崎商事はアイツの物だ!アイツが作り上げたアイツの成果だ、財産だ!それをどうしてお前らが奪えるんだ、ええ!?」

「柴畑、落ち着け…っ!」

「どうしてか…なるようになった、という他無い」

「ッッッ!!」

「二人とも、もうやめてくれっ……!!」

 

奥分が止めに入るが、それでも抑えきれないレベルで柴畑は噴火寸前。だがここで、やっと宮崎雄馬の表情が崩れた。

フッ、と。笑った。

 

「「は?」」

 

柴畑の呆けた声が響く。奥分ですら同じように。

それに構わず、雄馬は。

 

「気に入らないなら、告発すればいい。幸い此処にいる他の者達と違い、貴方達JRAからの来賓者は“抱えている物”が無い……あったとしても私は知らない。宮崎商事の新社長は不貞の子、と週刊誌に売ればそれはそれは大反響を呼ぶだろう」

「何、言って」

「貴方達だけが、この場で私に攻撃する権利と手段を併せ持っているという事だ。なんなら、私は座にしがみつく為に防衛こそするが、そちらへの反撃やカウンターなどはしないと約束しても良い」

「舐めてるのか……!」

「敬意のつもりだ。宮崎斗馬と共に駆けた貴方達だからこそ」

「……」

 

真意を測れず、奥分は困惑の坩堝に落ち込む。罠と呼ぶには向こうにメリットが無い、そもそもなぜこんなことになったのかが分からない。

そんな中で、ふと柴畑を見た。血走った目で雄馬を睨みつけ、奥分の本能に「不味い」という警鐘を鳴らす。

 

「残念ですが」

 

その時だった。今まで黙っていた理事が口を開いたのは。

二人で見上げる。立ち上がった彼の目もまた、覚悟の色に染まっていて。

 

「本日はここでお暇させて頂きます。もう何を話すにも感情が付き纏ってしまうでしょう、この場は」

「……それは、こちらとしても残念だ」

「ええ、本当に。叶うなら、貴方ほどの傑物との商談もしてみたかったですが……もうその機会も無いでしょうから」

 

そう言ってから、理事は奥分へと目配せ。意図を察し、柴畑に肩を貸して彼の後に続く。

 

「では失礼。御社の飛躍と発展を、心よりお祈り申し上げます」

 

その言葉を最後に、会場の扉は閉められた。その寸前、隙間から見えた宮崎雄馬の表情を窺い知る事も無く。

 

 

 

 

 

 

「良かったんですか、理事」

「何がです?」

「宮崎商事との関係、もう修復不可能みたいな発言していましたが」

「いやぁ……あんなの関わったら火傷しますよ。下手に関わらずに堅実にやっていこうじゃないですか」

「それにはまぁ……賛成ではあるんですが」

 

帰りのリムジンの中で、奥分は視線を理事から柴畑に移す。彼は両手で頭を抱え、囁くように繰り返し呟いていた。

 

「ふざけるな…なぜアイツがこんな目に…おかしいだろう…なぜだ…」

「柴畑……」

「全部……全部あの雌狐の所為だ…アレに騙された所為でトウさんは……」

「……」

「返せよ…全部アイツに返せよ……お前達が座って良い場所じゃないだろうそこは………!!」

 

もう彼は、許せない。そう一瞬で悟り、奥分は目を伏せる。

だが柴畑が怒らなければ、自分の方が怒り狂っていたかもしれない…と、彼は思った。今この瞬間、冷静な思考を保てるのも彼のおかげだと。代わりに怒りを燃やしてくれたのだ、と。

 

だからこそ、考えてしまうのだ。

 

(宮崎雄馬は、なぜあんなことを———?)

 

わざわざ呼び寄せ。

わざわざ自分の支配を見せつけ。

わざわざ素性を暴露し、煽る。

宣戦布告?自分たちを怒らせて弱みを握ろうとした?宮崎商事の社長ともあろうものが、今更競馬などという一界隈相手にそんなことをするメリットがあるのか?

 

「…分からない」

 

何一つ、分からない。

 

 

 

 

結局、素性の件を公にはしなかった。言ったのは信頼のできる15期生の同期にだけ、彼らは今も約束通りに口を噤んでくれている。

皆、トウさんが大好きだから。彼が築いた宮崎商事を揺るがすような真似なんて、誰にも出来やしなかったのだ。

その間も宮崎商事はさらなる成長を続け、今や誰にも打ち崩せない強力な経済地盤を築いている。こうなってしまえばもう、手元のスキャンダルも大した意味は無い。

 

そうして冷静になった今だからこそ、奥分幸蔵は考えてしまうのだ。彼はあの時、もしかして。

 

 

「僕達に、憎んで欲しかったのか?」

 

 

5月23日、イスパーン賞。

中継映像の中に走る、クロスクロウの姿。

 

それを見届けた奥分の口からは……結果を受け止める前にふと、そんな言葉が漏れていた。

 





全てが失われた


全ての信用が失われた


もう何も信じられない、信じたいのに信じたくない


帰りたい、あの頃に帰りたい


だが帰る権利が無いから、僕はここまでなのだ


ただ我が子の健やかな成長を願う、それしか出来ない


そんな愚か者故にここで終わるのだ


許してくれ。臆病故に親の義務を放棄する僕を


全てを放り出して往く私を


友を裏切ったまま死ぬ私を許してくれ



然らば



西暦一九八一年 五月 二九日

宮崎斗馬

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