グラスワンダー
次走、久しぶりに会えますね
スペシャルウィーク
そうみたいだね!えっと、アレだアレ……
……何だっけ
グラスワンダー
スペシャルウィーク
ぐぐぐぐ……誰かの所為にしたいけど自分しか思い浮かばない〜……
でも実際、ニンゲン達の間でもグラスの名前をチラチラ聞くようになったよ。キングからも聞いたけど、
今の調子はどう?
グラスワンダー
ボクは勿論万全ですよ。スペさんこそ、食べ過ぎて太り気味になってたりしませんか?
スペシャルウィーク
そそそそそんな事ないし
ははは走って燃やせば良いしししし
とっともかく!僕は全然無敵だから!クロみたいに勝って、栗毛さんみたいに走って
グラスワンダー
……クロは、凄いですからね
とはいえスペさん。もう勝った気でいるとは凄い自信ですけど、足を掬われかねませんよ?
スペシャルウィーク
へ?何か変かな?
だってさ、クロったら最後の最後まで僕の心配ばっかりなんだもん!食べ過ぎ注意とかストレッチ欠かすなとか敬語禁止とか、もう僕は仔馬でもないっていうのに
だからいーっぱい勝って、帰ってきたクロを見返してやるんだ。楽しみだなぁ、僕の勝ち星の数を聞いたクロの顔……!
グラスワンダー
………スペさん。タカラヅカキネンの事、
ボクと走るの、分かってますよね??
スペシャルウィーク
?
うん、そのつもりだけど。何か変かな
グラスもそうでしょ
グラスワンダー
……いえ、なんでも。スペさん
頑張りましょう。お互いに
『うん!クロを目指して頑張ろう!!───って、伝言お願いね』
『エーッ、ワカッタデス』
窓枠に留まるシーラちゃんを介した、久しぶりのグラスとの会話。うん、彼も元気なようで本当に何より。
ところでだけど、今僕の前にいる鳥はシーラちゃんだけでなく他にも3羽。何やらここ数日でどんどん仲間を増やしたらしく
『エーッ。コッチ、バードンクン』
『コンニチワー』
『コッチ、ヒドラクン』
『ヨロシク』
『コッチ、バッサークン』
『オネガイシマス』
という具合にさっき紹介された。この子達皆が馬語を学んでる途中らしくて、一羽じゃ大変だった伝言をこれから四羽で分担するという予定らしい。シーラちゃんよく考えるし教えられるなぁ、マンボはこの事知ってるのかな?
『ソレニシテモ、
『そりゃもう、今の僕は栗毛さんの領域を貰って最強だし?快進撃中だし、負ける気しないし地元だし?』*1
クロが旅立ってしばらく経つけど、あの頃から数段レベルアップしてる自分を自覚してるんだ。そんな万能感が自分を包んで、なんでも出来る気しかしない。逃げ先行差し追込、長距離中距離マイル短距離どれでも来い!クロと栗毛さんの走りを継いだ僕に死角なんて無いんだから!!*2
『ン~…マー、スペクンガ
『ありがとう、気を付けてね〜』
『ドモデース。ホラ
『『『アイアイサー!!!』』』
そうして飛び去る四羽の翼。夜空にその影が消えるまで見送っていると、入れ替わるように今度は足音が。
ふむ、これは……
『キュームインさん!』
「おうスペシャル、お前はいつも元気で良いなぁ」*3
『わぷふっ。ご飯?ご飯だよね!?』
「そうら、飼葉大盛りだ!まっ、いつも通りの規定量だけどな」*4
『やったー!』
ぐわしぐわしと撫でてくる手が心地いい。けど、同時に引っかかる一言も。
“僕
『ウスイさんは、どうなんですか?』
「……臼井調教師は“何が悪かったのか分からん”と悩み続けてるし、宮崎氏に至っては塞ぎ込んじまうし。お前だけが頼りだよ」*5
聞こえてきた、“ウスイ”と“ミヤザキ”という名前。僕に走りを教えてくれる人と、クロと深い関係らしい人。その二人が、何か良くない感じになってるらしいと語調から感じ取れた。
そうなんだよ、ちょっと前まで頻繁に様子を見にきてたウスイさんが中々顔を見せなくなったんだ。大丈夫かなぁ、怪我とか病気とかしてないかなぁ。ニンゲンって僕達よりも小さくて細いから、ふとした瞬間に壊れちゃいそうで心配になるんだよ……っとと。
「お前が悩む事じゃないって、俺たちの問題は俺たちがなんとかするさ。お前の事も、
遮るように撫でられて、僕の思考はそこまで。キュームインさんが大丈夫だと思ってるのなら仕方がない、僕の出番は無いって事で。胸のモヤモヤは飲み込むとしましょうか。
………うん、僕自身は無問題なんだ。このまま勝ちまくって、勝ち続けて、
その為にも食べて、寝て!!走るぞー!!!
「頑張れよー、スペシャル。宝塚記念を勝ったらお前、クロスと一緒に走れるかも知れないんだからな」*7
『えっ、何?クロが何?ねぇキュームインさん、待ってよー!?』
そして、少し時は流れて。特に何か起こる事も無く、僕はまたターフに立つ。
『ユタカさん、今日も勝とうね』
「………ああ、そうだな。彼らの分まで、やってやろう」*8
う〜ん、ウスイさん達と同じように実はユタカさんの調子もちょっと狂ってるんだよね。その証拠にほら、まだユタカさんの思ってる事があんまり伝わってこない。辛うじて“苦心してる”のを感じ取れる程度で、でも馬である僕に出来ることは無いからなぁ。やっぱり走るしか無いか、うん。
でもここは、暫定日本一の馬として頼もしい姿、一回見せといてあげますか!
『だいじょーぶ、ユタカさん!僕がまた全員すっ飛ばしてあげるから、
「ここは生沿くんに手本を見せてあげなくちゃだよなぁ……うん、そうだ。元気を運べるようにパワフルに、うん」*9
うーん、伝わってるんだから伝わってないんだか?まぁ良いや、問題は本番だけだ。クロなら勝つだろうレース、なら僕だって勝たなきゃ。
クロみたいに勝つんだ。栗毛さんのように走り切った先で、そしたら、そしたら僕は───
一瞬、脳が凍ったようだった。すぐに解けて、でも振り返らずにはいられない。
誰?
『誰って、あはッ。ご冗談を』
『えっ──』
そこにいたのは、聞こえてきたのは凛とした彼。その声。
嘘。だって、さっきの声は違った筈。
『いえ、呼び掛けたのはボクですよ?スペさんったら焦っちゃって』
『そうだったかな……そうだったかも……』
疑問を強引に捩じ伏せながら、改めて彼を──グラスワンダーを見る。
その上で感想を言うと、見違えた。全身が引き締まり、薄い皮膚が筋肉でパンと張って。毛並みは艶やかに、一切の絡まりを見せる事なく流れていく。日の下で、栗毛が眩く黄金の光を放つようにすら見えた。
鋭い印象を持つ佇まいだった、にも関わらず柔らかな印象すらあった。僅かに微笑む視線が、芸術的なほどに朗らかで。木漏れ日に差した陽光のようだ。
健康的な肢体は、曲線を描いてしなやかに。たおやかに。
以前は花だと思っていた。けど今は違う。
(……薔薇)
クロに教えてもらった綺麗な花。棘を隠し持った強い花。
今のグラスは、まさにそれ。
『……綺麗だ』
意図せず、そんな言葉が口を突いて出る程に。
『……
『えっ?…あ!ご、ごめん!何言ってるのかな、僕。やばい狂った、僕が好きなのはクロの筈なのに』
『そうですもんね。スペさんは何につけてもクロ、クロ、ずっとそうですから』
それはグラスも同じじゃ?……とは流石に言えなかった。
僅かに滲んだ怒気、薔薇の棘。さっき感じたのと同じだ。
『グラス、その……えっと』
『スペさん』
主導権を握られている、その自覚があるのに取り返せない。先手を打つのはいつだってグラスの方で。
『“誓い”……忘れてませんよね』
『も、勿論だよ。クロは世界を変えて、グラスは不屈で、ボクは日本一で……っ!?』
気付けば視界一杯に広がる“蒼”。
グラスの瞳。覗き込む程に吸い込んでくる、深い深い蒼色。
耳元で。
『嘘つき』
それが最後。グラスはプイと顔を背けて、そのまま歩き去ってしまう。僕はただ見送るだけ。
脳にゾクッときた。心からゾッとした。そして、見惚れた。
(……不味い)
心の奥底、大事な何かを揺り動かされた気がした。油断すると持って行かれる、奪われてしまう。
そうなったら不味い……ん?
(何が、不味いんだろう)
それすら分からない、僕の頭の中はグチャグチャだ。今の会話だけで、グラスは僕をグチャグチャに噛み砕いてしまったんだ……!
(落ち着け、落ち着け僕!クロを見返すんだ、そうだろ?!)
「……?なんだ、イレ込んで……」*10
グラスについて深く考えるといつもこんな感じになっちゃう。こういう時はクロのかっこいい姿を思い出すんだ。最初に僕を助けてくれた三頭での競走、初めて戦った
『あー、落ち着いた。クロにはリフレッシュ効果があるね間違いない』
「とと、やっと元に戻ったか。スペシャル、いけるか?」
『あっユタカさん。うん、もう大丈夫!』
立ち直れたと同時に、ユタカさんとも通じ合えた。うん、調子も戻ったしいける。また負ける気しないモードだ。
「今回の窓葉さんは……グラスワンダーは怖いぞ。気を引き締めて行くぞ」
『……はい!』
うん。大丈夫。ドクンドクンと胸の弾みは消えないけれど、僕は負けない。
クロと栗毛さんの座を受け継いだんだから。負ける訳には、いかないんだ。
今回も勝って、その先もきっと……!!
「やぁ、勇鷹君。元気かい」
「窓葉さん……正直な所、僕は今あなたと奥分さんに合わせる顔が無いというか」
「有馬の件ならノーカンだよ。
芝の上で挨拶を交わす。皮肉抜きに残念そうな彼に対し、申し訳なさを抑え切れない。
勿論、勝負はまた別の話だけれど。
「クロスクロウが
「それはこっちのセリフです。スペシャルの勝利でもって、生沿君達へのエールにさせてもらいます……他ならないスペシャルの為にも」
今回のレースには、スペシャルの海外遠征だって懸かっている。勝てば凱旋門直行、負ければ日本残留。クロスクロウに素質で負けているとは思わないからこそ、また走ってリベンジさせてやりたかった。
そんな僕の思いを見透かしたのだろう、窓葉さんは。
「─あの時を思い出すね」
「あの時?」
「快進撃、目前の大記録。そして君と君の相棒、私と私の相棒」
息を呑む。それに手を掛け、逃した記憶。
マックイーン。春天三連覇。飛んできた
窓葉さん、アンタまさか。
「
上ばかり見上げているなと、そう告げて。彼はグラスワンダーと共に去っていく。
(……挑発じゃない。“確信”だった)
つまりそれは、窓葉さんは僕達に対する勝利を確信しているという事。その根拠は僕の動揺か、それともグラスワンダーへの信頼か……恐らくは、後者。
(背に馴染んでいる。あれほどまで通じ合っているのは、それこそライスシャワー以来だ)
後ろから見るだけで、グラスワンダーと波長が完全に合致しているのを見て取れるレベル。レース前でこれだと、本番で繰り出される人馬一体ともなれば……!
(相当厳しい戦いになる…っ)
過酷なレースの予感。それを胸に僕は、縋るようにスペシャルの手綱を握り締めたのだった。
「……?なんだ、イレ込んで……とと、やっと元に戻ったか。スペシャル、いけるか?」
『あっユタカさん。うん、もう大丈夫!』
ここは、分岐点の一つ。もしくはその可能性。
だが、そんな事を知る由も無い当事者を──ひたすらに全力を尽くした彼らを、誰が責められるだろう?
バードン@鳥語『頭燃やしたら落ち着くかな』
バッサー@鳥語『やめろい洒落にならん』
え?グラスに牡馬垂らしの