『フクノベ。どっちが勝つと思う』*1
「俺達だ」
『違う。
薄らぼんやりと伝わってくる問い掛け。虚勢の自信と共に答えてみたけど、どうやら主旨から違ったらしい。
そんなキングが向いてる方を自分も見てみれば、そこにいたのはスペシャルウィーク。そして、そのスペシャルが見つめるグラスワンダーの尻尾。
彼らのどちらが、相手に先着するか……という事?
『俺だって負けるつもりはない。だがそれはそれとして…台風の目は紛れもなくアイツらになるだろう』*3
「まぁ、中心はあの二頭で間違い無いよな確かに。その上で、どちらが先にゴールするかと言えば……」
ふうむ、と思案しては見たものの……実のところ、スペシャルウィークもグラスワンダーも戦法が多彩過ぎて何も分からないのが本音だった。
スペシャルは本来差し馬、でもペルーさん*4が乗って先行もこなせるようになった。そしてあの春天、勇鷹さんが教えたのだろう大逃げへのシフト。流石はマジシャン勇鷹さん、これじゃクロスクロウ同様に道中でどの位置につけてくるのか分からない……逆に言うと、勇鷹さんレベルの自在さを馬の脳でやりくりしてるクロスクロウのおかしさも際立つけれど。
下手すれば、同厩舎であるそのクロスクロウの逃げ・追い込み・逃追込すら伝授されてるかもしれないんだ。これじゃ、下手に相手したら振り回されて沈みかねない。
…だがグラスワンダーの方はと言えば、スペシャル程ではないけどこっちも差しと先行で位置取りには勝手が利くし、何よりマークのおn…達人である窓葉さんが乗ってると来た。となると問題は、窓葉さんはスペシャルのペースに付いて行けるのか、勇鷹さんがグラスワンダーを振り切れるか。パドックでの様子から馬のエンジン性能は同等と見た以上、後は騎手自身の駆け引きが勝敗を分ける。俺達はそのぶつかり合いの隙に乗じて、漁夫の利を掻っ攫う算段が最適解だ。
……と、思うんだけど。
『本当に…そう思ってるか?』*5
俺の王様から伝わってくるのは、不満げな疑問で。
「うーん、ゴメン。経験を言い訳にするのは情けないけど、これ以上の考察は今の俺には出来な…いや待て、経験の浅い俺だからこそ見える見識もあるのか?親父はどうだったのかな。もっと目を凝らせば何かわかるかも……?」
『あ、いや、こっちこそすまない。俺もよく分かってるわけじゃないから、明確な正解は無いんだ』*6
と思ってたらまた否定のニュアンス。ぐううううっ、どうすりゃいいんだ俺は!?何が一流なのかもうサッパリだ!!
『ええっとな、今は一流とかそういうのじゃなくて……ややこしくして悪かった。ともかく、俺達はアイツらの勝負を目に焼き付けよう。ゴールから一足お先に』*7
「だっ、だよな!とりあえず勝てば良いんだ勝てば!」
『お前のそういう所、好きだよフクノベ』*8
結局これは個人*9競技、そしてそうでありながらタイマンではなく玉石混交のバトルロワイヤル。なら勝つ為には、何も一番強くある必要は無いんだ。競うな、持ち味を生かせ!なぁそうだろ親父!!*10
「福延さん、ゲート入りお願いします」
「あっ、そうだった。すみません、すぐに!」
これじゃいかん、今年前半期のグランプリだぞ。気を引き締めなくてどうするんだ、俺。
今度こそ、今度こそキングに勝利を。俺達が一流の血を引いている証明を。その為にも、呆けている場合じゃない。
そう、自分を叱咤した俺の意気込みは。
直後、粉々に。
力づくで、捩じ伏せられる事になる
『それはっ…それは
もうろうとする意識が辛うじて拾ったのは、キングの心の叫び。それも明瞭。
嗚呼、初めてハッキリ通じ合えたと。そんな感慨を最後に俺は、一時の
《今年もまた、貴方の夢。そして私の夢が走ります宝塚記念》*12
ニンゲンの声。レース前にいつもある、始まりを告げる鬨の声。
《あなたの夢はスペシャルウィークか、グラスワンダーか》*13
今、彼らが語るのは誰だろうか。騒ぎの中で反響を繰り返されては、知っている名前が呼ばれようと聞き取れはしない。
…そして。例え誰が語られようと、そもそも関係ない。
《——私の夢は、サイレンススズカです》*14
『…ッッッ!……ふ、ぅ…』
例え、記憶の底にこびりつく忌まわしい名前を奇跡的に聞き取れてしまったとしても、心動かされてはならない。
そうだグラスワンダー。奴は今この場にいない。いない者に拘るな、囚われるな。
今日狙う、その標的は。
(彼だけ、でしょう…?)
そう己に言い聞かせ、自身を宥め、ボクはゲートに入った。ここに来れば、後は目を閉じ己と向き合うのみ。
否、
そうすれば、ほら。もう全てが、遠くぼやけたノイズへと。
《夢叶うなら、もう一度この舞台でダービー馬やグランプリホースと走る姿が見たい!その一心で、彼の帰りを待ち続けています》*15
『まだ始まらないのー?』
『るッせェなぁ毎度毎度…さて、今回はどんなモノを見せてくれンだ?怪物ども』
「キング、なんかこう…ゲート内、寒くない?」
『どうしたフクノベ。夏だぞ今は』
『……グラス?』
スぺさん。
貴方以外は。
ポン、と背中に感触
分かりましたよ、マドバさん。もう時間なんですね。
では皆さん。失礼なのは承知ですが、本日は
ごきげんよう。
「『「『!?!!?』」』」
ゲートが開くその寸前に、全力の
《さあスタートを切ります12頭…!?切れません切れません、殆どが大出遅れ!》*16
声にならない悲鳴、苦悶の喘ぎ、そしてゲートが開く音。ノイズになっていた前者二つの中から、甲高い最後者だけを的確に拾い上げて駆け出す。
皆揃って出遅れ。これは選別、ボクの威圧に耐えれる強者の選り分けだった。この第一関門を突破した者が、今回のレースにおいて僕を倒しうる強者と言える。さぁ、誰が来ますか?
『それはっ…それは
流石ですね、キング君。しっかり耐えて駆け出し…いえ、それではダメです。乗っているニンゲンさんが前後も覚束ないのでは、僕とマドバさんには敵いませんよ。
『またそれか!だが受ける側としても飽きないンだから、不思議なもんだぜェその気迫ッ!!』
貴方は——確かそうだ、ステイゴールドさん。前に有馬で出会った不思議な方。驚きました、軽口を叩けるほどに強かったんですね……全力で放った分、ほんの少しですが自信が揺らぎそうです。
でも残念、前と同様に勝つ気は毛頭無いようで。跨っているニンゲンさんが手綱をしごいた瞬間、ズルズルとその制御を振り切って下がり、後ろに見えなくなってしまいました。
……と、いう事で。案の定、あのプレッシャーを跳ね除けた上で、ボクと競えるのは。
案の定、貴方だけ。
《キングヘイローやや掛かり気味か、福延姿勢を立て直す!内から白い帽子はステイゴールド、そして敢然と前を行きますスペシャルウィークです、勇鷹が追うは逃亡者の背中か!?!》*17
「何だ今のはぁ!?」
『ユタカさん、グラスだ!グラスがやったんだ!』
「それは流石に分かってるけど…!!」
『僕だってビックリだよぉこんなの!!!』
絶好のスタートダッシュを決めた僕、だというのにさらにその先へするりと抜け出た貴方。スぺさん、貴方の事です。信じてましたよ、貴方なら突き破ってくるって!
「さぁグラス、“狩り”の時間だ」
「ええ、存分に!」
『ユタカさん、大逃げ!大逃げでいきましょう、それしか無いですっ』
「同感だ……!」
ボク達はそのままスぺさん達の背後へ、スぺさん達はそんなボク達を突き離そうと更に前へ。奇遇にも、
「どこまでも気持ちは同じようだね」
すると、どうやら同じタイミングでマドバさんも思い出していたようで。あの日の悔恨を込めて捌かれた手綱、一層深まる人馬一体に気分が昂っていった。
とはいえ、相手はスぺさんの大逃げ。追おうにも差は開く一方で、こちらの消耗も無視できない域に入りかけている。しかしマークは続けたいですし、如何致しましょうか…
その時、マドバさんの声。
「グラス、こういうのはどうだろう」
『何でしょう?』
「1回、無理に追うのをやめてだね……」
えっほ、えっほ、えっほ!
逃げ逃げ大逃げ、やっぱ厳しい!辛い!!でも風を切るのは楽しいから困る!!栗毛さん、あなたがこの走りが好きなの、なんとなくだけど理解できたよ!
辛いけど!!!(強調)
「スペシャル、もうちょっと行けるか!息入れはまだ我慢できるか!?」
『出来るうううううう!!!』
分かってるよ、グラス達の気配がまだすぐ後ろにいるもんね!このまま一休みしたら抜かされちゃう、それぐらいは僕にだって理解できる。
というわけで、リードを保つべくもう一段ブッ放し!フンガー!!
「いや無理はしなくて良いからな!?並ばれてもお前の末脚は一級品だ、差し返せる!!」
『でも大逃げを始めた以上は、並ばれること自体避けたいでしょ?!』
「それはそうなんだが…ええい
最初からフルスロットルな以上、最後に足を残せるかは疑問。大逃げは逃げきれなきゃ意味が無いんだ、栗毛さんの走りを見てきて分かってた。だからこそ、今回は厳しい戦いになっちゃったんだけど……。
《スペシャルウィークとグラスワンダーの二人旅、既にお互い以外は土俵にいない!後ろをもう何馬身離しているのか?》*18
(まさか僕達以外全員が出遅れるなんて思わないって!)
開幕直前の、グラスの全方位威嚇。無言かつ無音で行われた筈のそれは、経験者である僕以外には到底対処出来るものじゃなかった。キングとかあの
お陰で中段で先行する予定だったのに、飛び出せたのは僕達だけだった所為で、必然的に逃げの有様だよ!どうするのこれ?
「ともかく、背後からの気配が遠ざかるまでは驀進だ!乗った事無いけど!!」
『バクシーーーン!!』*19
ともかく激走、ひたすら爆走!今はそれしか出来ないのなら、ひたすら前へ全力疾走!信じるユタカさんの指示に従って、出来る限りのことをするだけだ……!
————ん?
『……ユタカさん!気配が!』
「っ!ああ、消えてる!!」
後ろを見る余裕なんてない、ユタカさんも僕のスタミナ調整で同じ。けどさっきまで僕達に張り付いていた徹底マーク、その視線が消えているという事は…グラス達を、引き離せたって事だ!
よーし、となればやっと休憩時間だ。前の
「『きたっ!!』」
ユタカさんじゃないニンゲンさんから教わった新しい領域!
よしユタカさん、休憩終わりだよ!ここからまたエンジン全開で……
……っ!!!
「最終コーナーだ、ここから…って、どうした!?」
急に横に動いてごめん!でも気付いて、ユタカさん!
やらかした!というか、
「———な、にっ!?」
気付いてくれて良かった!いや全然良くないんだけどさ!!
横に動かなきゃ、差されてたんだよ!
『流石。どんなに意識しても、マークしても……その勘の良さだけは、馬生を懸けても会得出来る気がしません』
『よく言うよ……!』
寸での所で進路を牽制した、そのすぐ背後から聞こえてくる声。なんて事は無い。僕達は最初から、
《グラスワンダーピッタリ!離しません逃がしません、毎日王冠の時とは違うぞとばかりの猛追!ああそうだった、相手を
「趣味悪いって、グラス!」
「それが勝負というものでしょう、スぺさん!」
ついて離れない、離れてくれない凛の声。それが嬉しいやら恐ろしいやらで、背筋を冷やしながらも、僕は高揚を否定できなかった。
Q.フクキタル「シラオキ様、出遅れたら出番まで消えました。どうすれば良いですか」
A.シラオキ「……」