また君と、今度はずっと   作:スターク(元:はぎほぎ)

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サブタイトル、良いのが思いつかなかったので
「はぇ~イスパーン賞って波斯(ペルシャ)の昔の王を招待した時のレースが元なんか。じゃあそういう事で」
って感じに付け申した


【Ep.77】波賞

『これが……』

 

故郷(日本)のそれと、類似した建物。

類似した環境。

だというのに、なぜか気圧された。

 

『ロンシャン競馬場……!』

 

俺が人間だった頃、その時代の日本競馬の目標地点。未だ開かれぬ凱旋の門、その舞台だ。

えっもう()()なの?早過ぎね!?という茶番は置いといて、俺が今日出るのはイスパーン賞というレースだった。

とはいえこちらもGⅠらしく。一目見ただけで「猛者が集ってる」と分かるほどに、立ち込めた濃厚な気配達が俺の肌を荒く舐めていた。

 

 

Regarde, il y a un redneck qui vient du pays de l'est !!(けッ、未開の島国から猿が来てやがらぁ!!)

『お、おう…』

 

まぁ同時に現地馬からも舐められてるっぽいけど、如何せん言語の壁がデカ過ぎる!俺今なんて言われたの?え、人間以下かつ馬未満のゴミがレースにしゃしゃり出るな?もしそうなら、本当にその通りで申し訳ございませんとしか……。

 

Hein?(ハァ―!?) Ne vous laissez pas emporter par le menu fretin(木っ端がイキらないでよ), c'est embêtant!( ウザったい!!)

 

んでもって、うわー!俺が反論しない代わりとばかりにエルがキレ散らかしてる!イチローコピペ張りに流暢な(フランス)馬語でバリバリになんか言い返してるよ、俺どうすりゃいいの?

 

Ah ! ? (あァ?!) Ne discutez pas avec cette habitude de secouer vos jambes !(足振るわせてるビビリが調子こくな!!)

Hein,(へぇ、) c'est bien de dire ça ? (そんな事言っちゃって良いんだー!?) J'admets que je suis un menu fretin qui se bat(そんなビビりに堂々と喧嘩売り返される) ouvertement avec une telle frayeur et la revend(雑魚だって認めちゃうんだー!?)

Le gamin...si tu le lèches, tu vas l'écraser...!!(ガキが…舐めてると潰すぞ…!)

 

あっこれはダメだぁ(諦観)。俺が割って入ったらそのまま押し潰されそうなぐらいヒートアップしてますねコレ、無理ぽ。直接蹴り合うような事態になった時に止めるしか無いかぁ……。

その後、懸念したような沙汰になる前に人間達が彼らを引き離し。落ち着いたエルは俺に一言。

 

『クロス!自分から言い返してクダサイよ!!』

『お前と違ってこっちの馬語は分からないんだ。しゃーねぇだろ』

『だとしても!まるで受け入れるかのように黙して、反感すら示さないクロスは嫌デェス!!』

『俺は気にしてないからよくね…?』

『良くないッ!!!』

 

一喝を前に、俺は仰け反る。それぐらいの圧がエルから放たれ、止まらない。

 

『クロスは、最強なんデス!悔しいデスが、今のエルの最強っぷりを超える最強なんデス!!』

『それは、』

『そんなクロスがバカにされたら、アナタを目指してるエル達もバカにされたのと同じなんデス。そうやって貶められたままだったら、エル達は誰を目標にしたら良いんデスカ?』

 

そうか。そうなのか、エル。マジかよ。

ああ、そんな。お前らの価値を落とさない為には俺が俺自身の価値を保たなきゃいけなくて。その為にお前らを殺すってのか。

どうしろってんだ。クソ。

 

『なぁ、エル』

『なんデス?』

 

分からない。これは聞いていいのか?聞く意味があるのか?また要らない影響を残すだけに終わるんじゃないか?それでエルの成績に何かあったら、どう責任取るんだ?

そう自責しても、問わずにいられない。

 

『もしさ、もしだけどさ。お前の勝利と引き換えに誰かの命が失われるとしたらさ。気兼ねなく勝利を目指せるか?』

『???なんデスかその状況、意味わかんないデス』

『もしもだ、もしもの話なんだ。意味わかんないだろうけど、そんな状況がありえたと仮定してくれ』

『う~ん……もしそうなら、別の誰かがエルの勝利を理由にその誰かを死なせる、っていうのが一番有り得そうデス。なので、勝った後にエルがソイツを止めに行きマス!

エビナ-サンみたいなニンゲンさん達の力も借りれば大丈夫デェス!』

『……ぁ゛……っ!?』

 

あ、ああ、ああああああ!違う、違うんだエル!

そうじゃない!!死なせるのはその人間なんだ!!お前が心から信頼している人間なんだ、手を下すのは!!!

それじゃ、それじゃ答えにならない!何の解決にも———

 

 

———なんて喚きを、口に出せる訳が無く。

 

『はは……頼りになるぜ』

『デショー?』

 

違う。間違っているのは俺の方だ。なんでエルに責任転嫁した、なんで人間に責任転嫁した。

エルが勝ちに行くのは当たり前だろう。この世界に生きる正当な住民で、競走馬としての生を受けてるんだから。競いに行って何が悪い。

人間がやるのも当たり前だろう、彼らにも生活があるんだから。彼らにとって馬は畜産動物、そこにお金を掛ける以上は見返りが無いと飢えてしまう。屠殺はその一環に過ぎず、生きる為にやる事を誰が責められる?

だから。この場でおかしいのは唯ひとり。

 

限られた枠に異世界から割り込んだ部外者で、馬として衣食住を保証されてるのに“もっと”と求め続ける、ひとりだけ。

 

(どこをどう考えても、俺だけが悪者じゃんか)

 

たまげたなぁと、自嘲するしか無かった。笑いだしたくなるほど無様な現実だ、何一つ笑えやしないが。

 

『クロス』

 

その声で我に返れば、鋭いエルの視線。カッコいいなぁ。それに比べて俺は。

 

『こっちに来てから、バカにされてるのはクロスだけじゃないデス。エルも変な事言われて——だから、見返すんですよ』

『……ああ』

『見返して、お前たち全員相手にもならないって証明シテ!その上で見せつけてやるんデス、エルとアナタの頂上決戦ってヤツを!!』

 

最高じゃないデスかコレ?と語るその目はキラキラ。だが俺は?本当に俺で良いのか?俺はその未来に似つかわしいのか?

分からない。勝たなきゃ何も分からない、繋がらない。それだけは確かだった、糞みたいなその答えだけが。

俺は誰かを陥らせなきゃ、碌な道一つ見つけられない。

 

『だから!情けない走りをしたら、絶ッッッ対に許しマセンからネー!?』

 

その呼びかけに、返せたのは頷き一つ。

痙攣した喉じゃ、声なんて出る筈も無くて。

 

 

すまん、ステイゴールド。

あんなデカい口叩いたのに、このザマだよ。あの時の俺の答えが間違ってたとは今も思ってない……思ってないけど、間違ってたのは俺自身だったんだ。

馬も、人間も、必死に生きてるだけなんだ。そこに首を突っ込んだ俺だけが悪くて、それを知らないまま踊り狂ってた自分が情けなくて悔しくて。知らないまま歪めてきた命に申し訳なんか立つ筈も無くて。

何が「生きてれば出来る事がある」だ。命奪ってんじゃねぇか阿呆が。

 

でも駄目だ。自分を責めてる場合じゃない、目を逸らせ。レース前だぞ、集中しろ生沿に気取られるな走る為にそうだ走る為に生かされてんだろ俺は、さぁバカみてぇに高揚しろ、道化は道化のように踊り狂って走り回って皆を笑わせて笑われて、そんでそしてそれで………

 

 

 

 

それで、どこまで行くんだ?

 

 

 

 


 

 

 

 

結局、クロからは何も聞き出せないまま迎えた本番。俺はいつになく緊張していた、それこそジャパンカップの時以上に。

だってイスパーン賞だぞ?海外GⅠ、それもサラブレッド競争の本場欧州のだぞ!?そこに騎手デビュー1年目から参戦するって、いったい何の冗談だよ!!!

 

『何事も経験や。勝ってこいとは言わんが、アホやらかしようモンなら……分かっとるよな?(ニッコリ)』

『……頑張れ』

『君とクロスクロウは自然体が一番だよ。後は僕が教えたとおり、しっかり洋芝で実践してきなさい』

 

順に臼井さん・宮崎さん・勇鷹さんから貰った応援だけど……有用なのが勇鷹さんのしか無ぇ!特に臼井さんのなんか脅迫でもう肝が引きちぎられるかと…!

でも、そんな俺が何とか平静を保てているのは、一から十まで“クロが近くにいてくれてるから”で。

 

「お前といると安心するんだ」

 

鬣に頬を擦り付けて、そう言った。変態っぽいか?依存症か?どんな非難を受けても、これをやめる気にはなりそうも無い。

だからこそ、俺がクロに頼りっきりだからこそ。クロにも、俺を頼ってほしいんだけど。

 

「なぁ、隠し事とかやめてくれよ?俺とお前なら、解決できない問題なんて無いだろうし」

 

俺を気遣ってるなら猶更な、と言外に告げて。大丈夫、俺達の中ならそれぐらいの事は伝わる。コイツなら確実に意図を汲んでくれるという確信と信頼がある。

いつものクロなら、俺の言葉に軽口や揶揄を絡めながら返してくれるだろう。照れ隠しを挟んで、俺を揶揄うだろう。

 

 

その日は、違った。

 

 

『あるよ』

 

 

え、と返す事すら出来ず。

吹き鳴らされるファンファーレに背を押されて、俺達はゲートに入って。

 

ここだ。

長い長い夜が、ここから始まったんだ。

 

 

 


 

 

 

「間に合った……!」

「おう宮崎、遅かったな」

 

関係者席で鉢合わせる。全く、海外遠征を機に外資に粉掛けていくとは見上げた商売根性……というかワーカホリックちゃうか?なんか心配なってきたで、今だって商談から車飛ばして帰ってきた所らしいし、なんからしくも無く心配になってきたわぁ。

 

「趣味とか無いんか?こっち来てから、クロスの様子を見にきてる時以外は仕事した話しか聞かへんぞ」

「?クロスを見に来ることが趣味だろう」

 

いやそんな汗だくの状態で言われても……アカン、こっちにも絆されてもうたわ。あー嫌やこやや、こうなるくらいなら関わりとう無かった。

 

「私の事など二の次だ。クロスは、どうなんだ」

「完成度は8割、やけど充分計画通りや。日本にいた頃は常に10割パーフェクトを目指してとったモンやが、本番で生沿が12割引き出しよるから負荷が心配になっとってな」

 

ちゃんと目標値には達した、その上で若干セーブ。俺の感覚が正しければ、これぐらいの調子で生沿が乗ればきっかし10割ぐらい──つまり、“クロスクロウの本当の実力”で臨める。

イスパーン賞は、始まりに過ぎんのやから。

 

「ええか、最終目標は凱旋門賞や。スピードシンボリが跳ね返された、そしてその末裔であるクロスが、限界を超えない本調子でどこまでやれるか……同じ舞台であるこのロンシャンでの走りで、今後の方針を決定していく」

「勝利を、捨てると?」

「んな訳あるか。手抜きやと思うたかもやが、そもそも人馬の出力が揃って10割超えとった今までがおかしいんやぞ」

 

それに。それに、や。

お前も見たやろ。クロスクロウと生沿の、ジャパンカップでの鮮やかな捲りを。

俺は、脳を焼かれたぞ。

 

「アイツらなら、存分に勝利を狙えるわ」

「……!」

 

さぁ、もっと走れ。

存分に、思うままに獲って来い。

お前らなら焦がせる筈や。俺達の心をもっと、もっと……!!




変わり映えのない話ばっか連投してる所為か、平均評価が久しぶりに8.00を下回ったぜ!ゲブァ(喀血)
負けるもんか……!(何と戦ってる定期)

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