また君と、今度はずっと   作:スターク(元:はぎほぎ)

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【Ep.78】失墜

何で、生まれた。

何で、生きてる。

 

なんで、ここにいる?

 

その答えを出せないまま俺は死んで、また生まれた。同じ問いが重なり、その分だけ問いかける声も増えた。

目を逸らした。耳を閉じた。もう生まれ変わったんだ、関係ないんだと思考をやめた。

 

……逃れられる筈も無いのに。俺が俺である限り。

 

「どうして」

「どうして」

「どうして」

 

知らないよ。俺が聞きたいよ。俺じゃなくてあの子だったら良かっただなんて、そんな事言われるまでも無く分かってるよ。

ごめん。ごめん。せめて誰にも迷惑かけないから。もう誰も俺の所為で傷つけたりしないから。ここにいても良いって、別に問題無いって言って。

 

『嘘つき』

 

ギュッと目をつぶった瞳。その網膜に移されたのはフレアの姿で。

 

『オイラはどうなの?ん?』

 

違う。

ちがう!

死なせたかった訳じゃない、殺したかった訳じゃない!俺は、俺が生きるのに必死で!!

 

『つまり自分が生きる為に、俺達を引き換えにしたって事じゃないか』

『なのに名前すら覚えてないだなんて』

 

声が増える。あの日、フレアと共に競った声達。

顔は鮮明に思い出される、いや思い()()()()()()。だのに名前が出てこないのは、競り合ったフレア以外に俺がまるで興味を示さなかった事の証左に他ならない。

俺は、俺が踏みつけにした命に対する覚悟すら無かった。

 

『誰にも迷惑掛けたくないなんて』

『大噓つき』

『開き直った方がマシのに、隠して』

『誤魔化して』

『自分が死にたくないだけなのに』

『期待に応えるだとか』

『他人の所為にして』

『嘘つき』

『臆病者!』

『卑怯者!!』

 

声が増える、響く、轟く。もう耳を閉じても意味はない、発生も反響も俺の脳内で起こってる事だから。

逃れ、られない。

 

『もう、やめてくれ…!』

「えっ……ちょ、クロ!?」

 

全身から力が抜けて、膝がガクガクと揺れて崩れ落ちそうだ。何も変えられなかった無力感と、何も変えなかった自分への怒りでどうにかなってしまいそうだった。ああそうだ、俺は何も変わっちゃいない。

どうする。どうすれば償える。積もり積もった罪を、どんな形で贖えば良い?

何一つ取り返しがつかない。命とはそういう物だって、分かってたのに。

 

 

——なら、せめて()()()()()()()

 

 

誰かがそう嘯いた。誰だ?俺自身の声だ。

ああ、その通りだ。止まれないんだ。

一度踏み入れた以上、打ち捨てた以上。せめて無駄にしちゃいけないんだ。勝たなきゃ、勝たなきゃ無駄になる。無意味になる。アイツらを下した俺が無価値になったら、アイツらの死の価値はどうなる。

俺が死なせた奴らの価値、その全てが、俺が負けたぐらいで減ずるとは思ってない。思いたくない。けど、俺自身に背負わされた——俺が背負った、「俺が下した」という事実はそうじゃないだろ。減るだろ、確実に。

せめて勝たないと、勝たないと、何もかも。

 

嗚呼、やる事は変わらないんだ。これを思うのも何度目だ?いいかげんにしろ、クロスクロウ。

勝て。勝ちを望まれたなら、勝て。それがお前の唯一の存在意義だ。俺が俺を認められる唯一の意味、俺が生存を許される唯一の意味だ。例え他の奴らがそうではなかろうと、俺に対してそれは唯一不変絶対の真理だ。

さぁ、ゲートが開くぞ。始まるぞ。勝ちを示すぞ。示せなければ無意味だぞ。無意味になれば捨てられるぞ。死ぬぞ。

さぁ走れ。勝て。走れ、勝て、走れ勝て勝て走れ勝て勝て勝て勝て勝て勝て走れ走れ勝て勝て勝て勝て勝て勝て勝て勝て勝て勝て勝て勝て勝て勝て勝て勝て勝て勝て勝て勝て勝て勝て勝て勝て勝て勝て勝て勝て勝て勝て勝て勝て!

 

 

『うぉぉォああ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛あ゛あ゛ァ゛ぁッッ———!!!』

 

 

ゲートが開くより、多分早かった。後コンマ1秒でもずれてたら、俺の鼻先は鉄格子を掠めるどころか突き破って歪めていただろう。

それほどまでに、皮肉なほどに、馬生はおろか人生まで含めたこれまでの中でも最高の立ち上がりだと言えた。

 

「に、逃げか!?逃げ追込か!?作戦じゃ普通の追込って…クロ、一体どうしたんすか!?」

 

ようやく聞こえた生沿の声、でも応えている余裕は無い。とにかく全力を、俺の全部を振り絞らなきゃ、踏み付けにしてきたアイツらに申し訳無くて仕方ないんだよ!!

出し惜しみなんて出来ない、止めたくても止められないし、止めれたとしても止めるつもりなんて無い!俺は、俺は……!

 

『マイニチオーカンの時の走り、そう来マシタか!』

Quoi?!(ファッ?!)Si vous courez vite(そんなに飛ばされたら), je ne peux pas être un stimulateur cardiaque !(ペースメーカー出来ないんですけお!!)

Êtes-vous prêt à vous suicider ?(自滅覚悟か!??)

 

うるさいうるさいうるさい!勝ちに来たんだ、勝ち以外要らないんだ!!その為にここに来たんだ、黙ってろ!

 

「クロ、いくら何でも掛かり過ぎッ…頼むから、止まっ——!!」

『ダメだッ!!!』

 

俺個人、ならぬ個馬の事情なんか捨て置いたとしてもだ!この頭おかしいレベルでグチャグチャの重馬場、後ろからの末脚なんて期待できるか!前でリードを作るしか道はない、そうだろ生沿!?なぁ、相棒!!!

 

『ロンシャンの重馬場だぞ!?これが最適解なんだよ!!』

「でもっ…でも、これじゃ…くそっ、どうすれば…」

『……ッ』

 

くそっ、これ以上待てない。こんな時が来るなんて思わなかった、お前と意見が合致しないだなんて。

こうなったら俺一人でやるしか無ぇ!大丈夫だ、俺には皐月賞で奥分さんの制止を振り切って逃げ切った実績がある!あの時と同じようにやれば行ける、いけない筈が無いんだ!!

ってもう直線か!やっべぇスパートしなきゃ、まだリード充分じゃないのに!マイルってこんなに短かったっけ!?

 

「っ!!!待てそれだけはやめろっす!ここ、フォルスストレートって言って…」

『うるせぇ!!!』

 

 

ブツンッ

 

 

その刹那だった。何かが引きちぎら得れた感触に、総身が震えたのは。

何が、あった?その疑問だけが、この一瞬だけ、自らへの怒りすら上回って、それ一色だった体中を塗り潰す。

答えは、そのすぐ後に提示された。

 

「クロ!今度はどうしたっすか!?オイ!!」

『……生沿…?』

 

嘘だろ。マジかよ。

 

相棒の声が、聞こえない。

 

有り得ねぇ。魂レベルで繋がってた、そのつもりだった。離れる事なんて無いと思ってた、俺達の人馬一体が途切れるなんてそんな事……!

…いや、そんな事は無ぇ。思い返せば、原因は全て俺だ。さっきからなんだよ俺の態度は、生沿に何一つ預けても託してもいなかった!信じてなかったんだ、生沿の意志も判断も何もかも!

そんな状態で相棒!?んな訳あるか、人馬一体も途切れて当然だろうが!!ああ糞ッ、結局やっぱり何もかも!全部が全部俺の所為じゃねぇかよ!?

 

『生沿、生沿!頼む、応えてくれ!!』

「クロ、クロ!クロスクロウ!!そんな、分からないなんて嘘だ!!!」

 

最悪だ……呼びかけ合えば合うほどに遠ざかっていく、分からなくなっていく。

こんな時が来るなんて思わなかった、お前と分かたれる日が来るなんて、そんな。

 

(というか…観客席遠ッ…!?)

 

さっき生沿が言ってたのはこういう事か、人馬一体が途切れたショックで冷静になってから気付くなんて!俺がスパート掛けたのは最終直線なんかじゃない、“向こう正面からのコーナーを曲がった後が正念場”という俺の固定観念が生み出した幻。それに惑ってバカみたいにすっ飛ばした俺の脚は、もう限界寸前。唾液が口内で泡立ち、粘度で以て呼吸すら阻害する。酸素が無い。思考がぼやけていく。

でも。

 

(まだだ…まだだ!)

 

俺には根性での再スパートがある。スタミナが尽きたって構うもんか、生沿の援護が無くとも止まるもんか。命燃やせば幾らでもォ!!

 

Êtes-vous enfin épuisé?(バテたか!?)

Celui-ci est dur aussi !(こっちもキツイ!)

En raison de son évasion catastrophique(野郎、バカ逃げの所為で), la répartition des races est chamboulé !(配分無茶苦茶だ…!)

『……クロ、ス……?』

 

ああ、もう後ろが迫ってきた!怖い、怖い!俺を負けさせに来たんだ、嫌だ!勝つんだ!!勝ちに来たのに負けてたまるか!!()せるのなんて気にするな、気道を吐き出す勢いで息ぐらいしてみせろよ!!

俺は勝って、生きてて良いって示すんだ!じゃなきゃ俺は、俺は———

 

 

 

また、誰かを引き換えにするのか?

 

 

 

繰り返した自己矛盾。それに気付いた瞬間、精神の全てが燃え尽きた。

燃えカスになった。

廃液と化した根性(ねんりょう)が、脚に巡る。活力を齎す筈が、重しとなって滞る。

ズブリと、その重みで泥濘に沈む。

 

(俺、は)

 

俺はどうしたいんだ。

 

生きたいのか。

 

救いたいのか。

 

その為に、今懸命に追ってきてる他の馬を。

 

競走馬として正しく生きてるだけの奴らを。

 

エルを。

 

蹴落とすのか?

 

 

抜かされる。

俺がその命を消し去る可能性が減っていく。

 

抜かされる。

俺が潰してきた可能性(いのち)の価値が、減っていく。

 

抜かされる。

何もかも、磨り減っていく。

 

「しっかりしろ!クロ、頑張れ!頼む!!」

 

くぐもっていく聴覚に、呼び声が鼓膜を叩いた。でも、応答する力はどこにも無くて。

 

ああ。ごめんな、生沿。俺の勝手で、お前の海外初戦を苦い物にしちまった。

ごめんな、フレア。お前を、お前達を背負えなかった。

ごめんな、エル。最強の約束、叶いそうもない。

 

何が、世界を変える風だ。

勝ちたくても勝てず。

負けたくないのに負けて。

 

グラスにも、スぺにも。

もう、合わせる顔が無ぇよ。

 

 

酸欠でボヤけた視界の向こう、広げられた猛禽の翼。その覇道。

思考もままならない俺に、それを認識する余裕なんてある訳が無く。

響き渡る落胆の悲鳴と共に、俺のレースは終わりを告げた。

 

 

 


 

 

 

作戦は上手くいっていマシタ。

マイニチオーカン、ジャパンカップで追い続け、そして度重なる併走でクロスの走り方を知ったエル。ニンゲンの視点で、クロスの戦い方を学び続けてたというエビナ-サン。そんなエルと彼で編み出した、一つの作戦。

クロスが前に行っても後ろに行っても、影響を受けにくい中団。序盤はそこで力を溜め、そして全体の様子を見るのデス。

ここでクロスが後ろにいたら、一番前を走っている馬に注目(マーク)。前にいたら、彼の次を走ってる馬へ注目です。どれだけ彼を意識していようとガマンガマン、勝負は最後まで取っておく!それまで、しのぎを削るのは誰かを挟んでIndirective(間接的)に……

中盤からは、ちょびっとだけ前へ進出!クロスがどこにいようと関係なく、エルにとっての好位置を確保して終盤に備えマス。終盤がどんな競り合いになろうと、クロスがどんな末脚で飛んで来ようと、エルの最強の切れ味で対抗する為に。それまで研ぎ澄ます、という訳デェス。

で、終盤は……言うまでも無いデショウが、敢えて言いマショー。

エルとアイツの、一騎討ち!

 

そんな作戦がうまくハマった今回のレース。クロスが前に向かい、エル達は手筈通りに中段へ。そして、クロスの逃げに戸惑っていた二番手——レナジグ-サン、でしたッケ?誰かのお供(ペースメーカー)だったらしい彼に追走し、次の段階へチャンスを窺いマシタ。

次に、前への進出。抜け出す準備をするべく足を速め、何故か急加速したクロスに「何か企んでるんデスか!?」と慄きながらも、振り回されないようニンタイ(忍耐)!自分の脚を残せる絶妙なペースを、エビナーサンと共にキープ!

そして、そして最後に。最後に、突き放してくるであろうクロスを差すべくスパートを。

 

 

差す筈、デシタのに。

 

「……は?」

 

エビナ-サンのスットンキョーな声。エルも同じ。

差す事は出来た。エル側に問題はありません、それは確かデス。

問題なのは──クロス達の方。

 

『ゼェッ、ハッ……カハッ、ゲヒュッ……!』

「しっかりしろ!クロ、頑張れ!頼む!!」

 

なんで、落ちてキテル?

なんで、そんなに辛そう?

分からない。追い込みするには遅すぎマス、逃げをするには疲れ過ぎてマス。息すらマトモに出来てない様子は初めて見る有様で、横を通り過ぎたエルにすら気付いていません。

周囲をよく見ていた普段のクロスからすれば、あり得ないテータラク(体たらく)。それに対し、エル達は唖然としたまま最後の直線に差し掛かりました。

しかしエルは既に先頭、もう他の何かに気を取られてる訳にはいきマセン。

だって、エルが相手するのはクロスだけじゃありませんカラ。

 

J'ai hâte, compatriote ! !(待ちやがれ田舎者ォ!!)

『アナタの相手をしてる暇は無いデェス!!!』

Hey(ちょっ), même si tu parles soudainement dans une(急にフランス語以外で) autre langue que le français, je ne comprendrai pas(喋られても分からな)───!?』

 

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プランチャ・ガナドール!

          Lv.4

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徹底して控えたお陰で、余力はジューブン。クロスがいなくともエルは!

 

「ああ、クロスクロウじゃなくてお前こそが!」

 

クロスが最強でないのなら、エルこそが!!

 

『エルが勝って、最強を示すデェェェス!!!』

 

 

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コンドル猛撃波

          Lv.3

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Je peux gagner avec ça... quoi ! ?(これなら勝て……はぁ!?)

 

その時、これ迄のぬかるみがまるでウソだったかのよーに。エルはその脚で、強く蹴り出して。

 

 

……なのに、なんで。

全部終わったから言いマスが、なんで。

ここに来た時、隣にいるのはアナタだと思ってたノニ。

競り合ってるのは、アナタの筈ナノニ。

 

『クロス……』

 

どうして、そんな所にいるんデスか。

 

 

 

とっくの昔に通り過ぎたゴール板。エルが減速し終えたそのタイミングで、やっとそこに辿り着いたドロドロの芦毛。

エルと彼の間にある、この距離は……何なんデスか?

 

 

イスパーン賞【G1】 1999/5/23
着順馬番馬名タイム着差
エルコンドルパサー2:17.1 
クロコルージュ2:17.21.1/4
カブール2:17.41
ゴールドアウェイ2:17.92.1/2
インサイト2:18.01/2

zzzz  クロスクロウ  2:18.9 3 




フォルスストレートで実際にスパートを掛け間違える史上初のバカ馬、クロスクロウ

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